ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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12/27:覗きに関する文を一部差し替え
話の大筋には変更はありません


第十三話:密会

 エ・ランテル三重の城壁の最内部。そこにある貴賓館の一室に明かりが灯った。

 

「お疲れ様です、ラナー様。お声を掛けてまわられたエ・ランテルの民も勇気づけられたことでしょう。ですがやはり……」

「──ありがとう、クライム。それでも、私に出来ることと言えばこの程度のことでしかないのです。もっと早急に人手や物資が集められればよいのですが……私はあまりにも無力です」

 

 優しい笑顔を湛えていたラナーの表情は次第に曇り、やがて悲しみへと変わる。

 クライムと呼ばれた、唯一王女付きが許されている王国兵士の青年は喉まで出かけていた言葉を飲み込み、心優しい主人を励ますための言葉を慌てて口にする。

 

「そ、そのようなことはありません! ラナー様は誰よりも早く被災地へ駆けつけ、不安に怯える民に希望と安らぎを与えてくださいました。その行いは誰にでもできることではありません!」

 

 エ・ランテル壊滅の一報が伝わったその日、王宮内は騒然となった。

 兵を掻き集め、直ちに出陣させるべきか。はたまた街道を封鎖し、王都の守りを固めるべきだという意見が貴族の間で飛び交う。

 そんな混乱の最中、ラナーは再びエ・ランテルへ向かう戦士長率いる先遣隊のためにポーションをはじめとする医療品や食料を乗せた荷馬車を一台用意させた。

 普段と変わらない装備のまま、何が待ち受けているかも分からない死地に赴くこととなった戦士達にとって、この気遣いほど嬉しいことは無かった。

 戦士達は口々に「俺らには黄金の女神が付いている!」と、恐怖を士気で塗り潰し王都を出発した。

 しかし、彼らは知らなかった。その女神が文字通りあまりにもすぐ側で寄り添っていたことを。

 

 ラナーが王宮から姿を消し、部屋に残された手紙をメイドが見つけたのがその半日後。そしてクライムが姫を連れ戻すため馬を走らせ、一団に追いついたのは奇しくも丁度エ・ランテルに到着した昨夜のことだった。

 

 「クライム……本当は私怖かったの。来てくれて嬉しかったわ」

 

 事件は既に解決していた。首謀者は捕らえられ、アンデットの脅威も消えたとは言え、絶対に安全な状況とは言い切れない。クライムはラナーと合流してから何度も何度も王都へ戻るように説得していたが、ついに聞き入れられることはなかった。

 

 胸元に抱きついたラナーから香水の良い香りが立ち上る。クライムは鼻腔を大きく広げ、思いっきり堪能したい衝動に駆られた。こんな時、背中に腕を回し抱き寄せられたらどんなに幸せだろうか。

 しかし、それは叶わぬ願い。生まれも定かで無い平民以下のクライムに対して、相手は王女だ。埋めようもない身分の差がある。

 だがそれ以上に、自らの主人を、命の恩人であるラナーの信頼を裏切り、失望させることが怖かった。

 ラナーはいずれどこかの貴族の元へ嫁ぐ身である。それを己に宿る醜い欲望で汚して良いはずがない。

 そして、そのような感情を抱いていることを、純粋無垢な主人に知られる訳にはいかない。この胸の内の想いは、一生告げることを許されないのだ。

 

 腕を回すことも突き放すことも出来ないクライムは、いつもの様に表情を強張らせながらも無表情を装い、目の前の輝きから目をそらした。

 

 互いの体が僅かに触れ合う距離のまま、一体どれだけの時間が過ぎただろうか。とても長い時間にも感じられたし、一瞬だったような気もする。

 

 ──くちゅん。

 

 小さな、可愛らしいくしゃみが再びクライムの時間を動かし始めた。視線をラナーの先に送れば部屋の窓は全開のままだ。まだ夏には遠いこの季節、日が沈めば気温はぐんと下がる。

 

