◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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珱嗄×の×決意

 珱嗄とゼノの勝負は、初手で同時に動きだした。地面を蹴ったのは同時、だが攻撃を当てたのは片方だけ。結論から言って、珱嗄が押し負けた。珱嗄の拳は空を切り、ゼノの蹴りが珱嗄の腹に打ち込まれ、珱嗄は地面をバウンドして体勢を立て直す。

 

「げほっ………!」

「速い、だが肝心な所で拳に迷いが見えとるぞ? そんな拳じゃ幾ら速くても人は殺せんわな」

 

 速度で言えば、珱嗄の方が圧倒的に速かった。あのネテロですら追い付けない速度だ、ゼノだって見切れる筈がない。ではなぜネテロが反応出来なかった速度にゼノが反応出来たのか?

 原因は二つ、これが『殺し合いである』ことと、ネテロが鈍っていたからだ。ネテロとの勝負はあくまでゲームであり、珱嗄も迷う必要は一切なかった。そして、ネテロはしばらく戦いから身を引いていた故に大分身体が鈍っていたのだ。つまり、この二つの要因が珱嗄がネテロを圧倒出来た理由である。

 そして、ゼノはネテロとは違ってこれまでの人生戦いから身を引いた事はない。故に鈍ってもいないのだ。そして、彼の実力はネテロとそう変わらないし、珱嗄にも殺し合い故の迷いがあるという理由で、珱嗄はゼノに打ち負けたのだ。

 

 ゼノに拳が当たる直前で、珱嗄の拳は死んでしまっている。

 

「お前は強い、だが殺した事が無いから弱い。そんなんじゃ勝てるのはお前が手加減出来る相手だけじゃな」

「………っしょ……と……まぁそうだろう、な」

 

 しかも、珱嗄の実戦経験はゼノに大きく劣る。数十回程度の戦闘で積んだ経験で、歴戦の殺し屋に勝てる筈も無い。

 珱嗄はふらっとした様子で立ち上がり、陽桜を構えた。オーラを周で刀に纏わせ、タダでさえ異常な切れ味の陽桜をさらに強化した。

 

「まだやるか」

「当然」

 

 珱嗄は陽桜を下段に構えてゼノに迫る。斜め下から切り上げるが、ゼノは軽い調子でその刃を躱す。カウンターで珱嗄の足を払い、体勢を崩した。

 

「う―――お!?」

「ハァッ!!!」

 

 オーラを込めた掌底が珱嗄の胸に直撃する。その衝撃は珱嗄の内臓に響き、肺から空気を強制的に吐き出した。そして、再度吹き飛ばされる珱嗄。今度は体勢を立て直すどころか地面に転がる様にして止まった。

 

「ガ………ッハァ……! くっそ……」

 

 起き上がりながら血を吐く。やはり、殺傷力の高い攻撃ほど直前で威力が死んでしまっている。攻撃が、当たらない。否、攻撃が攻撃になっていない。ゼノからすれば、子供が木の棒をがむしゃらに振り回している様な感じだろう。

 

「お前は人を殺すのが怖いのか? ならば何故ハンターになどなった」

「あ……?」

 

 ゼノは珱嗄に語りかける。

 

「ハンターになる前に、ハンターになったらこういう展開になると分かっておったじゃろう? ならば何故ハンターになったのじゃ? しかも、念能力まで習得して」

「……げほっ……なんでだっけな……ァ……」

 

 少し苦しそうにそう言って立ち上がる珱嗄。ハンターになった理由など、そう大したモノじゃない。とどのつまり原作に関わりたかったからだ。面白いものに触れたかったからだ。

 

「お前は何故戦う?」

「知る――――か!!!」

 

 珱嗄はゼノに一瞬で迫り、今度こそと陽桜で切りつける。だが、ゼノはその刃をオーラを纏った手で横からいなし、珱嗄の陽桜を持つ手を弾いて陽桜を弾き飛ばした。

 

「ぐ………!」

「お前にはその理由が無い」

「ごっ……!?」

 

 弾かれて上に上がった腕、そして隙だらけになった胴体に、ゼノは龍の頭の様なオーラを出して、突きの要領で叩き込んだ。

 

牙突(ドラゴンランス)

 

 ゼノの必殺技の一つだ。その威力は言うまでも無く強力で、強化系の高位念能力者の全力の一撃にだって負けない程だ。メキメキと音を立てて珱嗄の身体にめり込む龍のオーラの一撃。表情を歪めて歯を喰いしばる。これはどうしようもなく、直撃だった。

 幾ら珱嗄の身体が強靭なモノだからって、それを受け切るには無理がある。

 

「がっ………! ぐっ……! ごはっ……!!」

 

