夢幻航路   作:旭日提督

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第七一話 確定と拡散の境界

 

 

 ~ヴィダクチオ自治領軍艦隊旗艦・艦橋内~

 

【イメージBGM:無限航路より「ヴァランタインのテーマ」】

 

 

 

「よう。久しいな、小娘」

 

 

「ヴァラン、タイン―――!」

 

 "教祖"が座っていた椅子の背後から、その男は現れた。

 

 

 大海賊ヴァランタイン―――なんでこいつが、こんな場所に・・・

 

 外にいる艦隊からは、〈グランヘイム〉が現れたという報告はない。だったら何故、ここにヴァランタインが―――いや、奴が居る以上、〈グランヘイム〉も近くに潜んでいるのだろう。だとしたら、かなり厄介な状況だ。

 

「―――なんで、あんたがこんな場所にいるの?」

 

 こいつ、もしかしてあの"教祖"と面識でもあったのだろうか。だとしても、一体何が目的なの―――?

 

「なんだ?訳分かんねぇって顔してるなぁ、小娘」

 

 カツ、カツ・・・と、ヴァランタインの足音だけが静まり返った艦橋に響く。

 

 ヴァランタインを警戒してか、私の隣にいた早苗が持っていた刀を構え直した。

 

「そりゃあそうでしょ。あんた、何が目的でこんな場所に来ているんだ?」

 

「目的だぁ?―――んなもん、てめえが理解する必要はねぇ。こっちの都合で動いてるだけだから―――なっ!」

 

 ヴァランタインの奴はそう言うとサーベルを引き抜いて、それを虫の息だった"教祖"に突き刺した。

 

「!?」

 

「なっ・・・何を!?」

 

「―――ああ、コイツか・・・この野郎は"真実"を知っておきながら抗おうともしねぇ腑抜け野郎だ。そんなヤツ、生かしておく価値なんざねぇ」

 

 "教祖"を完全に殺害したヴァランタインは、全く悪びれる様子もなくそう告げた。

 

 ・・・生かしておく価値はない。それは確かに同意だ。私だって、つい先程まではこいつを殺すつもりでいた。だけど、奴が口にした"真実"って、一体何のこと―――?

 

「―――貴方は今"真実"と仰りましたが、それは一体何なんですか・・・?」

 

「あぁ?お前らに言うにゃまだ早い。そんなに知りたきゃ自分で探してみな」

 

「っ、生意気ですね・・・!」

 

 早苗も私と同様の疑問を覚えたようで、そのことをヴァランタインに尋ねた。しかし、奴の返事は要領の得ない言葉ばかり。これでは何の手掛かりにもならない。

 

 その返事の仕方が癪に障ったのか、早苗が鋭い目付きでヴァランタインを睨む。

 

「止しなさい、早苗。それ以上、コイツに訊いても無駄よ」

 

「で、でも―――、はい。分かりました、霊夢さん」

 

 早苗を諫めて、私はもう一度ヴァランタインと相対する。

 

 艦隊戦ならまだしも、白兵戦ならヴァランタインより私達の方が優位だ。それは前回のコイツとの戦闘で証明されている以上、奴もそれは分かっている筈・・・なのに、ここまで余裕を崩さないということは、奴自身の性格だけでなく、なにか策を持っていると考えるのが筋だろう。なら、徒にコイツを刺激するのは悪手だ。

 

「フッ・・・さて。お前ら、俺の目的を知りたがっていたな・・・おい、小娘―――これが何か、分かるかな?」

 

 ヴァランタインはそう言って懐に手を入れると、そこから凡そ三寸四方の四角い物体を取り出して見せた。

 

「それは・・・エピタフ!?」

 

「ご名答」

 

 ヴァランタインは不敵な笑みを浮かべて私達を見下しながら、片手でエピタフを弄んでいる。

 

「れ、霊夢さん!エピタフってまさか―――」

 

