夢幻航路   作:旭日提督

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第八四話 古の方舟

「何………あれ。フネ、なの………?」

 

 画面に映し出された"それ"を見て、思わず息を呑む。

 

「………全長で20km以上はありますね。フネというより、要塞みたいです」

 

「しかし、形は宇宙船そのもののようだが」

 

「移民船、ってやつなんじゃないのか?ほら、大昔にそんな船作って大量に飛ばしてたって話じゃないか」

 

「ふむ……確かに、いつの時代かは忘れたが小耳に挟んだことがあったような……」

 

 神奈子と諏訪子の二人も、身を乗り出してモニターに映し出される光景に見入っていた。お互い押し退け合うような体勢で固まったまま、食い入るように画面を眺めている。

 

「移民船、か。―――そういえば、前サナダさんが大昔の移民船の話をしていたような……」

 

「始祖移民船、ですか?」

 

「そう!それそれ。もしかしたら、こいつもその類のやつなんじゃないの?」

 

「あり得ないことではないと思いますが、そこは詳しく調べてみないことには分かりませんねぇ。とりあえず、艦を近付けてみましょう」

 

 だいぶ前のことだったと思うが、確かサナダさんがそんな話をしていたのを思い出した。今から一万年以上前に、地球から巨大移民船が続々と出発して、その大半は住んでる人間が絶滅して滅びたという話だったと思うのだけど、目の前にあるこの巨大船も、もしかしたらそんな移民船のなかの生き残りなのかもしれない。

 

「ん、了解。こんなお宝、調べない訳にはいかないものね」

 

 〈開陽〉の艦体がゆっくりと転舵して、問題の巨大船に接近していく。

 巨大船との距離が近づいていくにつれて、モニターの画面には次第に細部も鮮明に映し出されるようになっていった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 全体としては箱形の船体だが、外装には曲線と直線を組み合わせた有機的なデザインが見られた。船体の前部下方には装甲がなく、シャッターを下ろされたような意匠の内装が露出している。船体の左右と下部に突き出している六角形の意匠を持った部分は、ドッキングポートの類だろうか。特に下方のそれは、後方に浮いている中型の船(中型といっても、問題の巨大船と比べてであってそれ自体かなり大きいのだけど……)が元々ドッキングしていたように見えなくもない。結合部らしきものが剥離して、その周囲にデブリとなって浮かんでいた。よく見ると、船体の上方にもドッキングスペースがあったような跡が見られた。

 

 船の色は紅色と薄紫のツートンカラーで、恒星や天体の発する光が反射されて時々輝いて見えた。船底の装甲がない部分は機械の地の色が露出している。他にも航海灯っぽいものが点いていたりプロジェクターっぽいものが緑色に光っていたりする辺り、フネの機能自体は生きているのかもしれない。

 

「―――大きいですねぇ」

 

「そうね………これ、20kmじゃあ収まらないんじゃないかしら」

 

「んーと、ちょっと待ってください…………あ、霊夢さんの言うとおりですね。全長は約33kmあるみたいです」

 

「33kmか……大きすぎて、どのぐらいのサイズなのか逆に見当もつかなくなるわ」

 

「えーっと、確か本来の〈開陽〉が全長1600mだった筈ですから、全長だけでもざっと20倍ぐらいでしょうか?体積まで含めたら、大まかに見積もっても8000倍ぐらいでしょうねぇ」

 

「は、8000倍………」

 

 あまりのスケールの違いに、目眩がしてしまいそうな程だ。

 考えてみれば、移民船は都市一つ丸ごと載せて何世代も重ねて宇宙を旅したフネなのだ。だからそれだけ大きくても別段不思議ではないのだけれど………

 

 それでもやはり、目の前の巨大船の迫力にはただただ圧倒される。日本という国の中でも箱庭の小世界に過ぎなかっただろう幻想郷など、このフネ一隻のなかに丸々収まってしまうのではないだろうか。

 

「ん………奥の方にも、壊れてるやつが幾つか浮かんでるみたいだねぇ」

 

「本当だわ………艦隊、だったのかしら」

 

