鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)   作:魔人ボルボックス

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第二章 未知の迷宮(アンダーエリア) —5—

「いつつ…………あの……バカ……」 

 

 シスカは右足を引きずりながら、手で壁を伝ってスローペースに移動していた。

 

 オルカ・ホロンコーンが自分をおいて出て行った後、周りに他のゴーレムがいないことを確認してから、シールド装置にアルネタイトを装填した。

 

 アルネタイトはエネルギーを発散するたびに小さくなり、やがて消滅する。エフェクターなどを始めとする機械についたエネルギーメーターは、正確にはエネルギー残量ではなく内蔵されたアルネタイトの大きさを現したものだ。『アンチマテリアル』の中に内蔵されているアルネタイトもエネルギー消費のせいで小さくなっていたので、ついでに交換した。

 

 一度に二つのエネルギーを補給したため、少しばかり時間がかかってしまっていた。その間にも、ラージゴーレムがいる部屋からは激しい焼け音、そして耳をつんざくような爆発音がこちらまで届いた。

 

 あいつは「大丈夫です」とはいっていたが、やはりソレは信用に足らなかった。

 

 それはあいつの実力を過小評価しているからではなく――敵の恐ろしさを知っているからだ。

 

 戦ってみて、改めて思い知った。

 

 ラージゴーレムは正真正銘のバケモノだ。

 

 あいつ一人の手には負えない。

 

 そう思ったからこそ、今こうしてその場所へ向かっていた。

 

 自分が駆けつけたところで、状況が好転する訳が無いことくらい分かっていた。

 

 だが、自分よりもランクが下のあいつに働かせて休んでいるという事実を、自分のプライドが許してくれなかったのだ。

 

 そうしてゆっくりと移動し続け、ようやくラージゴーレムのいる場所が見える所までたどり着いた。

 

 流れ弾に当たらぬよう、なるべく離れた位置から様子を伺う。

 

 そこには、あまりに強大な力を持ったラージゴーレムに手も足も出ず、みっともないながらも必死で逃げ回っている少年の姿があった――はずだった。

 

 だが目の前の光景は、そんな自分の想像とはかけ離れたものだった。

 

 それが信じられず、シスカは目を何度もこすり再度見るが、やはり目に映る光景は同じだった。

 

 

 

 

 オルカ・ホロンコーンは――――ラージゴーレムと拮抗した実力を見せていた。

 

 

 

 

 

 流星群のごとく降り注ぐ光球を、オルカは必要最低限の動きのみで次々と躱しながら前進する。

 

 そしてラージゴーレムの懐までたどり着くと、その大木のような右足の前へ滑るような足さばきで素早く移動。すぐさま全身を捻るようにして放った左拳を、むこうずねへ叩き込んだ。

 

 足元に敵の姿を確認したラージゴーレムは、右腕で勢いよく突き降ろして来るが、オルカは後方へ大きく倒立回転してそれを回避。

 

 さらにその迅速な倒立回転を続けながら、激しく降ってくる光球を次々と避け、床に落とす。ジュボボボボボボッ!! という破裂音にも似た焼け音が連続で耳を刺す。

 

 宙返りしながらオルカは着地。ラージゴーレムと再び広大な間隔が出来上がった。

 

 すると、ラージゴーレムの単眼が赤を通り越して白い光を発していき、オルカにそれを向ける。

 

 そして、そこから落雷のようなフラッシュとともに太いレーザーを走らせた。

 

 オルカはそれを体のよじりだけで紙一重に回避。レーザーが真後ろの壁へ流れ、爆裂。

 

 決して尋常の範疇にない勢いの爆発だったが、オルカは歯牙にもかけず、再びラージゴーレムへと猛進していく。

 

 今度は上だけでなく、四方八方に光球が無数に生まれ、オルカめがけて殺到。だがそれらも巧みな体捌きで回避し、なおも直進を続行する。

 

 横薙ぎに振り出された巨大な右腕。オルカは走りながら身を屈し、真上を素通りさせる。

 

 そして、再びラージゴーレムの懐へ入り、鉄拳を振り出した。 

 

 

 

 ――凄い。

 

 

 

 シスカは唖然とし、少年の戦いを凝視していた。

 

 クモ型ゴーレムに翻弄されていたあの少年が。

 

