夢幻航路   作:旭日提督

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第九八話 星屑の嘆き

「っ!?この反応は…………敵です!敵艦隊、さらに出現!」

 

 レーダー手を務めているリアさんが報告する。

 

 ブロッサムの報告が会議室に響いた後、私達は大慌てで艦橋へと駆け上がった。

既に当直のクルー達は忙しなく動いており、本当にこれから戦闘が始まるのだということを実感させられる。

 

 こんな場所に、敵………?まさか………

 

 ブロッサムの報告では、敵の正体はまだ知らされていない。遂にヤッハバッハの艦隊に見つかったか、或いは大マゼランの海賊が流れてきたのか、或いは―――その疑問は、一瞬で晴らされた。

私の直感が、"奴"が来たと声高に告げる。

 

 直前に蒸発したあいつと、今朝の悪夢。誰が来たかなんて、その二つの判断材料さえあれば常人でも容易に察することができただろう。

 

 

―――彼女は、今度こそ私を殺しにきた。

 

 

「敵艦隊のエネルギー放射パターンは小マゼラン外縁で遭遇した敵艦隊―――マリサ艦隊と一致しています。…………オーバーロードです!」

 

 

「オーバーロード、だとっ!?」

 

「チッ、奴等か………だが何故ここに?」

 

 出現した敵艦隊を解析していたノエルさんの報告に、ブリッジクルー一同は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

彼等彼女達は艦隊の中核を成す主要メンバーであり、オーバーロードの存在と脅威については認識している。それだけに、皆厳しい表情でメインパネルに映し出された敵艦隊の様子を睨んでいた。

 

―――オーバーロード。相手がマリサの艦隊なら、あいつも一緒に………

 

 つい先程まであいつに関する話をしていただけに、否応なしに彼女のことを考えさせられる。

 

 ここでマリサが仕掛けてきたというなら、今度こそ本気ということだろう。アレが何を目的に動いているのかは分からないが、―――ただ、滅するのみ。

 

 例え夢想の光が届かない宇宙(そら)の向こうに居ようとも、科学世紀の暴力を以てあの偽物を退治しよう。

 

 感傷を絶ちきって、目の前の敵を倒すことだけを考える。頭を、異変時のそれに造り変える。この際、早苗の話は忘れよう。―――今の奴等は、敵だ。

 

 恋だの愛だの、そんな煩わしいものは置いてしまえ。敵の境遇など、どうでもいい。彼女が何処かの世界の私だとしても、現世に仇為すのだとすれば敵だ。人妖と変わらない。

 

……ならば、殺す。殺さなければならない。

 

 

「敵艦隊は〈グランヘイム〉と同様のワープシステムを装備しているようです。出現と同時にゲートアウト反応を観測しました。今のところ敵艦隊の数は巡洋艦クラスが10、超弩級戦艦クラスが1。巡洋艦クラスは未登録の艦影です。今後増援が現れる可能性もあります」

 

 メインパネルの側方、そして艦長席のモニターに、敵艦隊の現有戦力が表示される。

巡洋艦クラスは800m級が2隻、600m級が8隻おり、いずれも宇宙の闇に溶け込むような黒い艦体色をしていた。―――尤も、充満したガスに原始星の光が反射して夕焼けのように赤く染まっているこの宙域では、その迷彩効果は失われているが。

 加えて両クラスとも艦体に板のような模様が貼り付けられており、旗艦と思われる超弩級戦艦と違ってデザインの調和が取れている。巨大なアンテナのようなものが艦の上下に4本ずつ並んでいるのも、共通の特徴だ。恐らく、同じ設計思想の下建造された艦なのだろう。

 弩級戦艦クラスは推定全長2200m………あのヴァランタインの〈グランヘイム〉と同じぐらいだ。その艦影は、小マゼランへの道程で遭遇したマリサ艦隊の旗艦と酷似している。

 

 そして案の定、前方に現れた敵艦隊の旗艦から通信が寄せられてきた。

 

「艦長、敵の旗艦から通信です」

 

「霊夢さん………」

 

 隣に立つ早苗が、心配するように私を呼んだ。

 

「リアさん、通信を受けて頂戴」

 

