ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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第十四話:漆黒聖典

「そんなことがあったんだ……」

 

 ンフィーレア・バレアレはエ・ランテルのアンデッド大量発生事件で消費したポーションの材料調達のため、カルネ村まで来ていた。

 目の前の少女──エンリ・エモットは当時の惨劇を思い出してしまったからだろうか。目の端に涙を浮かべながら、村が襲われた事や両親が他界してしまったことを友人に打ち明けていた。

 

「でもね……その時、助けに駆けつけてくれたペロロンチーノ様のお陰で私達は助かることが出来たの」

 

 零れ落ちそうになっていた涙を拭って微笑むエンリの表情は非常に明るく優しいものだった。

 命の恩人に対して感謝の気持ちを込めることは当然のことだ。しかし、ンフィーレアは彼女の見せた笑顔に、とてつもない不安を感じていた。それはまるで愛おしい人に向けるような、そんな表情だったからだ。

 それからもエンリはペロロンチーノがいかに強く、優しく、素晴らしい人柄かをンフィーレアに熱く語って聞かせた。ンフィーレアはただそれを黙って聴くことしか出来なかった。

 

「そ、それは凄いね……でもそれって本当に人間が出来ることなの……?」

「あ、ごめんね。そうだよね、ンフィーはペロロンチーノ様のお姿を見たことがないものね。ペロロンチーノ様ご自身はバードマンという種族だって言っていたかな? 背中に四枚の翼を生やしてて、全身は羽毛で覆われているの。すっごく柔らかくてフカフカなんだよ。お顔には嘴があるし、手足にも鋭い鉤爪があるしで、最初はちょっと怖かったけどすぐ慣れちゃった。またお昼前ぐらいに戻って来られると思うから、そのときは紹介するね! きっとンフィーもすぐ仲良くなれると思う!」

 

 精神を喪失していた関係で事件解決からしばらく後に目覚めたンフィーレアであったが、白き翼で天を駆け、アンデッドを浄化してまわった鳥人の話を聞かない日はなかった。一体どこから来てどこへ去っていったのか、噂だけがひとり歩きするばかりで実際のところは何も分かってはいない。

 ンフィーレアはエンリの命の恩人が人間で無いことに少し安堵しつつ、同時にそんな自分を軽蔑する。

 そして、多くは知ら無さそうなエンリにエ・ランテルで起きたこと語って聞かせた。ちなみに自分の身に起こった出来事については触れないでおく。

 

「えぇ!? エ・ランテルでアンデッドが発生したから、蒼の薔薇の皆さんと退治してきたって言ってたけど……」

「やっぱり。じゃあ噂の鳥人ていうのは……」

 

 噂の鳥人の正体はエンリを助け、カルネ村の救世主になったペロロンチーノその人で間違いないようだ。驚きの表情でエンリと顔を見合わせていると、唐突に部屋をノックする音が聞こえ──返事をする間も無く扉は開け放たれた。

 

「失礼します。エンリ・エモットというのは貴方ですね?」

「えっ? そうですけど……」

 

 入室してきたのはンフィーレアの知らない女が二人。エンリの顔を窺ってみるが、首を横に振り困惑している。

 

「悪りぃけど、あたしらと来てもらうよ」

 

 女は有無を言わせない口調でそう告げるとエンリの腕を掴み、無理矢理引き寄せようとする。エンリからは短い悲鳴が漏れた。

 

「ま、待てっ! エンリから手を離せ!! き、君たちは誰なんだ」

「ん? ……こいつは何?」

「事前に見てもらった時には居なかったですが……まぁ、伝言役には丁度いいかもしれませんね」

「そうね。じゃあ、無事に返して欲しければ……ここより北東へ5km地点。大樹の側までお越しくださいと、伝えてくれるかい? ぼうや」

「い、一体何を言って──」

 