 わざとやっているのではないかと思えるくらい、簡単に罠にかかっていたあの少年が。

 

 目の前の最強の怪物相手に、ほとんど互角の戦いを演じている。

 

 今、目の前で戦っている人物が、自分の知るオルカ・ホロンコーンと同一人物であるという事実が、信じられなかった。

 

 何より驚いたのは、レーザー砲が発射されてから――身をよじって躱して見せたことだった。

 

 光の速さで放たれるアレを「発射された後に避ける」ことは、決して人間の動体視力、反射速度では不可能。

 

 だが彼は――「ソレ」をやってのけたのだ。

 

 加えて、それ以外の動きも異質だった。

 

 走る速度もそうだが、彼の行う一挙手一投足が――とてつもなく速いのだ。

 

 速すぎて、周囲の事象の何もかもが緩慢にすら感じるほどの、不自然なスピード。

 

 その動きを見ていると、まるで彼を除く全てが「遅い時間の流れの中にいるような」錯覚に陥りそうになる。

 

 ヒトという生物にはできない、いや――してはいけない動き。

 

 彼の身に何が起きているというのだろうか。

 

 だが、「拳」という武器で戦場を駆け巡るその姿は、

 

 

 

 見たことも会ったこともないはずの拳の勇者――ガイゼル・クランクルスと重なって見えた。

 

 

 

 そして、ガイゼルの名が出たことで、シスカの脳内に連鎖的に回答が浮かぶ。

 

 彼は確か、クランクルス無手術の門人だったはず。

 

 じゃあ、まさかあれは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緩慢に振り下ろされるラージゴーレムの右腕を、オルカは横へ跳んで難なく回避。

 

 その後、すぐさま弾かれたように周囲を見回すと、真横からびっしり膜を張るように無数の光球が飛来してきていた――だがその速度はあくびが出るほど遅い。

 

 オルカはその弾幕の最端まで一気に飛び込み、それらを全て避ける。

 

 ラージゴーレムの右腕が平べったく地面に叩きつけられたことによって風圧が起きたのは、その後の事だった。

 

 その巻き起こった風圧すら、今のオルカにとっては非常に流れが遅く、そよ風に等しく感じられた。

 

 それだけではない。

 ラージゴーレムが下ろした腕を再度上げ始める初動。 

 新たな光球が空中に生成される瞬間。

 自分の取り巻く事象の何もかもが――非常にゆっくりに見える。

 

 そんな緩やかに流れる周囲の時間の中でも、自分だけは「普段通りの速さ」で動くことができる。

 

 

 

 そう。今の自分は――「相対的に」最速になっているのだ。

 

 

 

「はぁ……はぁ…………!!」

 

 浅い呼吸を繰り返しながら、オルカは薄鈍く時間の流れる世界を睨む。

 

 ――世間は口々に嘲る。

 

 クランクルス無手術は時代遅れだと。

 文明の利器を振るうことを知らぬ野人の遺物だと。

 時代はエフェクターだと。

 

 昨晩も、みんなに散々笑い者にされた。

 

 だが、オルカは本当はこう言いたかった――「そんなことは断じてない」と。

 

 それは、門人である自分がよく知っていた。

 

 確かに、エフェクターを使わない自分のパワーは、まだ大したことがないかもしれない。

 

 だがクランクルス無手術には、もう一つ、それを補って余りある「ある奥義」が存在する。

 

 オルカは今まさに、それを使っていた。

 

 

 

 クランクルス無手術――――『瘋眼(ディファレントゾーン)』。

 

 

 

 人間の脳というのは、快楽を感じる時間ほど短く、そして苦痛を伴う時間ほど長く感じるようにできている。

 この『瘋眼』は、その脳の後者の機能を応用した技だ。

 自分の精神の中に意図的に「強烈なストレス」を作り出すことで、「苦痛を伴う時間ほど長く感じる」脳の機能を引き出し、それを特殊な精神操作でさらに増幅させる。

 そうすることによって自分の体感速度を大幅に遅くし、周囲の動作がとても緩慢に見えるようになる。その中で自分だけは普段通りのスピードで動けるため、使い手は相対的に周囲の誰よりも何よりも疾い身のこなしで行動が可能となるのだ。

 クラムデリア兵器術の『軌道予測能力』は、事象が起きる前に対処することで真価を発揮する能力だが、クランクルス無手術の『瘋眼』は、「事象が起こった後」でも十分に対処することが可能。