「ええ。エピタフなんてとんでもないお宝じゃない。それをわざわざ私の前で見せるなんて―――あんた、何がしたいのよ。奪われたいの?」

 

 このまま奴のペースに呑まれるのも癪だし、奴の目的を探るためにも攻めに打って出ようと思い立って、ここで一つ、ヴァランタインを少し挑発してみる。その裏で、奴が動きを見せたときに対応するため御札と弾幕を用意する。

 そもそも、ここでエピタフを私達に見せるのが奴の目的にどう結び付くというのだろうか。以前は私からエピタフを奪おうと白兵戦まで仕掛けてきたのに、今度はそれを私達の前でわざわざ見せびらかすときた・・・一体、奴は何を考えているんだ・・・?

 

「ほぅ、俺から奪うときたか!中々肝が座った小娘だなァ。だがまぁ・・・喜べ、こいつはくれてやる」

 

「へ?」

 

 突然、ヴァランタインが私に向かってエピタフを放り投げた。

 

 ―――え?なんで!?

 

「っ、よっ、と・・・・・ちょっとあんた、これはどういう意味―――」

 

 エピタフはそのまま、慌てて私が出した掌のなかに収まった。

 

 次の瞬間、エピタフが一瞬で展開し、猛烈な勢いで光が溢れ始めた。その光の眩しさのあまり、私は視線を逸らしてしまう。

 

 

 ―――まさか、これって・・・

 

 

 この光景を、私は知っている―――

 

 

 ―――エピタフが、反応してる・・・!?

 

 

 以前、ヤッハバッハの宙域で見つけたエピタフが見せた光―――あの光と、目の前の光は同じものだ。

 

 あのときは、私が乱暴に扱ったから誤作動したのかと思っていたけど、まさか、これ・・・私に反応して起動しているの!?

 

「っ―――!」

 

「れ、霊夢さん!!」

 

 暫くすると、あのときと同じように、エピタフから溢れ出す光が膨れ上がって光の柱を形成した。

 その柱は私を呑み込みながら、天を貫かんばかりの勢いで煌々と輝きながら昇っていく。

 

「っ、は―――はッ、はははははッ!!こいつぁ、ビンゴだぜ!!」

 

 その後ろで、ヴァランタインが雄叫びのような笑い声を上げ続けている。その声からは、隠しきれない歓喜の感情が伝わってきた。

 

 ・・・それがいつまで続いていたのか―――気がつくと、エピタフが発する輝きは急速に萎み、数秒の後には輝きを失い、元の立方体の形になってカランと床に転がった。

 

「くっ・・・なんで―――?」

 

「ハハッ、は・・・ククッ、終わったようだな、小娘」

 

 ヴァランタインが、やけに上機嫌な声で私に声を掛けてくる。

 

「―――あんた、何かしたの?」

 

「何かした?か・・・ハハッ、そんなことより、この宙域の外れにあるデッドゲートの様子を見た方がいいんじゃねぇか?小娘。"既に門は開かれている"ぞ!」

 

「デッドゲートですって・・・まさか―――!早苗ッ!!」

 

「は、はいっ・・・有りましたッ!確かにこの宙域の奥―――恒星の向こう側にチャートではデッドゲートが表示されています!ですが、これは―――」

 

 早苗は艦の中枢コンピューターからデータを呼び出して、ヴァランタインの言葉を確認した。彼女の様子からすると、奴が言ったようにデッドゲートが浮かんでいるらしいけど、あのときの経験から察するに―――

 

「ゲートが、復活しているのね」

 

「はい―――〈開陽〉と偵察機の光学センサーとリンクした結果、デッドゲートは間違いなく復活しています・・・」

 

 やはり、そうか―――。ヴァランタインはまさか、これを確認したかったとでもいうの?そういえば、確かゼーペンストでもユーリ君に対して同じようなことをしていたし・・・

 

 ぐわんっ・・・・!