 ンフィーレアが勇気を振り絞り、エンリとの間に割って入ろうとしたところでもう一人の女が立ち塞がる。そして片手をンフィーレアの頭にかざしたかと思うと、次の瞬間には意識を失い崩れ落ちてしまった。

 

「ンフィー!? ──うっ」

 

 ンフィーレアに駆け寄ろうとしたエンリだったが、掴まれた腕の力は強く、びくともしない。そして同じようにエンリの頭にも手がかざされた。

 

「さて、これで姉妹の回収は完了ですね。皆と合流しましょうか」

「おっけー」

 

 

 

 

 

「──おい。おい、起きろ」

 

 エモット姉妹の家の中で意識を失い、床に倒れる不審な少年を力づくで起こし揺さぶる。

 その容姿にはしっかりと見覚えがあった。エ・ランテルの霊廟から救い出した、推定甲種(恋愛)一級フラグ建築士のンフィーレア少年だ。

 

「う……痛った……あれ? う、うわああああっ!!」

 

 こちらの姿を見て驚いている。目を覚まして眼前にバードマンの顔があれば、当然の反応だろう。しかし、今はそんなことに配慮してやる余裕なんてさらさら無い。

 

「なんでお前がここに居る? というかエンリ達……ここの住人はどこだ?」

「あ、あなたは、もしやペロロンチーノさ……まですか?」

 

 室内に荒らされた様子はない。

 ペロロンチーノのハーレム計画に影響を与えないためにもガガーランに預けていた少年が、よりにもよってこんなところ居ることの不快感が何より強い。

 

「聞いてんのはこっちだ。一体何があった?」

「そ、そうだ! エンリが連れ去られてっ……どうか、お助けください!」

 

 全くふざけた話だった。

 直接、少年に落ち度は無い。単に偶然居合わせただけであることも理解できた。しかし、ペロロンチーノより前から交流があったこと、エンリへの好意が透けて見えてくることが不愉快極まりない。

 

「……彼女達を助けに行く」

「あ、有難うございます!」

「勘違いするなよ? お前の願いを聞くわけじゃない。さっさと村から去れ!」

 

 ペロロンチーノは少年を威圧し、慌ただしく空へ飛び上がった。

 

 

 

 

 トブの大森林の切れ目、小高い木々が点々とするだけの草原にぽつんと樹齢100年は超えていそうな大樹が一本生えていた。

 青く澄んだ初夏の空の下、大樹の作り出す木漏れ日は心地の良い風を届けている。さながらその木陰で寝ころび、昼寝を嗜むには絶好な日和と言えよう。

 そんなのどかな風景が広がる中で、場違いな雰囲気を纏った集団がいた。

 

 集団の所属している部隊の名は漆黒聖典。スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群“六色聖典”の内、少数精鋭の戦闘能力を有する最強の部隊である。隊員の一人ひとりが英雄級の力を持っているのに加え、彼らの身につけている武具もまた格別だ。

 それは遥か昔、人類を守護した神々の遺した秘宝の数々。秘められた特殊能力、込められた魔法は人の手で作られた物と比べて一線を画する物ばかりであることは勿論であったが、そのデザインや配色もまた奇抜なものが多かった。

 

 木の幹に体を預けスヤスヤと寝息を立てる姉妹を横目に、腕に鎖を巻いた男が口火を切る。

 

「まったく、幸せそうな顔して寝てやがる。自分らの状況ってもんが分かってんのかねえ」

「私の子守唄で安眠出来ない子なんていませんよ。きっといい夢見ているでしょうね」

「そうかい。それにしても、本当におびき出せるんかねえ。俺にはこんなガキ二人、人質の価値があるとは思えないんだが」

「念入りな下調べと、信用できる“タレコミ”がありますから。私達は余計なことを考えず、任務を遂行するのみですよ」

「信用できる、ね……。王国の貴族が腐ってるお陰だなぁ」

 

 漆黒聖典の隊員達は人質の姉妹と護衛対象の老婆を囲むようにして待機していた。

 

