ペロロンチーノの煩悩   作:ろーつぇ

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第十話:蒼の薔薇

 ラナー王女より非公式な依頼を受け、王都を発った3日目の朝。

 城塞都市エ・ランテルの城門が開くのと同時に“蒼の薔薇”一行はカルネ村へと急ぐ。

 

 先頭を()()のは異様な仮面と漆黒のローブを身に纏った魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のイビルアイ。

 彼女は王都からここまでの道程全てを第3位階魔法〈飛行(フライ)〉の連続使用で翔破してきた。並の魔法詠唱者(マジックキャスター)であれば──そもそも第3位階の魔法を行使出来るのも、ごく一部の熟練者に限られるのだが──途中で魔力切れを起こしてもおかしくない距離と時間だ。しかし仮面の下の表情こそ窺い知ることは出来ないが、ローブを風になびかせ、軽快に飛行する姿に微塵も疲労を感じさせていない。

 

「ずりぃよなー魔法ってやつはよぉ。こっちはもうケツが痛くてたまらねぇぜ」

 

 イビルアイの足元から見上げるように愚痴を漏らすのは、見事に鍛え上げられた肉体を持ったガガーラン。慣れない乗馬での長距離移動に顔を歪めている。とはいえ、こちらも態度だけで疲労までは程遠い。

 

「仕方ないだろう。それに可哀想なのは馬のほうだ」

 

 進行方向も速度もそのままに、イビルアイはくるりと後を振り返ると、追走する“蒼の薔薇”のメンバー4人と5頭の馬の様子を窺う。アダマンタイト級冒険者でもある彼女らにとって、この程度の強行軍ではまだまだ余裕を感じさせる。対して馬の方はというと、魔法で速力の向上と肉体面の疲労は緩和させているが、十分な休息の時間を与えてやれなかった分やや気性が荒いようだ。ちなみに負荷のかかるガガーランの馬には替え馬も用意してあり、並走させている。

 

「おぉ。それもそうだな! よーしよし、ジョディ、トーマス、もう少しだ! 頑張ってくれよー」

「あら? 確か昨日はアベリィにローガンじゃなかったかしら」

 

 ガガーランの横手に並び、優雅に馬を乗りこなすのは王国貴族の令嬢であり、“蒼の薔薇”のリーダーを務めるラキュース。白銀に輝く鎧を着込み、草原を馬で駆ける姿は一枚の絵画から切り抜いたような見事なものだった。

 

「細けえことはいいんだよ。こういうのはな、愛だよ、愛。気持ちが大切ってな!」

「ちゃんと正しい名前で呼んであげることも大切だと思うけど……」

「それはそうと、リーダー。愛といえばこの前、()()告白されたそうじゃねぇか」

「なっ……!」

 

 バッと後を振り返ると、駆けている馬の上なのにも関わらず、あさっての方向へと不自然にそっぽを向いている双子がいた。

 

「ティア、ティナ! あんた達ね! 誰にも話さないって言ったじゃない!!」

「……どうせ大衆の面前だったからバレるのも時間の問題」

「それに真っ赤になったボス可愛かった。あれは皆で共有すべき」

「あのねぇ……」

 

 悪びれるどころか全く同じニヤついた笑みを返すのは、忍術を得意とする元暗殺者のティアとティナ。土色の外套(クローク)を纏い、その下には体にぴったりとフィットした黒装束が覗いている。

 

「だけどよ、真面目な話。そろそろ男の一人や二人つくってもいいんじゃねぇのか?」

 

 お前は親戚のおばさんかと、ツッコみたくなる気持ちをぐっと押しとどめる。だが、ガガーランの言うことも正論だ。

 死が常に隣り合わせな冒険者稼業、生存本能に従って子をなしておこう、という考えは当然ある。既に2人目の子供がいてもおかしくない年齢に達しているにも関わらず、今だ親しい男女の仲というものを知らないラキュースにはぐうの音も出ない。

 逆説的に言えば、危険だからこそ必要以上に大切なものを抱え込みたくないというのも、また正論なのだけど。

 