「艦隊、というよりは船団だろうな。恐らく複数の移民船で巨大な移民船団を形成していたのだろう。一際でかいこいつは、さしずめその旗艦、といったところか」

 

 さっきまでは小惑星の陰になっていたりしてよく見えなかったのだけど、言われてみれば確かに小惑星や微惑星に混ざって明らかに人工物だったモノが幾つか浮かんでいた。

 それらの大半は船体が真っ二つに折れていたり、はたまた船体の一部や大部分が欠けていたり、或いはエンジンらしき部分のパーツだけが浮かんでいたりと死屍累々な状態だったが、例の巨大船周辺に浮かんでいた何隻かは奇跡的にほぼ原型を留めていた。

 

「見たところ、あの巨大船以外の移民船らしきフネにも二種類あるみたいですねぇ。小型タイプの方は大体8000m、中型は約15000m級みたいです」

 

 船団を構成していたと思われるフネのなかでも、一番数が多かったのは小型タイプのフネだった。それらは旗艦と同じように直線を主体にしながらも、一部に曲線を交えたりして有機的な意匠を感じさせるデザインのフネ達で、その大半が小惑星とぶつかったりでもしたのか壊れているのが殆どだった。

 もう一方の中型タイプは直線主体で、精練された宝石を細長く引き伸ばしたような角形の船体にエンジンブロックと司令塔を取り付けたような艦影をしていた。こちらは小型タイプと比べたら流石に頑丈だったのか、画面に見えている3隻のうち2隻は外観をよく留めている。

 

「しかしまぁ、これだけフネが破壊されてるなかでこのデカブツ、よくこんなに綺麗に残ってたわねぇ」

 

「そうですねぇ……外装にも多少の凹みや剥離している部分は見られますけど全体としては綺麗ですし、つい最近この星系に流されてきたのかもしれません」

 

 

「確か、移民船が地球を出発したのは一万年以上前だったか。―――そこまで来れば、私達とこいつが過ごしてきた時間の差など、多少の差に過ぎないだろうな」

 

 船団ごと滅亡して、一体どれくらいの時間が経っているのだろうか。どこかの星系に流れ着くぐらいなのだから、千年単位で時間が経っていそうな気もする。それこそ、月の連中と肩を並べられるぐらいにはこの宇宙を漂っているのかもしれない。

 

「何千年も旅を続ける宇宙船、かぁ………。私には、想像もつかない時間ねぇ………」

 

 画面に映し出される巨大船の光景を眺めながら、目の前のフネが過ごしてきたであろう悠久とも言える時間に思いを馳せる。このフネは、今まで一体どれだけの人間の生を眺めてきたのだろうか。仮に今までの航海の中程で船団が滅びたのだとしても、あの賢者を越えるぐらいにはこの移民船団(箱庭世界)で繰り広げられた営みを見てきたのかもしれない。

 

 そういえば………このフネが地球を旅立った頃には、幻想郷はまだ存在していたのだろうか。在ったとしても、その在り方はどれほど変わっていたのだろうか。

 

「………博麗の巫女といえども、けっこうロマンチストなんだねぇ」

 

「でしょうでしょう諏訪子様!霊夢さん、クールでぶっきらぼうに見えても意外と女の子なんですよ。そこがまた魅力的で………」

 

「………そこ、余計なお世話!」

 

 全く、失礼な連中だ。私だって浪漫の一つ二つは惹かれたりもする。冷血で現金な女なんかじゃないんだもん。………そこまでは、堕ちていない筈だ……。

 

「ふぇっ!?ひゃ、ひゃいつ………」

 

「ハハッ、こいつめ、すっかりお前の虜じゃないか。―――なぁ博麗の巫女、ちゃんと責任は取ってくれるんだろうねぇ?」

 

「ちょ……、何よ諏訪子!責任って………」

 

 唐突に寄りかかってきた諏訪子が肩に手を掛けてきて、耳元で囁かれる。

 

「責任って………むしろこっちの方が取って欲しいというか……」

 

