夜の帳が下りて、辺りはすっかり闇に包まれた。
謎の集団が去っていくのを十分確認したペロロンチーノは再び村へと舞い戻る。
村の中央では真剣な表情の戦士長と村長が何やら話をしている。どうせ内容は村で何が起こったか、そしてあのバードマンは何者なのだ、という辺だろう。
もういい加減、他人から自分がどんな風に見られるのかが大体分かってきた。
ペロロンチーノが近寄るとガゼフは村長との話を切り上げ、改めてペロロンチーノに頭を下げる。
それにしても、こうして間近で見てみるとなんともイイ男だ。
日に焼けた彫りの深い顔立ち。その黒い瞳には鋭い剣の輝きが宿っている。
他の隊員達もそうだ。鼻筋はよく通り、ほとんどが金髪碧眼。どこぞの映画俳優だと言われても頷き、男であっても見惚れてしまうのは仕方がないことかもしれない。
それがこの世界の水準なのだろう。村人達だって一様にして皆整った顔立ちをしているのだから。
ペロロンチーノに残る僅かな人間の残滓が少し嫉妬しているような気がした。
だが、なにも男に限った話ではない。エンリ・ネム姉妹だってかなりの可愛さだ。鬱々とした気分が一転、まだ見ぬ美少女たちへの期待で胸が高鳴るのだから現金なものである。
どうやらガゼフらは騎士の全身鎧の一部を回収して、これから村を発つらしい。
なんでも、「すぐに立ち去るという約束をしたからな」ということだった。
(そんな約束しましたっけ?)
ともあれ、そんなガゼフ一行の後ろ姿を見送った後、村長が口を開く。
「ペロロンチーノ様……あまり綺麗とは言えませんが、空き家をご用意出来ました」
◇
村長が用意してくれたのは村の外れにある暫く誰も住んでいなかった家だ。集落の中心から遠く離れているのは、やはり心理的に近くで寝起きしたくないというものなのだろう。
まあ、そんなことは気にしない。そんなことよりも、さらにひとつ村長に頼んだことがあった。
夕飯もご馳走になることになったのだが、それをエンリとネムの二人に持ってきてもらうように、さり気なく、ごくごく自然にお願いした。
本当の狙いはそっちにあったなど誰も気付くまい。
食事が届くまでまだ時間がある。暫し姉妹の攻略法について考えてみるとしよう。
まず一言に姉妹と言っても、その形態は千差万別である。
ペロロンチーノは目を閉じると脳内データーベースへ静かにダイブしていく……。
やはり基本となるのは、主人公を挟んで年上の姉と年下の妹だろうか。この場合メインヒロインは同級生が別にいて、姉妹はサブヒロインとなる。
次に3姉妹。長女がおっとり、次女が同級生でツンデレ、三女がクーデレ。このパターンは姉妹要素を全面に押し出しているタイトルによく見られるのではなかろうか。
勿論、双子や三つ子も忘れてはならない。見た目が同じようでも中身が全く違うのはもはや定番である。
関係のあり方も様々で、オーソドックスで言えば級友や幼馴染の姉妹。
はたまた、再婚した親の連れ子の姉妹、つまり義理の姉妹。
捻りがないが、実の姉妹。(姉がいる身としてはなかなか認め難いところではあるが、有りか無しかで問われれば、エロゲでなら有りだ。大有りだ)
余談だがペロロンチーノはオールジャンルプレイヤーである。
しかし、その中でも姉妹モノはよく選ぶ傾向にある。それはなぜか──
妹というのはぶっちゃけロリ要素の塊だからである。しかし、だからといって妹属性を蔑ろにしているわけではない。「おにいちゃん」とか「にぃにー」とか呼ばれたい。「バカお兄ぃ」でもいい。その響きは荒んだ心を浄化し、自然と笑顔を作らせる素晴らしいものだ。
では、妹属性=ロリが成り立つかと問われれば、もちろんそれは否である。共存している場合も多いが、似て非なる別物なのだ。
と、まあ。姉妹というのは、エロゲを語る上で切っても切れない要素の一つであると言えよう。
そして何より、姉妹の魅力はドンブリである。分かりやすく言うなら、姉妹丼だ。
嗚呼、話が脱線してしまう。
今、考えるべきはエンリ、ネム姉妹のことだ。
しっかり者で気丈な一面を持つ姉のエンリちゃんと、まだまだ甘えん坊でいつも姉の後をついていくネムちゃん。
そんな二人に一致した作品が確か合ったはず……
そう、それは──夏休み、親の実家へ一人帰省した際に出会った近所の姉妹達との甘い物語──
作品自体は数あるタイトルに埋もれてしまうような良作とも駄作とも言えない、ごく普通なものだ。
ペロロンチーノはいつものように妹ルート、姉ルート、さらには従姉妹ルートを滞り無く消化していった。
残すシーンもあと少し。だがハーレム姉妹丼エンド、これが難関だった。
基本的にいずれか一人のキャラにターゲットを絞れば、エンディングまで辿り着くことは容易だ。
しかし、ハーレムを狙うには絶妙なさじ加減が必要になる。単純に八方美人に振る舞えば、結局誰にも相手にされなくゲームオーバーとなるからだ。
ことは慎重に運ぶ必要がある。ペロロンチーノは脳内の更に深い記憶を漁っていく。
……人懐っこい妹を先に籠絡した場合、妹の幸せを願う姉は身を引いてしまった……。
……まずは姉ルートを盤石なものとした後に妹にフラグを立てる。これだ。
つまり先に攻めるべきは姉、エンリちゃんだ! ペロロンチーノは強く確信した。
そこまで思考を巡らせた時、部屋の扉をノックする音が静かに響く。
「どうぞ!」
