夢幻航路   作:旭日提督

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第四六話 永遠の巫女

 ~〈開陽〉大会議室~

 

 

 霊夢達がエルメッツァから帰還した後、艦隊の幹部クルーは戦艦〈開陽〉の適当な空き部屋を転用した大会議室に集っていた。

 

 

「・・・揃ったみたいね」

 

 私は会議室を一瞥して、予定通りの乗組員が揃っているかを確認する。どうやら欠席は居ないらしい。

 ここに集まっているのはヤッハバッハ宙域以来の古参クルーと各部署を任せている幹部達だ。

 

「では、始めるとしようか」

 

 サナダさんが私以外の人に紙の資料を配布して、会議の開始を告げる。これは既に私の手元にある資料と同じものだ。通常こういった資料は電子媒体で配布されるものだが、紙面のような古い形態の方が往々にして防諜面で有利という利点もある。

 そのことを解っているのか、配布された資料が紙面であることに顔を強張らせる者もいる。

 

「・・・率直に言うわ。この小マゼランにヤッハバッハの艦隊が迫っているらしい」

 

 私がそう告げると、古参クルー達の表情が一変する。だが、ヤッハバッハを知らないクルーもいるので、危機喚起としては不十分だろう。

 

「この中でもヤッハバッハについて知らない人も居るでしょうから、資料の3項を見て頂戴。簡潔に言えば、連中は野蛮で強靭な侵略国家よ」

 

 皆は指示に従って、該当の項目に目を落とす。そこに書かれているのは、私達が知る限りのヤッハバッハの情報、伝え聞く国の実情や艦船のデータ等だ。

 

「ふむ・・・サナダから伝え聞いてはいたが、艦船の性能は大マゼラン並みかそれ以上か・・・気になるのは、その侵略艦隊の数だね」

 

 そう漏らしたのは整備班長のにとりだ。彼女はやはりと言うべきか、サナダからヤッハバッハについて聞き及んでいたらしい。

 その質問を受けると、私は無言でアリスに視線を送る。彼女も小さく頷くと、私の背後にあるモニターを起動して立ち上がった。

 

「それについて、詳細な情報を入手することに成功したわ。私と科学班で分析した結果、敵艦隊の総数は凡そ12万。戦闘艦だけでも8万以上は存在する可能性が判明しました。この艦隊と真正面から殺り合うのは、言うまでもなく自殺行為ね」

 

 アリスの言う情報とは、先日シュベインさんから入手したヴォヤージ・メモライザーのデータのことだ。アリスとサナダはそのデータを受け取った後、確認のためもう一度詳細な分析に掛けたらしい。そこで得られたのがさっきの数値だ。シュベインさんが語った内容とさほど変わりないところを見ると、此方が正確な数値だと信用していいだろう。そもそもこの手の情報は、常に悪い方向に想定しておくべきだ。

 

 彼女の放った12万という数字にざわめきが広がる。唯一平然としているのは、航空隊のバーガーだけだ。今度はそのバーガーが口を開く。

 

「12万か・・・ちと多いような気もするが、この銀河の規模を考えれば妥当なところだな。で、どうせそいつらは先遣隊だって言いたいんだろ」

 

「御名答よ。先遣隊というからには、後ろに本隊でも控えているんでしょう。小マゼラン各国の戦力じゃあ押さえきれないわ」

 

 艦船の数と性能差を考えれば、エルメッツァの派遣艦隊は間違いなく壊滅する。一気に中央政府軍は艦船総数の三分の一を失う訳だから、瓦解は避けられない。

 バーガーがこのヤッハバッハ艦隊を先遣隊だと言ったのは、彼が連中の力を目の当たりにしているからに違いない。話ではヤッハバッハに破れた国の元軍人とか言ってたような気がするし、そう考えると何も不思議ではない。

 

「・・・じゃあ、私達はこれからどうすれば・・・」

 

 皆の不安を代弁するように、ノエルさんが呟く。彼女もヤッハバッハの力を目の当たりにしているので不安を押さえきれないようだ。

 

