兄と妹~ときどき妹~   作:kielly

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 穂乃果ちゃん! ほのかちゃん? ホノカチャン!

 と言いたいのですが、今回までは穂乃果ちゃんが修学旅行のため不在、タイトル通りのんたん回です。

 のんたんの誕生日は6月、ジューンブライドも6月。
 これだ!って思いました(笑)



東條の横で

「じゃ、お兄ちゃん行ってきます!」

「気をつけて行ってこいよ」

「うん! お兄ちゃんも、行ってらっしゃい!」

「行ってきます」

 

 昨日同様、雪穂と途中まで一緒に登校し、笑顔で手を振る雪穂を見送る。穂乃果とは毎朝のようにやっているこのやりとりだが、雪穂とこういうやりとりをするのはなかなかに珍しいこと。昨日今日だけじゃやはり違和感を感じてしまう。

 

 でも、笑顔で手を振ってくれる雪穂……可愛すぎる。できれば穂乃果が帰ってきてからもずっとこういう風にしてもらいたいものだ。

 

 

 

 

「はぁ。穂乃果も可愛いけど雪穂も最高に可愛いよなぁ」

「ため息ついたかと思えばまたそんなことなのね」

「はぁ……毎朝あんな感じで登校できたら俺もうこの世でやり残したこと無くなるわ」

「あら、じゃあ雪穂ちゃんに土下座でもして、少しでも早くあんたが天に召されるようにお願いしてやろうかしら」

 

 その日の昼休み、目の前にいる矢澤が何かを言っているが全く気にならないほどに、今朝の雪穂の笑顔を思い出していた。

 ありゃ可愛すぎですわ。世の男が見たら一発で惚れますわ。まぁ俺のだから渡しはしないが。

 

 頬に手をつき、目の前にいる矢澤が極力視線に入らないように顔を傾けつつ、雪穂の笑顔を頭に浮かべていた時だった。

 

 ピコーン。

 

「ん」

 

 俺のスマホから通知音が聞こえた。空いている手でスマホを持ち画面を見ると、とあるメッセージが届いていた。絢瀬からだ。

 

『今日の放課後、ちょっと時間あるかしら? お願いしたいことがあるの』

 

「お願いしたいこと……?」

 

 絢瀬からのメッセージにはそう書かれていた。

 絢瀬からのお願い自体珍しいことなのだが、もっと珍しいのはそれを直接言いに来ないでメッセージアプリを介して伝えてきたところだ。絢瀬なら直接言いに来そうなものなのに。ましてや今は昼休みだし。

 

『今じゃだめなのか?』

 

 疑問に思って、そんな返しで様子を見る。別に放課後付き合うくらいなんてことないのだが、何を思っているのかが全くわからないからだ。

 

 メッセージを送ってから数十秒後、返事が来た。

 

『ごめんなさい、どうしても放課後じゃなきゃダメなの。やっぱり放課後は忙しい?』

 

 どうしても放課後じゃなきゃだめ、か。

 疑問こそ晴れないものの、絢瀬からのお願いだ。断る理由などそもそもない。

 

『いや、問題ないよ』

 

 とだけ返信し、一旦スマホを机に置いた。

 絢瀬からのお願い、一体なんだろうか。

 

「ふーん、絵里とそんなやりとりしてるのね」

 

 不満そうな顔で俺が置いたスマホを取り上げ、矢澤がメッセージをガッツリ見てきた。

 

「勝手に取るとか……これは警察に通報しなくては」

「なんでよ! 勝手に見たのは謝るけど、そんな無防備に置いてる方も悪いじゃない!」

「出ました犯罪者ならではの言い訳」

「むきー! ほら返せばいいんでしょ返せば!」

 

 慌てながらイラつく矢澤は、俺のスマホを俺の横に乱暴に置いた。

 ムスっとした表情で机に肘を付け頬杖をつく矢澤が俺を見ながら指をさす。

 

