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そう聞こえた誰かの声で――
そう聞こえた何かの声で――
俺は暗闇の中で目覚めた。
目覚めた。筈の視界が暗闇である事からこの場所には灯りも無く光も射していないことが分かる。
「ん…………なんだ、これ」
なんでこんな事に? そう考えだしてすぐに思う。
何時の間に? と考える先の何時、が思い浮かばない。
つまり目覚める前の自分の行動が記憶に無かった。
「俺は…………いったい」
自分の思考に埋没しかかっていた時に周囲の気配にも気が付く。
「だ、誰かいるんですか?」
「なんだよここ」
「他にも居るのか?」
どうやら俺の他にも数人の人間が同じ場所に存在する様だ。
手の感触が伝えてくるのはこの場所がごつごつした岩場である事だけなのだが、少しばかりすると目も慣れてくる。
「……灯り?」
少しだけ冷静になればどうやら完全な暗闇でもないらしい。
岩肌に備え付けられている灯りはまるで出口への道を教えるかの様に続いている。
「じっとしてたってしょうがない」
一人。銀とも白とも言えない髪の色をした男が灯りにそって歩き出すと皆がそれに追随しだした。もちろん「お、俺も!」と続いた。
流石にこんな訳の分からない状況で孤立は御免だ。
隣を歩いている男はやたらと背が高い。まぁ、俺が低いってのもあるんだろうけど。
「ここ、どこだか分かる?」
「え? ぼく?」
「うん。あんた」
戸惑う感じからして知らないんだろうけど、どうやら彼は気が弱い感じだ。身体は大きいんだけど、ね。
「僕にも何がなんだか」
「だろうぉなぁ。っと、出口みたいだ」
「え、うん」
俺達が外に出た時にはもう皆も出ていて、そこに広がる景色に戸惑っていた。
「街、かな」
「人は居るって事なんだろうなぁ」
応えて周囲を見渡せば鎧を着た人間が居てこちらを伺ってる。いったいどんな設定なんだか…………設定……てなんだ?
よくわからん。
てか、もう自分の名前意外に何も思い出せない事に驚く。
そしてその事に思ったほど驚いていない自分に――また驚いた。
◇ ◇ ◇
「ちゃららら~ん」
という場にそぐわない
ツインテールの髪を揺らしながら文字通り俺達を案内し始めた彼女が連れて来た場所がここ、オルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーンの事務所だった。
「なるほど……レッドムーン、ね」
事務所に入る前に振り向き見上げた黄昏の空に、赤い月が浮かんでいた。
月って……赤かったっけ?
そんな疑問が浮かんだのは覚えている。どうして疑問に思ったのかは、もう覚えていないけど。
事務所に入った俺達の相手をしたのはひろむーからバトンタッチされた所長のブリトニーさん。
一応男性、なんだろうけれど一般にいうところのオカマって奴なんだろう。そう言われたらキレるのは理不尽だとは思うんだけど。
でもまぁブリちゃん(本人の希望でそう呼んであげるさ)は俺達の疑問に、全てではないにしても一応の回答をくれはした。
この世界がグリムガルと呼ばれる世界である事。
この世界では人類への敵対種族やモンスターが存在し、それらと戦う集団が義勇兵である事。
そして甚だ不本意ではあるのだが、俺達にはその義勇兵に入るという選択肢が尤も理に適った選択肢である事を、一方的に、大上段に、高圧的に、大雑把に教えてくれた。
まったく……ありがたくて涙が出たね。
ここに集まった俺達は男八人に女が四人。
最初にあの暗闇で行動を始めた銀髪の男、レンジは数人の人間を連れてチームを組み出て行った。
腕っ節を力づくで確認した、ついでに上下関係も確認したロン。どういう判断か知らないが使えると思ったアダチとかいう眼鏡君とちっちゃい女の子。プラスしてなんでもするから連れてってと縋ったサッサという女の合計五人。
