夢幻航路   作:旭日提督

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第四七話 告白と別離と・・・

 

 ~ネージリンス・ジャンクション宙域惑星ティロア、リム・タナー天文台~

 

 

 

 

 

「あの・・・霊夢さん?」

 

「あ"?何よ」

 

「い、いえ・・・なんか機嫌悪くないですか?」

 

「・・・別に」

 

 ユーリは困惑していた。

 この日はリム・タナー天文台でエピタフ遺跡に関する調査結果の話が聞けるという事で彼は楽しみにしていたのだが、同行者である霊夢の機嫌がすこぶる悪そうなのだ。

 久々の地上で、しかも美人の副官であるトスカと一緒に眠れるというイベントで浮き足立っていた彼にしてみれば、冷や水を浴びせられたような格好だ。しかもそれに加えて、今朝から妹であるチェルシーの様子もおかしい。別に普段と著しい違いがあるわけではないのだが、「なんだかユーリ・・・今朝は、ちょっと違う・・・」といった感じで訝しげに聞かれたりして、何故か気まずい雰囲気が漂っていた。

 

「はぁ・・・霊夢さん―――嫌われちゃったのかな・・・」

 

 普段は霊夢の側にくっついている早苗も、今日に限っては霊夢の3歩後ろをどんよりとした重苦しい空気を纏いながら付いていくだけだ。いつもなら霊夢を引っ張っていく彼女は、時折周りには聞こえない程度の声量で小言を呟くだけで、いつものような牽引力は鳴りを潜めている。

 

「―――辛気くさいなぁ・・・おい霊夢、何かあったのかよ?」

 

「だから、何もないって言ってるでしょ」

 

「何もなかったら、そんな風に機嫌悪くする理由なんて無いだろ。何があったかは知らないが、あんまりグズグズされるとこっちにも迷惑だよ」

 

「霊沙、あんたねぇ―――」

 

 不機嫌さを隠そうともしない霊夢の態度に痺れを切らせた霊沙がきっぱりとそう言い放った。だがその物言いが機嫌の悪い霊夢の癪に障ったことは言うまでもなく、両者の間に険悪な雰囲気が漂う。

 

「ほれほれ、解析も終わったことだし、早く天文台に急ごうじゃないか」

 

「同感だ。艦長、今の態度は大人げないぞ。少しは周りのことも考えたまえ」

 

 そんな霊夢の態度を、ジェロウとサナダの両者が諌める。研究しか脳のない彼等にしてみればここで争われるのは迷惑この上ないというのが理由なのだが、言ってることは正論なので、霊夢もまともに返すことができず言葉に詰まる。

 

「―――チッ、分かったわよ・・・なら私は席を外させて貰うわ。別に私自身がエピタフの研究とやらに興味がある訳じゃないんだし。それじゃ、あんたらはあんたらで楽しんできなさい」

 

「あっ、霊夢さん――――」

 

「おいッ、何処行くんだよ?」

 

「れ、霊夢さん・・・何処に行くんですか!?」

 

 霊夢はそう言い放つとなんの躊躇いもなく踵を返し、他のメンバーとは逆方向に歩き出した。

 

「・・・ちょっと頭を冷やしてくるわ。時間までには艦に戻るから、言った通りあんたらは気にせず解析結果とやらを聞いてきたら?」

 

 ユーリや霊沙、早苗の呼び止める声にも関わらず、霊夢はそれらを無視して歩き続ける。突然の出来事に、一同は対応を忘れてただ霊夢の背中を見つめるだけだった。

 

「あっ、あの・・・私は霊夢さんの後を追ってきますから、皆さんは気にせず天文台の方に向かってください!」

 

「えっ、でも・・・」

 

 霊夢が去っていくのを呆然と見ていた早苗が唐突にそう切り出す。その言葉にユーリは返答に窮したが、早苗は急いで霊夢の後を追おうと振り返る。

 

「解析結果の話なら後でサナダさんから聞かせてもらうことにしますから、皆さんは気にしなくて大丈夫です。それでは―――」

 

「任された。では我々は天文台に向かうとしよう。艦長のことだ、時間までには戻ってくるだろう。何も心配はいらんよ。さあユーリ君、早く向かうとしよう」

 