「てか! あんたにこが話しかけてるくせに無視すんじゃないわよ! そのくせにスマホの音には敏感なのってどういうこと!?」

「え、矢澤俺に話しかけてきてたの? ごめーん関心無かったわ」

「ぐっ、ぐぬぬ……このシスコンめ……」

「ブラコンには言われたくないわ」

「……はぁ」

 

 俺に散々悪口を言ってきたからお返しに悪口で返すと、矢澤は安心したように(・・・・・・・)息を吐き、少し笑みを浮かべて(・・・・・・・・・)俺を見た。

 

「……で? 放課後何する予定なのよ」

「わかんね。でも放課後にって事以外は何も知らされてない」

「はぁ? ……()のやつ、まだ伝えてなかったのね」

「あ?」

 

 何やら矢澤が意味深な発言をしたため、俺は矢澤に質問する。

 

「おいお前何知ってんだよ」

「それは放課後になれば分かるわ」

「今教えてくれよ、気になるんだ」

「ふんっ、にこに散々な態度とってる奴になんか誰が教えてやるもんか!」

「ぐっ!」

 

 子供みたいなことを言ってきたが、これに関しては俺に非がある。

 何とも言えなくなって、結局聞き出せなくなった俺は、おとなしく放課後になるまで待つことになってしまった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 放課後、ホームルームが終わってすぐ、俺は絢瀬たちのクラスに向かった。

 

「おーい絢瀬ー、きたぞー」

 

 教室の中から帰ろうとするやつらの歩みに逆らう形で教室に入っていくと、自分の席の椅子に座っている絢瀬と、俺を見るや真っ赤な顔をして俺から顔を背ける東條がいた。

 

「用事ってなんだ?」

 

 東條の様子に違和感を覚えつつも、俺は絢瀬に声をかけた。

 絢瀬は俺の方を見ながらも、隣にいる顔を赤くした東條を気にかけつつ返事をする。

 

「ごめんなさいわざわざ来てもらって。本当はこっちから迎えに行くつもりだったんだけど……」

 

 と言ったところで口を止め、あははと苦笑いしつつも背を向け続けている東條を見た。

 

「ほら希、自分で直接言いなさいよ?」

「えぅ……は、恥ずかしいし」

「今になってまだそんなこと言って……光穂くん困ってるわよ」

「なんでうちなん……なんでうちに……」

 

 絢瀬が東條に説得するような言い方で声をかけるも、東條はさらに顔を赤くしてその顔を両手で塞ぎ、しゃがみこんでしまった。

 

 どうやら今日呼び出されたのは東條がきっかけらしいということはわかった。ただ、明らかにいつもと様子が違う。どうしたんだ?

 

「おい東條、顔赤いけど熱でもあるのか? その赤さだったら相当な熱出してるんじゃねえのか、大丈夫か?」

「ヒェッ!? だ、だいじょうびゅやん!?」

「ほんとかよ……」

 

 思いっきり噛んだようだ。やはり様子がおかしい。だが絢瀬のさっきの話し方からして熱を出しているわけじゃないことはわかっている。

 だったら、何が?

 

「希が言わないならにこが言うわよ」

「にこっち!?」

 

 驚く程に様子がおかしい東條に呆れたと言わんばかりの態度で、俺の横にいつの間にかいた矢澤が声をかけた。

 手を腰に当て、ため息をつきながら矢澤は話す。

 

「ったく、いつもはヘラヘラしてるくせにこういうことに関してはまるっきりなのね」

「だ、だってこんな経験ないし! 話が話やからどう説明してええかわからへんのやもん!」

「とはいえあんたが説明しなきゃ始まんないのよ。ったくもう」

 

 赤い顔のまま、若干涙を浮かべる東條にさらに呆れたような態度をとる矢澤だったが、一息置いて、俺を見ながら話し始めた。

 

