夢幻航路   作:旭日提督

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第五七話 揚羽の死神

「れ・・・れいむさん―――っ!」

 

「うおっ・・・な、何―――?」

 

 艦内通路を歩いていたら、突然後ろから抱き締められる。

 声で分かったことだが、どうやら今私に抱きついているのはあのスカーレット社の妹令嬢らしい。

 

「えっと―――フランドール、だっけ?」

 

「あれ―――貴女、違うわ」

 

 私は振り返って抱きついている少女―――フランドールに声を掛けてみたけど、返ってくるのはそんな言葉だった。私のことを霊夢なんて呼んだんだし、単純に間違えたのだろう。

 

「今の私は霊夢じゃない―――霊沙だよ。霊夢―――艦長なら、普段は艦橋か、それか艦内のどこかを彷徨いてるんじゃないか?あれに用があるんだろ」

 

「うん―――お姉様が居なくなって、メイリンも見当たらなくて、サクヤも怪我してて―――それで霊夢さんなら何か知ってるんじゃないかって・・・」

 

 ―――ああ、こいつ、まだ知らないのか・・・

 

 話に聞いたところによると、このフランドールも最近までは寝ていたらしいから、まだ目覚めたばかりのだから何も知らない・・・って訳か。さて、どうしたものか。面倒だし、あいつに丸投げするか?いや、どうせ知ることだ。いっそ今教えてしまおうか・・・

 

 

「―――君のお姉さん達はね・・・残念だけどまた悪いやつらに捕まっちゃったんだ。だけど大丈夫、また私達が助けに行くところだからさ」

 

 

 結局、私は後者を選んだ。別に霊夢の奴に丸投げしても良かったんだけど、少しは戦闘以外で働いてやるのも悪くない。しかし、これでこいつが落ち込んだりなんかしたらどうしようか。少しは頑張るつもりだけど、私、子供をあやすなんて出来ないぞ―――そうなったら、医務室のアイツのとこにでも連れてくしかないかな。

 

「お姉様とメイリン―――捕まっちゃったの?」

 

「うん、でも私達が悪いやつらを懲らしめてやるから、またすぐに会えるよ」

 

「メイリン―――傷だらけだったよ?それでも大丈夫?」

 

 傷だらけ、か。現場の状況からすると、サクヤとフランを逃がすために殿になった、っていったところか。そこで死んでたら主にこいつのメンタル面で困るんだけど、多分二人とも生きてるだろう。だいぶ錆び付いてはしまったけど、私の勘がそう感じてるんだし間違いない。

 

「ええ、大丈夫―――私が言うんだから確かだよ。私の勘は、よく当たるんだ。だからフランは、ここでお姉さん達の帰りを待っていてくれると助かるな」

 

「うん―――お姉様、帰ってくるんだよね?なら私待ってるね!お姉様とメイリンが元気に帰ってこれるように、お星様にお祈りする!」

 

「いい子だ―――きっとお姉様も喜ぶよ」

 

「うん、それじゃあ私はお祈りしてくるね!ありがとう、霊夢さ――――じゃなかった、霊沙さん!」

 

 どうやら私の危惧は杞憂に終わってくれたらしい。フランは私から離れると、元気に手を振って走り去っていく。

 

 ―――しかし、霊夢・・・か。見た目似ているとはいえ、だいぶ変質してると思うんだけどなぁ・・・今になってそっちで呼ばれるなんて、正直予想もしていなかった。あれが子供だったから間違えたか―――?

 

 

「よう、暇してるみたいね」

 

 私が一人廊下で考え込んでいたところ、ふいに後ろから声を掛けられた―――耳障りな声だ。

 

「―――何の用だ、あんた」

 

「あら、怖い怖い。そんな顔しなくてもいいのに―――」

 

 声の主は、あの得体の知れない少女艦長のマリサだ。彼女は自分の赤髪を掻き分けて、挑発的な口調で私に話し掛けてくる。

 

「―――殺すぞ、あんた」

 

「野蛮ねぇ―――いきなり面と向かって殺すなんて。あんたももう少しは可愛げのある奴だと思っていたけど」

 

「ほざけ。とにかく私はオマエが嫌いだ。霊夢なんかよりもな。目障りなんだよ」

 

「酷いわねぇ―――そこまで言わなくてもいいのに。私悲しいわぁ」

 

