Belkaリターンズ   作:てんぞー

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英雄完全殺害マニュアル-1

「行きます!」

 

「おう、来い来い」

 

 魔力を、魔法を使わない基本的な組手―――とはいえ、動きに関しては真面目だ。触れて確かめる必要はない。肉体に関してはよく鍛えられていると、理想的な肉の付き方をしているのはヴィヴィオの動きを少しでも見れば解るだろう。さすが教導官を保護者に持っているだけはある―――だが専門的な教育を受けていないし、経験と知識が大幅に欠落しているのは認めなくてはならないだろう。

 

 ヴィヴィオがまっすぐ、正面から踏み込んでくる。動きは早く、そして力強い。一撃の強さよりもスピードを重視した動きで、ステップを軽やかに、左半身を前にして右腕を引き、殴りかかるように踏み込んでくる。それに合わせるように半身程後ろへと体を引きながら踏み込みからの右拳を受け流すように円の動きで反らし、そのままカウンターで掌底を顔面へと向かって下から抉り込むように叩き込んでゆく―――それが放たれる直前に天啓を受け取ったかのような動きでヴィヴィオが超反応を見せる。体を後ろへと引きながら掌底が届くぎりぎり範囲外まで体を反らし、動きが伸びるのを待つような体制に入る―――実際、普通は伸びきるだろう。

 

 そういうことに素早く、細かく反応するために反復練習というものは行う。一つの掌底をとっても、繰り返し行えば素早く細かい調整を繰り出すことだってできる。ゆえに自分にとっての最善はこのまま手首をひねり、指先をヴィヴィオの服装にひっかけながら動かすことで、その体勢を崩す事にあるのだが―――今回はそれを行わない。

 

 そのまま腕を伸ばし、掌底を外す。その動きに合わせて素早く、バネのように反動で体を戻しながらヴィヴィオが決着のために拳を入れようとして、

 

 あっさりと、逆の手で生み出された拳の初動を弾きながら足を延ばして股の間に挟み込み、伸ばした掌底を手刀へと変え、軽くその首筋をトン、と叩く。

 

「……あれ?」

 

 あまりにもあっさりと敗北したヴィヴィオが状況を良く飲み込めずに一方後ろへと下がりながらあれ、と声をこぼしながら首を傾げる。その姿に小さく笑い声を戻しつつ、ヴィヴィオが言葉を零す。

 

「あれ、今の確実に行けた筈なんだけどなぁ。えっと、もう一度お願いします!」

 

「ういうい、怪我とか一切気にせずに全力で来るといいよ、確実に無理だろうからな」

 

 その言葉に軽くむっとした表情をヴィヴィオは浮かべ、お互いに五歩程離れてから再び構え直し―――動いた。

 

 今度のヴィヴィオの動きは先ほどよりも遠慮がなく、魔法は使っていなくても肉体の出せる全速力で一気に踏み込みながら、全力で拳を振るいにやってくる。半歩後ろへと下がりながら突き出された左拳を右へと左腕で叩いて払い、再び、さっきと同じように掌底を繰り出す。が、今度は回避ではなくクロスさせるように右拳での迎撃をヴィヴィオは選び、力の込められたそれがこちらの体を軽く押し戻す。

 

 合わせるように一歩半程後ろへと下がり、追従するように一歩と半分のさらに半分ほどの距離をヴィヴィオが踏み込んできた。挑戦的な距離だ。互いに全力で殴り合える距離、ノーガードの殴り合いが発生する距離だが、踏み込みで加速している分、後ろへと下がったことによって減速している此方よりも初速は早く、この距離でいえば確実にヴィヴィオのほうが動きが速いだろう。

 

 こちらが弾き飛ばされた時点でこの距離を理解していなければ。

 

 ゆえに吸い込まれるように踏み込んできたヴィヴィオの拳を掴み、捻り、足元を蹴り払いながらその体を一回転させ、スポーツコートの床に背中から叩き付ける。あまり激しくやるのも可愛そうなので、着地する寸前に足を軽く挟み込んで減速させるのも忘れない。そうやって背中から倒れたヴィヴィオは目を大きく開き、瞬きをしながら口を開いた。

 

「……えっ?」

 

「何故こうなるかを理解しなきゃ一生負け続けるぞー」

 

「ちょ、ちょっとタイムでお願いします!」

 

 いいぞ、と返答を出した瞬間、ヴィヴィオがすばやくリオとコロナと合流し、三人でスクラムを組みながら相談を始める。聞こえないように相談を始める三人の姿を眺めていると、後ろのほうにいたなのはがゆっくりと歩きて近づいてくる。その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「やる気がなかったくせに、真面目にやってるね」

 

