夢幻航路   作:旭日提督

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The shaman's remnant 巫女の残滓

抑止の巫女は、かくして天に墜ちた。


第九七話 博麗霊夢

「あいつが………消えた!?」

 

 突然もたらされた、衝撃の事実。

 

 同時に、脳裏に刃が貫通したような、熱い痛みが迸った。

 

「うっ―――ッ!?」

 

「霊夢さん!?」

 

 

 ―――よう。久し振りだな。

 

 

 ―――まさか、本物がここまで弱ってるとは思わなかったぜ。お前がこんな有り様なら、あいつらが植え付けた偽物の方がまだマシだ。

 

 

 ―――哀れだな。見てられないぜ。だけどまあ――拾ってやるぐらいはしてやるよ。

 

 

 ―――ほうら、迎えにきたぜ、霊夢。壊れたオマエに、最期の居場所を与えてやる。

 

 

 聞いたことがない筈の、台詞の数々。

 だけど何処か既視感があって、他人事とは思えない。

 その既視感が何なのかは、すぐに分かった。

 

 ………これは、今朝の悪夢だ――

 

 あのときは、正体不明な胸糞の悪さしか残ってなかった今朝の悪夢。だが今になって、その正体を掴むことができた。いや、無理矢理掴まされたと言うべきだろう。

 

 ………あれは、夢なんかじゃない。

 

 私にとっては夢であっても、()()()()()()()夢ではなかった。―――現実だ。

 

 何故あいつの記憶と私の夢が混線したかは定かではないが、あいつが消えた理由なんてあの夢以外に考えられない。

 

 ――出し抜かれた………ッ!

 

 最初に抱いたのは、焦りだった。

 

 十中八九、この事態はあの偽物魔理沙が引き起こしたものだと直感した。しかも、あいつはオーバーロードの尖兵だ。そんな彼女が動いたということは、彼等が此方に対して何らかの行動に出たということを意味する。即ち、私達は彼等に先手を打たれた。

 

 同時に、背筋にぞくりとおぞましい寒気が通る。

 

 今まで、敢えて見ないようにしてきた可能性。私がずっと目を逸らし続けてきた現実が、ここにきて一気に刃を降り下ろした。

 

 巫女でなくなった筈なのに………もう博麗じゃない筈なのに、未だに続くあの悪夢。

 あれは醜い私を映し出す鏡であったと思っていたけど、………彼女がそうであるならば、()()によってあの悪夢がぶり返してしまったのだ。

 そして夢の中での、アイツの言葉………

 アイツは霊沙(あいつ)を、私の名前で呼んでいだ。

 それが指し示す答えは、一つだけ………

 

 ―――悪い予感ほど、当たるっていうけどさ……

 

 まだ、そうと決まった訳ではない。否定する材料も、あるにはある。だけど間の悪いことに私の勘は、その可能性が真実だと声高に告げていた。

 

「霊夢さん、大丈夫ですか!?」

 

「うん………まあ、ね………。―――サナダさん、アイツが消えたときの様子とか、分かる?」

 

「うむ。それならシオン君が映像を持っている筈だ。医務室は彼女の管轄だからな」

 

 私は想像したくもなかった現実から目を逸らすために、サナダさんにそう尋ねた。

 サナダさんは私の質問に答えると、シオンさんに視線を向ける。

 彼女はそれで察したのか、会議室中央にホログラムの映像を表示した。

 

「はい。ではここからは私が説明します。―――結論から言うと、映像をもってしても原因は不明です。まずはこちらをご覧下さい」

 

 ピッ、と短く起動音が響いて、映像が始まる。

 映像は監視カメラのものらしく、寝ている彼女を天井から映していた。

 

 映像の中の霊沙は、ひどく震えていた。

 

 ―――今朝の悪夢と、同じだ………

 

 彼女は必死に、布団を抱き寄せて踞る。

 

 今朝の悪夢で聴いた彼女の叫びが、頭の中で反芻した。

 

 寒い寒いと夢の中で凍えていたアイツは、現実ですら痛ましいほどに凍えていた。

 

 苦しそうに天井に向かって手を伸ばし、縋るようになにかを掴み取ろうと試みている。だが掌は、虚しく虚空を切るばかり。何も掴むことはない。

 

「………ここ数日は、ずっとこのような調子でした。一旦は、回復する素振りを見せたのですが………」

 

 伸ばされた手がばたりと布団に倒れたところで、シオンの説明が入る。

 皆、映像の中の霊沙を凝視して見守っていた。

 

