夢幻航路   作:旭日提督

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連投一つ目です。


第七九話 マゼランの嵐

 ~マゼラニック・ストリーム宙域~

 

 

「レーダーに感あり。数6………艦種照合完了。サウザーン級CL1、アリアストア級DDG2、テフィアン級DD3です」

 

「エルメッツァの艦隊か………何故こんな場所に?」

 

 カシュケントを出港してユーリ君達の艦隊と合流した後、シュベインさんの案内で秘密航路とやらを進んでいた。………ところで、ユーリ君の艦の隣にいるフネ………あの〈エリエロンド〉よね……?なんで彼の艦隊に随伴しているのだろうか。味方ならまぁ、別にいいんだけど。

 

 どうやら私達以外にもこの航路に展開している艦隊が居たらしい。脱出組のこころに代わってレーダーを担当する早苗から報告が入った。見たところ使っている艦はエルメッツァ軍の艦船のようだが、その艦隊が発しているIFF……敵味方識別信号はヤッハバッハのものだ。

 

「……恐らく、降伏したエルメッツァ軍の編入された艦隊でしょう」

 

「つまり、敵という解釈でいい訳ね」

 

「はい。そう見て宜しいかと」

 

 私の疑問に、オペレーター席に座るノエルさんが答えてくれた。可哀想に、捨て駒にされた訳か。少数の被占領国艦隊を哨戒線にばら蒔いて、定時連絡が途切れたらそこに敵がいる、って分かるという寸法か。だけど………

 

 

 ……敵ならば、遠慮する必要はない。

 

 

「………全艦、砲撃戦用意!!ここで察知される訳にはいかないわ。全て片付けなさい!」

 

 このまま進んだら私達の存在が通報される。撃破しても、モタモタしていたら定時連絡がないことに気づいたヤッハバッハ主力に警戒されてしまう。なら、ここで敵を殲滅して、強行軍で一気に敵主力艦隊側面を突くしかない。

 

「了解!全艦、砲撃戦用意!!射程に入り次第、各個目標に向けて砲撃を開始せよ!」

 

「イエッサー、火器管制オン。主砲一番から三番まで目標を捕捉次第斉射開始」

 

 敵艦隊を捉えた〈開陽〉は、その破壊力を解き放たんと艦首方向を指向する三基の主砲塔が稼働して敵艦隊を照準する。僚艦もそれに倣い、発射可能な全ての砲口を敵に向けた。

 

「先行するユーリ君の艦隊は?」

 

「はい……今やっとエネルギー反応が上昇を始めたところです」

 

 チッ……躊躇ったか。

 艦隊の配置からしてユーリ君の艦隊が先に前方のエルメッツァ艦隊と交戦していた筈だが、私達より戦闘態勢への移行が遅れているところを見るに、同じエルメッツァ人だからという理由で一時攻撃を躊躇ったのだろう。戦闘態勢に入りつつある点を見ると覚悟は決めたようだけど……済まないが、先に此方で片付けさせてもらう。

 

「全主砲、発射準備完了!」

 

「―――撃ちなさい」

 

 淡々と、命令を下す。

 

「イエッサー。主砲発射!!目標、敵一、二番艦!」

 

 〈開陽〉の上甲板にある三基の160cmレーザーカノンが咆哮し、蒼白い軌跡を描いて目標に飛翔する。

 主砲弾の直撃を受けた敵サウザーン級は一撃こそ耐えたものの、その一撃でシールドを一気に剥がされたのか、続く二撃目では一瞬で灰塵と化した。もう一隻のアリアストア級も、主砲弾の直撃を受けて火を吹きながらクルクルと回転して軌道を外れた後、大爆発を起こして轟沈した。

 

「敵4隻のインフラトン反応拡散。撃沈です」

 

「第二射用意。本艦は敵五番艦、〈ネメシス〉は敵六番艦を狙いなさい」

 

「了解。射撃データ更新します。目標、敵五番艦」

 

 〈開陽〉と〈ネメシス〉の先制砲撃で一気に艦隊の大半を失ったエルメッツァ艦隊は明らかに動揺していた。残された2隻のテフィアン級駆逐艦は、反転して急速離脱を図っている。だけど、ここで私達の存在を露呈させる訳にはいかない以上、ここで沈めなければならない。

 

 ―――悲しいけどこれ、戦争なのよね……。

 

「射撃データ更新完了。いつでも撃てます」

 