ブリちゃんの話ではパーティー人数としては妥当なんだろうけど、どうせなら十二人皆で大所帯でも組んで動けば生き残るのも簡単じゃないかと考えてしまう俺は、まぁ甘いんだろうけど。
ちなみにレンジはマナトも値踏みしたみたいだけど、きっと無言でマナトは拒絶したんだろう。レンジも三顧の礼をする様な人間にも見えないしな…………?なんだ、それ? また覚えのない言葉だな。どれくらい物忘れが激しいんだ俺は。
さらにレンジは俺と目を合わせると、俺の愛想笑いを受けて華麗にスルーした。ほんのちょっとだけ涙が出そうになったのは俺だけの秘密にしよう。
キッカワと名乗った調子の良い男は、最後まで何処までも調子良く独りで消えていった。まぁなんの根拠もないんだが彼は何処の世界でもそれなりに順応して生きていけそうな気がする。あまり得意なタイプではないので俺の生存圏内とは遠く離れた場所で精々幸せになってもらいたい。
ついでに「俺も行くね。みんな、またね」とマナトも出て行く。
うん。順調に置いて行かれて行く感がハンパないねぇ。
俺がこの事務所を出たのはもう惰性でしかない。
だらだらと、というよりゾロゾロとと言った方が正しいであろう鈍重な足取りで事務所を出たのは、眠そうな眼つきのハルヒロとお下げの女の子のユメちゃん、ちょっとオドオドしているシホルちゃん。
あとは暗闇で話をした百八十越えの大柄なモグゾーだ。
もっとも、モグゾーに関して言えば一緒に出る必要も無かったみたいなんだけど、なんか怪しげな義勇兵になし崩し的に勧誘されそうになってた所を俺が引きとめた。
「あ、こいつもう俺と組むって決まってるんで。な?」
「え? あ、う、うん」
「て事であしからず」
「ちっ! なんだよ糞が」
う~ん。基本的な罵倒を浴びせられたのは不快ではあったのだが、モグゾーは流されやすそうだからな。みすみす指を咥えて見ているのも目覚めが悪かろうというものだ。
「さて、と」
振り向けば四人と目が合う。
「余った者同士、組むとしますか?」
俺の言葉に皆は戸惑う、なんて事は百も承知だ。なにしろ選択肢なんて無いにも等しい。あればここには居ない訳だし。
我ながら卑怯なクエスチョンマークだとは思うね。
「お、俺はその、いいけど」
「せやなぁ。ユメはそれでも構わんよ」
「……私も……独りじゃどうしていいか分からないし……」
「僕で、よければ」
「よし。そんじゃ、よろしくな」
笑顔を見せた積もりなんだけど些か反応が寒い。なんで苦笑いを返すかなハルヒロ君よ。そこは同じく笑顔で行って欲しいんだけどなぁ。俺の作り笑いを無駄にしないで貰いたい。
せめてレンジ……は感じが違うか。マナトでも残ってくれたら非常に助かるんだけどなぁ。
俺とは違って苦労しないでも作り笑いが出来るタイプだと思うんだけど、まぁ彼の選択に口を挟む権利もないか。
「……あの!」
「っ! なに? ハルヒロ君」
「いや、えっと……」
「?」
何か聞きたい事があるんじゃないか?
こう見えても俺は取っ付き易い人間で通っていた気がするんだから気軽に聞いて欲しいものだが
「君の名前、聞いてないんだけど」
「あぁ。ごめんごめん」
そうして俺たちは、ここグリムガルで運命を共にする、仲間になった。
「俺はランザ。名前しか思い出せないから本当の名前なのかどうかも分からないけど、多分、ランザっていうんだ。よろしく」
このあと、俺の日頃の行いが良かったのか、記憶に無い時代にせっせこ溜め込んだ善行の貯蓄を一気に吐き出したのかは不明のままだが、街でいろいろな情報を仕入れてきたマナトが極自然に至極当然の様に俺達のパーティーに加わってくれた事はこの世界に来てから最高に嬉しい瞬間だったのである。
頑張れマナト! 俺は俺より頼りになる人間を全力で応援するぜっ!