 

「ちょっ、な、何ッ!」

 

 フネが突然大きく揺れたかと思うと、いきなりエンジンが始動してフネが急加速を始めた。

 あまりに突然のことだったので、加速の衝撃に耐えきれず、私は転んでしまった。

 

「こ、これは・・・」

 

「おっと、いけねぇ。こいつぁマズったな。トラップってやつか・・・」

 

「トラップですって!?」

 

「ああ―――あの野郎、とんでもねぇ置き土産を残してきやがったな・・・チッ、コントロールは効かんか―――こりゃ俺のフネに拾ってもらうしかねぇな」

 

 ・・・どうやら、この事態はヴァランタインにとっても予想外のものだったらしく、彼は"教祖"が座っていた席のコンソールを操作して艦の操作を試みたが、全て徒労に終わったようだ。

 そもそもこの事態は、ヴァランタインの言葉から推察するに、あの"教祖"が仕掛けた何らか罠がこのタイミングで発動してしまったことが原因のようだった。ヴァランタインはそれの解除が出来ないと分かると、奴の母艦―――〈グランヘイム〉に連絡して、この艦の艦橋から立ち去ろうとする。

 

「っ―――ちょっとあんた、待ちなさい!」

 

「はッはー!俺はこの辺りでトンズラさせて貰うぜ。生き残りたければ、せいぜい足掻いてみるこったな!」

 

「―――くそっ」

 

 ヴァランタインはそんな捨て台詞を残して、艦橋を後にした。

 

 

「か、艦長・・・外を―――」

 

「なに、外?」

 

 後ろから駆けつけてきたエコーの声に反応して、艦橋の外を眺めてみると、この艦の右舷側に〈グランヘイム〉が並走していた。

 

「あれは―――〈グランヘイム〉!いつの間に・・・」

 

「むぅ・・・何らかの隠蔽手段―――光学迷彩などを利用して隠れていたみたいだな」

 

「そんなことはどうでもいい!サナダさん、これ止められないの!?」

 

「どれ、ちょっと見せてみろ―――ああ、これは駄目だな。プログラムを解除しようにも時間が必要だ」

 

 やけに冷静に技術蘊蓄を垂れ流すサナダさんならこのフネの加速を止められるのではと思って頼んでみたけど、彼にもこの事態は止められないらしい。そうしているうちにも、フネはヴィダクチオ本星を通りすぎ、恒星系の主星に差し掛かる。

 目の前に、復活したデッドゲートが見えてきた。

 

「ああもう、なんで肝心なときに使えないのよ!こうなったら・・・早苗!」

 

「はいっ!何としてでも止めて―――あ、無理ですごめんなさい霊夢さん」

 

「早ッ!もっと粘りなさいよ!」

 

「えー。だって、このプログラム・・・防御が堅すぎなんですよぅ―――この義体(からだ)がハッキングできる範囲を越えていますぅ・・・」

 

「チッ・・・」

 

 サナダさんが駄目なら早苗だったら・・・と思ったけれど、彼女もハッキング用の触手を機械に滑り込ませた途端にギブアップした。なんて防御の堅さ・・・じゃなくて!これ、本当にどうするのよ!?

 

 ああ、なんかもう、ボイドゲートがこんな近くに・・・

 

「チッ、間に合わなかったか・・・衝撃に備えろ!」

 

 目の前に、紫色の光の膜が迫る。

 

 ヴィダクチオの旗艦は私達を乗せたまま、復活したデッドゲートに飛び込んだ。何故か最後まで並走していた〈グランヘイム〉と共に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~???~

 

【イメージBGM:無限航路より「Misterio」】

 

 

「ぐっ・・・ここ、は・・・」

 

 瞼の外が、やけに紅い。

 

 ―――それに、やけに耳鳴りが酷い・・・

 

「―――さん、霊夢さんっ・・・!!」

 

「さ、早苗・・・?」

 

「ああ、良かった・・・霊夢さん、ゲートに飛び込んだときから調子が悪そうだったので―――」

 

