兄と妹~ときどき妹~   作:kielly

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穂乃果ちゃん!ほのかちゃん?ホノカチャン!





甘えん坊の極み

 

「お兄ちゃんっ、ぎゅーっ!」

「穂乃果〜! ぎゅーっ」

「ん、んん……?」

「ん? どうした穂乃果?」

「んー。お兄ちゃん」

「なんだ?」

 

「なんか――――物足りないの」

 

「……え?」

 

 穂乃果が急に、そんなことを言い出した。

 

 

 それは、ある日のことだった。

 

「ただいま~!」

「お、お帰り穂乃果!」

「あっお兄ちゃん帰ってたんだね!」

「おう、今日は特に用事もなかったしな」

「ならお兄ちゃん! 一緒に漫画読もうよ!」

「よっしゃ、じゃあ穂乃果の部屋行くか!」

「よーしっお兄ちゃん、部屋まで競争だよっ! よーいどんっ!」

「はは、穂乃果は元気だなぁ」

 

 そう、俺は穂乃果に誘われ、穂乃果の部屋に向かったんだ。

 

「もうっ! 競争って言ったじゃん!」

「悪い悪い、お母さんに呼ばれてたんだ」

「もう……ほらお兄ちゃんっ、早く座って座って!」

「焦んなよ穂乃果。ほら、座ったぞ」

「えへへ♪ じゃあ穂乃果はここっ!」

「おっと……ったく穂乃果は、甘えん坊だな」

「だってここがいいんだもんっ」

 

 そういって穂乃果は俺の膝の上に座ってきた……甘えん坊とか言ってるものの、穂乃果が座りに来てくれるのを期待して椅子の深い位置に座ってるのは俺なんだがな。

 座ってきた穂乃果をそっと抱きしめ、いつも通りに撫でたはずだったのだが。

 

 

「なんか――――物足りないの」

 

 

 いつもなら喜んで抱き着いてくるのに、今はこの返事、いつもと違うのだ。

 

「た、足りない……?」

「そう。なんか、なんかわからないんだけどね? こう、頭が寂しいの」

「頭が寂しい? 何言ってんだ髪なら生えて「そういう意味じゃないの!」わ、分かってるよ」

 

 真剣な顔で俺の冗談に返してくる穂乃果。どうやら、本気で不思議に思ってるみたいだ。

 

「うー。頭だけじゃないの、身体全体がなんかこう――――寂しいの」

「寂しい、か。じゃあ、もっとぎゅーっとしてやろう。ほれっ」

「ん……気持ちいいのに、なんだろう、足りないの」

「ど、どういうことだ?」

「お兄ちゃん、もっと"強く"抱きしめて?」

「つ、強く?」

「うん、"強く"」

 

 穂乃果の言う"強く"の意味がよくわからなかったが、とりあえず俺は力を少しだけ入れて抱きしめてみた。

 

「んっ……お兄ちゃん、もっと」

「もっと……」

 

 もっと、と言われた俺は、徐々に抱きしめる強さを強めていった。

 

「ん……もっとっ」

「もっとか」

「んっ……ぁ♡」

「!?」

 

 俺の聞き間違いだろうか。明るくて無邪気で可愛い、そんな妹から、色っぽい声が聞こえた気がしたんだが。

 もう1度、強く抱きしめてみる

 

「あっ、んんっ……お兄ちゃんっ……ぁっ♡」

 

「ちょっとまて穂乃果」

「ほぇ?」

 

 聞き間違えでないことを確認した俺は、抱きしめるのをやめ穂乃果を正気に戻しにかかる。

 

「穂乃果、お前熱があるんじゃないのか?」

「え? うーん、確かにいつもよりポカポカしてる気がする」

「よし、ちょっと頭を冷やそ「お兄ちゃんが抱きしめてくれたからかな♡」くっそ可愛いなうちの妹は!!」

 

 諦めました。うん、このままにしよう。穂乃果は可愛い、それでいいじゃん。それより、あの色っぽい声、もう1回聞きたい。

 ……もっと強く、抱きしめてみよう。

 

「それっ」

「あっ! お兄ちゃ……んんっ♡」

「あ~萌えるっ!!!」

 

 我の欲望、ここに極まれり。なんかすっごく萌える。なんでかな、普段の様子からは見れないような穂乃果の姿、なにかに目覚めそうだ。

 

「お、お兄ちゃんっ」

「お、なんだ?」

 