「……主砲一番から二番、一斉射!目標敵五番艦!!」

 

「イエッサー。ぶっ放すぜ」

 

 再び、〈開陽〉の主砲が咆哮する。

 

 やや時間差を置いて放たれたエネルギーの弾丸は目標の艦尾……エンジンノズルを正確に貫き、轟沈せしめる。

 

 ほぼ同時にその隣でも、同じような爆発が巻き起こった。

 

「敵五、六番艦のインフラトン反応拡散。……敵艦隊、全滅しました」

 

「よろしい。第一種警戒態勢に移行し、そのまま前進を続行しなさい」

 

「アイアイサー。全速前進」

 

 艦隊は今しがた撃破した敵艦隊の脇を通り過ぎて、黙々と秘密航路を進む。本来ならデブリの回収や生存者の救助活動をするんだけれど、生憎と今そんなことをしている余裕はない。……許せ。

 

「……向こうからの通信は?」

 

「いえ、ありません」

 

「そうか………」

 

 ユーリ君からは文句の一つ二つは言われるかと思ったが、どうやらそうはならなかったみたいだ。……向こうも、本当に覚悟を決めたということか。

 

 その後も艦隊は、黙々と前進を続けた。

 

 

 

 .................................................

 

 

 ~マゼラニック・ストリーム宙域、赤色超巨星ヴァナージ近海~

 

 

 

 

「っ……!捉えました!前方距離126000、ヤッハバッハ主力艦隊発見!!」

 

 遂に、その姿を捉えた。……ここからはもう、引くに引けない領域だ。

 

 敵艦隊の規模が大きすぎるだけに、通常よりも遥か遠距離でその姿を捕捉することに成功する。………流石に万単位の艦が集結しているだけあって、中々に壮観な眺めだ。

 

 ――これから私達は、あの中に飛び込むのだ。

 

 私は通信機を手にとって、先を行く友軍に声を掛ける。

 

「……ユーリ君、やることは分かってるわね」

 

《……敵の中枢を強襲し、敵艦隊を混乱させる、ですね》

 

「ええ。無茶はしないで、生き延びることに集中しましょう。じゃあ、再会を祈って」

 

《はい。そちらこそ、お気をつけて》

 

 僅かに言葉を交わし合い、通信を終える。また生きて会えることを願い、互いの健闘を祈る。

 

 通信機をそっと置き、艦橋を一瞥する。

 

 ―――皆、覚悟を決めたような顔をしていた。

 

 私は立ち上がり、艦内放送用のマイクを手に取る。

 

「―――全員、聞いているわね」

 

 私が話し始めるのを見て、全員の意識が集まってくる。

 

「間もなくこの艦隊は、敵艦隊と交戦するわ。――この中には、奴等に故郷を蹂躙された、そして今まさに蹂躙されている人達も居るでしょう。奴等に対する気持ちは分かる。だけど、この艦隊を率いる長として、一つだけ言わせて頂戴」

 

「―――生き残れ。生き残って、また仲間と会いましょう。私からは、それだけよ。以上」

 

 簡潔に、短く纏めて訓示を終える。

 

 さて……ここからが本番、ってね。

 

「………聞いていたわね。全艦、第一種戦闘配備!!敵の側面に大穴を開けてやりなさい!!」

 

「「「了解ッ!!」」」

 

 艦橋クルーの木霊するかのような返答が響く。直後、〈開陽〉のエンジンが唸りをあげて、最大速度で敵艦隊に向かって突撃する。

 

「長距離対艦ミサイル〈グラニート〉全弾スタンバイ。発射諸元入力開始」

 

「主砲へのエネルギー注入を開始。モード、収束砲撃。エネルギーコンデンサー解放。速射態勢に移行します」

 

「艦載機隊、発進スタンバイ。カタパルトにて待機せよ」

 

《護衛艦隊各艦、戦闘準備完了よ》

 

 次々と、戦闘態勢に移行しつつあることを示す報告が耳に入る。その間にも、敵との距離は縮まっていく。

 

「アイルラーゼン艦隊の様子は?」

 

「はい………本艦隊より左舷前方、116000の宙域でヤッハバッハ艦隊先鋒と交戦中。今のところ拮抗しているようです」

 