「今日の会合はその事について話すためよ。小マゼランの連中ははっきり言って充てにならない。そして私達も立ち向かうには非力すぎるわ。私は今受けている依頼が済み次第、ヤッハバッハ先遣艦隊を遣り過ごすルートでの脱出を検討しているわ」

 

 ここで再びざわめきが起こる。ヤッハバッハに背を向けて逃げるところに思うところがあるクルーも当然居るだろう。特に小マゼラン出身のクルーにはね。国に縛られないとはいえ、生まれ育った惑星にはそれなりに愛着を持つ者もいると聞く。そういう人達にとって、今の発言は故郷を見捨てるに等しいものに聞こえるだろう。

 

「・・・だが、0Gたる者、自由は戦ってでも守り抜くべきものじゃないのか?」

 

 そう発言したのはフォックスだ。彼もだいぶ0G稼業が身に付いてきたらしく、以前と比べて砕けた感じだ。ただ、彼からそんな言葉が飛び出してくるなんてのは予想外だったけれど。

 

「確かにそう言えなくもないわね。自由とは与えられるものではない、それは私も理解しているつもりよ。ただ、それとこれとは話が別。そんな大軍とやり合って自滅なんかしちゃ本末転倒だわ。それに地上の住民はともかく、0Gの私達がゲリラをやるってのもねぇ・・・」

 

 私はフォックスにそう返す。少なくとも、ヤッハバッハとまともにやり合う気はない。自殺指向は抱いてないからね。

 

「ただ・・・物事がそう上手くいくとは限らないわ。何らかの事情で脱出に手間取った場合は彼等と一戦交える可能性もある・・・それだけは頭に入れておいて欲しいわ」

 

「―――了解した。それが聞ければ満足だ」

 

 フォックスは納得したのか、それで席についた。

 

「なんだ、ドンパチしないのかよ。つまらねぇな」

 

「あんたね・・・幾ら私達の艦が優れているとは言っても限度があるわ。戦う相手ぐらい選びなさい、この戦闘狂」

 

「なんだと霊夢!私が戦闘狂だって―――」

 

「はいはい、その辺りにしておきなさい二人とも。見苦しいわ」

 

「―――チッ」

 

 私の言葉が気に入らなかったのか、霊沙が私に食って掛かる。だがアリスが間に入ったことで、霊沙も渋々と引き下がった。

 

「・・・一応今日の用件はこれだけよ。ヤッハバッハが来襲するのはもう少し先になるでしょうけど、一応気には留めておいて。あと、この事は無闇に拡散しないように。時が来たら私から全員に話すわ」

 

 この件はオムス中佐から守秘義務が課されている。私はこうして主要クルー達には話したわけだが、一応これ以上拡散させるのは好ましくない。

 

「・・・了解です」

 

「了解しました。では、我々はこれで」

 

「ええ。今日はこれで解散。各自持ち場に戻ってちょうだい」

 

 話すべきことはもう伝えた。なので、私はここで解散を指示する。他の皆も、会合が終わると各々の持ち場へと戻っていった。

 

 

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「あ、艦長―――お疲れ様です」

 

 遅れて艦橋に戻った私を、一足先に戻っていたミユさんが出迎えた。

 

「どうも。私が不在の間は特に何も無かったみたいね」

 

「はい、艦隊の状況に異常はありません」

 

「敵さんも居なかった訳だし、平和な航海だったぜ」

 

 ミユさんとコーディが、私の確認に答えた。艦隊を指揮していたコーディが言うのだから、それはさぞ平和だったのだろう。

 

「あと、先程の会合中にどうやら通信が入っていたようです。こころさんから受けとりました」

 

「はい、これです―――」

 

 続けてミユさんがそう言うと、艦橋で留守番をしていたこころがその通信データを転送する。

 

「どれどれ―――――これは、保安局から?」

 

 送り主を見てみると、それは保安局―――バリオさんからの通信だった。相手がバリオさんなら、その内容も大体は想像がつく。

 

