夢幻航路   作:旭日提督

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主はテスト期間です。ですが筆を執るのを止めない。

早くも連載開始から一年が経過しました。気がつけば早いものです。今後も「夢幻航路」を宜しくお願い致します。


第三三話 策動

 ~〈開陽〉技術研修室~

 

 

「・・・ふむ、では機関の方はこんなもので良いか」

 

「そうですね。現状ではフィルターの強化と警報システムの改良ぐらいしか手の打ちようがありませんし、抜本的な対策となるとそれこそ機関丸ごと大改装なんて羽目になりますからね」

 

 霊夢艦隊旗艦〈開陽〉に設置された技術研修室モジュールは、本来その名の通り機械、科学技術系の学習室として売り出されているものだ。しかし、〈開陽〉の技術研修室はその名前とは裏腹に、艦隊の誇るマッド達の会議、研究スペースとして徹底的に弄られていた。

 そしてこの日も、マッド達による技術会議が開かれていた。今回の会議には、何時ものマッド3人衆に加えて機関長ユウバリの姿も見える。主な会議内容は今回の機関トラブルについてなので、機関の専門家である彼女も同席しているという訳だ。その会議の結果だが、現状の艦隊が有する資源では応急的な対策しか打ちようがないという方向で話は纏まりつつあった。

 

「じゃあ、次の入港の時にでも実行しておこう。ただ、艦長から整備班の連中は休ませておくようにって言われてるから3交代制で作業ペースは落ちるけど」

 

「いや、それで構わん。我々としても艦長の意向はある程度尊重しなければな。それにあれだけ働いた後だ。休息も必要だろう。作業自体もそこまで焦る必要のないものだからな」

 

 機関部の改良方針が纏まったところで整備班長のにとりは次の入港の際にその改良を実行することにした。今回の事故で整備班は働き詰めだったので霊夢からは十分な休息を取らせるように命じられており、大半の班員は上陸休暇でも過ごすことになるので作業自体のペースは遅いと彼女は見積もる。

 ただ、今回遭遇したケイ素生物もありふれた存在ではなくどちらかというと珍しい存在なので、サナダは作業を焦る必要はないと諭す。彼にしてみれば、働きすぎてかえって効率が悪くなる位なら休息も必要だという事だ。

 

「フィルターの改良はお任せしました、にとりさん。では、我々機関班は入港の際に他艦の様子も確認しておこうと思います。今回の事故ではかなりエンジンが痛んでいた艦もあるようなので、一度我々の手で確認しておいた方が良いでしょう。尤も、班員に休息が必要なのはそちらと変わりませんから直ぐにという訳にはいきませんが」

 

「うん、そうだね。こればかりは一度専門家の目に見てもらった方が良いかも。んじゃ、お互い頑張ろっか」

 

 ユウバリの一度機関班の手で全艦のエンジンをチェックするという提案に、にとりやシオンも賛同した。

 

「そうですね、ではそちらは任せます。班員の方々にも無理をせぬよう伝えておいて下さい。」

 

 それにシオンは「倒れたら面倒を見るのは私なんですから」と続ける。彼女は一応本職は医者なので、万が一過労で倒れた者が出ればその面倒を見なければならない。しかし研究者気質の彼女にとってはあまり本業に時間を割きたくはないので、過労者が出ないよう予め釘を刺しておいた形だ。

 

「分かりました。作業ペースは遅くなると思いますが、一応出航までには間に合わせておく予定です。」

 

「そうだな、この件についてはこんな所か。」

 

 今後の方向性が定まったため、サナダは機関の話についてはここで終了とする。

 

「しかし災難だったとは言え、お陰で人型兵器の運用データも取れた。今後の教訓や発展性を考えても、ある程度収穫はあったかな」

 