 レーダーを一手に握る早苗から、アイルラーゼンの動向が知らされる。

 数の上ではヤッハバッハの十分の一以下のアイルラーゼン艦隊だが、この宙域は赤色超巨星ヴァナージの熱線と重力嵐によって航路が細く限られている。なので、ヤッハバッハはその数を前面に押し出して圧倒するという戦術が取れないでいる。しかし、アイルラーゼンがほぼ全軍で当たっているのに対し、ヤッハバッハは大軍であるためその余力は段違いだ。次第にその差が明瞭となって浮かび上がってくるだろう。私達の仕事は、敵を混乱させることでそれまでの時間を出来るだけ稼ぐことだ。

 

「……向こうもあまり余裕は無さそうね。敵艦隊中枢に突入後は、そのまま中央を突っ切ってアイルラーゼン艦隊と合流するわ。やれるわね?」

 

「んなこと言われましてもねぇ!やるっきゃ無いでしょ!」

 

 舵を握るロビンさんに、艦隊機動の方針を伝える。

 敵との間には埋めようもない差がある以上、少数の私達が生き残るためには敵艦隊の陣形内に突入して同士討ちを発生させるか、それを躊躇わせて向かってくる火線を減らす他にない。なので、そのまま敵艦隊の内側に入り込むコースを指示する。

 

「距離40000を切りました。長距離対艦ミサイルによる先制雷撃を仕掛けます」

 

 敵艦隊との距離が一定に達し、戦艦〈開陽〉〈ネメシス〉、重巡洋艦〈ピッツバーグ〉〈ケーニヒスベルグ〉〈伊吹〉、強襲巡洋艦〈ブクレシュティ〉、駆逐艦〈東雲〉〈有明〉の8隻からそれぞれ〈グラニート〉及び〈ヘルダート〉対艦ミサイルが発射され、一直線に敵艦隊へと向かう。

 

 流石にもう私達の存在には気付かれているようで、敵艦隊から迎撃の為のレーザーやミサイルがひっきりなしにミサイルに向かって飛んでくる。だが、艦船並の重装甲と駆逐艦を遥かに上回る速力を持つマッド謹製対艦ミサイルにはヤッハバッハの主力兵装であるクラスターミサイルでは当たっても跳ね返され、撃墜できる可能性を秘めた艦砲も中々当たらない。

 

 ヤッハバッハの迎撃を嘲笑うかのように悠々と敵艦隊まで到達したミサイル群は、遂にその破壊力を発揮した。ミサイル群の三分の一は流石に接近した段階で撃墜されていたが、残りのミサイルは無慈悲な破壊を達成する。

 一度に4発の対艦ミサイルを受けたダウグルフ級戦艦はきりもみに回転しながら吹き飛ばされて大爆発を起こし轟沈する。艦体の中央にミサイルが命中したブラビレイ級空母は艦載機と弾薬、推進材への誘爆を起こし、真っ二つになって轟沈した。それよりも小さなダルダベル級巡洋艦は一発受けただけで沈み、ブランジ級突撃駆逐艦に至ってはミサイルに艦体を切り裂かれる始末だ。そしてブランジ級を切り裂いたミサイルは、別の艦に命中して道連れにする。

 

「先制雷撃、成功しました。撃沈23、大破11。敵艦隊の陣形が乱れています」

 

「よし今よ!最大戦速で突入!」

 

 ミサイルで大穴を開けられたヤッハバッハ艦隊側面に向けて、艦隊を突入させる。艦速の関係上、〈開陽〉はユーリ君の艦隊を追い越して最前線に立った。

 

「敵艦隊との距離、あと20000!」

 

「主砲、砲撃始め!あんだけ犇めいているんだから、有効射程外でも当たるでしょ!」

 

「イエッサー。主砲全弾発射!!」

 

 最大有効射程よりもやや遠い距離から、〈開陽〉の砲撃が始まる。あれだけ的が居るのだ、何処に撃っても当たるだろう。

 

 〈開陽〉と〈ネメシス〉の2隻の戦艦は、今までにない凄まじい速度でエネルギー弾をガトリングのように敵艦隊に叩きつける。

 これもサナダさんやにとり等マッドの仕業で、艦に設置されたエネルギーコンデンサーから一時的に砲弾用のエネルギーを供給することで通常の三倍の発射速度を実現したものだ。戦艦クラスのエネルギー弾が速射砲のように降り注いでくるのだから、敵からすれば堪ったものではない。ただし短時間に大量のエネルギーを砲身に叩き込む関係上、砲身やエネルギー伝導管を始めとする砲システムに多大なる負荷を与える悪夢のようなシステムだ。それだけに部品の磨耗速度は通常の比較にすらならないほどだ。この戦闘が終わる頃には、全ての砲が焼ききれているかもしれない。