「・・・心配してくれていたのね。ありがと、早苗。で、ここは何処なのかしら―――」

 

 ・・・どうやら、この艦が飛び込んだゲートの先は、一応どこかの宙域に繋がっていたみたいだった。艦のシステムは、今のところ正常に動いている。

 

 ―――ただ、瞼の奥まで飛び込んだ紅は嘘ではなかったらしく、艦窓の外に広がる宇宙の色はひたすら紅い。星雲、という訳でもなさそうだ。星雲なら、ガスで出来ているので文字通り雲のように見える筈。寧ろ、ここは"空間そのものが紅い"―――。そしてこの紅さは、ドロドロに腐敗した内臓のような気味悪さを感じさせるものだった。

 

 こんな空間が・・・まともな場所な訳がない。

 

「なに・・・この宙域―――うぅっ、気持ち悪―――」

 

「ちょっ・・・霊夢さん!!大丈夫ですか!?」

 

 私の頭がぐわん、と揺れて身体が倒れかかり、倒れる寸前で早苗に支えられた。

 

「うっ・・・ん・・・ありがと、早苗―――もう大丈夫よ」

 

 私は早苗の助けを借りて、倒れかかった身体を起き上がらせる。

 ちょうどそのとき、艦を調べていたらしいエコーから報告がもたらされた。

 

「―――艦長、この艦のシステムを調べてみたが、艦そのものは正常だ。だが、チャートもナビも全く機能していない。どういうことだ?」

 

「チャートもナビも?それじゃあ、現在地は全然分からないってこと?」

 

「そうだな」

 

 エコー達は艦のコンソールを弄ったりしているが、彼等の報告によると、全く私達の現在位置が分からないらしい。

 ―――困ったなぁ、これじゃあ友軍に助けを呼ぶこともできない―――

 

「くっ・・・こうなったら、目の前に居る〈グランヘイム〉に通信回線を―――」

 

 この宙域の場所さえ分かれば遠距離通信で艦隊に助けを呼ぶこともできただろうが、肝心の座標が分からないならそれすら出来ない。加えて、私達はこの艦の正規のクルーという訳でもない。この艦自体にはワープ機能はあるのだが、この艦は他とは違う遺跡船だ。操作に慣熟していない私達ではワープどころか、動かすことすら怪しいだろう。仮にこの艦が操作できたとしてもこの規模だ。掌握と慣熟には、それなりの時間を要する筈だ。

 なので、あのヴァランタインならこの宙域のこと―――よしんば脱出方法なんかを少しは知っているだろうかと思って通信を指示しようとした矢先、別の声にそれは遮られた。

 

「・・・あの、霊夢さん・・・ちょっと宜しいですか?」

 

「えっと、確か・・・貴女は――メリーさん、だっけ?」

 

「はい。実はこの宙域の正体に、思い当たる節がありまして・・・」

 

 この艦で合流した同じ0Gドックのメリーさん曰く、彼女はこの宙域に心当たりがあるという。

 ならば、まずは彼女の話を聞いてみよう。もしかしたら脱出の糸口が掴めるかもしれない。

 

「正体って、そもそもこんなヤバい場所に居たら私達―――」

 

「蓮子、ちょっと黙ってて」

 

「アッハイ」

 

「こほん・・・では宜しいですか?」

 

 メリーさんは相方の蓮子さんを制すると、咳払いをして話を始める。私は彼女の問いに対し、静かに首を縦に振った。

 

「この宙域は―――恐らく、外部からの観測結果で"事象揺動宙域"と呼ばれる場所だと考えられます」

 

 メリーさんの言葉に、一部の人―――主にサナダさんの辺りの表情が変わった。

 

「事象揺動宙域?何ですか、それは」

 

 "事象揺動宙域"という聞き慣れない言葉を耳にしてサナダさん以外の皆は疑問を覚えたのか、それらを代表するようにサクヤさんがメリーさんにそれを尋ねた。彼女はその問いに対し、静かに説明を始めた。