 会議も本題が終わったため、にとりが本音を溢した。

 今回の事故では整備班が製作した人型機動兵器の試作機である〈RRF-06 ザニー〉も運用データ収集のついでにと修理作業に駆り出されていた。ザニーは元が作業用重機なだけあって修理作業には十分な活躍を示し、にとり率いる開発チームも人型機動兵器の開発に一層自信を深めることになった。

 

「テストパイロットも良いレポートを出してくれるし、お陰で開発ペースは順調さ」

 

「人型機のテストパイロットといったら、確かマリアさんだったか。彼女は真面目だと評判ですし、頭も良いそうなのでテストパイロットには適任でしょう」

 

 シオンはその話を聞いて、件のテストパイロットのことを思い出した。現在ザニーのテストパイロットを務めているマリア・オーエンスはエルメッツァから加わった航空隊員で本業は航宙機の操縦なのだが、人型機の運用にも直ぐに対応して動かしていたためにとりを始め開発チームからの評判は良い。

 

「いや、君のところのテストパイロットは中々良い人材のようだな。是非ともバーガーの奴と交換して貰いたい」

 

「おい、何言ってるんだサナダ。バーガーの奴も優秀なパイロットだろ?それで我慢しなよ」

 

「いや、不真面目という事ではないんだが、どうも彼はテストパイロットの経験が無いようでね。その点タリズマンも同じだな。二人とも努力している事に違いはないだろうが、本質が脳筋の奴にはテストパイロットは向かんらしい。まぁ、霊沙の奴に比べたら大分マトモだがな」

 

 自然と話の流れは試作機のテストパイロットの話へと移っていく。サナダが目下開発中の可変戦闘機はバーガーとタリズマンの古参航空隊員二人が就いているのだが、テストパイロットの経験がない二人は報告書の作成等に苦労していた。開発自体はは順調に進んでいるのでサナダはあまり不満を抱いている訳ではないのだが、できれば優秀なテストパイロットが欲しいと彼は考えていた。

 

「艦長の妹さんは・・・まぁ仕方ない。あの火力馬鹿は二人以上の脳筋だからね」

 

 サナダの話で、にとりは霊沙についての評判も思い出した。

 霊沙は操縦技術こそは飛行時間が少ないにも関わらず中々のものだが、敵の殲滅にしか関心がないのでサナダは機体のことを彼女から聞き出すのに苦労していた。一応本人も気になった点などは伝えてくれるのだが、元々教育を受けてパイロットになった訳でもないのでレポートを提出させるのは不可能に近い。

 

「いっそのこと二人のどちらかにYF-21の2号機を任せてみるべきか・・・いや、やはり止めておくか」

 

 サナダは霊沙から上げられてくる情報が少ないために、まともな働きが出来るバーガーがタリズマンのどちらかに開発中のもう一方の機体も任せてみようかと思案するが、機種転換に要する時間やYF-21の特殊な操縦系統からベテランの2人にその機体を任せるのは戦力ロスだと判断してこれを却下した。

 

 

《本艦は間もなくブラッサム宇宙港に入港します。寄港時間は72時間です。上陸休暇を許可された方は出航4時間前には帰艦するようお願いします》

 

 

「・・・・ふむ、もうブラッサムか。そろそろ解散にも丁度良いな」

 

「では、我々は部署に戻ります」

 

「開発の成功を祈っているよ」

 

 ここで艦内放送が流れ、艦隊がもう少しで惑星ブラッサムの宇宙港に到着することを告げる。サナダは会議を解散させるのには丁度良いと、ここで他のメンバーに会議の終了を告げた。

 ユウバリ、にとり、シオンの3人が技術研修室から退出すると、サナダも研修室を後にして自らの研究室に通じる通路に向かって移動した。

 

 

 

 

 

 ~〈開陽〉技術主任研究室~

 

 技術研修室から通じる通路を行くと、最低限の照明のみが稼働している薄暗い区画に通じている。その一角に、技術主任研究室、即ちサナダの研究室(プライベートルーム)があった。