 抱きしめ続けていると、穂乃果が苦しそうに、俺に何かを伝えようとしている。一旦抱きしめるのをやめ、「あっ……」と残念そうにする穂乃果を見つめる。

 穂乃果は軽く乱れていた息を整え、口を開く。

 

「お、お兄ちゃんっ、お願いがあるの」

「ん? なんだ?」

「あのね? その、穂乃果を――――」

 

「穂乃果を叩いてほしいのっ!」

 

「は?」

 

 俺は困惑する。"ぎゅーっとして"とか"ナデナデして"とかなら散々聞いてきたし、おねだりしてくる穂乃果は最高に可愛いからいくらでもやってあげてきた。しかし今回はなんか違う。

 "強く抱きしめて"もそうだったが、今日の穂乃果は、なんというか――――

 

「お兄ちゃんに、叩いてほしいの」

 

 俺にいじめられたい、そう言っているようだった。しかし、最愛の妹を叩くなど、暴力的なことはしたくない。

 

「穂乃果、さすがにそれはだめだ。穂乃果を傷つけたくない」

「えっ……」

 

 すごく残念そうな顔をする穂乃果、なぜそんなに残念そうなんだろうか。暴力なんて誰も得をしないのに。

 

「お、お兄ちゃん」

「暴力はダメさ」

「……」

「な、なんでそんな悲しそうな顔するんだよ」

「だ、だってっ、穂乃果は……お兄ちゃんにだから叩かれたいのにっ!」

「っ!?」

 

 "お兄ちゃんにだから叩かれたい"、その言葉には、俺が思った以上の想いが込められているらしく

 穂乃果の目には、少しだけ涙が溜まっていた。

 

 叩くのは、嫌だ。でも――――

 

 泣き顔を見るのは、もっと嫌だ。

 

「ああもう! 分かったよ! 叩けばいいんだろ? 叩けば!?」

「お兄ちゃんっ……!」

 

 俺の言葉に、さっきの涙は嘘のように笑顔になる穂乃果。やっぱ、今日の穂乃果はおかしいわ。でも、穂乃果のお願いなら、仕方がない。

 

「お兄ちゃんっ、お願いっ!」

「ぅ、わかった……」

 

 穂乃果が頭をこちらに向け、目を瞑っている。頭をたたいてくれ、ということなのだろう。叩くだけ、叩くだけなんだ。これは決して暴力ではなくて、穂乃果からのお願いに応えただけなんだ。

 

 俺は、覚悟を決め手を振り上げ、穂乃果の頭を――――

 

「んっ」

 

 撫でた。

 ……やっぱ叩けねえわ。だってうちの最愛の妹だぞ? 覚悟を決めたのもむなしく、ひたすらに穂乃果の頭を撫でる。

 

「……お兄ちゃん、優しいね。」

「そりゃそうだろ、さすがに叩けないわ」

「ふふっ」

 

 穂乃果が笑う。でもその笑顔は、いつもと"色"が違った。

 

「優しいお兄ちゃん、穂乃果は大好きだよ」

 

「あ、あぁ「でもねお兄ちゃん」……なんだ?」

 

 "色"の違う、妙なオーラを放つ穂乃果が、口を開く。

 

「優しいお兄ちゃん、大好きだよ。でもね――――」

 

 

「それだけじゃ穂乃果は足りないの」

 

「もっと、刺激が欲しいの……」

 

「だからお願い――――」

 

 

「いじめて?」

 

 

 "いじめて?"、そう言った穂乃果の顔は、今までに見たことがないくらいに、"大人の女"のそれだった。

 その見たことない"女"の顔をした穂乃果を見た瞬間、俺の中の何かがはじけた。

 

 あの、色っぽい声が聴きたい。

 そう思ってしまった俺は

 

「ひゃんっ♡」

 

 手を出してしまった。

 

「お兄ちゃん……っ!」

「ごめん穂乃果、俺我慢できないわ」

 

 一応、断りを入れ、俺は穂乃果を叩く。

 

「おらっ!」

「あっ」

「これがいいのか!?」

「んっ! ぁ……いいのっ♡」

 

 何度もたたく。

 

「おらよ!」

「ひんっ♡」

「こんなので喜ぶなんて、穂乃果は変態なのか!!」

「あぅ……んっ!」

 

 何度も、何度も。

 

「ふんっ!」

「んぁ♡ お兄ちゃんっ」

「おらぁっ」

「あぁっ♡ ん……もっとぉ♡」

 

 叩いているうちに俺も興奮してきて、徐々に力が強まる。次はもっと強い刺激を穂乃果に……!