 

「これから、説明します。事象揺動宙域とは、俗に"ゆらぎの宙域"と表現されることもある宙域です。この宙域内では、全ての事象が不規則に拡散、収束を繰り返し、永遠に事象が"揺らぎ"続ける、とされています」

 

「事象の拡散と収束?一体何のこと・・・」

 

「―――要するに、"物事の境界が曖昧になる"ということですか?」

 

「"境界が曖昧"・・・確かに的を射た表現ね。大体その通りよ。この宙域では、"在ったものが無かったことに"、そして"無かったものが在ることに"なる。抽象的で分かりにくいと思うけど、そう理解して頂戴」

 

「さすが早苗。あの説明だけでよく分かったわね」

 

「えへへ、もっと誉めてくれてもいいんですよ?」

 

「はいはい、それは後にして―――」

 

 "境界が曖昧"か・・・私としては、この表現の方が理解しやすい。物事の境界が曖昧になるということは、さっきメリーさんが例に出したように、物事の存在そのものを成り立たせる"境界"が不安定になり、そうして不安定になった境界は、内部の存在意義に加えて外部からの認識も薄れ、しだいに消滅へと向かい―――

 

「消滅・・・?ちょっと待って!それってかなりヤバいことじゃない!?」

 

「理解されましたか。はい、この宙域は、貴女の懸念を現実にする場所です。この宙域では全ての存在が揺らいだ状態になりますから、このままこの宙域内に留まり続ければ、宙域内にいる私達の存在も同様に揺らいだ状態になります。その揺らぎのなかで私達の存在確率もゆらぎ、やがては"完全に拡散"することになります」

 

「完全に拡散、か―――即ち、存在確率がゼロに近づき、文字通りこの世から"消滅する"ということだな」

 

「しょ、消滅―――!!」

 

「それは・・・死ぬってことなのか!?」

 

「・・・いや、違う。文字通り、消滅するんだよ。そうだな、"存在の無効化"とでも表現しようか」

 

 サナダさんが発した補足の説明に、驚きが広がる。

 存在確率がゼロになる、即ち消滅するということは、"そもそもこの世に居なかった"ことになるということ―――

 

「チッ、冗談じゃないぜ・・・」

 

「くそっ・・・何かそれを防ぐ手だては―――」

 

「それなら、理論上は「理論上では、Dr.レイテンシー氏が記した研究論文に対策が示唆されている。この事象揺動宙域では全ての事象が揺らぐことは説明したな。なら、何らかの手段で外部からの観測を続けることができれば、その観測を通した存在証明によってこの宙域内でも存在を確率させることができる、とされている」

 

「外部からの観測?でも、今の私達は・・・」

 

「ああ。現在の我々は完全に外部から隔離された状態だ。この手段では、我々の存在を確定させることができない。だが、この論文には続きがあってな・・・前述の手段の他に、宙域内部で存在を確定させる手段として、宙域と対象との間の"境界を明確に"することによって存在確率を保つことができるのではないかと示唆されている」

 

「・・・けど、その手段は現状分からないままなんでしょ?」

 

「ああ、そうだ。何分事象揺動宙域自体がその特性上、一切の謎に包まれた代物だ。中で何が起こっているかはブラックホールだった訳だからな。理論があるだけでも有難いものだぞ、艦長」

 

(ううっ、あのオジサンに私の出番取られたよぅ・・・そもそもその論文、私が書いたものなのに・・・)

 

(め、メリー、元気だそうよ。後でいくらでも愚痴聞いてあげるからさ。ね?)