 サナダは生体認証キーにアクセスすると、ロックが解除される音と共に扉が開いていく。

 彼はそのまま通路を進んで部屋に出ると、椅子を引き出してそこに腰掛けた。

 

「・・・・艦長は依頼を受けたと言っていたから、我々もグアッシュとやり合うことになるだろう。だが、グアッシュはエルメッツァの連中とは違う―――」

 

 サナダは一枚のデータプレートを取り出しながら呟いた。

 

「連中には不自然な点が幾つもある。スカーバレルのように力押しではいかんな」

 

 サナダは霊夢とは別ルートで様々な情報を収集していた。艦のコントロールユニットである早苗を通してでは万が一悪質なウィルスを送り込まれでもしたら艦隊の運航が大変なことになるので、彼は情報収集用に早苗とは独立したスペースネット回線を幾つか用意していたのだ。

 その中で収集した情報には、グアッシュに関して真偽入り交じった噂なども含まれている。霊夢は酒場でグアッシュの戦力が異常に増えているという噂を聞いていたが、サナダはその噂に関してさらに詳細な情報を入手していた。

 

 曰く、海賊団頭領のグアッシュと保安局の一部が通じているというもの。

 

 頭領のグアッシュが逮捕されたのに海賊団の戦力が膨れ上がっているという事は、未だにグアッシュが統率を維持していることを意味する。そしてそれは必然的にグアッシュが収監されている監獄惑星の内部で保安局の誰かがグアッシュ側に内通している可能性を示唆するものだ。ここまでは誰でも予測できるようなものだが、サナダはそれを裏付けるような情報を入手していた。

 

 サナダはそこでデータプレートを起動し、一枚の画像を表示する。

 

 画像の精度は粗く、所々砂嵐状態になっているが、その中には監獄惑星に配備されているダガロイ級と思しき装甲空母とグアッシュ海賊団の赤いバクゥ級らしき巡洋艦が陣形を組んで航行している様子が写し出されていた。

 サナダはさらに画像を拡大し、装甲空母の艦首を注視する。ダガロイ級の艦首後方には通常大型の航法灯が装備されており、それは今表示されている粗い画像でも本来なら分かるほどの大きさなのだが、その航法灯は画像のダガロイ級からは確認できない。この航行灯が無いダガロイは監獄惑星仕様であった筈だと彼は記憶と照合する。

 

「・・・やはり監獄惑星仕様と見て間違いないな。出所が怪しい掲示板だから信憑性は疑問だが、艦長には伝えておいた方が良いだろう」

 

 サナダはデータプレートのスイッチを切ってそれを机の引き出しに仕舞うと、次は別のデータプレートを引き出し、椅子から立ち上がるとそれを起動した。

 起動されたホログラムには、一隻の艦の設計図が表示されている。

 その艦は艦首に長いカタパルトを持ち、艦体中央から張り出したウイング部には上下1基ずつ、計4基の連装主砲塔を装備していた。艦の後方はブロック構造となっており、艦型に対して不釣り合いなほど大型のブリッジは左右のエンジンブロックと前部艦体から延びた支柱によって繋げられ、その下部にはエンジンブロックに挟まれる形で後部艦体が前部艦体に接合されており、艦尾にはエンジンブロックとは別に後部艦体にもエンジンノズルが接続されている。

 全体を見ると、カタパルトと一体の長い飛行甲板と4基の連装砲塔のお陰で戦闘空母然とした印象を与えるが、艦尾から見ると両舷のエンジンブロックと中央のエンジンノズルが面積の大半を占め、高速巡洋艦といった印象を呈していた。

 

「このペースだと重航宙指揮巡洋艦の設計は間に合わん、か・・・」

 

 サナダはその設計図を一瞥すると、ホログラムを終了してそれをポケットに仕舞う。

 

「だが、あれならまだ望みはある」

 

