ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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執筆当時、原作9巻までの情報で書いていたため法国トップ層の設定はデタラメです。
ご容赦ください


第九話:法国の場合

 スレイン法国、神都。荘厳な神殿や聖堂などの宗教建築物が立ち並ぶ白き都。

 その中でも一際大きな敷地に神殿の他、背の高い建物を幾つも内包するこの国のシンボルと言っても過言ではない立派な大聖堂があった。

 

 六大神のうち死の神スルシャーナを崇拝する聖地であるのと同時に、政治、経済、教育、福祉、それら国家運営の中枢機関のひとつ。と、国内外の一般人からはそのように知られている。

 だがそれらは表の顔でしか無い。

 その本当の姿はスレイン法国最強の名を持つ“六色聖典”がひとつ、“漆黒聖典”の本拠地であり、五柱の神の装備が眠る真の聖域である。

 

 ごく少数の者しか立ち入ることが許されていない区画にある一室。

 四方は厚い壁に囲まれ、窓ひとつない空間だが、牢獄のような湿った寂しい雰囲気は微塵も感じさせていない。むしろ側壁に等間隔で取り付けられた豪華な装飾が施されたランプは、〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉によって白色の光を放ち、ここが屋外かと疑うほどだ。僅かな闇をも残さず照らしだされた部屋の床には柔らかな絨毯が敷かれ、天井からは照明としてよりも見栄えだけを目的にしたようなシャンデリアが吊り下がっていた。そして部屋の中央には磨き上げられた大理石のテーブルが鎮座する。

 

 部屋は静寂が支配していた。待機する給仕や警護の従者達は微動だにせず、これからこの部屋に訪れる最高位の者たちを、調度品の一部であるかのようにただ待ち続けている。

 永遠に時が止まったかと錯覚した頃、重厚な両開きの扉が外側から開け放たれた。

 立派な司教冠と祭服を身にまとった男が入室する。男は部屋に設けられた祭壇に一礼し席に着く。後から入室した似た格好をした者達も同じように席に着き、総勢6名の男女がテーブルを取り囲んだ。

 その中の代表らしき人物が一同の顔を見渡し、声を上げる。

 

「では、神官長会議を始める。まず、件のバードマンについての報告を」

 

 数日前に国家存続危機レベルに設定された議題だ。寝耳に水の事態に、この場に集まっている神官長達は寝る間も惜しんで奔走していたに違いない。その証拠にどの顔にも大きなクマを作り、頬をやつれさせている。しかし、憔悴こそしているものの、その瞳に絶望の色は見えない。今回は緊急の招集ではなく、定時による会議開催だったということは、つまりそういうことだろうと理解しているからだ。

 

「はい。国境付近に重点を置いた国民への聞き取り調査ですが、バードマンの姿はおろか何ら異変も認められませんでした」

「同じく、近隣国家の内通者からも有力な情報は得られていません」

鷲馬(ヒポグリフ)飛行騎獣隊による捜索でも発見には至っておりませんな」

 

 皆一様に成果が上がっていないことを報告する。だが、それは好ましいことでもあった。

 スレイン法国の国境に近い、王国領カルネ村に現れた〈焼夷(ナパーム)〉をも行使するバードマンの発見。この報告によってバードマンの集団、一族、いや国家が人間の領域に攻め込んでくる前兆という最悪の事態を想定していたのだ。

 

「土の巫女姫による遠隔視はどうだ?」

「うむ。見えてはおらぬのだから確証は得られんのだが、存在はそこにあるようじゃ……」

 

 年配の土の神官長の釈然としない回答に一同は眉を顰めた。

 

「すまぬ。説明が足りなんだな。件のバードマンが発見されたカルネ村を中心に今日まで監視を続けさせておったが、結局その姿を捕えることは出来んかった。しかしじゃ、すぐ隣に誰かがいるような不可解な行動をとる村人の姿を何度も確認しておる。まるでそこに、こちらからは見えない何かがいるようにのぉ」

