前回の続きの回であり、最終話につながってくるお話になります。
三年生だからこその悩み、そして穂乃果の兄としての光穂の想い、そしてそれを知っている三年生三人組の想い、そして絢瀬絵里の――――
※昨年のラスト、前回や今回はたまたま季節に合わせたお話を投稿しただけで、いつもは季節感なんてまったく気にしてませんし、まだまだ完結するつもりはございません。
「ん……あれ、穂乃果はどこに」
年が明けて少しした後、3人ともそのまま寝てしまった。そのとき穂乃果は俺に抱き着いて寝ていたはずだったのだが、今はその姿はない。
雪穂はおそらく、亜里沙ちゃんと初詣に行ったんだろう、それは前々から聞いていたから分かっているのだが、穂乃果とは俺と一緒に初詣に行くと聞いていたのに、どこに行ってしまったんだろうか。
と、すぐそこにあるこたつのテーブルの上に何やらメモ書きが。
"ちょっと準備してます。絶対に部屋から出ないでね!"
この文字は間違いない、穂乃果のだ。そしてすぐそこに置いてあった俺のスマホには、通知が。
"亜里沙と一緒に初詣に行ってきます"
前から聞いていたことではあるが、もう一度きっちり伝えてくるあたりが雪穂らしい。さて……穂乃果はどこへ行ったのか、そしてなぜ"この部屋から出るな"と言うのだろうか。怪しい。
そう思っていたとき、ドアがノックされた。
『お兄ちゃん、入ってもいい?』
ノックの主は穂乃果。どうやら戻ってきたらしい。
「いいぞ~」
俺の声に、ドアが開かれる。
「ほ、穂乃果……その姿は」
穂乃果は晴れ着を着ていた。オレンジの、穂乃果にすごく似合うやつ。
「えへへ……に、似合うかな?」
恥ずかしそうに俺に反応を伺う穂乃果。その仕草もまた、晴れ着を着ているせいか、少し上品に感じる。
「可愛い、可愛いよ穂乃果!」
「ほ、本当? お母さんに着付け習いながら着てみたんだけど、大丈夫かな」
「あぁ! うまく着こなせてるよ! いいなぁ、穂乃果の新しい魅力が出てる気がするよ!」
「え、えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」
いつもの可愛さに加え、大人びた雰囲気を感じさせる今の穂乃果からは、いつもとは違う魅力があふれ出していた。晴れ着なんて七五三のときが最後だったから、その時とはまた違って、成長した穂乃果の魅力が感じられる。最高じゃないか。
穂乃果は恥ずかしそうに頬を染めながらも、俺の手をつないできた。
「じゃあ、行こうよお兄ちゃん」
「おう、行こうか」
俺も急いで着替え、晴れ着を着た穂乃果と一緒に、初詣に向かうのだった。
初詣で――――
向かった先はいつもの神社。
「うわぁ……」
「人がいっぱいだね、お兄ちゃん」
「だな。去年より多いんじゃねえのかこれ」
毎年初詣にここにきているものの、毎年のようにその人の多さに思わず後ずさってしまう。
しかし穂乃果は、俺の手を強く握って、俺を引っ張る。
「お兄ちゃん! 行こうよ!」
明るいその声は、この人の多さを気にもしていないとでもいうようにはっきりと、迷いのない声。
「あぁ、行こうか」
そんな声聞いてしまったら、首を横に振ることなんてできない、いや振りたくない。
穂乃果に引っ張られ、俺たちはありえないほどの人ごみを進みつつ、参拝の列に並んだ。
◇◆◇◆◇
パンッ、パンッ。
俺たちの参拝の番が回ってきたため、2人で揃えて拍手、礼をする。
(穂乃果や雪穂が健康で何事もなく、今年一年を過ごせますように)
その中で、俺は妹2人の健康を願った。今年くらいは自分のことをお願いした方がいいのかもしれないが、妹たちにもしものことがあってしまったら、おそらくそれが原因で俺もやられてしまうだろう。だったら初めから妹たちのことをお願いしておいた方がいい。
参拝を終え、穂乃果と一緒に人の少ない方へ歩いていく。
「ねえお兄ちゃん、何をお願いしたの?」
「穂乃果、こういうのは人に言わない方が叶うんだぞ」
「えぇっ!? そうなの!?」
「あはは、毎年言ってる気もするけどな」
「あ、あれ~?」
「いいよいいよ、穂乃果はそうだからこそ可愛いんだ」
「……えへへ」
穂乃果と2人で初詣に来たのはこれでもう何度目かわからないが、そのたびに同じことを言っている気がする。だがそれもまた、いつものことだからこそ可愛く感じる。
比較的人の少ないところにたどり着いた時だった。