 サナダ今度は壁にある本棚に向かって歩いていき、立ち止まった所でその中の本の一冊を強く押す。すると本棚が稼働し、奥へと続く隠し通路が現れた。

 彼は現れた隠し通路に足を踏み入れ、奥へと進んでいく。

 

 

 サナダが幾分か歩くと、青白い光に照らされた薄暗い隠し部屋に出た。

 部屋の床には無数のケーブル類が敷き詰められ、それは部屋の奥に配置された人一人が入る程度の大きさのカプセルへと通じている。

 

「〈開陽〉のコントロールユニットの義体をベースにした独立戦術指揮ユニット・・・このペースなら間に合わせることができる筈だ。早苗の奴は何故か私からのアクセスを受け付けなくなっているが・・・・人格プログラムと戦術情報の入力は大丈夫だろう。」

 

 現在霊夢艦隊では35隻の艦船が運用されているが、大半は無人艦だ。さらに〈開陽〉のコントロールユニットの性能でも、これ以上の艦を単独で統率することは難しい。各艦のコントロールユニットは〈開陽〉のそれとは異なり簡易版なので、指示がなければ最低限の戦術機動しか出来ない仕様になっていた。サチワヌ級のコントロールユニットは幾らか高性能なものだが、それは有人運用したときの話であり、無人艦の今は他の艦のそれと代わり映えしない。サナダが現在開発しているその独立戦術指揮ユニットは、その統率可能艦船数の限界という問題点を打破し、更なる戦術単位の指揮を可能とするものだった。サナダはそれを、グアッシュとの対決に備えて開発を急ぐことにした。

 

 サナダは壁に据え付けられたディスプレイを眺めながらコンソールを操作し、カプセルのロックを解除する。

 

 その中には、一体の人形がケーブルに繋がれた状態で入れられていた。

 

 その人形――義体は早苗と同じく女性型で、整いすぎている容姿は人形のような作り物めいた美しさを醸し出している。さらに、透き通った真っ直ぐ延びた金髪と白い肌のコントラストがその美しさを一層際立たせていた。

 

「だが・・・コントロールユニットに接続しなくても指揮に十分な能力を発揮出来るかは・・・いや、何とかグアッシュとの決戦までには間に合わせなければ―――」

 

 サナダの独白が部屋に響く。それに答えるものはいない。

 

「しかし、限りなくヒトに近いものの創造とは・・・我ながら恐ろしいな。だが、早苗の義体製作のお陰でコツは掴んだ。完成の暁には、期待しているぞ――――」

 

 サナダは人形に優しく声を掛ける。

 

 人形は、まだ眠ったままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ~カルバライヤ・ジャンクション宙域、惑星ブラッサム~

 

 

「ブラッサム宇宙港への入港完了。ラッタルを展開します」

 

「ご苦労様。さて、これから保安局とやらに赴かないといけない訳か・・・」

 

 あの小惑星帯でトラブルを起こした後、このブラッサムまで艦隊は蜻蛉返りする羽目になったのだが、幸い有力なグアッシュの艦隊に出くわすことはなかった。

 途中で何度か2~3隻のグアッシュ小艦隊がいたけど、そういう連中は腹いせに沈めてやった。見せしめに一隻沈めて降服勧告でも送ってやれば、やはり命は惜しいのか大抵は素直に降服してきたから数隻の海賊船は鹵獲できた。売っても今回の損害を埋め合わせるほどにはならないけど、無いよりはマシでしょう。

 

 それで今後の予定だが、私はメイリンさんと共に一度宙域保安局に行くことになっている。要人が海賊に浚われたっていうんだから、保安局も援軍ぐらいは出してくれるでしょう。襲われてた時も保安局の護衛艦が付いていたみたいだし。

 

「〈レーヴァテイン〉から連絡はあった?」

 

「はい、たった今入りました。入港後28番ゲートにて待機するとの事です」

 

 

「そう、分かったわ。コーディさん、艦隊の方は任せたわ」

 

「イエッサー」

 

