Belkaリターンズ   作:てんぞー

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現代の王達-7

 窓の外へと視線を向ければ緑色に彩られる穏やかな春の山の姿が見えてくる。

 

 山の空ではベルカオオワシが得物を求めて飛翔している。やがて急降下して山中に姿を消すのはおそらく、獲物を見つけたからなのだろう。自由に獲物を探し、そして狩るその姿に小さな嫉妬を感じ、自分という男の器の小ささに軽い呆れを抱いて、視界をもっと近くへと寄せる。窓の下の方へと視線を向ければ、中庭の姿が見える。そこでは杖を片手に、歩行のリハビリを行う少女の姿が見えた。看護婦の助けの下、何とか杖で体を支えながら懸命に歩こうとするのは好ましい姿だった。心の中で頑張れ、と軽くエールを送りつつ、視線を窓の外から病室の中へと戻す。

 

「―――まさか俺が聖王医療院の世話になるとはな」

 

「公にならずに使える医療機関となると結構限られちゃうからね。ここ数年前に一度お世話になっているんだけど、山中にあるせいかそこまで知られていないから、こっそり療養するのに向いている場所なんだ」

 

 そう答えるのは自分が座っているベッドの向かい側、ベッドに腰掛ける様に座っている女の姿―――高町なのはの姿だった。患者服姿ではあるが、昨日に受けた攻撃のダメージは治療のしやすいダメージばかりであったため、さほど難しい治療はなく、ほとんど回復していると言っても良い状態になっている。何せ、今回は腕や足を折る様な事は一切しなかった。それに比べて此方は肩をデバイスが完全に貫通していた。その為、肩に開いた穴を埋める他にも砕かれた肩の骨の再生、神経の再接続等面倒な作業が複数存在したため、あえなくベッドから動かして貰えない身となってしまった。

 

 ―――そう、ここは病院だ。正確に言えば聖王教会が管理する病院の一つ、聖王医療院。

 

 その中でも秘密にしておきたい患者を治療する為の場所―――そこで自分は治療を受けていた。目の前のなのはもこの医療院の医師達の治療を受け、ほとんど回復してしまっている。左腕がまだ動かないこの状況で、彼女と戦う事になったら、きっとものすごく苦戦するだろう。それは楽しそうなのだが―――全くそそらない。そそられない。

 

「俺はてっきりそのまま管理局の豚箱にボッシュートでもされるもんだと思ってたんだけどね。通り魔の犯行! エース・オブ・エース重症! 聖王のクローンも暴行を受ける! マスコミが放っておかないと思うんだけどな」

 

「うん、()()()、ね?」

 

 なのはの放った言葉はつまり、今回の件に関しては特別な事がある、という事だ。それを考えようとして―――やめた。やる気が一切湧かない。徹底的に自分の中に在った何かが萎えてしまったというのを、なのはと戦ってしまって理解した。そしてそれによって、どうもそういう気分にはなれなかった。本格的にどうしようもないな、と自己分析を行いつつ、で、と言葉をなのはへと向ける。

 

「俺をどうしたいんだ」

 

「違うよ。君がどうしたいか、でしょ」

 

「んなの戦いたいだけさ。その為に解りやすく餌を撒いて、噛みついてくれるのを待っていたんだから、それ以外何もないだろう? めんどくせぇ、とっとと管理局にでも引き渡してくれよ―――聖王教会関係の施設は嫌いなんだよ、俺」

 

 少しだけ苛々するのを未熟だとは感じない。それこそが人間らしさで、自分らしさでもあると思っているから。何より、エレミアの記憶を通して歴史を理解すれば、この感情は決して間違いではない、という事を理解しているから。だから、聖王教会、そしてそれに関連する施設は嫌いだ。言葉は綺麗で、そして素敵なのだろう。やっている事も悪くはない、それは認める。だけどそれとは別に純粋に気に入らないだけだ。それだけの簡単な話だ。

 

「それは―――君が()()()()だから、かな?」

 

「一族に関して調べた、って事か」

 

「まぁ、調べられる範囲で友人の力を借りてね。エレミア一族―――確か聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトに技と腕を与えた一族だってね」

 

「成程、聖王教会が絡んでるって訳か」

 