 こいつはわざとらしく目の前でしくしくと泣く仕草をしてみせる。

 道化のように見えなくもないが、多分こいつは―――

 

 ―――ああ、よくもそれを持ってきてくれたな。伊達に顔と声があの白黒と同じなだけあって、余計に腹が立ってくる・・・

 

「・・・とにかく消えな。私に絡むな」

 

「―――ほんと可愛くないわね、二人揃って。そこまで言うなら仕方ないか。それじゃあ」

 

 諦めてくれたのか、マリサの奴は通路の向こう側へと戻っていく。

 アイツが来たせいで感情が乱れてしまったので、壁を借りて軽く呼吸を繰り返して、昂った怒りを落ち着けさせる。

 

 

 ―――本当、目障りなんだよ・・・勝手にアレの姿を借りるなってんだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ゼーペンスト宙域・惑星カタルーザ近郊~

 

 

 

 一度惑星カタルーザに入港して軍需物資を積み込んだ艦隊は、カタルーザを出港すると一路ヴィダクチオ自治領宙域に続くボイドゲートを目指した。人質に拐われた二人の安否も気になるし、あまり時間をかけてはいられない。本当、なんでこうも面倒事が次から次へと降りかかってくるのかしら。霊夢ちゃんは怒り心頭よ。次の自治領も滅ぼしてケジメつけさせにゃならんわね。

 

 それで当の艦長である私だけど、今はちょっと用事があって医務室まで来ている。出港して暫くした頃に、医療担当のシオンさんから気を失っていたサクヤさんが目覚めたという報告があったためだ。

 

「シオンさん、入るわよ」

 

「ええ、どうぞ」

 

 医務室の前まで来たら、中のシオンさんに断って入室する。

 扉のロックが開くと、椅子に腰かけたシオンさんの姿と、暗い雰囲気でベッドの上に座るサクヤさんの姿が見えた。

 

「・・・目覚めたみたいね。気分は・・・聞くまでもないか」

 

「―――申し訳ありません。貴女方にはお嬢様方の救出に協力していただいたというのに、また迷惑をかける形になってしまって・・・」

 

 サクヤさんは私の姿を見るや否や、申し訳なさそうに頭を垂れた。

 

「―――別にそこまでしなくていいわ。それはあんたの責任じゃないでしょ?今回のはこっちが勝手にやってることだし。一度救出の依頼を受けたからには、それは最後まで完遂しないと信頼に関わるでしょ?それに私達もあいつらのせいで被害を受けたんだから、仕返ししてやらないと0Gとしての沽券に関わるわ」

 

 あくまで私はそれはサクヤさんの責任ではない、と伝えようとしたんだけど、当のサクヤさんの表情は変わらない・・・う~ん、どうすればいいかな・・・下手なこと言うと不味そうだし、第一カウンセリングの真似事なんて私には似合わないし・・・

 

「お気遣い、有難うございます。ですが私はお嬢様の付き添いにも関わらず、二度もお嬢様をお守りすることができませんでした。その責任は私にあります・・・」

 

 ―――これは、けっこう重症ね・・・

 

 サクヤさんの様子だけど、やっぱり自責の念に駆られて落ち込んだままだ。無理に立ち直れとは言わないけど、このままだと責任を取って切腹、なんてことまで仕出かすかもしれない様子だ。ここは少しでもなんとか改善してみないと・・・

 

「―――でも、貴女はフランドールを守れたじゃない」

 

「はい、妹様を守れたのは幸いですが、またもお嬢様に怖い思いをさせる羽目になったのでは意味がありません・・・それに、今度はメイリンが・・・」

 

 ああ、そっちもか・・・

 妹を取り戻せても今度は同僚が拐われた、となれば普通は落ち着いてはいられないだろう。

 

「―――メイリンは同僚でもありますが、私の友人でもあるんです。ですから彼女のことも心配で―――もしかしたら、私とお嬢様達がグアッシュに拐われたときも、彼女はこんな気持ちだったのかもしれませんね・・・」

 

 サクヤさんは俯いたまま、独白のように言葉を続けた。

 

「―――なら、今度はあんたの番じゃない?」

 

「へ―――?」

 

 落ち込んだままの様子のサクヤさんに、私はそう言葉を掛けた。

 

「だから、今度はあんたがメイリンさんとレミリアを助ける番だって。それぐらいの気概、持ってみたらどう?」

 