「ところで、隊長は今回の任務の成功率はどのぐらいに見てるの?」

「どういう意味だ?」

「いやさ、神都を荒らしたバードマンを人質でおびき出し、効果範囲内に入ったらカイレ様のケイセケコゥクで魅了して完了ってわけじゃん。こんな大勢で来る必要なんてあったのかなって思ってさ」

「……あまり相手を甘く見るな。もちろん、必ず成功させる。だが、最悪の場合半数が犠牲になってもおかしくない」

「え? そんなに?」

「ククク。なんだ、ビビっちまってるのか? 坊や」

「あ゛ぁ!? 番外様じゃないけど、ボクも一度手合わせしてみたかったからね。チャンスがあるならそれでいいさ」

「あー……お前ぇらはあの戦い見てねえもんな」

「──静かに。……対象が戻って来たわ。恐らく」

 

 宙に浮かんだ巨大な水晶玉を覗き込んでいた女性の発言により、ぴたりと誰もが口を閉じ、瞬時に緊張感が戻る。

 “占星千里”は探知能力に長けた能力を有し、魔法でカルネ村の様子──件のバードマンが戻ってくるのを監視していた。それでも巫女姫の〈次元の目〉と同様、その姿をハッキリ捉えられた訳ではない。故に語尾に恐らくと付いたのだ。

 暫くの沈黙の後、再び占星千里が口を開く。

 

「こちらに来ます。皆さん、準備を……」

 

 油断なく全員が臨戦態勢に入る。

 

「武器は下ろしておけ。なるべく警戒はさせないように」

 

 

 

 

 

 ペロロンチーノは迷うことなく指定された大樹が見える位置までたどり着くと、木の根元にいる武装した集団を注意深く観察する。

 

 ペロロンチーノがこの世界で見てきた武力集団といえば、国に仕える兵士や騎士、もしくは野盗や傭兵団、冒険者達だ。

 一見したところ装備の統一性の無さから後者のようにも思えたが、すぐにそんな生易しい物では無いことがわかった。それは彼らの身につけている装備の奇怪さが物語っている。

 

 小洒落た装飾の多いカラフルな衣装、浮遊するオーブ、観賞用にしか見えない独特な形状の大剣、意志があるかのように動く帽子、女子校生風の制服姿……街や村の人間からすれば、常識外れとも思える見た目をしている。

 つまり、これらはユグドラシルの装備。そして、これらを所持できる集団ともなれば自ずと選択肢は限られてくる。自分と同じプレイヤー集団という線も勿論あるが、この前イビルアイから話に聞いていたスレイン法国の秘密部隊、漆黒聖典の可能性が高いように思えた。

 

 集団の奥には木にもたれかかり、穏やかな顔で眠っている姉妹の姿も見える。

 その様子を確認して一先ず安堵したペロロンチーノだったが、人質の姉妹に危害が加えられることなく、敵全員を射殺せる可能性はゼロに近いのは確実だ。

 相手の誘い通り、交渉のテーブルに着く必要があるようだった。

 

 ペロロンチーノは十分な距離を保ったままゆっくりと降下していく。

 その最中、今まで巨大な盾の後ろにいた女の格好が目に入り言葉を失った。

 

 恐ろしく上等な生地で仕立てられたであろう詰襟になった白銀のワンピース。その前面には金糸で五本指の昇り龍の姿が描かれている。そして最もペロロンチーノの目を引いたのが左右に深く入ったスリット……そこから覗く生足だ。そう、この服はいわゆるチャイナドレス。先程の制服もそうだが、メイド服やナースに並んでコスプレ人気の高い官能的な衣装と言えよう。

 ただし、それを着ているのは干物のような脚をした老婆だった。

 

(うぇっ……まさかこんなところで精神的ブラクラ攻撃を受けるとは……あれでさらに胸元まで開いてたらやばかった)

 

