夢幻航路   作:旭日提督

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 こちらは「夢幻航路」と「共和国の旗の下に」のクロスになります。
 クロスとは言いましても、本格的に登場人物が交わるものでもなくしばらくは本編に絡まない幕問なので、読み飛ばしていただいても何ら問題はありません。


Intermission_3.5【クロス企画】

 ……………………………………………………

 

 

 ………………………………………………

 

 

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 ……………………………………

 

 

「…………はぁ、っ!?」

 

 唐突に、背筋を迸る冷たい悪寒。

 

 久しく感じていなかった、(あやかし)の気配だ。

 

 寝床から飛び起きて辺りを警戒するも、気配の正体は掴めない。

 

「──下、か」

 

 直感的に、下手人が近くにいないことを悟る。

 

 恐らくは、この宇宙船の外側。

 居るとすれば、ステーションの中だろう。

 

「……………………」

 

 着の身着のまま寝室を飛び出し、船内を抜けて宇宙ステーションの床を踏む。

 ステーション内の灯りは所々が切れかかって点滅を繰り返し、否が応にも妖の気配を演出していた。

 薄暗い廊下が一直線に続く様は、さながら鋼の逢魔ヶ時。遥か未来の科学世紀の産物なれど、魔の空気は不変らしい。

 

 カツ、カツ、カツ────

 

 鋭い私の足音だけが、廊下に響く。

 

 気配は近い。

 

 だが、未だ敵の姿は見えず。

 

 気づけば私は、どうやら造船所まで辿り着いていたようだ。

 長さにして、凡そ十町はあるだろうか。

 鋼から成る紅白の巨躯───建造中の新たな旗艦が横たわるその造船所に、果たして妖の姿を見た。

 ゴォォ、と機械の駆動音が微かに振動する薄暗い造船所の中で、不釣り合いな程に鋭く研ぎ澄まされた妖気。間違いない、あれだ。

 

 ───艦橋の天蓋に、一つ。

 

 敵の姿を見た私は、一目散に目標へ向けて飛翔する。

 何故にこの科学世紀真っ盛りの中で妖が出るのかは知らないが、斯様な邪気を放たれては博麗の血が疼くというもの。敵の殲滅を最優先目標に指定した私の思考は、最適な戦術行動を出力し始める。

 

 札もお祓い棒すらない現状では、攻撃手段は霊力弾のみ。しかし、下手な方向に向けて撃てば建造中の旗艦を無為に傷付ける結果になりかねない。

 さて、どう排除したものか───と思考を繰り返していた時だった。

 

『───きサマは、帝国カ?』

 

 か細く響く、妖気を載せた霊の声。

 

「…………誰、アンタ」

 

 意味不明な言葉を発するそれに向けて、一言、問う。

 深緑の…………制服だろうか。洋服はボロボロに解れ、かつては威厳を演出していたであろう肩の金色の飾り紐や胸の勲章は色褪せて往時の面影を窺わせるのみ。

 顔は半分が爛れて無惨な姿を曝しており、残された半身の容貌が人形のように整っているだけに余計痛々しく見える。

 

『いヤ、違う───■■■(■■■■■■)の眷属か』

 

 言葉にならない、妖のか細い呟き。

 

 ───瞬間。

 

 一瞬にして、辺りの空気が凍り付く。

 

「この、ッ!?」

 

 抜刀。

 

 左の腰に手を回した妖は、血のように赤い深紅の霊刀を振り抜いた。

 飛翔する斬撃を躱し、距離を取る。

 見れば敵は艦橋から動かず、油断なく刃を構えるばかり。アレ自体が飛翔する気配はない。

 ならば、戦いは此方の土俵だ。

 敵から一定の距離を取りつつ、霊力弾を放つ。

 目標に向けて一目散に飛翔するそれは、着弾の直前で紅い霊刃に一蹴された。

 

「チッ、なら──!」

 

 霊力で編んだ、封印の札。

 それを針状の霊弾に載せて、敵に向かって撃ち放つ。

 封の字を直接刻んだ訳ではない一時の幻なれど、妖には効果覿面の封印札だ。食らえば只では済むまい。

 

 だが、敵は器用にもその全てを刃の一閃で叩き落として見せた。

 

 ───強い。

 

 どうやら、敵の強さは想定以上だったらしい。打つ手の悉くか撃ち落とされ、装備もなく決め手に欠ける此方は千日手に陥ってしまう。

 ”夢想天生”ならば或いは、と思考するが、未だ身体がこの科学世紀に馴染んでいない今は本調子とはいえず。果たして技の発動自体上手く行くものか。

 

 と、次なる一手に向けて思考しつつ、牽制に霊力弾を放った最中だった。

 

 牽制の雷撃を叩き落とした敵は刃を八双に構え───いや、刃の鋒を真っ直ぐ私に向けて構え直す。

 

『一歩、音越』

 

 ───直後、敵の姿が掻き消えた。

 

『二歩、無間』

 

「っ───!?」

 

 ───不味いっ!? 

