夢幻航路   作:旭日提督

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第四五話 侵略者の影

 

 

「っ・・・ううん・・・・」

 

 ゆっくりと、重い瞼に開ける。

 目覚めた私は倦怠感を押し退けて、状況の把握に努める。窓の外に広がるのは、蒼く澄んだ闇の世界―――ハイパースペースだ。闇のなかを、時折白い閃光が突き抜けていく。

 

「あら、起きたのね」

 

 隣から、声がした。

 艦長席に深く腰掛けるブクレシュティ―――アリスは、相変わらずまるで表情を変えない人形のようだ。

 

「ンーッ、はぁ・・・・・・ええ。この様子だと、到着はもう少しってとこかしら」

 

 寝起きしたばかりなので、ぼんやりとした頭痛がじわじわと響く。

 それを誤魔化すために身体を伸ばして、彼女に尋ねた。

 身体を伸ばした後は脱力して、そのまま体重を椅子に預ける。この感覚が心地いい。

 

 オムス中佐から急ぎの用件だという通信が入ったので、それを確かめるため私達はツィーズロンドに向かっている。今私が乗っている〈ブクレシュティ〉を含めた艦隊の全艦は通常のインフラトン機関の他にワープ装置を備えている。それを使って近道しながら進んできたので、ティロアを出港してからそれほど時間は経っていない。確かネージリンス・ジャンクションのゲートを潜ってから軽く居眠りしていたので、時間的にはそろそろツィーズロンドに着く頃だろう。

 

「そうね、ハイパースペースを抜けるまであと10分、ってとこかしら。あと5分しても寝ていたら起こすつもりだったけど、起きてくれたお陰で手間が省けたわ」

 

「むぅ、霊夢さんを起こすのは私ですよ・・・」

 

 淡々としたアリスの言葉に、早苗が不機嫌な声で唸る。

 彼女が気に入らなさそうにする理由は分からないけど、もう少しで到着というのなら気を切り替えておこう。なにせあの食えない軍人に会いに行くのだ。惚けたままでは、なにか不都合なことをうっかり握られてしまうかもしれない。

 

「そう。一応聞くけど、異常とかは無い?」

 

「起きていたら貴女を叩き起こしてるわ」

 

 私が寝ている間にも特に異常は無かったらしい。

 

「おや、漸くお目覚めかい、可愛い提督さん?」

 

 そこに普段は聞きなれない、低い女の人の声が響く。

 乗客のトスカさんだ。

 

「茶化さないでくれるかしら。聞いた通り、もう少しで到着よ」

 

「ハハッ、いやぁ、あんたの寝顔が存外に可愛いかったもんでね、お姉さんつい揶揄っちまった。そろそろ着くってのなら、こちとら準備しておかないとね」

 

 全く気に掛けていないのか、トスカさんは茶化すような話し方を止めない。だが、間もなく到着と聞いてすぐに下船準備を始めるあたり、仕事はできる人のようだ。普段から一緒にいる訳ではないから本当に仕事ができるかはさておき、ユーリ君も良いクルーを見付けたものね。

 

「おう、霊夢さんって割と好戦的な癖に顔は意外と女の子してぐへっ!!」

 

「うふふッ、霊夢さんが可愛いのは当たり前じゃないですか~。トーロ君も便乗者ならあまり霊夢さんを怒らせない方がいいですよ~」

 

「お、俺が何をしたんだよ・・・」

 

「貴方、さっき霊夢さんに失礼なこと考えましたよね!?」

 

「な、なんでぇ!?」

 

「・・・二人とも、私の近くで争わないでくれるかしら?」

 

 外野では、何故かトーロ君と早苗が言い争いを始めて、間に挟まれたアリスは心底迷惑そうに呆れ声で抗議している。ああ、〈ブクレシュティ〉に大勢乗ってきたときアリスが迷惑そうにしていたのって、これが嫌だからだったのね・・・

 でも、見た目上の彼女は殆ど表情を変えず、僅かに眉を顰めるだけだ。その変化は、彼女とそれなりに付き合いがなければ分からないものだろう。早苗と同じサナダさん製の義体なのに、どうしてこんなに差が出るのかしら。

 

「・・・ところで霊夢さん、この技術って、どこで手に入れたんですか?」

 

 二人が争っているのをよそに、ユーリ君が私に尋ねてくる。この技術とは、今のワープ航法を指しているのだろう。ネージリンスで一度目のワープをしたときに大層驚いているみたいだったから、興味でも沸いたのかも。

 

「ただの偶然みたいなものよ。運良く異星人や古代人の遺跡にありつけたからね。そのお溢れを貰ったって訳」

 

「はぁ・・・欲を言えば、僕の艦に取り付けてみたかったんですけど、その様子だと無理そうですね」

 

「ああ、勘違いしないで欲しいけど、一応これ量産してるわよ?」

 

「えっ!?」

 

 私の台詞に、ユーリ君は面食らったような表情で驚く。

 一応この技術、完全にブラックボックスって訳でもない。現実に管理局のドックや特大型工作艦〈ムスペルヘイム〉で新造された艦艇にもワープ装置は取り付けられている訳だし、必ず遺跡から見つけなければならない、なんてことはない。