「―――そうですね。ここで立ち止まってばかりでは何も始まりませんし・・・出来る限りのことなら、私も助力したいと思います。・・・よろしいですか?」

 

 サクヤさんはまだ完全には立ち直れてはいないみたいだけど、あんなことがあったんだから無理に立たせるのはしない。だけどこの様子なら、少しは大丈夫そうかな。

 

「よろしいも何も、それで充分よ。大丈夫、あいつらは生きてるわ」

 

「それは―――勘ですか?」

 

「ええ。私の勘はよく当たるから」

 

 サクヤさんに尋ねられた通りに、私は応えた。

 

 それを聞いたサクヤさんは、少しではあるけれど、柔らかい笑みを浮かべる。

 

「ふふっ・・・では、貴女の勘に賭けてみることにしますね」

 

「それはどうも。さて、そろそろゲートに着く頃だろうから、私は戻るわ」

 

「はい―――今日は有難うございます」

 

 サクヤさんの見舞いも終えて、そろそろ艦隊がボイドゲートに着く頃だろうし、私は艦橋に戻ることにした。

 背を向けたまま軽く手を振って、私は医務室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~小マゼラン外縁部・ウイスキー宙域~

 

【イメージBGM:東方神霊廟より「死霊の夜桜」】

 

 

 小マゼランの外れ、マゼラニックストリーム付近に位置するここウイスキー宙域は、周囲をスターバースト星雲に囲まれた星間ガスが充満する宙域だ。生まれたばかりのまだ若い星々に囲まれたこの宙域の宇宙(そら)は赤や黄色、青といった色鮮やかなガスに包まれて、他の島宇宙とは一線を画した独特の景観を織り成している。

 

 そんな宙域の外れにあるボイドゲートが青白く輝き、そこから一斉に複数の艦影が現れた。

 現れた艦隊はゲートを出るや否や急にその動きを止めて、何かを確かめるように慎重な動きを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ~〈開陽〉艦橋~

 

 

 

「全艦のゲートアウトを確認しました」

 

「機関、停止します」

 

「i3エクシード航法から慣性航行に切り替え、逆噴射スラスター点火。ちょっと揺れるんで注意して下さいよ」

 

 ボイドゲートを抜けると、一面に散光星雲に包まれた宇宙の景色が目に入る。

 その景色に見とれてしまう前に、ゲートから出た直後に艦橋クルーは予め決めた手順に従って、〈開陽〉を停止させる。

 

「空間スキャニング、開始します」

 

 一枚の壁のような陣形となってゲートを抜けた艦隊の他の艦も、〈開陽〉と同時に急制動をかけて静止する。こんな陣形でゲートを越えたのは、ひとえにゲートアウト直後にこの機動をとるためだ。複数の列に分かれてゲートに入ってしまうと、ゲートアウト直後に急制動した前方集団に後続の集団がぶつかってしまい大事故に発展する恐れがあるからね。

 そしてこんな艦隊機動を取る訳だけど、事前の作戦会議で想定されていた機雷源の存在を警戒したためだ。仮にボイドゲートの近くに機雷源があったとしても、ボイドゲートの防御フィールドの内側で艦隊を止めることができれば機雷源には突っ込まないし、万が一機雷が爆発しても防御することができる。

 

 さて、そろそろ空間スキャニングの結果が出る頃だと思うけど・・・

 

「空間スキャニングの結果が出ました。予想通り、通常航路上でゲートの先0,7光秒の地点に機雷源と思われる極小構造物の集団を確認しました」

 

 レーダー担当を務めるこころの報告と共に、艦橋天井のメインパネルにボイドゲートと機雷源の位置関係を示した図が表示された。

 

「まさか本当にあるとはな。見たところ機雷源はゲートを出て真っ直ぐ行った宙域に広がっているみたいだが・・・この上下の空間には機雷源の反応はないか?」

 

「えっと・・・はい、機雷源はゲートの正面に広がっています。ゲートの上下の空間に機雷源の反応は見られません。多分ですが、ここは敵が通行用に残している空間では?」

 

「・・・確かにな。ゲートの周りを全部機雷源で固めてしまえば連中もゲートを使うことができない・・・だそうだが、どうする?霊夢」

 

 こころの発言を受けて、コーディが尋ねてくる。機雷源はどうやらゲートの前方にしか展開していないみたいだけど、上か下に避けた先にステルス機雷群・・・って可能性もあるわけで、決断が難しいところだ。