「あ、はい・・・ではそうしましょう。じゃあみんな、今は天文台に向かおう」

 

「おう、了解だ。霊夢さんのことも気になるが、今はあいつに任せておこうぜ」

 

「そうだねぇ。元々私達は部外者なんだし、あっちの問題は彼女達に任せとくべきだ」

 

 早苗を見送ったサナダがユーリにそう促した。それを受けた一同はサナダの言葉に押されて、予定通り天文台に向かうことにする。トーロやトスカの反応とは対照的にユーリは最後まで納得いかなさそうな表情をしていたが、結局サナダの言うとおり渋々と天文台へと向かう。

 

「おい、早苗・・・あいつのこと、任せておくぞ」

 

「はい、言われなくても―――では行ってきます!」

 

 霊沙は一度だけ早苗を呼び止めると、彼女に霊夢の面倒は任せたと伝える。早苗はそれを聞き届けると、そう応えて一目散に霊夢に向かって駆け出した。

 

「・・・行ったな」

 

「ああ。では、我々も当初の目的を果たすとしよう。天文台へ急ぐぞ」

 

 早苗の姿が物陰に消えていくのを見送った一同は、そのまま天文台への道を進んでいく。霊夢のことが気がかりだったユーリ達も、今は彼女のことは早苗に任せることにして、科学者達の後を付いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~惑星ティロア・草原~

 

 

【イメージBGM:Fate/stay nightより「sorrow」】

 

 

 

 

 

 皆から離れたあと、私は天文台への道から外れたこの草原公園のような場所に来ていた。あのまま私が残っていても微妙な雰囲気だっただろうし、皆から離れて正解だった。一人になったためか、少し落ち着いた気がする。

 

 ―――結局、昨日の夢に引き摺られたままか・・・

 

 あの悪夢のことは、適当に寝過ごせば何時ものように意識からは消えてくれると思ったのだけど、夜に眠れなかったせいか未だに苛立ちが続いている。

 その苛立ちも、風に当たれば少しは薄らいでくれたような気もする。

 

 ふと、地面に視線を下ろした。

 

 そこにあるのは、何の変哲もないただの草原―――

 

「――――ッっ!?」

 

 

 一瞬、そこが真っ赤に染まったような錯覚を覚える。

 

 目を擦ってみれば、そんなものはなく只の草原が見えるだけ―――

 

 ―――!?っ・・・

 

 ふいに、目を擦った手が視界に入った。

 

 その掌には、べったりと血が塗られていて―――

 

 

「こんの・・・くっそがあッ・・・!」

 

 私は堪らず、近くにあった柵を思いっきり蹴りつけた。

 

「っ、はあッ――――ああもう、これじゃまるで駄目ね・・・私らしくもない・・・」

 

 柵を蹴りつけた後に、何度か深呼吸を繰り返す。

 八つ当たりしたためか昂っていた感情も少しは鳴りを潜めてくれたようで、沸き上がった怒りも薄らいでくれた気がした。

 

 私ははそのまま、自分の後ろにあった長椅子にどさっと座り込む。

 

 今回のは、かなり精神的にも参ったものだ。

 何時もだったらあんな悪夢は、普段通り過ごしているうちに自然と感情が薄らいでいくものだったが、今回ばかりはそうはいってくれないらしい。折角落ち着いてきたと思ったのに、またあんな風に夢の感覚を思い出す。昨晩満足に眠れなかったのも、実はそれがあったためだ。何度も悪夢を思い出すようじゃあ、おちおち寝てもいられない。

 

 お陰で今日は、悪夢と寝不足の二重攻撃ですこぶる機嫌が悪いままだ。それこそ許されるのなら、鬼のように暴れて手当たり次第にぶっ壊したいぐらいには。

 

 今でそこ多少は落ち着いていても、また唐突に感情が昂ってしまうかもしれない。身体が若返ってしまったせいか、心まで若い頃に戻ってしまったかのようだ。

 

 

「―――っ、ハアッ、ハア・・・・れ、霊夢さん・・・こんな所に居たんですか―――」

 

「早苗!?っ、なんであんたが・・・」

 

