~ウイスキー宙域・ボイドゲート近傍~
霊夢達の艦隊がこのボイドゲート近傍宙域でヴィダクチオ自治領軍と死闘を繰り広げていた頃、それを遠目で眺める者達がいた...
「・・・まさか、こんな場所でドンパチが始まるなんてねぇ~。どうメリー、よく見えるかい?」
「―――それよりも、早くボイドゲートに入った方が良いんじゃない?蓮子」
戦闘の様子を遠くから眺めていた者達とは、フリーの0Gトレジャーハンター、蓮子とメリーの2名であった。
二人は自分達の乗艦〈スターライト〉のセンサー網が捉えた映像を食い入るように眺めていたが、やや興奮気味の蓮子に対してメリーはやや冷めた態度だ。
「えー、そんなこと言ってもさ・・・折角こんなバトルやってるんだし、少しは見物したっていいだろう?」
「ハァ・・・蓮子、ボイドゲートの前にたむろっていたあの艦隊が退くまでどれだけ待ったと思ってるのよ・・・観戦もいいけど、今のうちにボイドゲートに入った方が良いんじゃない?」
蓮子の興味は完全に目の前で繰り広げられている戦闘に向けられていたが、メリーの方は彼女よりも冷静だった。
そもそも彼女達は、宙域の第三恒星系でヴィダクチオ自治領軍の追撃を振り切った後このボイドゲートまで来ていたのだが、ヴィダクチオ本国へ繋がるボイドゲートの前には現在霊夢達が交戦している敵艦隊が厳重な警戒体制を敷いて駐留していたために、まともな戦力が駆逐艦一隻しかない彼女達ではここから先へなかなか進めなかったのだ。
だがヴィダクチオ艦隊が霊夢達の艦隊と交戦するため一時的にボイドゲートの前を留守にしたため、蓮子達にとってはボイドゲート突入へのまたとないチャンスが訪れていた。それを蓮子は野次馬根性で半ば無駄にするようなことをしているために、メリーのはやや呆れるような視線で彼女のことを見ていた。
・・・尤も、霊夢達がヴィダクチオ艦隊を殲滅してしまえばその懸念も杞憂に終わるのだが。
「おっ、連中の空母が燃えてるよ。いい気味だねぇ」
「・・・本当だわ。連中と戦っているあの艦隊、練度もさることながら技術もあるみたいね・・・」
ただメリーも本心では野次馬根性が働いているのか、視線の先には戦闘の様子を映したモニターがある。
彼女は戦闘の様子を眺めながら、ヴィダクチオと交戦している艦隊の戦力―――具体的には技術力に関心していた。
(ヴィダクチオの艦隊はそこらの小マゼラン艦とは文字通り桁違いの性能の艦を使用している―――それと互角以上に渡り合っているのだから、相手もかなりいいフネを使っているのかな・・・)
一度ヴィダクチオからの依頼という形で自治領に接した彼女達は、同自治領の実力が半端な星間国家さえ凌ぐ規模であることを自らの目で確かめていたので、その艦隊と渡り合えるだけの実力を持つ霊夢達の戦力に興味を惹かれていた。
「この調子なら、最後まで観戦してったって大丈夫でしょ。戦いが終わったらさっさとゲートに飛び込もう」
「・・・もうそれでいいわよ」
遂に観念したのか、メリーは蓮子の方針を承諾した。彼女はそれと同時に、艦に搭載されたセンサー類を使ってヴィダクチオ軍とその交戦者(霊夢達の艦)のデータ収集を始める。
「なんだメリー、見ていくなら少しぐらい仕事は休んでおいてもいいんじゃないか?」
「折角観戦していくからこそよ。連中のデータが取れるまたとない機会なんだから、観戦していくなら徹底的にやらないとね」
「・・・相変わらず真面目だなぁ、メリーは」
嬉々としてデータ収集を始める相方の姿を見て、今度は蓮子が呆れ気味に呟いた。
だがメリーは機器が表示するデータの羅列から目を離す素振りを見せないので、蓮子はしぶしぶ観戦に戻ることにした。
「はぁ、つれないなぁ・・・」
遠くで繰り広げられる戦いの光を窓越しに眺めながら、蓮子が呟く。