 私はコーディさんに不在の間、艦隊の監督を任せることにした。

 

「それじゃあ早苗、行くわよ」

 

「はいっ、霊夢さん!」

 

 ミユさんの報告では相手は28番ゲートで待つらしいので、私は早苗を伴って早めに移動を開始する。早苗は相変わらず元気に返事してくれる。

 

 待ち合わせ場所に向かってしばらく艦内通路歩いていると、ふとサナダさんの姿が見えた。

 

「あれ・・・サナダさんじゃないですか?」

 

「そうみたいね。なんか何時もより顔が硬いけど、どうしたのかしら」

 

 サナダさんはいつも仏頂面でいるから感情の変化なんかは分かりにくいんだけど、今日のサナダさんは私でも分かるくらい深刻そうな雰囲気を漂わせている。何かあったのかもしれないので一応声を掛けておこうか。

 

「サナダさん、どうかしたの?」

 

「ん、ああ、艦長か。これは丁度良いところに来たな」

 

 サナダさんの口振りからすると、元々私に何か用事があったみたい。相手も真剣そうな雰囲気だし、研究費の増額以外なら一度話を聞いてみよう。

 

「何か用事かしら」

 

「確か、艦長はこれから宙域保安局に行くんだったな」

 

「そうだけど――それがどうかしたの?」

 

 サナダさんは私の予定を訊いてきたけど、それが用事とどう関係あるのだろうか。

 

「これは私個人の心配なんだが、あまり保安局を信用しすぎない方が良いだろう。特に敵味方が分からない内は気を付けてくれ」

 

「え、ええ―――分かったわ」

 

 サナダさんはそれだけ言い残すと、私達とは反対方向にさっさと歩いて行ってしまった。

 信用しすぎるなって、一体どういうことなのだろうか。

 

「一体何だったんでしょうか、霊夢さん」

 

「さぁ?私にも分からないわ。あんた、サナダさんの部屋も監視とかしてるなら分かるんじゃないの?」

 

「あ―――実はサナダさんの研究室の一部は私のアクセス権限が制限されているみたいで・・・・コントロールユニットの方からアクセスしようとしてもブロックされちゃうんですよ。治外法権って奴です」

 

「何よそれ。なんか怪しいことやってるんじゃないでしょうね」

 

「有害物質等の感知機能は研究室の内部でもちゃんと機能しているみたいですから、少なくとも怪しい薬品を作って事故、なんて事はないと思いますよ」

 

「そう。でもサナダさんの事だから何をやらかすか分かったもんじゃ無いわね・・・・一応今回の忠告めいたものは胸に留めておくけど、研究室周囲の監視はそのまま続けて。勿論他のマッドの研究室もよ」

 

「了解です!(・・・・まぁ、ロマン溢れる新兵器開発は黙認しますけどね)」

 

 なんか早苗の返事がやけに快活だけど気にしないことにしよう。それにサナダさんの忠告じゃないけど、保安局とやらにもあのオムス中佐みたいな人がいたら厄介そうだし、警戒ぐらいはしておいた方が良さそうだ。

 

 サナダさんと遭遇してあれこれ考えているうちに艦を出て28番ゲートの近くまで来た私達は、一度立ち止まって周囲を見渡す。ここが約束の場所だし、〈レーヴァテイン〉も入港しているので相手が来るとしたらそろそろの筈だ。

 

「あっ、メイリンさん、あっちに居ましたよ!」

 

 早苗が指を指した方向を見てみると、人混みの中に緑色の艦長服を纏った赤い長髪の女性が見える。あれはメイリンさんで間違いない。メイリンさんもこっちを見つけたみたいで、顔を会わせると駆け寄ってきた。

 

「すいません、ちょっと遅れてしまったみたいです」

 

「私達も今来たばかりだから別に気にしなくていいわ。地上の宙域保安局本部に行くんでしょ?さっさと降りましょう」

 