 そもそも、責任って何なのよ。あるとしたら、それは早苗をこんなふうに育てたあんた達でしょう。お陰でここ数日はずっと倦怠感に襲われたままだ。………普段は基本いい子なのはせめてものの救いだけど。

 

「ほぅ?寧ろおまえさんの方が責任を取って欲しいと―――なぁ聞いたかい、早苗?」

 

 あ、これ地雷踏んだかも。

 

 ギチギチと首を動かして早苗の方を見ると、案の定そこには目を輝かせた彼女の姿が………

 

「…………はいッ!この不肖東風谷早苗、いつでも霊夢さんの責任を取る所存ですっ!!さぁさぁ霊夢さん、今すぐにでも式場の準備を―――」

 

「ちょっ………なんでそうなるんじゃあー!?」

 

 ベタベタくっついてくる早苗を必死に引き剥がしながら、事の原因を作り上げた不良神をきつく睨み付ける。……が、当人はさも愉快そうに笑みを浮かべて余裕の態度で煽ってくる。むかつく。

 

「ぐぬぬ………こんのクソ神がぁっ!?」

 

「ククッ、吠えるねぇ。いいぞいいぞ、何でも言ってみるといい」

 

「ああ………霊夢さんの香り………」

 

「お前らいい加減にしろぉッ―――!!」

 

 

 

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「はぁっ、はぁっ………この―――」

 

「その辺りにしておけ、博麗の巫女。お前も、調子に乗りすぎだ」

 

「ちぇっ、もう少し楽しめると思ったんだけどなぁ」

 

「ふぅ………。霊夢さん分を存分に補給できました。ご馳走さまです」

 

 ―――はぁ………やっと、解放された………

 

 しばらく早苗に抱きつかれては諏訪子に煽られてという状態だったが、漸くそれから解放されて自由の身になれた。

 

 流石に状況を見かねたのか、神奈子が意外にも助け船を出してくれたお陰だ。これがなかったら、もう暫くはあの状況が続いていただろう。

 

「茶番はもう済んだだろう。さて、それでは本題に入るとしよう。―――あの巨大船、如何にして調べようか」

 

「んー、やっぱりまずは入り口を探さないと始まりませんよね。ここは定石通りセンサー類で調べてから、内部に突入、という感じではどうですか?」

 

「入口か。まぁ、それが定石だろうな。やれるか?」

 

「はい、お任せ下さい♪」

 

「………なに勝手に仕切ってんのよ」

 

 いつの間にか、主導権を神奈子に握られてしまっていた。あいつ、元からそれが役割だったかのように違和感なく溶け込んでやがる……だけど艦長は私なんだもん。誰が何を言おうとそこだけは譲らないわ。

 

「入口ねぇ……。早苗、あの「あそこのドッキングポートが怪しそうだな。どうだ、有りそうか?」

 

「えーっと、艦首部分のあそこですよね神奈子様?分かりました。探してみます!」

 

「うむ。任せたぞ」

 

 ……守矢が3に博麗は1。元から味方など居ないのだ。

 

 くそぅ、肝心の指揮権まで持ってかれてたまるもんですか!………とは言っても、早苗は早苗で元々あっちの人間だ。神奈子の指示に従うのも当然といえば当然なのだけど―――むーっ、なんだかムカムカした気分になるわ………。

 

「あっ、有りました!それっぽい開口部が見えてますね」

 

「……それ、ちょっと見せてくれる?」

 

「あ、霊夢さん。はい、この部分なんですけど……」

 

 早苗と神奈子の間に割り入って、画面を眺める。

 どうやらその画面にあったのはセンサーでスキャンしたデータのようで、それが三次元的に描写された図面が出力されていた。

 

「ドッキングポートから艦内中央に向かってシャフトが延びてるのね……。ここの入口、停められないかしら」

 

「う~ん、ちょっと待ってください………ああ、やっぱり駄目ですね。宇宙港みたいにフネを完全に収容する形式じゃありませんし、何より規格が合っているのかすら分かりませんから、直接ドッキングさせるのは無理みたいです」

 