 どうして周りの誰も止めなかったのか、と抗議したくなる衝動を抑え、緊張を保つ。

 もし、予想の漆黒聖典であれば、例のあの娘……スレイン法国の大都市で出会った白黒の髪をした美少女もいるはずである。いたいけな姉妹を誘拐したことは断じて許せないが、あの娘とは仲直り……というか誤解を解き、むしろお近付きになりたいとペロロンチーノ考えていた。

 しかし、視線の通る範囲にその姿はない。予想が外れていたのか、それともどこかに隠れ潜んでいるのだろうか。

 そこまでペロロンチーノが思案したとき、まだ少年とも思えるような若く中性的な顔立ちの男が数歩前へ歩み寄り、声を張り上げた。

 

「お初にお目に掛かります、ペロロンチーノ殿!! まずはこのような手荒な真似をした無礼を謝罪いたします。私はスレイン法国の使いとして参りま──」

 

 言葉は一度そこで遮られた。疾風の如き勢いで両者の間に飛び込んで来た闖入者がいたからだ。

 

「な、何故貴方がここに……」

「──っと。なぜ? なぜってそりゃあ、ペロロンチーノ様に会いに来たのよ。先に約束を……私を騙そうとしたのはジジイ共でしょ? とやかく言われる筋合いはないわね」

 

 白と黒の半々に別れた髪色をした少女は微笑みながら、男に言葉を返す。男はまだ何か言いたそうな素振りを見せていたが、それを少女は無視してペロロンチーノへと向き直った。

 

「御機嫌よう、愛おしい御方。またお会いすることが出来て嬉しいです。……私、あの日ことを思い出す度に胸が熱くなって……あれからずっとずーっと、お慕い申しておりました」

 

 少女からの突然の告白にペロロンチーノは衝撃を受ける。まだ対面イベントしかこなしていないはずなのに、どこで好感度を貯め、フラグを立てたのか全く心当たりがないのだから当然だ。

 しかし頬を赤く染め、オッドな瞳を涙で潤ませた恍惚とした表情は、デレを通り越してヤンデレのものと評しても過言ではないかと思われるほどで、先程のセリフが口先だけの演技だとはとても考えられなかった。

 

「マジで……? 俺も君に会いたいと思ってたところなんだ」

「ほんと!? ほんとに?? うふっ。えへへへ」

 

 戦鎌を内股に挟み込み、身を捩らせながら照れているかのようなその姿はペロロンチーノの内側を掻き立てた。

 初対面のときとあまりに違う態度を不審に思わないわけではない。しかし、男ならば時として相手の全てを受け入れる度量を持つべきである……と、都合のいい持論を展開させる。

 そしてペロロンチーノは罠である可能性よりも、目の前の少女とイチャラブ出来る可能性に賭けた。

 

「良かった。君とは仲良くなれそうだ。えっと、後ろの連中は仲間なんだよね? とりあえず人質を返すように言ってくれると助かるんだけど……」

「人質? ……それってあそこの人間の子供のこと?」

 

 困惑や驚愕、焦りの色を浮かべる集団の奥を指差し少女は問う。

 

「そうだよ。突然攫われてしまってね、俺は彼女たちを迎えに来たんだ」

「ふーん。……ねぇ、ペロロンチーノ様。私とあの子達、どっちが好き?」

「え? えっと……だな……」

 

 もし、これが選択肢をじっくりと選べる余裕のあるゲームであったならば、彼女の特性を考慮した上で最善の選択を出来ていたかもしれない。

 しかし、不意に投げかけられた質問に即座に返答出来るほど、ペロロンチーノは現実での経験値が足りていなかった。

 

「……あっそう、あんな弱っちいのがいいんだ……」

 

 可愛らしかった少女の声から急激に熱が失われた。

 