 ただ、ワープ装置はインフラトン・インヴァイダーに直結するように繋がれている別の装置だから、搭載するには必然的に場所を喰う。無人艦ならともかく、色々と設備を詰め込む有人艦に搭載するには少し無理があるかもしれない。私の〈開陽〉なら図体がでかいからあまり問題はないんだけど、1000mに満たないグロスター級だとそこは覚悟した方がいいかもね。

 

「詳しく聞きたいんだったら、そこのサナダに訊ねてみればいいわ」

 

「あ、いや・・・止めておきます」

 

 私が目線でサナダさんの方を指してみたけど、ユーリ君はその申し出を断る。マッドの講釈に付き合わされるのは、彼も御免らしい。

 私に突然話を振られたときは若干目を輝かせたサナダさんだけど、即答でユーリ君に断られて少し萎んだような雰囲気になった。なんか、ちょっと悪かったかも・・・

 

「ちぇッ、ああそうだ、なんならワープ装置のモジュール設計図、いる?」

 

「え・・・あ、はい!くれるなら是非とも・・・」

 

 ユーリ君は私のワープ装置のモジュール設計図を渡すという提案に乗り気だが、私が指で硬貨の形を作ってみせると、彼はまるでそれが分からないというように、訝しげに私の顔を見つめる。

 

 ―――なに、分からないの?

 

 まさか、対価なく航海と研究の成果を渡すなんて思ってないでしょうね・・・ああ、確かこの時代のお金は全部データの中にあるんだっけ?それは分からない訳だ。

 

「霊夢さん、それは―――?」

 

「だ・か・ら、お金よお金。何処にも売ってない特殊なモジュールなんだから、けっこう高くつくわよ?」

 

「え"っ――――ちなみに、金額は幾らで・・・」

 

 あれ、その反応だと、もしかして解ってなかったのかな?霊夢ちゃん悲しいなー。

 

 そうね・・・自力でワープできる装置なんてとんでもない"お宝"なんだし、設計図でもけっこう価値あるわよね・・・うん、ない方がおかしいわ。

 

「う~ん、性能と貴重性を考えると・・・設計図でも4980Gってとこかしらね。どう?」

 

「しゅ・・・守銭奴だ・・・」

 

「あら、何か言った?」

 

「い・・・いえ、何もありません!」

 

 ユーリ君の口から失礼な言葉が飛び出したような気がしたので、満面の笑みを心掛けて彼に尋ねてみる。だが、ユーリ君は冷や汗を流しながらそれを否定した。

 あれ、なんでそんなに脅えてるのかな~?

 

「ふむ、それで良いわ。んで、どうする?買う?」

 

「いや・・・今回は、考えておくだけにしておきます・・・」

 

「ちぇッ・・・・まぁ良いわ。その気になったらいつでも声を掛けていいのよ?」

 

「は、はぁ・・・」

 

 商談は残念ながらお流れになったけど、脈はあり、か。次に期待しよう。

 

 

「ほら、そこも茶番ばっかりやってないで。通常空間に出るわよ」

 

 アリスの一言で、意識を切り替える。

 

 直後、蒼白い闇の隧道が終わりを告げ、藍色の宇宙空間が眼前に広がる。

 

「ワープアウト成功・・・予定航路との誤差は0,0012・・・十分に許容範囲ね」

 

 アリスが〈ブクレシュティ〉をワープアウトさせたのは、ツィーズロンド付近の微妙に航路から外れた宙域だ。

 ツィーズロンドはエルメッツァの首都星だから交通量は桁違いに多い。そんな場所に艦をワープアウトさせれば大事故に繋がりかねないので、こうして航路から外れた位置で通常空間に出るように航路を設定してあった。

 

 

 艦橋の窓を覗くと、前方には小さく蒼い惑星が見える。あれがツィーズロンドだろう。左舷後方には、同じくワープアウトした護衛艦の〈モンブラン〉の姿があった。彼女は他のルヴェンゾリ級やサチワヌ級のような灰色と赤の艦体色ではなく鮮やかな黄緑に塗られているので、ライトアップされた姿は暗い宇宙空間でもよく目立つ。

 

「さて、と・・・気は進まないけど、あの軍人に会いに行くとしますか」

 

 あの野望の塊みたいな軍人に会うのは正直気が進まないが、こうなったら仕方ない。いい加減覚悟を決めておこう。

 

 その後問題なくツィーズロンドに入港した私達は、一路エルメッツァ軍司令部を目指した。厄介事はできればご遠慮したいんだけどなぁ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~エルメッツァ主星ツィーズロンド、軍士官宿舎~

 

 

【イメージBGM:無限航路より「blockade(封鎖)」】

 

 

 

 オムスさんに会いに行くために軍司令部を訪れた私達だけど、どうも彼は士官宿舎の方にいるようだった。軽い身体検査を済ませた私達は施設内に通され、そこから士官宿舎に向かう。

 事前に教えられたオムスの部屋を見付けると、遠慮なくドアのロックを解除して入室する。部屋の奥には、この部屋の主であるオムスさんが背を向けて椅子に腰掛けていた。彼は私達の入室を確認すると、くるりと椅子を回転させて向き直る。

 