 だけど先に進むためには、この機雷群を越えなきゃいけない訳で・・・

 

「―――全艦、機関微速上げ舵75度。上昇して機雷源を抜けるわよ」

 

「了解、機関微速。上げ舵75っと!」

 

 私が号令を発すると、〈開陽〉の艦首がぐっと持ち上がり、上方に向かって進み始める。他の艦もそれに続いて移動を始めた。

 ちなみに宇宙空間では基本的に上下左右なんて概念はないんだけど、一般の航海者や軍なんかでは自艦や艦隊の旗艦から見た方角を基準にして上下左右の方角を設定して行動している。

 

「まだ見えない機雷源があるかもしれないから、一応デフレクターの出力も上げておいて」

 

「了解しました。機関の余剰出力をデフレクターに回します」

 

 念のため、まだあるかもしれない機雷源に備えてデフレクターの出力も上げさせておこう。これで万が一機雷源に突っ込んだとしても、致命傷には繋がらない筈だ。

 

「艦を水平に戻すぜ。機雷源の上方を通過する」

 

 艦が一定の高度まで上がると、ロビンさんは艦の舵を戻して機雷源の上を進めさせる。しばらくそのまま艦隊を進めさせたけど警戒したステルス機雷群の存在もなく、無事に艦隊は機雷源を通過できた。

 

「・・・機雷源を越えたな。一応警戒速度のまま進むぜ」

 

 機雷源を無事に越えたことで、艦橋には安堵の雰囲気が漂う。ただ、これで罠が終わったとは考えられない。

 

「機雷源は越えたけど、まだ何があるか分からないわ。空間スキャニングと監視は続けて」

 

「―――了解です。空間スキャニング再開します」

 

 通常の航路に戻って再びエクシード航法を再開した艦隊だが、念のため速度はできるだけ控えめで進撃する。同時に周囲の宙域監視のため、空間スキャニングも継続して行わせた。

 

「―――霊夢、一つ提案があるんだが、いいか?」

 

「何?コーディ。提案があるなら聞かせて」

 

「・・・この宙域、例の惑星状星雲までは航路が比較的安定している。ここで一度、ワープで距離を稼いだらどうだ?それにこの近くに敵の監視設備があったとしても、ワープで越えてしまえば敵は一時的に我々を見失う。その間に我々はさらに宙域の奥へと進める」

 

 コーディの提案を聞いて、私はそれを吟味する。

 敵の巨大艦がワープで逃げてしまった以上、私達の艦隊とあの巨大艦との距離はかなり離れてしまっている。それに艦隊自体も補給に修理、それにゼーペンスト戦の戦後処理とでしばらく身動きできなかったから、もうあの巨大艦は本拠地に辿り着いている頃だろう。なら、救出を急ぐためには一刻も早くヴィダクチオ諒深部に踏み込む必要がある。

 それに加えて、敵の指揮系統が維持されたまま敵地で人質捜索を行うのはあまりにも危険だ。会議で示された方針通り、一気に敵本星を制圧するためにもやはりワープで距離を縮めるのは得策だろう。上手くいけば、一時的にせよ敵の監視網を掻い潜れるかもしれない。

 

「それ、採用しましょう。ロビンさん、この先にある惑星状星雲を越えて奥の星系までワープできる?」

 

「ワープですかい・・・今んところシュミレーションでしかやってないんですけどねぇ・・・了解しました、そんじゃあワープでひとっ飛びといきますか」

 

「時間は30分後でいいわ。それまでに艦内の各部署に準備させるから」

 

「了解、30分後にワープっと・・・ここからだと、一番奥の星系までは1時間程で着きますね。この宙域、案外狭いもんで」

 

「任せたわ」

 

 私はコーディの案を承諾して、ロビンさんにワープの準備を命じた。

 この宙域は今までの宙域に比べればだいぶ狭いし、案外すぐにボイドゲートまで飛べるかもしれない。

 

 

 

 .....................................

 

 ...............................

 

 .......................