 では彼女は後者なのかと問えば、それは正しくはないし、恋愛に興味が無いわけでもない。

 ましてや、ガガーランにイジられたように決してモテない訳でもない。むしろ街を歩けばそこら辺の男なら振り返らせるに十分な美貌を持ち、社交界に出席すれば彼女と話をしようとする男達で列が出来るほどだ。

 

 では彼女が何故今なお、独り身なのか──ひとつは彼女自身が強すぎることだろう。他の冒険者を下に見ることはないが、やはり伴侶にするならば肩を並べられるほどの実力者か、それに見合った魅力を持つ者が好ましい。だがアダマンタイト級冒険者というハードルはあまりにも高いのだ。

 そしてもうひとつの原因は彼女の抱えるある種の病気のせいだろう。別に命に関わるものでもないし、親しい人を不幸にするものでもない。このぐらいの歳には既に完治するのが普通なのだが……彼女自身がそれを自覚していないのも症状を悪化させている要因なのかもしれない。

 この世界で認知されてないこの症状にあえて病名を当てはめるならば、そう──厨二病である。

 果たして暗黒の精神によって生み出された闇のラキュースを救い出し、固く閉ざされた鎧、『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』という名のベールを脱がせる殿方はいつ現れることやら。

 

 しかし、類は友を呼ぶとも言う。周りを見渡して見ればレズビアンにショタコン、自称初物食いに、自分には関係のない話だと既に達観している者。誰一人としてマトモな恋愛観を持ったやつがいないのだから、この現状も致し方がないのかもしれない。

 

「い、いいのよ、私のことは! それよりイビルアイ、周囲の警戒は大丈夫なの!?」

「私に当たらないでくれ……平和なものさ、静かすぎるぐらいに」

 

 モンスターの比較的少ない平野といえども、バジリスクやコカトリスのような石化を行うものや、チンのような致命的な猛毒を持っている危険なモンスターがいつ現れるとも限らない。

 例え後ろ向きに飛んでいようが、魔法で強化された索敵で警戒してくれているイビルアイのお陰でこのように呑気な会話を楽しむことができるのだ。

 とはいえ、ここらに出現するのはせいぜいゴブリンやオーガ等たかが知れているものだけで、彼女ら“蒼の薔薇”であれば相手にすらならないのだが。

 

「お? 見えてきたぞ。カルネ村だ」

 

 こうして頭上に太陽が昇りきった正午過ぎ、一行は目的のカルネ村に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 何度も振り返り、追手が迫って来てないことを確認する。脱兎の如く神都から逃げ出した直後は飛竜(ワイバーン)が後をついて来ていたようだが、しばらく前に地平線の彼方に置き去りにした。

 だが油断は出来ない。ついさっきまで逃げても逃げても振り切れなかった少女の姿が思い返される。

 

 見た目の幼い可愛らしい外見とは裏腹に、容赦ない殺意を撒き散らす、推定ユグドラシルプレイヤー。

 ただ、自分とはどうにも境遇が違うようだ。たまたま神都で鉢合わせたというよりかは、以前からあの地に関係を持っていた風な自然体な雰囲気。彼女はずっと前にこの世界へやってきた存在で、自分の守るテリトリーに侵入されたから攻撃を仕掛けた、という感じだろうか。

 この世界に来たタイミングがずれることを考慮すれば、そういうこともあるかもしれない。

 であれば、他の国や土地でも同じように縄張り争いが行われているということも……。

 

(あーーめんどくさい! 日本人の国民性的にもっとまとまるとか、協力するとかあるでしょ!? てか、ゲームじゃないんだからガチで殺しにくるとか頭おかしいんじゃないか。常識的に考えてさ!)

