◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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珱嗄×メルエム×決着

 鞘が、王の攻撃を防いだ。だが、その防ぎ方が異常だ。受け止めたのではなく、受け流した。これは珱嗄が鞘を用いて使った技術ではない。鞘が、単体で行った現象だ。

 クロゼの作りあげたその執念の結晶は、謂わばクロゼの全てを凝縮したオーラの塊といって良い。つまり、この鞘にはかなり高位の衝撃分散能力があった。クロゼの持つ衝撃透しの技術が、この鞘に宿っていたのだ。

 つまり、ピトーがネテロの百式観音の攻撃を受けた際、地面へ衝突した際のダメージしか受けていなかった理由は、この鞘が百式の攻撃を分散し、無力化していたからなのだ。

 

 攻撃した王と、攻撃を防いだ珱嗄、二人は一つの鞘の起こした現象の前に驚愕を持って硬直し、お互いに動きを止めた。

 そして、我に返ったのも同時。

 

「「ッ……!?」」

 

 バックステップでお互いに距離を取った。そして、仕切り直しとばかりに様子を窺う。お互いがお互いに視線を向けたまま、出方を考えていた。

 そして、珱嗄はそんな中考える。クロゼの鞘が、自分の命を救った現実を。そして、未だ手元にある折れた陽桜と、クロゼの遺品である黒珱を握り直す。やるならば、今しかないと思った。

 

 

 珱嗄が会得した、連撃型不知火とは違う、正真正銘、最後の切り札。ネテロにとっては百式の零、王にとってはあの最後の拳、それと同等の、自身の全てを凝縮させた技。

 

 

 つまり、一撃集中型の不知火。連撃の一撃一撃における威力など比べ物にもならない、まさに地球を切り裂く超高火力の一撃を、珱嗄は繰り出そうとしていた。

 だが、陽桜は折れてしまっている。このままではその一撃は放つ事は出来ないだろう。だから、珱嗄は自身の念能力、『請負う欠陥(リバイバルスカーレット)』で一時的に刀身を自身のオーラで代用した。おそらく、一振りすればすぐさま壊れるだろう程に頼りない刀身だが、元々身体の負担はかなり大きな負荷となっている。放てるのはあと一撃が精々だろう。

 

 だから、これでいい。一撃に全てを込めよう。

 

 そしてそれは、王も同じだった。自身の全力の拳を防がれたことで、まだ少しだけオーラが残っている。それを全てつぎ込んで、限界を超えてオーラを絞り出し、最高の一撃を持って迎え撃とうと考えていた。

 お互いに、打てるのは最後の一撃だけ。この勝負に打ち勝った方が、この戦いの勝者だ。

 

 

 ―――人間か、蟻か、決着を付けよう。

 

 

 深く息を吸って、吐く。お互いに瞳を閉じて、最早相手しか見えない程に、集中力を高めていった。まず、周囲の余計な情報が消えた。既に、お互い数㎞離れた木の葉の擦れる音ですら聞き逃さない程に、感覚が鋭くなっていた。

 

 鼓動が聞こえる。相手の鼓動が。その鼓動の音と、自分の鼓動の音がだんだんと重なる。そして、その瞬間は、すぐにきた。

 

 

 

 ―――ドクン

 

 

 

 鼓動が重なった。勢いよく瞳を開き、同時に灼熱のオーラと凶悪なオーラが一気に溢れ、その場を満たした。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「はああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 腹の底から、凄まじい殺意と純粋な闘争心が咆哮となって放たれ、衝突する。そして、溢れ出たオーラは王の拳へ、修復された陽桜へ、注がれていく。

 王は拳を引いて構えた。珱嗄は陽桜を黒珱に収め、腰を落とした。そして、荒々しく吹き荒れるオーラの奔流は、拳に凝縮され、鞘の中に収められ、一瞬で消えた。沈黙がその場を支配する。

 

 

 

 ―――掛かって来いよ、メルエム

 ―――殺してやろう、オウカ

 

 

 

 お互いがお互いの名前を呼んだ。王は、珱嗄が呼んだその名前が、自身が女王より授けられた名前だと、感覚で理解した。珱嗄は、王が自身の名前を強者として認めた末に呼んだことを、本能で理解した。

 お互いがお互いを、倒すべき強者だと認めていた。そして、次の瞬間、動きだす。言葉は、無かった。音も、衝撃も、風も、何も無く、動いているのは戦う二人だけと思う程に、二人以外は何一つ動かない静止した世界がそこにあった。

 

 

 メルエムが拳を振るう。その凶悪なオーラが拳の通った場所に軌跡となって現れる。踏み込み、腰を落とし、踏み込みの力を身体を捻って拳へと伝達させる。まず間違いなく、最高のタイミング、最高の威力、最高の速度で、王の拳は放たれた。

 

 

 

 だが、

 

 

 

 王は見た。

 拳を突き出すその前に、珱嗄の鞘から陽桜の鍔が浮き始めたその時、鞘から紅く、赤い、灼熱の炎が吹き出て来たのを。

 

 それは、抜刀術から繰り出される、一撃必殺。珱嗄が放つ、最大最強の一刀だった。

 

 

「ッッッ必殺のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 珱嗄が瞳を見開いた。青黒い瞳では無く、そこには灼熱のオーラと同じ、深紅に煌めく紅い瞳があった。

 陽桜が鞘から神速で引き抜かれる。同時、鞘から抜かれた刃に引っ張られる様に、大気を灼熱の業火が包んだ。一瞬で荒野が炎で包まれる。メルエムの拳と、真っ赤に染まった陽桜が衝突する瞬間、メルエムは視界一面が紅く染まったのを見て、こんな時だというのに、思ってしまった。

 

 

 

 ―――美しいと

 

 

 

 真っ赤な視界に移る、業火が、気温を大きく上昇させる。メルエムと珱嗄はその暑さに大量の汗を流すが――――一瞬で蒸発してしまう程、気温は高くなっていた。

 そして、拳と刃は衝突する。

 

 

 だが、拮抗はしなかった。

 

 

 陽桜はメルエムの拳にぶつかった瞬間、豆腐でも斬るかのように、まず甲殻を切り裂いた。そして次に肉を、筋肉を、神経を、骨を、いとも容易く切り裂いていった。

 メルエムの拳から、深紅の刃は腕を切り裂き、その奥にあったメルエムの身体を、真っ二つに切り裂いた。勝負は決した。珱嗄の刃が、メルエムの最強を切り裂いた。つまり、珱嗄の勝ちだ。

 

 

 

 

「不知火――――『迦楼羅(かるら)』………!!」

 

 

 

 

 珱嗄はその言葉と同時、メルエムの横を通り抜け、真っすぐに切り抜けた。音が戻ってくる。衝撃が戻ってくる。メルエムを切り裂いた陽桜の斬撃は、メルエムの後方数㎞先まで、高熱に熱せられて溶岩と化した裂傷を地面に残した。

 

「―――見事だ……オウカ………余の、負けだ」

 

 メルエムの言葉に、珱嗄は崩れていく陽桜を鞘に収め、崩れ落ちそうになる身体を意地で支えて、ゆらりと笑った。そして、威風堂々、強がりながらも力一杯の勝利宣言をする。

 

 

 

「勝ったぞ、この野郎………!」

 

 

 

 拳を天に掲げ、荒い息を抑えずに、とても嬉しそうに笑いながら、そう言った。その言葉はまるで、自分に言っているようで、死んだクロゼに捧げているようで、負けたメルエムへ宣告する言葉だった。

 珱嗄はこうして、人間はこうして、蟻という種に

 

 

 

 勝利した。

 

 

 

 


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