 

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 ワープの予定時刻になり、艦のエンジンはワープに向けてエネルギーを貯めている。機関の出力上昇によって小刻みに艦内が震えていて、それはエンジンが唸りを上げるように次第に大きくなっていった。

 

「インフラトン・インヴァイダー出力上昇中、間もなく100%に達します」

 

「ハイパードライブ起動、超空間ワープホール形成開始・・・っと」

 

 エンジン担当のユウバリさんと舵を握るロビンさんの額には、ワープへの緊張感からか、額に汗が流れている。敵地での大胆なワープだし、失敗する訳にはいかない。

 

「座標計算、終了・・・」

 

「艦隊の展開、完了しました」

 

 他の随伴艦も、ワープに備えて陣形を整える。

 万が一ワープした先で敵艦隊と遭遇したときのために、すぐにでも戦闘態勢に移れるようにするためだ。

 

「ハイパードライブ出力、全開!ワープまであと10秒」

 

 インフラトン・インヴァイダーからエネルギーを受け取ったハイパードライブはその出力を上げ、艦の前方にワープの為の超空間を形成していく。ロビンさんのカウントに合わせて、艦は超空間の穴へと徐々に近づく。

 

「2・・・1・・・0っと、―――ワープ、突入!」

 

 カウントが0になったところでロビンさんは舵を前に倒し、周囲の景色が散光星雲が輝く宇宙から蒼白い超空間へと移行する。

 

 超空間に突入した艦隊は、一路敵宙域への深部へと足を進める。

 

 

 

 

 

 

 ~小マゼラン外縁・ウイスキー宙域、惑星状星雲近傍~

 

 

 

 周囲を散光星雲に包まれて色鮮やかな雲海を織り成すこのウイスキー宙域にほぼ中央に位置する星の死骸、惑星状星雲。

 その周囲には漆黒の暗黒ガスが立ち込め、この航路を往く者を惑わしている。

 

 その星雲の外れ、漆黒の暗黒ガスの中に浮かぶ、かつて恒星だったものが残した冷たい氷の準惑星の空に、蒼い輝きが放たれた。

 

 

「ワープアウト、通常空間を確認」

 

「座標誤差は・・・え、ここ・・・第三星系の外縁ではありません!宙域中央の惑星状星雲の近くです!」

 

「何ですって!」

 

 艦隊がワープアウトして、各部署から報告が寄せられてくるけど、どうやら今私達が出た場所は、本来予定していた宙域最奥の星系ではないらしい。確か前にも、こんな風にワープが中断したことが・・・

 

「霊夢さん、ワープが中断したってことは、近くに障害物があったってことですよね?」

 

「そうだけど・・・ロビンさん、座標計算は合っていたの?もしかしてこの眼下の準惑星が原因だったりしない?」

 

「んなこと言われましてもねぇ・・・第一俺、ワープなんざ初めてですし、それに死んだ星の準惑星なんて、ふつうチャートにすら載っていませんよ。こいつが浮かんでるのを予想しろってのは酷な話ですわ」

 

「・・・まぁ、起きてしまったからには仕方ないわね・・・こころ、周囲の状況を確認して」

 

「了解。でも、暗黒ガスが多いので時間がかかりますよ」

 

 どうやら強制ワープアウトの原因は、想定外の準惑星が航路付近にあったためのようだ。道中で止められたのは癪だけど、惑星に激突しなかっただけマシね。無数にある準惑星で、しかもそれが死んだ星のものとなれば空間通商管理局が公表している星図にもふつうは載っていないし、これでロビンさんを責めるのは酷な話ね。それに仮に載っていたとしても、主星が死んでる以上、軌道の予測は不確かな訳だし。

 

「か、艦長・・・!」

 

「ちょっと、今度は何!?」

 

「ぜ、前方に交戦反応です!距離58000の位置です!周囲の暗黒ガスの影響で、レーダーが反応するのが遅れました」

 

「交戦反応?こんな場所で誰が戦ってるのよ」

 

 レーダー担当のこころから、交戦反応有りの報告が飛んでくる。もしかしてこれ、厄介なパターンじゃない?