「はい・・・いや、霊夢さんには本当に申し訳ありません。SOSに応じて頂いただけでなく護衛対象の救助にまで手を貸して頂けるなんて―――」

 

「・・・私達は打算で行動しているだけだからそんなに畏まらなくてもいいわ。私は別に聖人君子な訳でもないんだし」

 

 メイリンさんが御礼を言う気持ちも分からなくはないけど、こっちにはこっちで思惑があるだけだ。少なくとも私は無償で人助けなんてする質ではないし、あまり礼を言われても困る。まぁ、せいぜい解決した時にはきっちり対価を頂くとしよう。というかそれがこっちの目的な訳だし。

 

 

 

 

 

 ~ブラッサム宙域保安局庁舎~

 

 

 そのあと私達3人は軌道エレベータに乗って地上まで赴いて、件の保安局に向かう。この惑星ブラッサムはカルバライヤ・ジャンクション宙域の中心的な惑星なだけあって、かなり発展しているようだ。所狭しとビルが並んでいたりチューブカーのパイプが通っていたりする。

 宙域保安局の庁舎は、そんな鬱蒼とした超高層建築群が建ち並ぶ区画からは少し外れた、がらんとした広い郊外に建てられていた。周りに大きな建物があまり無いので庁舎がよく目立つ。

 

「どうやらここみたいです」

 

「そうね。じゃあ、さっさと用事を済ませてしまいましょう」

 

「そうですね。善は急げとも言いますし」

 

 門前には厳つい守衛さんが立っていたけど、メイリンさんと一緒に身分証を見せて用件を告げるとすんなりと受付に通してくれた。受付に行ってもメイリンさんが用件を言ったらすぐに施設内の一室に案内されたので、この話はもう保安局の方にも伝わっていたのかもしれない。私は連絡した覚えはないんだけれど、多分メイリンさんが連絡したのだろう。事態があれなだけに、早めに保安局にも知らせる必要があると考えていたのかも。

 

 その部屋で待っていると、数分後に一人の男の人が入室してきた。中年くらいの痩せた男性だ。

 

「失礼、待たせてしまったようだ。私はシーバット・イグ・ノーズ二等宙佐と申します。話は聞いておりましたが、我々保安局が護衛任務を全う出来なかった事については大変申し訳ありません」

 

「スカーレット社警備部門所属のメイリンと申します。貴殿方保安局は大変勇敢に戦って下さりました。結果は残念なことに変わりありませんが、それでも保安局の方々は海賊を相手に一歩も退くことなく任務遂行を全うしようと宇宙に散っていきました。私の方からも、犠牲になった保安局局員の御冥福を御祈り致します・・・」

 

「―――――有難うございます。そう言っていただけると、散っていった局員達も報われることでしょう」

 

 保安局の男の人―――シーバットさんは今回の事態を招いたことに深く頭を下げたが、メイリンさんの追悼の言葉を受けてかその声色は少し感傷めいたものになる。

 

「ところで、そちらのお嬢さん方は話にあった・・・」

 

「はい、此方のSOSに応じて下さった0Gドックの霊夢さんです」

 

「―――初めまして、博麗霊夢です」

 

「早苗と申します」

 

 私達はシーバットさんとは初対面なので、ここで名乗って頭を下げる。

 

「ふむ、君達が・・・まだ若いのに随分とやるみたいだね。今時の航海者は海賊を恐れて真っ向から立ち向かったりなんかはしないから、君達みたいな度胸のある航海者は殆ど居ないんだよ」

 

「そうですか?私はてっきり海賊狩りも0Gの仕事の一つだと思っていたんですけど」

 

「くくっ・・・これはまた、随分と過激だね、お嬢さん方―――むっ、君は先程、博麗と名乗ったかね?」

 

「ええ、そうだけど―――」

 

 唐突にシーバットさんが名前を聞き返してきたと思うと、彼は心底驚いたような表情を浮かべた。

 

「まさか、君があの"海賊狩りの博麗"かね?」

 