「ふむ。……つまり、何かしらの隠蔽魔法を用いて監視の目を欺いていると」

「そう結論付けて良いと儂は考えておる」

 

 周囲から「なるほど」と理解の声が上がるのと同時に、驚愕と困惑も混ざる。

 それもそのはず。

 大儀式によって土の巫女姫が行使した魔法は〈魔法上昇・次元の目(オーバーマジック・プレイナーアイ)〉。第8位階にある最上位の調査が可能な占術魔法だ。この魔法で見通せないものなんて、神の領域以外に無いと考えられていた。

 それに一人残らず殺され、喰われていてもおかしくないと想定していた村の様子は、危害を加えられるどころか村人と交流しているようだと言うのだから常識が追いつかない。

 

 ともあれ、ひとまずの危機は去ったと判断した進行役の男が、これからの対応について議題を移そうとしたところで、頭の上に雷を落としたような激しい音と振動が会議室を襲った。

 天井から吊るされたシャンデリアが大きく揺らぎ、パラパラと塵が落ちてくる。

 

「何事だ!? 状況を確認しろ!」

 

 即座に周囲に指示を飛ばし、神官長達は各々得意な防御魔法、索敵魔法を展開していく。

 物理的にも魔法的にも、内外の音を完全に遮断された会議室では考えられない状況だ。あり得るとすれば、この建物が直接攻撃された場合。

 通路からは神官長達の身を案じた衛兵達がなだれ込んでくる。

 

「ご無事でしたか!」

「ああ。それより何が起きたか説明せよ」

「申し訳ございません、原因は不明です。今のところ敵と思しき姿は確認されていま──うおッ!?」

 

 今度は爆発音が、開け放たれた扉を通じて激しく空気を震わせた。

 スレイン法国の心臓部とも言えるこの場所を、神官長が一同に会したこのタイミングでの襲撃。そして現在進行形で議題に挙がっている内容を考えれば、その場にいた誰もがひとつの答えに行き着いた。

 

「漆黒聖典を厳戒態勢で警護に当たらせろ! 陽光聖典の監視は現時点をもって解除……よろしいですかな?」

 

 神官長達一同は頷き、反対の声は上がらない。

 

「では、陽光聖典には周囲の情報収集を優先させて出撃させろ!」

「「ハッ!」」

 

 伝達を請け負った衛兵が即座に踵を返して走り去るのを見送ると、神官長達もより安全な場所へと移動を開始する。

 現在、神都に残る六色聖典は2つ。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の復活に備えて待機していた漆黒聖典と、今回の厄災の一報を告げに戻った陽光聖典だけだ。

 しかし、帰還した陽光聖典の隊員達は軟禁状態にあり、24時間体勢の監視が付けられることになった。

 ガゼフ・ストロノーフ抹殺任務の失敗──それを誤魔化すための虚偽の報告と疑われたことが一点。しかし、上層部とて本気で疑っている訳ではない。ただでさえ信仰の厚い彼らが神の名に誓って、そんなつまらない嘘をつくはずがない。

 最も恐れていたのは、虚偽の情報を植え付けられたか、精神支配を受けている可能性。陽光聖典のエリート神官を45名も同時にだなんて、馬鹿げた話だ。しかし、侮るわけにはいかない。

 300年前〈伝言(メッセージ)〉を信頼し過ぎたことによって、ひとつの国が滅んだことがある。少ない虚偽の情報から都市間紛争に発展し、そこにモンスターの襲撃、亜人の侵攻が重なったことが原因の悲劇である。

 それだけ魔法と情報の扱いには慎重を期すべきなのだ。先入観に囚われ、楽観的な思考しか出来ないほど、スレイン法国は愚かな国ではない。

 

 外周を衛兵に囲まれ移動する中、屋外の静けさを不審に思う。

 盛大に破壊工作が行われているものだと考えていたが、外の様子を眺められる通路に差し掛かった時、良い意味でその予想は裏切られた。

 展望できた景色は平穏そのもので、まるで先程の経験は夢でも見ていたのかと錯覚するほどだ。

 