 

 敵との距離が近づくにつれて巡洋艦、駆逐艦も砲撃に参加し、四方八方を囲む敵に対して砲撃を続ける。

 鎧袖一触の勢いで、陣形外側に展開していたエルメッツァ艦隊を撃破する。

 最早何隻の敵を撃破したかすら数えられなくなってきた頃、遂に艦隊の戦闘は敵艦隊側面に鏃のように突き刺さり、そのままの勢いで内部にまで突入した。

 

「敵艦隊内部に突入!」

 

「全艦、円筒隊形を維持しつつ前進を継続!!」

 

 艦隊は、一本の筒のような隊形を取ったまま、敵艦隊の中を突き抜ける。後続のユーリ君達も、サマラさんの〈エリエロンド〉が良い盾になってくれて無事のようだ。

 

「駆逐艦〈秋霜〉〈タルワー〉〈ヘイロー〉轟沈!!巡洋艦〈モンブラン〉損傷率70%を突破!」

 

 しかし、此方も無傷という訳にはいかない。幾ら敵が同士討ちを恐れて火線を緩めたとしても四方八方を敵に囲まれているのだ。瞬く間に艦隊外輪の駆逐艦には損傷が蓄積し、集中的に狙われた艦から塵へと帰っていく。……その中には別銀河から苦楽を共にしてきた歴戦艦も含まれていることからも、その熾烈さを窺えよう。

 

「巡洋艦〈モンブラン〉、通信途絶!〈サチワヌ〉被害甚大!陣形内部に後退させます」

 

「これは………想像以上の熾烈さね」

 

 どうやら、ヤッハバッハの連中は私が思っていたほど甘くはなかったらしい。元来の戦闘的な特性の為か、同士討ちを恐れずに果敢に攻撃してくる連中が想定より多すぎる。それだけ同士討ちも多数発生しているのだが、此方の被害も馬鹿にならない。そして此方は常に移動を続けている以上、常に真新しいピカピカの敵を相手にしなければいけない訳で……奇襲で混乱してこの火力とは、やはり侮れない敵だ。

 

 ……だが、此方もそう易々とやられる訳にはいかないのよ。

 

「全艦載機隊、発進!!同時にハイストリームブラスター、及び超遠距離射撃砲エネルギー充填開始!!敵を凪ぎ払え!!」

 

 

 

【イメージBGM:宇宙戦艦ヤマト完結編より「ヤマト飛翔」】

 

 

 

「な………正気ですか!?このタイミングでハイストリームブラスターは………」

 

「艦首の予備動力をフルパワーで回せば主機のエネルギーはそのままでしょ。やって!」

 

「は、はいッ!!」

 

 機関長のユウバリさんの反論を振り切って、私はそれを命じた。

 

 敵艦隊の中程まで進んだところで、艦隊を敵艦隊と並行になるように移動させる。そして艦載機の発進と共に、艦首に大口径砲を持つ全ての艦は予備エンジンを全力運転しての急速充填を開始する。

 

「細かい照準は付けなくていい!とにかくぶっ放しなさい!総員、対ショック、対閃光防御!!全ての艦載機は艦隊直上又は直下に退避せよ!」

 

「了解!ハイストリームブラスター、発射スタンバイ!」

 

《ヴァルキュリアリーダー了解………全く、出て早々無茶を言うな艦長!》

 

「駆逐艦〈コーバック〉応答無し!撃沈されました!」

 

 着々とハイストリームブラスターと超遠距離射撃砲の発射準備を整える艦隊だが、その間にも外輪の駆逐艦群への攻撃は続く。此方の意図を察して、陣形中心の主力に打撃を与えようと躍起になっているのだろう。そして怒濤のごとく押し寄せる敵艦載機隊は此方が展開した艦載機隊で抑えているが、早速被害が続出している。マッド謹製の機体だから戦果も絶大だが、やはり敵の数が多すぎる。戦況モニターが瞬く間に撃沈と被撃墜を表す色に彩られた。

 

「エネルギー充填、120%!」

 

「ハイストリームブラスター及び超遠距離射撃砲、発射準備完了!」

 

 横一列に並んだ〈開陽〉〈ネメシス〉〈ピッツバーグ〉〈ケーニヒスベルグ〉〈伊吹〉の5隻の艦首から、眩いばかりの閃光が溢れ出す。

 