「あ! 穂乃果ちゃんたちだにゃー!」
「えっ? あっ、みんな~!」
同じことを思っていたのか、そこにはμ'sのメンバーが勢ぞろいしていた。凛ちゃんの声に、穂乃果はみんなの元へ向かう。俺もそれについていった。
意外なことに、晴れ着を着ているのは穂乃果と真姫ちゃんだけで、他のみんなは3年生組を除いて私服だ。3年生はみんな、巫女さんの服を着ている。
「穂乃果ちゃんすっごく可愛いね! その晴れ着はどうしたの?」
「似合ってますよ穂乃果。オレンジという色も穂乃果らしいです」
「そ、そうかなぁ、えへへっ」
晴れ着を着ている穂乃果を見るのはやはり、色んな衣装を着てきたであろうμ'sのメンバーからしても珍しいことらしく、みんな穂乃果の周りに集まり始めた。
「穂乃果、今日は晴れ着を着てるのね」
「似合ってるやん! なぁ光穂っち」
「鼻の下伸びてるわよ」
ただ、3年生の3人は俺のところへ。巫女服を着た3人もまた、穂乃果と同じように違った魅力を出していてすごく似合っていると思う、と素直に思ってしまう。
ただ、素直に褒めてしまうのは俺ではないと思って、いつも通りに話す。
「見ろよあの穂乃果の輝きを、やばくないか?」
「くすっ、ええ、すごく似合っていると思うわ」
「光穂っちぃ、うちらもいつもと違う雰囲気でてるんちゃうかなぁ?」
「あぁ、絢瀬も東條もすごく似合ってるよ」
「ねぇねぇ光穂くぅん♡ にこにーはぁ??」
「ところで、なんで東條以外にも巫女服が?」
「無視するなぁ!!」
「あ、矢澤だったのか。てっきり神社のバイトの新人さんかと思ったわ」
「あながち間違ってないわよ、それ」
「え?」
「にこっちと絵里ちも、今日限りで神社のお手伝いしてもろうてん」
「あぁ、なるほどな」
「でなきゃ、わざわざにこたちが巫女服なんて着る機会ないからね~」
どうやら矢澤たちはこの神社でバイトをしていたらしい。どおりで。
「光穂っちたちは参拝終わったん?」
「参拝? あぁ――――」
終わったよ、そう言いかけた時だった。俺たちから少し離れたところで騒いでいる穂乃果の姿が目に入り、少しだけ言葉に詰まってしまった。
「……終わったよ」
「そう。ならよかったやん。何お願いしたん?」
穂乃果とまったく同じ質問が東條からも来てしまった。だが、穂乃果の時とは違って、何にも遮られないまま、口から漏れ出すように東條達に告げた。
「妹たちの健康、かな」
穂乃果が目に入ってしまってから、ずっとぼんやりとした状態で口を開いてしまう。
妹たちの健康、そう言った自分の声が頭の中でずっと引っかかる。
「光穂くんらしいお願い事ね」
「あぁ。進学前の最後の参拝も、いつもと同じように、な」
進学。
受験生である俺たちに重く突き刺さる言葉、そして今俺が何も考えずに口から出してしまった"最後"という言葉。しまった、そう思った時にはもう遅く、絢瀬たちの表情が曇る。
少しの沈黙のあと、その沈黙を破ったのは矢澤だった。
「本当に、都外の大学に行くつもりなの? あんたは」
いつもとは違い、低く悲しみを帯びた声で俺に言う矢澤。都外の大学を目指すことを真っ先に伝えたのも、矢澤だった。いつもは俺との
「あぁ、行こうと思ってるよ」
「……私たちと、同じ大学に行くっていうのは考えてくれてないのかしら、光穂くん?」
「一応、第二志望に」
「光穂っちはどうしても、その大学に行きたいん?」
「…………」
東條のその言葉に思わず言葉が詰まる。
東條達は3人で同じ大学を志望している。
本当は絢瀬ほどの成績があればもっと良い大学にいけるはずなのだが、東條や矢澤、そしてμ'sのみんなともっと一緒にいたい、そんな想いで絢瀬は2人と同じ、音ノ木坂からそんなに離れていないところを志望したという話は聞いた。そしてそれは、東條も矢澤も同じ気持ち。
そんな3人は、どうやら俺とも離れたくないと思ってくれているらしく、3人にそれを伝えたとき、強く反対してきてくれたのだ。本当にありがたいと思っている。
だが、それでも俺は都外の大学に進みたい、いや
俺だって、本当は――――――――
言いたいことをぐっと抑え、3人に話し出す。
「……穂乃果は、俺にあまりにも依存しすぎてる。雪穂にも散々言われてる、海未ちゃんや矢澤にも。だが、それでもあいつは関係ないとばかりに俺に甘えてくる。あれじゃあ、将来的にダメな女の子になってしまう。そんなんじゃ、将来もし穂乃果がいいやつを見つけて、そいつのところに……想像したくはないけど、嫁ぐことになったっとき、相手のやつに迷惑が掛かってしまう。そしてなにより――――そんな穂乃果に依存しすぎている
