夢幻航路   作:旭日提督

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第九九話 二色地獄蝶

「よう。頭は冷えたか」

 

 魔理沙と離れて、一人になってから暫く経った。

 彼女は余程私のことが心配なのだろうか、いつまでも部屋から出てこない私に痺れを切らしたのか、ドアを叩いたかと思えばずかずかと入ってくる。

 

 ずかずかと………という表現は、少しおかしいか。

 だって此所は、元々魔理沙の(フネ)だもの、居候に過ぎない私が言えたものではない。

 

 そもそも………こんな腐り果てた私のことを心配してくれている相手に対して、それはあまりにも非礼なのではないか。

 

「ええ、お陰様で。………霊夢(アイツ)を殺すんだったら、感情に身を任せているうちは無理だもの」

 

 私は淡々と、私のなかで決めたことを魔理沙に告げる。

 

 私はやっぱり、(博麗)を生かしてはおけない。

 

 八つ当たりみたいなものだってことも分かっている。同じ"博麗霊夢"でも、あいつと私は全くの別人だ。あいつからすれば、迷惑な話でしかないだろう。

 

 だけど、なら………私が受けてきたこの仕打ちは何なのか。霧雨魔理沙を殺したから? 

 ………いや違う。私が………私が"博麗"だったから、彼女を殺さなければならなかった。

 

 ―――本当は、殺したくなんてなかったのに。

 

 もっと、魔理沙と一緒に居たかった。もっと、一緒に笑ってたかった。もっと………彼女の鼓動を感じていたかった。

 ………でも"博麗"はそれを易々と、全部奪い去ってしまっていった! 

 

 だから、私はあいつを殺す。

 

 殺す。殺す殺す殺す。

 

 "博麗"と名の付くものを、全部全部、あらゆる世界から消し去ってやる。

 

「やっぱり、そうなるんだな」

 

「―――ごめんなさい、でも、私にはもうこれしかないわ。………こうするしか、ないの」

 

 形ばかりの、魔理沙への謝罪。

 

 心に一抹の申し訳なさを残したまま、私の腐り果てた頭は博麗霊夢の殺害をシュミレートし始める。

 

 アレを殺すのならば、何よりも冷たい刃に徹しなければならない。―――あの頃の、私のように。

 "博麗"が死ぬほど嫌いな筈なのに、博麗霊夢(アイツ)を殺す為には再び"博麗"の如く冷徹な刃になるなんて、我ながら酷く滑稽な話だ。

 

 ただ私は大嫌いなものを潰したいだけなのに、その"嫌いなもの"に成りきらないといけないなんて。

 

 だけど―――感情に身を任せて震う暴力なんて、霊夢(アイツ)は軽々と避けてしまう。そんなものが博麗(アレ)に通じる道理なんてない。誰よりも"博麗"に徹してきた私だからこそ、其が絶対的な事実であることら身を以て理解している。

 

 故に、博麗(アイツ)を殺す為には"博麗"たらんと振る舞わなければならない。

 

 ―――チッ、……なんて、無様………。

 

 "博麗"が大嫌いだから幻想に弓を引いた筈なのに、その癇癪を晴らすためだけでも、また"博麗"に身を墜とさなければならないこの身が憎い。

 ………だけど、それだけで博麗(アレ)を殺せると言うのなら、喜んでもう一度、この身を刃へと墜とそう。

 

 

 ―――私はもう、物言わぬダッチワイフではいられない。幻想を維持するためだけの、歯車の人形(ドール)なんかじゃない。

 

 私が喪った全てを。私が奪われた全てをあいつにぶつけて思い知らせてやる。おまえがのうのうと生きていた傍らで、私がどれだけ身を削られて、侵されてきたのかを。

 

 たかたが数十年間"博麗"をやっただけで、まるで自分は望まぬ血を浴び続けてきたとでも言わんばかりのあいつの存在が腹立たしい。

 

