◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
クロゼの遺体は、ほぼ残らなかった。修練を重ね、高位の念能力者であったクロゼの身体は、王にとってまさしく栄養の塊のようなものだ。故に、頭からつま先までしっかりと王によって捕食された。辛うじて残ったのは、ボロボロの骨だけだった。
そして、王達はまた新たな拠点を求めて進みだす。
「む、ピトー。それは持っていくのか?」
「はい、王はあの男……オウカをいずれ殺すと仰られました。故に、後々会うことになるのならば、渡してしまおうかと」
「ふむ……中身はなんだ?」
「えーと……分かりません。反った棒きれの様ですが……」
「……ならばいい、好きにしろ」
ピトーはクロゼの突き立てた布に包まれた棒状のそれを珱嗄に渡すことにした。クロゼは珱嗄の友達だった男だ。故に、この遺品とも言えるモノを運んでやりたいと思ったのは、ピトーにとっては自分自身の事だったからこそ、少し意外だった。だが、この棒きれには並々ならぬオーラの気配を感じていた。クロゼの念によって具現化されたこの棒きれ、死後の珱嗄への尊敬と感謝の念が宿り、更に強力なオーラの塊と化していた。
「……怖いなぁ……人間の想いってものは……」
「何か言いましたか? ピトー」
「いいや、なんでもないよ」
「そうかよ。じゃあ行くぞ、王を待たせるな」
「うん」
かくして4匹の蟻は進みだす。その先に待ち構えているのは、生か死か、それも分からずに、強者としての圧倒的な奢りの下、進むのだった。
◇ ◇ ◇
消えたのを感じた。自分の中にあった、友であり、弟子であった男のオーラが、消えたのを感じた。しかも、男の下に戻って行ったのではない。珱嗄の身体の中で、純粋にふと消滅して霧散したのだ。それはつまり、珱嗄に掛かっていた発を行った術者が死んだことを暗に示唆していた。
言ってしまえば、クロゼは死んだ。完全に死んだ。殺されて、死んだ。
珱嗄はそれを理解した。クロゼが死んでしまった事を理解した。しかも、かなり近い所で死んでいる。元々クロゼと合流しようと発の発生源の下へと向かっていた珱嗄の近くで、クロゼは王と戦い、死んだ。
珱嗄は目を見開いてその事実に驚き、駆け出した。自分の出せる最高の速度で、自身に掛かっていた発の発生源が消失した地点へと走った。そして、その場所へは直ぐに辿り着いた。その場に王や護衛軍の姿は無く、代わりに、地面を汚す赤い色と鉄の匂いが充満していた。そしてなにより、地面に転がる無残な骨の残骸と、クロゼの着ていた黒いコートがそこに無造作に放置されていた。
「………」
珱嗄は無言でそれらを拾い上げる。コートに骨を包み、燃やす。形式等は分からないが、火葬という形で、珱嗄はクロゼを弔う。燃えていく火が燃え尽きるまで、その火を眺め続けた。赤く燃え上がる火の中で、骨が灰となり、コートも塵となって風に飛ばされていく。そして、火が消えた時、その地面には焦げ跡だけが残り、何も残らなかった。
珱嗄は空を見上げる。茜色に染まった、夕焼け空。その茜色を瞳に映して、目を閉じる。すると、クロゼとの思い出が次々と思い浮かんできた。天空闘技場、幻影旅団、そしてキメラアント、約半年という短い時間の中で、たくさんの思い出があった。
「……そういや、友人が死ぬのって初めてか……」
珱嗄は呟く。そして、笑おうとして、口端を吊りあげようと意識を向けるが……どうやっても口端は吊り上がらなかった。笑えない。
「……あーあ、笑えない………なんでだろうなぁ……」
代わりに、自然と歯がギリッと音を立てた。知らず知らずの内に歯を食いしばっていた。そして、胸の内から沸々と湧き上がる感情を抑えられない。
そこで珱嗄は気が付いた。この感情の正体に気が付いた。
―――なるほど、これが『怒り』か
クロゼの死が、珱嗄の感情のタガを外した。琴線に触れた。逆鱗に触れた。人を殺す事を決意した珱嗄だったが、人を殺される覚悟は無かったようだ。故に、クロゼという
「あ、あぁ………ああああああああああああ!!!!」
咆哮が荒れ地に鳴り響く。吹き荒れるオーラの嵐が、地面を抉り、空気を振動させ、灼熱の炎を生んだ。壊してしまうのではないかと思う程に陽桜を握り締め、陽桜も珱嗄の怒りに呼応して、叫ぶ様に甲高い悲鳴を上げた。
そして、珱嗄は陽桜を高く振りかぶり、全力で、怒りのままに、振り下ろす。
「っらァッ!!!!」
一振りが、空気を切り裂いた。空を切り裂いた。地面を切り裂いた。その一振りが、余りの速さと威力に、地球を両断した。だが、余りの速さと鋭さに、地球は両断されたことに気付かなかった。珱嗄の一振りは、地球を切り裂いたが、切り裂かなかった。代わりに、宇宙まで届く斬撃は『軽く』地面と空に刀傷を付けた。
数㎞先まで届く地面の刀傷と数㎞先まで届く空の刀傷が、『軽い』ものなのだ。
本来なら、地球を真っ二つにしていたのだから。
そしてその一振りを終えた珱嗄は、陽桜を肩に担いで大きく息を吐く。少しだけ冷静になった精神を使って、これからの事を考える。といっても、やる事は決まっていた。
「あのなめこ野郎………首洗って待ってろよ……俺がこの手でぶっ殺す」
王を殺す。ただそれだけだ。珱嗄の怒りは頂点にまで達していた。