「こ、この部屋は少し冷えますね。お部屋を移られますか? それともストーブに火を焚べましょうか」

「いいえ、このままで構いませんよ。毛布にくるまるときは少し肌寒い方が気持ちが良いですし……クライムはそうは思いませんか? あ、そうだわ! 子供の時のように一緒に毛布をかぶって温まるというのはどうでしょう?」

 

 ラナーの指差す先は開け放たれたままの扉。その奥は寝室である。

 窓から差し込む月明かりがスポットライトのように天蓋付きベッドを照らし出していた。

 今朝方までそこにラナーが寝転んでいたこと証明するように、シーツに付いた皺が波のような影を作っている。

 クライムは思わずベッドに横たわるラナーの姿を思い描き、そして共に寄り添う自分の姿を妄想してしまいそうになるが、なんとか邪念を頭の外に追いやった。

 

「お、お戯れを……」

「うふふっ。さて、明日はクライムにも街の人達と一緒に力仕事を頑張ってもらいます。旅の疲れを溜めないよう、今夜はゆっくり休んでください」

 

 無邪気な笑顔にホッと息を吐く。どうやら逆の意味でも裏切る真似をしないで済んだようだ。

 

「お心遣い感謝します。ラナー様もお風邪を召されませんようにお気をつけて。おやすみなさい」

「ええ。おやすみなさい、クライム」

 

 クライムは下半身の盛り上がった膨らみを悟られぬよう、足早に部屋を去っていった。

 

 

 

 

 

「……おまたせ致しました。そこにいらっしゃるのでしょ? ペロロンチーノ様」

 

 駆けていく足音が小さくなり、クライムが部屋から十分に遠ざかったのを確認したラナーは隣の部屋──寝室に向かって声を投げ掛けた。

 その声に応じるように、ベッドの前の空間がゆらりと歪む。同時にベッドから立ち上がる異形がその姿を現した。

 

「えっと、お招きいただきありがとうございます……でいいのかな。というか、気が付いていたんですか?」

「はい。私からお誘いしていたのですから、当然ですわ」

 

 微笑を湛えるラナーを正面から見据えたペロロンチーノは息を飲んだ。月光を浴びた肌は白く透き通り、髪は白金の輝きを有しているようだった。

 しかし、どうだろうか。太陽のような輝かしい美貌と称される“黄金”というイメージとは違う、全く逆の印象をペロロンチーノは感じ取る。それはどこか影を持つ神秘的な美しさ。そして、自分よりも圧倒的に弱い存在であるはずの人間の娘からは考えられないような圧力を感じていた。

 

「お初にお目にかかり光栄です、ペロロンチーノ様。リ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフと申します。ラキュースよりお話は伺いました。この度はカルネ村での一件のみならず、エ・ランテルでも多くの民の命を救って頂けたことを王国民を代表してお礼申し上げます。そして、本来ならば私から出向くべきところをこうして……()()もお手間を取らせた上、ご足労頂いた無礼をお許し下さい」

 

 ペロロンチーノは自分の手に収まる2枚の便箋に目を落とす。1枚はカルネ村で蒼の薔薇を通じて渡された謝礼の小箱に含まれていたもの。その内容は大雑把な地図。正確には王都にある宮殿。それもラナーの部屋の位置を示した見取り図だった。

 そしてもう1枚はラナーの部屋に置かれていたもの。正確には窓の外側にくくりつけてあったもので、エ・ランテルの貴賓館の一室を示した見取り図であった。

 

「まあ、蒼の薔薇の皆にも十分感謝してもらいましたし、俺からすれば大した距離でもないから良いんですけど。それより、お姫様が俺を呼んだ理由を聞かせてもらっても? まさか彼氏とのイチャつきを見せつけたかったわけ……じゃないですよね?」

「ふふ。さあ、どうでしょう。あ、でもクライムとはまだそのような関係ではありませんの。残念ながら」

「ああ、そう……ですか」

 