 そこへ、息を切らせた早苗が駆け寄ってくる。彼女の声がしたので振り向いてみると、ずっと走って追いかけてきたのか立ち膝の体制で荒い呼吸をしている早苗の姿があった。

 私のことなんて気にせず行ってこいと言った筈なのに、この娘はどうして私に付き纏ってくるのだろう。

 

 一瞬追い払おうとも考えたが、昨晩も半ば八つ当たりのような態度で接してしまったので、これ以上邪険にするのもどうかと思った私は早苗を好きにさせることにした。

 

 早苗は息を整えると、何も言わず私の左隣に腰掛ける。

 

 

 暫く、互いに沈黙が続く・・・

 

 

「あの・・・霊夢さん?」

 

「―――何?」

 

 その沈黙に耐えきれなくなったのか、早苗が口を開いて私の名をを呼んだ。私は普段通り応えたつもりだったけど、自分でもその言い方に不機嫌さが籠っていると分かるほど、その返事の言い方は酷いものだった。

 

「ひっ・・・あ、いえ―――その・・・」

 

「―――昨晩のこと、でしょ?」

 

 そんな私の返事で言葉に窮したのか、言い淀む早苗に私は尋ねる。

 早苗がわざわざ私を追ってくる理由なんて、それ以外に考えられない。

 

「はい・・・その、ここでは夢の内容については尋ねません。霊夢さんも、答えたくないでしょうから・・・。だけど――――霊夢さんはどうして、そんなに一人になりたがるんですか?」

 

「早苗・・・そんなの、あんたも分かってるんでしょ?」

 

 どうして一人になりたがるのか、そんなの決まりきったこと―――自分の気持ちを,落ち着かせたいから・・・

 

「自分の心を鎮めたいから―――ですか?」

 

「そうよ。それ以外に何の理由が―――」

 

 

「それは、違いますよ―――」

 

 

 早苗は、明確に私の答えを否定する。その言葉に、言いようのない反発が込み上げてきた。

 

「・・・なにが違うのよ。あんたに何が分かる訳?」

 

「分かりますよ―――霊夢さんが、なにかを怖がっていることぐらいは。そうですよね?」

 

「なっ・・・あんた、ねぇ・・・っ!」

 

 早苗の言葉が図星だったためか、彼女を脅すように語気が強まる。

 私が怖がっているだって?そんなこと―――

 

 ―――っ、駄目、他人に当たっちゃ・・・

 

 早苗への反発が強まったところで、理性はそれに歯止めを掛ける。幾らなんでも続けて人に八つ当たりするのはやりすぎではと、それは私の感情を諌めた。

 

「―――で、何が言いたい訳?」

 

 投げ捨てるような口調で、私は早苗に問い質す。仮に私が何かを恐れていたとしても、早苗はそれをどうしたいのだろうか。下手な同情でもされようものなら、多分怒りのままに早苗を突き飛ばすかもしれない。

 

「昨晩も言いましたよね・・・一人で抱え込まないで下さいって。霊夢さんは自分の問題だって考えていたとしても、見ているこっちだって苦しいんですよ?」

 

「だったら、私のことなんて見なければいいじゃない」

 

 早苗の言葉に対して、私はそう吐き捨てた。予想に反して早苗の行動は同情からくるものではなかったらしいが、私の様子を見て勝手に苦しむぐらいなら、最初から私なんて見なければいい。それだけで済む話ではないか。

 

「そんなこと、出来ませんよ―――私は・・・」

 

 早苗はそこで、再び言葉に詰まる。彼女は何か言いたげな様子でいるが、続く言葉を口にするのが憚られたのかその続きを言おうとはしない。

 

「・・・もういいわ。艦に戻ってる」

 

「あ・・・っ!」

 

 私はじれったい早苗に堪えきれなくなって、艦の自室に戻ろうと椅子を立ち上がろうとする。だが、私が手に力を掛けたところで、早苗の手がそれを制するように、私の手の上に重ねて置かれた。

 

「―――何よ、早苗?」

 

「ま、待って、下さい―――」

 

 早苗は懇願するかのように、声を絞り出して私を制止する。その表情は、今にも泣き出しそうなものだった。

 