「あーあ。なんだか冷めちゃったなー……。私ね、強い人にしか興味ないの。強ければ全てを奪う権利があるし、弱ければ奪われるだけ。そう思わない? 私のお母さんはさ、弱かったから……全部、奪われちゃったの。だからね、私が孕む子は誰にも負けない強い子になって欲しいのよ。……ペロロンチーノ様は合格点かなって、そう思ってたけど、そんな甘っちょろいこと言うんだね。なんだか見込み違いな気がしてきちゃったわ。……ねえ、もう一度戦いましょう?」

「ちょ、ちょっと待てって! 俺は君と戦う気はないんだ!」

「待ちたくない。でも、もう一度。本気の私に勝てたなら、何でも言うこときいてあげる。だからね、どうか私を負かせて見せて?」

 

 先程までの恋する乙女は跡形もなく消え去り、代わりに戦士の気迫を滲ませる少女の姿があった。

 彼女との間合いは僅か。もはや言葉は通じないと理解したペロロンチーノは直ぐさま後方へ飛び退き距離をとった。

 

「ちっ……ヤンデレっぽいと思った時点で即答出来るようにしとくべきだった……いや、ヤンデレに絡まれた時点でその先のルートは決まってるようなもんか……」

 

 ぼやきながらもペロロンチーノは状況を確認する。

 後ろの連中にとっても予想外の展開だったらしく、明らかな動揺が見られる。先程の男が駆け寄り説得を試みているが、聞き入れられることも無いようで、彼女は仲間の参戦を許さずに一対一で挑んでくる様子だ。

 

 人質を取られているという絶対的な不利な状況。もしそのまま交渉のテーブルに着いていたら、ペロロンチーノは相手の要求をすべて飲む他無かっただろう。

 しかし、そこへ仲間割れという奇跡が起こった。少女が素直にこちら側へ付いてくれなかったことは残念だったが、まだチャンスは残っている。

 この勝負に勝ちさえすれば、あちら側にとって重要なカードをこちら側へ引っ張ってくることが出来る。そうすれば立場は大きく変化する。

 

(バッドエンドなんて認めねえさ。そんなクソなフラグはへし折ってやる。この戦いに勝ってエンリとネムも奪還……やるしかねえか)

 

 元アインズ・ウール・ゴウン所属のペロロンチーノはPVPに長けていた。勿論、狙撃手としてヒットアンドアウェイが主体であり、顔を合わせてからの1on1は得意とするところではない。しかし、一度手合わせした相手であれば善処出来るだけの対応力はあった。

 その経験が彼に告げていた。勝機はある、と。

 

 前回の戦闘で得た情報を分析すると、彼女の戦闘スタイルは弐式炎雷のように機動力を重点に置いた職業構成(ビルド)のようだ。加えて空中戦もこなす応用力の高さは、正直脅威と言えよう。しかし、圧倒的に足りないものがあった。それは火力だ。

 腕で受けた初撃や、最後に放った溜めの一撃はカンストプレイヤー基準で言えばあまりにも軽かった。総合すると俊敏さに全振りしたレベル70相当の軽戦士が良いところだろう。

 

(半端にやって無事で勝てる相手じゃないしな。そっちがその気ならこっちも本気でやらしてもらおう。ラキュースが蘇生魔法を使えてよかったぜ……)

 

 見たところ装備も大幅に変わり、強化されているようにみえる。これが彼女の本気なのであろう。であれば以前より苦戦するのは想像に容易い。

 しかし、それは今回も殺さないようにと手心を加えたときの場合だ。殺してしまっても復活させてやれるのなら話は違ってくる。

 ペロロンチーノは躊躇いを捨て、必殺の覚悟を胸に秘めた。

 

 

 

 

 

「……で、俺達はどうすりゃいいんだ?」

 

 睨み合う両者から離れた大樹の下。取り残された漆黒聖典のメンバーは次の行動を決めあぐねていた。

 漆黒聖典隊長は番外席次に対して最後まで説得を試みていたが、それもどうやら失敗に終わったようだった。

 