「なら近場に着けて、小型船に乗り換えていく感じになるのかなぁ。でも、残りの船なんてあったかしら」

 

 直接ドッキングできないとなったら当然別の船(内火艇みたいな小さい艦載船)に乗り込んでいくことになるのだけど、生憎使える内火艇はクルーを脱出させる時に使ってしまっている。だからいまの〈開陽〉には手頃な小型船が残されていないのだ。これは少々困った。

 

「うーん、丁度良さそうな小型船なんて残ってたかしらねぇ……」

 

 内火艇や強襲艇の類がまだ艦内に残っていないか、早苗に探すよう指示を出そうとしたとき、思わぬ助け船が差し出された。

 

「それなら、確か研究室になんぼかあった気がするなぁ」

 

「え、本当!?」

 

 諏訪子が何気なく溢したその言葉に、思わず飛び付く。

 研究室、といったら、やはりサナダさんかにとりの所だろうか。身体をゲットしてきた際になにか見ていたのかもしれない。

 

「うむ。まぁ、研究室といっても工場区画のような場所だったがな。何やら怪しげな機材に混ざってそれなりにでかい船が置いてあったな」

 

「研究室にでかい船、か………。早苗、研究室のカメラに繋げられる?」

 

「はい、やってみます!」

 

 私が指示を出すと、早速彼女は指示通りに動いてくれた。

 研究室の電源は今も落ちたままな筈なので、カメラを暗視モードに切り替えて探している。

 画面に研究室のカメラからの映像が繋がったみたいなので、その緑色の画面を凝視する。

 

「………あ、そこストップ」

 

「はい!」

 

 私の合図で、旋回しながら室内を映していたカメラが止まる。

 

「おおっ、これこれ、これだよ。間違いない」

 

「……そうだな。我々が見たものはこいつだ」

 

 映像に映された小型船らしきその物体を見た諏訪子と神奈子は、二人揃ってそれが件の小型船だと認識した。

 

 船首のミサイルコンテナに、船尾の二基に別れたエンジンとそれに挟まれた形で設置されたプロペラントタンクにエンジンと船首を繋ぐアームに取り付けられたブリッジ部分……間違いない、いつぞやの突撃艇だ。

 

「これ………確か、サナダさんが以前開発されていた突撃艇ですよね?」

 

「みたいね。そういえば……アリスが何処かにこいつがいっぱい安置されてたって言ってたわね……まさか研究室にも置いてあったなんて」

 

「対ヤッハバッハ用とか言ってましたけど、すっかり使う機会を逃してしまいましたねぇ」

 

 完全に、こいつの存在を忘れていた。

 

 こいつを始めた見たのが確かヴィダクチオ戦の最中だった気がするから、それからサナダさんはせっせとこの突撃艇の生産と改良をしていたのだろう。ううっ、よもや貴重な戦力の存在を忘れていたなんて……これは申し訳ないことをした。

 

 よく見ると、この艇の船首部分はミサイルコンテナじゃなくてただの貨物室になっていた。発射管が塞がれてる代わりに、観音扉みたいなのが付いている。輸送型、なのかな?

 

「ここは使えそうなモノがあっただけでも喜ぶべきね。早苗、こいつの推進材が残ってるかどうか、確かめられる?」

 

「はい。今研究室のコンピューターに繋ぎます。―――出ました。船本体の燃料タンクの分は積み込まれてるみたいです。残念ながら外付けのプロペラントタンクは空っぽのようですが」

 

「よしっ、それなら使えるわ!今すぐそいつに乗り込んで遺跡探索に行くわよ!」

 

「あ、ちょっ、霊夢さん!引っ張らないでくださーい!」

 

 思わずはしゃいでしまい、早苗の腕を掴んで引きずってしまった………。お宝が目の前にあるんだもん、仕方ないよね。

 

「ああ、留守は私達に任せてくれ、早苗」

 

「ふふっ、紅白巫女と遺跡デートかぁ。ひゅー♪」

 

「ちょっ、諏訪子様!からかわないで下さい!」

 