「・・・最近そう呼ばれているとは聞いたわ」

 

 隣でメイリンさんはクスッと笑いを溢す。シーバットさんも、噂の海賊狩りがこんな小娘の姿だったことが意外だったらしい。確かにここに来てから若返ったせいでこういう反応は何度かあったけど、ほんと失礼なことだ。

 

「まさか、こんな若いお嬢さんが"海賊狩りの博麗"だとは思わなかった。これは失礼したね。」

 

「いえ、どうぞお構い無く」

 

 まあ気持ちは分からなくは無いが、舐められるのも大概だ。やはり艦長なのだから威厳もあった方が良いのだろうか。

 

 

(・・・今の霊夢さんが威厳を出そうとしても、背伸びしているようで可愛いだけですよ♪)

 

 私が真剣に悩んでいるというのに、何を血迷ったか早苗がそんなことを耳元で囁いてくる。

 

 ―――というかこいつ、何で私の考えてることが分かったのよ。

 

「霊夢さんなら、そんなこと考えてるだろうなって思いまして。これは勝手な意見ですが、そこまで焦らなくてもいいと思いますよ。霊夢さんは霊夢さんですから」

 

 早苗は小声のまま、そんな気恥ずかしいことまで囁いてくる。

 これではいけないと、私は一つ咳払いをしてシーバットさんに向き直った。

 

「ふむ、確かに"海賊狩りの博麗"が噂通りの戦力ならば、或いは―――」

 

 シーバットさんは考え込む仕草をして、なにか思案しているようだ。

 

「それでメイリンさん、救助の方だけど」

 

「・・・そうでしたね。シーバット宙佐、今回の件ですが、どうか保安局の方から援軍を出しては頂けませんか?それが無理なら、本社からの援軍が間に合わない以上我々だけでも護衛対象の救助に向かいます。なので、"くもの巣"までの宙域封鎖を解いて頂きたいのです。海賊に浚われた人々がどうなるかは宙佐も御存じの筈です。ですから一刻も早く救助しなければ―――」

 

 ―――"くもの巣"か。確か、グアッシュの本拠地の名前だったかしら。

 

 くもの巣とは、グアッシュ海賊団が根城にしている小惑星帯の根城だった筈だ。詳細なことは分からないが、スカーバレルにとってのファズ・マティみたいなものだろう。それが航路上にあるお陰で、宙域保安局はその宙域に向けた航路を封鎖しているという話は聞いたことがある。

 

「―――お気持ちは分かりますが、援軍要請と言われましても、突然では海賊退治に動員できる数はとても間に合いません。それと実は今、こちらで大規模作戦の準備を進めているのですが、どうかそれまで待っては頂けないでしょうか?」

 

「・・・その大規模作戦とはいつ頃実行されるのですか」

 

「それは・・・申し訳ありませんが、これ以上は私の口からは―――」

 

 確かにいきなり援軍と言われても、そうホイホイと出せるようなものでは無いだろう。普通こういった軍隊組織の場合は実戦配備や整備といったサイクルのローテーションが決まっているものなので、殊更大規模作戦とやらを控えている以上、そこから引き抜くのは難しい。残念だがこの様子だと、保安局からの援軍は期待しない方が良さそうだ。

 だが、メイリンさんの側にも引くに引けぬ事情があるのも確かだ。彼女は援軍がなくとも、救助の為なら突撃を厭わないだろう。

 

「―――分かりました。後で宙域封鎖艦隊には連絡しておきます。ただ、グアッシュの勢力は年々膨れ上がっています。封鎖宙域の向こう側は大変危険な状況です。どうか命は大切になさって下さい」

 

「―――承知致しました。ご協力に感謝します。それでは」

 

「失礼しました」

 

 話し合いも終わり、私達は席を立つ。今回は用件の性格上殆どメイリンさんが話しているようなものだったが。

 

「・・・武運を御祈りしています」

 