「神官長様……番外席次を除く漆黒聖典各員、所定の配置にて警護に入りました」

 

 音もなく現れた男は跪き、静かに報告する。長く伸ばされた射干玉(ぬばたま)の髪は床に垂れてもなお美しい。この場にいる者が漆黒聖典隊長と知らなければ、その中性的な容姿も相まって男だとは判断出来ないだろう。

 

「──君は、この事態をどう見るかね」

「はい。上空のアレが囮で無いのであれば、直に終息するかと思われます」

 

 視線に連れられ空を仰ぎ見ると、晴天の青空を背景に2つの影が飛び交っていた。

 〈鷹の目(ホーク・アイ)〉で強化した視界に映るのは逃げるバードマンと、それを追う少女。

 

「なっ!? ”絶死絶命”が何故!」

「どうやら、この区域に立ち入ったところを彼女が発見したようですね」

 

 身勝手な独断行動に一抹の苛立ちを感じずにはいられない。

 

「聖域の守りはどうなっている!?」

「セドランとボーマルシェが警戒に当っています。他に侵入者も確認されていません。それに……」

 

 男は神官長から再び上空に視線を移して告げる。

 

「それに、相手が単騎なら彼女こそ最適でしょう。……どうやら勝負が着くようです」

 

 ──バキィイン

 

 空間をも切り裂く”絶死絶命”の一撃必殺の武技が炸裂した。

 周りからは「おおっ」という声が漏れ出る。

 人類の最強の守り手である彼女が負けるだなんて毛ほども思ってはいなかったが、こうして戦いが終わったことに安堵し胸をなでおろす。

 

 しかし──何かがおかしい。

 両断された死体が落ちてこないばかりか、光る輝きの中に倒されたはずのバードマンの影が見える。

 そして少女はその敵を前に何もしていない。

 隣の仮面のような無機質だった男の表情にも焦りが浮かぶ。

 

「くっ! 〈伝言(メッセージ)〉……駄目だ通じない!」

 

 視線の先のバードマンはおもむろに突き出した腕を少女へと向ける。

 今まで戦域だった大空には無数の矢が滲み出るように現れ、そして──放たれた。

 

 火炎、雷、爆発、それらが少女を中心に巻き起こり、地上に熱と轟音を撒き散らす。

 それは大空に巨大な一輪の花を咲かせたような美しい光景だった。

 

 

 

 

 

 見惚れてしまったかのように誰もが呆然と立ち尽くす中、漆黒聖典第一席次、隊長と呼ばれる男は即座に動き出す。

 残光が空に尾を引くその切れ目、落下していく少女の姿を捉えたのだ。法国の切り札でもある彼女を今、失うわけにはいかない。

 

 電光石火の疾走は、塀を飛び越え屋根の上を走破し、落下地点へとたどり着いた。

 携えていたみすぼらしい槍を地面に放り、両手で少女を受け止める。傍から見ている者がいたら、遥か上空から急速に地面に叩きつけられた少女と共に、ペシャンコになるところを幻視してしまったことだろう。

 しかし実際は、男を中心に空気の波紋が生じただけで、少女の身体はフワリと両の手の中に収まった。それは落下の衝撃をその身ひとつで相殺するという驚異的な身体能力が成した技。

 

 男は横抱きにした小さく軽い少女の身体を見下ろす。

 黒くすす汚れ、全身に軽い火傷を負っているようだが、五体満足でいるその姿にホッと息をつく。しかし、その瞳はどこか虚ろで焦点が定まっていないようだ。

 

(やはり、敵を前にして様子がおかしかった原因は精神攻撃か……。彼女にまで影響を与えるとは信じられん)

 

 まさか真なる神器と同じ物が……と、思考の渦に飲み込まれそうになるが、即座に頭を切り替える。バードマンの姿も気配も消えてしまったが、こちらを狙っている可能性は非常に高い。今はいち早くこの場を離脱し、彼女を神官の元へ運ぶことが優先だ。

