ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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第二話:少女と幼女

 空を翔けるのがこんなにも気持ち良いだなんて。

 

 もし自由に空を飛べたら──なんて、誰しも一度は考えることだろう。

 しかし、人の身のままでは乾燥で目は開けられず、呼吸は苦しく、高高度の寒さに耐えることはできない。確かに、ゴーグルを付け、ボンベを背負い、防寒具を着こめば、その問題は解決するかも知れない。

 でもそれは本当に自由に飛べると言えるのだろうか。

 

 声を大にして言いたい。

 生身で。この身一つで空を翔けるのが最高に素晴らしいんだ、と。

 

 ペロロンチーノは絶頂の最中にいた。雲を突き抜け、上空の気流を全身で捉え旋回する。そして雲の隙間を縫うように急降下を繰り返す。

 全てが新鮮だった。仮想現実でもこの手のフライトシミュレーションは人気だったが、この圧倒的リアルさの前ではやはり玩具だったと言わざるを得ない。

 

 5度目の急降下からのカット・バック・ドロップターンを決め、再び上昇しようとした時、視界の端に下界の開拓村のようなものが映った。

 

「ふぅ。やばいなコレ! それはそうと、村かー……NPCならいるかな?」

 

 もしユグドラシルが現実化した世界であるのなら、あのような見すぼらしい村にはきっと村人Aや村人B、といったNPCが居て、これからの冒険の方向性を示すヒントが得られるのではないかと思ったわけだ。

 翼で風を受けゆっくりと滑空しながら村に近づいていくと、やがて喧騒で慌ただしい村全体の様子が目に飛び込んできた。何かのイベントが発生してるのか。まずは事態を把握するために風下に回り込み、村から離れた大木の上に身を潜ませた。

 

 そこでペロロンチーノが見たものは残忍な殺戮だった。村人と思しき人々に、全身鎧で武装した騎士風の者たちが手に持った剣を振るっている。村人はなんの抵抗手段も持たないのだろうか。一人、また一人と切り倒され、その度に鮮血が、血飛沫が上がる。

 

 まるでリアルだ。追い立てる騎士も、逃げ惑う村人も、とてもプログラムされたものには見えない。

 そんな光景を目にしながら、ふと、ペロロンチーノは戸惑いを覚える。なぜ平然と見ていられるのだろう、卒倒していてもおかしくないはずなのに、と。

 それだけではない。僅かながらこの周囲にも血の匂いが漂って来ている。本来なら吐き気を催すところだろう。しかし逆に、食欲が掻き立てられるのだ。

 人間を食料と見なすバードマン、そのアバターに身を扮しているだけで、自分は人間であるはずなのに。

 

(俺は人間を止めてしまったのか……?)

 

 頭では理解できないが、心では理解しつつある自分自身に悶々としている間にも、村内では刻一刻と血の匂いが濃くなっていく。

 

 村全体を俯瞰できるこの位置からは騎士たちの動きがよく把握できた。

 騎士達は村の外周から村の中心へ村人を追い立てるように連携し、徐々に包囲を縮めようとしているようだ。さらにその包囲から漏れた村人を仕留めるため、見張りの騎士達も配置している周到さ。その手際はよほど繰り返してきたものなのだろう。

 しかし、暴れる騎士たちの剣速や身のこなしを鑑みるに、どうにも強そうには見えない。とはいえ相手の強さが明確で無い以上、下手に手を出すこともあるまい、と傍観を決め込んでいると──

 

 

 

 

 

 

 

 

「なめないでよねっ!!」

「ぐがっ!」

 

 カルネ村の村娘、エンリ・エモットは必至の覚悟で騎士の兜に拳を叩き込む。骨も砕ける勢いで放たれた不意の一発は、逃げるための僅かな時間を稼ぎ出すはずだった。だが、無情にもすぐに振られた剣によって背中を切られその場にうずくまってしまう。

 エンリは眼前で再び振り上げられた剣を鋭く睨む。

 しかし、エンリは理解していた。数秒後にはその剣に引き裂かれ死ぬことを。そしてそれに抗う術は何も無いということを。

 だけど、せめて幼い妹のネムだけは逃がしてやりたい。思いつく手段は自らの肉体で剣を受け止め、抜けなくするという最悪な最終手段のみ。

 それでも、やるしかない。来るであろう痛みへの恐怖で瞼は固く閉ざされた。

 

 トスッ──

 

 命の危機を前に脳が活性化されたためか、やけに間延びして感じられる時間が経過した後も、剣は振り下ろされてこなかった。

 恐る恐る瞼を開けてみると、やはりそこには先程の騎士が剣を振り上げて立っている。

 しかし、微動だにしない騎士の胸には斜め上方から黒い瘴気が漂う矢が刺さっているように見えた。

 

「おいっ! どうしたんだ」

 

 石像のように動かなくなった騎士を不審に思い、二人目の騎士が駆け寄ってくる。そしてその肩に手を置くと、そのまま傾き始め──けたたましい音と共に、全身鎧の騎士は剣を振り上げた姿勢のまま大地に転がった。