 フネの留守ならこの二柱が名乗り出てくれたのだけど、なんだか不安だ……特に洩矢諏訪子。恐らくこいつが早苗をあんなふうに育てた元凶だ。こんなやつに艦を任せるのは、……若干躊躇ってしまう。

 

「なぁに、事実じゃないかぁ~。………もっと既成事実でも重ねてきたらいいじゃないか♪」

 

「き、既成事実………」

 

「変なこと吹き込むなぁ!?」

 

 だけど、神奈子が居るなら牽制し合ってなんとかなるかもしれないと思った矢先にこれだ。やっぱり不安だわ………。

 

 それでも霊夢ちゃんはお宝目指して進むのだー。金、金、資材……お宝は幾らあっても足りないわぁ、じゅるり。

 

「………とにかく!変なことはしないでよね!」

 

「そこは任せろ。私が責任を持って監督する」

 

「監督とは人聞きが悪いなぁ。私から完全に信仰を奪えなかった分際でよく言う」

 

「………なんだと?」

 

「あわわ、神奈子様、諏訪子様!落ち着いて下さい!」

 

 早速火花を散らして睨み合っている二人。今でさえこれなんだから、早苗という緩衝材が抜けた後はどうなることやら――。やっぱり、こいつらに艦を任せるのは心配だ………。

 

 

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 ~〈開陽〉研究開発工場~

 

 

 かつてマッドサイエンティスト共の巣窟と化していたこの研究区画………その中でも、この開発工場は奴らが欲望の赴くままに試作したガラクタが転がる墓標と化していた。戦闘の衝撃で比較的整理されていたであろう機材や試作機、部品が散乱し、電源が落ちてごく一部に最低限以下の非常灯しか点いていないお陰で、一層その雰囲気を強めている。

 

 私と早苗はそんな開発工場の中を掻き分けながら、懐中電灯片手に目的の場所を目指していた。

 

「あ、見えました。あそこですね」

 

 早苗が一度立ち止まって、懐中電灯で前方を照らす。

 

 開発工場のコントロールルームだ。

 

「ふぅ、これで漸くこのゴミ屋敷から解放されたわ。さっさと電源入れちゃいましょう」

 

「はいっ」

 

 元々この場所に来たのは遺跡探索の為の小型船を確保する為だ。だけど現状では船を外に出すためのエアロックも動かないし、そもそも船を移動させることすらできない。だからコントロールルームからこの区画にエネルギーを回すよう調整して、機能を復旧させないといけないのだ。しかも間の悪いことに、戦闘の影響で回線が破損したのか早苗と繋がってるコントロールユニットからの信号を受け付けないみたいなので、手動で直接設定しないといけないらしい。………あのマッド共の気質を考えたら、研究開発に介入されないための措置だったのかもしれないけど……

 

 これまで真っ暗な中掻き分けながら進んできて何度も床のガラクタに足を取られそうになったので(そんなときは大体早苗が支えてくれたけど)、明かりがつくだけでも幾分かは歩きやすくなるだろう。

 

「よっ、と………。ん、扉は普通に開くみたいです」

 

「開くんじゃなくて、無理矢理開けたんでしょうが」

 

 早苗は器用に瓦礫を飛び越えながらコントロールルームの扉までくると、力づくで無理矢理引き戸みたいに開けてしまった。

 

「まぁいいじゃないですか。どうせ電源が無いのでコンソール弄っても開かないんですし」

 

「それもそうね。んで、肝心のコンピューターは使い物になりそう?」

 

「はい、ちょっと待ってくださいね」

 

 コントロールルームに意気揚々と入っていった早苗は、施設全体を統括するコンピューターが置かれたデスクの前に立って右腕をかざした。

 すると彼女の腕が二の腕から変形してぐにゃりと曲がり、何本もの触手状になったケーブルが飛び出してくる。そして指先も肌色から銀色に変わって、遂には手全体が同じような触手に変形した。

 それを早苗は平然とした表情のまま機械のあんなとこやこんなとこに挿し込んで、ハッキングを始めたようだ。なんか機械のモニターが砂嵐になったり一面緑やピンクの画面になったりを繰り返したり、メーターやボタンっぽいものがやたらと点滅したりとか明らかにヤバい感じに感じになっている。

 ………大丈夫だよね?壊れたりしないよね?