「了解しました」

 

 だけど私は、その通信に応えるように指示した。

 

 奴がオーバーロードの尖兵だと言うのなら、ここでその目的を問い質す。

 殺すのは簡単だが、奴はやはり、単なる尖兵に過ぎないのだ。

 殺す前に、奴の口から黒幕に関する情報を吐き出させる。

 

―――昔の私ならば、こんな煩わしいことなどせずとも勘に従って目の前の敵を倒していけば、自然と黒幕の元に辿り着けた。だけど今回は、どうもそれが出来そうにない。死ぬまで終ぞ私の在り方が変わることなどなかったのだが、いよいよ私もガタがきたか。………思考を切り替えたというのに未だこんな雑念を抱いている時点で、本当に歯車が狂ったのだろう。

 

―――何故か、微笑ましく見守るような紫と早苗の幻覚を見たような気がした。遂に頭までおかしくなったか………

 

 幻は隅に消えるがいい。先ずは奴を殺せ。あいつを退治しろ。アレさえ殺してしまえば、私は……………

 

 

 

 程なくして、あの憎たらしい赤髪の、無断で友人の姿を模した彼女の顔がメインパネルに投影された。

 

「…………よう。久し振りだな」

 

 画面の中の彼女が、目元を帽子の鍔で隠しながら不敵に微笑む。

 

「ええ。あんたの顔なんて、二度と見たくなかったけどね」

 

「つれないなぁ。私は逢いたかったぜ?霊夢」

 

「……っ!?」

 

 どうしてこう………いちいちコイツは私の神経を逆撫でしてくるのだろうか。今すぐにでもあの偽物を切り裂いてやりたい衝動に襲われる。

 

「おうおう、なんだなんだ?ちょーっと魔理沙(ホンモノ)を真似てみただけでその動揺か。ほんっと、"お前ら"は御しやすいなぁ~。オーバーロード様々だぜ」

 

―――殺す。こいつは殺す。こんなものが世にあっていい筈がない。彼女の姿を、偽物如きが汚すな。

 

 ぐつぐつと、私怨が心の奥底から沸き始める。

 

 切り替わった筈の思考回路が、強引に引き戻される。

 

 "霊夢"から、"博麗"へと、ポイントレールが切り替わる。

偽物魔理沙を殺す。その一点で博麗(わたし)霊夢(わたし)は一致している。だけど、"霊夢"として、奴に相対しては絶対に駄目だ。―――霧雨魔理沙は、霊夢(わたし)にとっての命取り。博麗(わたし)でなければ、彼女に勝てない。

 

―――霊夢(わたし)に呑まれるな。思考は切り替わった筈だろう。只の少女は黙っていろ、貴様の出る枠ではない

 

 博麗(理性)が告げる。博麗(機械)らしい、正解しかない淡々とした忠告。

 

 霊夢(わたし)は未だに、霧雨魔理沙に夢を見ている。私よりもずっと、自由に空を翔ていた彼女。生まれながらに空を飛べながらも博麗(役目)に縛り付けられた私とは対照的に、霧雨()を破って地を這いながらも飛ぶことを諦めなかった彼女。

 

 そんな彼女が、敵として相対すれば―――霊夢(わたし)では到底戦える筈がない。私怨で降り下ろす拳など、彼女には容易に読まれてしまう。"霊夢"は、絶対に"魔理沙"を殺すことはできない。例えそれが偽物でも、―――彼女(魔理沙)を汚す泥人形で、本気で滅しようと思っていても、彼女の面影があるだけで、絶対に刃が鈍ってしまう。

 

―――だから博麗(わたし)が殺さなければならない。

 

 博麗(わたし)は、歯車だ。天秤を司る調停者(バランサー)霊夢(只の少女)を殲滅兵器へと変える式神(プログラム)。私でなければ、奴を殺せない。

 

―――だから、お願いだから、今は出てこないでよ、霊夢(わたし)………

 

「ククッ、なんだぁ?もう覚悟が鈍ったか。二人揃って、何ともポンコツなことで。あの頃のオマエは何処に行った?"成りかけ"も容赦なくヤッていた慈悲なき素敵な巫女様はよ?」

 

………私の中で、なにかが切れた。

 

 

―――やりたくて、やっていた訳じゃないのに。

 

―――本当は、助けたかった(護りたかった)のに。

 

 お前なんかに、何が分かる。

 

 "博麗"の肩が、どんなに重いものだったかなんて。

 

 あんたが無断拝借してる彼女こそ、私を"人間"で居させてくれた楔だったことも知らない癖に。

 

 

 

 ふざけるな。

 

 

 

 ふざけるな。

 

 

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!!

