踏み込まず、後ろへと足を引きずりながら逆の足で足元の小石を蹴り上げ、それを掴む。それに反応する様にザフィーラが踏み込みながら片腕を掲げ、突き進んでくる。その姿を目視しながらも魔法を一番使いづらい近・中距離――――魔法のアクションが遅さにつながる距離を維持しながら後ろへと滑る様に山肌を進み、投石しながら後退する。
武器がないなら生み出せば良い。
そして投石とはもっとも原始的で、多くの生物を殺した武器だ。
軟球でさえ剛速球となって頭に叩き付ければ人を殺すことが出来る―――それを鍛えられた男の腕で、それも殺すだけの威力と技術を込めて放てば、それだけで凶器となる。銃も弾丸も必要はない。即席の凶器で十分殺せる。そしてこのやり方は非常に慣れている。手首と指をスナップさせる様にしながら腕全体を最小限の動作で投擲する。そうすると投石が鋭さを得て、
最小限の動作で回避したザフィーラの服が、切れる―――つまり速度による鋭利性を得る。
たまにはチマチマと削るのも悪くはない。そんな思考を形成しながらザフィーラとの距離を常に保ち、逃亡する様に見せ、ひたすら投石を続ける。蹴り上げ、掴み、投擲する。一連の動きを逃亡する動作と組み合わせることで逃げながら迎撃するという動作を魔法なしで完成させ、そのままザフィーラを削る。無論、それでザフィーラの体力の総量が減るわけではない。
―――だがザフィーラは究極の二択を迫られる。
足を止めて距離を作って魔法を使うか、
あるいはダメージ覚悟で一気に距離を詰めるか。
そして―――ザフィーラが選んだのは接近だった。
「
予想通り、と胸中で呟きながらザフィーラの腕に小石が強打され、いやな音が響いた。しかしそれに構う事もなく強い踏み込みで接近したザフィーラが震脚で足を大地に打ち込み、そのまま軽い地割れを大地に叩き込む。山の斜面という不安定な足場でそんなことを行えば立っている者は強制的に流されるのにきまっている。故にこちらの出来る事はそれを耐える、或いは跳躍による回避で、
それを狙い澄ませたような拳が迫る。
迫りくる拳に対してとれる選択肢は少なく、回避は不可能―――ならば迎撃するしかない。
まっすぐ、砕くために振るわれる”剛”の拳に対してこちらがとる選択肢は蹴りだった。迫りくる拳に対してこちらの蹴りを上から斜めに流すように叩き込む。結果―――ザフィーラは揺るぎもしない、しかし、その代わりにこちらの体が押し上げられるように跳ね上がる。否、押し上げられるのではなく衝突の反動で”滑り上がる”のだ。故に跳躍から滑空、そして反動で再上昇し、
ザフィーラの上から拳と蹴りを連続で繰り出す。徹し、貫く拳ではなく、正面から受けながら砕くというスタイルのザフィーラの拳は力強く、その反動を利用すれば体はたやすく打ち上げられる。故に、
ザフィーラとの拳のラッシュ勝負に入った瞬間―――体が落下しなくなる。
殴り、蹴り、反らし、滑り、そして反動で身体を浮かび上がらせる。戦いにおいて上をとるという行動は常にアドバンテージを握り続ける行動である。それ故にザフィーラを頭の上から押さえ続けるという状況は好ましい。だがその不利を向こう側も存分に理解している為、
一瞬、攻撃が完全に停止し、体を固める事で防御し、蹴り落としを肩で抑え―――耐えた。
その状態で固まり、攻撃を繰り出した後の動作で離れようとした瞬間、腕を伸ばし、足を掴みにかかる。捕まれば落とされると即座に判断し、
そのまま体を引き寄せ、両手で足をつかまれるのと同時に逆側の足で首をつかみ、両手の指を刺突させるような状態へ、そしてザフィーラの耳へと射し込めるようにして―――動きを止める。そのまま、数秒間、互いに組み合った状態で動きを止めていれば、
「―――あー!! なんかもう戦ってるー!!」