「折角の見物だっていうのにメリーは自分の世界に入っちゃうし、お客さんはこの時に限って夢の中かぁ・・・」
構う相手がいなくなった蓮子は独り言のように文句を垂れるが、それに応える者はいない。
元々彼女とメリーの二人で動かしていたフネなのだから、当然といえば当然だった。(他の乗員は全てドロイドかコントロールユニットで無人化されている)
その間にも戦況はめぐるましく変化していき、遂にヴィダクチオ側の劣勢が明らかとなっていく。
彼等の艦載機隊は母艦を潰されたことにより壊滅し、艦隊も不得意な長距離砲戦に持ち込まれ、加えて上空には常に相手の攻撃隊が滞空しているのだから、ヴィダクチオ側の乗組員は気が気でないだろうな、と蓮子は考えていた。
そして遂に前衛のナハブロンコが全て撃沈され、彼等を苦しめてきた戦艦7隻(うち2隻は実際は重巡)の砲撃の矛先がヴィダクチオ艦隊のヴェネターに向けられる。
幾ら1000m級の巨体を持つ同艦といえど、元は空母ともいうべき脆い艦であるヴェネターの艦体では戦艦クラスの大口径レーザーをひっきりなしに撃たれてはそう長く持たないのは自明であった。
「・・・ヴィダクチオの空母が全て沈黙したみたいね」
「なんだ、見てたなら少しは話し相手になってくれたっていいじゃないか」
「こっちはこっちで忙しいのよ」
「ちぇっ。ああ、最後の一隻もそう長くは持たないかな」
「最後のって・・・あの戦艦ね。アレはデータ上ではなかなか頑丈なフネらしいけど、どうなのかしら。少し見物させてもらいましょうか」
隷下の艦隊が全て壊滅しても、ヴィダクチオ側の旗艦は最後まで抗い続けた。しかし依然として相手は長距離砲戦と艦載機による妨害に徹しており、旗艦はなかなか全力を発揮できずにいる。ヴェネターよりも堅い艦体を持つ旗艦はよく持ちこたえたが、絶え間なく集中砲火を浴びては先に沈んだヴェネターと同じ運命を辿るしかなく、数分後には残された旗艦も巨大な蒼いインフラトンの火球と化して轟沈した。
「ヴィダクチオの艦隊は全滅したか。対して相手の艦隊は轟沈なし。こんなワンサイドゲーム、初めて見たよ」
「・・・数や性能の差もあることながら、ヴィダクチオ側の土俵に乗らずに相手の苦手な距離で戦い続けたあの艦隊の指揮官もなかなかやるわね。しかも念入りに空母から潰している・・・かなり頭の切れる人が指揮してるんでしょう」
「へぇ~、どんな人なんだろうねぇ、あの艦隊の指揮官。いつかは会ってみたいね」
「わざわざこんな宙域に足を運んでいるぐらいなんだから、じきに会えると思うわよ。さ、戦闘も終わったことだし、早くゲートに行きましょう」
「ん、了解。面舵いっぱーい、進路をボイドゲートへ」
ヴィダクチオと霊夢達が繰り広げていた艦隊戦が終結すると、蓮子はすかさず当初の目的であったボイドゲートに向けて自艦の舵を切る。
戦いの余韻がまだ醒めきらぬうちに、青白いボイドゲートの幕が小さな閃光を放った。
~『紅き鋼鉄』旗艦〈開陽〉艦橋内~
「・・・敵艦隊、全て沈黙しました」
「―――やっと終わったか。被害報告と艦載機隊の収容を急がせて」
「了解です」
ヴィダクチオ艦隊との戦いに勝利した霊夢達は、傍観者の存在には気付くことなく、次の仕事へと意識を集中させていた。
「艦隊の艦に喪失は発生していませんが、敵艦隊のレーザー砲撃と艦載機隊の攻撃により幾らか損害が発生しています。ですが今後の作戦行動に支障が出る範囲の損害はありません」
「それは良かったわ」
「多少長丁場になるとしても、此方が敵の土俵に乗らずに勝負を挑んだ結果だな」
「あんたの助言のお陰よ、コーディ」
「それは光栄だな」
長距離砲戦と艦載機による妨害に徹した戦い―――それはコーディが霊夢に助言したことだった。
