◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
街中を抜き身の刀片手に歩く珱嗄。周囲の人々はその珱嗄の姿に恐れ、距離を置いていた。何せ凶器を片手に歩いてくる男がいるのだ。普通の人間ならその男の気まぐれで自分達が死んでしまう可能性があるのだから、当然の反応だろう。
だが、珱嗄にはそんなつもりはない。あくまで、鞘が無いから抜き身で持っているのだ。まぁ折角手に入れた武器の性能を確かめてみたいという思いはあるのだが、そんな軽い考えで人に刃物を向けるなど出来はしない。珱嗄はまだ、人を殺した事はないのだから。
「………人を殺す、か」
故に、珱嗄は少しだけ悩んでいた。このハンターハンターの世界にやってきて、こうして原作に関わると決めた以上、遅かれ早かれ、珱嗄は何かの命を―――――奪わなくてはならない。
それは人であったり、獣であったり、色々だ。これまでの人生で、森に住んでいた頃は猪や兎を殺して生き延びてはいたが、未だ人を殺した事のない珱嗄は、自分が人を殺すという現実を実感出来ずにいた。
「……」
人のいる街路を抜け、人気のない広場へと出た。そこで、刀を一振り。その切れ味は聞いていた以上に凄まじく、振り抜いた先、地面から数センチという距離に止まった刃は、触れてすらいないのに地面に切れ込みを入れていた。簡単に人を殺す事が出来る武器、珱嗄は軽い考えでこの刀を買ってみたは良いものの
――――果たしてコレを戦いの中、敵に向かって振り抜けるのか?
頭の中に浮かぶのは、それだけ。
これまでネテロ、ヒソカ、クロゼ、天空闘技場の参加者、ハンター試験の参加者と、けして少なくない人数と生身一つで戦い、勝利を収めて来た珱嗄。だが、その戦いのなかで相手は死んでいない。珱嗄が、殺そうと思っていないから、殺し合いというものが分かっていないから、自身の拳にセーブを掛けてしまっているから。
「……分からないな」
結局、珱嗄には分からなかった。殺し合いが何かということが。人は、殺せば死ぬ。そんな事実から目を逸らして、人を殺すという行為がどんなものか分からなかった。
だが、この世界においてその現実から目を逸らす事は許されない。嫌でも向き合わなければならないものが、世界にはあるのだ。
「仕方ない。その時になったら考えるとしよう」
だから、珱嗄はこの場で問題に向き合わず、先送りにした。本当に人を殺さなければならない時が来たその時に、向き合う事にしようと。だが、それも珱嗄の無意識の逃げである事に、彼は気付かない。
「さて……何処に行こうか……」
珱嗄は思考を切り替えて、次の行動の指針を考える。刀の峰で肩をトントンと叩く。
「――――ッ!!」
ふと、背中に悪寒が走る。圧倒的とは言わなくとも、珱嗄自身が勝てるか? と思ってしまう程の強者の感覚。このヨークシンに近づく強者の気配を感じ取ったのだ。
あのネテロを超えるであろうオーラの質と密度、そして戦えば勝敗にかかわらずタダでは済まないと悟ってしまう程の威圧感。
「こいつは……キルアに似たオーラ……? ………ッ! まさか、これがゾルディック家の……!?」
そして、珱嗄が結論に辿り着いたその時、目の前に―――
――――龍が降ってきた
人気のない、広いこの場所で大きな龍が墜落し、轟音と共に地面を抉る。強風と瓦礫が飛んできて、珱嗄の身体を叩く。大したダメージは無い物の、余りの強風に珱嗄の身体が若干後方へ下がった。とりあえず買ったばかりの刀を地面に刺して支えにする事で吹き飛ぶ事を避ける。
「んだ……! これは……!」
そして、風が収まり、瓦礫がガラガラと音を立てて地面に転がると、土煙の中から二人の人間がのそっと姿を現した。そして、その二人の内の片方、その片方が珱嗄に強者としての気配を感じさせた相手である。
「―――ん? 着地を誤ったか? ……ふぅ、服が土塗れじゃ」
響いたのは老人の声。だが、威厳のある重い声だった。
「さて……と……無事ヨークシンに付いたようじゃが……お前は誰じゃ?」
「っ………ふー……俺は通り縋りの一般人だよ」
「ほォ……一般人はそうやって武器を構えてたりはせんと思うが?」
珱嗄は抜き身の刀を持っている。老人はそれを戦闘態勢と勘違いした。しかも、珱嗄は念能力者だ。オーラが纏によって纏われていれば、戦いに来たのかと勘違いされるのも仕方が無い。
「違う」
「ふん、圧倒的な格の違いに命乞いか? 聞きたくないな、お前も戦う者なら潔く戦わんか」
老人が戦意を瞳に宿して構えた。これはどう考えても、戦闘に入る展開だ。珱嗄としては、さきほどまで命を奪うのがどうこう考えていて先送りにしたばかりなのに、なぜこうなるのかと少し頭を抱える程の急展開。
だが、珱嗄は眼を閉じ、思考を切り替える。少しして、瞳をすっと開いた。
「!」
その瞳には、先程までの日常とは切り離された殺意と、少しばかりの迷いがあった。人を殺す、やった事はないが、やらなければならない。ここでやれなければ、最悪自分が死ぬ事になる。
「こんな展開も――――面白い」
だから、珱嗄はゆらりと笑う。無理矢理にでも、笑って見せる。そう決めたから、全ての展開を、娯楽を、おもしろいと吐き捨てて笑ってやる。それが『俺』であり、珱嗄であり、娯楽主義者として生きる自分自身の生き様だ。
二度目とはいえ、死ぬのは少し怖い。初めてだから、殺すのも怖い。だが、やってのけてやる。この戦いを切り抜けた先、例えこの手を血に染めていようが、この胸の鼓動が止まっていようが、全て呑み込んで笑ってやる。
「……『旅団暗殺』の依頼をこなす前に面倒じゃと思ったが……これは中々、運が良い」
老人は不敵に笑う。
「シルバ、離れておれ。一切手を出すなよ?」
「……分かった」
老人が一緒に来た男にそう言い、シルバと呼ばれた男は少し離れた位置まで移動していった。そして、珱嗄は『陽桜』を地面から抜き、肩に担ぐ。青黒い着物と、赤く光る刀は様になっており、老人も老人で珱嗄から圧力を感じていた。
前髪で隠れていた珱嗄の青い瞳が、老人の視線と合った。お互いに浮かべた笑みとは対照的に、両者の瞳に映っていたのは、相手を殺すという意思のみ。
「お前でわしが殺せるか? 小僧」
「殺す殺さないじゃない。殺してやるよ、老害」
珱嗄はそう言うが、老人は珱嗄の中にある迷いに気付いていた。口だけは達者と内心吐き捨てるが、久々に見た逸材だ。殺せないという迷いを抱えているのなら、
「その迷い、わしがぶっ殺してやろう。わしはゼノ=ゾルディック、暗殺一家ゾルディック家最強の、ただの爺じゃ」
珱嗄はその言葉と瞳に少し気圧される。ゼノ=ゾルディックの着ている服に書かれた『生涯現役』の文字が、風に揺れてはためいた。