「全艦、艦首軸線砲―――発射!!」

 

「了解!ハイストリームブラスター、発射!!」

 

「艦首軸線砲、発射!!」

 

 閃光が、解き放たれた。

 

 5隻の艦船から放たれたエネルギーの奔流は次第に2隻の戦艦が放ったハイストリームブラスターに収束され、二条のハイストリームブラスターは螺旋を描きながら射線上に位置する敵艦を次々と飲み込んでいく。

 閃光はそのまま敵艦隊の中央を突き抜けていくかと思われたが、果たして二条に収束したハイストリームブラスターの光線は、予想外の挙動を見せた。

 

「なッ!!?」

 

「くっ……!」

 

「ま、眩し……ッ!?」

 

 

 ……突如、閃光が爆ぜた。

 

 螺旋を描きながら回転して突き進んだ二条のハイストリームブラスターは一点で収束、互いに衝突して花火のように爆発。対閃光防御からも明確に感じ取れる程の膨大な、恒星にも匹敵するかと思われるほどの光量を発しながら、その花火は辺りに居た敵艦隊を丸ごと道連れにして消滅した。

 

 

「これは………」

 

「一体、何が………」

 

 

 皆口を塞いで、眼前に広がる景色を見て呆然としていた。

 

 

「………敵艦隊、推定19500隻の撃沈破を確認………」

 

 

 レーダーを監視する早苗の報告の声が響き、艦橋のクルー達は我に帰る。その早苗すらも、まるで信じられないといった表情でレーダー画面を見つめている。

 

 斯く言う私ですら、目の前の光景が信じられない。

 

 本来のハイストリームブラスターの被害半径ならば、せいぜい2、3000隻を巻き込めるかどうか、といった程度なのだ。数だけ見ればそれだけでも充分に多いが、12万の大軍からすればその数は1割にも満たない。それで敵が混乱すれば、という魂胆だった。それがどうか、今の敵艦隊は、目視でも分かるほどの大穴を開けられて、全軍の1割以上を失った。

 

 

 ―――これは、何………!?

 

 

 ハイストリームブラスターに、こんな仕様があるとは聞いていない。………恐らくは、偶発的な現象なのだろう。純粋に敵艦隊の戦力を大幅に削ったのはいいけど………

 

「艦長、これは恐らく〈開陽〉と〈ネメシス〉、2隻ハイストリームブラスターが干渉し合った結果だろう」

 

「サナダさん!?」

 

 珍しく艦橋の席についていたサナダさんから、早速分析結界がもたらされた。

 

「発射された二条のハイストリームブラスターが超遠距離射撃砲のエネルギー流を呑み込んで軌道が変化し、そのため本来なら直進する筈だった二本のハイストリームブラスターのエネルギー流が互いに干渉し合い、右旋回/左旋回の螺旋を描いた。そしてある一点で衝突することにより、そのエネルギーを周囲に拡散させて解放した、と見るべきだろうな」

 

「………つまり、偶発的な産物だと?」

 

「そう思ってくれて構わない」

 

 ………やはり、この現象は偶然だったようだ。未だに敵は、先の攻撃に唖然としたままなのか此方に発砲する艦は少ない。

 

「―――各員、戦闘配備を続行!この隙に作戦目標を達成するわよ!」

 

「りょ……了解!!」

 

 こんな隙を、逃すわけにはいかない。

 

 再び艦隊を動かして、当初の目的に従い戦闘を再開した。

 

 

【イメージBGM:艦隊これくしょんより「全艦娘、突撃!」】

 

 

 ~ユーリ艦隊旗艦〈ミーティア〉~

 

 

「い……今の攻撃は……!?」

 

「分かんないが……あのお嬢さんがやってくれたみたいだねぇ」

 

『紅き鋼鉄』のハイストリームブラスターによる攻撃を間近で目にした彼の艦隊に、動揺が広がる。圧倒的なその破壊に魅了されたかのように、ブリッジクルーは皆呆然としていた。

 

《……ユーリ!敵の援軍が到着した。私が奴等を抑える隙にお前は離脱しろ!》

 

 

 偶然にも『紅き鋼鉄』のハイストリームブラスターで凪ぎ払われたとはいえ、ヤッハバッハ艦隊はまだ充分過ぎるほどの余力を残していた。その力を以て、彼等は『紅き鋼鉄』諸共ユーリ艦隊の包囲殲滅を図る。彼の艦隊に随伴していたサマラの〈エリエロンド〉は、それを抑えるために急速反転、離脱した。