遺跡船を改設計して使っていないヴィダクチオ側の艦隊は、遺跡船の欠点もそっくりそのまま引き継いでいる。そこに目を付けたコーディは、極力敵の中距離レーザーの射程に入らないように艦隊を動かせと霊夢に伝えていた。
「それはそうと旦那、こっちだって大変だったんすからね?敵の突撃に合わせて距離を一定に保つのは」
「はいはい、ロビンさんも良くやってくれたわ」
「それだけっスか!?」
「危険手当は出るから安心なさい」
「いや、こんだけやったんすから少しは一息つかせてくれても」
「うちは深刻な操舵手不足なの」
「―――この鬼巫女が」
「・・・何とでも行っておきなさい。ゲートを越えたら一息つかせてあげるから、それまでは頑張ってくれる?」
「へいへい、了解ですよ」
操舵席に座るロビンの軽口を、霊夢は適当に受け流していく。
雰囲気が軽い彼であるが、今まで軍人上がりのクルーが多かった〈開陽〉の艦橋は少しお堅い雰囲気があったのだが、彼が加入したお陰か艦橋の空気は、多少は"0Gドックらしい"雰囲気に変わっていた。寧ろ一般の0Gドックからすれば、軍人比率が高い『紅き鋼鉄』の方がある意味異常なのだ。・・・現在もこうして傭兵じみた艦隊運用をやっている点も含めて。
「艦長、敵大型艦についての詳細が判明した。データを見るか?」
「ええ。送ってくれる?」
「了解した」
続いて艦橋右端の解析席に座っているサナダが、戦闘中に解析していたデータを霊夢に送った。普段は自身の解析室に居ることが多い彼だが、今回は戦闘に興味があったのか、艦橋で仕事をしていた。
そのデータには、不明だった敵旗艦のクラス名や明細、また戦闘中に得たデータを基にした性能に関する考察などが記されていた。
「これは・・・敵旗艦のクラス名?」
「ああ。例によって遺跡から入手したデータファイルを漁って見付けたものだ。こいつだけ場所が違ったものだから、見付けるのには苦労したよ」
サナダの話に耳を傾けながらも、霊夢は彼から送られてきたデータに目を通した。
「ペレオン級戦艦、か。アレ、戦艦だったのね。周りのヴェネターに比べるとやけに硬いなと思っていたけど」
「うむ。遺跡から入手した資料によれば、敵の小艦隊が旗艦として用いていた戦艦―――ペレオン級は、我々や敵が使用しているヴェネター級航宙巡洋艦の二、三世代後の艦らしい。その分設計もより洗練されているのだろう。確かにこの艦の砲配置は、全て前面を指向できるようになっており合理的だ」
「ふぅん・・・だけどこのクラスでもLサイズのレーザー砲塔は装備していないのね」
「ああ。交戦中に得られた敵の砲撃のエネルギー量を解析したところ、敵艦が装備している砲塔は最大でもMサイズのレーザー砲塔だという結果が示唆されている。恐らく敵は、ヴェネター級同様現代の艦隊戦に合わせた改設計を行わずにこのクラスを運用していたらしい」
「敵さん頭が良いんだか悪いんだか・・・ともあれ、ここで敵に関する情報が分かったのは僥倖ね。情報は多いに越したことはないわ」
「全くもって同感だ。これからも我々科学班の活躍に期待してくれ」
霊夢は一通り情報の観閲を終えると、そのファイルを敵艦のリストに仕舞った。
「この件についてはこれぐらいでいいか・・・そういえばノエルさん、霊沙の奴は?」
「アルファルド1ですか?はい、一応無事に帰還できたみたいですが・・・機体は損傷が激しく、廃棄される予定だそうですよ?」
「・・・無事なだけでも良かったわ。機体は・・・まぁ仕方ないでしょう。これであの無鉄砲が一皮剥ければ余計な心配も要らないんだけどね」
戦闘の途中で離脱していた霊沙の様子を気にしていた霊夢だが、ノエルの報告を聞いて安心したような表情を見せる。あれこれと愚痴は口にしているが、彼女の表情は穏やかだった。