 

 ――――だから、殺してやる。

 

 

 私に押し付けられた怨念と返り血の全てを、残すことなくあいつにぶつけて思い知らせてやる。

 

 それで私が死のうとも、一向に構わない。寧ろ、死ねるというなら、それで死にたいぐらいだ。

 

 既にこの身は腐り果てた兵器の残骸。せめて最後は、灰になるまで燃やし尽くそう。

 

 ならば、すべきことは只一つ。

 

 心に憎悪を滾らせて、ぼろぼろのこの身を引き摺って、アイツを殺す術を思案する。

 どうすれば、あの化物(博麗)を屠れるのか。完膚なきまでに叩き潰して絶望を味あわせてやれるのか。

 

 どす黒い思考に支配された、腐り果てた私の脳は、おぞましい殺戮の手段を演繹し続ける。

 憎しみ、怒り……そんな単純な言葉では言い表せないような感情のヘドロ。それを燃料として燃やし続けて、脳内では無数の惨劇が繰り広げられる。

 

 ―――博麗の血に染まった、死体のような私の腕。

 

 ―――面白いぐらいに曲がった人間の彫像に、義憤と涙を滾らせて暴れるあいつを、圧倒的な暴力で叩き潰して悦に浸る。

 

 一昔前なら、絶対に考えなかったような非人道の限りが、頭の中で次々と再生される。

 自分ですら吐き気を覚えるそれを繰り返して、繰り返して、数えきれないくらいにあいつを殺して、殺して、殺し続ける。

 

 ―――見つけた………。

 

 あいつを、殺せる方法が。

 

 少しでも、実現性の高い方法が。

 

 ならば、とるべき道は只一つ。

 

 地獄に繋がる畜生の道を、躊躇いなく突き進む。

 

 最早この身は穢れた身、幾ら悪事を重ねようと、結末など、変わることはないのだから。

 

「―――魔理沙、この(フネ)をあいつらにぶつけて頂戴」

 

「ぶつける? ………何だ、策でもあるのか?」

 

 唐突な私の提案に、怪訝な問い掛けを返す魔理沙。

 

 帽子の鍔を持ち上げながら私を見上げるその視線に、かつての彼女の幻想を視る。

 

 ――っ、いまは、そんな場合じゃ………

 

 脳裏を過った幻想を片隅に追いやって、今はただ、アイツを殺すことだけに全神経を注ぐ。

 

「…………ええ。アレをやるわ」

 

 

 ―――博麗、幻影。

 

 

 偽りの幻想で、紛い物の人形で………

 

 あんたの全てを、塵すら残さず奪い尽くしてやる。

 

 

 アイツには、相応しい最期だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~始祖移民船〈アイランドα〉~

 

「急速………建造!」

 

 移民船〈アイランドα〉の統括AI、ブロッサムは艦の司令塔から、造船区画に向けて命令を放つ。

 左舷側から巡洋艦16隻の強力な艦隊が迫り来る中、その対応を霊夢に丸投げされた彼女は、自分の半身とも言えるこの艦を守護するために与えられた権限をフル活用する。

 

「艦型選択、タイプ・バイカル」

 

 艦の造船区画では中枢からの命令に従ってクレーンや作業用ロボットが忙しなく動き回り、瞬く間に艦船を造り上げていく。

 人間の為の設備を一切弾いた、ただ一戦使えればいい程度の無人艦が、ものの数分で10隻も建造される。

 塗装もなく、高価な電子機器もなく、ただレーザーとミサイルを発射するためだけに生まれてきた無人艦は、完成すると発進用のハッチに続くカタパルトに載せられる。

 

「………発進しなさい!!」

 

 左舷側のハッチが開かれ、ブロッサムと同期した巡洋艦群はカタパルトの射出力に身を任せて〈アイランドα〉を飛び出していく。

 射出された巡洋艦群は一直線に敵巡洋艦を目指して突き進み、攻撃システムを起動させる。

 