「ユーリ君に霊夢君、よく来てくれた。随分と早い到着だな」

 

 オムスさんは私達の姿を認めると、軽く挨拶を交わす。

 

「単純に近くに居ただけよ。んで、用件ってのは何なのかしら?」

 

「そうですよ、どうしたんですか?いきなり呼び出すなんて」

 

 この中佐には、ワープ装置のことは教えない方が良さそうだ。なので、誰かが漏らさないうちに適当な理由で釘を刺しておく。

 

「うむ、先ずは、この映像を見てもらってから話すとしよう」

 

 オムスさんはそう言い放つと、森林の画像を映していた壁のスクリーンが暗転し、同時に部屋の明かりも最小限まで落とされる。

 

「映像?」

 

「ああ、ユーリ君がエピタフ探査船から回収してくれた、ヴォヤージメモライザーの映像だ」

 

 オムス中佐がスイッチを入れると、その映像が再生される。衝撃のためか、映像にはノイズが掛かっていて所々は見ずらかったけど、肝心の箇所はしっかり捉えられていた。

 

 まず映像に映ったのは、複数の縦陣を立体的に組んで航行する、上下甲板と両舷が全く対称な形をした棒状の細長い緑色の艦―――ブランジ級突撃駆逐艦の群れだ。私達が連中から逃げるときに遭遇したのとは桁違いの数が犇めき合っている。

 暫くして一番手前のブランジ級が通過すると、画面上側を2000mはあろうかという巨大な艦船が現れた。画像では見切れてよく分からないが、雛壇を逆にしたように並ぶ飛行甲板に、直線的なユニットが取り付けられた艦体―――ブラビレイ級空母だ。アレはうちの〈ラングレー〉の設計上のタイプシップでもあるし、現物は残骸しか見ていないけど判断できる。

 続いて、ブランジ級の3倍ほどはある巨大な艦が手前を横切る。右舷の長大なカタパルトユニットと左舷のコンテナユニットに挟まれた中央艦体に、単装主砲を上甲板と底部に2基ずつ備えた戦闘艦―――ダルダベル級巡洋艦だ。

 

 そのダルダベル級が通過したところで、映像は途切れた。映像が終わると、部屋の明かりも戻される。

 ユーリ君やトーロ君は珍しいものでも見たかのように目を見開いていたが、一方のトスカさんの表情は厳しい。苦虫を噛み潰したかのようなその表情は、一緒にその映像を見ていたサナダさんやエコーのそれに近いものだった。

 

 何で連中・・・ここに向かって来てるのよ・・・

 

「な、なんだよこれ・・・信じられないくらいの数が映ってたぞ!?」

 

「これは・・・」

 

 沈黙に包まれた部屋のなかで、トーロ君が開口一番、驚愕を口にした。

 早苗もその艦隊を見たところで声が漏れたが、その後に続く言葉を飲み込む。―――そう、手札を開示するかどうかを決めるのは、私の仕事だ。

 

「ここらの艦船とは全く違う設計思想の艦だな。間違いない、これは・・・」

 

 エコーが言う通り、アレはここいらの艦とは全然違うモノだ。エルメッツァの艦船なんかは基本的に汎用性を重視した設計をしているけど、アレは長駆侵攻の為に造られた艦船だ。戦闘力もさることながら、その巨体には長距離侵攻に耐えられるだけの充実した各種居住設備、予備物資などが積み込まれている。尤も、これはサナダさんの受け売りなんだけどね。ちなみにうちの〈ラングレー〉はそれをごっそり削ぎ落としているから、だいぶコストが押さえられている。

 

「・・・オムスさん、この艦隊に関して、何か情報は―――」

 

「今のところ、ゼロだ。言えるのは、エピタフ探査船はこの艦隊に遭遇して破壊されたのだということ。そしてこの艦隊が―――」

 

 立ち直ったユーリ君が、オムスさんに尋ねる。中佐はそれに応え、一呼吸置いてから、明らかになった真実を告げた。

 

 

「我が小マゼラン銀河へ、真っ直ぐ向かって来ているということだ」

 

 

 

「ま、マジかよ・・・」

 

 その言葉に、思わず声を漏らす者もいる。黙って中佐の話に耳を傾けていた連中の額にも、冷や汗が伝った。

 

「・・・一体、どこの艦隊なんだ?」

 

 沸いた疑問を、誰に宛てた訳でもなくユーリ君が呟く。だが、その言葉はオムス中佐に拾われた。

 

「・・・そのことで、霊夢君に訊きたいことがある。霊夢君はここらでは見掛けない珍しい艦を使っているからな、他の宇宙島から旅をしてきたというのなら、もしやと思ったのだが・・・」

 

 ―――当たりだ。

 

 オムスさんの言う通り、私はあの艦隊を知っている。とは言っても、多少矛を交えた程度なのだが、この中では私達が一番詳しいだろう。オムス中佐も、中々の慧眼らしい。まさか艦だけで他の宇宙島からの人間だって分かるなんてね。彼に直接紹介した覚えはないんだけど、流石は野心家って所かしら。情報収集も怠っていないようだ。

 

 オムスさんに図星を突かれてちょっと驚いたけど、次第に冷静さが戻ってくる。

 やはりここは、素直に情報を売っておくべきだろう。折角連中から逃げてきたのだ。エルメッツァには肉壁・・・ゲフンゲフン、是非とも軍隊としての本分を果たして頂きたい。そうでないと、善良な宇宙航海者である私達が困るのだ。連中の監視下をコソコソするよりは、気に入らない連中を堂々と叩き潰す今の方がずっとマシだ。

 

 そう考えた私は素直に恩を売ろうと口を開きかけたのだが、そこに予想外の人物から連中の名が発せられた。

 

 

「ヤッハバッハ・・・」

 

 

 その名を口にしたのは、今まで沈黙を守っていたトスカさんだ。

 

 ―――えっ、あれ・・・なんで知ってるの?