 

 

 

―――殺す。

 

 あいつは殺す。

 絶対に殺す。生かしてなどやるものか。

 

 灰も残らず燃やし尽くして生きていた痕跡さえも消してやる。

 

「―――黙れ、偽物」

 

「おっ?」

 

 まるで、ちょっと興味を引かれたときのあいつみたいに。

あたかも日常の延長線上に過ぎないと言わんばかりの偽物(マリサ)の態度。

 

 気に食わない。

 

 その口、二度と喋れないように徹底的に縫い付けてやる。

 

「げえっ、霊夢さんが本気でキレてる………」

 

 隣にいた緑色の物体が、なにか言った。

 

 そんなもの、どうでもいい。今はアイツを殺せればいい。他人など知ったものか。これは霊夢(わたし)の戦いだ。霊夢(わたし)人間(わたし)であるために、奴は絶対に殺さなければならない。雑音など気にするな。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

 

――――あの偽物をこの世から消してやる。

 

「―――黙れって言ってるのよ、この偽物ッ!!!」

 

 

 広い艦橋全体に、鋭く刃が駆け抜けた。

 

 残心の如く、静まり返る旗艦の艦橋。

 

 だが、戦の火蓋は切って落とされたばかりだ。

あいつの首を取るまで、決して止まってなどやるものか。

霧雨魔理沙を汚すことなど、誰にも許してなどやるものか―――!!

 

「………全艦、戦闘配備――!!」

 

 頭から、細波の如くスッと熱が消えていく。

残るのは、氷のような冷たい炎。

 

 博麗(システム)として動いているのか、霊夢(ニンゲン)として戦っているのか、どちらかすらも曖昧だ。――――そんなとこ、アイツを殺せさえすればどうでもいい、些細なことにしか過ぎないというのに。

 

 私の全てを、偽物(アイツ)を殺すことにだけ注ぎ込む。一振りの刀となって、アイツの心臓を貫こう。

 

「………おっと、これは焚き付け過ぎたかな。――まぁいい。そっちの方が、面白そうだ。じゃあな霊夢。―――さぁ、一緒に踊ろうぜ」

 

 ザーッ。

 

 砂嵐。画面は強制的に断ち切られる。

 

 此処にきて本当に、漸く鯉口が切られた。

 

今か今かと構えていた刃が、するりと鞘から滑り出てその鈍い銀色の抜身を晒す。

 

―――さぁ、殺し合いを始めようか。

 

 先手は、偽物。

 幻聴と共に、奴の艦隊が動き始めた。

 

「て、敵艦隊、前進を開始しました!」

 

 敵は、単純な前進を始めて此方との距離を詰めにかかる。

巡洋艦しかいないアイツの艦隊では、一刻も早く此方の懐に飛び込まなければ勝機はない。

故に、此方は奴を嬲り殺しにできる。

 

「―――艦長、如何なされますか?」

 

「……決まってるでしょ。全艦、全速前進!!あいつを叩き潰しなさい!」

 

 

「「「アイアイサー!!」」」

 

 

 一斉に、蒼色の閃光が、紅い灼熱の宇宙に瞬いた。

 

 〈ネメシス〉を中核とする10隻程度の残存艦隊が、憎きあいつの身体を切り裂くために宇宙(ソラ)を駆け抜けていく。

 

「敵艦隊、射程に入った!」

 

「主砲、撃ち方始め!粉微塵にしてやりなさい!!」

 

「イエッサー!主砲一番二番、射撃開始、目標、敵三番艦!」

 

 先手を取ったのは、当然此方側だ。

 〈ネメシス〉の160cm対艦レーザーは、突出していた巡洋艦クラスの敵艦を目標に捉え、一撃でこれを宇宙の塵と変えた。

 

「敵三番艦、轟沈!!」

 

 幸先の良いスタートを前にして、歓声が艦橋に響く。

 

 だけど、あいつが憎たらしい笑みを浮かべている様がありありと浮かんでは、それが頭から離れない。

 

―――罠?