 

「お、お前! 何をしたぁぁあああっ!!」

 

 驚愕と混乱の表情が張り付いた騎士は、慌てて姉妹から距離をとり、剣を構え直しながらも横目で倒れた仲間の様子を伺おうとする。

 

 トスッ──

 

 再び、羊皮紙に穴が開くような音がしたかと思うのと同時に、全身鎧の騎士は青白く発光する。光は即座に薄れ、二人目も大地に転がった。鎧の下の肉体が焼け焦げ、異様な臭いが微かに漂う。

 

 弓矢による狙撃。カルネ村にも弓の使い手はいるが、せいぜい小動物を狩れる程度である。それに対して、胸への一撃で騎士の全身鎧を撃ち抜くなんて相当な手練に違いない。

 だけど、二人目の脳天に突き刺さった矢……それにあの光は一体何なのだろうか。

 

 頭がクラクラする。血を流し過ぎたのかもしれない。背中の痛みがズキズキと、もう休めと訴えてくる。

 

(せっかく助かったのに、もう駄目かも。ごめんね、……ネム)

 

 エンリが意識を手放そうとしたその瞬間、風が大地に叩きつけられ、一つの影が舞い降りる気配がした。

 

「ひぃっ」

 

 ネムから小さく震えた声が漏れ、しがみつかれた服が強く引かれる。そんな妹の怯えた様子に応え、まどろみの意識の中から無理やり覚醒すると、そこには──

 

 それは、背中に2対4枚の鷲のような翼を持ち、人間のような骨格を有していた。

 しかし、全身は白い羽毛で覆われ手足には鋭い鉤爪。そして立派な嘴が顔に生えている。

 獰猛な視線が姉妹を襲う。顔、首筋、胸元、胴周り、臀部、大腿部、脹脛そして足先。全身を舐めまわすようなネットリとした視線だ。さながら今晩の食卓に見合うか値踏みしているかの様に見えた。

 人外のモンスター。絶対的強者。人間の捕食者。

 ──直感してしまった。対峙したら最後、生きては帰れぬモノだと。

 

 悟ってしまったからか、股間が濡れていく。呼び水のようにネムも併せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちら側に向かってくる4つの気配に意識を集中する。

 

 先頭を走るのは、年の頃15歳といったところか。少女は胸元ぐらいの長さに伸ばした栗毛色の髪を三つ編みにしている。日に焼けた健康的な肌は恐怖のためか血の気が引いている。黒い瞳には涙を浮かべていた。

 少女に手を引かれる幼女──10歳といったところか。幼女は赤茶色の髪をおさげにしており、少女と同様に黒い瞳には涙を浮かべている。今にも足がもつれて転んでしまいそうだ。この二人は姉妹なのだろう。

 内角と外角の際どいところではあるが……もちろんどちらもストライクゾーンである。

 

 後ろに続く追跡者は騎士が二人。その手には血に濡れた剣。嫌がる少女と幼女を追い回すなんて、紳士の風上にも置けない輩達だ。

 

 そうこうするうちに姉妹はバランスを崩して転びかけるが、なんとか持ち直す──が、その隙に目と鼻の先までひとりの騎士が距離を詰めようとしていた。

 

 《上位狩猟具作成 死毒の矢(デスパライズ・アロー)》 《精密射撃》 《遠隔痛撃》

 

 すぐさま一日に10本しか生成できない死毒の矢(デスパライズ・アロー)を弓に番え、更に命中性能やクリティカル率が上昇する特殊技術(スキル)を発動させる。

 この矢はクリティカル発生時に即死効果を与え、例え即死を免れても麻痺の追加効果を付与する、初手として使い慣れた矢だ。もし抵抗(レジスト)されるようであれば、メイン装備が無い現状、即刻離脱を考えている。

 

 いざ射ようというところで、少女の可憐な怒鳴り声が響く──

 

「なめないでよねっ!!」

 

 なんと、騎士の頭に一発叩き込んだのだ。思わず「おおっ」と感心してしまう。

 しかし悲しいかな。少女の渾身の一撃はダメージを与えるまでには至らなかったようで、すぐに反撃を受けてしまった。

 あんな、か弱い少女が格上の騎士に挑んでいるというのに、自分はなんて弱腰なのだろうか。思惑が外れたら姉妹を置き去りにして逃げ出そうとしてた、己の矮小さを反省しつつ、必殺の気合を入れ直す。

 彼我の距離600m──構え──そして射る。

 

 結果は当然の死であった。小さく拳を握って手応えを噛みしめる。そこに人を殺めたことに対する感慨は何一つない。

 お次は──と。

 

 《下位狩猟具作成 電撃の矢(ライトニング・アロー)》 《弾道予測》 《曲射》

 

 腰をぐっと落とし、上体を反らして、弓を上空に向けて引き絞り──そして射る。

 風の流れまで把握しきった射線は大きな弧を描きつつ、騎士の頭に突き刺さる。

 