 

「―――識別信号を照合したところ、ヴィダクチオ自治領軍と、・・・・・・もう片方は、ロンディバルト軍?」

 

「データから艦種の識別を開始します。――――――ヴィダクチオ側戦力はヴェネター級航宙巡洋艦2隻、シャンクヤード級巡洋艦6隻、ナハブロンコ級水雷艇5隻!それに・・・ネビュラス級戦艦2隻と戦艦クラスの不明な大型艦1隻を確認しました。ロンディバルト側はレオンディール級強襲揚陸艦1隻とマハムント級巡洋艦1隻、オーソンムント級軽巡洋艦2隻にバーゼル級駆逐艦が1隻―――ロンディバルト側が不利なようです」

 

「ロンディバルト?なんでそんな連中がここに居るのよ?」

 

 さらにミユさんとノエルさんのオペレーター二人から、詳細な報告がもたらされる。でもなんで、ロンディバルトなんて連中がこんな場所に居るのだろうか。

 元々ロンディバルトとは、確か大マゼランの大国だった筈だ。わざわざ小マゼランの、こんな辺鄙な宙域にまでわざわざ出向いているということは、何か事情が有りそうだ。

 

「それは分かりませんが―――それでどうします?霊夢さん。仕掛けますか?」

 

 私の横で、早苗が催促するように尋ねてきた。

 

 ここで仕掛ければ、敵本土に辿り着く前に大なり小なり何らかの損害を受けるだろう。

 だが、敵戦力は戦艦クラスが3隻に実質的な戦闘空母が2隻、巡洋艦6隻と駆逐艦5隻の合計16隻で、さらに敵の注意は謎のロンディバルト軍に向いている。交戦状態だということは、ヴィダクチオ側が押しているとはいえ何らかの損害を受けている筈だ。それに加えて、敵は目の前のロンディバルト軍に夢中になっているためか、まだこちらを探知した形跡は見当たらない。

 それを考えると、ここは戦力で勝る私達が一気に奇襲を仕掛けて各個撃破を狙ってもよさそうだ。敵艦隊の戦力自体もそれなりに強力とはいえ中途半端だし、手負いの状態でさらに奇襲効果により此方が有利に立ち回れる展望も見える。上手くいけば、あのロンディバルト軍も味方につけられるかもしれない。

 

 

【イメージBGM:提督の決断Ⅳより「海空戦BGM」】

 

 

「そうね―――早苗、仕掛けるわよ!全艦戦闘配備!目標、前方のヴィダクチオ自治領軍艦隊!」

 

「了解ですっ、それでこその霊夢さん!素敵です!全艦、第一戦速で前進!」

 

「いきなり戦闘かい、アイアイサー、各砲座、戦闘態勢に移行するぜ!」

 

「敵艦隊に対し電子妨害を開始します・・・暗黒ガスの影響で効果は落ちますが、やってみます」

 

 私が開戦の号令を掛けると艦隊は一気に戦闘態勢に入り、同時にメインノズルに点火して、目の前の敵に向けて加速を始めた。予めワープ前に戦闘隊形を組んでいたので、最小限の動きだけで済んだ。

 

《ワープアウトしていきなり交戦ですか・・・相変わらず、血気盛んなようで。第二巡航艦隊全艦、突撃準備完了です》

 

《―――第三打撃艦隊、戦闘準備完了よ》

 

 分艦隊を任せているショーフクさんとアリスからも、戦闘準備完了の報せが届く。二人の艦隊も同じように、スラスターを全開に吹かせて一直線に敵に向かう。

 

「敵艦隊との距離、あと45000―――39000・・・」

 

「距離30000で直掩機を発進させて。砲撃戦で仕掛けるわよ」

 

 最大戦速で暗黒ガス帯のなかを駆ける艦隊は急速に敵との距離を縮め、瞬く間に戦闘宙域へと突入する。

 ガス帯を抜けかかったところで、朧気に敵艦隊の輪郭が見えてきた。

 

「〈ネメシス〉及び第二巡航艦隊各艦、直掩機隊発進させました艦隊の周囲を固めます」

 

「有効射程に入り次第、各砲砲撃開始!」

 

 航空戦艦の〈ネメシス〉と改ゼラーナから発進したスーパーゴースト隊が艦隊の周囲を固め、戦艦と重巡群の主砲は敵艦隊を指向する。

 

「全砲・・・発射!目標、敵艦隊外輪の巡洋艦!」

 

「了解!主砲発射ァ!」

 

 〈開陽〉の160cm3連装砲3基が正面に位置していた敵の白いシャンクヤードを捉え、三度、これを射抜く。

 

「敵シャンクヤード級、インフラトン反応拡散!撃沈です!」

 

「初弾命中か・・・やるわね」

 

「・・・次の目標に移るぜ」

 