 

 脳髄を叩き起こすような警報の嵐。

 直感は最悪の事態を想定して警告を出し続けるが、”夢想天生”の発動はおろか回避すら間に合わない。

 

『三歩、絶劒』

 

 再び敵が眼前に出現したときは、最早手遅れ。

 回避不能。必殺の間合。

 幾ら身体を捻ろうとも、あの鋒は必ず身体の何れかを穿つだろう。

 けたたましく鳴り響く直感。だが脳が幾ら警告を発しようと、既に打つ手などある筈もなく。

 

 ───ああ、こんな、ところで。

 

 終わるのか。まだ始まってすらいないというのに。

 

 呆気なく貫かれる寸前の我が身。自身の浮き足立った采配を呪えども、今更遅すぎるにも程がある。

 

 抉れる肉体を覚悟して、なけなしの身体強化を予測被弾箇所に施す。上手く行けば離脱ぐらいは叶うかもしれないが、その可能性は五十歩百歩。しかし、今はそれぐらいしか打つ手がない。

 

 眼前に迫る、壊れた人形のような殺戮機械。

 夕闇の茜にも似たその鋒は、寸分違わず私の右肺を吹き飛ばすだろう。

 

 ───────刹那

 

 視界を覆う、唐紅と朽葉色のコントラスト。

 

『な、ゼ…………』

 

 ばさりと揺らめく朽葉に隠れた、白銅の刃。

 その鋒に貫かれるは、つい先程まで深紅の刃を振るっていた彼女。まるで信じられないものでも見たと言わんばかりにその瞳は大きく見開かれている。その様は、あまりにも無機質だった人形が見せるには、ひどく人間味があって───悲惨な貌だ。

 

「…………まさか、ここまで落ちぶれているとは思いませんでしたよ。敵の区別すらつかないんです。もういい加減、お眠りになられて下さいまし」

 

「こは、く───?」

 

「ええ、貴女の琥珀ですとも。さぁ、間違った貴女はおやすみなさい。後はどうか、このわたくしめにお任せあれ」

 

 貫かれた人形を胸に抱き、旗艦の艦橋に降り立つ唐紅の人影。

 様子から察するに、あの妖の知己だろうか。しかしなら何故胸を貫いた? 

 だけど、一つだけ確かなことがある。

 私は、彼女のお陰で命拾いしたということ。

 

 彼女に続いて私が艦橋に降りる頃には、妖は正に灰となって消え失せている最中だった。

 その灰を、最後の一粒まで見送る彼女。

 貫かれたにも関わらず、膝枕の姿勢で彼女に抱かれる妖は、憎たらしいほどに穏やかだった。

 

 全てが無に消えて漸く、彼女は振り向いて私を視る。

 

「───この度は、知己がご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」

 

「いや、それはいいんだけど…………それよりも、何者? 貴女」

 

 唐突な真摯な謝罪に、呆気からんと毒気を抜かれる。

 しかし、彼女が正体不明の存在であることに変わりはない。

 せめて敵か味方か、はっきりさせる必要がある。

 

「わたしですか? うふふっ。ただの通りすがりのお手伝いさんですよ。それよりも───」

 

 ぐいっ。と、唐突に身を乗り出す彼女。

 機械じみた琥珀色の瞳孔が、私の貌を容赦なく覗き込む。

 

「気を付けて下さいまし? 博麗の巫女さん。貴女がこれから挑む敵はあまりにも大きすぎます。どうか、その道を違えないよう─────」

 

「ちょっ、なんで私が博麗と…………!?」

 

 旋風に囲まれて、天狗のように掻き消えていく彼女。

 謎だけを残しながら、私の問いにすら答えずに去っていく。

 そもそも、あの妖は何なのか。

 唐紅の彼女は果たして何者か。

 何故私を博麗の巫女だと知っていたのか。

 

 全てが泡沫の、夢のように消え去った。

 

 残されたのは無機質な静寂と、そこに一人佇む私だけ。

 

「一体、何だったのよ…………」

 

 呆然と、立ち尽くすしかない。

 

 幾ら先程までの出来事に思考を馳せても、答えなど出る筈もなく。

 

 まるで一時の、淡い悪夢のような残り香だけが、彼女達の存在を健気にも訴えていた。




 ……はい。亡霊シャルっちvs霊夢ちゃんの小話です。

 ヴェネターに惹かれたシャルっちの残滓が地縛霊化しています。ですが、目覚めたばかりで装備もない霊夢ちゃんはやや苦戦気味。そして最後に現れたのは、一体何カルアンバーさんなんでしょうねぇ( )

 この先暫くは本編には絡まない、番外編のようなものです。軽い気持ちで読んでもらって構いません。第二部以降はどうなるか分かりませんが。

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