能天気なヴィヴィオの声が聞こえた。その声に軽く苦笑し、足を解きながらバク転する様にザフィーラの肩から降りて着地する。片手でエリオにシミュレーターを解除してもいい、とサインを送ると山の斜面が消えて場所は再びグラウンドへ、そして少しだけ汚れた上着が残った。それを拾い上げながら袖を通す。アレ以上ザフィーラと殴り続けたらヒートアップした末に殺し手に手を出しそうだったので自重しなくてはならない。
―――アレだ、久々で若干気が昂っているのかもしれない。
そんな事を考えていると、ヴィヴィオが傍にまで寄ってきていた。
「ずるいし何時の間に逃げたんですか! 探してたんですよ! しかもザフィーラさんとなんかすごい事やってたし! というかザフィーラさんがそこまで殴り合えるって知らなかった……」
「魔導士が多い上に人間だと寿命を縮める様な戦い方だからな、他人に教えられるようなものではない」
「まぁ、ザッフィーは剛拳の中でも特にアレなタイプだからな」
「自覚はあるがそういう
そう言うとヴィヴィオがあ、知ってます、と声を零す。
「剛拳ってアレですよね、知ってますよ―――ストロングなスタイルって! そして柔が剛よりもストロングなスタイルって!」
「今すぐこの馬鹿に教えた責任者呼んで来い」
視線をグラウンドの入口の方へと向ければ、最低限の身支度を終えた女子組が姿を現しつつあり、エリオが既にピンク色と紫色に引きずられてどこかへと連れ攫われるところだった。その中で、なのはが見事なサムズアップを向けてくるので、反射的に首を掻っ切るしぐさをとる。溜息を吐きながら、ここでも授業の時間か、と軽く息を吐く。
「じゃあまず簡単に説明すると、基本的に近接戦闘には大きく分けて剛、そして柔って呼ばれる二つのスタイルがある。別にこの二つのいいところどりをして合わせて使ってもいいが、断言するが戦闘中にそんな事してっと
「はーい! あ、クリス、記録とっておいて」
返答したヴィヴィオがデバイスの兎人形にこちらの発言の記録を頼み、頷いた人形が浮かびながら必死に記録を取り始める。それを見てザフィーラが腕を組みながら此方へと視線を向ける。
「教師の姿が似合ってるなヨッシー」
「うるせぇザッフィー。……えーと、それとなんだっけ……あぁ、そうだった。剛と柔な。簡単に分けるなら剛は受けて殴る、柔は流して殴る。そういう分類だ―――ちなみに勘違いされがちだけどどちらかに優劣があるとか、そういうのは一切なし。純粋に肉体の相性と技術としての相性の問題だ。ちなみに柔で格闘の出来る代表は……えーと、俺や妹のジークで―――」
「剛の代表となると俺やナカジマ……あとはそうだな、イングヴァルト……いや、今はアインハルト・ストラトスだったか。こっちになってくるな」
少し離れた場所でハイディが名前を呼ばれたことに反応したが、ヴィヴィオよりもどちらかと言うとヴォルケンリッターの方に興味があるように見える。
「さて、ま……柔ってのは解りやすい。今やっている事の延長線上の事だからな。受けない、流す、回避する、力を利用する―――基本的な武術、と言われて抱くイメージに出てくるのが柔って呼べるスタイルって奴だ。何よりも重視するのは連携と回転率と連続性だ。ある意味マグロっても言える。動きを止めずにそのまま仕留めるのが理想だからな」
そして剛は似て非なると言える。
「剛ってのは解りやすく言えばボクシングだ。受けて殴る。いや、受けて
その言葉にヴィヴィオが首を傾げる。
「でも受けるって事はダメージをもらうって事じゃないんですか?」
「
ザフィーラが言葉を挟み込んでくる。剛に関しては現役の彼のほうが説明が適任だろう、と言葉を譲る。
「ダメージとは受ける過程で発生するものだ。これは防御という手段をとる以上、仕方のない事だ。だが剛と呼べる戦闘スタイルを貫く以上、戦闘中に受ける必要が出てくる。故に技術を持って確実に受け止める、という手段が必要になってくる。まぁ、これは見てもらった方が遥かに解りやすいだろう。頼む」
「ういよ」