 

 私の勘が、謀略の存在を告げる。

 

 奴は、私達を今度こそ殺すと公言したのだ。今見えているのは9隻だけだが、他に戦力がないとも限らない。

 

「――――」

 

「霊夢さん?」

 

 艦長席に深く腰掛けたまま、敵の策略を探る。

 

 敵を撃破したのになかなか指示が飛んで来ないのを気にしたのか、傍らに控えていた早苗の声が聞こえてきた。

 

「―――まだ喜ぶのは早いわ。周囲のゲートアウト反応を警戒しつつ、移民船から必要以上に離れないように」

 

「え、あ………はい、分かりました。指示を徹底します」

 

 先程まで抱いていたあいつへの怒りは鳴りを潜めて、私の頭は敵艦隊という名の異変を解決する(抹消する)ためにまた再び造り変わる。

 

「敵艦隊、わが艦隊と一定の距離を取りつつ後退しています」

 

「………ますます怪しくなってきたわね。警戒を厳にして」

 

「了解」

 

 あいつは自分の艦隊が一隻やられるや否や、此方を警戒するような仕草を取った。―――明らかに怪しい。アレが自軍の損害を、殊の外気にすること自体が見え透いた罠であることを声高に告げている。

 

「―――撃ち方、止め。少し離れすぎたわ」

 

「?了解。……まぁ、艦長が言うなら仕方ないが……」

 

―――少々、あいつを深追いしすぎた。そろそろ戻るべき頃だろう。

 射撃中止を命ぜられた射撃手のフォックスは不満そうだが、従ってもらう。

 

「っ!?左舷8時の方角に多数のゲートアウト反応!数は………800m級重巡洋艦4、600m級巡洋艦12!!」

 

「チッ………やられたわね。艦隊から割ける戦力は………無いか」

 

 新たな敵艦隊は私達から見て左後ろの方角、移民船の左側真横に出現した。まだ小惑星が盾になっているので直ぐに攻撃を浴びることはないだろうが、接近され過ぎると折角見つけた新しい拠点がお釈迦になってしまう。そうなれば、私達はたかだか10隻程度の小艦隊で宇宙を彷徨する羽目になってしまう。―――奴の狙いは、それか。

拠点を潰し、弱ったところを狩る。―――アイツらしい、小癪な方法だ。

 

「確か、移民船にはブロッサムが残ってたわね。ノエルさん、彼女を呼び出して」

 

「了解です」

 

 だが、そう易々とあいつの思惑通りになってやるものか。

私はオペレーター席に座るノエルさんに頼んで、あの生意気な自称高性能AIを呼び出させた。

 

《はいはい何ですかもう!此方は此方で忙しいんですよ!》

 

 通信に応えたかと思うと、彼女はいきなり投げ遣りな態度で適当そうな返事を寄越してきた。

 

「………そっちに敵艦隊が向かってるのは見えてるでしょ。対処は任せたわ。此方からも駆逐艦3隻を付けておくから」

 

《ちょっ、それだけですか!?確かに私の力にかかれば多少の戦力は用意できますけど………ああもう分かりました!こっちは全部やっておきますから!!》

 

 彼女はそう言い残すと、一方的に通信を打ち切った。

 

 まだ全てを確認している訳ではないがあの移民船自体も非武装という訳ではない。幾らか防衛施設はあったし、それ以外にも戦力になる要素を抱えている。今は、それが確認できただけでいい。早速、移民船の外壁にはいつぞやに私と早苗を追い回したセンチネルが展開し始めていた。

 

 それに―――あの艦隊では"彼女"に勝てない。(キング)如きが、道化師(ジョーカー)に勝てるなど思い上がりも甚だしい。

 

 私の勘は、勝利を決して疑わない。――ならば、余計な心配など無用。赴くままに、叩き潰してしまえ。

 

「………全艦、追撃再開。砲撃の手を緩めるな」

 

……まだ、挽回できる。

 

 一度は奴のペースに乗せられたものの、此方にはまだ鬼札がある。奴は、彼女(アレ)の性能を見誤った。

 

 さぁ、死ね。お前の小汚ない偽物の面を徹底的に剥いでやる。

 

 

 死の舞踏会は、あんたが死ぬまで終わらない。

 

 

 

 

 

 

.......................................