 恥じらいを一切感じさせない笑顔に、やられたと、ペロロンチーノは悟った。

 覗きをしている背徳感。これから起こるだろう濡れ場への期待。高鳴る鼓動を抑え、鼻息を荒げつつも、そのまま事が済むまで観察してやろうと考えていた。

 しかし、実際のところ覗きは始めからバレていたというのだ。いや、見ていたつもりが見せられていた。つまり、王女の羞恥プレイに付き合わされたということである。

 それを理解し、ペロロンチーノのペロロンチーノは急速に萎えてしまった。そして敗北を味わうと共に、この女は只者ではないと確信する。

 

「さあ、ペロロンチーノ様。立ち話もなんですから、どうぞあちらのソファーへ……」

 

 

 

 

 

 応接間に導かれたペロロンチーノがソファーで待っていると、ティーセットを手にしたラナーが戻ってくる。

 慣れた手つきで二人分の紅茶をカップに注ぐと、そのひとつをペロロンチーノの前に差し出した。

 

「さて、ペロロンチーノ様をお呼び立てした理由でしたね。深い理由も無くて申し訳ないのですが……ただ、直接お会いしてお話をしたいと思っていましたの。でも、こうしてお会い出来て分かったことがありますわ」

「……分かったこと?」

「はい。そうですね、例えば……ペロロンチーノ様は欲求に素直な方かとお見受けいたしますが、いかがでしょう?」

 

 恐らくは姿を隠したまま覗き紛いのことをしていた故の推論であろう。しかし、そもそも姿を隠していたのには理由がある。王女の姿を知らなかったということもあるが、その他の事情を知らない者に気付かれない方が王女にとっても都合が良いと考えたからだ。決して王女の下着の色の確認や、残り香を堪能したかったというわけでは無い。

 とは言え、覗きが趣味ではないのかとは問われれば、ペロロンチーノは否定する。覗きには覗きの緊張感と背徳感が有り、それもまた良い物だ。ただ、だからと言って常に第三者側が良いということはない。出来れば直接介入する側でいたいのが本音だ。

 もし、王女が自分のことを覗き趣味な陰湿な奴だと認識しているなら訂正しといた方が良いだろう。

 

「勘違いしてもらいたくないですが……俺はムッツリではないですよ、オープンです。姫様と同じという訳です」

「?……ええ、そうですわね?」

「……なるほど。しかし、お姫様としての立場がそれを自由にさせてくれないという訳だ。抑圧された欲情を発散するための矛先……それで俺が呼ばれたんですね?」

「え? ちょっ、ちょっと待って下さい! 違います!」

 

 全てを理解したつもりのペロロンチーノは身を乗り出し──それに合わせてラナーは体をのけ反らした。両手を前に突き出し、拒絶の意を示すラナーの態度は今までのものと比べるとだいぶ違って見えた。

 

「あれ? 間違ってました?」

「はい! 間違いです」

「そんな力強く否定されなくても……」

「そ、それはそれとして、エ・ランテルのお礼の話がまだでしたわね。えっと、ただ、ペロロンチーノ様にとって価値のあるものがどれだけ私達に支払えるかと考えると……」

 

 あからさまに否定されたことに悲しみを覚えるペロロンチーノだったが、食い下がっても良くないと早々に諦め、素直にすり替えられた話題に耳を傾ける。

 確かに人間社会に属さないペロロンチーノにとって、金銭が支払われたところで使い道がない。功績を称える勲章を授与されたところで腹の足しにもならない。

 金でも無い。名誉でも無い。ともなれば、残る選択肢は絞られてくるわけで……しかし、その言葉の先は意外にもラナーの口からもたらされた。

 

「女……というのはいかがですか?」

「ぶふぉ!? え、……マジで?」

「うふふ。ペロロンチーノ様にとって価値あり、と見ました。いかがでしょう?」

 

 その言葉の真意を確かめるように、ペロロンチーノはラナーの瞳を覗き込む。

 澄んだブルーの瞳はどこまでも真っ直ぐで、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。

 

「……ということは、やっぱり姫様、欲求不満なんですね? それならそうと……」

「だ・か・ら、違いますって! 私にはクライムという大切な人がいますので! もぅ……察してくださいよ……」

 

 残念ながら王女自らがその身体でお礼の奉仕をするとか、そういった話では無いようだった。残念ながら。

 

