◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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ピトー×理解

 王と珱嗄の戦いが終わった頃、ピトーとゴンも時を同じくして戦っていた。

 

 だが、少しだけこの戦いは、戦い足り得ていなかった。攻めているのはゴン、それを受け流しているのはピトー。というよりも、攻撃しているのはゴンだけで、ピトー自身は全く戦意を持たず攻撃を全て受け流しているのだ。その表情は重く、少し悲しむ様な表情だった。

 自分を憎しみ、恨み、怒り、己の全てを掛けて殺そうとしてくるゴンに、痛々しいとばかりに悲しい視線を送っていた。それが、ゴンの怒りをまた誘った。

 

 だが、ゴンの拳は幾度となく空振るばかり。復讐をしたいとしても、誰かを護りたいとしても、強さが無ければ、意味は無い。ただの空想、夢物語、頭の中で描いた絵空事でしかないのだ。

 ゴンには力が無い。自分の思った事を実現出来るだけの力が無い。復讐を遂げられるだけの力が無い。だから、ゴンの復讐心は現実に叶う事の無いただの夢物語なのだ。

 

 ピトーの内心は、かなり複雑な心境だった。何故そこまでして、他人の事を思って行動できるのか、分からなかったからだ。目の前にいるゴンも、コムギを想って此処から離れて行った王も、他人を想うことでより強い意志をピトーに見せた。それこそ、熱い何かが込み上げてくる程に、美しく、感動的な意志を。

 ピトーには分からない。他人を想う、という感情が。人間は喰らう餌、蟻はお互いに想いやる程一枚岩ではない。どうして人を想うだけで命を掛けられるのだ。意味が分からない。感動するほど強い意志を持った者だからこそ、ピトーはゴンを殺そうとは思えなかった。その意志に感動してしまったから、否定する事が出来ないのだ。

 

「このッ!! いい加減俺と戦え!!」

「ボクは君と戦う意思は無いよ……それに、君にはボクは倒せない。諦めて去るというのなら、ボクも君を追わない」

「くっ……! ふざけるなよ!! 何が戦う気は無いだ! 何が追わないだ! そんな事言える訳が無い! お前に! そんな事が言えるわけが無いんだ!!」

「―――確かに、ボクはカイトを殺したよ。でも、あれからボクは色んなものに触れて、色んな事を学んだ。その中で、ボクを変えたとするのなら……それはきっと『誰かを想う心の強さ』だ」

「!?」

 

 ピトーの言葉に、ゴンは動きを止める。人を想う心、それは分かる。だが、それをピトーが言うのか? 何故? そんな事を言えて、誰かを想う心を分かっているのなら、何故カイトを殺したのだ。ふざけた事を抜かしやがって――――

 

 

「そんな綺麗事………お前が抜かすなよ……!!」

「!」

 

 

 ゴンが涙を流しながら、憎悪の視線でピトーを睨みつけた。その小さな体から放たれる殺意の波動に、ピトーは身震いする。ここまでの憎悪と殺意は、人間が放てるようなものなのか。

 

「これは……!?」

 

 膨れ上がるゴンのオーラ。どういうことだ、なんだ、何が起こっている……?

 そして、そのオーラは次々と膨れ上がり、ピトーを超える。そして、更に膨れ上がったオーラは――――

 

 

 蟻の王にも匹敵する力の暴走となって顕現する。

 

 

 光が辺りを包んだ。ピトーはその光量に両眼の前に手を添えて、眩しそうに瞳を閉じた。そして、その光が少しづつ止んだ頃、ピトーは静かに眼を開ける。

 そして、その視線の中にいたのは………筋骨隆々、子供の時とは考えも付かない、筋肉に包まれた大人の身体になったゴンがいた。猛り狂うその身体から感じる活力と、膨大なオーラは、ピトーでも勝てないと思ってしまう程のものになっている。

 

 これは、覚醒とか、技とか、そういう類の物では無い。ピトーを倒すことだけの為に、ゴンが自身の全てを捨てて、ありったけの力を使えるように、ピトーという強敵を倒せるようになる年齢まで、強制的に成長したのだ。無論、この力はリスクが高い。おそらく、この戦闘が終わった時、この状態で動いた分の負荷が、元の身体に戻ったゴンの身体を蝕むだろう。それこそ、死んでもおかしくない負荷が。

 

「……ピトー」

「……っ………!」

「お前を、殺す……!」

 

 ゴンの瞳は、子供の時のものから一切変わらぬ憎悪の瞳。寧ろ、成長したことで更に強い眼光がピトーを貫いた。硬直する身体、此処で死ぬかもしれないという考えが、頭を埋め尽くす。

 だが、王の為になら、死んでも良いと思った。王がこの状態のゴンと戦わなくて良かったと思った。だから、ここで殺されても良いと思った。無論殺されてやるつもりはない。最後まで抵抗するつもりではある。