「敵艦隊、射程内に侵入………目標敵一番艦、統制射撃開始!」

 

 ブロッサムからの指令を受信した巡洋艦群は、そのタンブルホーム型の鋭角的な艦体の上部甲板に一基だけ備え付けられた連装主砲を敵艦に向ける。

 全ての巡洋艦が同一の目標を指向した直後、青色のレーザーが発射される。

 レーザーの雨は敵巡洋艦のシールド出力を一気に減衰させ、少なくないダメージを同艦に与えた。

 

「ミサイル第一派、斉射!」

 

 弱った敵巡洋艦に止めを刺すべく、巡洋艦群は艦尾側両舷に装備する大型ミサイルランチャーのハッチを一部解放し、累計120発にも上る対艦ミサイルを一隻の敵艦に浴びせる。

 敵側も手をこまねいている訳ではなく、危機に瀕した僚艦を援護すべく迎撃ミサイルを発射して、艦隊に向かうミサイルの撃滅を図る。

 しかし高速で戦線を突破するミサイルを全て迎撃できる筈もなく、70発以上の対艦ミサイルが一隻の巡洋艦に殺到した。

 対艦ミサイルによって艦体の至るところに穴を開けられた敵巡洋艦は、デフレクターが過負荷を起こしてオーバーヒートし、インフラトン・インヴァイダーが負荷に耐えきれずに暴走、大爆発を起こして宇宙のダークマターとなって果てた。

 

 一隻の敵艦を屠った巡洋艦群は、次なる目標に向けて主砲の砲口を向ける。

 

 だが、敵側もいつまでもやられっ放しな訳ではない。

 

 ブロッサムが差し向けた巡洋艦群に一歩遅れて主砲の有効射程に彼女達を捉えた敵巡洋艦群は、耐久力のある800m級重巡洋艦を先頭に立てて主砲の一斉射を実施する。

 艦首の開口部から放たれた大出力レーザーは一撃で急造巡洋艦のシールドを貫き、そのまま艦体を蹂躙して深刻な損害を与えた。

 

 ブロッサムの眼前に浮かぶ戦況を俯瞰するモニターには、"No.06 Lost"と、自軍の巡洋艦が一隻、沈んだことを示す文字情報が表示され、該当する巡洋艦のアイコンが赤く変色し、ザザーッ、と掻き消されるようにして画面から消失した。

 

「チッ、そう上手くはいきませんか」

 

 自軍巡洋艦が撃沈されたことに、ブロッサムは舌打ちする。

 だが、それで敵の数が減るわけでもない。

 ブロッサムは再び巡洋艦の操作に集中し、敵を一隻ずつ討ち取っていく作業に戻る。

 

「1から5番艦は敵巡洋艦β、7から10艦は敵巡洋艦Δを目標に―――主砲、発射!」

 

 既に撃沈した敵巡洋艦のデータから、艦隊全艦での敵一隻に対する飽和攻撃は威力過剰と判断したブロッサムは、艦隊を二つに分けてそれぞれ別の敵巡洋艦を狙わせる。

 一度に降り注ぐレーザービームの数が減ったため敵巡洋艦のシールドを打ち破るまでには二斉射を要したが、敵艦のシールド消失を確認したブロッサムはすかさず大量の対艦ミサイルをプレゼントする。

 一隻に対して100発程度の対艦ミサイルが発射され、先に轟沈した一隻目と同じ末路を辿る二隻の敵巡洋艦。

 これで合計3隻の敵巡洋艦を屠ったことになるが、数の上では敵側がまだまだ優勢だ。しかも間が悪いことに、敵巡洋艦の砲撃がミサイルランチャーに命中した自軍巡洋艦は誘爆により轟沈………これで戦況は、16対10から13対8となり、相変わらず劣勢は覆せていない。