 

 だが、その強力な能力には、それに見合う「代償」が一つ存在する。

 

 その「代償」は、現在進行形でオルカの心と体を蝕んでいた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」

 

 浅く、間隔の短い呼吸を必死に続けながら、眼前の巨人を見据えるオルカ。

 

 心に渦巻く凄まじいプレッシャーのせいで横隔膜が鋼のように緊張し、少量の空気しか吸い込むことができなくなっており、非常に息苦しい。まるで狭い棺桶の中に閉じ込められているような感じだ。

 

 おまけに気分がとても重く、常に気を張っていないと戦意を失ってしまいそうだ。

 

 心拍数も脈拍も桁外れに上昇している。

 

 これこそが「代償」。つまり使用中――自分で作った「強烈なストレス」によって苦しめられること。

 

 心とは、人間の最も柔らかく、そしてデリケートな部分である。『瘋眼』はそこに無理を強いるため、当然その器に当たる体にも連鎖的に負荷を与えてしまう。この技を覚えるには正しい知識を持った指導者による指導が必要不可欠だ。独学でこれを行おうとすれば精神を病んでしまう。大昔にクランクルス無手術の修行風景を盗み見し、見よう見まねで『瘋眼』を覚えようとした者がいたそうだが、その者は後に廃人同然になってしまったという。

 

 気の弱いオルカにとってこの技は猛毒であるため、できれば使用を控えたかった。

 

 だが、もうこれしか持ち札はなかったのだ。

 

 息が苦しい。

 気が重い。

 吐き気や眩暈のようなものすら感じる。

 

 だがオルカは思い切り唇の端を噛み、不快感を痛みで誤魔化す。

 

 歯の食い込んだ箇所から血が流れ、顎を伝い赤い軌跡を作る。

 

 血滴がスローで降下。

 

 そして、床に落ちると同時に――疾走。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ラージゴーレムの左足へ向かって風のような勢いで近づく。

 

 光球が無数に上から降り注ぐが、その時にはすでにオルカは着弾場所を通り過ぎ、左足のすぐ近くまで接近していた。

 

 右拳を包むグローブの点滅灯が、二つ輝きを得る。

 

「『衝拳(マキシマムストライク)四倍(ライジング:フォー)』!」

 

 一発の砲弾と化した右拳がラージゴーレムの右足に突き刺さる。分厚い鋼板を叩くような、ひどく硬質的な感触。

 

 さらに、その右拳と接触している面が「ガズンッ!!」と鈍い音を立てて爆裂する――『冷擊掌(サイレントクラッシュ)四倍(ライジング:フォー)』。全身の筋肉の連鎖運用のみによるノーモーションの打撃を、一撃目からほとんど間隔を作らず叩き込んだ。

 

 ラージゴーレムの右足が、ほんの少しだけズズッ、と後方へ滑る。

 

 同じ箇所へ素早く二連続で衝撃を叩き込むことで、その衝撃の浸透力が増す。昔、道場で学んだ通りだった。

 

 だが、それでもラージゴーレムの頑強な装甲を打ち破るには至らなかったようだ。

 

 オルカの攻撃を全く歯牙にもかけず、ラージゴーレムは前腕部の半分が綺麗に無くなった左腕を外側へ薙ぎ払い始めていた。

 

 ゆったりと弧を描きながら迫る巨大な左腕。

 

 オルカはそれがこちらへ到達するタイミングを計算し、真上へ大きく跳躍。

 

 上向きの慣性のままにぐんぐん空中へ飛び上がり、やがて停止。そこから重力に引かれて下へ落ちていき、真下へやってきていたラージゴーレムの左腕の前腕部に着地。

 

 そしてそのまま――左腕の上を勢いよく駆け登る。

 

 腕を振る勢いに揺らされながらも必死でバランスを取りつつ、オルカは前腕部に比べて細い上腕部を一本橋のように伝い歩き、ラージゴーレムの左肩辺りまで到達。

 

 自分から見てすぐ左には、自分の上半身以上の直径を持った巨大なラージゴーレムの頭部。

 

 オルカはそちらへ飛び込み、ラージゴーレムのおとがいの前に躍り出た。

 