 これでは何も解決していないではないか―――早苗の瞳は、言外にそう告げているように思えた。

 

「霊夢さん―――、一人になったところで、何も変わらないですよ・・・」

 

「変わるも何も、私はあんたにこれを解決して欲しいなんて頼んでいないわ」

 

「だから・・・・そういう問題じゃないんです!昨日はあんなに苦しそうだったのに、一人のままでいたらいつか押し潰されてしまうじゃないですか!そんなの・・・そんな霊夢さんなんて、私、見てられませんよ―――」

 

 涙目になりながら、早苗は懸命にそう訴える。

 

 鋭いな―――私はまるで他人事のように、彼女の態度をそう評した。正直に言うと、あれを一人で抱え込むのは、とても苦しい。それこそ、内心では支えが欲しくなる程には。ただ、あれを堪えて機嫌が悪くなりこそすれど、あんなものに呑まれてやる気はないが。

 

「どうして―――」

 

「・・・はい?」

 

 私の口から、唐突に言葉が漏れる。

 

「どうしてあんたは、そんなに私を気にかけるのよ。私のことなんて、放っておけばいいだけでしょ?」

 

 昨晩の私の様子を見たからか?―――いや、彼女ならあれを見ていなくとも、こうして私を追ってきただろう。なら、何故早苗はここまで私を気にかけるのだろう。

 

 ここまで他人の感情に気付けるなんて、人並み以上に出来たAIだと感心する。忘れてしまいそうだけど、彼女は〈開陽〉の統括AIなのだ。それが何故―――こんなにも人間じみた態度を取るのだろう。

 私が早苗の態度に興味すら抱いたところで、早苗が小さく呟いた。

 

「―――か」

 

 あまりに小さすぎてよく聞こえない。だが、彼女がそれを必死に伝えようとしていることには気が付いた。その言葉を聞いてはいけないような気もしたが、ここで早苗の言葉を遮ってしまうのは、それこそ野暮な行動だろう。

 私は黙って、その続きを待つ。

 

 

 

 

 

 

「―――そんなの、決まってるじゃないですか!・・・霊夢さんのことが、――――大好きだから、ですよ・・・!っ―――」

 

 

 

 

 

 

 一瞬、私の思考が凍りつく。

 

 

 この娘は今、私に何と言った・・・?

 

 

 ―――面と向かって好きだなんて、果たして今まで言われたことがあっただろうか?

 

 もしかしたら会話の中で言われていたかもしれないが、ここまで印象に残るのは初めてかもしれない。親友の魔理沙にさえ、言われたかどうかも分からない。だけど早苗の態度から、それが本心からの言葉だと否応なしに分かってしまう。

 

 早苗も気恥ずかしさが込み上げてきたのか、それを言い終えると若干頬を赤らめて、視線を逸らせて俯いている。

 

「早苗、・・・」

 

「だから―――霊夢さんが苦しそうにしているのを見過ごすなんて、私には出来ないんです・・・!私は・・・私は貴女以外に、貴女のことを一番知っている筈なのに何も出来ないなんて、そんなの我慢できませんっ!」

 

 早苗は心の内を曝けだすかのように、続けて想いを吐露する。

 

 まさか、薄汚れた私でさえこんなに想われているなんて、正直なところ心外だ。こんな自分のことを想ったところで、何も益なんて無いというのに。だけど、早苗の言葉を嬉しく思う自分もいた。私はその感情が出てしまわぬよう、心のなかにそっと押し込む。

 

「・・・正直に言うとね、貴女がそこまで想ってくれることは嬉しいわ。だけどね―――」

 

 早苗は続く言葉を、固唾を呑んで待っている。続きが予想できてしまったためか、彼女の表情は少し暗い。

 

「さっきも言ったと思うけど、これは私の問題よ―――あんたの気持ちも分からなくはないけど、こればかりはどうにも出来ないわ」

 

 無数の屍を足下に築いてきた私が、大人しく早苗を受け入れることはできない。この重さは、誰にも背負わせたくなかった。否、背負わせてはいけないと言ったところか。ともかく、私は早苗を受け入れてはいけないのだ。

 

 