 だがブロッサムは、それが一時的なものであることを理解していた。戦況を俯瞰していた彼女には、所詮定められたルーチンワークをこなすだけの無人艦でしかない敵巡洋艦が知り得ない情報も握っている。

 

 戦況をモニターしていたディスプレイに、新たなアイコンが3つ、加えられた。

 友軍を示すそのアイコンは、戦闘宙域に突入するなり獲物の腹にかぶりつくように敵艦隊の側面目指して進撃する。

 

「やっと来ましたか………全く、遅いですよ」

 

 ブロッサムは、遅い友軍の来援に対してぶつぶつと文句を垂れながらも、新たに自身の指揮下に加わった駆逐艦3隻の操作に集中する。

 改アーメスタ級駆逐艦〈ブレイジングスター〉と改ガラーナ級駆逐艦〈霧雨〉〈叢雲〉の3隻は、側面を晒す敵軽巡洋艦に対してありったけのレーザーとミサイルを撃ち込んで、ブロッサムの巡洋艦群と協同して二方向からの飽和攻撃を仕掛けた。

 新たな敵艦の出現と三度目のミサイルの雨を前に、敵巡洋艦の迎撃システムは完全に飽和。

 AIも即座に脅威判定を下すことができず、反撃は行われるものの効果的な統制された攻撃を仕掛けられずにいた。

 そうしているうちに駆逐艦の対艦ミサイルを浴びた軽巡洋艦一隻が討ち取られ、重巡洋艦の一隻もシールドとデフレクターを失いレーザーでズタボロにされて漂流していく。

 

 一気に2隻、しかも攻撃の要であった重巡洋艦の一隻が抜けたことにより敵艦隊の陣形には大きな乱れが生じ、そこにブロッサムに統率された巡洋艦と駆逐艦が雪崩れ込む。

 

 乱戦に持ち込まれたことにより敵巡洋艦群が誇る艦首大口径レーザー砲は封殺され、近距離レーザーと対艦ミサイル、果てには対空用パルスレーザーまでもが乱舞する混沌の戦場と化した。

 敵巡洋艦の舷側副砲群が火を吹き、ブロッサムの無人巡洋艦を反航戦で吹き飛ばしたかと思えば、今度は別の巡洋艦が対艦ミサイルを一斉射して敵巡洋艦を穴だらけにする。

 ブロッサムの巡洋艦に対して砲撃を挑む敵重巡洋艦に対し、霊夢が派遣した3隻の駆逐艦が突撃してすれ違い様にミサイルとレーザーを浴びせてその経戦能力を奪っていく。

 そんな混沌とした戦いが十数分に渡って続き、お互いに残存艦はみるみると、急激な勢いで減っていく。

 

 ブロッサムの眼前に浮かぶホログラムディスプレイには"No.01 Lost"、"No.09 Lost" "Kirisame Lost"と、次々に自軍被害が表示される。

 だが、敵艦隊は重巡洋艦の一隻を残すのみだ。

 残った3隻の巡洋艦と2隻の駆逐艦を全方向から突撃させて、最後の敵艦にありったけのレーザーと全てのミサイルを叩き込む。

 既に弾薬庫が空になった艦もあればレーザー砲の砲塔システムが過熱して使用不能になった艦もいる中で、残された武器を全力投射し、果てには大破した巡洋艦を直接ぶつけるといった荒業までやってのけて、最後まで奮戦していた敵重巡洋艦は漸く完全に沈黙した。

 

「ふぅ、敵艦隊、殲滅。オペレーション、完了です」

 

 全ての敵艦の撃沈を確認したブロッサムは、巡洋艦との完全同期を解除し自動航行に任せ、周囲の警戒へと戻った。

 

「さて、残りはあの本隊ですが、どうしたものか………」

 

 既に霊夢の手により、大部分が撃沈または撃破された敵本隊。

 しかし、敵の旗艦は健在で、間が悪いことに全速力でこの〈アイランドα〉に向かっていた。

 