 左手を虎の爪のような形にして、振り上げる――それを包む『ライジングストライカー』の点滅灯が三つ光った。

 

「『剛爪手(アイアンネイル)六倍(ライジング:シックス)』!!」

 

 疾風のごとき速度で振り下ろされる鋼の凶爪。ラージゴーレムの胸部の表面に「ザァッ!!」と五本の閃きが走る。

 

 だが、岩のような装甲には傷一つ付いていない。

 

 オルカは落下しながら小さく舌打ちした。

 

 だが、一つの失敗にいつまでもとらわれている余裕はなかった。

 

 視界の左側を、「大きな何か」が覆い尽くしていた。

 

 目を向けると、横薙ぎに放たれたラージゴーレムの巨大な右前腕部が、未だ宙を舞う自分のすぐ近くまで到達していた。

 

 その動きはやはり緩やかだが、タイミング的には――確実に自分の脇腹に食らいつくものだった。

 

 オルカは総毛立ち、脳内で必死に対処法を探る。

 

 なんとかしなければ。

 

 でも、空中では思うように動けない。

 

 それなら――このままなんとかするしかない!

 

 翼のような巨大な前腕部と自分の腰との距離が、残り三十センチを切った。

 

 思考をすっ飛ばして、反射的に体が動いた。

 

 全身を竜巻のようにスピンさせながら前傾させる。そこから全身の力を込めた渾身の爪先蹴りを遠心力に乗せて放ち、ラージゴーレムの前腕部の端へ刺すように打ち下ろした――クランクルス無手術第八招『墜穿脚(コメットスピア)』。

 

 当然ながら、『ライジングストライカー』の装備されていない手足の力は強化することができない。

 

 だがそれでも――攻撃の軌道を下へ少しずらす事はできた。

 

 なんとか直撃をまぬがれたオルカはそのままラージゴーレムの前腕部に乗り上げ、余剰した遠心力のままゴロゴロとその上を転がり、やがて落下。

 

 なんとか受け身をとって着地し、ラージゴーレムからバックステップで一度距離を大きく離した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!!」

 

 疲労が蓄積したことで否応なしに空気を催促する体。だが上手く吸い込めず、先ほど以上の呼吸困難が続く。

 唇が寒さにさらされたように震え、足も生まれたてのヤギよろしく痙攣していた。

 一瞬立ちくらみを起こし、オルカは慌てて体勢を整える。

 

 気弱なオルカはこの感覚が嫌で、『瘋眼』をなるべく使わぬようにしてきた。それゆえ、ここまで長く発動を継続させたことはない。

 

 そのツケが回ったのだろう。体があからさまに悲鳴を上げていた。兄弟子ならこうはならなかったに違いない。

 

 おそらく、長くは持たない。

 

 一刻も早くケリをつけなければ。

 

 ラージゴーレムを見る。

 胸にはまった円い結晶と、それと同じく宝石のような単眼が、太陽のように眩く発光し始めていた。

 そして、その二つの中間の位置に無数の光芒が集まっていき――一つの光球が形成されていく。

 

 今まで一度も見せなかった攻撃。

 

 直感のようなもので分かった――あれはヤバいと。

 

 ラージゴーレムも、そろそろ決着をつけたいと思ったのかもしれない。

 

 オルカは自身の両手を包む『ライジングストライカー』のエネルギーバーに目を通す――左手はまだ半分以上余裕があったが、右手の方はもうすでに半分を切ってしまっていた。

 

 『ライジングストライカー』の倍化数値は二、四、六、八、十の五つの偶数。五つの点滅灯が一つ光るにつき二倍の倍化が可能だ。

 だが、点滅灯が三つ輝く「六倍(ライジング:シックス)」以降の倍化はエネルギーを多く食う。しかも六倍した攻撃力も、ラージゴーレムの装甲には通用しなかった。

 「八倍(ライジング:エイト)」ならば、一発ではダメでも何回かぶち当てれば効果があるかもしれない。だがあれはエネルギー消費量的にそうポンポン連発できるものではない。

 全力である「十倍」に関しては、一度使ったらその時点で故障してしまう。両手分で最大二回使えるが、それでラージゴーレムを倒しきれる保証はない。失敗したらエフェクターそのものがお釈迦になって、交戦能力を完全に失うだろう。そうなったら今度こそ終わりだ。

 

 こうして考えている間にも、ラージゴーレムは攻撃の準備を着々と進めている。先ほどまでまだ小さかった光球が、今では直径数メートルにも達するエネルギーの塊と化していた。

 

 どうすればいい? 