 通信の内容を見てみると、案の定対策本部の設置が完了したとの事だった。どうやらゼーペンストとの交渉の算段がついたらしい。バリオさんが打ったのか、自慢気に"こっちに任せておきな"なんて一文まで付け加えられている。

 続報が入り次第連絡するとの事だが、出来れば数日中に顔を出して欲しいとの事だ。それに、雑談のような感じでユーリ君達に会ったとも書かれている。それを私に伝えて何がしたいのか。どうでもいいことでしょうに。

 

「あっ、艦長。どうやらまた通信が入ったみたいです。これは―――〈ミーティア〉からですね。如何されますか?」

 

「〈ミーティア〉・・・ユーリ君か。こっちに回線を繋いでくれる?」

 

「了解しました」

 

 噂をすれば何とやら、そのユーリ君から通信が入ったらしい。

 ミユさんにそれを転送してもらうように頼むと、私のデスクにユーリ君のホログラムが表示された。

 

《あっ、霊夢さん・・・ようやく捕まってくれた。そちらの調子はどうですか?》

 

「調子も何も、特に変哲もない航海よ。それで、用件は何?」

 

 軽く挨拶を交わした後、彼に本題を尋ねる。もっとも、内容に心当たりは一つしか無いのだが。

 

《それが、リム・タナー天文台から解析が間もなく終了するとのことでしたので、霊夢さんの方にも伝えておこうかと》

 

「了解したわ。それじゃティロアだったかしら?そこでまた会いましょう」

 

《ええ、それでは》

 

 ガチャリとそこで通信が途切れ、ホログラムも消える。

 保安局の方はまだ余裕がありそうだし、先に天文台に向かうとしよう。そうしないとマッド共が五月蝿そうだし。

 

 私はユーリ君からの通信をサナダさんに伝えたあと、艦隊を再びティロアに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~惑星ティロア、リム・タナーホテル~

 

 

 ユーリ君からの通信で例の分析結果がもうすぐ出ると知らされた私は、艦隊を再びティロアに向かわせた。なので、バリオさん達に会いに行くのは研究結果を聞いてからにする予定だ。そうしないと間違いなくあのマッド共が反乱を起こす。科学が全てなあの連中を敵に回すのは、流石の私も勘弁したい。

 

 そして今、私は地上のホテルにいる。ユーリ君達と共に天文台を訪れた私達は、アルピナさんからあと10時間ほどで解析結果が出るから地上に泊まっていけと提案されたためだ。ご丁寧にホテルの予約も取ってあったらしく、そこまでしてもらって無下にする訳にもいかなかったのでこうして好意に甘えさせてもらった訳だ。そういえば、本物の地上で寝泊まりするの、いつ振りだろう?もしかしたら、前回地上で眠ったのは前の世界かもしれないわね・・・

 

「さてと―――寝床、どうしようかな・・・」

 

 電気を落とした薄暗い部屋の中、私はベッドに視線を落とす。

 

「れ、れいむさぁ~ん――――それはらめれすよぉ~・・・」

 

 私のベッドには、すーすーと寝息を立てて眠る早苗の姿がある。こうなった原因は、実は私にあったりする。

 

 ホテルに来たとき、どうせならと色々な酒を持ち込んで晩酌していたのだが、そこに早苗が訪れてきたので彼女にも飲ませてやったのだ。結果はこのざま、直ぐに酔い潰れた早苗はこうして夢の世界へ旅立ってしまった。

 あんた、こっちでも酒に弱かったのね・・・

 

 早苗は時折あんな風に寝言を呟いているけど、一体どんな夢見てるのよ・・・

 それはともかく、この部屋に寝具は一つしかない。寝るためには、彼女の横に入らなければならないのだ。

 

「ハァ―――仕方ないわね・・・ちょっと邪魔するわよ」

 

 どうせ返事はないだろうけど、早苗に一声掛けてから布団に入る。

 

「―――はい・・・れいむさん・・・」

 

「早苗?」

 

 早苗に返事を返されたような気がして、一瞬びくっとなってしまう。だが、彼女は寝返りを打って寝息をたてているだけだ。只の寝言だったみたい。

 