「何事も中途半端にやるのが許せない性質でね。何かをやるなら徹底してやらないと結果は残せないし、失礼って話だろ? 中途半端ほど見ていて見苦しいものもない―――まぁ、これぐらいなら安いもんさ、個人的にはちと複雑な部分があるけどな」

 

「ふーん……で、ヴィヴィオを簡単にあしらえているタネは何なの」

 

 そう聞いてくるなのはにも、答えは解らなかった様子だ。それを聞いてあぁ、そうか、と納得する。()()()()()()()()()()()()()()()()()。今やっているのは特別な奥義や技術でもなく、()()()()()()()()()()()()とも言えるものだ。まだ二十代の小娘が開眼するには早すぎるか、とは思いつつ、現在のミッドチルダは、次元世界全体は()()()()()から、もっと後になるだろうな、と思う。だからなのはに答える。

 

「―――答えはCMの後でな!」

 

「言いたいことはわかるけどそのドヤ顔は気に入らない」

 

「あ、相談終わりましたー!」

 

 ヴィヴィオの声になのはの存在をガン無視し、視線をヴィヴィオへと向け直し、そして構える。リオとコロナと相談した成果、自信を持ったかのような表情を彼女は浮かべていた。もう数秒は持ってくれるかなぁ、と期待をしつつも、拳を構えてくるヴィヴィオに対して軽く挑発する様に指先でかかってこい、と仕草を取る。それに反応し、

 

 ヴィヴィオが踏み込んでくる。

 

 

                           ◆

 

 

「―――勝てなーい! 一回も攻撃が当たらなーい! なんでぇ―――!」

 

 可愛らしい文句の声を吐き出しながらヴィヴィオがスポーツコートの床に座り込む。途中から参加していたリオとコロナもまた途中から参加していたため、ヴィヴィオほど楽ではないが、それでも適当にあしらい、経験を積ませながら無傷で勝利し、疲れた様子で床に座りこんでいた。美少女が汗に濡れながら息を荒くしているのはマイサンにあまりやさしくはないが、ある意味やさしい光景だなぁ、なんて思っていた。なんでぇ、と本気で解らない様子でヴィヴィオが言葉を放ってくるので、答えを教える。

 

()()だよ―――まぁ、これが俗に言う()()()()()()()ってやつだ」

 

「俗にって言う割には初耳なんだけど」

 

「うるせぇ」

 

 なのはの言葉に突っ込みを入れながらヴィヴィオに質問を投げかける。

 

「ヴィヴィさ―――ヴィヴィオちゃん、時々妙に鋭い動きを行うよな、アレ、どういう判断でやってるん?」

 

「えーと―――基本的にはなんというか”ここ!”って瞬間、完全に”取れる!”って感じのイメージが浮かぶんです。この瞬間にここへ行けば、絶対上手く動けるはず、という感じのが。ママや皆はそれが天性の勘、超直観、才能の閃きって言うんですけど―――」

 

 ―――その言葉は間違っていない。天才、あるいは英雄とも呼べる人間が持つ圧倒的才能の閃き、天性のバトルセンスとも呼べるものだ。凡人では絶対に思いつけない、あるいは踏み込めない領域へと英雄達は踏み込んでくる。勝つか負けるか。その領域へと踏み込んで当然のように勝利してくるのが英雄であり、その前提と言えるのがこの天性のセンスだ。これがあるからこそ凡人と才能のある人間には圧倒的差がある。どんな鍛錬を重ねようとも、最高のタイミングで最善の行動を連続で打ってくる相手に対してはどうしようもない。

 

「うん、まぁ、基本的にそれが才能って奴だ。1を聞いて100を理解する、ってだけじゃねぇ。普通の人間には持たないセンスの様なもんを持っていて、訳の解らない世界を見ている。だから普通に戦っているのに急に最善の選択肢を知識もないのに踏み込んできたりする。所謂理不尽の権化だな。こういうのは大体タイプ的に分けられて―――」

 

 なのはを指さす。

 

「魔法の展開速度、習熟、センスの良い賢人タイプの天才、英雄って奴な。覚えが早く、学んだことを反映させたりする事に対して高い適応性を見せる。魔法覚えたり、運用したり、改造したりとか、戦うことよりも教えたり研究したりするほうが適職なタイプな。んで―――」

 

 次にヴィヴィオを指さす。

 

「闘争の才を持っているタイプ。直感や閃きで最善のタイミングをつかむ。学習したことを即座に動きに反映する。一つの学習で二歩先を進む連中、凡人が血涙を流しながら呪詛を向ける対象、そして歴史で一番英雄として君臨しがちな連中だ。正しい戦乱に放り込んでやれば見る見るうちに実戦を通して成長して事件を解決してたりするタイプな!」

 

 これ、冗談ではなく()()なのである。エレミアの記憶に残された実話であり、経験談である。まぁ、兄妹で子供を作っている前例がすでに存在している時点で割と畜生な一族であることは大体誰もが知っている。