 映像の中の霊沙は、もがくように両手をばたつかせて必死になにかを求めている。

 しばらくその仕草が続いたが、次第に手を動かす速さが落ちていく。そしてやっと求めていたものが掴めたのか、彼女は両手をばさりと落として安らかな寝顔を見せた。

 

「うっ、ッ……!?」

 

 隣にいた早苗が、突然口元を押さえる。

 

「さ、早苗……!?」

 

「れ、霊夢………さん……、あれ………」

 

 何事かと彼女に声を掛けると、彼女は口元を抑えたのとは逆の手で、ホログラムの映像を指した。

 早苗に促されるまま映像をよく凝らして見ると、信じられないことに霊沙の身体が腐り始めていた。

 

「――!?」

 

 声にならない叫びが、喉元で塞き止められた。

 

 皮膚は爛れて中身が丸見えになっていき、燃え広がる火事のようにどんどん皮が溶けていく。

 肉は腐り果ててぼとりと落ちて、文字通り蒸発して消えていく。

 溢れ落ちた血液は一瞬だけ布団を真っ赤に濡らして、その後には何事もなかったかのように白い布団が残されていた。ぽとり、と滴る血液も、床に落ちる前に蒸発する。

 

 最期は人形の身体だけになって、その人形ですら灰の霧になって消えていった。

 

 それを最後に、映像はぷちっと途絶えた。

 

「な、何が………起こったん………ですか……?」

 

 震えながら、早苗が疑問の声を絞り出した。

 優しい彼女なら、あまりにもショックな映像を前に茫然自失となりそうなものだが、それを何とか堪えているようだった。

 

「………映像にあった通り、文字通り彼女は"蒸発"しました。原因は不明です」

 

 淡々と告げるシオンさんの額にも、脂汗が滲んでいた。

 

 原因は不明―――彼女はそう言っているが、私は原因を知っている。

 

 他ならぬあの夢が彼女の見た記憶だというのなら、理由なんぞ分かりきっていた。

 

「―――オーバーロード」

 

 下手人の、名を告げる。

 

 犯人を告発する声は、不気味な静寂に包まれた会議室ではよく響いた。

 

「オーバーロードだと?何故分かる」

 

 最初に疑問を呈したのは、サナダさんだ。

 誰よりも科学的思考を重んじる彼からすれば、そこに至るまでの経緯が不確かな故に反論せざるを得ないのだ。

 

「……確かに彼女はオーバーロードの尖兵でしたが、それを持って決めつけるのは早計では?」

 

 続いて、シオンさんが反論する。

 確かに彼女の言うとおりではあるものの、証拠を掴んでいる私には響かない。

 

「………霊夢さんは、何か知っているんですね――?」

 

 早苗は私の言葉に反論せず、理由を尋ねる。

 彼女は他の二人と違って、私の告発を否定しなかった。

 

 私は、彼女には何も言わず頷いた。

 

「―――今朝のことよ。私の悪夢(ユメ)に、アイツの記憶が混ざりこんだの」

 

 独白を始めるように、私は彼等の関与を示す証拠を語る。

 会議室の面々は、息を呑んで私に注目していた。

 

「そこにアイツが現れたのよ。あのマリサがね。んで、アイツは凍えていた霊沙を何処かへと連れていった。―――ちょうど、映像での仕草と一致してる。最初あいつは凍えていて、マリサに連れてかれるときは死人みたいに安らかだったわ。―――私も、サナダさんからあいつが居なくなったって聞いて思い出したんだけどね」

 

 一瞬の、沈黙が支配する。

 

 これではやはり、決定打に欠けていたかと落胆しかけたが、そこで思わぬ援護射撃が飛んできた。

 

「―――なるほど。話自体は荒唐無稽ではあるが、艦長が言うからには真なのだろう」

 

 驚くことに、サナダさんが私の話を全肯定したのだ。

 誰よりも理屈を重んじる筈の彼が、"私だから"という理由で肯定した。信じられないことだが、彼はそれで納得してしまったらしい。

 

「どういうことですか?サナダ主任」

 

「なに、簡単なことさ。―――我々の艦長がそう言うのであれば、それが真だということさ」

 

 納得できない様子のシオンさんはサナダさんに尋ねるが、彼は飄々と、さも当然のことを語るかのように告げた。

 未だにわからない様子のシオンさんに、サナダさんは噛み砕いて説明する。

 