「・・・それとリアさん、〈ソヴレメンヌイ〉で生物兵器汚染が出たとかいう話があったけど、それはどうしたの?」
一転して仕事モードに戻った霊夢は、戦闘中に気になったことについてクルーに尋ねる。
「はい、その件については現在も調査中のようです。結果が出次第、艦長に一報入れておきます」
「なら任せたわ。コーディ、しばらく艦橋を留守にするから、ここは預かってくれる?」
「イエッサー。報告があればお伝えします」
「そうなったら艦橋まで飛んでくるわ。それとロビンさん、進路は予定通りボイドゲートで固定。移動は普通の巡航速度でいいわ」
「了解っと」
霊夢は艦橋クルー達に指示を出し、席を立って振り向いた。
「そういう訳だから早苗、ちょっとついて来てくれる?」
「はい、それは良いんですけど・・・一体どこに行くんですか?」
「いいからついて来て。早く行くわよ」
「は、はぁ・・・了解しました」
霊夢はそう告げると、振り向かずに一直線に艦橋の出口へと歩いていく。
早苗はやや釈然としない様子だったが、霊夢の頼みとあれば断ることはできないので、大人しく彼女に続いて艦橋を後にした。
「あの、霊夢さん?」
「・・・着いたわ」
丁度早苗が呼び掛けたタイミングで、霊夢が立ち止まる。
彼女が向いた扉には、「"コントロールユニットルーム 関係者以外立入禁止"」と大きく書かれており、さらに扉の外周は黄色と黒のストライプ模様で巻かれていて、いかにもな雰囲気を醸し出していた。
霊夢が扉の横に備え付けられた認証パネルに手を付けると、ブザーと共にロックが解除されて扉が左右に開いていく。
「ここって、〈開陽〉のコントロールルームですよね?こんな場所に何かご用があるんですか?」
「いいから、付いてきなさい」
早苗の問いにも応えずに、霊夢はずかずかと扉の向こう側へと踏み行っていく。彼女もここへ来るのは初めてなのだが、それを感じさせない足取りだ。
「・・・もういいわね」
「あの―――そろそろ何の用か教えていただいても・・・」
「そうね。ここに来たならもういいでしょう。早苗、扉の鍵を閉めて。それと防音措置もお願い」
「分かりましたけど・・・そんなに大事な話なんですか?」
「・・・あまり他人には聞かれたくない話だからね。準備はもういい?」
「え、あ―――はい。頼まれたことは全部済ませましたけど・・・」
早苗は霊夢に言われた通り、扉のロックを閉めて部屋全体に防音フィールドを施す。
唯でさえ点検以外で人が来ることのないこのコントロールルームにわざわざ連れ込んだ上に、ここまでの措置が必要な話とは一体何なのだろうかと早苗は頭を悩ませる。
コントロールルームの中央に耐爆ガラスを隔てて鎮座するコントロールユニットの稼働音だけが、部屋に響き渡っていた。
霊夢は一瞬だけ逡巡の表情を見せたが、早苗に向き直り、遂に沈黙を破った。
「率直に言うわ。早苗、何であんたがここにいるの?」
「はい―――?」
霊夢の言葉の意味が分からず、早苗は困惑したような表情を見せる。
霊夢はそれで意図が伝わりきっていないと判断したのか、もう一度彼女に尋ねた。
「そのままの意味よ。答えてくれるかしら、"東風谷"早苗」
彼女は敢えて、一部分を強調して再び早苗に尋ねる。
早苗は霊夢が言わんとしていることの意味を察したのか驚きの表情を彼女に見せたが、直ぐに彼女の問いに応える。
「・・・いつから気付いていたんですか、霊夢さん」
「さぁ、いつからでしょうね。前から疑ってはいたんだけど、確信したのはつい最近かしら」
「ハハ・・・ばれちゃいましたね」
「それはいいから、そろそろ質問に答えてくれるかしら?」
霊夢は壁に身を預けながら、腕を組んで早苗に尋ねる。
早苗も隠す気はないよう、素直に霊夢の質問に応えることにした。