 

「サマラさん………」

 

 だが目の前の旗艦は満身創痍、討つならば今しかないという感情がユーリの中に沸き上がる。

 

《ユーリ様!敵が怯んだようですぞ!》

 

 続いて、この宙域までユーリ達を先導してきたシュベインから通信が入る。………その言葉で、ユーリは決断した。

 

「……よし今だ。前方の敵旗艦も傷ついている。ヤツを叩いて退路を開け!!」

 

 彼の命令を受けて、グロスター級戦艦〈ミーティア〉は再び前進を開始、退路を確保すべく、敵旗艦との一騎討ちに入った。

 

 

 

 

 

 ~ヤッハバッハ先遣艦隊旗艦〈ハイメルキア〉~

 

 

「ぬおおっ!?」

 

「な……何だ、今の攻撃は!?」

 

「わ、分かりません……陣形内部に突入した敵艦隊から、強力な粒子砲が発射された模様!」

 

「味方の約15%が、し……消滅です!」

 

「本艦の被害も甚大です!右舷ブロックを中心に重大な損傷を認む!A21からD40までの隔壁閉鎖!」

 

 偶然にも『紅き鋼鉄』が放った拡散ハイストリームブラスターを受けたヤッハバッハ艦隊旗艦〈ハイメルキア〉のブリッジは混乱に包まれていた。

 取るに足らない少数と思われた敵艦隊が自軍の1割以上を消滅させたのだ、無理もない。

 自身もハイストリームブラスターのエネルギー奔流により重大な損傷を負った艦隊旗艦〈ハイメルキア〉のブリッジクルー達は、必死に状況の把握に努める。

 

「ちっ……怯むな!まだ我々の圧倒的優位は揺るがぬ!数で圧倒しろ!!」

 

 艦隊司令のライオスは必死に部下の動揺を抑えようと指示を飛ばすが、あれだけの衝撃的光景を目にした後だ、彼等が立ち直るのにも時間が掛かった。

 

「ネージリンスに展開していた3075、3076艦隊が戦線に到着!」

 

「……よし、一気に包囲、殲滅せよ!」

 

「はっ………いえ、待って下さい!敵艦隊が前進を再開!一部は本艦に向かってきます!」

 

「強行突破する気か………いいだろう、迎え撃て!!」

 

 〈ハイメルキア〉に向かう敵艦―――ユーリの〈ミーティア〉を見て、ライオスは迎撃を支持し、彼の艦に艦首を向けた。

 

「司令!」

 

「………今度は何だ!」

 

 別のクルーの声が響き、ライオスはその声の下に注意を向けた。

 

「ハッ………それが、アイルラーゼン艦隊後方に、巨大なエネルギー反応を観測しました……今光学映像に出します!」

 

 クルーがコンソールを操作すると、艦橋脇に設置された大型モニターにその映像が出力された。

 

「これは………!?」

 

 それは、アイルラーゼン艦隊後方で発射準備を整えつつあるエクサレーザー砲艦〈タイタレス〉の姿だった。放熱の為に8本のオクトパス・アームユニットが稼働し重力レンズリングユニットが砲口に移動しつつあるその艦は、ハンマーやメイスを思わせるような形状から、布のない傘のような形状へと変形を始める。

 

「………いかんッ!アレを最優先で落とせと前線の艦隊に連絡しろ!」

 

「ハッ………!」

 

 ライオスはその映像だけで、本能的に危険を察知する。未だ『紅き鋼鉄』が繰り出した異次元の攻撃が脳裏に強く焼き付いているだけに、ライオスの警戒は最大限にまで引き上げられた。

 

「敵艦発砲!」

 

「ちぃっ………!」

 

 そこを突くように、ユーリの〈ミーティア〉が〈ハイメルキア〉に向けて砲撃を開始する。

 ライオスは忌々しげに発射準備を整えつつある〈タイタレス〉を一瞥して睨み付けると、目の前の敵艦に注意を移した。

 

 

 

 

 

 ~アイルラーゼン軍艦隊旗艦〈ガーディアン〉~

 

 

「凄まじい攻撃だな、今のは」

 

「ハッ、敵艦隊の約15%のインフラトン反応消失を観測。とんでもない兵器です………」

 