 

 その光景はまるで、機械が早苗の乱暴なハッキングに喘いでいるみたいで………

 

 

 ………っ、!?

 

 

 ―――それを思うと、急に早苗の仕草がいやらしく見えてしまう。

 

 あんなものに抱かれたら、どこまで壊されてしまうのか―――。一瞬脳裏に浮かんだそんな不健全な思考を、なんとかして振り払おうとはしたが、瞬く間に耳に熱が集まっていく。きっと顔も、既に赤くなっていることだろう。

 

 あ………

 

 早苗が何かに気づいたみたいに、ふと顔を上げた。そしてきょとんとした眼差しで、硬直した私と目を合わせてしまう。暫くすると事情を理解してしまったのか、ものすごく意地のわるそうな邪な笑みを浮かべた。

 

 ――よりによって、一番気づかれたくないやつに気づかれてしまった………

 

「………へぇ~。霊夢さん、顔が真っ赤ですけど………どうかしたんですか?」

 

「い、いや………、ななな、何でもないから……ッ!」

 

「ふぅん………。―――その割には、ひどく動揺しているみたいですけど、もしかして………」

 

 早苗は触手状のケーブルを一本、口元にまで持ってくる。

 

 そして獲物を見定めた女豹のような目付きをしながら、妖艶にその長い舌で触手を舐めた。

 

「"これ"、気になっちゃったんですかぁ~?」

 

 挑発的で危険な香りに、残酷で妖艶な表情………嫌が応にも早苗に奪われたときのことを思い出してしまって、勝手に身体が熱くなる。

 

 意識して考えた訳でもないのに、ぞくり……と全身に刺激が走った。

 

「そ………んなことあるわけ無いでしょ!勝手に変なこと考えないで集中して!!」

 

「そんな顔で言われても全然説得力無いですよ。………どうです?今夜にでもヤってあげます?」

 

「ッ~~~~!だから余計なことは言うなぁ!?」

 

 ああもう、最近こんなのばっかり………こいつの思考回路、一体どうなってるのよ……

 

「………とにかく!今は作業に集中してろ!!」

 

「はぁ~い。もう、つまらない人ですねぇ~。………帰ったら、期待してて下さいね?」

 

「~っ!?………だから、そういうのが余計だって言ってるのに………」

 

 こいつ、全然反省なんてする気無さそう。余計なことばかり言って………

 

「………あ、機能回復しました」

 

「随分唐突なのね」

 

 一転して、いつもの調子で告げられる。さっきまで、挑発的な態度を取っていたとは思えないぐらいの変わりようだ。

 

「区画全体の制御は掌握しましたので、電源を入れておきますね」

 

 早苗が言うと、一気に工場内の電球が点灯した。

 眩しさに一瞬目を塞いだが、次第に目が慣れてきたので瞼を開ける。

 

「………うわぁ、ひっど」

 

 目を開けて真っ先に飛び込んできた光景は、至るところで散乱したガラクタの山、山、山………。本当に足の踏み場もないくらいに積み重なっていた。

 人型機動兵器がハンガーから落ちてうつ伏せになっていたり、ガラクタの山から戦闘機の翼みたいなのがひょこっと顔を出していたり、衝撃で飛び散った部品が一面に散乱していたり………正にガラクタの墓標ともいうべき光景だった。

 

 肝心の小型船周辺も例外ではなく、幾つかのガラクタや破片が船の外壁に当たっていたり、周辺に散乱していたりする。

 

「これは………まずは大掃除しないとどうにもなりませんねぇ……。天井のクレーンとアームで周囲のガラクタを退かしてみます」

 

「みたいね。そこんとこは頼んだわ」

 

 早苗が工場区画の制御に意識を傾けると、天井に取り付けられた移動式のクレーンや、壁に折り畳まれていたアーム類が起動して、小型船周辺やエアロックまでの移動レーン上にあったガラクタの類をせっせと退かしていく。