「その、実は私でもよく分からないんです・・・。気付いたら意識だけが機械の中にあるような感覚で―――正直に言うと、少し怖かったです。でも霊夢さんの姿を見て、少し安心しちゃいました」
「なんで私で安心するのよ・・・それはともかく、分からないって本当なの?」
「はい・・・多分霊夢さんと似たようなものではないかと」
霊夢の期待する答えを返すことができないためか、早苗は霊夢に頭を垂れる。霊夢は別に構わないとばかりに、彼女の頭を上げさせた。
「いや、別にいいわよそこまでしなくても・・・う~ん、でもちょっと残念かなぁ・・・少しは期待したんだけど」
「期待って、何をですか?」
「あっちに戻れる方法、とか?」
「やっぱりそうですか・・・でも、戻ったところでどうするんですか?それに霊夢さん、本当は・・・」
「ああ、それは分かってるからいいの。少なくとも、私は向こうでは既に死んだ身―――こればかりは変わらないわ。でもね、向こうに残した知り合いのこととか、ちょっと気になってくるのよね・・・」
霊夢はいつもの様子とは違って、哀愁を纏った雰囲気で話し続ける。その様子が早苗には、以前彼女が悪夢に魘されていたときのことを否応なしに連想させた。
「霊夢さん―――――もしかして・・・あの人を、乗せているからですか?」
「あ、バレちゃったか・・・うん、そうね・・・アイツは気に食わない奴だけど、あの子のことを思い出すからそう無下にはできないのよ。アイツの声が聞こえると、あの子がまだ側にいるんじゃないかって・・・それがアイツに腹が立つ理由なのかもね」
霊夢は話の最後で、クスリと微笑みを溢した。その様子は、普段の彼女とは一転して、寧ろ儚ささえ感じさせられる仕草だった。
「それでホームシックですか―――ちょっと意外ですね。あの霊夢さんがホームシックなんて」
「・・・何?馬鹿にしてるの?」
「あ、いや・・・あはは、そんなことはないですよ―――ただ、霊夢さんも寂しいんだなぁ、と思いまして。何でこのタイミングなんだろうとも思いましたけど、霊夢さんがこの話を切り出した理由、なんとなく分かったような気がします」
霊夢がむっとした表情で早苗に迫ると、早苗は慌てて誤魔化すように視線を外した。
霊夢はなおも不満げだったが、それで観念することにしたのか、一度早苗から離れる。
「・・・私だって、血の通ってる人間なんだから」
「はい。それはよく存じていますよ」
「―――馬鹿」
照れ隠しなのか、霊夢が早苗にそう呟く。
彼女が今ここまで本心を見せているのも、早苗が同郷だと確信できたからなのだろうか。早苗は穏やかな瞳で彼女の様子を眺めながら、そのように考えていた。
「ふふっ、魔理沙さんの代わりにはならないかもしれませんけど、寂しいなら私が慰めてあげますよ?」
「うっ・・・それは、駄目よ」
早苗の誘いに一瞬乗りかけた霊夢だが、自制心でそれには乗らないと踏みとどまる。だが今度は、早苗が寂しそうな表情を見せた。
「―――まだあの時のこと、根にもっているんですか?」
早苗の問いに、霊夢は申し訳なさそうに目を反らす。それで察したのか、早苗はそれ以上詳しく聞こうとはしなかった。
「―――分かりました。無理にはしません」
「・・・御免なさい、早苗」
「もう、前から無理はしないで下さいって言っているのに・・・なんだか辛気臭いですね。この部屋、そろそろ出ますか?」
その場の雰囲気に居心地が悪くなったのか、用件も済んだと思った早苗は部屋から霊夢を連れ出そうとする。だが霊夢は、静かに首を横に振った。
「―――もう、しょうがない人ですね・・・分かりました。部屋を出るのは、もう少し後にしましょう」
「うん・・・早苗、隣いい?」
「はい、どうぞ。別に構いませんよ。というか寧ろ歓迎です」
霊夢の返答を見て、早苗は扉の操作パネルから手を離し、壁に身体を預けて手頃な床に腰を下ろした。