 そう思って俺は振り上げた手を、穂乃果の頬に――――

 

 

 

「おお兄ちゃん!?何やってるの!?」

 

「っ!?」

 

 声がしたドアの方を見ると、そこにはもう一人の妹が。振り上げた手は、そのまま。穂乃果は顔を俺に向けて目を瞑っている

 それを見ているもうひとりの妹。

 

 あっ、これ――――

 

「おかあさーん!? 大変なのお兄ちゃんがお姉ちゃんに暴力を~!!!!」

 

 まずいやつだ! 俺は慌てて雪穂を追おうとする。

 

「ま、まて雪穂! これには深いワケがっ!!」

「お兄ちゃぁん♡ もっとぉ♡」

「ああああああああ!?」

 

 追おうとする俺を、目がハートになってお願いしてくる穂乃果に抱き着かれ、思うように動けない。

 

「どけ穂乃果! これには俺の家族内の立場に関わることなんだ!!」

「どけ……うぅん♡ 汚い言葉で罵ってくれるお兄ちゃん好きぃ……♡」

「もうどうすりゃいいんだよこれ!!」

 

 このあと俺は両親に呼ばれ、こっぴどく怒られ、罰として1か月店の当番を任されることになってしまったのだった。

 

「ごめんねお兄ちゃん……」

 

 一緒に怒られた、穂乃果と共に。

 

 

 

「へぇ。お姉ちゃんがそんなことをねぇ……」

「いきなりでびっくりしたわ」

「てっきりお兄ちゃんの趣味なのかと思ったよ?」

「っ……否定、できないっ「おかあーさーん」プリン買ってあげるから許して!!」

「ふふっ、約束だよ? プリン」

「ぐっ、乗せられた……!?」

「えへへ♪ あ、そういえば」

「なんだ」

「さっきね? お兄ちゃんたちが怒られてる間、ずっと希さんたちが外にいたんだよ?」

「……どういうことだ?」

「なんか『実験は成功したみたいやん♪』とか『穂乃果ちゃんの素直なアピール、可愛いっ♪』とか言ってたけど」

「あいつらぜってえ許さねえ!!!」

 

 翌日、俺はμ'sメンバーを全員部室に集め、全力で穂乃果に謝罪させたのだった。みんないわく、東條の薬を穂乃果が飲んだらしいんだけど。

 東條、あいつ一体何者なんだ?

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「お兄ちゃん!漫画読もうよ漫画!」

 

「お兄ちゃん、コーラとオレンジジュースどっちがい?持ってくるよ!」

 

「お兄ちゃんお出かけしよう、ねっ?」

 

「お兄ちゃぁん、穂乃果と一緒に寝ようよ〜……」

 

「ねぇお兄ちゃんってば〜!」

 

 

 今日はやたらと穂乃果が俺を呼んでくる。だが、俺はそんな可愛い穂乃果の呼びかけに反応しない、というかできない。

 

 なぜなら俺は、勉強しているからだ。

 

 

 

「ねえお兄ちゃぁん……」

 

 ひたすら机に向かってペン先を動かす俺に、必死に構ってもらおうと頑張る穂乃果。普段の俺なら勉強道具など放り投げて穂乃果と戯れているだろうが、今日は違う。

 戯れすぎていたがために、課題が溜まってしまったのだ。

 そう、これは自業自得、いくら穂乃果の可愛さに負けて戯れてしまったからとはいえ、するべきことを疎かにしてしまったのはダメだ。

 

 今は夏休み。高校生活最後の夏休みだから遊びたいという気持ちが強いが、受験も控えている中、遊んでいるだけじゃ後で苦しむことになる。

 そう思って机に向かっているのだが、今日に限っていつも以上にしつこく俺に迫る穂乃果、いや違うか、いつも俺が迅速に対応してるだけか。それ故に、穂乃果も不思議に思っているに違いない

 ただ、正直に言うと、今すぐにでも穂乃果に抱き着いてひたすらに穂乃果と戯れたい。抱きしめたい褒めたい可愛がりたい撫でたいお話ししたい。そんな欲望が頭の中を取り巻く。その欲望を一刻も早く取り払いたいがために、俺はひたすらにペンを動かす

 今その1つでも欲望をかなえてしまったら、おそらく課題どころじゃないはずだからな。けじめは大事だ。

 課題は3つあって、その1つはもうすぐ終わる。

 

「むぅ……今日のお兄ちゃん冷たいよぅ」

 

 ちょっとだけ小さくなった声でそんなことを言っている。撫でたい……いやダメだ。

 