 

 全力の逃飛行から少し落ち着いたことで、先程受けたダメージによる痛みと理不尽な仕打ちによる苛立ちがじわじわとこみ上げてくる。

 

 ペロロンチーノは空間から赤色の液体が入った小瓶を取り出すと、一気に飲み干し、「ふぅーっ」と息をついた。

 HPが回復していく奇妙な感覚を味わいつつ、さらにもう一本呷る。

 心身一如とはよく言ったもので、腕の痛みが嘘のように引いていくのと同時に、不思議と鬱々とした気分も晴れていくようだ。

 

 冷静に考えてみれば、自分自身が人間を止め、感性や思考が大きく揺らいでしまったように、先発のプレイヤーも少なからず影響を受けている可能性は高い。例え人間種であってもその強大な力に溺れてしまうのは想像に難くない。また、時間の経過と共にその乖離が広がるのも然もありなん話しだ。

 

 ペロロンチーノは自分の身体に視線を落とすとぶるりと震えた。

 自分が自分ではなくなる。既に身を持って体験したことだ。これからもっと人間離れしたものになってしまうのかと思うと怖い。恐ろしい。

 

 だけど、バードマンそのものになっても変わらないものがあった。それは人生の大部分、共にあった凝り固まった性格──もとい性癖だ。

 真面目な話、美少女を愛でるその確固たる精神が、バードマンの本能とも言える食肉への渇望に打ち勝ったのは偶然では無いのではなかろうか。

 それはある意味、人間であった頃のアイデンティティを保つのに一役買っているのではないだろうかと。

 

(んな訳ねぇか……)

 

 まあ、何にせよ分からない事だらけだ。

 せめてこれからはもっと慎重に、特に他のプレイヤーには警戒しておく必要がある。

 

 追跡者はいないと確信した頃、ペロロンチーノはスレイン法国を大きく迂回するようにしてカルネ村への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ええ。ですので、私達は皆、ペロロンチーノ様に感謝しているのです」

「そうでしたか。すみません、疑うようなことを言ってしまって……」

「いえ。無理もありません。私達も最初は戸惑っておりましたが、あの御仁のお優しさに触れ、今では誰一人として怖がる者はいませんよ」

 

 村に入った雰囲気でもわかっていたことだが、村長の話を聞き、確信に変わる。 

 王国戦士長が感じ取った人物像を疑っていた訳ではない。だが、人づてに聞いた印象という、そんな曖昧のものを信じこむほど“蒼の薔薇”は楽観的でもない。もしかしたら、その場しのぎの演技をしていただけで、その後の村ではどんな残忍なことが行われていたか分からなかったのだから。

 だがそれも杞憂に終わったようだ。

 一緒に話を聞いていたイビルアイと互いに顔を見合わせ、ラキュースは胸をなでおろした。念のため、ティア、ティナ、ガガーランらは馬の世話をするという名目で屋外に残り、警戒に当たってもらっている。

 

「では、ペロロンチーノ殿が戻られるまでもう少しお話を伺ってもよろしいですか?」

「それは構いませんが……」

 

 あまり気が進まないといった表情を見せる村長。村に入った際に帝国騎士の討伐報酬を渡しに来た使者であると告げているが、同時に冒険者であることも告げていた。冒険者とは本来、厄介なモンスターの退治を請け負うことを生業としている者達である。であれば、冒険者がこの村を訪れる理由を邪推してしまうのも無理もない話だ。

 

「もちろん、私達がペロロンチーノ殿に危害を与えるつもりは一切ありませんわ。むしろ友好を深め、人類とバードマンの架け橋になりたいとすら思っています! 彼の旅の目的が知れれば、何か力になれることもあるかと思いまして!」

 

 これはラキュースの本音の部分でもある。その瞳には力がこもり、キラキラと輝いているようだった。

 

「わ、わかりました。旅の目的ですか……私は伺っていませんが、より親しくしているエモット姉妹なら何か知っているかもしれません」

「エモット姉妹ですか?」

「はい。エンリとネムと言いまして、あなた方をここまで案内した娘です。……エンリとネムの両親はあの時亡くなってしまいましたが、今ではペロロンチーノ様を本当の親のように慕っているのですよ」

「それほどまでとは……! さぞご徳望のある方なのですね」

 

 想像以上の好印象に声音にも驚きが混じる。対して村長は、さも自分が褒められたかのように嬉しそうに頷いた。

 

「はい、ペロロンチーノ様には足を向けて寝られないですよ。そういえば……」

 

 古い記憶を辿るように村長は言葉を紡ぐ。

 

