Belkaリターンズ   作:てんぞー

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修羅舞踏-6

 ―――それからオフトレが始まる。

 

 自然という普段とは全く違う環境は鍛錬に新たな花を添える。人間、単一の環境に慣れきってしまうと肉体がそれに対して最適化してしまう。最適化それ自体は別に悪くはないのだが、最適化をしすぎるとどうなるのか、それはつまり骨組のみのプラモデルの様なものだ。基本の基本、根幹部分だけを残したそれ以外を捨てきってしまう。つまりは、他の処では全くどうしようもなくなってしまう、という事だ。

 

 それ故に定期的に環境を変えながら、ひたすらどんな状況、とっさの時であれ反応できるように基礎を磨くのが鍛錬となっている。自然があふれているカルナージはシミュレーターではなく、本来の自然を使って体を動かす事が出来、森林が存在する事もあって空気は濃く、何時も以上に活力が体に漲るのをしっかりと感じることが出来た。

 

 そうやって体を動かしながら周りを観察、オフトレに参加した面々を少しずつ覚えて行った。

 

 オフトレに参加している面子は大きく分けて三種類に分けられる。

 

 一つは高町なのはを中心とする機動六課勢になる。数年前にJS事件を解決した伝説的なチーム、その主要メンバーが勢ぞろいしており、それがグループとしての一角を形成している。そして二つ目がその六課に敵対し、今は恩赦によってある程度の自由を獲得した戦闘機人。彼女たちは生来の身体能力が非常に高く、まるでインプリントで知識を得たかのような綺麗な戦い方をするのが特徴だ。そして最後が高町ヴィヴィオを中心とした格闘家組となる。むろん、自分が含まれるのはこの格闘家組だろう。

 

 ともあれ、ほぼ外様と言える自分の話し相手になれる人間は少ない。ザフィーラとはそれなりにノリで話せるのはお互いに男だからだ―――だがヴィータやシグナム相手となってくると性別の壁があって少々めんどくさく、本格的に話しかける取っ掛かりが出来ない為、そしてハイディがヴィヴィオに追いかけられている為、全体から一歩離れた状態から全体を観察することが出来た。

 

 なんというか―――非常に面白い集団になっている。

 

 憎しみ、嫉妬、殺意、嫌悪感、そういうものを一切感じない。その上で一つの大きなグループとして純粋にオフトレを楽しんでいる、という姿も見れた。正式な教導官であるなのは、そしてそのサポートにヴィータという体制になっているが、割と本格的にトレーニングは進んでおり、別に自分が口をはさむ必要も、無駄に混ざる必要もないだろう、とは見て取れた。

 

 そもそも、知らない人物が多すぎるし。

 

 それはともかくとして、そうやって観察しつつ、一人一人、知らない相手の名前を覚えた。そこまで興味があるわけではないが、観察しながら呼吸や体の揺れを自然と把握して覚え、頭の中に叩き込みながら、

 

 ―――楽しそうに笑っているシグナムやヴィータ、ザフィーラの姿をみた。

 

 昔とは違うんだな、と殺意に充血した過去のヴォルケンリッターの姿を思い出し、

 

 吐き気を覚えつつ心底がっかりに感じている自分がいることに欠片も驚きはなかった。

 

 

                           ◆

 

 

「ふぁーぁ……」

 

 暖かな陽射しが射し込んで来る。

 

 椅子代わりに座っている平らな岩は高く、半ば川に突き出ている。長い間日光を浴びているせいかそのまま座れば暖かく、体を温めて眠気を誘ってくる。足をそんな岩の上から降ろすように座り、手にはロッジの方から引っ張り出してきた釣竿がある。それにはなんの餌もついておらず、魚なんて引っかかる訳もなく、しかしなんとなく垂らした釣り糸に期待しているのか、向こう側の面子に一切混ざる事はなく、黒猫が横で丸くなって魚が釣れるのを期待しながら眠っている。パイプを咥えながら、視線を黒猫へと向ける。

 

「なんて暢気な奴だ……人の金で旅行してメシを食いやが……って……? ん……? あれ、俺もあんまり変わらない……? まぁ、基本他人の金で生活している身分だし、お前のことを言えないな、俺」

 

「……」

 

 返答はない。片手で釣竿を握りつつ、空いた右手で軽く黒猫の耳の付け根を撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らす声が聞こえる為、これはこれで良かったらしい。さて、どうするか、めんどくさいな、そんな考えが脳内を軽くめぐり―――考える事をやめて、無心で水面に沈んだ釣り糸へと視線を戻す。そこには何もない―――だからこそ都合がよい。心を落ち着ける、精神を統一する、そういう事に利用できる。元々釣りなんてものは忍耐力の勝負だ。釣れても良い、釣れなくても良い。そういう風に興じるものだ。だからあの集団から一人、離れた場所でこうやって釣り糸を垂らしている。