 ―――にしても、紛らわしいのよね・・・

 

 彼女の寝言には、だいたい私の名前が含まれているような気がする。夢の中でも私を呼んでるなんて、ちょっと気恥ずかしいわ。まぁ、普段のこの娘の様子を見れば、なんとなく納得してしまうのだけれど。

 

 ―――まぁいい。さっさと寝よう。

 

 私は早苗から意識を逸らして、彼女に背を向けた状態で布団を被り直す。

 酔いが回っていたのか、私の意識もあっという間に眠りの中へと落ちていった・・・

 

 

 

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 .........

 

 

 

 

 

 

 

 縁側には、相変わらず日照りが照りつける。

 

 私はいつも通り、そこでお茶に興じていた。

 

 ここは幻想郷の果て、博麗神社。箱庭と外を結ぶ境界だ。初夏の新緑が風に揺られ、静寂の中でその音だけが響いている。

 

 ―――魔理沙が来なくなって、もう一月か・・・

 

 いつも勝手に訪れてくる友人は、今日もその姿を現さない。普段なら上がり込んで茶菓子でも要求してくるのだが、ここ最近、彼女は神社に来ていない。そうなってから、かれこれもう1ヶ月は過ぎているのではないだろうか。

 脳裏にあの娘の無邪気な笑顔が浮かぶ。なんだか今日は、無性にそれが見たくなった。

 

 私はそんな物思いに耽ながら、お茶を啜る。

 心なしか、最近のお茶は不味い気がした。

 

 ―――これは、魔理沙?

 

 鳥居の方角から、誰かの足音が聞こえてくる。それと同時に、不穏な妖気が漂った。

 魔理沙かもしれないと思った私の心が少し跳び跳ねたように感じたけど、それは不穏な妖気に掻き消された。

 

 足音はそのまま、私がいる縁側に近づいてくる。

 視界に入ったのは、尖り帽子を被った白黒の魔法使いの姿だ。

 

「・・・久しぶりね」

 

「ああ・・・久しぶりだな」

 

 私が声を掛けると、魔理沙が返事をする。

 魔理沙の見た目は、以前とあまり変わらない。だけど、以前の彼女とは何処か決定的に違う。私はそう感じていた。

 

 ―――果たして、魔理沙はここまで"妖怪染みた"奴だっただろうか。

 

 魔理沙はそんな私の内心を知る筈もなく、無邪気に笑って八卦炉を取り出す。

 

「早速で悪いが、一戦付き合って貰おうか。霊夢―――今日こそお前を越えてやるぜ!」

 

 久々に会ったばかりだというのに、こいつはまた弾幕勝負か―――そんな感想が浮かんだが、彼女が続けて発した一言で、私の意識は反転した。

 

 

「なんたって今の私は"正真正銘の魔法使い"だからな!」

 

 ここまで来るのに如何程の労力を要したか・・・魔理沙は私に聞かせるように一人言つが、それが私の耳に入ってくることはない。

 

 彼女が言った「正真正銘の魔法使い」・・・その意味は、言わなくとも明らかだ。彼女は人間を止めた。なら私は―――

 

 

 ―――霧雨魔理沙を、退治する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢が手に持った湯飲みを置き、すっと立ち上がる。

 

「なんだ、今日はやけに乗り気だ・・・なっ!?」

 

 魔理沙はそんな霊夢の様子を見て呟いたが、直後、彼女の頬になにか熱いものが伝った。

 彼女が霊夢に目を向けると、その右手には、退魔の針が握られていた。

 

「お、お前―――いくら久々だからって、いきなり攻撃してくるなんてのは・・・ッ!」

 

 魔理沙は霊夢の突然の攻撃に対して抗議するが、一変した霊夢の雰囲気を感じとり言葉を失う。

 

 霊夢はそんな魔理沙の様子にも構わず、第二撃を放った。

 

「チッ、何だっていうんだよ!」

 

 咄嗟の判断でそれを躱した魔理沙は、箒に飛び乗って毒づいた。

 