「希のやつ、今日の夜にあるコレクションショーの出演を依頼されてるのよ。それで、そのコレクションショーで着るのがウェディングドレスらしいのよ」

「は!? なんで!?」

「スクールアイドルとしての知名度が上がってきたμ'sから1人、選抜して出して欲しいっていう依頼だったのよ。それで話し合った結果、2年生は修学旅行でいないし1年生は嫌がってたからっていう理由で、希を選んだわけよ」

 

 矢澤が言ってることが思いの(ほか)でかい話で思わず驚いてしまった。まさか高校生でそんなものに招待されるなんてな……

 

 でも、それを聞いてもまだ1つ、理解ができないことがある。

 

「で、なんで俺は呼ばれたんだ?」

 

 東條がコレクションショーに出演することは分かった。だがだからと言って俺が呼ばれた意味がわからない。単純に見に来て欲しいということなのだろうか、それとも……

 そんなことを考えながら質問する俺に、矢澤が答える。

 

 だが、矢澤が言った言葉は俺の予想を裏切ってきた。

 

 

「あんた、希と一緒にコレクションショーに出なさい」

 

 

 唐突に、あっさりと言う矢澤だが、俺はまったく理解ができなかった。

 混乱する俺に矢澤は続ける。

 

「今回のショーで出演依頼されてるのは、あくまで新婦役(・・・)が1名。そして……」

 

 

「その横で歩く、新郎役が1名(・・・・・・)よ」

 

 

 ……ん、どういうことだ。俺は変わらず理解が間に合わず混乱する。

 そんな俺に、次は絢瀬が続ける。

 

「今回出演するにあたって私たちにお願いされたのは、この高校から新郎新婦役としての2名、そしてそのどちらかに必ずμ'sメンバー1人を置いて欲しい、ということだったの。あくまで今回はウェディングドレスのためのショーなんだけど、実際の結婚式みたいに新郎新婦で並んだほうが見栄えが良くなるからということらしいの」

「で、本当は新郎もメンバーからでも構わないって言われてはいたんだけど、うちには都合のいい男子生徒がいたってわけよ」

「それが、俺ってわけか」

「そうなの、だから光穂くんにも希と一緒にショーに出てもらいたいっていうお願いなんだけど……やっぱりダメかしら?」

「…………」

 

 絢瀬と矢澤の話を聞いてようやく理解はしたものの、俺は思わず黙り込む。コレクションショーだからてっきり俺は東條1人で出るものだとばかり思っていたが、そのショーは結構特別なものらしいし、明日とかの話ならまだしも今日の話だ。出るにしても気持ちの準備なんてできるほどに冷静にはすぐにはなれない。

 だが、仮に断るとしても……

 

「み、光穂っち! 無理やったら無理って言ってくれてええんよ!? ほら、こんな急なお願いになってしもうたし、断られても何も気にすることないから!」

 

 不安と恥ずかしさが混ざったような表情で慌てて俺にそう言ってくる東條が気の毒だ。

 矢澤の話なら本当は東條ともう1人の女の子っていう形の2名で出ることも問題なかったわけだが、わざわざ俺にお願いしてくれたんだ。まぁ本人の口からはお願いされてこそないものの、お願いしてくるはずだったのだろう。

 

 だったら、俺も正直あまりにいきなりのことに驚きと不安は隠せないけど……

 

「いいよ」

「……え?」

「東條と一緒にショーに出ればいいだけなんだろ? それくらいなら別に俺は大丈夫だぞ」

「ほ、ほんまにええの? だっていきなりやったし」

「穂乃果から散々いきなりなこと言われてて慣れてるからな、心配するな」

「……ほ、ほんまに、うちと一緒でいいの?(・・・・・・・・・・)

「え? あぁ、俺は問題ないけど」

「……そっか、ありがとうな」

 

 ちょっとショーに出るだけなんだし、俺1人で出るわけじゃない。それに、ここで断って東條に悲しい顔をされることの方が嫌だなって思ったから、俺は承諾した。

 すると東條は、安心したように口元をゆるめた。

 