「つまりだな、霊沙君が消える直前に見た記憶が、艦長の夢に()()したのだ。艦長と霊沙君には、明確な縁がある。―――それも、姉妹なんて霞んで見える程のな。今は詳しく語らんが、それが原因で一時的にチャンネルが繋がってしまったのだろう。考えられる原因はそれだ」

 

 なるほど、と全員が納得の表情を浮かべた。

 例えよく分からないことだとしても、サナダさんが言うからにはそうなのだと、不思議と納得してしまう力が彼の話にはあった。

 

 ―――やっぱり、サナダさんは気づいて………

 

 そして、彼が語った"縁"。

 姉妹なんて霞んで見える程、という彼の台詞。

 ………やはり彼は、アイツの正体に勘づいているのだ。ここで敢えて語らないのは、(ひとえ)に私への配慮だろう。

 

 そんな気遣いをしてくれるサナダさんに、私はぞっと、心の中でだけ感謝を述べた。

 

 ―――何れは、向き合わなきゃいけないっていうのにね……

 

 私の姿勢は、ただの逃げでしかない。理論明晰な彼の手にかかれば、あっという間に暴き出して白日の下に晒すことだって出来ただろう。だけど彼は、そうしなかった。

 その事実に、ちょっとだけ嬉しくなる。

 早苗以外にも、確かな繋がりを感じられたから……

 

「………霊夢さん」

 

「どうしたの?早苗」

 

 私の名を呼んだ早苗は、どこか怯えているようだった。

 

 突然、彼女が私に抱きつく。

 

「―――えっ?」

 

 二人きりの時ではなく、公衆の面前でという事実を前にあっという間に頭に熱が上っていくが、早苗の言葉を前にして、それも冷や水を浴びせられたように収まった。

 

「―――霊夢さん、貴女だけは離しません。あいつらの下になんて行かせません。だから………安心して下さい」

 

「え!?う、うん………」

 

 私は、困惑した返事しか返すことができなかった。

 早苗が真面目に言っていることは分かるのだが、私の頭が彼女の行動についてけないのだ。それがひたすら申し訳ない。

 

「………まぁ、それは置いといてだな………ともかく、霊沙君の失踪はオーバーロード―――マリサの仕業だと確定した訳だ。だが、目的が見えてこない」

 

 場の空気を糺すが如く、サナダさんが喋り始めた。

 早苗の思いがけない行動を前に茫然としていた彼だったが、やはりそこはサナダさん、立ち直りも早かった。

 

「それは、オーバーロードが彼女を消したということではないですか?霊沙さんの接触は彼等からすれば不正アクセスに当たります。故に、彼女はあの光の柱で消されかけていたのですから。だからオーバーロードがマリサを介して、今度こそ止めを刺しにきたと考えることもできるのでは」

 

 成る程、と心の内で関心した。

 流石はシオンさん、オーバーロード対策の責任者に任じただけのことはある。その説明は、確かに何も知らない人からすれば実に理が通っている。現にサナダさんは、彼女の推論に頷いていた。

 

 だけど、それは違う。

 

 彼女の推論を用いては、決して説明できない部分があるのだ。

 

 隣の早苗も、シオンさんの推論に対しては否定的な顔をしていた。

 

「―――それは、ちょっと違うんじゃないかな」

 

 私が発言したことで、注目が一気に集まる。

 

 何故ですか、と問い掛けるシオンさんの瞳と、"ほほう"、と言わんばかりに期待を滲ませたサナダさんの瞳に若干たじろいでしまうが、気を確かにして向き合った。

 

「それは―――――「マリサさんは、霊沙さんのことが好きだからですよ」っ!?」

 

 だが、私の言葉は思わぬ方向から遮られた。

 

 私の言葉を遮った犯人―――早苗はただ頷いて、"あとは任せて下さい"と言外に告げる。

 

 小声で早苗が"いいですか?"とだけ尋ねてくる。

 

 私はそれに―――悩んだ挙げ句小さく一度だけ頷いた。

 

 ―――もう、逃げるのは終わりにしよう。

 

 私一人では踏ん切りがつかなかったそれも、早苗となら、受け止められるような気がした。

 例え真実を白日の下に晒しても、彼女だけは、変わらず私の傍にいるから………

 

 ぐっ……、と、拳を胸の前で握りしめた。

 

 どうやってかは知らないが、早苗は彼女の正体に気付いている。そして、全ての真実が曝されるのだ。

 私はそれを、一世一代の告発を前にするような心持ちで見守った。

 

「霊沙さんは…………いえ、こう呼ぶべきなのでしょう。"博麗霊夢"と」

 

 

 ........................................