「もうっ! そんな宿題なんかと穂乃果、どっちが大事なのっ!!」

 

 そんなの穂乃果に決まってるだろっ!! ……言いたい。

 

「お兄ちゃんがそんなことするんだったら、もう穂乃果怒っちゃうよ!? 激おこだよっ!!」

 

 激おこにさせてごめんな、終わったらめいっぱい遊ぶからな……なんて口に出したら最後、俺は欲望に負けてしまうだろう。我慢だ。

 と、ここで1つの課題が終わる。

 

「っ! お兄ちゃん終わった!? やったっ、じゃあ穂乃果と――――」

 

 そう言い終わる前に、俺は次の課題を取り出す。

 

「あっ……うぅ~、おにいちゃぁん」

 

 少し涙交じりの声で俺を呼ぶ穂乃果。このままではまずい、穂乃果が泣いてしまうし、何より俺が壊れてしまいそうだ。一刻も早く終わらせなければ……

 

 残る課題は、2つ。

 今度の課題はプリント集のようなものだ。しかもこれ、答え付きというなんともラッキーな課題。これは神様が『そんな紙切れごときなぞにうつつを抜かすでない、早く愛しの妹と戯れるのだ』と言ってくださってるのだろう、ありがとう、ありがとう神様。

 俺は神様に感謝しつつ、答えを超スピードで書き写していく……あえてちょこちょこ間違えつつ、な。

 

「おにいちゃぁん、抱き着いていい……? 穂乃果もう限界だよぅ、お兄ちゃん分が足りないよぉ」

 

 穂乃果が何やら言っているのは分かっているのだが、こちらも必死に書き写すことに集中していて言葉を聞き取れない。

 

「うがー! なんで無視するのーっ!!」

 

 何やら吠えながら、後ろから俺をポカポカと叩いてくるが、さすがは優しい我が妹穂乃果。叩くとはいっても頭ではなく肩。これじゃただの"肩たたき"、しかもこれがすごく心地よい。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんってばぁっ!!」

 

 ポカポカポカポカ。

 あぁ~、気持ちいい……必死にプリントに向き合っていてちょうど肩が凝ってきていたところに穂乃果からの肩たたきというサポート。 ただただきついだけのはずのこの課題も、穂乃果と一緒ならここまで違うのか。

 そう実感しながら腕を動かした結果、あっさりとプリント集を片付けることに成功した。

 

 残る課題は、あと1つ。

 

「はぁ……」

 

 さっきまで口を開かずやっていたものの、これには思わずため息。というのも、実は最後の課題が今回の課題たちの中の一番の難問なのだ。

 英語の書き写し、ノート1冊分、これである。

 ひたすらに英文を書き写すだけの課題なのだが、ノート1冊分はさすがに頭がおかしいのではないかと思うわけだ。実はこの課題だけは、あとで苦しむことが目に見えてたからある程度は進めてある。

 だが、それでも残り15ページ、おそらくは3~4時間はかかってしまうのではないだろうか。それまでの間、穂乃果との戯れ合い禁止……? 冗談じゃねえ。

 だけど、やらなければいけないんだ。

 

「うぁーっ!!」

 

 穂乃果は相変わらず俺の肩を叩き続けてくれている。たぶん本人は、これでも"攻撃"してきているつもりなのだろうから、可愛い。

 愛くるしい、抱きしめたい、撫でまわしたい、なんならそのままベッドに横になって2人仲良く眠りにつきたい。

 たまらない。

 

「もう!! お兄ちゃん意地悪!! なんで穂乃果が攻撃してるのに苦しんでくれないの!?」

 

 何やら怒っているらしい。激おこらしい。ぷんぷん丸らしい。可愛い。が、俺はそんな穂乃果を相手にすることもなく課題を進める。

 許せ穂乃果、これで最後だ。

 ……課題が。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 そのあと、相も変わらず穂乃果の肩たたきサポートを受けながらひたすらに課題を勧めたところ、あっという間に残り5ページというところまできた。人間、やればできるものだ。

 しかしここで、穂乃果のサポートが終了する。

 

「……お兄ちゃん」

 

 今度は、またさっきみたいに少しだけ悲しみを帯びたような声になる。ごめんな穂乃果。もうすぐ、もうすぐ終わるから。ちょっとだけ泣きそうになりながらも、俺は変わらず作業を続行する。

 すると、穂乃果が俺の横でしゃがむような動作を取るのが横目で確認できた。

 

「んしょ……ちょっとごめんね」

 