 

.................................

 

............................

 

.....................

 

 

 

 

 

「………うん、似合ってるよ、霊夢」

 

 博麗霊夢とマリサが交戦する数刻前―――

 

 或る戦艦の、艦橋部。

 硝子一枚隔てた宇宙空間の、原初の生命に燃える景色とは不釣り合いな程に儚い二人の少女が、まるで硝子細工に触れるかねように恐る恐ると互いの距離を縮め合う。

 

「そ、そう………?―――あんたに言われるなら、嬉しいわ」

 

 色素の抜けきった白髪を揺らしながら、霊夢は心底嬉しそうに、ぎこちなく微笑んだ。

 

 それだけで、マリサの瞳に銀色が浮かぶ。

漸く、彼女の笑顔を取り戻せた。

 

 "博麗"の巫女服はもう着たくないだろうと、彼女の内心を察して織られたそれは、余りにも贈る相手が来るのが遅すぎたために、既に幾つもの綻びが生まれていた。

 

―――もうボロボロだ。これじゃあプレゼントできない。

 

 そう言って作り直そうとしたマリサを、

 

―――いいの。貴女が作ってくれたってだけで。だから、それで充分よ。……だって、早くこれ、脱ぎたいんだもの。

 

 霊夢はそれで充分だと、彼女に伝えて思い止まらせた。

 

 手製の巫女服を手に取って、博麗の巫女服を焼く。

 

 "解放"を示す、一種の儀式だ。

 

 巫女服には霊夢を崩壊から守る護符が至るところに貼り付けられ、彼女自身の白髪も相俟って、まるで何処ぞの蓬莱人にしか見えない。

 

 その光景に、思わず破顔するマリサ。

 

 だが、彼女の身体を貫く魔法の鎖が、マリサの表情を引きつらせた。

 

―――鎖で身体のパーツを、無理矢理にでも繋ぎ止める。

 

 幻想と、世界からすらも完全に見捨てられ、自分が取り返したせいで最早お尋ね者でしかない霊夢

 かつての縁を辿られて、処分の為の自己崩壊プログラムを注入され続けている彼女を守るためには、これしか方法がなかったのだ。

 

「………ごめん。その………上手く治せなかった」

 

「ううん、いいの―――本当は、こんなことしてもらう資格なんて無い筈なのに、こうしてまた会えるなんて―――本当に、夢みたい」

 

霊夢の頬に、影が差す。

 

 慌ててマリサが、取り繕うように言葉を並べた。

 

「い、いいや!………そんなことは、ないぜ。――元々私が悪かったんだ。私が―――何も知らないまま力なんか求めてたから……」

 

「魔理沙………」

 

 縮まるようで、縮まらない二人の関係。

 

 お互いに、殺し殺された間柄。

 

 無慈悲な楽園の掟は、永遠に二人の少女を引き離していた。

 

「そ、そうだ!なぁ………霊夢。本当に今更なんだか、今からでも、どこか遠くに逃げないか?オーバーロードなんてちゃちゃっと巻いちゃってさ、どっか、人の居ない、静かなところに………」

 

 何とか場の空気を変えようと、欠けた頭をなんとか捻って明るそうな話題を絞り出すマリサ。

 本当はできもしないのに、せめて希望の灯火だけはと、叶わない願いを告げる。

だが何とも不運なことに、彼女の努力は実らない。

 

「―――だめ。嫌」

 

 強い、拒絶の言葉。

 

 肝心の彼女に否定されてしまえば、マリサにはどうすることもできなかった。

 

「何でだ!?オーバーロードなんて、どうにかしちゃえばいいだろう?それにアイツだって、オマエを取り返した今はもう………」

 

「――ううん、それでも、駄目なの。―――ありがとう、魔理沙」

 