 

 

 ....................................

 

 

 ................................

 

 

 ............................

 

 

 

「霊沙さんは…………いえ、こう呼ぶべきなのでしょう。"博麗霊夢"と」

 

 私がそれに気付いたのは、果たしていつだったのでしょうか。

 

 最初は―――霊夢さんによく似た得体の知れない奴、としか思ってませんでした。

 

 だけど、気づいてしまったんです………

 

 あの人が、おかしくなり始めた頃―――いや、"正常に戻り始めた"頃のことでした。

 

 私は、〈開陽〉と繋がっていたAI―――いや、〈開陽〉そのものだったのですから、艦内で起こったことは全部見えていました。

 私にも、勿論人間だった頃の良識と良心は残っていますから、なのでプライバシーに関わる部分は全部機械に丸投げして、私は意識しないように心がけていました。―――けど、彼女の様子は、とてもではありませんが見ていられるものではありませんでした。だけど、あまりの痛々しさに背中を向けることもできなかった。

 

 彼女は、その頃からずっと苦しんでいた。

 

 寝ているときなんて、特に酷くて思わず目を背けたくなりました。

 もがきながら、魔理沙さんの名前を呼ぶ彼女。何度もその名前を呟いて、自らの喉を掻き毟りながら涙を流していた彼女。

 

 その様子が、いつかの霊夢さんに重なって―――そして、辿り着いてしまったんです。

 

 ―――あの人は、紛れもない博麗霊夢その人だと。

 

 あのときの霊夢さんも、泣きながら魔理沙さんの名前を呟いていた。か細いその声は、耳元を近づけなければならないほど小さな声でしたが、確かに、私の耳には聞こえたんです。

 

 そのときの霊夢さんと、霊沙さんの姿は全く同じものでした。――いや、霊沙さんの方が、

 

 霊夢さんと全く同じ姿をしていて、声には確かに面影があって、力の色も、どす黒く濁っていても根元は確かに博麗霊夢そのものだった。

 そして、泣きながら魔理沙さんの名前を呼んでいた彼女。

 

 ―――これで、間違える筈がありません。

 

 彼女は確かに、霊夢さんそのものだったんです………

 

 彼女は、もう一人の霊夢さん。

 

 セカイに囚われてしまった、悲しい少女。

 

 出来ることなら、助けたかった。

 

 ―――けど、私では何の力にもなれなかった。

 

 あの人の心の中には魔理沙さんしか居なくて、それ以外を受け入れる容量なんて、とうに微塵も残ってなかったんですから。

 

 

 …………

 

 

 ―――霊沙さん。少し、話があります

 

 彼女を呼び止めたのは、果たしていつのことだっただろうか。

 

 ―――なんだ、あんたか。一体何の用?

 

 彼女の口調は、とうにがらりと変わっていた。

 かつての快活さは鳴りを潜めて、博麗霊夢に変貌していた。

 確かに、声色は霊夢さんに比べたらずっと低くて、何も知らない人からすれば別人のようにも思えてしまう。けど、確かに霊夢さんの面影があったんです。

 あのときの、不機嫌な霊夢さんさながらの低い声。霊夢さんよりも少しだけ幼い分、ずっと痛ましく感じられた。

 

 ―――はい。………貴女のことについて、です。

 

 それを聞いた瞬間、彼女の瞳の色が変わった。

 

 世捨て人のように気怠そうな瞳は、誰も寄せ付けないと鋭く尖って、明確に拒絶を露にする。

 

 ―――失念していたわ。あんたは全部お見通しだったって。………だけど止めておきなさい。あんたはあの、能天気な紅白とだけ付き合ってなさい。

 

 返ってきたのも、明確な拒絶。

 可能な限り穏当な表現で包まれたそれは、彼女にできる最大限の譲歩だったのでしょう。

 口調だけは往事の霊夢さんの面影を残していたものの、それを維持するのですら、苦しそうに見えました。

 

 ―――ですけど………苦しそうにしている人が見えていながら、無視するなんて、私には出来ないんです……

 

 けど、あのときの私は、その一線を越えてしまった。

 

 我ながら、軽率な行動だったと後悔してます。

 

 壊れかけの硝子細工ほど慎重に扱うべきものは無いのに、普通の硝子に触れるような手付きで、私は彼女に触れてしまった。

 

 それが、最後だったのでしょう。

 