 

 連中は遥か彼方の銀河系を拠点にしている侵略国家だ。その存在を知っているのは直接そこから逃げてきた私達だけかと思ったんだけど、どうやらそうではないらしい。

 

「え?」

 

「―――ヤッハバッハの先遣隊だ。間違いない」

 

 呆気に取られるユーリ君をよそに、トスカさんが話を続ける。

 

「・・・知っているのかね、この艦隊を」

 

「―――ええ、私達も知ってるわよ。連中の名はヤッハバッハ。どこぞの銀河に巣食う侵略国家らしいわ。尤も、私達はちょっと連中と火遊びしてきただけだから、詳しいことはよく知らないわ」

 

「あんた・・・知ってるのかい?」

 

 私の言葉に、一同が注目する。オムスさんの驚いた表情を見るに、私は駄目元で呼んでみたのだろう。それが大当たりときたもんだ。それなら驚くのも無理はない。トスカさんの方は・・・あれは自分以外にヤッハバッハを知ってるものが居たからだろうか。こっちも、この銀河に連中を知っている人がいるなんて意外なんだけどね。

 

「ええ、少しね。サナダさん、連中との交戦データ、残ってたかしら?」

 

「ああ、勿論だ。こんなこともあろうかと、交戦した敵艦のデータは常に持ち歩いている。余計なものも入っているが、今はこれしかない。受け取ってくれ」

 

 サナダさんにそう尋ねると、何と用意のいいことか、彼は私が求めていたものをオムス中佐に提示した。サナダさんが手に取ったものは、今まで私達が交戦してきた艦船の情報を詰め込んだデータのようだ。余計なものとはスカーバレル艦とか、グアッシュとかの艦船の情報だろう。だが、わざわざ〈ブクレシュティ〉のデータベースから外部メモリーに写し換えてくるよりは時間が無駄にならずに済む。(ちなみに艦隊のデータベースそのものは、離れすぎていて今はアクセスできない)

 

「おお、まさかそこまでの情報があるとは・・・協力に感謝する」

 

 オムスさんは感慨極まった様子でサナダさんからデータプレートを受けとる。サナダさんも、それを無言で渡すだけだ。

 

「中佐、データを見てもらえば解ると思うが、連中の個艦性能は侮れないものだ。大マゼランの艦隊を相手にする気持ちで事に臨んで欲しい」

 

「・・・分かった、この情報があれば、此方も有利に戦えるだろう」

 

 オムスさんはそう答えるが、サナダさんはどこか浮かない顔をしている。・・・ということは、エルメッツァが相手にするにはかなり厳しい、と解釈すべきなのだろう。実際に小マゼラン艦船の性能では、同数でヤッハバッハと対峙すれば確実に敗れる。だけど、ここが連中に蹂躙されたら困るのよね。漸く自由な宇宙島に辿り着けたのに、また逃避行なんて気が滅入るわ。

 

「霊夢君、他になにか情報はあるかね?知っていることがあれば、些細なことでも教えて欲しい」

 

「そうね・・・連中の艦についてはそのデータがあるし・・・そもそもさっき言ったように、私は連中とは少し遊んできただけだからね、国家の内情とかはよく知らないわ。ああそうだ、連中の域内では自由な航海が認められていないそうよ」

 

「・・・分かった。協力に感謝する。少しでも連中に関するデータが手に入っただけでも、曉幸と言うべきだろう」

 

 それ以上は私も知らないし、此方が出せるカードはサナダさんのデータだけだ。サナダさんならもっと知ってるかもしれないけど、私達は連中とは戦いながら逃げてきただけだし、国や軍の内情なんてさっぱりだ。だから、これ以上オムスさんに教えられることはない。それに、敵が装備している戦闘艦のデータなんて垂涎ものだろう。それだけでも充分でしょ?