「というと、娼婦とかを充てがってくれるということですか? そういうのだとちょっとなー……俺は見ての通り異形だし、姫様の名にも傷が付くんじゃないんですか?」

「そうですね。やりようによってはそういったことも可能ではありますが……私が考えているのは王国中……いいえ、世界中の女のみならず、全ての生物の頂点に立って頂くということです」

「はい? それって一体……」

「神として君臨して頂く……全てがペロロンチーノ様の物となります。勿論、私は協力者としてそこから除外して頂くつもりですけど」

 

 予想を遥かに超えた回答に狼狽するペロロンチーノ。それに対してラナーは涼し気な表情を見せる。

 

「いやいやいや、神とか無理に──」

「決して無理な話ではないと思います。歴史を振り返れば、ペロロンチーノ様のような特異な存在が六大神、八欲王として崇められていた時代もございます。それに一部では既に信仰が始まっていますよ?」

「……へ?」

「本日、ペロロンチーノ様の活躍ぶりを民の目線から色々と伺って来ました。白い翼で天を駆ける姿を見た者は天使と。また、光る矢の雨を振らせてアンデッドを滅ぼす姿を見た者は神そのものだったと。闇が晴れるのと同時に現れ、エ・ランテルを救ってくれたのはその者であると、民衆の間で話はもちきりです」

「あー……。数が多かったんで、ちと派手にやり過ぎたか……」

 

 霊廟からフルチンの少年──ンフィーレアを助け出した後の話だ。見せ場のなかったペロロンチーノは少々張り切り、範囲攻撃で地上に残るアンデッドを次々に破壊して回った結果、多くの人の目に触れていた。

 

「このまま静かにカルネ村で暮らして頂いていても、いずれペロロンチーノ様の御威光の元に人々が集まってしまうことでしょう。混乱をきたす前に手を打っておくのも悪い話ではないと思います」

「むぅ……本当に俺が、その、なんだ……神になれると……?」

「はい。ペロロンチーノ様はそれだけの力をお持ちです。あと2、3度、神の御業をお示しいただければ、私が民を扇動してみせますわ」

 

 ペロロンチーノにはやはりラナーが嘘や妄言を言っているようには見えなかった。確かに、過去にプレイヤーが神のような存在になっていたようだし、民からの信頼も厚いラナーが協力してくれるのであれば夢物語というほどでもないだろう。しかし、腑に落ちないこともある。

 

「それが可能なのは分かったけど、仮にも一国の王の娘であるあんたがそんなこと……。王族の地位はダダ下がりになるんじゃないのか?」

「当然の疑問ですね。ペロロンチーノ様はご存知無いかもしれませんが、この国はもうじき滅びます。帝国に飲まれるのが可能性としては一番高いでしょうか。そうなると、王族である私の未来は明るくないのです。例え王国が滅びなくても、愛するクライムと結ばれることは叶わない……。勿論、ペロロンチーノ様の利益を最大限に考えた提案ではありますが、実のところ私自身のためであることも否定しません。仮に計画が失敗してもペロロンチーノ様が被る損失は殆ど無いかと思われますが……引き受けて頂けませんか?」

 

 潤ませた瞳による上目遣いの視線はペロロンチーノの庇護欲を簡単に掻き立てた。注意深く思考することを即座に放棄するほどに。

 しかし、今後より連絡を取りやすくするために、王都に近いところへ住居を移さないかというラナーの提案は断った。その理由はもちろんエンリとネムのことを放って置けないからだ。

 

 

 

 

 

 ペロロンチーノが部屋の窓から飛び去ったのを見送り、ラナーは窓に錠を掛ける。

 

「首を縦に振らせることは出来ましたが、まだ押しが弱いですね……やはり、神を降臨させるためには生贄が必要、ということでしょうか」

 

 ラナーの独り言に答える者はどこにも居ない。ただ、窓に映る彼女の美貌には薄く笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 スレイン法国の最奥。

 数少ない限られた者達だけが入室を許される一室で、今宵も国の行く末を左右させる大事な会議が開かれていた。

 