 部屋に残されたシーバットさんは、最後に私達に向けてそう言葉を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出たあと、私達は一度保安局前に来て、作戦について打ち合わせる。こっちとしては相手の戦力も分からないんだし、できれば慎重に動きたいところだ。

 

「メイリンさん、急ぐ理由は分かるけど、グアッシュの戦力によっては―――」

 

「それは分かっています」

 

 私が言いかけると、それをメイリンさんが制した。

 

「―――元より戦力的に劣勢なのは承知の上です。しかし救助対象は社長のご息女―――私は引くに引けないんです・・・」

 

「・・・あんたも大変ね」

 

 お偉いさんの為に身を粉にするのは勝手だけど、付き合わされる部下は堪ったものでは無いだろう。メイリンさんも大変なようだ。

 

「貴女が何を心配しているかは分かっています。ですが、此方も犬死にするつもりはありません。貴女方の戦力ならばと期待している部分はありますが、万が一グアッシュがそちらでも対処できないような戦力を繰り出してきた時は何なりと申し付け下さい。私も無関係の人間を死なせる訳にはいきませんから。最悪、威力偵察程度で済ませることも考えています」

 

 どうやら、メイリンさんも状況は分かっているようだ。そこは少し安心した。

 

「そうね、焦る理由も分かるけど、時には退くことも必要、か。分かってるじゃない」

 

「ええ、伊達に戦艦を任されている訳ではありませんよ。それに保安局の方でもなにやらでかい花火を打ち上げるみたいですし、上手くいかなかったらそっちに乗り換えます。今回の進攻が威力偵察に終わっても、その情報で保安局への作戦に協力することは出来るでしょう」

 

 メイリンさんの言う通り、やばくなったら逃げることにしよう。こっちは軍隊でも鉄砲玉でもないんだし、クルーの命は無下に出来ないからね。

 

 今のところグアッシュの連中が使ってるのは小マゼランの艦船だし、あとの問題は数だ。正面から撃ち破れる程度ならいいんだけど、雲霞の如く沸いてこられたら流石に退散せざるを得ない。そのときは、メイリンさんが言った通り保安局に協力すれば良い。

 

 ―――気がかりなのは、サナダさんの忠告ね・・・

 

 ただ、サナダさんの忠告もあるし、保安局を信用しすぎるのも避けた方が良いだろう。少なくともシーバットさんは悪い人には見えなかったけど、それ以外でグアッシュへの内通者がいるのかもしれない。シーバットさんが作戦のことで口を濁したのも、恐らく情報漏洩を警戒してのことだ。

 

「了解。せいぜい死なない程度に立ち回らせて貰うわ」

 

「ふふっ、私達の艦隊の性能はピカ一ですから、期待して下さいね」

 

「――期待してるわ」

 

 ―――まぁ、行ってみないことには分からないか。

 

 ここであれこれ考えても結果が良くなるとは限りない。ここは一度グアッシュの戦力を確認するつもりでメイリンさんと行動を共にしよう。そのまま押しきれば依頼達成万々歳、撤退しても威力偵察で情報収集ぐらいにはなる。

 

 後は、結果がどう転ぶかだけだ。

 

 

 

 




ここのサナダさんは人体錬成に片足突っ込んでいるような状態ですwww
以前から霊夢艦隊に二人目のメンタルモデル(一人目は早苗さん)を実装することは考えていたのですが、誰を出すかは未定な状態でした。今回でそれも決めたので二人目も近いうちに登場する予定です。勘のいい人なら、多分誰が登場するのか分かるかもしれませんね。

くもの巣に突っ込む役回りは原作ではユーリが選択肢次第で向かうことになりますが、ここでは霊夢の役にしています。多分ユーリ君達はドゥボルクの酒場辺りで乱闘騒ぎを起こしてバリオさんに補導されている頃でしょう。

次回予告:朗報、グアッシュ超強化のお知らせ。

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