 

 

「ま、今はアンタらが連中を知ってる理由は後にして・・・中佐、この映像について政府は?」

 

「―――国内の混乱を招かぬよう、極秘で偵察艦隊の派遣準備を進めている。霊夢君の情報で確信したが、新たな星系人種との接触になるだろうからな。侵略国家という話があったが、勿論相手がそのような種族だった場合に備えて打撃力を持つ艦隊も後衛につける予定だ」

 

 続いてトスカさんがオムスさんに尋ねる。中佐の話では打撃力を持つ艦隊も連れていくらしいが、どこまで通用するかが気になるところだ。連中との性能差を考えれば攻勢三倍の原則なんかは素直に通用してくれないだろう。というか障害物のある星系内ならともかく、それがない外宇宙での大規模艦隊戦は如実にランチェスター・モデルの第二法則が適用される形になる。もしエルメッツァ側の数がヤッハバッハより劣っていれば、艦船の性能差のお陰で全滅までの時間は加速度的に上昇してしまう。そうなれば肉壁どころの話ではない。

 

「あ~あ~そうかい、そりゃ結構。んで、その戦力はどの程度なのさ」

 

 トスカさんはその説明を聞くと、淡白な様子でさらに尋ねる。オムスさんも特に隠しもせず、その質問に答えた。

 

「情報が少ないから何とも言えないが―――慎重を期して5000隻程度の艦隊を編成することになるだろう。」

 

「ほう、5000隻か・・・」

 

「そ、そんなに―――」

 

「すげぇ!」

 

 オムス中佐の5000隻という言葉を聞いて、エコーに早苗、トーロ君は驚きの言葉を口にする。声にさえ出さなかったけど、正直私もその数には驚いた。せいぜい数百隻程度だと思っていたけど、まさかそれだけの数を動員できるとは、流石大国と謳われているのは伊達ではないらしい。

 だけど、そこで私は気付いてしまった。サナダさんとトスカさん―――この中で私よりヤッハバッハのことを知っているであろう人達の表情が、何れも暗いものだということに。

 

「うむ、最初の接触で我がエルメッツァの威信を見せつける必要があるからな。私はこれでも多いくらいだと―――」

 

「ふ・・・ハハッ、アハハハハッ!大した自信だよ!たったそれだけの数で威信を見せつけるだって!?」

 

「ふわあッ・・・と、トスカさんが壊れた!?」

 

 突如、トスカさんが嘲るような笑い声を漏らす。あまりの突然さに、近くにいた早苗やユーリ君なんかは驚きでひっくり返りそうになったり呆然としていたりする始末だ。

 トスカさんはそんな周りの様子なんかは知ったことかと言わんばかりに、オムス中佐と対峙した。

 

「・・・中央政府軍の艦船数は総計15000隻。その三分の一を動員するのだ。これでも大げさ過ぎるぐらいだと思うが?」

 

「あ~知ってる。知ってるさ。滅亡した国家の連中が、どいつもこいつもおんなじような台詞を言ってたってね」

 

 中佐を嘲るような態度を変えずに、トスカさんは言葉を続ける。その態度を受けてオムスさんの顔が歪むが、中佐は無駄に怒鳴り散らしたりはせず、トスカさんの話を聞くのを続けた。

 

「いいかい?アタシが今からアンタらのやるべきことを教えてやる。今すぐカルバライヤとネージリンスに号令を掛けて、小マゼラン銀河全軍で連中を迎撃するんだ!それで何とか撃退できたらオメデトサンって言ってやるよ!」

 

「バカな!相手は近辺星系の軍ではないんだぞ!長い航海を経た遠征軍なら支援艦、補給艦も多数混ざっているだろう。戦力となる艦船数なぞ、たかが知れているのだ!」

 

 ついに我慢できなくなったのか、オムスさんも持論を彼女にぶつける。確かに中佐の言い分は最もだ。ヤッハバッハは他の銀河から長駆侵攻してくる訳で、ここから一番近い大マゼラン銀河でも1万光年程度の距離がある。それを遥かに上回るだけの航路を経てくる訳だから、補給部隊の数もそれなりには居るだろう。

 だけど、トスカさんの言い分からは、実際に知っているかのような説得力を感じる。恐らくは、彼女の故国が・・・

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 このまま二人ともヒートアップしていくのはあまり宜しくないと、私はトスカさんに目線で訴える。仮にも彼は正規軍の佐官だ。あまり怒らせるのはよくない。それがこの野望を隠そうともしない中佐なら尚更だ。彼女もそれを察したのか、渋々ではあるが身を引いてくれた。

 

「アンタ・・・自分達の判断にそんなに自信があるのかい?」

 

「このエルメッツァも、大きくなるまでに多くの異人種との接触、同化を繰り返してきた。そこから導き出される常識的な判断だと思うがね」

 

「・・・そうかい。この宇宙で未知の敵の力を常識で図る―――救えないよ・・・」

 

 トスカさんはそう吐き捨てると、立ち上がったまま一人部屋を後にした。

 

「あっ、トスカさん!」

 

「先に艦に戻ってる」

 

 それをユーリ君が呼び止めるが、彼女は軽く手を上げただけで振り返ることはなかった。

 

「あ・・・」

 

「行っちまったな・・・」

 

 ユーリ君とトーロ君はそれを見届けると、再び中佐に向き合った。

 

「あの・・・オムスさん・・・申し訳ありません」

 

「君達に伝えたかったのはこれで全てだ。霊夢君から頂いたデータは、後で軍司令部に提出して分析することになるだろう」

 

「・・・せいぜい上手く生かしなさいよ」

 

 ユーリ君は副官の非礼を詫びたが、中佐はそこで怒るような非常識な人ではなかったらしい。熱くなった口調を直して、オムスさんは私達にそう告げた。

 