「2週間前にエ・ランテルで起きた事件の全貌が掴めてきました。主犯格はズーラーノーン、十二高弟の一人。あり得ない規模のアンデッドが発生したことから、邪法“死の螺旋”が行われたものと推測されます。その為もあって、裏切り者の元漆黒聖典第九席次の足取りは未だ掴めておりませんが、持ち出された叡者の額冠が利用された可能性も高いと思われます」

 

 法国の秘密を多く知る中枢人物の裏切りに加え、最秘宝の一つを強奪した大罪人の行方。本来であれば最も優先される案件であるはずだが、今は誰もその話に興味を示すものは居ない。円卓を囲む全員がその話の続きを促すように無言を貫いていた。

 

「そして、それを食い止めたのがアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”ということになっていますが、多くの住民がアンデッドを駆逐していくバードマンと思しき異形の姿を目にしています。エ・ランテルの事件が起こる前日にこの神都に現れたバードマンとそのバードマンが同一人物という確証はありませんが……まぁ、ペロロンチーノと名乗ったバードマンでほぼ間違いないでしょうね」

「人類の守護者……やはり我らの神と同じ存在──ぷれいやーだったのではないですか?」

「何ということだ……。我々はそれに仇をなしてしまったということか……」

 

 バードマンによる神都襲撃事件の日から……いや、そのずっと以前より重々しさが絶えなかった室内であったが、この日はより一層と重苦しい空気が支配していた。

 

「敵対すべき相手ではないと判明した以上、和解の道を探るべきでは?」

「難しいでしょうな。少なくとも既にガゼフ・ストロノーフを通じて王国中枢部とパイプが出来ているはずだ。そうでなければ、あれほど迅速な対応は出来ますまい」

「王国側に付いてしまったのも問題だな。今は良好な関係を築けていたとしても、あの腐った貴族達のことだ……いずれ逆鱗に触れるのは目に見えている」

「仮に和解が出来たとしても、どのように扱うかが問題ですね。神に等しい力を持った存在が急に現れたともなれば、国民の信仰心が歪みかねないですよ」

「左様。我々の信仰は六大神様以外に有りえぬ」

 

 人類の存続、安定と繁栄のための議論は煮詰まる所まで来ていた。そして既に挙がっていた案以上のものは出てこないと全員が確信した頃、今まで沈黙を守っていた最高神官長が口を開いた。

 

「では、神の力“ケイ・セケ・コゥク”で対処するということでよろしいですかな?」

「……それが最も不確定要素も無く安全ですね。異議なし」

「予言された破滅の竜王も気になるところですが、ぷれいやーであればより効果的、という結論でしたね? 私も意義ありません」

 

 十分に議論を重ねたこともあるが、全員の意志が同じ方向に定まっていたため、満場一致という結果で神器の使用が決定された。

 

「しかし、あの子──いや、彼女との約束はどうするつもりじゃ?」

「婚約者としてあのバードマンを神都に招き入れる、というアレか……」

 

 漆黒聖典番外席次“絶死絶命”──彼女はあの日以降、再び神都に現れるかもしれないという隊長の言葉を信じ、その日を楽しみに待っていた。待ち焦がれていた。長い月日を生きる彼女にとって一週間という期間は本来であれば短く感じる時間だ。しかし、そのたった一週間で我慢の限界を来し、自分の立場を投げ出してペロロンチーノを探しに行こうとしてしまったのだ。

 

「まったく、無茶な約束をしてしまったものだ」

「し、仕方ないではないか! あの場で押し止めなければ、今頃どうなっていたか……」

「まあまあ、おふた方。彼女には悪いが、その約束は神器による魅了で以って果たすとしましょう」

「彼女の意向に沿わない点もあるかも知れないが、仕方あるまい」

「ふむ。それでは決行に際しての話を詰めるとしますか……」

 

 こうして密室による会議は一つ大きな決定を以って幕を下ろした。

 異常に発達した知覚──聴覚を持つ者が外から内部の会話を聞いていたとも知らずに。




次回:『漆黒聖典』
たぶん年内までには

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