 上空に離脱した魔理沙を、霊夢は冷たい瞳でその姿を捉え、追撃のため飛び立つ。

 

 霊夢の雰囲気は、先程とは明らかに別人だ。彼女はあくまで作業のように、平然と魔理沙を滅しようとした。彼女の何処までも冷たい瞳と目を合わせてしまった魔理沙は、その暗さにただ戦慄する。

 

「お前・・・まさか・・・」

 

 魔理沙は気付いてしまった。今の霊夢に"弾幕ごっこ"などするつもりは毛頭ないと。あの霊夢は、躊躇いなく自分を殺すだろうということに。

 

「クソッ、久々に会ったってのに訳が解らねぇぜ・・・だけど、無様に殺られるなんてのも御免だ・・・ッ!」

 

 ひょっとして、自分が一月も留守にしたお陰で怒っているのだろうか。

 そんな推測が魔理沙の頭に浮かんだが、すぐにそれを否定した。あの剣幕は、そんな理由では想像できない。

 

 魔理沙は八卦炉を握り締め、魔力を注ぐ。

 霊夢の態度が急変した理由はいまいち分からない彼女だが、大人しくやられる気はないとばかりに振り返り、追撃する霊夢に対して一撃を見舞った。

 

「恋符『マスタースパーク』っ!!」

 

 魔理沙の八卦炉から、七色に輝く極太のレーザーが発射される。その光は彼女を追っていた霊夢を飲み込み、次第に収束していく。

 

「やっ・・・てないよな?―――ッ!」

 

 しかし、魔理沙には霊夢を撃墜したという手応えは無かった。発動までの時間を極力短くした先程のマスタースパークは、霊夢にとっては半ば奇襲のようなものだったに違いない。今ので撃墜されたのならその感覚はあった筈だと魔理沙は感じた。だが、その感覚から無いばかりか、霊夢の姿を探そうと振り向いた魔理沙に衝撃が襲う。

 

「・・・・・・」

 

「―――ッツ・・・っ、くそ、いつの間に・・・!」

 

 振り返った直後、魔理沙の全身を痺れるような感覚が襲う。

 魔理沙の瞳に映ったのは、冷徹な瞳で自分を見下ろしながら、お祓い棒を降り下ろした霊夢の姿だった。

 

 お祓い棒の打撃で箒から振り落とされた魔理沙を囲むように、色彩りの弾幕と博麗の札が埋め尽くす。見る分だけなら、美しいで済むだろう。しかし、その弾幕一つ一つには魔理沙を行動不能にするだけの威力が込められている。それを理解した魔理沙は気が気でない。

 

「・・・クソッ、慈悲は無ぇ、ってか・・・」

 

 弾幕が、一斉に魔理沙を目指して突撃する。

 魔理沙もやられてなるものかと必死に弾幕を躱していくが、普段の"弾幕ごっこ"と違って隙間なく配置された光弾や札を躱すのは容易ではない。魔理沙はそれを避けるのに集中力を奪われてしまい、完全に反撃の機会を失ってしまった。いや、霊夢は最初からこれを狙っていたのだろう。反撃の隙など与えぬとばかりに、躱した先から新たな弾幕や札が配置されていく。

 魔理沙も負けじと弾幕を避け、時には自身の弾幕で相殺するが、次第に集中力を奪われていく。

 

「くっ・・・ぅわぁッ!?」

 

 そんな弾幕の嵐を掻い潜ってなんとか反撃の機会を見出だそうとしていた魔理沙だが、集中力を奪われ、遂に被弾を許してしまう。

 被弾でバランスを崩した魔理沙は、そのまま地面に落下していった。

 

 魔理沙の被弾を確認した霊夢が、針とお祓い棒を手に持って追撃を図る。

 

 ―――!?ッ、ここしか、無いか・・・っ!