 考えろ。

 考えろ考えろ。

 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ――――

 

 そうやって稲妻じみた速度で思考を巡らせている時だった。

 

「……あれは…………」

 

 オルカはあるものを見つける。

 

 視線は、ラージゴーレムの大木のように巨大な右足へ向いていた。

 

 膝関節の役割をしている車輪のようなパーツが――少し内側に歪んでいた。

 

 自分はシスカを助けるために、あの右足に真横から「八倍」を打ち込んだ。もしかすると――それによって歪みが生じたのかもしれない。

 

 あそこが、あの桁外れに頑丈な巨人の弱所になりうる可能性がある。

 

 そのことに気がつくと――有効と思われる作戦が芋ずる式に浮かび上がった。

 

 ラージゴーレムの形成した巨大なエネルギーの塊が、突如水面に映る太陽のようにゆらゆらと形を崩し始めた。

 

 おそらく、もう攻撃する気だろう。

 

 迷っている暇はない。

 

 オルカは不快感を最後の気力で内側へ押し込み、身構える。

 

 そして、クランクルス無手術歩法『箭歩(スライダー)』にて――滑るように疾駆。

 

 オルカが走り出したのと、ラージゴーレムのエネルギー塊が破られた卵黄のように形状崩壊したのは、ほとんど同時だった。

 

 「ゴアッ!!」と迫り来る、濁流のようなエネルギー波。

 

 レーザーに比べれば少し遅い。だが、その攻撃範囲がべらぼうに広かった。

 

 オルカは一気に射程外から飛び出そうと試みた。だが寸前のところで足をかすめてしまい、ものすごい力にバチンッ、と下半身を弾かれて端の壁に叩きつけられる。

 

「ぐぅっ……!!」

 

 だがすぐに立ち上がり、駆け足を続行。

 

 シールド装置のおかげで体は無事だ。だが満タンだったシールドエネルギーが――半分を大きく下回っていた。

 

 その凶悪な威力にオルカは戦慄する。おそらく、シスカのシールドを破ったのはこれだろう。

 

 だが、これはなおさら気を引き締めなければならない――オルカは感じた恐怖心を、そう自分を奮い立たせる力に変換し、再び『箭歩(スライダー)』でダッシュ。

 

 今なお猛烈なエネルギー波を吐き出し続けるラージゴーレムが、体をこちら側へ向けて、オルカのいる場所を焼き尽くそうとしてくる。

 

 壁のように真横から迫るエネルギー波。

 

 ソレが自分のいる辺りを埋め尽くす前に、オルカはラージゴーレムの真後ろまでたどり着こうと必死に『箭歩(スライダー)』を続ける。

 

 『瘋眼』を使っている以上、自分の方が速いはずだ。だが、決して油断はできない――ありったけの速力で突っ切る!

 

「いっ――――けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 オルカは一筋の閃光となり、壁とエネルギー波の間を一気に駆け抜ける。

 

 そして、電撃並みの迅速さでラージゴーレムの背後に回り込んだ。

 

 前方には山のごとき巨影。

 

 その中で一箇所――右の膝裏を射抜かんばかりに凝視した。

 

 オルカはそこへ跳び上がる。

 

 すぐ目の前には、ラージゴーレムの膝裏。遠くから見えた歪みは、近くから見ると余計にいびつに映った。

 

 オルカは両拳を脇に構え、その膝裏に一つの「点」があることを強く意識する。

 

「クランクルス無手術第四招――!」

 

 両拳を包む『ライジングストライカー』の点滅灯が、両側とも二つ発光。

 

 

 

「――『連珠扎槍(ポイントブレイク)四倍(ライジング:フォー)』ォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 

 

 「ガギャギャギャギャギャギャ!!」とスコールのごとく殺到する無数の鉄拳。

 

 意識した一点に向けてキツツキのように敏速な拳の連打を浴びせることで、衝撃を蓄積させ、やがて対象を崩壊させる。それがこの技の真価だ。

 

 どれだけ硬くても、痛んだ場所へ向けて何度もしつこく浴びせてやれば破壊できるかもしれない――オルカはその一縷の望みに賭けた。

 