 

(う、うん・・・)

 

 ―――鳶に油揚げの如く、説明する機会を奪われたメリーさんを尻目に、サナダさんの解説ショーは続いた。というかあんた、なんでそんなに冷静でいられるのよ。

 

「か、艦長―――前方の〈グランヘイム〉から通信です!」

 

「通信?―――出して」

 

「了解!」

 

 海兵隊員の一人が、ヴァランタインから通信が繋がれてきたことを報告する。

 通信回線の接続を許可すると、程なくして画面上にヴァランタインの姿が現れた。

 

《・・・よぅ、小娘。その様子だと、この宙域のヤバさがそろそろ分かってきた頃だと見たが・・・》

 

「―――ええ、バッチリ理解したわよ―――で、あんたはどうするの?アンタだって、ここに留まり続けるとヤバいんでしょ?あんた、ここをどうやって出るつもり?」

 

《さぁてな・・・オマエさんなら、薄々勘づいていると思うが―――小娘。俺がズラかる前に一つ教えといてやろう。この宙域を出られるかどうかは、全てオマエ一人に掛かっている。生きるも死ぬも―――いや、消えるもお前の心一つで変わる。それを理解しておけ》

 

「心?・・・一体どういうこと・・・」

 

《さぁな、フフっ―――と、そろそろ時間だ。せいぜい、生き残ってみるこった》

 

 ―――ガチャン。

 

 ヴァランタインとの通信は、そこで途切れた。

 

「れ、霊夢さん!〈グランヘイム〉が・・・!」

 

「あ、あれは―――」

 

 ・・・目の前に居る〈グランヘイム〉は、以前私の艦隊を強襲する際に使ったワープ装置を起動させ、蒼白い光の中に消えていく。

 

 ・・・数秒の後には、〈グランヘイム〉の痕跡を跡形もなく消えていた。

 

「ばっ、馬鹿な!自律ワープですって!くそぅ、羨ましいぞヴァランタイン!」

 

「ちょっと蓮子!落ち着きなさい、って、突っ込むのそこ!?」

 

 ―――私は知っていた訳だけど、あそこの二人、アレ見るのは初めてだったわね・・・なら、あの驚きようも仕方ないか・・・

 

「た、隊長―――なんだか頭が・・・」

 

「おい、どうした!?しっかりしろ!」

 

 ヴァランタインとの通信を終えた直後から、体調の悪化を申告する海兵隊員がちらほらと出始める。

 

「ううっ・・・なんだか頭がぼうっと・・・ごめん、ちょっと肩、貸して―――」

 

「メイリン!?一体どうしたの!?」

 

 加えて、メイリンさん達まで体調の異常を訴え始めた。これは・・・もう"存在の拡散"が始まっているということなの!?

 

 ―――時間の猶予は・・・もう無いみたいね・・・

 

 "存在の拡散"が始まったことに私が頭を抱えていると、今度は別の報告が海兵隊員からもたらされた。

 

「か、艦長!」

 

「―――今度は何?」

 

「ハッ・・・ボイドゲートより友軍艦隊です!恐らく、急に動き出したこの艦を見て、艦長を心配して追ってきたのでは・・・」

 

 海兵隊員の報告を聞いて私達が出てきたゲートの方角を見てみると、今まさに、ゲートから幾多もの艦船が飛び出して、この艦を目指して進んできていた―――

 

「心配、か・・・それ自体は嬉しいんだけど、場所が場所だからねぇ―――」

 

 私の仲間が心配して駆けつけてきてくれる、というのは純粋に嬉しい。だけど、こんな宙域では、それもかえって足手まとい・・・

 

 ―――いや、ちょっと待って。確かサナダさんは、この宙域と私達の存在との間の境界を明確にすれば、つまり概念をちゃんと線引きしてやれば存在は保たれるって言ってたよね・・・なら、その言葉通り、"境界を明確に"してやれば、一先ずは存在の消滅は回避できる!

 普通の人間ならもう八方塞がりだろうけど、ここに居るのは巫女の私―――それなら、出来ないことはないわ!