返答と同時に掌底を捻じりこむようにザフィーラの胸へと向けて片手で放つ。それこそ食らえばしっかりとダメージが通るような一撃をだ。それに対してザフィーラは足を開き、筋肉を絞め上げて、体を固めながら腕を交差し、迫ってくる掌底に対して手首の部分に交差した腕をひっかけ、震脚を打ち込むように体を固定しながら仕込まれる腕を押し上げる。絞め上げた筋肉は鋼の様で、体は大地にしっかりと固定されており、腕を押し込もうにも体がそれ以上先に押し込めない。
それを見せた所でお互いに解除する。
「……という風に、受けながらも攻撃を無力化させる、という技術がある。これが我々の言う受けて止める、というものだ。ただ回避出来る攻撃は普通に回避するという事は忘れないでほしい。あくまでも受けて止めるのは攻勢を仕掛ける時の流れの一部だ―――それ以外は柔も基礎もほぼ変わりはしない」
「ほぉー……なるほど……なんか力強く殴る、そんな感じのイメージだったんですけど、結構違うんですね」
「力強く殴るのは結局どこでもやってる。というか最低限相手をぶっ壊すだけの威力あるならそれ以上火力を求める必要なんかねぇんだよな。それ以上は明らかに過剰火力ってだけで。まぁ、ロマンが解らないわけでもねぇんだけどよ。必要以上の火力持ってると無駄に警戒されるし真っ先に狙われるし、無駄に目立つからな、めんどくさいから一番最初に落としたくなる」
無言でなのはの方へと視線を向ければ、笑顔が返ってくる。なのでこちらも笑顔で威圧を返しておく。
「……まぁ、女での剛拳はハイディちゃんが異様に完成度が高いから聞けばいいよ! たぶん俺よりもおんなじ女としての目線でもっと話せるんじゃないかなぁ!!」
「はーい!!」
「よ、ヨシュア!」
「さ、話し合いましょうアインハルトさん!」
今まで完全に蚊帳の外だったハイディだったが、ヴィヴィオが構ってと言わんばかりに接近するのを見て―――そのまま全力で森へと向かって逃亡する。むろん、ヴィヴィオもそれを逃そうとするはずがなく、逃げるハイディを追いかける様にそのまま森の中へと突っ込んで行く。森の中へと消えていった二人の姿、そしてもはやここには存在しないエリオ達の姿を思い出し、
「―――若いなぁ……」
「鬼畜か」
誰からかツッコミが入るが、それは違うなぁ、と低めの声で囁き、言葉を紡ぐ。
「俺はただ純粋にハイディちゃんの困った表情を眺めて愛でたいだけなんだ……!」
「もう一度言うが鬼畜か」
間違ってないかもしれない―――ヴィクトーリアはそこらへん、完全に耐性があるから面白くないし、ジークリンデとも仲良しだからけしかけられない。そう考えるとハイディはネタやいたずらに使える逸材なのかもしれない。特にヴィヴィオに関する事となるとどうすればいいのか解らないような、そんなフシも見える。まぁ、そういうものはたいてい接しているうちにぶつかって、叫んで、そうやって解決していくものだ―――この世で一番人生経験を持っているエレミアの言葉なのだから、それは間違いがない。
「枯れてる場合じゃねぇや。なぁ?」
「なぁご」
いつの間にか黒猫が足元まで来ていた。恨みがましい視線が”なんで見捨てた”と訴えているような、そんな気もする。笑ってそれを流しつつ、視線をザフィーラへと向ける。
「さて、若い連中に実力的に追いつかれたくないし、数百年ぶりに技術交流するか」
「お前はまだ若いだろうに……まぁ、異論はない。とりあえず秘伝の類から行くか」
オフトレ―――そこまで期待してはいなかったのだが、予想外に楽しくなりそう。そんな予感があった。
この後めちゃくちゃ技術交流した。
基本的に奥義とか言われる技術は秘匿していると成長しないし、単一視点じゃ気づけない弱点や抜け穴があるからこういう技術交流は成長の為に必要なのである。そこらへん解らずに交流せずに死蔵しているのはもう……おぉぅ、としか。
ストロングと剛よりもストロングな柔。中野は魔境だったよぉ……。