「―――それはともあれ、あんたのお陰で少しは気が楽になった。礼は言っておくわ。多少なりとも吐き出してしまえばマシになるものね。それじゃ、さっさと艦に帰るとしましょう―――」

 

「れ、霊夢、さん・・・」

 

 私はつとめて、普段通りの雰囲気を装って早苗に告げる。ここまで言わせてしまった以上、これ以上心配を懸けさせてしまうのは野暮に思えた。

 やはり早苗は納得がいかなさそうな様子だったが、私は椅子から立ち上がって艦への道を辿ろうとする。

 彼女もこれ以上は無駄だと悟ったのか、大人しく私に続いて椅子から立ち上がった。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 直後、がばっと背中から抱き締められる。

 

 

 昨晩感じた温もりが、背中越しにまた伝わってきた。

 

「誤魔化しなんて、卑怯ですよ、霊夢さん・・・。ちっとも楽になんかなってなんかいないじゃありませんか。こんなにも冷たくて、身体が震えてすらいるのに―――」

 

 ―――ああ、また見破られてしまった。

 

 昨晩に続いて、私の虚勢は早苗には通用しなかった。どうも早苗は私の虚勢を見破るのが上手いらしい。

 

 早苗の温もりが伝わっていくにつれ、私の中でそれでは駄目だと叫ぶ声がする。だけど、それを感じていたいという私もいた。普通ならまた突き飛ばしていたところだが、昨日の手間強く出ることはできないと、言い訳のような理由が浮かんでくる。

 

「今度は―――拒まないんですね」

 

「・・・昨日はあんたに八つ当たりしちゃったからね。今日も続けてそんな態度を取るわけにはいかないでしょ?だから、これは特別よ」

 

「霊夢、さん・・・!」

 

 半ば詭弁のような理由だが、その答えが嬉しかったのか、早苗の頬を涙滴が伝う。溢れ落ちた涙滴が、私の肩を濡らしていく。

 これではまるで、立場が逆転してしまったかのようだ。普通なら、慰められているのは私の筈なのに、早苗の方が逆に慰められているようではないか。

 

(早苗・・・ありがとう・・・)

 

 早苗にさえ聞こえないほどの声で、そう呟く。

 

 暫くの間、私は早苗に抱き付かれることを許していた。

 罪悪感がなかった訳ではない。多分このあと、早苗に抱き締められるのを許したことを後悔するだろう。だけど今は、早苗の温もりが心地よく感じられた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ゼーペンスト宙域・首都惑星ゼーペンスト~

 

 

【イメージBGM:無限航路より「Hombre febril(feverish man)」】

 

 

 ネージリンス・ジャンクション宙域からゲート一つを隔てた先にある自治領ゼーペンスト、その最奥に位置する同心円状の輪を持った黄土色の岩石惑星、首都惑星ゼーペンストにカルバライヤ保安局宙佐のシーバットは降り立った。

 

 彼がこの星に降り立った理由は、グアッシュ海賊団の人身売買に起因する。グアッシュを操っていたドエスバンを尋問した結果、彼等によって拐われた人間がこのゼーペンストに送られていたことは既に明らかとなっていた。彼の目的は、この地に送り込まれた人間を返還してもらえるようゼーペンスト当局と交渉することだ。ネージリンス、正確には海賊被害に遭ったセグェン・グラスチ社の協力によりこのゼーペンストと交渉の算段がつき、ようやくゼーペンストとの交渉の道が開けたのがつい数日前。彼はその返還交渉のため、わざわざこんな宙域まで足を運んでいた訳だ。

 ここで問題となったのが、その送られた人間である。その中には、自国の大手軍事企業の社長令嬢や隣国ネージリンスの要人も含まれていたのだ。

 

 特に扱いが難しいのがこのネージリンスの要人である。カルバライヤとネージリンスはその成立過程から長い間対立状態にあり、互いの民意も隣国に対して厳しい。国境では物々しい警備隊がお互いに睨みを利かせあっているような状態だ。そんな状態の中で、カルバライヤの宙域内でネージリンスの要人が誘拐され、しかも保安局がそれを解決出来ないとなればネージリンスの世論間違いなく激昂するだろう。そうなれば偶発的な事故などが切欠で全面戦争まっしぐら、なんて事態も考えられるのだ。通常のカルバライヤ人ならば「望むところだ、ネージ野郎なんて根絶やしにしてやる」とでも意気込んでしまいそうなものだが、少なくともこの場にいるシーバットは違った。