 砲手のフォックスが放った第一射は、奇襲で未だに反応できていなかった敵のシャンクヤード級1隻に一切の反撃を許すことなく、これを撃沈せしめた。当のフォックスは黙々と、その隣にいたナハブロンコ級水雷艇に照準を移す。

 

「〈スターワルト・ドーン〉及び〈イージス・フェイト〉、大口径レーザーによる砲撃を開始、敵水雷艇1隻を撃沈しました。〈ケーニヒスベルク〉〈ピッツバーグ〉は敵ネビュラス級戦艦と交戦中です」

 

 最初の奇襲攻撃で、シャンクヤード1隻とナハブロンコ2隻を落としたところで、敵もようやく態勢が整ったのか反撃に転じてきた。しかしまだ上手く統率が取れていないらしく、その砲火は隙だらけで緩慢だ。そうしている間にも、隙を見て態勢を整えたロンディバルト軍に、さらにナハブロンコ級を1隻沈められている。

 

「駆逐艦〈ヴェールヌイ〉に被弾、後退させます」

 

「重巡洋艦〈ピッツバーグ〉、中破。敵ネビュラス級1隻の撃破を確認」

 

 敵が所有するネビュラス級戦艦は大マゼランのロンディバルト製なだけあって頑丈で、さらにプラズマ砲で此方の耐久力を削ってきた。しかし敵のネビュラス級戦艦2隻と戦闘に入った重巡2隻は、敵が艦首の軸線砲を向ける前に同航戦に移行して、敵が最大火力を発揮する前にその腹に向けて全火力を叩き込んだ。敵の砲火を受けた〈ピッツバーグ〉に損傷が蓄積したが、2隻共同で敵の戦艦1隻を狙ったことで早々にネビュラス級の片方を無力化して、もう1隻に狙いを定める。

 

「本艦は敵のヴェネターと不明艦を叩く。〈ネメシス〉に打電、"我に続け"!」

 

「了解!」

 

 ショーフクさんとアリス隷下の巡洋艦と駆逐艦は、それぞれ大物を狙わずシャンクヤードやナハブロンコといった中小型艦に狙いを定めて、数の理を生かして包囲殲滅を試みている。その間に敵のヴェネター級から大慌てでいくらか艦載機が飛んできたけど、発艦した側から予め滞空させておいたスーパーゴースト隊に群がられて成す術なく撃墜され、無為に宇宙へと散っていく。

 しかし飛ばれたら鬱陶しいことに変わりはないわけで、それを断つために〈開陽〉と〈ネメシス〉の2隻で敵の大型艦3隻を叩く。敵のヴェネターとそれより少し大きめの楔型戦艦は、こちらの接近を探知すると距離を取るように反転を始めた。そういえば今更だけど、敵も私達同様にヴェネター級を持っていたのね。だったらやっぱりあの巨大艦も発掘したのかしら。ちなみに敵のヴェネター級は、私達のとは違って真っ白だ。というか、敵艦全部が白いカラーリングで塗装されている。

 

「いいか霊夢、ヴェネターのレーザーは艦のサイズに比べて小さいが、砲台数は多い。中~近距離戦での手数はあちらが上だ。だから俺達は射程外からのアウトレンジであいつらを叩く」

 

「オーケー、コーディ。聞いていたわね、敵大型艦群とは一定の距離を保ちつつ砲撃戦を挑みなさい」

 

「イエッサー。敵ヴェネター級に照準を合わせます」

 

 〈開陽〉と〈ネメシス〉の両艦から、15本のエネルギーの奔流が発射され、敵のヴェネター級1隻を貫いた。敵のヴェネターはそれで一部のシールドを抜かれたのか、艦体中央で爆発が起こる。

 

「敵のエンジンを狙う。足を止めるぞ」

 

 さらにそのヴェネターは、今度は艦尾のエンジンノズルに集中砲火を受けて航行不能に陥り、完全に沈黙した。

 

「っ、艦長、敵2隻が反転してきます!」

 

「・・・逃げられないと悟ったわね。いいわ、今度は此方が後退しつつ砲撃を続行!」

 

 ヴェネターが1隻沈黙したところで敵は腹を括ったのか、反転して此方に向かって加速してくる。

 このまま進むと今度は私達が敵の土俵に入ってしまうので、後退しながら砲撃を続行した。

 

「チッ、敵さん、艦首を向けたせいで硬くなりやがった―――ちとこれは、時間かかるぞ」

 