 

 空中で何とか体勢を整えた魔理沙は、真っ直ぐ霊夢を視る。霊夢は魔理沙に向かって、最短距離となるようなルートを辿って接近していた。

 

 仕掛けるならばこのタイミングしかない―――そう直感した魔理沙は、再び八卦炉に魔力を注ぐ。今度のそれは、許す限りの魔力を注ぎ込んだ渾身の一撃。そうでもしなければ、あの巫女に手傷を負わせることはできないと、魔理沙の本能は告げていた。

 

 魔理沙と霊夢の間には、遮るものは何もない。

 

 空を埋め尽くすばかりの魔砲なら、避けることは不可能だ。

 

 ―――悪いが、許してくれよ―――っ!

 

 注いだ魔力は、山を吹き飛ばすにも十分過ぎるほど。もし当たれば、霊夢とて只では済まないだろう。

 

 魔理沙は内心で親友を傷付けてしまうことを詫びながら、魔砲の発動を宣言する。

 

「魔砲『ファイナルスパーク』!!」

 

 魔理沙が両手で八卦炉を構え、霊夢の姿を照準に定める。

 発射されたレーザーは、空を覆い尽くすばかりの勢いで霊夢に迫った。霊夢はそれを見ながらも、避けるような素振りは見せない。

 

「――――っぅ・・・ぐうッ!!」

 

 絶えず放たれ続ける魔砲の反動で、魔理沙の落ちる速度が加速する。それを何とか相殺しようと力を込めた魔理沙だが、溢れるばかりの魔力は彼女を地面に打ち付けた。

 尚も魔砲は放たれ続け、八卦炉に罅が走る。

 

 魔理沙が地面に打ち付けられて暫くして、ようやくレーザーが細まり収束していく。

 

「助かった・・・のか・・・?」

 

 上空には、何も残っていない。

 

 ―――早く、ここから逃げないと・・・

 

 もし霊夢が無事ならば、今の彼女は躊躇いなく自分を殺しに来るだろう。それを理解していた魔理沙は、今いる場所を離れようと、地面に打ち付けられた身体に鞭打って離脱を図る。

 

 しかし、彼女の目線の先には、所々焼け焦げた巫女服を纏った、紅白の人影があった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には、身体を打ち付けられてボロボロになった魔理沙の姿がある。

 自分の魔砲を放つ衝撃さえ相殺できないなんて、なんて無様―――

 

 彼女は私の姿を確認すると、怯えたように後退る。

 

「残念だったわね―――幻想郷では、里の人間が妖怪になることは一番の大罪・・・」

 

 私はお祓い棒を片手に持って、彼女に歩み寄った。

 ひっ・・・と、彼女の口から小さく悲鳴が漏れる。

 

「出来れば貴女を殺したくはなかったけど―――もう無理みたいね」

 

「―――っ!」

 

 私はただ、淡々と手に持ったお祓い棒を振り上げた。魔理沙は後退りしようと図るが、木に背が当たりそこで止まる。魔理沙も覚悟したのか、私から目を逸らせて閉じる。

 後は、これを降り下ろして、魔理沙を―――

 

「―――れ、いむ・・・?」

 

 次に訪れる筈の衝撃が無かったためか、恐る恐る魔理沙が顔を上げる。

 

 

 ―――どうして――!

 

 

「・・・くっ―――!」

 

 私の腕は、そこから少しも動かない。

 

「・・・泣いて、いるのか―――?」

 

 魔理沙の言葉で、漸く私は、自分が涙を流しているのだと悟った。

 落ちる涙の感触が、頬を伝う。

 

 ―――殺したく、ない・・・!

 

 心の中の私が、そう叫ぶ。

 魔理沙は私にとって、紛れもなく大切な親友だ。今でさえ、私の心は彼女の笑顔に焦がれている。間違いなく、大切に想っていた。

 だがその感情とは裏腹に、自分の身体は"為すべきこと"を成すために淡々と彼女を攻撃した。この瞬間にも、私の腕は彼女を滅するべくお祓い棒を降り下ろさんとする。

 

「・・・御免な―――」

 

 魔理沙は帽子を下げて、そう呟いた。その言葉は、誰に向けたものだろうか。

 

「――――っ、ああッ!」

 

 その直感、私の腕は無慈悲にお祓い棒を降り下ろす。驚くほど冷酷に、機械的に。

 そうして降り下ろされたお祓い棒は確実に魔理沙の頭蓋を捉え、一刀の下に両断した。滅された彼女の身体が、炭のように消えていく。

 

 

 私のなかで何かが吹っ切れたような気がして、力なくそのまま地面に膝をついた。

 

 

「魔理、沙・・・」

 

 

 私は博麗の巫女、人の道から外れたる者は例外なく退治してきた。今回のそれも、その延長線上でしかない。

 

 ―――私は・・・ッ!

