◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
蟻×人間
それから時間は経ち、季節は春。5月に入った。珱嗄とクロゼは、あの後、ヨークシンをあとにした。修行も終わって、行きたい場所も、やりたい事も無いので、差し当たりぶらぶらと旅をする事にしたのだ。
だが、現在から少し前の事。気になる事があった。空気が変わったのだ。
とはいっても、漠然としたもので、珱嗄が言いだしただけのこと。具体的に言えば、何かが起こりかけてて、何かが生まれて、世界を変える何かがこの世界に出現したのを感知した、と言った方が良いのだろう。空気が変わった、というのはそういう事だ。気配というか、世界の流れの様な、保たれていた均衡が崩壊したかの様な、そんな変化を感じ取ったのだ。
ただ、詳細は分からない。恐らく、何も知らないまま『これ』を感じ取ったのは珱嗄だけだろうし、少しづつこの原因に気付いて人知れずその原因を究明に務めている者もいるのだろう。
世界規模の脅威が、すぐそこまで迫っていた。
「……嫌な気分だ」
この世界に来て、始めて感じた嫌な予感。自身が死ぬことは怖くはない。そういう状況に身を置いているのだから、何時死んだとしてもおかしくはない。だが、どこか胸の中でざわざわと蠢く気持ち悪い感覚が、どうも振り払えないままでいた。
「どうした、オウカ?」
「………いや、何でもない」
「ふーん……まぁならいいんだけど。それじゃ、これからどうするよ? ヨークシンを出てもう一ヵ月位経ったし、そろそろ何かしらのイベントがあっても良い気がするんだけど」
「まぁね、そうだなぁ……感覚的に目指す進路は―――」
珱嗄は指を彷徨わせて、瞳を閉じた。そして、何かを探る様にしながらしばらく指をふらふらとさせながら、一つの方向を指差した。
その先には、先程から感じていた嫌な感覚の元凶の気配があった。クロゼはその方向を見て、ふーんと嘆息した。視界には森がある。
「あっちは……何があったっけ?」
「知らね、まぁ行ってみるだけ行ってみようぜ」
「ま、中身が分からない方がサプライズ感あるしな」
珱嗄とクロゼは、そうして歩きだす。脅威のある方向へ、強大な存在の方向へ、そして、世界だけでなく、自分達の命を脅かす方向へと、進みだしたのだった。
◇ ◇ ◇
ここで、珱嗄の感じた元凶というのが、キメラアントと呼ばれる第一級隔離指定種に設定されている危険な虫の生物だ。所謂蟻と呼ばれる種族で、その大きさはまちまちだが、今回のは外来種で、最悪2m程の大きさはあるとされている。
恐ろしいのは、この種族は摂食交配を行い、食べることで進化し、食べることで仲間を増やす。そして、仲間を生むのは基本的に女王蟻の個体のみ。
だが、彼らには食べれば食べるだけ、食べた物の性質や能力を取りこんで、進化出来る可能性があった。おそらくは、どの生物よりも強力で、強靭で、なにより早い進化が可能なのだ。これが、キメラアントが危険とされる要因である。
「キルア、ゴン。コイツはお前らだけで倒してみせろ」
そして、そのキメラアントは珱嗄の嫌な予感を的中させるように最悪な形で進化を遂げていた。これまではただの生物だったキメラアントが、『人間』を喰らい、劇的な進化を遂げた。元々高い知性を持っていた女王がより強力な子供を産むようになった。
そして、なにより厄介なのが―――
―――念能力を会得していたのだ。
何処かで念能力を持った人間と交戦したキメラアントの一個体が、念に目覚めたのだ。そこからはトントン拍子、その力の存在は次々とキメラアント全体に広がり、その解明が進められている。いずれは、全てのキメラアントが念能力を使えるように。
そして、現在。ゴンとキルアはキメラアントの一体と対峙していた。
グリードアイランドをクリアしたゴンは、その報酬で手に入れた『
そこからゴンとキルアはしばらくカイトと行動を共にし、キメラアントの存在を知った。そしてその調査に向かい、この森を進んでいたのだが、そこで現在に至る。
「なんだテメェら?」
目の前に現れたキメラアントは、最早蟻の原型を留めていない。人間をベースに兎や鳥の要素を混ぜ込んだかのような容姿をしている。だが、どうやらこの個体は念能力を会得してはいない様だ。
ゴンとキルアはその個体と対峙し、構える。念能力を使えなくとも、様々な動物種の良い所を掻き集めた様な存在なのだ。強敵には変わりない。
「奴を倒せないようであれば、足手まといだ。二人揃って街へ帰れ」
「「!」」
カイトの言葉に、ゴンとキルアはイラッとする。そして、不機嫌そうな顔でキメラアントに歩み寄りながら、言い返す。
「「子供扱いするな」」
そんな二人の様子に、カイトはふと笑みを浮かべる。そして、ゴンとキルアが近づいてくるのを見たキメラアントは下卑た笑みを浮かべながら、どうやって二人を殺してやろうかと考えていた。
「ケヒヒ……テメェら如きが俺を倒せるとでも思ってんのかよ!」
「倒すさ、それでカイトを見返してやるんだ」
「調子に乗ってると、すぐに死ぬぜ。アンタ」
キルアとゴンの言葉に、兎型のキメラアントは楽しそうに、狂ったように笑う。完全に見た目で実力を判断している。子供である二人に負ける筈が無いと、確信している。間違った確信を。
そして、その実力差が思っているのと全くの逆である事をこれから思い知る、
筈だった。
『ッッッ!?』
その場にいた全員が、硬直した。圧倒的な、何かが近づいている事を察した。念能力者であるゴンやキルア、カイトはそれが、自分達がその『何か』の円に入ったことが原因だと分かった。だが、そうでないキメラアントは円だとは察せなかった。しかし、それでも分かった。動物の本能と野生の勘で分かった。自分よりも圧倒的に上、天地が引っ繰り返っても勝ちようが無い相手が、近づいて来ている事が。
「これは………なんだ……ッ!?」
カイトは、その気配に驚愕し、相対してはならないことを即座に判断する。だが、ゴンとキルアはそれが誰なのか分かった。知っているからこそ、分かった。分かったからこそ、驚愕した。
彼と最後に会ったのは、半年前のことだ。たったの半年、たったの半年会わなかっただけで、此処まで変わるのか。敵では無いことから、安堵の笑みが浮かべられるが、その強大さにダラダラと汗が噴き出す。
「全く………! なんだこの成長速度……!」
「あの人、だよね……!」
キルアとゴンは、その重圧の中ゆっくりとした動作で背後を振り向く。森の木々の影から、切り離される動く影、その影はゆらゆらとまるで幽鬼のように歩いてくる。恐怖を感じる、畏怖を抱かされる、闘争心が捻じ伏せられ、逃走心が生まれる。まさしくその姿は文字通り、幽霊の様な鬼だ。攻撃が当たる気もしない幽霊みたいで、勝負で勝てそうでもない鬼みたいな存在。
「やぁ、久しぶり。とりあえず、俺はそこにいる兎モドキに用がある」
泉ヶ仙珱嗄が、そこにいた。まるで当たり前の様に、そこにいた。ゆらりと笑って、そこにいた。