◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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王×茸

 その時は、一瞬だった。不意に、ふとした瞬間に、訪れた。初めに聞こえて来たのは甲高い女王蟻の悲鳴。激痛を訴える様な、断末魔の叫び。そして、その叫び声が聞こえる中で、何かを引き千切る様な音も混じる。ブチブチと、皮膚を引き裂き、肉を引きちぎる様な、そんな音が。

 そして、その音が止んだ頃、その拠点の中にいた全ての者が察した。

 

 

 王の誕生を

 

 

 それは他でも無い。珱嗄もである。ピトーを猫の様に扱って弄っている中で、それに気付いた。瞬時に動いたのは護衛軍の三人。王の下へと我先に駆けつけて行った。残された珱嗄は口を噤んで少し困った様な表情を浮かべた。

 何故なら、その王の圧倒的な王の覇気を感じ取ったからだ。こいつは自分よりも強いかもしれないと、そう思った。無論、戦えば負けるつもりは毛頭ない、だがそれでも、勝てるか分からない相手は、これが初めてだった。これが王、これがキメラアントという凶悪な種の頂点に立つ最強の王。そして、何より護衛軍の三名を超える程の凶悪なオーラが、じりじりと肌に食いついてくる。

 

「………勝てるかねぇ」

 

 元々、珱嗄が此処に来たのは、どこか嫌な予感がしたからだ。自分にとって、嫌な展開が起きるのではないかという、予感。その原因が、今はっきり分かった。この蟻の王は、危険すぎる。

 この王が動くことで、珱嗄が死ぬのかもしれない。はたまた別の誰かが殺されるのかもしれない。そういった嫌なビジョンが鮮明に思い描くことが出来た。

 

「……まぁ、会ってみない事には仕方ないか」

 

 珱嗄は呟き、立ち上がる。そして、肌に食いつくオーラを押し返す様に、自分のオーラを解放した。勢いよく吹き荒れるのではなく、ゆらゆらと実体のない煙の様に動くオーラは、珱嗄の足が一歩、また一歩と進む度に、揺れた。立ち向かえば絡め取られ、訳も分からない内に殺されると思ってしまう程に、濃く重いオーラの重圧。キメラアントの拠点の中で、二つのオーラがお互いの知らぬ間に衝突し、(せめ)ぎ合っていた。

 そんな中、進む珱嗄は正面から自分に近づいてくる存在に気が付いた。そして笑う。同じなのだ、王の方も。珱嗄という人間の圧倒的な存在感に気付き、自分自身が戦って勝てるか分からない相手だと考えた。だから会おうと思った。但し、珱嗄とは違って、本当に殺すつもりで近づいて来ていた。

 珱嗄もそれを察する。覇気の中に混じる殺意を感じたからだ。

 

 お互いの足音が、聞こえる。他に三つの足音があるが、それはきっと護衛軍の足音だろう。

 

 そして、お互いの姿が見えた。足音が止まる。

 まず見えたのは、お互いの瞳。珱嗄の青黒く揺れる瞳と、王の資質を爛々と感じさせる冷たい瞳。交錯する視線は、間違いなくお互いを見ていた。

 

「――――お前は」

 

 口火を切ったのは、王の方だった。重く、冷たい声だった。

 

「誰だ? 何故此処にいる?」

 

 当たり前で、当たり前の疑問。珱嗄はそれに対して、普通に答えた。

 

「俺は泉ヶ仙珱嗄、面白いことが大好きな唯の人間だ。此処にいる理由は……観光?」

「……観光、だと?」

「そうだ。ついでに言えば、王サマであるお前を一目見たかったのもあるね」

「……お前達はコイツの事を知っているのか?」

 

 王は護衛軍の三人に聞く。

 

「……はい、我々では勝ち目のない相手でしたが、王の誕生を阻止させる訳にはいかず……この拠点に居座らせれば大人しくしている、という約束の下、此処に……」

 

 ピトーが答えた。やはり女王直属の護衛軍といっても、王が生まれれば彼らの使命は女王ではなく、王の護衛軍と変わってしまうらしい。

 

「なるほど……確かにこの人間は王である余でも、勝てるか分からぬ……その選択は正しいな」

「でだ、王様ちゃん」

「………余をその様なコケにした名で呼ぶな」

「じゃあ名前は?」

「……余の名は……名前は……ない」

「じゃあなめこで良い?」

「なめことはなんだ」

「なななな・な・なめこ♪っていう音楽で有名な植物だ。色んな種類がある」

 

 珱嗄はそう言うが、王は顎に手を当てて考えている。護衛軍の三人は、膝を付いた状態でだらだらと冷や汗を流す。どうみてもまともな名前じゃねぇと考えていた。まさか王にまでこのようにあだ名を付けるとは思わなかったのだ。

 

「……ふむ、ならば仮の名前として使うことにしよう。余の事はとりあえずなめこと呼ぶが良い」

(((王!!?)))

「うん……よろしく………なめこ……!」

 

 珱嗄はぷるぷると肩を震わせてそう言った。笑いを堪えるのが大変だった。自分自身で王の覇気を醸し出しながら名乗った名前が『なめこ』。どんな状況だろうとそれは噴くだろう。何言ってんだコイツはとツッコミすら入れたくなる。

 

「して、何故なめこなのだ」

「頭の形がなめこに似てるから」

「……ふむ、なめことは余の様な顔をしているのか……一度見てみたいものだな」

「いつか見れるよきっと……く……っ……」

 

 珱嗄は口を抑えていた。天才かコイツ、と思った。何処の世界にクソ真面目な表情でなめこを見てみたいという奴がいるというのだ。目の前にいるわ。

 

「それで、貴様は余と相見(あいまみ)えた訳だが……如何する?」

「特に何も。だがまぁなめこちゃんが怖いってんなら、戦う事も吝かじゃないよ」

「……なるほど、ならば今は捨ておいてやろう。だが、覚えておけ、余はまだ生まれたばかり、更に強靭な強さを手に入れた果てには、必ず貴様を殺す」

「………それは楽しみだ」

 

 珱嗄がそう言うと、王は振り返って闇に消えていく。護衛軍の三人は珱嗄をちらっと見て、少し迷った様に王に付いて行った。

 王はまだ珱嗄と戦って勝てるか分からなかったから、今は戦わないことを選んだ。そして、勝てる実力を手に入れた時、改めて珱嗄という脅威を殺す事を決めたのだ。無暗に脅威を排除しようとせず、王として自身の選ぶべき選択肢を間違えない。それは人間としても、あまり出来ないこと。

 珱嗄はそんな王に、少しだけ恐怖を感じたのだった。

 

 

 


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