 手を一切休めず、ひたすら拳を連打し続ける。

 

 それとともに『ライジングストライカー』のエネルギー残量も、吸い取られるような速度で減っていく。

 

「オオオオオォォォォォォォォ!」

 

 ――壊れろ。

 

「オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 ―――壊れろ。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 ――――壊れろ。

 

「――壊れろおぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 オルカは音速を超える馬鹿げた速度で右拳を叩き込んだ。

 

 

 

 そして――決壊。

 

 

 

 右拳によって巨大な膝関節が派手に砕け散ったのと、右拳を包むグローブのエネルギーバーが0になったのは、全く同じタイミングだった。

 

 関節が砕かれたことで、右足の下腿部と大腿部が泣き別れた。

 

 

 

 そして、それによってバランスを崩したラージゴーレムが――――空を仰ぎ見るようにこちらへ倒れてきた。

 

 

 

 落下してくるラージゴーレムの巨大な背部。

 

 自分のいる場所の影がどんどん濃くなっていく。

 

 普通に考えれば、ここは潰される前に逃げるところだろう。

 

 だがオルカにとっては――これはまさしく狙った通りの展開だ。

 

 右拳のグローブはもうエネルギー切れだが、左拳のエネルギーメーターは少量だがまだ残っていた。

 

 その左拳を、脇に構えた。

 

 ――正直言って、自分の最大威力の技でも、このラージゴーレムを倒すことができるかどうかは分からない。

 

 だからこそ、自分の全力に、相手の力も上乗せしようとオルカは考えた。

 

 

 

 そう――――相手が倒れてくる力も。

 

 

 

 あのような強堅な巨体だ。重量も相当なもののはず。

 

 勢いよく落下してくるその重い物体に向けて、自分の「全力」を叩き込めば――!

 

 オルカは頭上を睨む――ラージゴーレムの巨背が、影が真っ暗の一歩手前の状態になるほどまでに押し迫っていた。

 

「クランクルス無手術第五招――!」

 

 「ズンッ!」と、重い荷物を下ろすように重心を床に沈める。

 

 そして、地中から床を通して湧き出す上向きの力。

 

 これから放つは、クランクルス無手術の中でも特に強力な技法。

 

 重心を急落下させ、大地から跳ね返ってきた強大な反作用力を全身の力とともに叩き込む一撃。

 

 左拳を包む『ライジングストライカー』の五つの点滅灯が――――全て光を発した。

 

 

 

 

 

 

「――――『通天砲(デッドリーエルプション)十倍(ライジング:テン)』っっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 極大化されたマグマの噴火のごとき上突きが、墜落してきたラージゴーレムの背部へ激しく突き刺さる。

 

 二つの強大な運動エネルギーが派手に激突し、「ボワッ!!」と爆風にも似た風圧が巻き起こる。

 

 すぐ近くまで来ているその巨大な鋼鉄の背中は濃い影をまとっており、オルカは闇を殴りつけているような錯覚に陥る。

 

 そして、その闇が二つに裂け――そこから光が差し込んだ。

 

 ラージゴーレムの胴体は、くっきりと跡を残した拳の接触箇所を中心に、真っ二つに分かれていた。

 

 その二つのうち、頭のある方は、裂けた断面から細かい鉄屑をバラ撒きながら、オルカの後方で宙を舞っている。

 足のある方は、前向きの慣性に押されるまま前傾し、今まさに倒れようとしていた。

 

 やがて前後から、二つの重々しい落下音。

 

 オルカは振り返り、ラージゴーレムの頭部を見た。

 

 先ほどまでは煌々と光っていた単眼と胸の結晶が――今では黒く塗り潰したように輝きを失っている。

 人が一人二人入れそうなほど広い断面の中からは、半分ほどが無残に砕け散った鋼鉄の心臓が転がっていた。

 

 それを確認した瞬間、オルカは『瘋眼』の発動を解いた。

 

 心と体を蝕んでいた不快感という名の拘束が解け、自然な状態に戻る。

 

 だが次の瞬間、抜き取られるような虚脱感が全身に登ってきて、うまくバランスを保てなくなった。

 

 惰性のまま仰向けに倒れたオルカは、変わらず淡々と発光し続ける迷宮(アンダーエリア)の天井をぼんやりと見つめていた。


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