 今度はゆっくりと、首を静かに横に振る霊夢

 元々叶わない夢とはいえ、せめて最期は静かにというささやかな願いは、脆くもここに崩れ去った。

 

「………やっぱり、そうなのか。……ならせめて、理由だけでも………」

 

「―――我儘よ。もうアレと関わる必要が無いとしても、私はアレを殺さなきゃ気が済まないの」

 

 正直なところ、マリサは本当は博麗霊夢に刃を向けたくはなかった。世界線が違えども、博麗霊夢は博麗霊夢。自分が焦がれた相手そのものに相違ない。

 だが、霊夢は霊夢を殺さないと解放されない。彼女の手で復讐を遂げさせてやらなければ、果たして彼女の想いは何処へ向かえばいいのだろうか。

 今まで手加減もしてきたし、出来るだけ戦わないように心掛けてきた。―――だが、マリサにとって一番はやはり、霊夢なのだ。彼女こそが、本当に霧雨魔理沙が焦がれた少女の、その残骸。

 ならば、せめて彼女の想いだけは、成仏させてやらなきゃならない。

 連れ戻したはいいものの、肝心の彼女は身も心もズタボロだ。だから、少しでも、安らかに眠れるように………

―――それが、星屑(マリサ)の覚悟だった。

 

「―――私がボロ雑巾になるまで扱き使われていた間にも、他の霊夢(アイツ)はのうのうと生きていた。貴女を手に掛けることもないまま。―――だったら、この感情は何処に行けばいいってのよ!!」

 

 ドン!………ッ………

 

 鈍く、鉄が凹む音が響いた。

 

 荒く肩を上下させる霊夢と、悲痛に表情を歪めたマリサ。

 

 絶望と復讐に囚われた二人の少女には、傷を舐め合うことすらも出来ない。

 

「…………ごめんなさい、魔理沙。どうも熱くなりすぎたみたい。少し頭を冷やしてくるわ。―――私が必要になったら起こして」

 

「ああ………」

 

 ズルズルと着物の裾を引き摺って、ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、霊夢はマリサに背を向けて艦橋から退出する。

 残されたのは、原初の生命に燃える宇宙を見守るマリサ一人。

 弾幕の如く隕石が飛び散り、火花とガスを散らしていく生命の海を、焼き付けるように視界に収めていく彼女。

 その瞳には、鈍い銀色が滲んでいた。

 

―――偽物、か。……確かに、私はその通りだ。こんな星屑如きが、霧雨魔理沙を名乗るなんぞ確かに烏滸がましいことだ。だけどよ………この"想い"だけは絶対に否定させない。これだけは、本物なんだ。例えお前だとしても、これだけは、否定なんかさせてやるものか。

 

 霊夢………お前に呪いをかけてしまったのはこの私だ。私なんだ。―――私が、お前に並びたいなんて身の程を越えた願いなんて抱かなければ…………、だから………せめて、その"呪い"だけは―――

 

 星屑が、溢れ落ちる。

 

 ぼろぼろと、溢れ出す星の破片。

 

 その残り滓に気付く者は、誰もいない。

 

 

 孤独なもう一人の復讐者は、人知れず星に吠えた。




怒りに燃えて、当初の目的すら忘れてる霊夢さん。早苗さんなんて完全に蚊帳の外。やっぱりレイマリに隙なんてなかった………
がんばれ早苗さん、霊夢ちゃん陥落まであと二歩ぐらいだよ?



霧雨魔理沙の姿を借りられて、その姿を汚されることが許せない博麗霊夢。
のうのうと生きていた自分を絶対に許せない、壊れかけの博麗霊夢
本当は静かに隠居したい、でも霊夢を助ける為には、彼女の言うとおりに霊夢を殺すしかないと考えてるマリサ。

三者三様、それぞれ言い分があって、そのどれもが人として当たり前の感情です。
ですが、それらは絶望的に噛み合わいません。
故に、どちらかが倒れるまで不毛なこのデスマッチは続きます。

最後に霊夢(霊沙)の立ち絵です。
三年経って漸く立ち絵が公開される薄幸な方の博麗霊夢。完全にもこたんにしか見えませんが霊夢です。元は禍霊夢ですが。


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