彼女の隣に、霊夢も一緒に腰を下ろす。
二人の間には、微妙な距離の隙間が空いていた。
暫く、二人だけの空間を静寂が支配する。
「・・・ねぇ、早苗?」
「はい。何ですか、霊夢さん」
沈黙を破って、霊夢が静かに語り掛ける。
「あんた・・・こっちに来たばかりのときは、どう思っていたの?」
「こちらに来たときですか?・・・う~ん、さっきも言いましたけど、正直怖かったですね。身体がない感覚なんて、普通じゃ味わえませんから。でも久々に霊夢さんの姿が見えて、ちょっと安心しちゃいましたね。知り合いが側にいるのって、意外と安心できますから」
「そう・・・今は、どんな調子なの?あんたの身体、本来はただの機械なんでしょ?」
霊夢は視線を隣にいる早苗から、ガラス越しに存在するコントロールユニットへと向ける。
「どんな調子と言われましても・・・今はこの身体になってからは、前と同じような感じです。―――私の意識の本体は多分、あそこに有るんですけどね。仕事は機械のAIが済ませてくれるんですけど、未だに慣れません」
早苗も霊夢に続いて、自身の本体ともいえるコントロールユニットを見上げた。
早苗は霊夢に言った通り、コントロールユニットとしての仕事は自分がそこまで意識を集中させずとも勝手に機械がやってくれているような印象だった。いわば意識だけがAIの機能から分離している、とも言うべき状態であろうか。(ただ高度な操作などは演算力を持っていかれるので、集中しなければならないのだが)その感覚に彼女は未だに馴染むことができず、心のどこかで不安に思っていたのかもしれない。
不安なのは、お互い様だった。
「でも、複雑な気持ちですね・・・。元は人間だったのに、機械の中に自分がいるなんて。正直霊夢さんがいなかったら、今頃私は居なかったかもしれません」
「―――あんたも大変だったのね。でも、あんたがここに来れたのも、ある意味必然だったのかも」
「え?それはどういうことですか?」
霊夢の発した言葉の意味が分からなかったのか、早苗が彼女に尋ねる。
霊夢は何かを思い出したのか、クスッと一度独り笑いを溢した。
「いえ、ちょっと昔のことを思い出してね・・・あんたの―――いや、このコントロールユニットが最初に起動したとき、案内の音声があんたのそれと瓜二つだったのよ。だから早苗なんて名前を付けたんだけど―――まさか、ご本人様が入るとは思ってもいなかったわ」
「じゃあ、私がここに来れたのも霊夢さんのお陰ですね」
「止しなさいよ、もう・・・本当に、早苗なのよね?」
昔の話をしていたためか、本当に目の前の彼女は東風谷早苗なのだろうかと、唐突に霊夢は不安に駆られる。
「私を誰だと思っているんですか。貴女のことは一番知っているって、前も言いましたよね」
「あの言葉―――そういう意味だったの」
「はい―――幻想郷のことは、"二人だけ"の記憶ですよ」
二人だけ、という部分をわざわざ強調して早苗は言った。二人だけ、という部分に、彼女なりの意味があるのかもしれない。
(・・・早苗が安心したって言ってた理由、少し分かったかも)
霊夢は早苗の言葉を聞きながら、心の中で思案した。
彼女が言っていた通り、知り合いが居るのと居ないのとではここまで違うのかと、ひしひしと彼女は実感していた。
「それはそうと霊夢さんは、なんで0Gドックなんて始めたんです?らしいと言えばらしいんですけど」
「・・・あんたも中々失礼なこと言うわね」
「えへへ・・・でも霊夢さんって、ふわふわしてるイメージがあると言いますか、本質的には何者にも縛られないような生き方が好きなんじゃないかな~って。この世界の0Gドックは、そんな生き方の人達だと聞いていますし」