「確か、『ゆくどらいる』、『あいんずうるごーん』、『ぷれいやー』なるものを探しているようでした」

「うーん……? どれも聞き覚えが無いわね。イビルアイはどう? ……イビルアイ?」

 

 視線を隣に向けると、そこには小柄な体格も相まって、まるで人形のように動かなくなってしまったイビルアイの姿があった。

 

「どうかしたの?」

「いや、まさか……これは、とんでもない大物かもしれないぞ……」

 

 大物という意味では理解できるが、意味深な言葉の裏にある真意まで汲み取れないラキュースは首を傾げる。

 

 バタンッ──

 

 静かだった室内に大きな音が響いた。

 勢い良く開け放たれた扉の向こうには慌てた様子のティアの姿。

 

「大変だ! 女の子が攫われた!」

 

 

 

 

 

 ペロロンチーノは眼下の武装した者達を見下ろす。

 村を荒らした騎士や、その後やってきた兵士達とは明らかに雰囲気が違う。

 装備に統一感は無く、そしてその全てに何かしらの魔法的効果が込められているように思えた。鑑定スキルの類は持ち合わせていないので正確なところは分からないが、一見ショボそうに見えるものに限って強力なマジックアイテムだったりするので油断は出来ない。

 

 ある者は巨体にこれまた巨大な刺突戦鎚(ウォーピック)を構え、またある者は大剣を手にした聖戦士風、仮面を付けた魔法詠唱者(マジックキャスター)に、そして残る2人は忍者の格好である。

 嫌でも先程戦った白黒少女の姿が思い返される。

 あの忍者の格好がファッションでないならば、60レベルの積み上げが必要な職業(クラス)だ。白黒少女ほどの威圧感は全く感じないものの、同じパーティを組んでいることから、全員が最低でも60レベルの水準にあると考えるべきだろう。

 

(全部で5人……先回りされていたのか? ああーー糞ッ!)

 

 嵌められた思いに怒りを感じるが、巻き込んでしまった姉妹の安全を優先しなければならない。

 そこへ頭に上った血を冷ますかのような、小さく震えた声が胸元から聞こえてきた。

 

「ペロロン様……」

「すまない、エンリ。大丈夫だったか? 安心しろ、お前たちには傷ひとつ付けさせやしない」

 

 横抱きにしたエンリを安心させるように、努めて優しい声を掛けてやる。

 

「ネムはどこに──」

「ま、待って皆! 武器を下ろして」

 

 姿が見当たらないネムの救出に向かおうとしたところで、足下から女の声が届いた。

 

「……?」

「ペロロンチーノ殿ー!! 私達は王国で活動しているアダマンタイト級冒険者チーム、“蒼の薔薇”と申します! リエスティーゼ王国第三王女、ラナー王女に代わり、貴方に謝礼を届けに参りました!」

 

 改てエンリの顔を覗いてみればコクコクと頭を縦に振っていた。

 

 

 

 

 

 ペロロンチーノは不機嫌だった。

 表情にこそ出ていない──というよりも表情筋が無いのだから当たり前なのだが、椅子にドカリと腰かけた姿は誰の目から見ても好意的な雰囲気はない。

 勘違いだったことは自分の早とちりによるものだと、ペロロンチーノ自身も十分に理解はしている。しかし、高ぶった感情の矛先を失い、なんとも据わりが悪い。さらにそれを態度で示してしまっている大人げない自分に新たな苛立ちを募らせているところだ。

 

 ここは村では一番大きい村長宅の居間。テーブルを挟み、“蒼の薔薇”5人と対面している格好である。村長夫妻には安全のためと言って席を外してもらっていた。

 

「…………」

「…………」

 

 ──無言である。

 こういう場合、話を持ってきた側から話し始めるものだと思っていたが、何故だか一向に沈黙を守ったままだ。

 これでは(らち)があかない。話を聞くと決めたことだし、いい加減気持ちを切り替えないとな、と思いペロロンチーノは咳払いをひとつ。

 それに合わせて5人の肩がビクリと跳ねた。

 

(え? てか、こいつら何でこんなに萎縮してるんだ? ……この感じだとプレイヤーではないのか?)