 

 彼も他のカルバライヤ国民同様、ネージリンスのことは快く思っていない。だが、冷静な彼はネージリンスとの戦争が何をもたらすか、悔しながら理解しているつもりだった。一応、カルバライヤの側が軍備でネージリンスに劣っている訳ではない。しかし、だからこそ戦争は必然的に泥沼化する。そうなってしまえばカルバライヤの疲弊は目に見えており、両国が満身創痍ともなれば狡猾なエルメッツァが何をしてくるかなど考えるまでもない。折角エルメッツァから勝ち取った独立だというのに、それをわざわざエルメッツァの経済植民地に甘んじるような立場へ祖国を追い落とす気は彼には無かった。

 

 それに本来、これは保安局が解決すべき事件である。自国内のみに留まらず隣国の要人まで誘拐されて未解決となれば、保安局の威信は大きく傷つくことになってしまう。自国民からの信頼さえ失ってしまうのだ。彼にもカルバライヤ宙域保安局員としての誇りがある。その誇りにかけて、この事件は絶対に解決し、そのような事態を招いてしまうことは避けなければなければならないと、彼は自らに言い聞かせていた。それ故に、彼は憎きネージリンスとの合同捜査にも身を投じ、悪評しか聞かないゼーペンストの退廃領主の下へと面会する役も買って出たのだ。

 

 

 宇宙港に降り立ったシーバットは軌道エレベーターで地上に向かい、そこから公共交通機関を使って領主の館へ向かう。普通ならこの手の交渉を行う際は、例え非公式(今回の交渉は、存在そのものが機密事項の事件の拡散を防ぐという意味と被害者の要請を受けて、非公開とされている)であっても迎えの一つは来るものなのだが、それすらもないゼーペンストの対応に対してシーバットは内心で毒づきながら、次第に見えてくる領主の館を睨み付けた。

 

 ゼーペンスト領主が住まう館―――バハシュール城と呼ばれるそれは、文字通り巨大な城であった。しかも外装は装飾過多も度が過ぎるというほどの黄金色やきらびやかなネオンで飾り付けられ、常人の目にとっては背けたくなるほど下品なものだった。

 

 乗ってきたタクシーを降りたシーバットは、城の入口に佇む守衛に声を掛け、セグェン・グラスチの名で作成した紹介状を見せる。

 事前に話が通されていたのか、守衛はそれを確認すると、城の職員に案内を引き継がせて彼を城の中へと通す。

 

 しかし、城の中に入ってもなお、その装飾過多な内装はシーバットの頭を容赦なく攻撃する。

 悪趣味な装飾の数々に目眩を起こしつつも、これから臨む会談に失敗は許されないと、シーバットは意識を集中させ、装飾を意識しないように心がける。それが功を為したのか、内面はともかく外見上は領主が待つホールに着くまでは平常さを保っていた。

 

 だが案内係がホールの扉を開けたところで、流石の彼も眉をしかめずにはいられなかった。

 扉を開けた直後、防音が破られた廊下には退廃的なメロディーが鳴り響き、ミラーボールやその他よく分からない燦々とした目に痛い光がシーバットの目に入る。

 彼は一瞬その音と光に対して嫌悪するかのように左手で顔を覆い目を細めだが、すぐさま平常を心掛けて外面は普段の様子を取り繕う。

 

 趣味の悪い調度品の数々を視線から外しながら、案内に従って彼はホールに足を踏み入れ、奥で待つ領主の下へと向かう。

 

 その先で待っていたのは、輝くミラーボールの下でポーズを決め、周りに複数の美女を侍らせていた紫の長髪に紫色の派手な服を着こんだ男だ。何の情報もなしに見ればただのチャラい不良アーティストに見える彼こそが、この自治領を統括する領主、バハシュールだ。

 