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「敵艦隊、4番艦を撃沈。残すは敵旗艦のみです」

 

 霊夢の指示によって苛烈な攻撃を加え続け、敵の護衛巡洋艦を全て排除した『紅き鋼鉄』主力艦隊。

 このままの勢いで、敵旗艦もダークマターへ還さんと、旗艦〈ネメシス〉は主砲の照準を敵旗艦へと向けた。

 

 艦長席にふんぞり返る霊夢は終始不機嫌さを隠そうともせず、肘掛けに置いた左手で頬杖をつきながら眼前の敵旗艦を睨んでいる。

 

 ―――これで、終わり。そう、何もかも……

 

 珍しく激情に身を任せるまま破壊を指示した霊夢だが、その深層は幾ばくかの落ち着きを取り戻していた。

 漸く目障りな偽魔理沙と別の自分の可能性を排除できる光明が見えてきたことから、精神的にある程度の余裕が生じていた。

 

 しかし、隣にいる早苗は何やら不服そうな顔をして、霊夢の姿勢に疑問を投げ掛ける。

 

「……いいんですか? 霊夢さん。このまま何も分からずに、あの二人を殺しちゃって」

 

 早苗の言葉は、ただ霊夢に疑問を呈するだけのものだ。しかし情緒不安定な今の霊夢にとって、自分の行為を否定するかのように聞こえるその台詞は、自分そのものまで否定する言葉として聞こえてしまう。

 

 ―――何よ、あれだけ私にべたべた張り付いてくるくせに、ここに来ていきなりいい子ぶるなんて………

 

 瞬時に浮かんだ怒りの感情を、霊夢は僅かばかりの理性で強引に抑え込んだ。

 

 

 敵はあくまでも自分の感情を逆撫でし続ける、霧雨魔理沙を汚すあの偽物だ。それに与する、目障りなもう一人の自分も同罪。

 

 だけど、早苗はそうじゃない。

 

 早苗は、ただ一人、私を見てくれる大切な人。

 漸く見つけた、弱い自分を包み込んで受け止めてくれる存在だ。

 

 そんな彼女に対して八つ当たりのように喚き散らしてしまうことは、幾ら激情に身を任せていたとはいえ、絶対に許されることじゃない。

 例えこの世界の誰からも嫌われたとしても………早苗にだけは、嫌われたくないから。

 だから、力付くでも、このどす黒い感情を押し込んでやる。

 敵は、あの二人だ。早苗にまで、怒りの矛先を向けるのは間違っている。

 

 

 霊夢は無理矢理に早苗に対して抱いた感情を押し込んで、"本当の敵"を注視する。

 

 "敵"の異常に気付いたのはそのときだった。

 

 突如として敵が加速を開始して、一直線に〈ネメシス〉に向かって突っ込んでくる。

 

 僚艦も伏兵も全部撃沈されて自棄になったかのように見えるその行動だが、霊夢には、"悪い予感"がびんびんと、濁流のように迸っていた。

 

「っ、敵旗艦、急激に加速を開始!」

 

「主砲で迎撃する!」

 

 レーダー画面を監視していたリアが叫ぶように報告し、フォックスは機転を効かせて即座に主砲を発射した。

 

 だが猛烈な勢いで加速を続ける敵旗艦を前にして、〈ネメシス〉の誇る160cm三連装レーザー主砲のエネルギー弾は掠めるばかり。

 敵艦が急速に接近するお陰で照準の修正が追い付いていないのだ。

 

「奴め、特攻のつもりか!?」

 

「……デフレクター、最大出力。衝撃に備えて」

 

 突然の敵の動きに霊夢も驚きはしたが、一番に平静を取り戻したのも彼女だった。

 "敵"に対する溢れんばかりに込み上げてくる殺意が、敵の行動に逐一驚愕する余裕を喪わせていた。

 敵をどうすれば殺せるか………それだけしか考えていない彼女にとって、これは好機でもあった。

 