 

 あれだけ散らかっていたガラクタが、小型船の周りに限ればものの数分で綺麗に片付いてしまった。

 

「ふぅ、こんなものでしょうか」

 

「後は、船が使えるかどうかね。見た目は無事みたいだけど、まだ動くかどうかは分からないし」

 

「そうですねぇ………後は、遺跡探索用にちっちゃいバギーや作業ドロイドなんかも持っていった方が良さそうです。幸い輸送用に改造されていたみたいですから、船首のペイロードに積んでおきましょう。確かクルマなら海兵隊の陸戦兵器格納庫にいくつか残っていた筈ですから、そこから貨物レーンを通して運んでおきます」

 

「あれだけ大きなフネだからねぇ。もしかしたらバギーだけじゃ足りないかもしれないわ。一応使えそうなVFでも持ってく?」

 

「ですね。幸いこの工場内に使えそうな22がありますから、それが動くなら小型船に積んできましょう」

 

 さくっと今後の方針を早苗と決めて、持っていく荷物を選ぶ。全長だけでも30km以上のフネなのだから、探索用に乗り物は必須だろう。クルマだと高い場所にある扉とかがあったら苦労しそうだから、跳べる機動兵器なんかもあった方が便利そうだ。

 

「後は、必要な食糧なんかを携帯すれば大丈夫かしら」

 

「一応、医療キットも持っていった方が良さそうですね。準備しておきます」

 

 早苗はコンソールから手を離すと、部屋にあったロッカーの中身を適当に焦って、鞄に非常食やら飲料水、備え付けられていた簡易救急セットなんかを詰め込んでいく。

 

「ふぅ、荷物はこんなところですね。ささ、先ずは船の状態確認です。行きましょう、霊夢さん」

 

「そうね。アレが動かなかったなら何の意味もないんだし」

 

 荷物を背負った早苗は、意気揚々とコントロールルームを出て小型船に向かっていく。

 小型船周辺は片付いたといってもそれ以外の場所はまだガラクタが散乱してるので、またガラクタを飛び越えていくのも億劫だし私は飛んで小型船まで向かうことにした。

 

 

 ~小型船・ブリッジ~

 

「よし………っと。霊夢さん霊夢さん、フネの機能は大丈夫そうです。外壁に多少傷があるぐらいで、エンジンや他の重要区画には異常ないみたいです」

 

「なら、荷物の積み込みが終わり次第出発しましょう。推進材はちゃんとあるのよね?」

 

「はい。燃料タンクに半分ほどですが、そんなに距離があるわけではないので十分だと思います。空っぽのプロペラントタンクは取り外して、そこにVFを懸架させておきます」

 

「分かったわ。準備が終わったら教えて」

 

「了解です」

 

 そこから数分間、ブリッジの席でじっとりているうちに準備が終わったみたいて早苗が報告してくれた。

 

 さて、いよいよお宝探索の時間だ。胸が踊るわ。

 

「船を発進用のエアロックまで移動させて。出るわよ」

 

「分かりました。シャッター開きます」

 

 小型船は移動レーンに乗せられて、開かれたエアロックに続くシャッターを潜り抜ける。

 

 エアロックにまで辿り着くと、中の空気が抜かれて宇宙空間と地続きになる。

 

「発進しますよ、霊夢さん!」

 

「タイミングは任せたわ。……いよいよお宝探索ね。楽しみで仕方ないわ」

 

「ふふっ、霊夢さんったら変わりませんねぇ。そういう俗っぽいところも可愛くて好きですよ♪」

 

「………余計なこと言わない。あんたは操縦に集中してて」

 

「はぁい」

 

 全くこの娘は、いつも調子を狂わせてくれる。気恥ずかしいったらありゃしないわ。

 

 小型船のエンジンに火が点いて、ゆっくりと船は〈開陽〉のエアロックから滑り出す。そのまま引き込まれるように、巨大船のドッキングポートに向かって舵を切った。

 




挿絵欄に始祖移民船と新しい宇宙戦艦の挿絵を上げました。気になる方はご覧下さい。

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