 

 “蒼の薔薇”を見やれば、顔面は蒼白で額には汗を浮かばせている。仮面を付けた者も含め、誰一人身動ぎせず、手先は僅かに震え、硬直した面持ちからは緊張がヒシヒシと伝わってくる。

 

 さらによく観察してみると、リーダーと思しき金髪縦ロールの姉ちゃんはかなりの美人さんだ。

 隣の忍者の二人……お、これは双子か、よく似ている。切れ長な目と、細く整った眉毛はクールな印象を抱かせるが、外套(クローク)の開けた隙間から覗かせている網々メッシュ越しのおヘソは大胆でいて……なるほど、絶景である。

 さらに隣の仮面は……かなり小柄だ。子供か老人か、はたまた山小人(ドワーフ)なのか。ローブと仮面で体の一部も露出していないため判別のしようがないが、プレイヤーでないのなら子供であるはずもないか。

 そして最後にデカイの……は視界の隅に追いやった。

 一通り見渡していたら自然と気分も晴れていた。不思議なものだ。

 

「えーと、謝礼だったかな? まあ、頂いておくよ。それで……アダマンタイトといったら冒険者の中でもそれなりなんだろ? 出来れば教えてもらいたい事が色々あるんだけど」

 

 発せられた声音には先程までの威圧感は微塵も含まれていない。射抜かれるような視線を浴びせられていたラキュースは全身の力が抜けるような思いだったが、残った精神力を総動員させて言葉を返す。

 

「は、はい! 喜んで!」

 

 

 

 

 

「なるほどなー。じゃあ俺が戦ったのは漆黒聖典ってやつの可能性が高いか……」

 

 逃げ出すのが精一杯だったのに、あんなのが複数いるのかと思うと胃が痛くなる思いだ。

 

「そ、それでペロロンチーノ殿はどんな技っ! で撃退されたのですか!?」

「えっ。弓士の証明(アーチャー・プルーフ)というターゲティングスキルを起点にしたコンボ技だけど……」

「その名も……!?」

「……『乱れ牡丹』」

「今度お見せいただいても!?」

「あ、はい……」

「おいおい、リーダー! 身を乗り出しすぎだ。流石に無礼だぞ?」

「はっ……! こ、これは大変失礼致しましたっ」

 

 ガガーランに引き剥がされ、冷静さを取り戻したラキュースが勢い良く頭を下げる。いやなに、苦しゅうない。ほのかに漂う残り香を楽しみつつ、ペロロンチーノは構わないぞ、という素振りでそれを許す。

 ここまでの話を聞いて、彼女達の実力や人柄を大体把握出来た。もはや“蒼の薔薇”に対する警戒は毛ほどもない。

 

 何が琴線に触れたのか、先程から落ち着きが無いこの女性──ラキュースは、見た目から気品溢れるお嬢様なのかと思いきや、蓋を開けてみればガンガン行こうぜタイプなおてんば娘のようだ。残念美人という言葉がよく似合っている。だがそれも悪くはない。

 そのラキュースを窘めた巨漢なおと──女性は、意外と気さくな雰囲気を持ち、このチームのムードメーカーを担っているようだ。

 双子のティアとティナも口数こそ少ないものの、ちょいちょいメンバーに軽口をたたくところがなんとも微笑ましい。

 

「はぁ……。リーダーは自重すべきだが、イビルアイは随分と大人しいじゃねぇか」

 

 イビルアイと呼ばれた仮面の者は……確かにまだ一度も声を聞いていない気がする。仮面自体は何らかのマジックアイテムなようだが、顔を隠し続けているのには何か理由があるのだろう。他人に触れられたくない部分というのは誰にしもあるものだ。意味もなく地雷を踏みに行く趣味はペロロンチーノにはない。踏むなら計画的に、だ。

 仮面をジロジロと眺め過ぎていたのかも知れない。ペロロンチーノの視線に気付いたラキュースが声を掛ける。

 

「ペロロンチーノ殿が不審がられているわ。仮面越しじゃ、得られる信用も得られないと思うの。ここは他人の目も無いし、ね?」

「う、うむ。……そうだな」

 

 ラキュースに促され、イビルアイがそっと仮面に手をかけ──

 