 

 少しだけ黒く濁った心に嫌悪感を抱きながら。

 

 なのに、

 

「―――太公望みたいな事をやってるんだね」

 

「だとしたら、そのタイコーボーって奴は相当ひねくれた奴だったんだろうな」

 

 黒猫を撫でていた手を戻しながら視線を肩越しに背後へと受ければ、そこには高町なのはの姿があった。ただその服装は戦闘や訓練用のバリアジャケット姿ではなく、赤のラインが入った薄桃色のビキニスタイルの水着で、上からジャケットを羽織る姿だった。目に毒だな、と思いつつ視線を前方へ、釣り糸の方へと戻す。

 

「地球……私の出身世界に出てくる古いお話に出てくる仙人の事だよ。今の君みたいに意味のない釣りをして、興味を惹かせて王様を釣り上げた、そういうお話だったかな」

 

「だとしたら意図は真逆だな、めんどくさくて逃げてきたんだし」

 

「あ、逃げたって認めるんだ」

 

「俺にはちょいと女子密度が高すぎる」

 

 そこでヒャッホー、と言える程オープンスケベという訳でもなければ、こっそり見る様なムッツリでもないし―――というか女なんてそれこそ欲しくなれば押し倒せば一発なような気もする。だから、こう、多くの女性に囲まれても別段高揚するなんてことは特になく、ネタの一環としては突貫してもいいが積極的に居ようとは別に思わない。そもそも知らない顔が多すぎる。

 

「何より俺が一番めんどくさいからな」

 

「へぇ、どういう意味で……あ、横いいかな?」

 

「こいつに聞いてやってくれ」

 

 肩の動きで横に座っている黒猫へと示せば、軽い欠伸を漏らしながら黒猫がその尻尾で反対側なら許す、と示してくる。どこまでも尊大な猫の態度に小さく笑い声を零したなのはは左隣へと腰を下ろし、釣り糸が垂れる水面へと視線を向けた。

 

「で、どういう意味なの?」

 

「文字通りめんどくさいって話だよ。全体的にみると俺だけここにいる連中の中では完全な外様だからな。別段いようがいまいが、そこまで気にするもんじゃねぇだろ? だったら適当に時間潰すわ。偶にはゆっくりと時間を過ごすのも悪くはないしな―――」

 

「―――なんて嘘をついているわけだけど」

 

「おい」

 

「いや、誰でも解るでしょ、それぐらい?」

 

 うーん、手強い。苦笑しながら言葉を吐く。だが同時に思う。さて、どうすると。だが良く考えれば思わせぶりにアクションをとりつつそれを一切吐かないやつが一番めんどくさいキャラなんじゃないか? という考えに至る。まぁ、自分がそんな奴と出会ったら無言で一発殴ってさっさと喋ろ、と言うだろう―――つまりはそういう事なんじゃないだろうか。

 

 じゃあ吐くか、とその判断は早かった。

 

「まぁ、ぶっちゃければアレよ。ザッフィーやシグシグ、ヴィーちゃんいるじゃねぇか。技術的に強くなって、笑って、汗掻いて、すっげぇ人間らしくなっていて……というかそのまんま人間になっていて俺としてはもうそりゃあびっくりってもんよ。元々守護騎士のプログラムなんて損耗させてナンボってもんだからな」

 

「へぇー」

 

「細かい事を語りだすと女々しいしネチネチし始めるから簡潔に言うと寂しいんだよ。あとちょっとした嫉妬かねぇー……」

 

 頭が回ると必要のないところまで解ってしまう。無駄に高性能な脳味噌をくれたご先祖様にはここだけはしっかりと恨んでいてもいいかもしれない。おかげでどうしようもない事で恨めないし、どうでもいいことで恨みそうになる。世の中、理不尽の様でどうにかなって、また意味の解らないところでどうにもならない。

 

 訳が分からない。だけどそれが解る。そういう話だ。

 

「ヴォルケンリッターは強くなったけど()()()()()な」

 

「……大切なものが出来ちゃったからね」

 

 八神はやて。それが今、ヴォルケンリッターの中で最上位に位置する存在として、プログラムではなく感情の領域で組み込まれている。それは家族の関係だ。だから彼、彼女達はどんなことがあろうとも絶対に生き残ろうとする。特攻なんて事はしないだろうし、必要のない危険からは身を遠ざけるだろう。そして刹那の快楽で命を賭ける事なんてありえないだろう。

 

 だから強くなった。守れるものがあるから。

 

 だから弱くなった。命を投げ捨ててでも守れないから。

 

 死んでも殺す、それが出来ない。そして―――()()()()。その意思を感じられた。

 