「少し、ね。話を止めるのに力を貸して貰っただけだよ。向こうとしてもあまり、エレミアの人とイングヴァルトの人の不祥事を広めるのは面白くはないからね。現代ではあまり知られていないけど、信心深い所ほど良く知っていたり覚えていたりするらしいし……まぁ、私は今回、それを利用させて貰った形かな。なんだかなぁ、管理局に入ったばかりの頃は次元世界の平和の為に頑張るぞ! とか思ってたのに、今では裏取引とか、裏技とか、そういうセコイ技ばかり覚えている様な気がするよ」

 

「いい気味だ」

 

 苦々しさを現すなのはの顔に軽く笑い声を零しながら、少しだけ良い気分になる。どんなに強く、純粋でも、どこかに所属すれば、或いはグループに所属してしまえば、その色に知らない内に染め上げられてしまうのだ。それが―――自分は面倒だった。

 

「で、何用だよ」

 

 改めて言葉を送れば、それはこっちのセリフだよ、という言葉が返ってくる。

 

「挑発なんかして、一体何がしたかったの?」

 

 何がしたかったのか―――そう言われると、答えは一つしかない。

 

「―――戦いたかった。強い奴と、命を削る様な激闘を演じたかった。一切遠慮のない、自重も慢心も油断もしない、純粋な殺し合いがしたかった」

 

「でも、満足できなかったんだ」

 

 なのはの言葉にゆっくりと頷く。そう、認めるしかなかった。満足なんて出来るはずがなかった。()()()()で満足できるわけがなかった。そんなのは最初から解っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実が存在しているのだから。

 

「ガキの頃からずっと頭の中でフィルムが流れてんだ。数百年間の一族の歴史が。どうやって暮らし、どうやって戦い、そしてどうやって次の世代へと託したか、ってのが。その中でも騒乱のベルカは凄まじかった。常に全力を出して殺し続けてた。そしてフィルムはだんだんと自分の経験になるんだ。そして見ていた物語が自分の体験になる―――それがエレミアって一族なんだ。だから知ってしまってるんだ、死の一歩手前で常に前進し続ける様な状況を」

 

 エース・オブ・エース、おそらくはこの時代で最強の一角に名を上げる存在の一人だろう。まともに戦おうとすれば勝機がないかもしれない。そんな相手だが―――古代ベルカの無差別な殺し合いと比べると、()()()()()()のだ。戦士として普通。反則は使わない。理不尽だけど突き抜けていない。冗談みたいな固有能力はない。問答無用の禁忌兵器がない。殺しても這い上がって蘇ってくるような恐怖さえもない。強い―――だけどそれだけだ。

 

 平和な時代の強さだ。

 

 なのはの前後―――それがこの時代の強さの上限だ。

 

 もう、絶対にあの魂を削る様な充足感を得る時代はない。涙を流しながら虐殺した先で一人だけ戦場に残っている様な寂しさを感じる事もない。乗り越えるためにエレミアは鍛えた。一族で鍛え続けた。ずっと鍛え、もう二度と敗北しない様に鍛え続けた。そして鍛え抜いて―――今、こうやって聖王のクローン、覇王の継承者と出会う時代がやってきた。その時代で漸く役割を果たせる。そう思って動いて、

 

 それはたった数分で終わった。

 

 だったら今度は自由に、衝動のままに暴れようと思った。

 

 だがあの時代の充足感はもうない。

 

 ―――ただただ、空しいだけだった。楽しいが、そこで終わってしまう。それだけだった。

 

 ある意味、強くなりすぎたと言えるのかもしれない。そしてこれからも強くなり続ける。それがエレミアとしての本能なのだから。だけど敵はいない。やるべきこともない。戦っても充足感は得られない。それでも本能が、体が、細胞が戦いを求めているのだ。何も得られないのに、昔の様な充足感はもうそこに存在しないのに、使命感さえ欠片も存在しないのに―――それでも日々は闘争と同等であるが故に、戦いと鍛錬を求めてしまう。

 

 そう考えたら、どうしようもなく疲れた。疲れてしまった。戦う事にも、何かをすることにも。

 

「―――だから適当に豚箱に突っ込んで、そこでのたれ死んだ方が遥かに建設的だ、ってな。一族の使命がなけりゃあ日常に充足感もない、一体何のために生活してりゃあいいんだよそりゃぁ。家族の為、とか易い言葉は確かに多くあるけどさ……結局は他人に奉仕する事だって自分が満足する為のもんだろ? ―――めんどくせぇ、牢屋の中でふて寝決め込んでる方が遥かに生産的だって、あほくせぇ」