 

「えーと……その、私、その闘争の才ってのを持っていますけど、それ、悪いんですか……?」

 

「んにゃ、悪くねぇぜ。すべての戦士が同じスペックだとして、この世界にいる九割の連中はそれで倒せるんじゃないかなぁ」

 

「でもヨシュアさんは倒せないじゃないですか」

 

「そらそーよ、俺の場合完全にその性質を理解して利用させて貰っているからな」

 

 その言葉にヴィヴィオが首を傾げる。なので、物凄く解りやすく答えを出す。

 

「つまりだ―――戦闘中、相手が理不尽な動きをするってんなら()()()()()()()()()()()()ってだけの話なんだよ。理不尽が理不尽であるのは()()()()()()なんだ。どのタイミングで、どうやって相手は踏み込んでくる? なんで? 可能か? そういう事を呼吸の様に考え、理解しながら対応するんだよ。基本的に最悪な瞬間に踏み込んでくるんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()からな、理解さえしていりゃあ先に罠を張る事もできるし、カウンターを用意して叩き込めもできる」

 

 つまりは、と結論する。

 

「―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が天才、英雄殺しの秘訣な。あとはそうだな、だいたい10cm程英傑の方が殺しに来るときに踏み込みが重いから罠張りやすい」

 

 そう結論付けると、三人娘も、なのはもその言葉に黙り込む。だが即座に復帰したのはなのはだった。

 

「それだけの経験、どれぐらい戦えば身に付くの?」

 

 なのはの言葉に対して少しだけ声量を下げて、三人娘には聞こえないように答える。

 

「現代の次元世界は平和すぎるからなぁ……現在の事件発生のペースで考えたら五十代後半頃になるんじゃねぇか? 前提として()()()()()()()()()()()()()()()()()()上でな。あと同じ相手はだめだ。学習しねぇな、同じ相手にやっていてもそいつの呼吸を覚えるだけだし。必要なのは理不尽への学習と対応力だし」

 

「それは必要なことなの?」

 

()らなきゃ身につかない」

 

 だからこそ英雄殺し、なんて物騒な名前がつくのだ。英雄を殺し、その理不尽を経験し、生き延びる事によって初めて学習、成長するのだ。理不尽という存在がどういうものであれ、それを経験し、死を通すことによって乗り越えるのだ。そうやって体に一つずつ、どうやって理不尽が稼働するのか、そのロジックを刻んでゆく。

 

 騒乱の古代ベルカ等はそういう連中で溢れていた。毎日どこかで生まれては殺され、欠損した数を埋めようとまた新たに生まれる。戦場で生まれ育った修羅であれば三十年もあれば学習することが出来る―――むろん、生き残れればの話だが。エレミア一族は言い方が悪いが失敗して死んでもバックアップが存在する。相打ったとしても、その記憶を引き継ぐ誰かがいるのだ。死んで学習するのを繰り返せば、それでいいのだ。

 

 だから自分がこうやって披露し、振るっているのも一族の犠牲と研鑽の末に出来上がったデータベースのようなものだ。故に断言する、

 

 経験は大事だ。これのあるなしは大きく影響する。

 

「え、えーと……対策はこれ、どうすればいいんですか……?」

 

 ヴィヴィオの困ったような声に視線を向ける。

 

「ん? そんな難しい話じゃねぇよ。そもそもバグ技みたいなことやって勝ってるんだから、それを止めて堅実に戦えって話だよ。慣れてきたら使う相手を見極めつつな。ま、いい経験になっただろ? ほら、こうやって一回経験しちまえば”いったい何をされたんだ”って困惑せずに”もしかして……”って考えられる様になるだろ? これでもだいぶ違うもんさ……っと、格闘を教えるつもりがなんか物騒な技術を伝授しちゃったな」

 

 ―――まぁ、クラウスもこれが使えるし教えないとそもそも戦いにならないのだが。

 

 それに自分が古代ベルカのヴィルフリッドよりも強い様に―――ハイディも、クラウスよりも強くなっているのだ。当たり前の話だが人類は学習し、成長する生き物だ。末裔だから、という理由で劣化しているのはおかしな話だ。

 

 そんなことを考え、ヴィヴィオに雑学のアレコレを伝えている内に―――時間は過ぎていった。




 理不尽に勝ちたかったら理不尽を殺せよオラァ、というお話。これだから古代ベルカは修羅道とか言われるんだ……。エリオの人生も捕食道とか言われるんだ……。

 えぇ、そして過去の記憶をベースに現代で改良されているんだから昔の連中よりも弱いわけねーだろ、という現代の連中。魔法の威力を上げて超ぶっぱとかのわかりやすいインフレは存在しないのだ、

 ひたすら地味で、刃の様にとがれた殺意のインフレがこのお話には愛とともに詰まってる。

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