 完全に今の法則、つまりは現在の管理局の法律に範疇に収まっているのだ。

 

「ぶち殺す、死んででもぶち殺したい―――そう思って自分が行動できるってのを考えるとな、あいつらは元は劣化コピーでそっから育って今ではある意味人間よりも人間らしいのに。俺、そんなにふわふわしてんかねぇ、って感じで」

 

「まぁ、若干抽象的で伝わり難いけど言いたいことの意味は大体解るよ。つまりは死にそうな状況でカットインが入りそうなヒロインがいないんだね」

 

「もうちょっと、こう、言い方ってもんがあるんじゃないかな!!」

 

 その言葉になのはが笑い声を零し、ごめんごめん、と軽く謝ってくる。

 

「妹じゃダメなの?」

 

「アイツも俺と極論似たようなもんだから無理だ」

 

「じゃあ居候先の子とか」

 

「雷帝ちゃんはなぁ、たまーに意識する事はあるんだけどなぁ……。まぁ、めんどくさいから考えてないわ。居候してメシ食ってるのが楽だし」

 

「今、物凄いダメ男な部分を見たというかダメ男を通り越してこれじゃあただのクズ男か……」

 

「クズで悪かったな……まぁ、そんなわけで連中見てると若干気がめいるからこっち来てリセットよ、メンタルの。我ながら未熟なのが嫌になってくるな」

 

 空いた片手でパイプを掴み、口から話して煙を吐き出し、再び咥える。どこまでも時間を浪費しているに過ぎないが、元々は兵器だったヴォルケンリッターが今ではあんなに人間らしいのだ―――それに比べて自分は、いや、エレミア一族はなんなのだろうとは思う。悲願という建前はあるものの、

 

 それが終わってしまえば理由がない。ただ単に時代に取り残されているだけではないか。

 

「―――もう、俺みたいなやつはいらない時代になったんだよなぁ……」

 

 それをいいこととして喜ぶべきなのか。それとも一族が、そして己が鍛え続けたこの武威がもう意味を持たないという事に嘆けばいいのか。それが自分には少々、解らなくなってくる。あのヴォルケンリッターはしっかりと己の存在理由を見つけられた。家族の、主という女の為に戦い、生きたいと思っているのは見れば解る。

 

 だがはたしてそれに比べ、自分はどうなのだろうか。

 

 今の俺の暴力は何のためにあるのだろうか。家族か、友人か―――しっかりとした目的がない。別んそれが悪いとは言わない。趣味やなんとなくで武を鍛える奴だって世の中にはそれなりといるだろう。

 

 だけどヴォルケンリッター―――元戦友の昔と今を比べてしまうと、なぜだかひどく焦りを感じてしまうのは事実だ。

 

 ―――悲しいなぁ、こんな風に時代に取り残されてることを実感するなんて。

 

 そう思っていると横、なのはから声がする。

 

「ふーん……なるほどね。まぁ、私は別にカウンセラーでもないから何かを言えるってわけでもないし、共感してあげる事も出来ないんだけどね」

 

 だけど、と言葉をなのはは置いた。今まで座っていた横から立ち上がり、そしてサムズアップを向けてきた。

 

「You、ちょっと恋愛してみなよ! オススメはウチの娘とかがいいよ! ヴィヴィオちゃんは料理というか家事全般出来るし、性格いいし、胸も大きいし、親のひいき目を見てもパーフェクトな娘だと思うんだけど! 問題はその背景だけね!」

 

「おい」

 

 ははは、と笑い声をなのはは零しながらゆっくりと歩き去って行く。

 

「君の悩みは理解する事は出来ないけど、何が必要なのかはわかるよ。君には私達に比べて徹底的に欠けているものがある、ってね。そして、それはね―――」

 

 それは、と一拍、なのはが間を入れる。そして、

 

「―――青春だよ。それじゃ、私は戻るから」

 

 好きなだけ言ってなのははそのまま、元のグループへと戻っていった。おせっかいな女め、と軽く毒づきながら視線を川の、釣り糸の方へと戻し、パイプを噛みながらあいた口の隙間から息を吐く。

 

 直後、小さく水面に沈む釣り糸の先―――釣り針が何かをひっかけたという事実に驚きつつ釣竿を素早く、手首でスナップする様に引き戻し、

 

 その釣り針に魚が引っかかっているのを確認する。それを釣り針から外して川の中へと投げ返し、小さく息を吐く。

 

「……青春、ねぇー……」




 ちょっとだけ真面目な話、次回から馬鹿に戻る。バカをやっているとふとした時に正気に戻ってなんかやる気を完全になくす、ネタに対してマジレス食らって白けてしまった、今回はそういう感じのアレ。

 なのはさんがドンドンエキセントリックになっていく……。

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