「えへ、えへへっ」

「なーに嬉しそうにしてんのよ希、本当はあんたから直接言うはずだったんでしょうが」

「そうよ希、そのせいでこんなギリギリにお願いすることになっちゃったんだから」

「2人ともほんとごめんな~。安心したらつい笑ってしもうて」

 

 安心したと言って笑う東條と、東條に代わって俺に話をしたことにいちゃもんつける矢澤と絢瀬を見ていた俺だったが、見逃さなかった。

 

 絢瀬が一瞬だけこちらを見て

 

 悲しそうに笑う(・・・・・・・)、その表情を。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 うちの高校の最寄り駅から何駅か先、そこから少し歩いたところにある会場に4人は向かった。1年生組も見に来るらしいが、合流はしていない。

 到着してすぐ、俺と東條は待合室へ、絢瀬と矢澤は1年生と合流するべく会場外で待つことになったため入口で分かれることになった。

 

 待合室へ向かうべく2人並んで歩く俺と東條だが、その距離は少しだけ離れている。いつもなら明るい態度で接してくる東條なのに、今は少し下を向き、何も言ってこない。俺も人のことを言えるわけではないが、やっぱり緊張しているのだろう。

 若干の気まずさを感じながらも、俺は少しでもその緊張をほぐそうと東條に話しかける。

 

「な、なぁ、結構人多くないか?」

「そ、そうだね! うん、すごく多いよね」

「そう、だよな」

「う、うん」

「…………」

「…………」

 

 しかしその頑張りも虚しく、東條が標準語で話してしまうほど緊張させる形になってしまった。こういうとき、自分の情けなさに悲しさを感じる。

 

 結局待合室に着くまで、これ以降何も話すことができなかった。

 

 

 

 

「では新郎の方はこちらを、新婦の方はこちらをお召になっていただくことになります。それぞれ担当の者がお手伝いいたしますのでよろしくお願いしますね」

「はい」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 待合室につくとすぐ、女性の方から説明を受け、その人がが今日着る衣装を持ってきてくれた。どうやら俺用のタキシードもちゃんとしたものを用意してくれていたらしい。しかしサイズは大丈夫なんだろうか。

 東條が声を裏返しながら返事をしたところを見るに、相当緊張しているらしい。視線もあっちへこっちへと忙しい。

 

 そんな東條を見てか、女性の方は東條に話しかけた。

 

「今回のショーではお2人でご出演されるのですから、そこまで緊張される必要はありませんよ」

「は、はい、そうですよね」

「ふふ。それに頼りがいのありそうな新郎さんですからきっと大丈夫です!」

「そ、そうですね!」

 

 女性が明るく話してくれるおかげで、東條にも少しずつ余裕が出てきたようだ。

 

 しかし

 

 

「そして本当の結婚式で、そこにいる新郎さんと2人並んで歩けるように今日は頑張りましょうね!」

 

 

 この一言がきっかけで

 

「はぅぅ!?」

「東條!?」

 

 完全にやられてしまったようだった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、頑張ってくださいね!」

「は、はい」

 

 俺はタキシードを着終わり、着替え室を出た。鏡でタキシードを着た自分を見るのにすごく違和感があったけど……果たして大丈夫なんだろうか。

 

 ぎこちなさを感じながらも、俺は東條が気になって東條がいる着替え室の前まで歩く、しかし中からは布の擦れるような音が聞こえたため、俺は近くにある椅子に座ることにした。

 

 唐突にお願いされて今ここにいるわけで、あと少ししたらウェディングドレスを着た東條と一緒に、たくさんの客の前に出なければいけない。そう思うとやはり緊張しないでいられるわけがない。

 ましてや、μ'sとして人に見られるという経験を俺よりは遥かに積んできてるであろう東條ですらあんな様子なんだから、俺なんかが緊張しないでいれる方がおかしい。

 

 にしても、ウェディングドレスか。結婚式にしか着ることなんてないはずのものを東條は着て、俺と一緒に出演するのか。

 

 ……あれ、それって結構なことしてるんじゃなかろうか。式を挙げるわけでもないのに、衣装着て人前に……そう思うとすごいことしようとしてるんだな。

 