 艦隊の内側で『紅き鋼鉄』の攻撃を受けたヤッハバッハ艦隊に対し、その様子を外側から観測することになったアイルラーゼン艦隊は、彼等に比べたら冷静さを失わずに済んでいた。だが、恒星が増えたか超新星爆発が起こったのかと錯覚するほどの光量に、クルー達の間では動揺が広がる。が、彼等は直ぐに自らの使命を思い起こし、それぞれの務めへと戻る。

 

 アイルラーゼン艦隊を率いるバーゼルは艦隊旗艦、クラウスナイツ級戦艦先行生産型〈ガーディアン〉の艦橋から、冷静に現状の把握に努めた。

 

「時間稼ぎとしては上出来過ぎるな。〈タイタレス〉の状況はどうなっている!」

 

「ハッ………現在エネルギー充填65%!既に運用員の退艦を開始しています!」

 

 オペレーターから、〈タイタレス〉の現状が伝えられる。

 

 タイタレス級はエクサレーザーの他にアームユニット一本につき超大型リフレクションレーザー8門、大型5門、中型16門が装備されている。それらのレーザーとエクサレーザーを先端部の重力レンズユニットが収束統合させて放つ直径1600mの超高圧レーザー、『エクサレーザー・フルバースト』こそが、恒星の超新星爆発を誘発させる切り札なのだ。

 その切り札の実現を果たすために、アイルラーゼン艦隊は〈タイタレス〉の盾となり、圧倒的なヤッハバッハ艦隊の前に立ちはだかる。〈タイタレス〉は巨大故に、既にその回収は諦められ、貴重な運用員を退艦させた後はヴァナージの超新星爆発に呑ませ、放棄される予定であった。

 だがここに来て、一時は『紅き鋼鉄』の砲撃により混乱したかと思われたヤッハバッハ艦隊が急速に態勢を建て直し、否、態勢を立て直す以前に全力でアイルラーゼン艦隊に対する突撃戦へ移行する素振りを見せ始めた。

 

「これは……大佐!」

 

「どうした?」

 

「ハッ、敵艦隊の一部が急速に前進を開始しました!!」

 

 あまりにも早いヤッハバッハのリアクションにオペレーターは動揺する。だが、バーゼルはそれにも動じずに対処を命じた。

 

「チッ、気付かれたか………〈タイタレス〉のチャージを急げ!あまり時間はないぞ!艦隊は全力で〈タイタレス〉の前面に布陣、敵を近づけさせるな!」

 

「了解!!」

 

 エクサレーザー砲艦〈タイタレス〉に向かって特攻覚悟の突撃を開始したヤッハバッハ艦隊の前に、アイルラーゼン艦隊はそれを防ぐ盾となるべく陣形を整える。

 

 

 マゼラニックストリームの嵐は、まだまだ収まりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 ~???~

 

 

 赤色超新星ヴァナージを挟んで行われる一大会戦。それを彼等は、遥か彼方から俯瞰していた。

 

「ほぅ、さっきの特別派手な花火は………あの小娘か」

 

「へい、そのようで………しかし、とんでもねぇ兵器でしたね。エネルギー反応はこの〈グランヘイム〉のハイストリームブラスターにも匹敵します」

 

「出来損ないのハイストリームブラスターでまぁ、良くやるな。………方針変更だ。あの様子なら、助けなんざ必要ねぇな」

 

 ………海賊戦艦〈グランヘイム〉から戦況を眺めていたのは、この宇宙にその悪名を轟かせる大海賊、ヴァランタインその人だった。

 

「お頭………良いんですか?」

 

「………んなもん、要らねぇだろ。あの小娘が代わりになったみたいだしな」

 

 彼はとある目的のためにこのヤッハバッハとの大会戦を見物していたのだが、先程の様子を見て、その目的を果たす為に目の前の会戦に介入することは不要だと判断する。そのとある理由の為にはユーリを死なせないことが重要なのだが、彼が言う小娘――霊夢があれほどの力を持っているなら介入は不要だと判断したのだ。

 

「さて………この様子じゃあ俺達の出番はねぇ。なら戦火の花火を肴に宴会と洒落込むか。……おい野郎共!酒の準備だ!!」

 

「アイアイサー!!」

 

 ヴァランタインは部下に命じて、酒宴の準備をさせる。

 

 世紀に残る程の大会戦と、轟沈する艦船のプラズマ光の花火を肴に、彼等は杯を傾け合った。

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