 地面を何度もバウンドして建物に一つにぶつかって停止する。口から血が溢れ出て、ぶつけたのか頭からも血を流していた。そして極めつけに、珱嗄の右脇腹の肉が少しばかり抉れていた。噴き出す血の量は、明らかに出過ぎだ。

 

「食い千切られた、か……ッ……!?」

 

 珱嗄は脇腹を抑えて足に力を込める。ギギギ、と壊れた人形の様に、ゆっくりと立ち上がった。足は振るえ、身体を起こすのもかなりの力が必要だった。

 

「さァて、どうする。このままだとお前は死ぬな……これでもお前は迷うか?」

「………!」

 

 そう言われても、戦う理由なんて見当たらない。何をどうして戦っているのかなんて、考えた事も無いのだ。

 

「俺が……戦う理由?」

 

 呟いて、考える。血が流れ過ぎて、霞む視界と、ぼやけた思考で、考える。

 元々、此処に来たのだって、神様の世界の理不尽な理由だった。自分で此処に来たいと思った訳ではないし、戦いの日々を送りたいと思った訳でも無い。

 

 ただ、面白くて楽しい毎日を送れれば―――――

 

「――――?」

 

 ふと、頭に引っ掛かった。楽しくて、面白い日々を送る? ならば、そこに戦いは入るのか? 答えは、入るだった。元より、この日々の中には全てが入る。全てを楽しんで、全てを受け入れるのが、娯楽主義者。人を殺して楽しむ、なんて快楽殺人者の気持ちが分かる訳ではないが、それでも楽しむために人を殺さなければならないのならば、自分は人を殺せるのではないだろうか?

 

 思考が思考を呼び、少しずつほつれた糸をほどいていく。

 

「俺は……俺の娯楽(おもしろい)を楽しんで行く為になら……人を、殺せる?」

 

 すっ、とぴったり何かが当てはまった気がした。途端に鮮明に透き通る思考。

 

「なるほど……簡単じゃないか」

 

 珱嗄の口元が、ゆらりと吊り上がる。そして、噴き上がるオーラが着物をはためかせる。ゼノはそんな珱嗄に眼を見開き、無意識の内に身構えた。

 

 

 

「――――俺は俺の娯楽の為なら、なんだってやってみせる」

 

 

 

 迷いは既に、吹っ切れていた。ゆらり、と手を弾き飛ばされた陽桜へ向けて、陽桜の持つオーラを引き寄せた。すると、勢いよく呼応するように珱嗄の手に飛んできて、陽桜は珱嗄の手に戻ってきた。

 

「待たせたな、クソジジイ……散々やってくれた礼だ、今から俺の『発』を見せてやる」

 

 珱嗄の持つ陽桜から、ゆらゆらと陽炎の様にオーラが立ち上っていく。その密度は、陽炎の向こう側がら歪んで見えるほどだ。そして、珱嗄が足に力を込め、ゼノが来る、と身構えた瞬間、珱嗄の姿が視界から消え――――

 

 

 ――――珱嗄はゼノの背後に抜けていた

 

 

「……は?」

 

 ゼノは目視出来なかった珱嗄の姿を振り向いて確認する。すると、珱嗄の身体から、陽桜から、オーラが全く感知出来ない事が分かった。そう、全く感じられないのだ。

 そして、次の瞬間、ゼノは足から崩れ落ち、地面に倒れた。痛みはない、なのに身体に力が入らない。どういう事だという疑問に、頭が全くついていかない。

 

「これが俺の完成した発――――『不知火(シラヌイ)』だ」

 

 珱嗄の言葉に、ゼノは倒れながら珱嗄に視線を向ける。すると、先程まで消えていたオーラが戻っていた。まるで、オーラ自体を何処かに置いて来ていて、今それを取り戻したかのように。

 

「だがまぁ………これは結構タイミングが難しいな……ぐっ…ぅう゛……それに……まだ使いこなせてない……っ……!」

 

 珱嗄は脇腹の傷を抑えて唸る。思った以上に、ダメージは深刻だった。技は決まったが、その完成度はおよそ6割と言ったところだろう。ゼノに意識がある事がその証拠だ。この技が完成すればそれこそ――――

 

「っ痛………まぁいいや……結構な深手を負わされたし……今日の所は此処までにしといてやるよ」

「お前……今、なにを……!」

「次会ったら覚悟しとけ、こんなもんじゃ済まさねーからな……爪と肉の間に爪楊枝刺してやるからな、クソジジイ」

 

 珱嗄はそう言って、ゆらりと笑い、身体を引き摺る様にしてその場を去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……地味に痛くね? ソレ」

 

 観戦者のシルバが、人知れず、そう呟き、この勝負は珱嗄の勝利で終わったのだった。

 

 


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