「それと、もう一つ・・・君達には回収して貰った行き掛かりとアドバイザーとしての意見を期待してこの映像を観せたが―――」

 

「私達はここで何も見ていないし聞いていない。でしょ?」

 

「うむ、そうしてくれると助かる」

 

「・・・了解です」

 

 若干不機嫌さが残る中佐ではあるが、ここは素直に彼の求めに従っておこう。ただ、連中が来るとなればこっちも黙っている訳にはいかない。ヤッハバッハ支配宙域以来の古参クルーには、伝えておくべきだろうか。マッドは・・・心配するだけ無用ね。どうせサナダ辺りに盗聴装置を持たせていそうだけど、情報管理に関しては信頼できる連中だ。無闇に拡散したりはしないだろう。

 

 中佐からの用件は以上ということなので、一人部屋に残る中佐をよそに、私達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~強襲巡洋艦〈ブクレシュティ〉艦橋~

 

 

 オムス中佐からの用件も終わり、ネージリンスに本隊を待たせている私達は〈ブクレシュティ〉に乗り込んで出港した。

 ちなみにではあるが、アリスは中佐とのやり取りを全部聞いていたそうだ。皆に持たせた端末から音声を拾っていたらしいが、何食わぬ顔で恐ろしいことをしてくれる。曰く、「ジョーカーは多いに越したことはない」らしい。・・・あの部屋で盗聴がバレたら危なかったのよ?その辺りの記録はだいたい早苗がやってるんだから、素直に待てば良いものを。

 それと、危うく彼女のことをアリスと呼んでしまいそうになったときは、彼女から不愉快そうな表情で睨まれた。一応艦に居るときは艦の名前で呼べっていう約束だったけど、こっちの方がなんだか面倒くさいかも・・・

 

 ただ、今回の件で、マッドの技術力がエルメッツァの防諜体勢を潜り抜けるほどのものであることが明白となった。我ながら、恐ろしい技術屋集団を抱え込んだものね・・・

 

「ああ、艦長さん、ちょっといいかい?」

 

「・・・何?」

 

 出港して暫くしたところで、トスカさんがアリスに話し掛ける。アリスの対応は無愛想だが、それを意に介さずトスカさんは続けた。

 

「いや、エルメッツァから出る前にドゥンガに寄っていきたいんだ。そこでランデブーしたい奴がいるんでね。これが相手のナショナリティコードだ。私の名前で通信を寄越せば応えてくれる」

 

「―――分かったわ。寄ればいいんでしょ」

 

 アリスはそれを渋々引き受けると、ワープの為の計算を始めた。にしても、トスカさんが会いたい人って、誰なのかしら。

 

 

 

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 超空間を抜けて、眼前に宇宙空間が広がる。正面には、薄茶色の岩石惑星ドゥンガが辛うじて肉眼で見える。予定通り、ドゥンガ付近の宙域にワープアウトしたようだ。

 

「・・・見付けた。あの艦ね」

 

 〈ブクレシュティ〉の各種機能と直結しているアリスが、早速目当ての艦を見付けたようだ。彼女は自身の舵をその艦へ向け、通信で呼び掛けた。

 

 すると向こうの艦も気づいたのか、此方とランデブーするために接近する航路を取る。

 

 相手の艦が近づくにつれ、その姿が鮮明になっていく。紡錘形の艦体に衝角のように延びた艦首、背の高い艦橋に両舷には翼状の構造物と巨大なアンテナ、底部の2基のエンジンユニットを備えた艦容に、水色と白を基調とした外見―――あれ、どこかで見たような気がするんだけど・・・

 

 その艦はそのまま此方に接近してきて、アリスの通信に従って艦を隣に静止させた。あっちの艦から1隻のランチが向かってきたので、シャトルの着艦口から誘導灯が出される。ランチはそれに従って、〈ブクレシュティ〉に着艦した。

 

 私達はトスカさんの待ち人を出迎えるべく、シャトルの発着場に足を運ぶ。先程着艦したランチから出てきた人物は、私にとっても随分と懐かしい人だった。

 

「待たせたね、シュベイン」

 

「おお、これはトスカ様。それに、そちらは確か・・・」

 

 えっと、シュベインさん・・・何処かで会った気が・・・

 

「あーっ、思い出したわ!あんた、前ボラーレのドックで話し掛けてきた人ね」

 

「はい、左様にございます。貴女は確か、霊夢様でいらっしゃいましたか」

 

「ええ、今は故あって彼女達を載せているわ。ああ、貴方が前見た艦隊なら、この先で待ってるだけだから」

 

 どうやら、トスカさんが待ち合わせていたのは彼のようだ。しかしまぁ、懐かしい顔ね。彼と会ったのは小マゼランに来たばかりの頃だからだいぶ前になるんだけど、自然と容姿が印象に残る人だった。だから思い出せたのかも。

 

「トスカさんの待ち合わせって、シュベインさんだったんですか?」

 

「ああ、例のヴォヤージ・メモリーデータをバックアップさせておいたんだ」

 

「バックアップって、それは・・・」

 

 ―――ああ、成る程・・・

 

 トスカさんの一言で、彼女の目的を察する。さしずめ、独自のルートであの映像を解析させていたとかだろう。オムスさんとの会話を見る限り、ヤッハバッハには並々ならぬ感情を抱いているみたいだったし。

