◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
珱嗄は、宮殿のど真ん中に降りて来た。着地と同時に、その衝撃で宮殿に大きな罅が入り、拡散する灼熱の大気が近くにいた全員の身体を熱しながら吹き抜けた。ガラガラと壊れていく宮殿の一角、珱嗄はその中心で、ゆらりと立ちあがった。紅く煌めき、珱嗄の怒りに呼応して悲鳴を上げる陽桜が、軌跡を残しながら珱嗄の肩に乗る。そして、一旦その怒りのオーラを抑えた。途端に重圧に解放され、動ける様になったゴン達は、即時動き出す。
まず最初に珱嗄の下へやって来たのは、プフとユピーだった。ナックルやシュート、キルアといった戦いの相手に背を向けて、瞬時に珱嗄という危険の対処へやって来たのだ。そして、そのナックル達が遅れてやってくる。珱嗄の姿を見て、ナックル達は何者だ? という疑問を、キルアは珱嗄が生きていた、という喜びを抱いた。
だが、その珱嗄と相対しているのはプフとユピー、自分達が全く適わなかった護衛軍、それも二人だ。確実にやられてしまう。ナックル達は相手がどうであれ、人間である珱嗄をみすみす殺させる訳にはいかない、といつでも飛びこめるように身構えた。
「―――……よぉ、シャランラにハゲ」
「プフです」
「ユピーだ」
珱嗄の言葉は、それこそ少し前のじゃれあいと同じだったが、その言葉に込められた感情と珱嗄の表情が、プフとユピーの胸を締め付ける様な恐怖を感じさせた。
ほぼ条件反射で名前の訂正をしたが、目の前にいる珱嗄と昔の珱嗄とでは、何もかもが違ってしまっていた。その理由に心当たりは、ある。寧ろ、それしかなかった。
王がクロゼを殺したこと
あの人間は珱嗄の友人にして弟子だと言っていた。故に、それを殺されれば当然怒るのが道理だろう。今までずっと心の片隅で抱いていた最悪の事態が、現実のものとなっていた。
「一つ聞きたい」
「……」
「クロゼを殺したのは………お前らか?」
「………王だ」
ユピーは、素直に答えた。本来なら、王ではなく自分達だと言って、怒りの矛先を自分達に向ける筈だった。しかし、珱嗄の威圧と途方もない殺意から、とても嘘を言える雰囲気ではなかった。嘘を言おうとすれば、瞬時に命を奪われていたかもしれないと思えた。
「やっぱりか……で、クロゼは何故死んだ?」
「………ここへ来る道中、王の前に立ち塞がったのです。それで、王と一騎打ちの勝負となり……結果、王に殺されました」
「……そうかい、なら良かった」
「?」
何が良かったのだろうか。見れば、珱嗄の顔が少し落ち着きを取り戻した様に見える。それこそ、いつも通りの雰囲気を感じた。
だが、
それは勘違いだ。珱嗄は安心したのだ。面倒が減った、と。
「殺すのが王だけで良かった。手間が要らない」
珱嗄はゆらりと笑って、そう言った。あたかも、王を殺すのに、そう苦労はしないとでも言いたいかの様に、そう言った。怒りが収まったのではない。静かに怒っているのだ。
荒々しく怒りを振りまくより、理性的で、怖かった。
「じゃあ、そこを通して貰おうか………流石に友人を殺すのは気が引けるんでね」
「……我々をまだ友人と言ってくれるのですね」
「まあね。俺から言いだした関係だからな」
「ですが……王の下へは行かせません……!」
「俺達はお前の友人だ……でも、今は……敵だ!」
珱嗄はプフもユピーもピトーも、蟻側だとしても友人だと思っていた。だからこそ、珱嗄は目の前に立ち塞がる二人が二人らしい行動を取ることを、面白いと感じた。口端を吊り上げ、灼熱のオーラを漂わせる。
「いいだろう、なら俺はお前らを潰して王を追うとしよう」
珱嗄の言葉に、プフとユピーは身構えた。身構えたが、無駄だった。ナックル達は見た。プフとユピーが、一瞬で倒されるのを。ほんの、まばたきを一回した瞬間だった。
プフは地面をのた打ち回り、ユピーは珱嗄に頭を掴まれて地面に叩きつけられていた。
「う、があああああああ!?」
「ゴッ……ガッ……!?」
珱嗄はユピーの頭を踏みつけ、立ち上がる。そして、その片手に持っているものを得意げに振り回す。ひゅんひゅんと鳴り響く風を切る音が、空間に響いた。
蟲笛
プフは蟲笛によって簡単に無力化され、ユピーはただ単純に叩きのめされたのだ。プフのやられ方が雑だがそんなのは知らない。
「はははシャランラ、お前を倒すのなんてこの笛で一発だぜ」
「ぐがああああああ!? 忘れていたああああああああ!!!!」
その光景に、ナックル達は呆然とするしかない。あんなに苦労して戦っていた相手が、あんなにも簡単に無力化されている。現実離れしていて付いていけない。
ただ唯一理解したことは、この場において、人間側が蟻側に勝利したという事実だけだった。
「………さて、王は……いや、その前に一つ気になることがあるな……ネコーの所へ行こう」
珱嗄は気絶したユピーから足を退け、苦しむプフを歩く途中で踏んで進む。苦しんでる相手に追い打ちを掛ける所が珱嗄らしかった。まさしく泣きっ面に蜂という奴だ。
珱嗄は王の下へ行く前に、ピトーのいる場所にクロゼのオーラを感じたことが気に掛かった。だから、まずはピトーの下へと向かう。その途中で、珱嗄はキルアの傍を通った。
「ん、キルアじゃないか……久しぶりだね。ほら、これやるよ」
「な、何だよコレ」
「蟲笛。俺がやってたみたいに振り回し続ければいつかシャランラも耐えられなくなって気絶するだろ」
「………納得いかねぇ……」
キルアはプフがこんなちっぽけな物で何とか出来る事実に打ちひしがれた。なんともいえない悔しさがあった。納得いかないもどかしさがあった。
「じゃあな」
珱嗄はそう言って、その場から跳躍し、ゴンとピトーがいる一室へと向かって行った。台無し感が半端無かった。
だがそれでも、友人である二人を殺さなかった。そこは珱嗄の友人を思う優しさが残っていた、ということだろう。