「だから光穂くんは穂乃果と距離を置くために、都外に行くのね?」
「行く、じゃない。行かなきゃいけないんだ」
「なぜ!!!」
「っ!?」
俺の言葉を聞いた絢瀬が、急に声を荒らげる。
「なぜそのためにわざわざ光穂くんが都外に出る必要があるの!? もっといい方法があるはずよ! それに何よ、"妹たちの健康、かな"ですって? それを言った時の光穂くんの顔、すごく悲しそうだった! 光穂くんはもっと、それ以上に願ってることがあるんじゃないの!?」
真剣な目で、荒らげた口調で、俺に言う絢瀬。
言われなくったって分かってるさ。本当に俺がお願いしたいことくらい。
絢瀬は息を整え、少し落ち着いた様子で、続ける。
「私の、私たちのお願い、何を願ったと思う? 無事に受かりますように? 違うわ。何事もなく無事に1年を過ごせるように? 違う! 私たち3人でお願いしたこと、それは――――――――」
「光穂くん! あなたと一緒に、
思い返す、去年1年を。
俺は何を願いながら毎日を過ごしてきた?
それは、"いつもと変わらない日常"を過ごすこと。ことあるごとに、俺は"いつも"やっていることを幸せに感じてきた。
それは今この瞬間も変わらない。
"いつも"のように、3年生組で集まって。"いつも"のようにお話しして。"いつも"のように騒いでいるみんなを見て。俺の本当のお願い。俺自身が1番わかっている、本当は"妹たちの健康"よりももっと、大切なお願いが――――――――
「お兄ちゃぁん! あっちでリンゴ飴売ってるから買って買って~!」
俺は、胸にある本当の願いを胸にしまったまま、絢瀬たちに告げる。
「そこまで考えてくれてること、すごくありがたいよ。ありがとう。前向きに、検討してみるよ」
それ以上は何も言わず、俺を呼ぶ穂乃果の元へ走っていく。
"いつも"の日常が送れるのも、あとわずか。
それを思うだけで、俺の胸はズキズキと痛みだす。
「光穂くん……っ」
「絵里ち、落ち着いた?」
「えぇ、落ち着いたわ。ありがとう。」
「あんたがそこまで感情的になるなんて珍しいわね、絵里」
「……そうね、μ'sに加入する寸前以来かしら」
残された絢瀬・東條・矢澤の3人は、穂乃果の元へ走っていった光穂の後ろ姿を見ながら気持ちを落ち着ける。
少しして、矢澤が口を開いた。
「あいつ、全然都外に行きたそうには見えなかったけど。そんなに誰かに依存してしまうことって、ダメなことなことなのかしら」
それに続き、東條が言う。
「兄として、やろうね。穂乃果ちゃんの将来を本気で心配しているからこそ、自分の気持ちに嘘をついてまでして離れようとしているだけやん」
「そうね。それにあいつが言ってた、"俺自身がダメになる"だったかしら? 今でも十分にダメダメじゃない」
「ふふっ、そうやね。それに、穂乃果ちゃんと離れるってことを思うだけであれだけ悲しそうな顔をしてるくらいなんや、本当にその時が来てしまったら、それの方が光穂っちダメになってしまうんとちゃうん?」
悲しそうに話していた光穂の様子を思い出しながら、矢澤と東條は話す。
そして、絢瀬も口を開く。
「これは私たちのわがままでもあり、光穂くんのためでもある。何としても光穂くんには、ずっと私たち……そして穂乃果のそばにいてあげてほしい。それが、何よりも光穂くんのためになると思うから」
「ふふっ、なんや絵里ち、光穂っちのことになるとすごく真剣になるやんな?」
「本当それよね。なぜそこまであいつにこだわるのよ」
「え? なぜかって? そんなの決まってるじゃない」
「だって、私は光穂くんが――――」
絢瀬もまた、内に秘めた思いをさらけ出すことをしないままで。
何度も言ってますが、まだまだこの作品は続きますからね!?
ただ、受験生のこの時期って、地元を離れることに対する不安を感じたりしませんか?
地元を離れる必要がない人にとっては感じたことはないのかもしれませんが、どんなに地元を離れたくても、一人暮らしにあこがれていたとしても、悲しくなってきます。
少なくとも私は寂しさでこの時期から泣きそうでした。
私と同じようなことを思っている人達には追い打ちをかけているようで申し訳ないのですが、ついこんな内容で書きたくなってしまいました。