◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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猫×交渉

 それは、ボクが目覚めて直ぐの事だった。卵から出て、最初に見たのはボクを生んだ女王の姿。ボクは直ぐに自分の役割を理解した。女王直属の護衛軍の一人、名前は女王が付けてくれた。ネフェルピトー、それがボクの名前だ。

 ボクの近くには他に護衛軍になる予定の仲間が入った卵が二つ。まだ生まれる様子はない。女王は生まれたボクに名前を付けると、すぐに命令を下してきた。それは、

 

 

『ここに、良くない者が近づいて来ています………強大な力で、貴方でも返り討ちに遭う可能性があります。しかし、王が生まれるのだけは邪魔されてはなりません……! どうにか、追い返してください』

 

 

 敵の抹殺、もしくは撤退戦だった。ボクはその強大な力、という存在を感覚で理解した。かなり離れた位置から、少しづつこっちに近づいて来ているのが分かった。肌にビリビリと突き刺さる様な戦意が、それを物語っていた。ここまでその存在感を届かせる圧倒的な実力の持ち主が、女王に迫っている。

 これは、ボクの力でもどうにも出来ないかも知れないと分かっていたけれど、それでもボクは女王を守る為に、ひいては生まれてくる王を守る為に生まれた、現状最も強い蟻だ。ボクが行かなければいけないと、そう思った。

 

 それに、これは必ず殺せという命令では無い。女王は寛大にも、追い返してくれと言った。相手が言葉の通じる人間だというのなら、話し合いで退いてもらう、という方法でも可能性はある。例え、ボクがこの戦いで死のうとも、残る二匹の護衛軍が、ボクの後を継いでくれるだろう。

 だから、ボクは死ぬことになっても、怖くはなかった。短い生涯だろうと、女王の為に死ねるのなら本望というものだ。

 

 ボクは、その後直ぐに行動に移ることにした。後ろにあった二つの卵に手を付けて、もしも死んだ時の為に意思を残す。

 

「女王の為に。後はよろしく頼んだよ」

 

 卵の中から、鼓動が返って来た。多分、これなら大丈夫だろう。

 

 ボクは塔の上に上り、その存在がいる場所を睨む。すると、向こうから威圧が返ってきた。どうやら、ボクの事は気が付いているみたいだ。なら、隠れる意味はもうないだろう。

 身体の調子を確かめて、脚に力を込める。ボクの脚力ならば相手の位置までひとっ飛びだ。不意打ち出来ないのは苦しいけど、先手は貰う事にしよう。

 

 ボクは跳んだ。自分の出せる最高速度で相手に近づく。遠くまでよく見える視力で前を見ると、そこにはゆらりと笑う人間がいた。抜き身の刃物を持っていて、それをボクの速度に合わせて振って来る。ボクはそれに自分の爪をぶつけた。

 人間はボクの腕が斬れなかった事を驚いていたようだけど、ボクはあの刃物が折れなかった事に吃驚した。こう言ってはなんだが、ボク達の身体に付いている牙や爪といった武器は、かなりの硬さを持っている。それを猛スピードで叩き付けたのなら、壊れてもおかしくはない筈なのだ。

 

「へぇ……お前、随分と面白そうだ」

「―――にゃん」

 

 人間が喋った。よく考えたらボクが初めて会う人間だ。こんなに強そうな相手が初めて会う人間だなんて、よくよくツイてない。

 

「君は随分と面白そうだね」

 

 人間との会話。まずは探る様にそう返した。すると、人間は刃物を滑らせる様にしてボクの身体を押しかえす。

 

「そいつは結構っ」

「にゃっ……!」

 

 自慢のバランス感覚で空中で体勢を立て直し、着地する。人間は此方を見て面白いものを見るような表情をしていた。

 

「よう、猫耳ちゃん。お前は誰だ?」

 

 猫耳ちゃん、というのはボクの事の様だ。確かに蟻なのに猫の耳があるけれど、そんな名前で呼ばれるのは少しだけ不満がある。折角名前を貰ったのだから、それを名乗ることにした。

 

「――――僕はネフェルピトー、女王直属護衛隊の一人だよ。よろしくね」

「そうかい、じゃあネフェル……ネフェルピ……………猫」

「ネフェルピトーだよ」

 

 ボクの名前を覚えられないのか、最早単純に猫と呼ぶ人間。もう一度教えてやると、

 

「うるせぇ、呼びにくいんだよ。猫で良いだろ猫で」

「そこムキになる所? 呼びにくいならピトーでいいよ」

「ネコー」

「そうじゃないよ! ネコーってなにさ!」

 

 なんなのこの人間は。わざわざ呼びやすいように配慮したのに、もう覚える気もないのか。ネコーって、ネコーって! まんまじゃないか!

 

「でだネコー」

「ピトーだよ」

 

 ここは譲れない。なんどでも修正しようと心に決めた。

 

「似たようなもんだろ」

「棒線しか合ってないよね」

 

 間違っているのは人間の方だ。名前に関しては絶対に認めない。だが、人間はしれっと別の話題に変えてしまった。後で絶対に名前を覚えさせよう。

 

「お前らの目的は?」

「無視かな? まぁいいけど……僕の目的は君達を女王に近づけさせないこと。君に関しては……難しそうだけどね」

 

 正直言うと、会話出来ているのが幸いな位だ。もしも問答無用な相手だったら、ボクはきっとこうして話していない。そこらで死んでいるのかもしれない。

 

「んじゃまぁ……やるか」

「!」

 

 人間が刃物をゆらりと構えた。まるで戦いを楽しむかのように笑う人間は、少しだけ怖かった。だけど、ここで戦いに持ち込むのは少し分が悪い。会話出来る今だからこそ、話し合いで解決するべきだ。

 

「待って」

「ん?」

「ボクは戦いに来たんじゃないよ」

 

 ボクの言葉に、人間はきょとんとした顔をする。そして、とりあえず、といった風に刃物を肩に担ぐようにしてボクの次の言葉を待った。どうやら、話し合いに応じるだけの度量はあるらしい。

 ここからが正念場だ。ボクは生まれて間もないから、そこまで交渉の知恵がある訳ではないけれど、女王を守るため、どうにかこの人間を説得しなければならない。

 

 

 あまりのプレッシャーと緊張に唾を呑んだ。さぁ、分の悪い交渉を始めよう。

 

 


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