「あ、隊長戻ってきますね。どうやらダメっぽいです」

 

 踵を返して戻ってくる隊長の様子から、番外席次が敵側に付くなどという最悪の事態には至ってはいないようだが、作戦は変更せざるを得ないだろう。

 

「はァ……外見と一緒で中身もまるで成長していないのは困ったものだ……」

「けどいいのかよ、隊長。好き勝手にさせちまって」

「良いはずがあるものか。……しかし、彼女の矛先がこちらに向かうのは避けなくてはならない」

「でもその結果、番外様がやられちゃったらどうするの? 仮にも一度は負けてるんだし」

 

 隊員の誰しも同じ考えだったのだろう。全ての視線が隊長の無表情の横顔に集まる。

 

「確認したが、五柱の神の装備全てを身に着けている。それに彼女は本気を出すと言った」

「それって、まさか……」

 

 隊長が見つめる先、少女は懐から歪な形状の短剣を取り出した。それは無数の棘が刃先とは逆向きに生えており、一度突き刺したら二度と引き抜くことが出来ないような形状をしている。

 彼女はそれを逆手に持ち──自らの胸に突き刺した。

 刃は心臓を貫き、肺に達したのであろう。口からは大量の鮮血が溢れ出し、零れ落ちる。

 

「お、おい! 番外様はどうしちまったんだ!?」

 

 傍から見れば、自分の意志で自害したようにしか見えなかった。

 しかし、彼女自身は地に膝をつくこともなく平然としている。

 そして同時に、ソレは彼女の足元から起こった。

 

 大地の恵みと太陽の光を浴びて育った青く若い草花達。それらがみるみる内に萎れだし、枯れ細り、最後には灰となって崩れ散っていく。

 

「あれが彼女の生まれながらの異能(タレント)──“絶死絶命”」

 

 

 

 

 

 

 淡く発光する羽根が宙を舞う。ペロロンチーノの翼から放たれる羽根はスキルによって特殊効果が付与されていた。その効果は移動阻害。対象に触れることで付着し、相手の機動力を奪う。

 もし彼に接近しようものなら、体中に羽根が纏わりついてしまうことだろう。

 

──しかし。

 

 突風が吹き荒れた。あまりの風圧に漂っていた羽根はおろか、ペロロンチーノ自身の体も浮き上がり、後方へと流される。

 発生源はもちろん目の前の少女。漆黒聖典番外席次“絶死絶命”。

 たった一振り。すくい上げるように振り上げた戦鎌から発生した旋風によって。

 

(な!? まじかよ……さっきのは狂戦士化(バーサク)……いや、呪術か契約代償の類か? 何にしても力が段違い過ぎる。ありゃ一発も貰う余裕すら無さそうだ……だけど、自らHPを削ってくれたのは好都合!!)

 

 一瞬の動揺を少女は見逃さなかった。その隙を付け込むように驚異的な速さでペロロンチーノへ肉薄する。

 

 強烈な衝撃音が空気を震わした。砕けたった光の盾の中に鮮血が混じる。

 だが、ペロロンチーノの姿はない。代わりに現れたのは空中に静止したままの10の矢。

 

「《弓士の証明(アーチャー・プルーフ)》!!」

 

 遠距離攻撃を主体とする場合、照準捕捉(ターゲティング)は必須スキルだ。命中精度向上、複数対象化、自動追尾、貫通力向上と様々あるが、いずれも射撃を行う事前に対象を指定する必要がある。しかし、弓士の最上位スキル《弓士の証明》であればタイミングを問わない。

 つまり、時間凍結や非顕在化スキルを組み合わせて射出した攻撃を複数用意し、保留した後に同時に発動させるこで瞬間火力を飛躍的に高めることが可能となる。

 

 片足の膝から下を失いながらも上空へ逃れたペロロンチーノは予め準備していた攻撃をけしかける。神都で見せた乱れ牡丹──あれは分散化する矢を中心に組み込んで派手さを追求したものであったが、今回は別だ。