 ペロロンチーノは目を剥いた。

 

 顕になったのは端整な幼い顔立ちだ。その肌はシミひとつ無い白蝋じみた白。兎のような真紅の瞳に、口元からは少し長く伸びた八重歯が覗かせている。

 ゴクリと喉が鳴るのを自覚する。年の頃は12ぐらいだろうか。幼女と少女というファクターを天秤に掛け、どちらに傾くか分からない不確定さを保ちつつも、その両方の良い所が見事に両立するという危うさがそこには在った。さらにペロロンチーノの記憶違いでなければ、いや、忘れようはずがない。ユグドラシル時代に自らが設定したNPC、シャルティア・ブラッドフォールンと特徴がよく似通っているではないか。

 

「なんと……なんということだ……」

「あ、あの。隠そうとか騙そうなどとしていた訳ではなくて……」

「いや、いい。……立ち上がって一周回ってみてくれないか」

 

 ペロロンチーノの真剣な眼差しに気圧され皆が静観する中、イビルアイは立ち上がるとぎこちなく、くるりと回ってみせた。

 

「こ、これでいいのか?」

 

 ──いい。実に良い。

 シャルティアの自由に動く姿を何度も妄想したナザリック第2階層。組み込まれたプログラムは決して多くはなかったが、ペロロンチーノを満足させるだけのコマンドを作り上げるため、情熱を注いだ仲間との青春の──AI担当のヘロヘロにとっては悲痛な──日々が思い起こされる。それでも、やはりプログラムはプログラムだった。

 今、目の前で舞って魅せてくれた姿は困惑と緊張と不安と羞恥の入り混じった、なんともたどたどしい自然体な仕草であった。涙腺がもう少し発達していたら感涙に咽ぶことは必至だったろう。

 おっと、いかん。思わず灰になりかけた意識を再び引き戻し、冷静に思考を働かせる。

 

 ユグドラシルにおいて、本来の吸血鬼は一部の例外を除き、おおよそ醜い姿だ。

 シャルティアの場合は外装に美しい吸血鬼(ヴァンパイア)らしい姿をデザインして、それを当てていた。

 目の前の彼女はどうなのだろう。吸血鬼らしい特徴を持ち合わせているし、アンデッドならその幼い容姿にも納得ができる。例外の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)か、はたまた……。

 

「確認させてもらいたのだが……ペロロンチーノ殿は、その……ぷれいやー、なのか?」

「──!?」

 

 今なんと言った?

 発音が微妙におかしいが、確かに聞こえた。

 言葉の意味が分からなかったのか他の4人はきょとんとしている。

 

「──お前は違うのか?」

「わ、私はもちろん違う! そうか……やはり本物なのだな」

 

 ペロロンチーノは安堵した。イビルアイがプレイヤーではないと知って。こんな可憐で儚げで庇護欲を掻き立てる美少女の中身がオッサンではないと知って。

 

「何かわけありなようだが……。詳しく聞かせてくれるかな?」

「ああ。まさか私に役目が巡ってくるとはな……。そうだな……6大神、8欲王、13英雄などの話を聞いたことがあるだろうか?」

 

 

 

 

 

 驚愕の事実に頭が痛い。

 話は600年も前に遡り、そこから100年単位──100年の揺り返しと言うらしいが、とてつもない長いスパンを経てユグドラシルプレイヤーがこの世界に訪れているそうだ。

 また、プレイヤーが現れるときは一人ということはなく、時にはギルド拠点ごと転移してきたこともあり、その証拠として遥か南の砂漠には天空城が今もなお残っているらしい。

 そして魔神というものの存在。かつて、イビルアイ自身もプレイヤーと共にそれらと戦ったようだが、話を聞く限りどうもNPCのような……。大したAIも組み込めなかったNPCが何故、という疑問も残るが、この状況にあってあり得ないと断じる方があり得ないだろう。

 

「なるほど、な……。それで君から見て俺はどっち側なんだい?」

「ふっ。もちろん13英雄のリーダーと同じ、善を成す側だと見込んだからこそ、ここまで話したんだ」

「そうか。……ならばその期待に応えるとしよう!」

 