 バハシュールの前まできたシーバットは、その場で彼に対して頭を垂れる。幾らバハシュールが品のない男でも、彼は領主、いわば一国の元首なのだ。仕事上仕方がないとはいえ、シーバットは内心で溢れる生理的嫌悪をなんとか諫めて、バハシュールに礼を尽くす。

 今後の交渉を考えても、やはり彼の気を害するべきではないと、冷静なシーバットの理性は判断していた。

 

「よーうこそ、ようこそ。このバハシュール城へ。歓迎しますよシーバット宙佐。アーハァー?」

 

 だがそんなシーバットとは対照的に、バハシュールは様式など知ったことかとばかりに下品なミュージシャンのような口調で彼を出迎える。

 こんなふざけた態度があるものかとシーバットは憤るが、それを外に出すわけにはいかないと溢れる怒りを収めるため、彼は一呼吸置いてから頭を上げた。

 

「面会を許していただき感謝します、バハシュール閣下」

 

「ンーフゥー?それで、用件とは何かな?」

 

「・・・率直に申し上げる。セグェン・グラスチのキャロ・ランバース嬢とスカーレット社の社長令嬢二人を合わせた3人・・・これを返していただきたい」

 

「フンンン?キャロ・ランバース?スカーレット?果たしてどなたかな?」

 

 頭を上げたシーバットは、バハシュールに対して用件を告げる。しかしバハシュールは惚けるだけで、彼の要求には応えようともしなかった。

 ふざけた奴だと、シーバットの怒りがさらに増す。目の前の男がただの犯罪者であったのなら、容赦なく法の下に逮捕できたものをとシーバットは考える。しかし、幾らふざけた成りでもバハシュールは自治領の領主なのだ。それこそ戦争でもしない限り、彼を逮捕することなど出来ないだろう。それを理解していたシーバットは歯軋りをしながらも、当初の目的を果たさんとバハシュールに問い質した。

 

「惚けないでいただきたい。グアッシュ海賊団の手によって捕らえられ、こちらの星に送られた筈だ。グアッシュを操っていたドエスバンが自供しておりますぞ」

 

「ンーフウゥゥゥゥ・・・ハッ、ハハッ、ハァーハァーッ!」

 

「?」

 

 突如奇怪な叫びを上げたバハシュールを、シーバットは呆れと怪訝の混ざった表情で見上げる。バハシュールはそれを気にすることもなく、次の言葉を口にした。

 

「確かに彼女達はこの城にいるけどねぇ、タダで返すわけにはいかないなぁ」

 

 存外に、それはバハシュールが自らの犯行を自供したようなものだった。しかし彼は一切悪びれた様子も見せず、露骨に"見返り"を要求する。事前に予想していたとはいえその態度に怒りが込み上げるシーバットだが、想定に従って、彼は準備されていた"とある物"をバハシュールに提示した。

 

「・・・こちらにセグェン・グラスチ社のランバース会長と、スカーレット社のヴラディス社長から預かった、2億5000万クレジッタを用意しております。何卒これで・・・」

 

 シーバットが提示したのは、海賊被害に会った会社から預かった大金のマネーデータだ。彼のような公務員には一生お目にかかれないような金額が、そこには表示されている。この金を集めるにしても、事件を内密にしたいセグェン・グラスチはともかく独自の軍事力を持つ強硬なスカーレット社を納得させるのに、これはまた別の大変な苦労があった訳だが、直接の担当ではなかったシーバットは伝え聞くところしか知れない。しかし、バハシュールにはこれで納得して貰わなければ困るのだ。このクレジッタで蹴られたら、もう彼には打つ手がない。

 だが、バハシュールは案の定と言うべきか、そんな大金を前にして、愉快そうな笑みを浮かべた。

 

「オオゥ、素晴らしい。それは喜んで受け取ろうじゃないか」

 

「では・・・!?」

 

 バハシュールの返事を承諾と受け取ったシーバットが、つい身を乗り出す。これで漸く苦しい任務から解放される、そんな光が見えたと思ったシーバットだが、直ぐにバハシュールの態度がそれではないことに気がついた。

 

「ンンンン、ノノノノノノ。落ち着きたまえ。それはそれとして、だ。――――我が自治領にカルバライヤの公務員が侵入しているのは、大きな問題と思わないかい?」

 