 相変わらずバカスカ撃たれっぱなしの敵艦だが、既にこちらも敵の主砲の射程内に入ってしまい、何発かシールドに被弾している。それと敵が艦首を此方に向けたお陰で、最初のヴェネターのようにエンジンノズルを狙って早期に無力化するという真似ができなくなってしまったことで、砲撃戦が長期化しつつある。

 

 ・・・まあ、既にもう1隻の敵のヴェネターは火達磨だし、そろそろ決着が付く頃だろうけど。

 

「敵2番艦で大きな爆発反応あり、軌道を大きく外れます」

 

「ふぅ・・・これであとは不明艦の1番艦だけ―――」

 

「て、敵1番艦のエネルギー反応が急速に上昇中!これは―――敵はインフラトン・インヴァイダーをオーバーロードさせて自爆するつもりです!?」

 

「はぁ、何ですって!?とにかく緊急回避!ロビンさん、急いで!」

 

「っ、はいはい、今やってますよ!」

 

 砲撃戦で敵のもう1隻のヴェネターも沈黙させ、いよいよ残り1隻となったところで、突然敵の大型艦が自爆覚悟で突っ込んできた。此方がまずヴェネターに砲火を集中していたためにダメージが少ないので、今から撃沈を図っても間に合わない。

 私はロビンさんに命じて緊急回避を試みたけど、敵艦が突っ込んでくるペースの方が早い・・・!

 

「っ、こうなったら―――デフレクター艦首シールド最大、衝撃に備えて―――」

 

 回避も間に合わないと悟り、攻撃を中断して全エネルギーを艦首のデフレクターに回して、自爆の衝撃に備えようと試みる。

 

 此方の砲火で各所から火を吹いている敵艦が眼前までったとき、蒼いレーザーの光が敵艦を貫いた。

 

「え・・・!?」

 

 二度、三度と貫かれた敵艦は、機関が耐えきれなくなったのか、その場で大きな衝撃を放って盛大に爆散した。

 

「きゃああっ!」

 

「ぐうっ・・・!」

 

「っう―――ッ!!」

 

 まだ距離があったとはいえ、かなり接近されていたため爆発の衝撃も大きく、それに艦橋の外が敵艦轟沈時の蒼いインフラトンの火球で照らされたために、ブリッジクルーは皆コンソールに伏せてそれらから逃れようとする。

 

「―――終わった、か・・・?」

 

「・・・敵艦の反応、消失しました」

 

「デフレクター出力75%低下、強制ダウンします。それ以外には艦内に目立った損傷は見られません。」

 

 衝撃から復帰したクルー達は、状況を確認すると報告としてそれを私に届ける。

 

「霊夢さん、今のは―――」

 

「・・・艦隊の艦じゃないわね。あそこから撃てる艦なんて―――」

 

 しかし、最後に敵艦に止めを刺したあの砲撃、艦隊の艦や何故かいるロンディバルト艦隊から撃てる位置ではない筈。なら一体が・・・

 

「艦長、通信が入っています!どうやらあのロンディバルト軍ではないようですが―――」

 

「通信?一体誰から―――」

 

 私がそれに関して思案していると、突然艦橋のメインパネルに通信が入り、画面が歪んだ。

 

 

 

 

 

【イメージBGM:東方妖々夢より「幽雅に咲かせ、墨染の桜」】

 

 

 

 ザザー、とノイズがパネルに入り、それが収まると、通信相手の全容が浮かび上がる。

 

 通信相手は背後に蝶の羽を生やした死神の横顔が描かれた紋章を背にして、蒼で統一された軍服を纏っていた。髪色は淡い桃色で、顔立ちは端正だが、口元は手に持った扇子で隠れて見えない。そして身体の線から、相手が女だということが分かる。

 

 通信相手の女は扇子を閉じると、微笑を浮かべて私に告げた。

 

 

 

 

「―――初めまして、私はアイルラーゼン軍、α象限艦隊所属、ユリシア・フォン・ヴェルナー中佐よ。よろしくね、可愛い艦長さん」

 

 

 

 

 

 

 




新キャラ出す場面まで進めなかった・・・艦隊戦はやはり字数上がりますねぇ。

最後に出したユリシアは半分ぐらいオリキャラですが、容姿はゆゆこ様似です。一応三二話で顔見せしてるので新キャラではないです。次回こそは本当に新キャラ出せると思いますのでw

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