 

 ユーリ君は不味そうな表情をしてトスカさんを見遣るが、彼女は自分の行為をなんでもないことのように語った。

 

「エルメッツァ中央政府の連中なんざ、はなっから信用してないんだよ。ま、立ち話もなんだ、適当な部屋に案内するよ」

 

「ここ、私の艦なんだけど・・・」

 

 トスカさんがシュベインさんを連れて歩き出す。一応ここは私の艦隊の艦なのに、さも自分の艦を案内するような口調で言ったことが、アリスの気に障ったようだ。彼女は静かに抗議の声を上げるが、トスカさんはそれに気付かない。

 

「ああもう、ここは私の艦なんだから、案内は私に任せなさい!とりあえず、こっちに付いてきて」

 

「なら任せたよ、艦長さん」

 

 アリスがトスカさんに食って掛かると、彼女はあっさりと先頭の位置を譲る。ああ、これはいいように弄られてるわね・・・

 

 

 

(ふふっ、案外可愛いじゃないか。見た目は可憐な女の子なのに、堅い軍服ってのも悪くないね)

 

 内心でトスカはそう呟く。霊夢の予想通り、彼女はアリスの反応を見て楽しんでいた。彼女には不本意だろうが、トスカの目には彼女は一生懸命背伸びをしているような少女に見えてしまったのだ。ユーリを可愛がるだけあって、少女の姿をした艦長は充分に彼女の嗜好を刺激していた。ここにもし覚妖怪でもいれば、人格が未熟なアリスは飛び掛かっていたかもしれない・・・

 

 

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 怒り気味なのか足早に歩くアリスに案内され、応接室のような一室に辿り着く。その部屋の椅子に腰かけてから、トスカさんとシュベインさんは話の続きを始めた。

 

「で、どうだい、シュベイン。解析は済んだのかい?」

 

「はい。画像と同期して採取されたデータのうち、比較的精度の高いもののみを取り出してみました」

 

「よし、それじゃ聞かせてもらおうか」

 

 トスカさんに促されて、シュベインさんが解説を始める。解析したデータは確かヴォヤージ・メモライザーのデータって言ってたから、ツィーズロンドの司令部で見たあの映像のことだろう。

 

 

「レーザー干渉計測データから重力データ及び画像範囲のインフラトン測定データをクロス分析した結果・・・・・・艦隊主力艦サイズは2000mクラスのものが複数と思われます」

 

 

「に、2000!?」

 

「・・・ヴァランタインのグランヘイムと同じぐらいのデカさだぜ!?そんなのがゴロゴロしてんのかよ!」

 

 シュベインさんの解析の途中で、ユーリ君が驚きの声を上げる。・・・確か、ダウグルフ級戦艦の大きさがそれぐらいだったわね。彼等とは違って、交戦した経験がある私達は特段驚かない。アリスはホログラムにダウグルフ級の姿を表示して、無言でそれを見つめていた。

 

「・・・ふん、先遣隊ならそんなとこだろうね。で、数は?」

 

 私達と同じく驚きもしないトスカさんは、淡々と次の情報を求める。ユーリ君達にはさっきの言葉だけで驚きだろうけど、こっちの方が重要な情報だ。

 

「あくまでメモライザーの観測範囲のみの計算ではありますが・・・10万隻は下らないかと・・・」

 

「はアッ!?」

 

 へ、今―――10万とか言わなかった?

 予想外に多いその数を聞いて、思わず私の口から声が漏れる。勝手な予想では戦闘艦で7、8000隻程度なんて考えていたんだけど、ヤッハバッハは予想外にスケールが大きい連中らしい。

 

「じゅ、10万なんて、小マゼラン全部合わせても足りないんじゃ・・・」

 

「・・・ざっと調べた限りでは、倍くらいだな。しかもそれが先遣隊と来たもんだ。本隊の数なんて、予想もしたくねぇぐらいだろうな」

 

 報告を聞くエコーがそう吐き捨てる。そう、トスカさんはさっき、確かに"先遣隊"と言ったのだ。つまり、それは背後に本隊が控えていることに他ならない。考えただけでも、ぞっとする位の戦艦を揃えていることだろう。

 

 隣に座る早苗が、私の右手に掌を重ねてくる。心なしか、彼女の手が震えているように感じた。

 

「―――大丈夫よ、いざとなったら、また昔みたいにトンズラするだけ・・・心配しなくていいわ」

 

「・・・はい、霊夢さん―――」

 

 辛うじて早苗に聞こえるだけの小さな声で、私は安心させるように囁いてやる。早苗はそれで少しは安心してくれたのか、若干震えが引いたように思えた。

 

 これは本当に、大マゼランに逃げることも考えないと不味そうね。

 

「シュベイン、このデータをエルメッツァ中央政府は・・・?」

 

「知ってはおりますが、分析結果はだいぶ異なっているようでございますな。どうも古い艦ゆえに1隻当りのインフラトン排出量が多いと判断しているようで・・・。政府内の知人の話によりますと、艦船数は1000隻程度と見積もっているとのことです」

 