「よしっ! ツーストライク!」

 

 だいぶ余裕がでてきた。

 もちろん今の騎士がたまたま弱かった可能性は十分にある。しかし目測で感じ取った実力との差異に狂いはなかったように思える。大きい収穫だ。

 

「さてと、正義の紳士の登場といきますかね」

 

 ペロロンチーノは意気揚々と飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の目の前に降り立ったペロロンチーノ。

 間近でよく観察してみれば……なるほど、少女の傷は思ったより深いようだ。

 

 少女の背中からは濃密な血の匂いが沸き立つ。その影に隠れるような少女たち本来の匂いも合わさり……そして今、絶妙にブレンドされていた。

 食欲と性欲をごちゃ混ぜにしたような、今まで経験したことの無いような興奮が内側から膨らんでいく。そこに更なるひと味、アンモニア臭が加わって……ん?

 

(いやいやいや。待て、待つんだ俺。今何を考えていた? 性的な目で見るのは仕方がない。平常運転だ。問題はそこじゃない。さっきも感じたが、食欲? ……嘘だろ?)

 

 思いもよらない願望の出現に混乱するが、今は考え込むより先にやることがあると思い直す。

 

(とりあえず失禁については紳士的にスルーしておこう。しかし、怯える姉妹になんて切り出すべきか……まずは、変質者ではないことを説明して……いやいや、それではまるで自白しているみたいじゃないか? そうだな……俺が君たちを助けたんだよ、というアピールが無難か)

 

「危ないところだったね、お嬢さんたち」

 

 姉妹はビクンッ肩を震わせ、荒い息をついている。恐る恐る見上げては見るものの、直視するのが怖いのか視線は泳がせてばかりだ。

 甘えるような上目遣いもいいものだが、これもこれでいいものである。

 

「怪我をしているようだね、これを飲むといい」

 

 そう言うと無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)から一本の赤いポーションを取り出して、差し出した。

 少女は震える手で受け取ると、躊躇いながらも意を決したように口を開く。

 

「い、言われたとおり飲みます! だから、どうか妹だけは──」

「お姉ちゃん! だめだよ!」

「ネム、いい子だから、……ね?」

 

 ……完全に信用されていない。なんでピンチを救った上に、親切心で取り出したポーションを前にして、こんな家族愛が展開されるのだろう。

 

 あれか。見た目が駄目なのか? ユグドラシルでは多くはないが決して珍しい種族でもなかったはずだが。

 それとも自分の感性がおかしいのだろうか。自身の手足をまじまじと見直してみるが、生まれた時からバードマンだったと言えるほどしっくり馴染んできている。

 はたまたここは、ユグドラシルを基本ルールとした全く別の世界だからなのか。

 

 取り敢えず話が進まないため、望まれる返事を与えてやることにした。

 

「ああ、わかった。妹ちゃんには指一本触れたりしないよ」

 

 その言葉で覚悟を決めたのか一息でそれを飲み干す。そして驚きの表情を浮かべた。

 

「うそ……」

 

 信じられないといった様子で背中を擦ったり叩いたりしている。

 

「痛みは無くなったかな?」

「は、はい」

 

 唖然とした様子ながらも、血の気がよくなった顔でコクコクと頷く少女。

 

「それはよかった。それで君たちに幾つか訊きたいことがあるんだけど……あー、俺の名はペロロンチーノだ」

「は、はい。エンリ・エモットといいます。こっちは妹のネムです」

「エンリにネムだね。そうだな、まずは──」

 

 取り敢えずは周囲の地理について尋ねようとしたところでエンリに遮られる。

 

「あ、あの! 助けてくださってありがとうございます!」

 

 なに気にすることはないと、話を戻そうとすると再び──

 

「あ、あと、本当に図々しいとは思います! で、でも、ペロロンチーノ様しか頼れる方がいないんです! どうか、どうか! 村の人を、お父さんとお母さんを助けて下さい! お願いしますっ!」

 

 矢継ぎ早に言い終えたエンリは両手と頭を地面につけたまま動こうとしない。ネムも姉に倣って「お願いしますっ!」と頭を下げた。

 

 逞しいものだ。先程まで震えていた少女が、恐怖を感じてたであろう自分に対して、このような態度に出れるのだから。

 騎士を殴りつけた時だってそうだ。自分には無い何かを持っているんだろうな……と、ふと思う。

 

 何らかしらの情報を得られれば、村のことなんてどうでもいいかと思っていたんだが……。少女と幼女にお願いされるのであれば、仕方があるまいっ!

 

「わかった。引き受けよう。 ところで──この俺の姿は怖いかい?」

 

「「…………」」

 

 姉妹はお互いの顔を見合わせ、どう答えていいか決めあぐねている様子だ。

 

「……そうか、そうか。よくわかった。君たちはそこから動かないでいてくれよな」

 

 そう告げると、ペロロンチーノは村全体が俯瞰できる高度まで一気に飛翔した。




12/19
色々と微修正
話の大筋に変更はありません

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