 

 ――――穂乃果と雪穂、2人もいずれは、誰かの横を歩くためにウェディングドレスを着る時が来るのだろうか。兄としては嫌だけど、でもそれが2人にとっての幸せに繋がるのなら……

 

 

『光穂っち、そこにいるん?』

「うおっ!? い、いるぞ!」

『終わったよ』

「お、おう」

 

 

 急に声をかけられ驚く俺に、東條は落ち着いた声で答える。着替えが終わったらしい。

 

『……開けるよ?』

「おう」

 

 落ち着いた声色で言う東條に、俺は返事をする。

 内側から試着室のカーテンの端が握る手が見え、その手が徐々にそのカーテンを開いていく。

 

「どう、かな。うち、似合ってるかな」

「……あぁすごく似合ってる。綺麗だ」

「あ、ありがとう」

 

 開かれた先にいたのは、純白のウェディングドレスに包まれた綺麗な女性の姿で、一瞬、それが東條だと認識することすらできなかったほどに輝いていた。

 きっと、本物の新郎はこういう気持ちで、美しく輝く新婦の姿を記憶に刻むのだろうだなんて思ってしまう。

 ただただその姿を見つめることしかできず、静止する俺から顔を背ける東條。

 

「ほ、ほな行こか! うちらの番、そこそこ早かったはずやしな! はよ行かなまずいやん!」

「そ、そうだな、行こうか」

 

 慌てたように東條が俺にそう言うが、着なれないものだけあって、東條の足元がおぼつかずかなり不安だ。

 転んだりすればケガするかもしれないと思って、俺は手伝うことにした。

 

「おいおい東條、足元ふらついてんじゃねえか!」

「そ、そう? そんなことあらへんよ」

「いや結構危ねえよ! ……ほら、腕貸すから掴んどきな」

「……え?」

「いやほら、ステージ出るときだけってなるとやっぱ緊張するだろ? だからさ、練習も兼ねて、ほら」

「あっ……う、うん、ありがとう」

 

 手伝うと決めたもののどうやればいいか分からず、本番を想定した方法で東條を支えることにした。東條は恥ずかしがりながらも俺の腕に自分の腕を絡ませる。

 

 いざ組んでみると想像以上に距離が近くて、いつも穂乃果と組んでいる時とは違う、女の子特有の柔らかさが俺の腕を包む。東條は下を向き、こっちを向いてすらくれない。

 だがさっき東條が言っていた通り、俺たちの順番は結構早い。早いとこステージ裏に行くために東條に声をかける。

 

「じゃ、じゃあ行こうか」

「……はい」

 

 腕を組む緊張に襲われている俺に、変わらず下を向いたまま、東條は柔らかな声色で答えたのだった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、この組の次にお願いしますね」

 

 係りの人に言われ、いよいよ俺たちの番が次だという自覚を持つ俺。

 東條はと言うと、待合室を出る時からずっと腕を組んだまま、一切口を開かずに下を向いている。

 

「東條、大丈夫か?」

「…………」

「緊張は……してるよな。だよな。」

「…………」

 

 心配になって声をかけるが、何も言わないまま。緊張で潰されてしまったというのならかなりまずいのだが……

 

 だが、時間は待ってはくれない。

 

「では次、入りますので!」

 

 係りの人が俺たちの番を告げる。東條は変わらず下を向いたまま、しかし足は前へ進めることができている。

 これが最後のチャンスだと、俺は東條にもう一度声をかける。

 

「東條、大丈夫だ。俺も緊張してるけどさ、1人じゃないんだ。だから大丈夫、いけるさ」

「…………」

「それに、今の東條はすごく綺麗だ。他の誰より輝いてる、だから自信を持て!」

「……っ!」

 

 綺麗だ、そう言った瞬間だけ組んだ腕がピクッと反応するのが分かった。

 しかし変わらず下を向いたままの東條、俺はそんな東條を見ながら、心の中で東條にエールを送る。

 