「な・・・っ!?それは閣下が許可を―――」

 

 バハシュールは一度考えるような仕草を取ると、シーバットにそう切り出した。その言葉にシーバットの思考は一瞬停止してしまったが、必死に彼は反論を紡ぎ出す。

 しかし、バハシュールは惚けた言葉を返すだけで、まともにシーバットと取り合おうとはしない。

 

「アーハァー?知らないなぁ~」

 

「!?っ―――」

 

 直後、ホールにブラスターの発射音が響き渡る。

 いつの間にか、退廃的な音楽は鳴り止んでいた。

 

 

「ぐ、ぐぐっ・・・」

 

 バハシュールにブラスターで撃ち抜かれたシーバットは、被弾箇所を押さえながらその場に力なく倒れ伏す。

 そんなシーバットの様子を、バハシュールは不機嫌な眼差しで見下した。

 

「ぐうっ・・・バリオ、・・・バリオッ―――!聞こえるかッ!?」

 

 ブラスターに焼かれた痛みを必死に堪えながら、シーバットは懐の通信機を取り出して本部に待機していたバリオに呼び掛ける。

 この通信機は、万が一のときに備えて持ち込んだ秘匿回線用のものだった。本来ならば使いたくはなかったものだが、シーバットはそれを手に取るとバハシュールから距離を取ろうと腕を這わせた。もうこうなれば身の安全など望むべくもない―――そう理解したシーバットは、せめて重要な情報だけでもバリオに伝えようと時間を稼ごうと試みた。

 

《宙佐!何があったんですか宙佐!》

 

 その通信回線が使われることの意味を理解しているバリオも、シーバットの身に何かあったのだと案じて呼び掛ける。

 

「ランバースと―――スカーレットの令嬢は・・・ぐ・・・やはりバハシュールの下に・・・っ」

 

《宙佐!どうしたんです!宙佐!ッ―――》

 

「ンーフウゥゥゥ。しぶといなぁ、ま~だ生きてるよ・・・これじゃまるで僕の射撃がヘタクソみたいじゃないかぁ~」

 

 シーバットの只ならぬ声色に最悪の事態が頭を過ったバリオは必死に呼び掛け続けるが、バハシュールはその通信機を無造作に蹴り飛ばす。

 

「ぐ・・・ぐぐ・・・貴様・・・っ」

 

 シーバットは残る力でバハシュールをその視界に捉えると、呪ってやるとばかりの形相で彼を睨む。だが、バハシュールはそんな視線をものともせず、適当な装飾の剣に手を掛けた。

 

「じゃあ、今度はコイツで・・・」

 

 バハシュールは引き抜いた剣を、シーバットの背中に向けて降り下ろす。

 

「よっと♪」

 

「ぐ・・・はっ!!」

 

 一直線に背中を目掛けて降り下ろされたその剣は、元が殺傷力の低い装飾用だったためか、バハシュールが体重を掛けたにも関わらずシーバットの背骨の辺りで止まってしまう。だが、シーバットの命を奪う分には、それで十分過ぎるほどだった。

 

《宙佐!返事をしてくださいッ!、宙佐!シーバット宙佐!!》

 

 先程のブラスターとは比べ物にならない激痛がシーバットを襲い、思わず彼は呻き声を上げる。それを聞いたバリオが一層声を荒げてシーバットに呼び掛けるが、ついぞ彼からの返事が届くことはなかった―――




はい、苦いです。ちなみに作者はFateでは桜ルートが好きだったりします。今話の霊夢ちゃんのシーンにはBGMにsorrowが似合う気がしますね。
ここの霊夢ちゃんは茨魔理沙の対極みたいな子をイメージして書いています。普段は明るかったり女の子してる面が目立つんですが、実は暗い側面があったりとかする感じです。今までにその暗い部分を描写しきれていたかは微妙ですが。

まぁ・・・たった2話で攻略できる訳はなく、霊夢はまだ早苗さんを受け入れた訳ではありません。


ちなみにBGMにある「Hombre febril」はバハシュールのテーマです。
シーバット宙佐は、残念ながら原作通りです。合掌...

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