 

「悪いがこれで終わりだ! しばらく大人しく寝ててくれよなっ!!」

 

 至近距離で放たれた強撃の矢が少女を襲う。

 一本目は身を翻して躱し、二本目、三本目は鎌を振るって叩き落としてみせた。しかし、四本目は脚を打ち抜き、五本目を腕で受けた後は、残りの矢の全てが少女の体を貫いていった。

 

 決着。

 

 と、思われた。

 

 ところが少女は倒れない。代わりに体勢を崩したのペロロンチーノ。

 

「なん……だ、これ……」

「うふふっ。さぁ、まだ始まったばかりよ。どっちが先に命を落とすか……楽しみましょ?」

 

 

 

 

 

 華麗な足運びと優雅な鎌捌き。軌跡を残して放たれる見えない刃は徐々にペロロンチーノを追い詰めていった。

 人質がいるため逃げることも出来ず、劣勢だった状況は遂に一方的な段階に至った。

 

「あははははっ! 楽しい! こんなに楽しかったのは生まれて初めて!!」

「ゲホッ。クソ……ただのエナジードレインじゃねえな。その胸に刺したのにカラクリがあんのか……」

「これ? これはキッカケに過ぎないわ。正解は私の生まれながらの異能(タレント)よ。凄いでしょ?」

 

 少女は胸に刺さったままの短剣を撫でながらゆっくりと地に手を着けたペロロンチーノへ近づいていく。

 

「まったく。こんな楽しみを私から奪おうとしてたなんて許せないわ。洗脳された後じゃ遊べなかったしね」

「洗脳……?」

「うーん、そうね。冥土の土産に教えてあげると、人質を返すとかでうっかり近づいてたらカイレ様の神器“ケイセケコゥク”で洗脳されてたはずよ。あれは“わーるどあいてむ”って言って、誰も抗えないから」

「…………んだよ。最初から詰んでたじゃねえか」

「んふふっ。その通り。ほんと、許せないわよね。だから私がチャンスを与えてあげたのよ? 感謝してよね」

「ああ。攻略しがいのある良いチャンスだったけど、俺には難易度がちと高かったみたいだな……」

「惜しかったわよ。私がこの力を使う日は来ないかもって思っていたから。……だからこそ、惜しいわね。もしかしたら貴方を殺したことを後悔するかもしれない。でもやっぱ、私より強くなきゃ、そこは譲れないから」

 

 少女は戦鎌を振り上げる。

 もはやペロロンチーノに動く気力は残されていない。仮に一撃を避けたとしても、続けざまの連撃からは逃れられないだろう。

 

「……なあ。あの姉妹だけでも見逃してやってくれねえか?」

「それは無理ね」

「……そうか。ごめんな、エンリ……ネム……守ってやれなくて」

 

 ペロロンチーノは最後の瞬間(とき)を瞼を閉じて待つ。

 

(これからが良いところだったにな。これで終わりか……)

 

 この世界には蘇生魔法やアンデッドという存在があるため、ペロロンチーノの知っている死とは異なり、まだ復活できる可能性は残されてはいる。ただし、それもアテがあればの話だ。ラキュース達では死体の回収は不可能だろう。恐らくはこのまま死を受け入れることとなる。

 もしかしたら今までの体験は全て夢で、死んで次に目を覚ませば元の世界に戻っているのかもしれない。しかし、現実(リアル)では絶対に味わえない新鮮で刺激的で楽しかったここでの生活を知ってしまった今となっては、このまま死んだほうがマシと思えるほどどうでもいいことのように思える。

 

 そして遂にその瞬間が来たようだ。

 

「じゃあ、バイバイ、ペロロンチーノ様。私の初恋の人……」

 

 戦鎌が振り下ろされると、血飛沫と共にペロロンチーノの頭は宙を舞った。


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