 ―――あんたに、何が分かる。

 

 今まで以上に低くて、どす黒い声が投げつけられる。

 

 ―――のうのうと生きてきた癖に、私の何が分かるっていうの。………目障りなのよ、お花畑なあんたの思考が。………二度と思い違いなんて起こさないでよね、東風谷早苗。二度目があるなら、うっかり殺さない自信は無いわ。

 

 あのとき以上の、明確な拒絶。

 絶対に踏み込ませないという強い意思を前にして、私は足踏みすることしかできなませんでした。

 

 博麗霊夢と、博麗霊夢

 

 その違いを、私はちゃんと分かってなかった。

 

 どちらも霊夢さんだから、きっとこれでも大丈夫だと、心の底で思っていた。

 

 故に、私は道を違えてしまった。

 

 二度と彼女は、私に自らを触れさせなかった。

 

 ―――だから私は、結局、私は傍観者にしかなれなかった。

 

 彼女のことが見えていながら、何一つできなかった。

 

 以来、何とかして彼女を振り向かせようと試みたものの、ずっと彼女は霊沙を演じて絶対に私を寄せ付けることはありませんでした………

 

 

 …………

 

 

「そう………だったの。あんたも、気付いてたのね」

 

「はい………ずっと黙っていて、申し訳ありませんでした」

 

「いや、いいの。誰にだって、出来ないことぐらいあるわ」

 

 私の独白を、霊夢さんは素直に受け止めてくれました。

 

「ふむ………霊沙君が、艦長の写し身………いや、別の可能性だということは理解した。しかし―――それとオーバーロードをどう結びつける。それでは、全ては説明出来ないぞ」

 

「はい。それについては、これから話します」

 

 オーバーロードの、尖兵となった彼女。

 

 あの人は、明らかに博麗霊夢を意識していた。

 

 〈開陽〉に乗り込んできてからというもの、彼女は頻繁にもう一人の博麗霊夢と接触していた。まるで、何かを焚き付けるように。

 

 ―――偽物は、大人しく消えな。

 

 与えられていた客間で静かに吐き出された、彼女の台詞が響きます。

 

 偽物――それは即ち、オーバーロードによって偽られたもう一人の霊夢さん。

 敢えてそれを引き剥がしてまで、ぼろぼろになった霊夢さんを引きずり出したのは、(ひとえ)に偽物が許せなかったから。――例え眠っていた方が幸せでも、彼女はそれを赦さなかった。敢えてぼろぼろに傷付いた霊夢さんを叩き起こしたのは、他ならぬ"博麗霊夢"に、幸せを掴んで欲しかったから。

 

 ―――それはもう、恋心といっても過言ではありません。

 

 オーバーロードの側にいながら、オーバーロードに掛けられた博麗霊夢の偽装を解く。

 その行為は、紛れもない利敵行為です。

 なのに、彼女はオーバーロードでいながらも、博麗霊夢を取り戻す道を選んだ。

 彼女がスパイだと言うのなら、大人しくこの艦に乗せていた方がずっと彼等の役に立つ筈です。なのにマリサさんは、もう一人の霊夢さんを奪い返した。

 

 あの霊夢さんとマリサさんの間に、只ならぬ因縁があることは彼女達の反応を見ていれば分かります。でも、………それでもあの霊夢さんを気にかけているということは、やはり"恋心"と言うべきでしょう。あそこまで焦がれているなら、それ以外に適切な表現が思い付きません。

 

 そんな彼女の"恋心"は、もしかしたら、呪いの域にまで達しているのかもしれません。

 

 ―――だから、彼女は博麗霊夢を鎖の檻から解き放った。

 

「………つまり、君はこう言いたい訳だな。"マリサはもう一人の艦長の苦境に耐えかねず、彼女を解放してやった"のだと」

 

 全ての独白を終えたあと、サナダさんが私の言葉を纏めてくれました。

 つい感情が先走ってしまって上手く言葉にできなかったそれを、わかりやすく要約してくれた彼には感謝です。

 

「その通りです。―――加えて、霊沙さんに関する記録も遡ってみました。そしたら、やっぱり彼女も……」

 

 霊沙さんとマリサさんが、オーバーロードの尖兵である可能性。

 それを聞かされてからというもの、私は裏で、とにかく役立ちそうな資料を集めていたんです。―――霊夢さんまで、奴等に連れてかれてしまわないように。

 そこで私は、わたし(サナエ)の記録を遡ってみました。

 サナダさんは、霊沙さんは霊夢さんと一緒に拾ったと言ってました。

 彼女をサナダさんが救助したというのなら、彼女が〈スターゲイザー〉から運び込まれたログがある筈………

 