 落とさぬようにと、抱き上げる腕に力を込めた瞬間、目の前に拳が叩きこまれた。

 

「──ぐはっ!?」

 

 全く予期できなかった攻撃に耐えかね、後へ大きく飛ばされるのと同時に、腕の中の少女を取り落としてしまう。

 

「おい。なに勝手に触れてんのよ?」

「うぐっ……何をするんですか!?」

 

 殴りつけたのは腕の中にいた少女だった。

 彼女は悪びれる様子もなく、反感を完全に無視して遠くを眺めている。

 

「……意識が戻ったようで何よりです。一先ずここは退きましょう」

「あの()()なら、もうここには居ないわよ。それよりどこの村と言ってったっけ?」

 

 ──あの御方だと?

 

「……貴方ほどもあろう者が、本当に精神を支配されるとは思いもしませんでしたよ」

 

 片足で槍の柄を蹴り上げ手に取ると、敵を前にするかのように腰を落とし、槍先を向けて構えをとる。

 

「何を言っているの? 支配なんてされてないわよ。あ、でもそうね。病には罹ってしまったかもね。ふふっ」

 

 全く似つかわしくない態度だった。同じ部隊に所属し、短くない付き合いの中で、彼女の性格はよく理解しているつもりだ。見た目の少女らしい可愛さと裏腹に中身は全くの別物だということを。

 他人どころか身内の生死にも無関心。喜びをただ強者との戦いの中でのみ見出し、そして無慈悲な死を与える存在──”絶死絶命”

 

 それがどうしたことだろう。

 目の前には、赤らめた頬を両手で覆い「きゃーきゃー」と悶える、見た目相応の少女がいた。こんな姿は自分は疎か、歴代の神官長達ですら見たことはないはずだ。

 100歩譲って〈魅了(チャーム)〉が掛けられたなら、そのような姿を見せる事もあるかもしれない。だが術者はここにはいない。

 〈支配(ドミネート)〉であればどうか。通常は感情の抜け落ちた、ただの人形のような無機質なものになる。少なくともこんな180度性格が変わることはあり得ない。

 

「ねえ、信じられる!? 私の武技に耐えただけじゃなく、あんなに激しいのを食らったの初めてだわ!!」

 

 鼻息荒く、まくし立てる少女の瞳に先程までの虚ろな影はない。むしろ喜色に染まり爛々としている。

 更には「どうしよう。私より強いなんて……力ずくで組み伏せられて……痛いのかな? きっと痛いわよね! ひゃぁー」などと、ピンク色の吐息混じりに下腹部に手を当てだす始末。

 なるほど、これは重症に違いない。彼女の妄想はだいぶ遠くの方まで行ってしまい、戻ってくる様子はなかった。

 

「隊長」

 

 そこへ優しげな微笑を湛えた男が歩み寄る。

 

「……クインティアか。状況は?」

「はい。件のバードマンは南へ飛び去り、追手をかけましたが……振り切られたようです。また、周囲に敵影はありません」

 

 クインティアと呼ばれた男は静かに報告する。その背後には、彼が召喚した魔獣だろうか。飛竜(ワイバーン)がバサバサと降り立った。

 

「そうか、再度の襲撃に備えて守りを──あ、ちょっ。どこへ行くんですか!」

「決まってるじゃない。あの御方を追うわ」

「自分の立場をお忘れですか? それに今まで姿を隠していた村と、まるで反対の方角です」

「……」

「いずれにせよ、あの場所を狙ったということは、そこに目的があったのでしょう。探さずとも意外とあちらから現れるかも知れませんよ」

「……そう。わかったわ。けど、見つけたらすぐに知らせなさい」

 

 どうやら彼女は納得してくれたようで、本来自分が守るべき聖域へと戻っていった。「もしかして……私を狙って? うふふっ」という呟きを残して。

 

 取り残された男二人は顔を見合わす。

 

「隊長、あれは……誰です?」




12/19
色々と微修正
話の大筋に変更はありません


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