◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
さて、それからだ。珱嗄は『一人』で現れ、いつも通りのゆらりとした笑みを浮かべながら、カイトの横を通り過ぎ、ゴンとキルアの間を通り抜け、ごく自然な様子で兎型のキメラアントの目の前に立った。その動きは極々自然で、誰もなんの危険を感じず珱嗄の歩みを遮らなかった。
だが、兎型のキメラアントは珱嗄が近づいてくることになんの危険も感じなかった、というより気が付かないようだった。先程まで感じていた圧倒的な威圧感も感じなくなり、珱嗄の接近に気付けていない。だから、焦った。あの威圧感を放っていた珱嗄が、いきなり視界から消えたから。
珱嗄は兎型のキメラアントの顔を覗き込み、つまらなそうにため息を付くと、そのままキメラアントの横を通り過ぎた。
「! あん………オイアンタ……どこ、に……!?」
「お前はまだ全然面白くない。だから、殺しはしないよ。念を習得して出直して来な」
珱嗄の手には、抜き身の刀『陽桜』が刃を反した状態で握られていた。兎型のキメラアントは自分の身体の中で、ピシ、という音を聞いた。そして次の瞬間、全身に痛みが走る。
「ガッ……ア、ガ……アアアアアア!!!?」
以前のノブナガと同じ。峰打ち状態での不知火。衝撃透しを使った激痛を生み出す手加減技だ。しかも、オーラを使った強化もしていない。だがそれでも、兎型のキメラアントは思わず地面に倒れ、のた打ち回る。叫び声を響かせて、痛みを少しでも和らげようと必死に転がった。
「ぐ……ぅぅゥ……! この野郎……!」
「おや、随分と手加減したとはいえ、中々に頑丈じゃねーか」
「コロス……! 絶対、殺してやる……!」
「へぇ、さっきまで震えていた兎が吠えるじゃないか……じゃあ、まずはそこにいる二人を倒してから言うんだな。そいつらにも勝てない様じゃ、俺を殺すとか夢のまた夢だぜ。精々頑張れ兎モドキ」
珱嗄はそう言って、見下した様に笑うと、そのまま去って行った。兎型のキメラアントは、拳を地面に叩き付け、まだビリビリと全身を這いまわる痛みを堪え、立ちあがった。
そして、そのまま抱いた怒りをゴンとキルアに向ける。こいつらが殺せないのなら、珱嗄が殺せない、ならば、殺してやる。そして、いずれ珱嗄を殺す。
「殺す……! テメェらも、あの人間も! 皆殺しだァァ!!!」
兎型のキメラアントは、喉を震わせてそう雄叫びを上げた。
◇ ◇ ◇
「思ったより予想外れだったな」
珱嗄はその後、また嫌なモノがありそうな気配を追って、進んでいた。先程兎型のキメラアントを見つけて、それが珱嗄の感じる嫌な気配に関係している者だと分かった。というより、その嫌な気配から派生した存在、と言うべきだろう。
キメラアント、という存在は知らないが、珱嗄は生物的にあの兎型のキメラアントは上位に位置するのだろうと思っている。あの時、珱嗄が兎型のキメラアントをじっと見ていたあの時、珱嗄はまず兎型のキメラアントの身体能力と出来そうな事を探っていたのだ。
結果は、兎型のキメラアントはほぼ人間と同じ人体構造をしており、そこに兎の脚力や鳥の爪なんかが合成された様な身体をしていることが分かった。そこから出来る事を予想するのは簡単だった。まず並の人間以上の身体能力を有しているのは明らかであったし、爪や牙が鋭いのは見てとれる。特に脚力に関しては並の念能力者が強化した状態にも劣らないだろう。
だがだからこそ予想外れだった。それほど優れた部分があっても、珱嗄には遠く劣っており、念能力が使えないのは問題外だ。
おそらく、珱嗄が感じている嫌な予感、嫌な気配というのはまだ生まれていないのかもしれない。というより、それが生まれる前の生物なのか、起ころうとしている展開なのかも分かっていないのだから、それはまだ予想も付かない。
「さて……」
珱嗄は森から視線を少し上に向けた。その視線の先、おそらく1km程だろうか、そこにはちょっとした岩や植物で出来た塔があった。そこから感じるのは、おそらく先程の兎型のキメラアントなんて足元にも及ばない程の強者の気配。
脅威には感じないが、それでも珱嗄の知っている実力者の中ではトップクラスであろう気配。そして、その気配が此方を見ていた。
「ちょっと喧嘩を売ってみようか」
珱嗄はゆらりと笑って、その視線に軽く威圧を送る。これで完全に此方が相手に気が付いていることが分かっただろう。珱嗄は『陽桜』を下段に構えて、待った。
すると、その気配は動きを見せる。立ち上がり、力を溜め、
跳んだ
その速度は、一瞬。珱嗄のいる場所まで、一瞬で詰めて来た。詰めて来て、その速度のまま珱嗄に肉薄する。
珱嗄は『陽桜』を斬り上げる様にして反撃した。すると、その相手も持ち得る爪で攻撃し、刀と爪が衝突し、拮抗した。ギギギ、と音を立ててお互いの攻撃が押し合っている。そのことで珱嗄が驚愕したのは、その腕が斬れなかったことだ。幾ら強化していなかったとはいえ、『陽桜』の切れ味は素の状態でも凄まじいものがあるのだ。それで斬れない耐久度を持っている、という事実が、珱嗄にとって驚きだった。
「へぇ……お前、随分と面白そうだ」
「―――にゃん」
相手は、思ったより小柄だった。先程の兎型のキメラアントよりは人間らしい容姿をしていて、頭には白い髪と猫耳が生えている。猫の様にしなやかな身体と、ここまでひとっ飛びでやってくるだけの脚力を生み出す脚。お尻の部分からは尻尾も生えていた。なにより、持っているオーラの質と量が尋常ではない。見る者に嫌悪感すら抱かせるその凶悪なオーラは、その実力を暗に物語っていた。
「君は随分と面白そうだね」
「そいつは結構っ」
「にゃっ……!」
刀と爪がギャリッと音を立てて離れる。同時に、珱嗄とそのキメラアントの距離も離れた。
「よう、猫耳ちゃん。お前は誰だ?」
「――――僕はネフェルピトー、女王直属護衛隊の一人だよ。よろしくね」
「そうかい、じゃあネフェル……ネフェルピ……………猫」
「ネフェルピトーだよ」
「うるせぇ、呼びにくいんだよ。猫で良いだろ猫で」
「そこムキになる所? 呼びにくいならピトーでいいよ」
「ネコー」
「そうじゃないよ! ネコーってなにさ!」
珱嗄による弄りが発動した。どうやらこれは人間でなくても通用するらしい。
「でだネコー」
「ピトーだよ」
「似たようなもんだろ」
「棒線しか合ってないよね」
「お前らの目的は?」
「無視かな? まぁいいけど……僕の目的は君達を女王に近づけさせないこと。君に関しては……難しそうだけどね」
珱嗄の言葉に、ピトーは答えた。しゅるっと尻尾を動かして、トントンと片足のつま先で地面を叩く。どうやら今ここで珱嗄を殺す、もしくは撤退に追い込むのが目的らしい。といっても、実力差が分からないほど愚かでは無い様だ。珱嗄の方が自分よりも強い、というのは察せれていると見た。
「んじゃまぁ……やるか」
「!」
珱嗄は『陽桜』を構えて、ゆらりと笑った。その笑みに、ピトーは少しばかり、恐怖を抱いたのだった。