 

 だけど、確かに私は、彼女を殺したくないと願った。友を殺したいと願う人間が、この世の何処にいるだろうか。しかし、私の思考はそれを無視して機械的にやるべきことを実行し、無慈悲に霧雨魔理沙を退治した。退治してしまった―――。

 

 

 ―――さん・・・

 

 

 魔理沙のことは親友だと、そう思っていた。だけど私は、彼女の命と幻想郷を天秤に掛け、淡々と、機械のように彼女を滅した。どうして私の思考は、ここまで平等になれるのだろうか。

 今の私には、こんな自分が恨めしい。

 

 

 ―――いむ、さん・・・!

 

 

 妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。それが幻想郷の掟。人間が妖怪になることは、その均衡を崩すことだ。妖怪になった魔理沙を退治したことは、巫女として為すべきことを成しただけ・・・

 

 

 ―――巫山戯、ないで・・・!

 

 

 もう、あの笑顔は見られない。太陽のように眩しかった魔理沙の笑顔―――他ならぬ、私が奪ってしまった―――

 

 人妖の存在は、幻想郷のバランスを崩す存在。故に、里人が妖怪になることは一番の大罪だ・・・魔理沙が退治されるのは、仕方がなかったこと―――

 

 

 ―――霊夢さんっ!

 

 

「巫山戯るなッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぇぇっ!?」

 

 ガバッ、と、布を引っくり返す音が響く。

 

「あ・・・」

 

 荒い呼吸音だけが、部屋に響いた。

 隣には、神妙な顔付きで私を覗く早苗の姿がある。

 

「ごめん、早苗―――驚かせてしまったわ」

 

「その・・・大丈夫ですか?霊夢さん。だいぶ(うな)されていたみたいですけど・・・」

 

 早苗が身を案じて、私に声を掛ける。ここまで心配されるとは、あの悪夢に私はだいぶ魘されていたらしい。

 

 ―――また、あの夢か・・・

 

 私は時々、魔理沙を退治する夢を見る。

 あれを見るのはだいたい人妖を退治した日の夜だったけど、どうも今回は勝手が違ったらしい。

 

 ―――なんで、こっちに来てまであれを見せられるのよ・・・

 

 別に人妖を退治した訳でもない。そもそも、今の私は博麗の巫女ですらない。なのに、どうしてまたあの夢を見てしまうのだろう。

 あれを見る度に、二度とあんなものを見せるなと強く思う。私の酷さは自分でも認識しているのに、ああやって直接心を抉ってくるようなあの悪夢が怨めしい。

 

 何故、あんなものを見せられるのだろう。自己嫌悪があんな形で出てきたためか。それとも、私が退治してきた人妖の怨念なのだろうか。

 

 私は額に手を当てて、頭蓋を掴むように力を込めた。

 そんな様子を見て、早苗が心配そうに声を掛ける。

 

「その・・・何か悪いものでも見たんですか?」

 

 今の私は、きっと見るに耐えない顔をしている。それはもう、とんでもなく酷い顔だろう。だけれど私は精一杯の虚勢を張って、早苗の問いに答える。

 

「あ"っ・・・いや、大丈夫よ。―――だから、今は放っておいてくれる?」

 

「いや、大丈夫なんかじゃないです!あんなに苦しそうにしていたのに―――今だって、すごく苦しそうで、悲しい顔をしています―――」

 

 私が悪夢に魘されているのを間近で見ていたのだろう。精一杯の虚勢も、早苗には通じなかったようだ。

 