 本当に綺麗だ、だから絶対に大丈夫。頼りないかもだけど俺もいるから、一緒に頑張ろう。

 

 そのときだった。

 下を向いたままだった東條が顔を上げ、俺の目を見て笑顔でこう言った。

 

「ありがとな」

 

 それは悪巧みするときの笑みではなく、純粋な、綺麗な笑顔だった。

 

 

「ではお進みください」

 

 係りに声をかけられ、いよいよ俺と東條がステージ上へ出る。

 

 ワーッと歓声があがり、見渡すと相当な数の客がいることが一瞬で分かる。

 再び強い緊張に襲われるが、東條の笑顔のおかげか、冷静に、前だけをまっすぐ見て歩くことができている。前だけ見てるから、東條が今どんな表情をしているかは分からない、けどきっと大丈夫、不思議とそう思う。

 

 ステージの真ん中まで歩き、そこで何かしらのアクションを起こしたあと、折り返して返って来るというのが今回のショーの流れ。

 2人で歩く道の真ん中までの距離はそんなに長くはない、2人で足を揃え堂々と歩く。横に居る東條もきっと堂々としているはずだ。

 

 真ん中までたどり着いた。しかしここで1つの問題が頭に浮かぶ。

 

 

 あ、真ん中で何するか決めてなかった。

 

 

 緊張でまったく打ち合わせができておらず、他の人たちが何をしたかもまったく見ていなかった。

 や、やばいぞ……と1人で慌てかけたときだった。

 

「光穂っち」

 

 横にいる東條から急に声をかけられた。

 

「そのまま、動かんでおってな?」

「お、おう?」

 

 動くな、そう言われた俺は、言われた通りに動きを止めた。

 

 その時だった。

 

「――――っ」

 

 正面から、少しだけ背伸びした東條が俺の右の頬に唇を触れさせてきた。

 

 その瞬間、今日一番の歓声が会場中に響き渡る。

 

 ゆっくりと頬から顔を離す東條が、顔を赤らめながら、大歓声の中俺にこう言ってきた。

 

 

「今日は本当にありがとう。またとないこんなチャンス、相手が光穂くんでよかった。最高の思い出になったよ」

 

 

 それはステージに上がる前と同じ声色・笑顔だった。そして綺麗な標準語であること、きっとこれは東條の本心からの言葉なんだと、そう思えた。

 

「さっ! はよステージ離れて絵里ちたちに合流しよか!」

 

 東條はそう言って俺の腕を掴み、俺を引っ張る。俺もその手に引かれ、横を歩く。

 

 

 今までにない緊張に襲われたこのショーは、こんな形で終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 その日の晩のことだった。

 

 なぜか雪穂に今日のショーのことがバレていて散々茶化され、絢瀬にはステージ上でのことを聞かれ、矢澤にはステージを歩く俺と東條の表情が硬かったと笑われ、そしてさらには……

 

『なんで希ちゃんと一緒にショーに出たの!?』

 

 どこから漏れたか分からないが穂乃果にも知られていて、電話で2時間ほどこってり説教を食らったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、自室のベッドの上で足をバタつかせながら独り言を言っていた。

 

 

「あーっ、もうっ! なんでステージ上で光穂っちにあんなことしてあんなこと言ったんやろうっ! めっちゃ恥ずかしいやん!」

 

「……でも、嬉しかったなぁ。いつかは着たいって思ってたウェディングドレス着て、歩く。でも今度は結婚式本番で……光穂っちと――――って、あれ?」

 

 

 

「なんでうち、光穂っちと結婚式開く想像してしまってるんやろ?」

 

 




 いかがでしたか?
 絵里ちとにこちゃんは割とこの作品内で出てる気がするのですが、のんたんだけ不遇だなぁと思っていたときに、前書き通りの閃きが。書くしかないと思いました。

 いよいよ次回は穂乃果ちゃん帰宅回!
 ほのキチの皆様、お待たせしました(●・8・●)


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