◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
ピトーとゴンがいる沈黙の空間に、珱嗄は入ってきた。どうやら珱嗄による重圧に解放された後、直ぐに治療を再開したようだ。だが、流石のピトーも、感情を殺していたゴンも、珱嗄の登場には驚愕した。ピトーは治療の手を止め、ゴンは目を丸くして珱嗄に視線を送った。
「オウカ!?」
「……オウカ……」
「やぁゴンに猫。久しぶりだね」
「ピトーだ」
「相変わらずでなにより」
珱嗄はそう言って、ピトーに近づく。目的は、クロゼのオーラを感じるあの品だ。ゴンは珱嗄の動きを止めずに視線を送り続けた。そして、珱嗄は早々にピトーの傍に置いてあったクロゼの遺品を手に取った。布から取り出すと、そこにはピトーが見たものと同じ、黒い軽く反り返った棒があった。
珱嗄はそれを見て、初めて目を見開いて驚いた様子を見せた。
「……おい、ピトー……これは何処で手に入れた?」
珱嗄は、ピトーを初めてピトーと呼んだ。そのことが、この問いが珱嗄にとってどれほど重要なモノかということを示していた。だからこそ、ピトーは押し黙る。珱嗄の強い視線と、真剣そのものの表情を、初めて見たから。その気迫に押されて口を開けなかった。
だが、答えなければ珱嗄に殺されるかもしれない。そう思ったピトーは強引に口を開き、言葉を紡いだ。
「クロゼとかいう人間が………王と戦う前に……ボクに、託したんだ………自分がここで死んだら、お、オウカに渡してくれ、って……」
珱嗄はそれを聞いて、はっと何かに気が付く様な表情を浮かべた。
なんだそれは、もしもそれが本当だとすれば、クロゼはわざわざ自分から死にに行ったようではないか。何故、そんな事をする必要がある。どういうことだ?
珱嗄は浮かんだ疑問を解けない。クロゼは自分から死にに行く様な馬鹿では無い。それは一緒にいた珱嗄がよく知っている。だとすれば、何故王に挑んだのか? 分からない。
「……そ、それは……あの人間が死んだ後の強い念が籠ってる……多分、珱嗄への想いだと思う……」
「俺への………想い?」
珱嗄はピトーの言葉を聞いて、一つの可能性を考えた。そんなわけは無いと考えながらも、辻褄が合うその可能性を。
それは、クロゼが珱嗄の生き方を習って、娯楽主義者として生きようとした結果、王に挑んだという可能性。
確かに、珱嗄はクロゼを弟子として育て、友として一緒に過ごしてきた。だからこそ、考えたのだ。クロゼが珱嗄の娯楽主義という生き方に憧れた可能性を。だが、珱嗄はその可能性が本当だったと仮定して考えて、こう思った。
「馬鹿じゃねぇの……?」
珱嗄の生き方は、珱嗄だけの物だ。クロゼがどれだけ真似しようと、それはクロゼの生き方にはならない。娯楽主義とは、その人がその人の面白いという感情の従って生きるから娯楽主義なのだ。クロゼは間違えた。クロゼは珱嗄が面白いと思う事に従って生きて、王に挑んでしまった。珱嗄の生き方を羨ましいと思うのなら、クロゼはクロゼなりの面白いという感情に従って生きるべきだった。王に挑まず、逃げても良かったのだ。
「オウカ……?」
「馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ………馬鹿すぎて、馬鹿らしすぎて、馬鹿馬鹿しい」
珱嗄はブツブツとつぶやいて、俯いた。ピトーはクロゼの珱嗄への想いを知っているから、それを踏みにじる様な事をいう珱嗄に、少なからず失望した。人を想う想いを踏みにじる珱嗄に、失望した。
だが、それは直ぐに覆される。俯く珱嗄の口端が、ゆらりと吊り上がって行く。そして、珱嗄がふと顔を上げた。
「だが、それも面白い」
珱嗄には、最早先程までの怒りが無かった。寧ろ、今まで通りの珱嗄だった。ゆらゆら笑って、人生のその時その時を楽しんで生きている珱嗄だった。
珱嗄は思ったのだ。クロゼの行動の馬鹿らしさと、自分を想って死んでいったクロゼの強さが、面白いと。クロゼは確かに間違えた。だが、それでもそれが正解ではない訳じゃなかった。それも見方を変えれば一つの正解なのだ。だからこそ、馬鹿馬鹿しいが、面白い。珱嗄を尊敬した気持ちは、羨ましいと思った気持ちは、絶対に、クロゼだけの想いなのだから。
故に、珱嗄は怒りを収めた。クロゼが死んだのは、クロゼが自分を貫き通したから。珱嗄の生き方を真似てしまった所はあるが、それでも自分の想いに従って王に挑み、死んでいった。この遺品を残して。
それで怒るのは筋違いだ。珱嗄はクロゼの死を受け入れた。ここでクロゼを殺した王を憎んだとして、怒ったとして、それはただクロゼを侮辱しているだけなのだから。
「それに、こんな良いモノ残してくれたんだ。ありがたく貰っておくさ」
珱嗄は黒い棒の端を持って、陽桜を近づけた。そして、その棒の中心に陽桜は収められていき、陽桜は『鞘』に収まった。
クロゼの残したのは、鞘だったのだ。それも、陽桜の切れ味で斬れない鞘。自らの死を持ってして、最早破壊不可の耐久力を持ったオーラの鞘。それは陽桜を収める為にある様なものだった。
そして、生まれてから一切鞘という器に入らず、抜き身のままその姿を晒してきた陽桜という刃は、初めて自らを受け入れてくれる鞘に、その姿を隠したのだった。