 

「早苗ッ!!」

 

「は、はいっ!?」

 

 善は急げ。時は金なりだ。

 私はその手段を実行するために、即座に早苗を呼ぶ。

 

「―――私達の消滅を防ぐ手立てが見つかったわ」

 

「ほ・・・本当ですか!?」

 

「本当なのか、艦長!」

 

「まさか・・・"存在の確定"を!?でも、どうやって・・・」

 

「―――その様子だと、期待していいようだな」

 

 私の言葉を聞いた早苗は、目を丸くして、心底驚いたといった様相で私を見た。

 彼女の声に反応して、周りからも期待を含んだ驚愕の声が次々と発せられる。

 

「消滅を防ぐって、でも、一体どうやって・・・」

 

 それでも不安そうな早苗に対し、私は自信ありげな笑顔を作って言った。

 

「ふふっ―――私を誰だと思っているの?私は"博麗"霊夢よ!結界のことなら、右に出るものなんて居ないわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ヴィダクチオ自治領本土宙域・某所~

 

 

 

『紅き鋼鉄』とヴィダクチオ自治領との戦いは、些か不本意な形で終焉を迎えた。ヴィダクチオを率いていた"教祖"は部外者に討たれ、彼の旗艦は暴走。そして、ヴィダクチオの残存艦隊全てを掃討した『紅き鋼鉄』の艦隊は、疲労を重ねた身体に鞭を打って彼等の主君が乗ったままの旗艦を追跡していった。

 

 ―――一方で、彼等彼女達と同じように、この宙域に侵入していた者達はというと・・・

 

 

「少佐、艦のシステムの掌握はほぼ完了しました。出港準備、完了です」

 

「うし、よくやった。上出来だ」

 

「はっ」

 

 ヴィダクチオ自治領宙域を隠れるように航行する一隻の艦―――その艦の艦橋内で、指揮を取る男―――ロンディバルト・オーダーズ少佐のハミルトンは部下の女性参謀―――ドリス大尉の報告に満足気に頷いた。

 

 そもそも、彼等が今乗っている艦は、この宙域に来たときに乗っていた艦、レオンディール級強襲揚陸艦〈ダウロン〉ではない。その艦は、全体的な意匠はレオンディール級などのロンディバルト艦船に通じているものの、サイズはレオンディール級の1,5倍以上もある巨艦だった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ―――ギャラクティカ級装甲航宙母艦―――

 

 それが、その艦のクラス名だ。

 

 何故、このような巨艦が彼等の手に渡っているのか・・・それは、時を少し遡って説明する必要がある。

 

 彼等がこの宙域に赴いた目的・・・それは、アイルラーゼンのユリシアと同じくこの自治領が持つ遺跡由来の高度な技術が目的だった。しかしそれと同時に、彼等はもう一つの目的を帯びていた。それが、このギャラクティカ級空母の奪還である。

 

 ギャラクティカ級は、今や強襲揚陸艦に類別されたレオンディール級空母に代わる本格的航宙母艦として計画、建造された艦だったのだが、その試作艦データがヴィダクチオ自治領と"教祖"の熱烈な信奉者によるハッキングにより奪われていたのだ。そのデータを奪還、破壊し、万が一彼等の手でギャラクティカ級が建造されていたならば破壊する―――それが彼等に課されたもう一つの任務だった。

 

 前者のデータ破壊は遺跡由来の技術データをハッキングする際に同時進行で全て破壊されていたが、肝心の彼等の艦隊がそのタイミングでヴィダクチオの巨大戦艦―――リサージェント級によって全滅させられてしまっていた。

 

 しかし、彼等は生存者を集めてヴィダクチオ本星に侵入し、見事この就役間近だったヴィダクチオ製ギャラクティカ級一番艦の奪取に成功したのであった。(建造中の同型艦は、彼等の手で全て破壊されている)

 

「しかしまぁ―――あのデカブツに一杯喰わされたときはどうなるかと思ったぜ。おまけに敵さんは全員狂信者だしよ・・・あー、疲れたわ」

 