 ペロロンチーノが手を差し出すと、それに応えて小さな両手が握り返された。

 脳内フィルターによって、『信じてもいいんだよね? お兄ちゃん』と上目遣いをしているイビルアイの姿を幻視したペロロンチーノ。可愛い妹の期待を裏切ろうはずがない。

 一方で神と同格の存在を正しく導くという大役を果たしたイビルアイは、精神的に昂ぶっているのか頬を仄かに紅潮させ、キリッとした表情を作っている。

 ただ聞いていることだけしか出来なかった残る面々も、会話の内容から、目の前の存在がただのバードマンなどではないことを改めて確信した。神話の中から抜け出したような、崇高で畏怖の念を起こさせる存在を前に、初めて対面した時とは違う緊張感を漂わせている。

 

「それで、他のプレイヤーは今どうしているんだ?」

「私の知る限りでは現存するぷれいやーは貴方だけだ、ペロロンチーノ殿。ただ、過去の例からすれば近くで新しいぷれいやーが生まれていてもおかしくはないな」

「ん……? 漆黒聖典とやらは違うのか? 俺が相手した奴はかなり強かったけど」

「ふむ。ならばそれはぷれいやーの血を引き、覚醒させた存在やも知れん。法国ではそういった人物……正確には6大神の血を引く者を神人と呼んでいる。確かに法国なら神人を囲っていてもおかしくはないが、流石に複数はいないと思うぞ。それだけ血の覚醒は奇跡的な確率だからな」

「プレイヤーの子孫ねぇ……」

 

 ペロロンチーノに衝撃が走った。

 

(それ、即ち、先輩達は子作りに成功しているということか!? なにそれうらやまけしからん。……ということは、神都の白黒美少女は現地産の天然物か!? いや、正確には品種改良種というべきか)

 

 そういうことなら、侵入者である自分に斬り掛かってきても仕方がなかったかとペロロンチーノは思い直す。相手をプレイヤーだと思っていたとは言え、例え反撃であったとしても、女の子に手を上げるなんて紳士にあるまじき行為だ。次に会った時は誤解を解いて、謝罪をせねばなるまいと心に強く誓うのだった。

 

 深く考え込んでいたペロロンチーノが何やら納得したように顔を上げたタイミングを見計らい、ラキュースは問いかける。

 

「あ、あの。ペロロンチーノ様は他にも『ゆくどらいる』、『あいんずうるごーん』をお探しなのですよね? もしお許しいただけるのであれば、私達にもお手伝いをさせて頂けませんか?」

「そうだけど……あー村長から聞いたのか。じゃあ、『アインズ・ウール・ゴウン』と……そうだな、あと『グレンデラ沼地』、『ナザリック地下大墳墓』について調べもらえるかな。ラキュースさん」

「はいっ! それとこちらからもお願いがあるのですが……」

「なにかな?」

「申し上げることすら不遜かと思いますが……この村を救ったのは、当面の間、王国戦士長ということにしては頂けないでしょうか。お恥ずかしい話ですが、人間国家で貴方様のことを公にするのは色々と問題がありまして……」

「ふむ……なるほどね。俺としてもあまり目立ちたくないし、村の皆には俺から伝えておくよ」

 

 こうして談笑を交えつつ、お互いの情報がある程度共有できた頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 しかし、そんな屋内の穏やかな雰囲気と裏腹に、家の外は静寂に包まれていた。原因は話し合いが始まる当初、ペロロンチーノより放たれていた只ならぬ気配だ。出てくるまで決して近寄るなと言われた室内からは話し声はおろか、微かな物音さえも聞こえてこない。一体中では何が行われているのだろうかと、日が落ちても今だ多くの村人達は固唾を呑んで見守ることしか出来なかったのだ。

 そんなことも露知らず、外の剣呑な雰囲気に家から出てきたペロロンチーノ達が目を白黒させたのは、また別のお話。

 

 ──翌朝。

 エ・ランテルより“蒼の薔薇”を追って早馬がカルネ村に到着する。

 最悪な厄災の知らせと共に。




12/22
色々と微修正
話の大筋に変更はありません

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