 何をするのかと思えば、俺の足を少しだけ動かして、俺の脚と机の間に潜り込んできた。

 そして

 

「……えへへ、お兄ちゃんが相手してくれないんだったらこうしちゃうもんっ」

 

 俺の太ももあたりからひょこっと顔を出し、そのまま上がってきて俺の太ももの上に座り、向かい合うような形で抱き着いてきた。やっぱり相当寂しかったんだろう、その抱きしめる強さは、いつも以上だ。

 

「やっとお兄ちゃん分吸収できそうだよぉ」

 

 そんなことを言いながら、ギュッと抱き着いてくる。課題やるのに支障が出るかと思ったが、そこらへんはちゃんと考えているらしく、顔は俺の肩の上に、抱き着く腕は俺のわきの下からというように、邪魔にならないような形を取ってくれていた。

 俺も俺で穂乃果を抱きしめたいと思っていたがために、少しだけ助かった。 さっきまで机の上に添えていた左手を、今度は穂乃果を軽く支えるために使いながら、俺は必死に課題に取り組んだ。

 

 

 それから何十分が経ったのだろうか。

 

「っしゃあああ!! 終わったああああああああっ!!!」

 

 あれだけあったはずの課題を、日没前に片付けることに成功した。

 

「あっ!! 終わったの!? お兄ちゃん終わったの!?」

 

 さっきまで抱き着いてきたまま静かにしていた穂乃果が、急に大声をあげて俺を見る。その表情はすごく嬉しそうで、華やかだ。

 

「あぁ、終わったぞ! ついに終わったぞ穂乃果ぁっ!!」

 

 俺も溜まった欲望をついにぶちまけることへの嬉しさのあまり、いつもより大きめな声で穂乃果を呼び、見つめる。すると穂乃果はさっきまでより一層嬉しそうな笑顔を見せ、これまた一層強く抱きしめてきた。俺も欲望のままに、強く抱きしめる。

 

「お疲れ様お兄ちゃんっ!! 穂乃果寂しかったけど、ずっと我慢してたんだよっ」

「あぁ、あぁ……! ごめんな穂乃果。でもこれで最後だ!!」

「やった、やったんだねお兄ちゃんっ!!」

「ああ! やったんだぞ穂乃果!!」

「お兄ちゃんっ!」

「穂乃果っ!」

 

 俺はひたすらに穂乃果を強く抱きしめ、これでもかというほどに撫でまわし、穂乃果を思い切り可愛がる。

 やっと……やっと俺は解放されたんだ。そう実感できる、至福の時間だ。

 

「お兄ちゃんにご褒美あげるっ、んっ♡」

「っ!」

 

 ここで穂乃果からのご褒美"頬キス"、いただきました、ありがとうございますありがとうございます……!

 俺もお返しに穂乃果にし返す。

 

「ぁ……お兄ちゃぁん、さっきのちゅーはお兄ちゃんのためのご褒美なのに……穂乃果もご褒美もらっちゃったよぅ」

「俺のことずっと待ってたんだろう? だったらその待たせてた分のお詫びだ」

「あっ、お詫びかぁ、そっか! えへへっ」

 

 ほんのり頬を染めて喜ぶ穂乃果。あ~、これだよこれこれ! これがずっとほしかったんだわ!! 興奮のあまり、いつもより大きな声で名前を呼びあう。

 

「穂乃果!」

「お兄ちゃん!」

「穂乃果穂乃果!」

「お兄ちゃんお兄ちゃん!」

「穂乃果穂乃果穂乃果!!」

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!!」

 

 穂乃果も俺に合わせて呼び返してくれる

 あぁ、幸せだ――――

 

 

 ダンッ!

 

 

「「!?」」

 

 突然の大きな音に2人して驚く。その大きな音がした方を見る。

 

 そこには……

 

「なーにしてるのかなぁ、お兄ちゃん、お姉ちゃん?」

「「ひっ!?」」

 

 鬼の形相。

 我が妹、雪穂降臨。

 

 音の正体は俺の部屋のドアを思いっきり開いたときの音だったらしい。そして、この雪穂の表情を見るに……

 

「2人ともそこで正座しろおおおおおっ!!!」

「「はっはいいいいいっ!!!」」

 

 隣の雪穂の部屋で、雪穂も夏休みの課題を片付けていたらしく、いつも以上に声を荒らげて怒っていた雪穂。

 結局そのあと、2時間ほどこっぴどく怒られました。

 

 ごめんな雪穂、これで最後だ。

 

 


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