「少佐ったら、貴方は指揮官なんですから、もっと威厳をですね・・・そんなんだから、部下から人望が集まらないんですよ」

 

「人望なんてどうでもいいさ。俺は、出来るだけ味方の損害を小さくしてやれればいい―――尤も、今回はその部下の大半を死なせちまったがなぁ・・・」

 

 ハミルトンは失った部下を想ってか、煙草の煙を吐き出すと深く俯く。

 先程まで彼を説教していた参謀のドリスも、その瞬間だけは口を噤んだ。

 

「―――少佐、後方より接近する艦隊があります。これは―――アイルラーゼン艦隊です」

 

「アイルラーゼン―――ユリシアか・・・通信回線を繋げ」

 

「ハッ!」

 

 そこへ、彼等の乗る艦の後方からアイルラーゼン艦隊―――ヴィダクチオとの艦隊戦を制した帰路の、ユリシア中佐率いる特務艦隊が接近した。

 

 程なくして、彼等の艦とユリシアの旗艦、クラウスナイツ級戦艦〈ステッドファスト〉との間に通信回線が開かれる。

 

《あらぁ、無事だったのね、ハミルトン》

 

「うっせぇ。どうせお前のことだ、俺がくたばっていた方が有難いとでも思っていたんだろ?なぁ腹黒ユリシアちゃんよ」

 

《―――今すぐダークマターになりたいのかしら?本当失礼な男。貴方とは一応士官学校時代からの知り合いなんだし、死なれると悲しいわぁ》

 

「"玩具が減るから"か?この腹黒女―――」

 

 ハミルトンの台詞の途中で鋭い音が響き、画面の向こう側に皹が入る。

 

 ―――ユリシアが投げたナイフが、彼女の旗艦にある通信装置の画面に突き刺さっていた。

 

《くくっ―――そんなに構って欲しいなら、また誘ってあげましょうか?今度は八つ裂きになると思うけど》

 

「おお怖い怖い。これだからアバズレ女は行き遅れるんだ」

 

《くっ、こいつ―――まぁ、痴話喧嘩はさておいて、同じ船乗りとして、貴方達の無事を祝福しましょう。要件はそれだけよ。じゃあ、よい航海を》

 

「おう。有り難く受け取っておくぜ。お前さんの祝福なんて、俺が呪われそうだがな」

 

《―――最後まで、食えない奴ねぇ・・・》

 

 そこで、ユリシアとの通信は途切れた。

 

 彼女の旗艦―――〈ステッドファスト〉とその僚艦が加速して、彼等が乗る艦を追い越していく。

 

「・・・さてと、こっちも家路につくとしますかぁ。航海班、用意はいいな?」

 

「はい。万全です!」

 

「うし・・・っと。そんじゃ、この宙域をトンズラするとしますかぁ。機関、巡航出力。マゼラニックストリームに舵を切れ」

 

 ユリシアの艦隊が去った後、彼等の艦にもエンジンの火が灯る。

 

 彼等の艦もまた、アイルラーゼン艦隊が去っていった方向に向けて加速を開始する。

 

 

 長く苦しい任務を終えたオーダーズの兵士達は、故郷への旅路に就いた―――

 

 




そろそろこの章も終わりです。今回から、しばらく影を潜めていた茨霊夢分を復活させます。シリアスで重い霊夢ちゃんもいいですが、明るくて活発な霊夢ちゃんもいいと思います。

霊夢ちゃんが事象揺動宙域の特性に気付けたのも、それとなく早苗さんがゆかりんの能力を思い出させるように例えたからです。つまりゆかりんのお陰です。即ちゆかれいむ(半分は早苗さんのお陰ですがw)

加えてこれはちょっとした裏設定ですが、ユリシア中佐とハミルトン少佐の関係は、ハミルトンが士官学校の交換留学時代にアイルラーゼンに赴いて、そこでユリシアと知り合いになったというものです。そのときに色々あって、現在のような関係になっています(笑)

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