 ―――だけど、そこに彼女は居なかったんです。

 

 存在した筈の彼女が、存在しない。―――いや、逆でした。"何もなかった筈の場所に、唐突に彼女が現れた"。

 

 ………これで、確信に至りました。

 

 やはり彼女は、オーバーロードによって造られた存在。

 そこに博麗霊夢という存在が挿入されたのは、また別の事情があるのでしょう。

 

 だけど、博麗霊夢は本物です。

 

 本来ならばオーバーロードが一からデザインした筈の尖兵は、博麗霊夢によって置き換えられた。――恐らくは、幻想郷(セカイ)の意思で。

 

 

「成程。………君の推論は、確かに的を射ている」

 

「サナダ主任………?」

 

 ………まさかサナダさんが、ここまで理解してくれるとは思いませんでした。―――そしてやっぱりシオンさんは、こういう感情には疎いようです。

 

 そして肝心の霊夢さんは、なにか思うところがあるのか腕を組んで黙ったままです。

 

「―――――」

 

 ………霊夢さんが、なにかを呟きました。

 

「………そのまま二人でどっか行ってくれるんだったら、放置しても構わないわ。だけど、あれが敵になるというなら、容赦はしない」

 

 霊夢さんは、無慈悲に、きっぱりと、そう宣言しました。

 

 もう一人の自分とマリサさんの行動には、やはり思うところがあるのでしょう。―――生前の霊夢さんにとって、"特別"は紫さんと………魔理沙さんの二人しか居なかったんですから。

 

「確かに、そうだな。それが一番の落とし所だろう」

 

「同意します。他に策があるわけでもないですからね」

 

 サナダさんと、シオンさんも霊夢さんに賛同しました。

 

 それが今回の事件の落とし所としては、ベストなところでしょう。

 

 ―――願わくは、あのマリサさんがもう一人の霊夢さんの、涙を止めてくれたらいいのですが………

 

 やはり彼女も"博麗霊夢"なだけあって、敵になるかもしれないと分かっていながらも、情を捨てきれない自分がいました。

 

 ―――だけど、いつかは選ばなければいけないのかも、しれませんね………

 

 博麗霊夢と、博麗霊夢

 

 そのどちらかを切り捨てなければならないときが。

 

 どっちも霊夢さんだというのに、手を差しのべられるのは片方だけ。もう一人の霊夢さんはマリサさんが何とかしてくれたらいいのですが、でも彼女はオーバーロード。―――私達の、敵。

 

 お互い敵同士だというのなら、……やっぱりいつかは、ぶつかり合う日が来るのかもしれない。

 

 そんな予感が、胸を過ったとき。

 

 会議の流れが、解散に向かっていた中でした。

 

 ヴーッ、ヴーッ、と、けたたましく警報が鳴り響いたのは。

 

 

 ………そして、あの小憎らしい破綻AIの、いつになく焦燥に駆られた声が通信を通して響いたのは。

 

 《皆さんっ……!!緊急事態です。―――敵艦隊が、現れました》

 

 予感していた、望まぬ衝突………

 

 それは案外、すぐに起きてしまいそうでした。




早苗さんパートからBGM『蓬莱人形』より「永遠の巫女」

博麗はそのままで、霊夢の文字が消えている。
つまりそういうことです。

この小説では、レイサナGoodとレイマリBadを書いています。

闇レイマリです。慈悲はありません。

彼女達は、放っておくと容易に道を違えてしまいます。その末路の一つです。

レイマリが明るい道を歩むためには、世界(幻想郷)普通の魔法使いを許容するか、霧雨魔理沙が思いとどまるか、霧雨魔理沙が人外に至る前に霊夢が病か天寿でこの世を去るしかありません。ほのぼのかギャグなら基本関係ありませんが。
鈴奈庵で敢えてあんな描き方をしていたのも、抜け道はやはり許されないからだと思います。

早苗さんは女の子なので、マリッサちゃんの心の機敏を読みとることはできました。少女の心が分からないマッドでは、絶対に辿り着けなかったでしょう。
ただ、対応を間違えたのも事実です。博麗霊夢と同じように接してしまったのが運の尽き。とっくにルートに入っていた博麗霊夢は、ルートヒロインでしか救えません。二兎を追う者、一兎をも得ず。優しすぎるのも考えものですね。

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