 

「これは拗らせてるなぁ」

 

「自覚はある」

 

 なのはを倒してそれを自覚した。自分は自分で思っている以上にめんどくさい生き物である、と。だから適当に管理局に捕まった方が生産的だと思って、なのはに捕まえる様に言った―――その結果がこれだ。黙殺だ。聖王と厚い親交のあったイングヴァルト、エレミアが裏切る様に襲撃したなんて話が広がれば困るのは聖王教会の人間だ。何故そんな事にさえ気づかなかったのだろう。

 

 ―――或いは通り魔騒ぎも、聖王教会が裏で握りつぶしていたのかもしれない。

 

 面倒だ。ただただ、面倒だ。自由になった―――そう思ったところで血族である以上、エレミアという名を背負っている以上、どうしようもなく逃れられない話だったのだ。何より一番嫌いな聖王教会によって助けられている、という所が最も気に入らない話だ。出来る事なら早くここから出て行きたい所なのだが、おそらくは左腕が完治するまでは絶対に退院させてはくれないだろう。

 

 だるい、ただひたすらにだるい。俺にどうしろというのだ。

 

「ふんふん、成程……じゃあ、軽く質問するけどなんで聖王教会が嫌いなのかな? ベルカの人達は基本的に聖王信仰をしているけど」

 

「あぁ? 聖王家とかいう畜生の一族を知らないからそんな言葉を吐けるんだよ。第一聖王としてあがめているオリヴィエだって本来はただの小娘だよ。守るべき民衆がいるのと、そして自分にそれだけの能力があると聖王家にたぶらかされたせいでゆりかごを動かしさえすれば自分でも守れると思って突っ走った馬鹿だよ、アレは。俺は断じて聖王教とかいうもんを認めはしないぞ。その考えが彼女を殺した―――彼女を崇める馬鹿は認めない」

 

 最後の言葉は自分の言葉というよりは、ヴィルフリッドの言葉だったかもしれない。そう、オリヴィエは正確に言えば殺されたと言っても良い。ゆりかごに対する適正は彼女が最低だった。聖王家を見ればオリヴィエよりも適性が高く、生き残る可能性の高い人間はいたのだ。だけど聖王家はオリヴィエを乗せた。使()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()のだ。オリヴィエがゆりかごに乗れば戻ってくることは絶対にない。それを知っていてオリヴィエを乗せたのだから。

 

 これはきっと、完全に一族が共有して抱く、憎しみの気持ちなのだろう。言葉にして吐き出したことはない―――だがジークリンデも、間違いなく聖王教会を認めないだろうし、近寄ろうともしないだろう。

 

「まぁ、平たく言えば聖王教会自体は一生関わりたくないと思っている」

 

「―――じゃあヴィヴィオに関してはどうかな?」

 

 なのはの質問に対して首を傾げる。ヴィヴィオ―――つまりはオリヴィエ・クローン、高町ヴィヴィオの話だろう。彼女はオリヴィエの遺伝子を使って再現させられたクローンだが、面影があるだけでほぼ別人だ。性格なんてものはほぼ知らないからそこらへんの判断は出来ないが、遺伝子だけの同一人物―――オリヴィエではない。

 

「どうとも思わない。別人だし」

 

 良し、成程、となのはが言葉を吐き出し、君、と言いながら立ち上がり、指先を此方へと向けてくる。

 

「―――退院したらウチへ来ようか!! 拒否したら聖王教会へと身柄を引き渡すよ!」

 

「クッソ、こいつ……!」

 

 今の話を聞いて調整したな、と確信しつつ、軽くため息を吐く。

 

 正直な話―――どうでもよかった。だから流されるようになのはの提案に了承の言葉を吐き、そして再び視線を窓の外へと向けた。

 

 中庭でリハビリをしていた子が倒れていた。

 

 ―――何故だか今度は応援する気にはなれなかった。




 なのはさんの華麗なるトーク=ジツ。なお本日2更新目なので1話前をチェックお忘れずに。

 この世で一番美味い料理を食べた後に半端に美味しい料理を食べても「あ。うん……美味しいね」という感じになる様な感覚。人間とは実に面倒な生き物なのです。でも一番面倒なのはなのはさんの主義。

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