「し、失礼します……」
慌てない。慌てない。高鳴る衝動をぐっと抑えて、ここは大人な振る舞いをしなくては。
命の恩人、村を救った救世主という立場を使えば無理やりに従わせることはできよう。
しかしだ。仮にも紳士の端くれと自負しているペロロンチーノにとって、それは避けたい。
目の前に現れた少女と幼女は両手にバスケットを下げ、その中に干し肉やパン、蒸かした芋が入った容器が覗いている。
体を清め着替えをしたのか、流石に最初に会った時のような、血の芳しい匂いや鼻にツンとくるようなあの臭いはもうしなかった。
結局のところ、エンリとネムの両親は既に殺されていたため助けてやることは出来なかった。
葬儀の後も泣き腫らしたのか、その目は軽く充血している。
「あの……お食事をお持ちしました」
「ありがとう。あ、ところで二人はもう食事を済ませたのかな?」
「……いいえ。まだです」
テーブルの上にバスケットを置いた姉のエンリは、入ってきたドアの前までそそくさと戻りながら答えた。
まずい。ここで帰してしまっては計画が全て水の泡だ。
「そ、そうだ! なら、一緒に食べないかい? 一人で食事をするのは……その、寂しいものだし」
村の恩人に提供される食事とあって、昼に村長宅で振る舞われたものと同様に、見た目はともかく十分な量がある。村の生活水準から察するに、普段食べるよりも豪華な食事であるといえるだろう。
そんな誘惑に先に食いついたのは姉エンリではなく、妹のネムだった。
「食べていいの!?」
反射的にエンリが「ネム、止しなさい」と窘めるが、目の前の美味しそうな匂いには耐えられなかったようだ。
「もちろんだよ! さあエンリちゃんも一緒にどうぞ」
食卓を囲み、色々な話をした。
普段の食事のことから、畑仕事の内容、森に入って薬草を採ることもあるらしい。
特に娯楽もなく、一生のほとんどを村の中でずっと過ごす生活というのは寂しく、少し気の毒にも思えた。
しかし、昨日までのペロロンチーノの生活とどっちがマシかを考えると悪くない気持ちもしてくる。
そしてエンリやネムの小さい頃の話になった時だった。
両親のことを思い出したのか。いや、考えないようにしていたのだろう。感極まり、エンリの頬を涙が伝う。
ペロロンチーノはおもむろに空間からハンカチを取り出すと、その手をゆっくりとエンリの顔に近づけた。
目の前に迫る鋭い爪に、エンリは一瞬驚いてびくりと肩を震わせたが、すぐに意図を理解しハンカチを受け入れる。
ペロロンチーノは不器用ながらも、優しく頬の涙を拭ってやった。
「ありがとうございます。ペロロンチーノ様……」
その表情には緊張と驚きと、そして笑顔があった。
(エンリちゃんかわぇぇええ)
「……やっと笑ってくれたね」
くっさい。実際口に出してみるとなんて恥ずかしいセリフなのか。身悶えしそうになる。
しかしエンリは、その言葉にさらに笑顔で返した。
(いい。実にいい娘です)
ペロロンチーノはハンカチをエンリの手に握らせると、そのまま空いた手をエンリの頭にのせ優しく撫でてやる。
完璧だ。頭ナデナデは攻略の基本。今まさに親密度ゲージがぐんぐん上昇している頃であろう。エロゲでならそうだ。
(いや待て……ユグドラシルの能力が引き継がれているのだから、エロゲという要素も組み込まれていてもおかしくないのでは!? 実際、この世界に来る直前までやってたのはエロゲなんだし)
そんなことを頭の片隅で思いつつ、傷つけないように優しく撫でていると、嗚咽する声が聞こえてくる。
「うぐっ……わたし……あの、ごめんなさい……」
エンリは泣き続けた。一度は止まった涙だったが、再び止まることはなかった。
そんな様子を眺めながら撫で続けていると、脚に何かがしがみつく感触が──ネムだ。
なんということだ。ついついエンリちゃんに夢中でネムちゃんをなおざりにしてしまった。「ネムちゃん、あのね。お兄さんはエンリお姉ちゃんをいじめているわけじゃないんだよ」と弁解するまでもなく、はたと気づく。甘えたいのだ。そして、自分も撫でて欲しいと涙目が訴えている。少なくともペロロンチーノにはそう見えた。
どのぐらいの時間が経っただろうか。日中はポカポカと日差しが温かいが、日が沈むとまだ肌寒い。そんな時期だ。
ネムは泣きつかれ、今はペロロンチーノの温かい羽毛に包まれ膝の上でぐっすり眠っている。
エンリもその温もりを感じる腕に抱き寄せられ、ペロロンチーノに体を預けている。
面前に広がる光景に息を飲むペロロンチーノ。
股の上には小さく丸まった小動物のようなネムの重みがしっかりと感じられる。
そして腕に抱えられたエンリの息遣いは妙に色っぽい。
この状況で色々と奮起してしまわないペロロンチーノはここにはいない。
しかし──
「だいぶ遅くなってしまったね。家まで送るよ」
最後にもう一度頭を撫でてやる。顔を上げたエンリの頬は仄かに赤みが差していた。少なくともペロロンチーノにはそう見えた。
◇
姉妹を送り届けたペロロンチーノはひとり振り返る。男ならあそこはいくべきだったか。
──いや。傷心した乙女を勢いで押し倒すなんて無粋な真似は出来ない。あれで良かったんだ。チャンスはまだある。そんな今だ興奮冷めやらぬ己を慰める。
そしてペロロンチーノの長い一日がようやく終わったのだった。
12/19
色々と微修正
話の大筋に変更はありません