「フン・・・どいつもこいつも、どうして敵を見くびりたがるのか・・・」

 

「―――所詮は自分達の価値判断なんだろう。"10万なんて有り得ない、きっと計算が間違ってる筈だ"そんな風にして分析すりゃ、まぁ敵を過小評価するだろうな」

 

「へッ、そんなとこだろうね」

 

 トスカさんとエコーが、吐き捨てるように悪態をつく。彼女達にとって、エルメッツァの行動は軽蔑を通り越して嘲笑さえ感じるようなものなのだろう。そもそも、10万が1000になるなんて、どうやったらそんな結果が出てくるのよ・・・

 

「トスカさん、直ぐにこのことをオムスさんに報せましょう!」

 

「止めなさい」

 

「なッ・・・どうして―――!」

 

 そんなトスカさんに食って掛かるユーリ君だが、返答は彼女からのものではなかった。

 口を開いたのは、アリスだ。水を差されたような気分になったのか、ユーリ君はアリスを問い詰めるように睨む。

 

「本艦の予定航路は変更しない。貴方が何を言おうと、これは既定事項よ」

 

「―――エルメッツァ中央政府も、同じデータを持っている。なら、一介の航海者の意見より、自分達の分析結果を重視するのは目に見えている。今更我々が戻ったところで、その行動は無駄に終わるだろう」

 

「あ・・・そう、ですね・・・」

 

 続いてサナダさんがユーリ君に説く。私もサナダさんと同意見だ。連中が自分達の分析結果より私達の声に耳を傾けるなんて、万に一つもない可能性だ。

 サナダさんに説き伏せられたユーリ君は肩を落とす。

 

「・・・でも、トスカさんと霊夢さん達なら、そのヤッハバッハって連中について知ってるんでしょ?なら―――」

 

「アタシだってそんなに詳しく知ってるわけじゃない。今まで話したので全部さ。それに、霊夢達もその口振りからじゃ、詳しくは知らないだろうよ」

 

「・・・そう・・・ですか」

 

 私は無言で頷き、トスカさんの言葉を肯定した。

 トスカさんにも説き伏せられ、再びユーリ君が項垂れる。

 

 

「・・・それとユーリ、一つ頼みがあるんだが、デイジーリップを精密メンテナンスに出しておきたい。だいぶガタがきてるし、この先何があるか分からないからね」

 

「それはいいですけど・・・この先何があるって言うんです?」

 

 どうもトスカさん達だけの話みたいだったから、今度は別段口を挟まなかった私だが、トスカさんはその質問に答えないまま、シュベインさんに向かって続けた。

 

「シュベイン、悪いが頼むよ。この場所で受け取ってくれ」

 

「畏まりました。私の方でお預かりし、一度精密メンテナンスに掛けておきましょう。では、私はそろそろ・・・」

 

 トスカさんが一枚のデータプレートを渡すと、シュベインさんはそれを確認して立ち上がる。どうやら、用事はこれで済んだようだ。

 

「あ、待ちなさい」

 

「おや、何ですかな?」

 

 しかし、そこでアリスが彼を呼び止める。今まで絡まなかっただけに、呼び止める理由が思いつかない。

 

「―――そのデータ、私に寄越してくれる?」

 

「―――宜しいのですか?」

 

「ええ。問題ないわ」

 

 彼女が求めたのは、ヴォヤージ・メモライザーのデータ・・・話はシュベインさんから聞いたので全部だと思うけど、一体何に使うのかしら。

 

「良いでしょ、提督さん」

 

「・・・好きにしなさい」

 

「という訳だから、宜しく頼むわよ?」

 

「―――畏まりました。では、後ほどそちらにデータを送信しておきます」

 

 私の言葉を承諾と解釈したのか、アリスがシュベインさんに要求する。シュベインさんも渋々承諾したようで、データの転送を約束した。

 

 そのあと、向こうの艦に戻ったシュベインさんから圧縮通信が送られてきて、その受信を確認すると彼の艦は去っていった。通信内容は、高度に暗号化されたヴォヤージ・メモライザーのデータ。わざわざこっちで持つ必要はないだろうけど、彼女なりに考えがあるのかもしれない。

 

 シュベインさんを見送ったあと、私達も本隊との合流を急ぐべく、ドゥンガの向こう側にあるボイドゲートへ舵を切った。

 




AIだけど、やっぱり人間らしい面もあるアリスさん(ブクレシュティ)。他の小説ではけっこう冷静なアリスさんを見掛けますが、ここの彼女は早苗さんと違って生まれたばかりなAIなので、対人反応が未熟だったりします。まぁ、本人じゃないから当然か・・・
とりあえず、今後はAIのアリスさんを上手く成長させていきたいですね。

今回は、原作でのヤッハバッハお披露目回となります。霊夢達は作中でも言っていた通りヤッハバッハと"火遊び"していただけですから、連中が10万隻も繰り出してくるのは流石に予想外だったようです。
このイベントを一話に詰め込んだせいで、いつもの1、5倍、戦闘回並のボリュームになりました。2話に分けるほどのものではないと思ったのですが、如何でしょうか。

今後は保安局とスカーレット社サイドの活躍?になります。あの領主の下へ殴り込むのもいよいよです。

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