「敵旗艦が接触したのと同時に、ありったけのミサイルを叩き込んでやりなさい。奴を止めるにはそれが一番よ」

 

 反航戦で、一気に敵旗艦を叩き潰す。

 これが、霊夢の思い描いた作戦(ビジョン)だった。

 鳴り止まない悪い予感も、ここで敵旗艦を屠ってしまえば関係ない。ようは、あの二人を生きて帰さなければいいのだ。

 

「了解! 全ミサイル、総点! 対空だろうがありったけ叩き込むぜ」

 

 敵がとの正面対決、というシチュエーションに燃えたのか、フォックスは陽気に火器管制のコンソールを叩く。

 

「敵旗艦、本艦に急速接近!」

 

「構うな、このまま押し潰しなさい!」

 

 敵旗艦との距離が急速に縮まっていき、遂には艦橋の耐圧防弾ガラス越しにその姿がはっきりと見えるまでに接近する。

 

「総員、衝撃に備えなさい!」

 

「デフレクター……全開ですっ……!」

 

 ガチィン、と、〈ネメシス〉と敵旗艦の艦首シールドがぶつかり合って盛大に青白い火花を撒き散らす。

 シールドの曲線に推力を流された両艦は互いの右舷側にそれぞれの敵に晒した。

 

「全ミサイル、ハッチオープン………発射ァ!!」

 

 〈ネメシス〉の右舷側にあるVLSとパルスレーザーのハッチが全て開放され、ドカドカと敵旗艦の右舷側へと撃ち込まれていく。

 絶えることなく打ち出されるミサイルの雨は互いが互いを通りすぎるまで続き、〈ネメシス〉の右舷後方に去っていった敵旗艦の全身を火花に包まれて、大爆発を起こした。

 

「敵旗艦………インフラトン反応拡散中、撃沈です」

 

「………」

 

「よし、やったぞ!」

 

 敵旗艦撃沈の報告に、艦橋内は沸き立った。

 ただ一人、霊夢を除いて。

 

「……霊夢、さん?」

 

 漸く仇敵を討ち取ったというのにいまいちな反応の霊夢に疑問を感じたのか、早苗が霊夢に問い掛ける。

 

「あ、………うん、早苗………」

 

「どうしたんですか? さっきまであんなに怖い剣幕でいたのに。拍子抜けでもしちゃいました?」

 

 先程までとは打って変わって、何処と無くぎこちない様子の霊夢。

 だが早苗は、霊夢がやっと激情から開放されたのかとそれに安堵すると同時に、一抹の後悔を覚えた。

 

 ―――本当に、これでよかったのでしょうか……

 

 確かに、博麗霊夢の精神を犯す敵は消えた。だが、彼女達も博麗霊夢で、霧雨魔理沙だったのだ。此方に害を成すならかかる火の粉を振り払うのも吝かではないが、暴力で叩き潰してしまっても良かったのだろうか、と。

 幾ら敵とはいえ、彼女達の境遇は悲惨なものだ。もっと………こう、上手く立ち回れることはできなかったのだろうが、と。

 これでは、あまりに虚しすぎた。

 

「いや……まぁね、………これで、終わったんだから」

 

 霊夢の返事も、心ここにあらずといった雰囲気で、早苗は冷静になった霊夢が、自分と同じことでも考えているのだろうかと思案する。

 

「――っ! そんな、あり得ない!」

 

 歓声に包まれた艦橋は、リアの発した叫びによって緊張が走る。

 

「敵旗艦、健在です!!」

 

「―――!」

 

 霊夢の瞳が、瞬時に絞られて臨戦態勢へと移行する。

 

 外装が剥がれ、赤黒い臓物(中身)を晒した敵旗艦は、その勢いが衰えることはなく、一直線に〈アイランドα〉を目指していた………。

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