「―――私が大丈夫って言ったら大丈夫なの。ほら、夜も遅いんだし、あんたも寝なさいよ」

 

 そう言い放った私は、再び早苗に背を向けて布団を被る。

 今は一刻でも早く、あの悪夢のことを忘れたかった。

 同じ悪夢でも、いつぞやの早苗に喰われる夢の方が遥かにましだ。

 

「霊夢さん・・・」

 

 私が布団に入ってことで早苗も諦めたのか、後ろで布を擦る音が聞こえた。

 

 

 

 

 直後、がばっと後ろから抱き締められる。

 

「さ、早苗―――?」

 

「霊夢さん・・・貴女が何を思っているのかは分かりませんが、私はこうして、貴女の側にいます――――だから・・・少しぐらいは、甘えてもいいんですよ―――」

 

 そうすれば、きっと楽になる筈ですから――― そう早苗は続ける。

 

 ああ―――これは、私を慰めているつもりなのか。

 背中から、早苗の温もりを感じる。

 

 

 ―――止めて・・・それを私に、与えようとしないで

 

 

 私にはそれを受け取る資格なんて、無い。

 脳裏に浮かぶのは、赤く染まった自身の両手・・・

 

 博麗の巫女として、淡々と、無慈悲に人妖を滅してきた。時には成りかけの"人間"でさえ。弾幕ごっこなんかではなく、正真正銘の殺しで、だ。

 そんな自分が他人の温もりを享受するなんて、烏滸がましいにも程がある。

 

「離れて―――ッ!」

 

「きゃっ・・・れ、霊夢さんっ!」

 

 私は力いっぱい、早苗を突き飛ばした。早苗は不意の行動に対応できず、そのまま私の身体から離される。

 

「どうして―――ひっ」

 

「・・・今夜はもう、私に構わないで」

 

 釘を差すように、早苗を一度睨み付ける。大人げない行動だろう。だけど、こうしないと何かが壊れてしまいそうだった。

 

 こんな私が、誰かと馴れ合っていい筈がない。今までのように、誰に対しても平等でなくてはならない。今更それを変えるなんて、許されないことだ。

 

 早苗は叱られた子犬みたいにしゅんとしていた。直接見たわけではないが、背中越しにそう感じた。早苗は暫く何か言いたげにしていたけど、私が無視を決め込んだためか、彼女も終いには大人しく眠ってしまったようだ。

 

 ―――ちょっと、強く当たりすぎたかな・・・

 

 自分で振り返っても、先程の行動は早苗に八つ当たりしているようにしか見えない。こんな行動しかできない自分に対する嫌悪感が沸いてくる。

 せめて明日は、謝罪の一言ぐらい掛けておくべきだろう。

 

 ―――今は、もう寝よう。

 

 あの夢を忘れたくて、眠ろうと私も布団を被り直す。だけどまた、あの悪夢を見せられるのが怖かったのか、結局その夜は眠れずに終わった。

 

 




無限航路の二次を書いていた筈なのに、いつの間にか東方の二次になっていた件について。
私の中では、鈴奈庵の25話を見てから霊夢さんは女の子切嗣になっています。鈴37話で一層補強されましたね。見た目も感情もちゃんと女の子していますが、必要と判断すれば淡々と手を下してしまうような、そんな印象です。

主人公は霊夢の筈なのに、何故か早苗さんが霊夢を攻略しているように見えてくる・・・今回でフラグが一つ立ちました。
ちなみに魔理ちゃんは実際にコロコロされた訳ではないのでご安心下さい。単なる夢のなかでの出来事です。

ここでこの話を捩じ込んだのは、単に原作でもユーリ君が"男"になるイベントがあるからですね。そろそろ霊夢さんも、一歩進めるべきタイミングだろうという判断です。

ちなみにBGMのイメージは、夢に入ったタイミングから「夏影(AIR)」→「永遠の巫女(幻想的音楽)」→「永遠の巫女(蓬莱人形)」→「消えない思い(Fate)」の順です。

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