「実際やってみると、柵とかも多いんだけどね。人の上に立つ訳だし。まぁそれは置いといて、私が0Gを始めた理由かぁ・・・これが案外、適当なのよねぇ・・・単に気紛れで始めたというか、それが一番自然な気がしたから、かなぁ?」
(・・・思えば、本当に気紛れで始めたようなものだったからねぇ―――)
霊夢は早苗は問いに応えながら、今となっては遥か過去のことのように感じられる転生した直後のことを思い出していた。
(あのときはあのときで精一杯だったし、幻想郷にいたときより昔のことみたいに感じられる・・・)
生涯の大半を幻想郷という箱庭で暮らしてきた霊夢にとって、それとは比べ物にならない広さを持つ宇宙という空間は、初体験の連続だった。その頃の彼女はまだ見ぬ星や銀河などに想いを馳せながら、生き残るために精一杯足掻いていた。その苦労した記憶が余計に、当時のことを遥か昔のように感じさせているのかもしれない。
「霊夢さんらしいと言えば、そんな理由ですねぇ・・・そこが霊夢さんの良いところだと思うんですけどね」
裏表のない、自分の感情が赴くままに行動する霊夢を指して、早苗が感想を述べる。
「・・・褒めても何も出ないわよ?」
「もう、無粋な人ですねぇ―――私はきっと、霊夢さんのそんなところに・・・」
「何か言った?」
「あ、はは・・・いえ、何でもありません!さ、そろそろ戻りましょう!艦橋の皆はまだ働いてるんですから」
早苗は言葉の最後の声量を、自分にだけ聞こえるぐらいの程度まで下げて呟いた。だが側にいた霊夢には聞こえていたようで、気付かれると彼女は慌てて誤魔化しに走る。
「そうね・・・丁度ゲートも越えたみたいだし、頃合いかもね。ああそれと早苗、私達は次の当直だから。暫く休みはないわよ?」
「ふえぇ!?それ先に行ってくださいよぉ~!」
「ククッ、まぁあんたのことだから大丈夫でしょ。さ、早く戻りましょう」
霊夢はそう言うと立ち上がり、扉のロックを解除してコントロールルームを後にする。
来たときとは対照的に、二人の足取りは軽やかだった。
~〈開陽〉船室~
〈開陽〉の居住区にある一室、その中で霊沙は、戦闘から帰還してから自身に与えられた部屋にずっと籠っていた。部屋は明かりの一つすら付けられておらず、彼女が飛んできた暗黒星雲漂う宇宙のように、漆黒の闇に包まれている。
布団にくるまった霊沙は不機嫌さと怒りが入り交じったような表情で、闇に呑まれた自室の壁を見据えていた。
無論、彼女がこうなったのは敵エリート部隊との戦闘で恐怖を感じたからという、らしくない理由では全くない。原因は、別のところにあった。
"・・・御免な、□□―――"
「・・・ッっ!―――このクソがっ・・・余計なもん思い出しやがって・・・!?」
脳裏に浮かんだ少女の姿を払い除けるように、霊沙は乱暴に布団を引き剥がして投げる。
彼女は熱くなった頭を抱えて、身を震わせていた。それが怒りなのか恐怖なのか、傍目には分からない。
―――それにしても、あんたの化けの皮が剥がれるのはいつかしら、ねぇ・・・博麗□□―――
「・・・アイツ―――クソ、何で今更・・・」
霊沙の頭のなかでは、出撃前に聞かされたマリサの言葉が反芻していた。
彼女はそれを払い除けんと、再び布団を被り直す。
彼女の頬には、一筋の涙滴が伝っていた。
本作の何処に興味がありますか
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戦闘
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メカ
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キャラ
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百合