 

「……すー……はぁ……」

 

 ピトーは深呼吸をひとつ入れて、戦闘用の発を発動させる。自分自身を操ることで、自分の限界を超えた動きを行なうことが出来る能力。『黒子夢想(テレプシコーラ)』。

 

「どうやら、今までみたいに流せるのは無理みたいだね……仕方ない……いいよ、戦ろう」

 

 ピトーは戦う事を決めた。そして、じりじりと距離を測り、ゴンへと襲い掛かる。今まで以上の脚力を使った超速の突貫。その爪でゴンの心臓を狙った。

 だが、その爪は空を切る。一瞬でゴンが消えた。そして、探す暇もなくピトーは上空へと蹴り飛ばされていた。自分が空中へ蹴り飛ばされたと自覚した時には、腹部へ衝撃とダメージが伝わり、血を吐いた。そして、そのまま落ちていく。視線を向けると、そこにはゴンが腰を落とし、拳を構えていた。その拳に込められていくオーラは、ゴンの出来る最大の一撃。

 

 

 強化系の必殺は、己の拳や蹴りを、極限までオーラで強化すること。ただそれだけで十分に強い。

 

 

 アレを喰らえば、死ぬ。死ななくても、満身創痍となり、次の一撃で確実に命を落とす。ピトーはそれを察した。だが、落ちゆくピトーにそれを躱す方法は無い。少しづつ落ちていき、ゴンの拳が届く距離まで落ちて来たその時、

 

 

 

 ゴンの拳は放たれた

 

 

 

 空気を切り裂き、ボッ! という音と共に繰り出される最強の拳。それは吸い込まれる様にピトーの顔面に突き刺さる。ミシミシ、メキメキ、と嫌な音が響き、ピトーが吹き飛んだ。予想していた通り、ピトーは満身創痍となる。その威力は確実にピトーの身体を破壊し、死ななかったのが奇跡と思う程の重傷を負わせた。

 転がるピトーは、吹き飛ぶ中で、王の事では無く、何故か珱嗄の事を思い出した。珱嗄と出会い、過ごしてきた今までの事が、自分の障害で最も長く一緒にいた人間、珱嗄との思い出が、走馬灯のように駆け巡る。

 

 

 涙が零れた。

 

 

 地面をガリガリ削って、後方へと転がる身体を抑えられない。だがそれでも、歯を食いしばり、何故か溢れ出る涙が、どうしようもなく切なかった。

 悔しい。王の為なら死ねると思ったのに、死にたくないと思ってしまうなんて。珱嗄を思い出して、楽しかったやり取りを思い出して、何も言わず別れたあの日を思い出して、再会したのに碌に話せ無かったのを残念に思って、最後はこうして殺される。

 

 

 死にたく、なかった。

 

 

 そこまできて、やっと分かった。珱嗄との日々が、自分にとって大事だったことを。珱嗄がいた生活が、充実していた事を。そして分かった。これが、

 

 

 ―――これが、人を想うという事か

 

 

 気付いてしまったからには止められない。壁にぶつかって身体は止まった。だが、顔は既にぐしゃぐしゃだ。涙、鼻血、吐血、青痣、内出血、様々なモノがあふれていた。動けない自分が悔しかった。

 もう一度、珱嗄と会いたかった。自分の事を友人と行ってくれたあの人間と、他愛のないやり取りをしていたかった。名前を間違えられて、修正する。ただそれだけのやりとりで良かった。それだけで良かった。

 

 だが、もうこれで終わり。ここでピトーの命は燃え尽きる。ピトーは涙を拭って、俯く。眼の前にゴンが歩み寄ってきた。これでトドメだ。一匹の蟻の一生が、此処で終わる。

 そしてゴンが腰を落として、オーラを溜め始めた。その瞬間に、ピトーの猫耳がピクリと動いた。

 

「……これで終わりだ」

 

 声が聞こえた

 

「……死ね、ピトー」

 

 声が聞こえた

 

「ジャンケン―――――」

 

 声が聞こえた

 

 

 

「―――やらせる訳には、行かない」

 

 

 

 声が、聞こえた――――

 

 

 

 顔を上げる。もう碌に力が入らない身体で、それでも眼を見開いて驚くほど、目の前の光景が信じられなかった。そこにあったのは、青黒い着物の背中。ゆらりとした雰囲気を纏いながら、灼熱のオーラでゴンの拳を受け止めている男がいた。

 

「オウ………カ……!」

 

 拭った筈の涙が、溢れて来た。また会えた。最後の最後で、来てくれた。人間であるゴンでは無く、蟻である自分を助ける為に、来てくれた。それが、それだけが、嬉しかった。

 

 

「よう、ピトー……待たせたな」

 

 

 珱嗄はそう言って、ゆらりと笑った。

 

 


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