鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)   作:魔人ボルボックス

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第二章 未知の迷宮(アンダーエリア) —3—

 暗闇の中を浮遊する感覚。

 

 数秒後、ようやく真下に光が見えた。

 

 オルカとシスカの二人はその光に吸い込まれる。

 

 そして訪れたのは薄茶色と幾何学模様に彩られた空間。

 

「きゃっ!」

「わっ!」

 

 二人はその空間の床に思いっきり落下した。

 

 やって来る衝撃に全身がビリビリと悲鳴をあげる――ことはなく、意外と衝撃は優しかった。

 

 迷宮の床や壁は非常に硬い金属でできているため、もっと硬さを覚悟していたつもりだったが、なぜか自分が体を預けている床は柔らかく、そして暖かい。

 

 そして、鼻腔をくすぐる甘い匂い。

 

 迷宮の床は、こんないい匂いがするものなのか。

 

「んんっ……」

 

 だが、頭のすぐ近くから聞こえてきた呻きを耳にした途端、そんな頭の悪い考えは吹っ飛んだ。

 

 バッと勢いよく頭を上げると、すぐ目の前にはシスカの顔があった。

 痛みでキュッと閉じられた吊り気味の両目には、上へ反り返って伸びた長い睫毛。冒険者という荒仕事をやっているとは思えないほどきめ細かい肌。そして薄い桃色の唇。改めて、シスカが美少女であることを思い知った。

 

 見とれそうになるのをなんとか自制してから、オルカは今の自分の体勢を確認すると、冷や汗がぶわっと吹き出した。

 

 仰向けに倒れたシスカの上に――自分がうつ伏せに覆いかぶさっていた。

 

 しかも自分が顔面を押し付けているのは、薄めな彼女の胸部―――!

 

 非常にマズイ体勢だと思い、急いで彼女が目を開ける前に離れようと考えたが、すでに手遅れだった。

 

「なっ……なっ……!」

 

 シスカの瞳は驚愕でひん剥かれており、すぐ前にある自分の顔をしっかりと映していた。

 

 彼女はその頬を羞恥と怒りで真紅に染めていき、

 

「離れなさいよバカァァァァーーーーー!!」

 

 絹を裂くような悲鳴とともに、自分の頬を激しく殴打。

 

「ギャ!!」

 

 その細い腕からは想像もつかない力がこもったシスカの鉄拳に、オルカは勢いよく横に転がされ、やがて壁に激突。

 

「はぁ……はぁ…………あんたがお姉様の知り合いじゃなかったら、もう数発入れてるところよ!」

 

 シスカは肩をいからせながら、真っ赤な顔で壁際に寝転がるオルカを睨みつけた。

 

「いや……でも不可抗力じゃ……」 

「ああん!?」

「ひっ! すいません、何でもないです!」

 

 小動物のように縮こまったオルカを見て勘弁したのか、シスカは怒気を納め、周囲を見回した。オルカも自然とそれに倣う。

 

 オルカは現在、長く伸びた一本道の突き当たりの壁にいた。その左右には五メートル程度の短い道が伸びている。

 

 先ほどまでいた場所と同じく、壁は幾何学模様の走った薄茶色であったため、同じ迷宮である事は分かった。

 

「あたいたち……あそこにあった穴から落ちたのよね?」

 

 自分から数メートル離れた場所に立つシスカが天井を見上げて呟いた。だがオルカに言ったのではなく、独り言のようだった。

 

 先ほど出てきた穴はすでにふさがっており、あるのは光を発する天井だけだった。

 

「ていうか、なんでこんな所に落ちたのかしら……」 

 

 彼女はおとがいに手を当てて考える仕草をした。

 

 思い当たるところのあったオルカはそろーりと挙手し、ためらいがちな口調で言った。 

 

「えっと……多分、ボクがスイッチみたいなのに寄りかかって押しちゃったからだと…………」

 

 シスカがオルカの衣服を鷲掴みし、乱暴に引き寄せた。ほぼ同じ身長である彼女の顔が間近に迫った。

 

「あんたのせいでこうなったっての!? ふざけんじゃないわよっ!! どうしてくれんのよ!?」

 

 服が破けそうな勢いでオルカの体を揺さぶるシスカ。烈火の如き怒り様だった。

 

「い、言い訳をするようですけど……クロップフェールさんが凄い顔で詰め寄ってきて、壁に追い詰めてくるから…………その時に押しちゃって……」

「……う」

 

 シスカはばつが悪そうな顔をし、揺さぶりをやめた。

 

「そ、そうね……あたいにも責任の一端はあるかもしれないわね。いいわ。ここは水に流してあげる」

 

 そう言って落ち着きを取り戻すシスカ。助かった……。

 

「ていうか、どうしてよりにもよってあんたなんかと一緒なのかしら。お姉様だったら最高だったのに」

「……ごめんなさい」

「あんたさっきから謝ってばっかりよね。はっきり言ってウザイんだけど。うじうじした男って嫌いなのよ」

「……すみません」

「……はぁ。もういいわ」

 

 諦めたように溜息をつくと、シスカは歩き出した。

 

 言葉の刃に傷つきながらも、自分もそれに続こうとした時だった。

 

 左の道の奥の壁に、オルカの視線が止まった。

 

 なんの変哲もない壁面に、小さな「何か」がくっついている。

 

 近づいて見てみると、掌でギリギリ覆えるほどの大きさを持つ、灰色の石版のようなものが壁に埋まっていた。

 中心部の円から周囲へ刺のようなものが伸びている様は、太陽を彷彿とさせた。だがその円の中にはニンマリと笑みを浮かべた人間の顔が彫ってあり、正直言って不気味だ。

 

「なんだろう、これ?」

 

 オルカは思わず、その奇妙なオブジェを掴んだ。

 

 すると「パカンッ」という音を立てて、そのオブジェが壁面から外れた。壁に残ったのはオブジェがはまっていた窪みのみ。

 

 掌に乗ったオブジェを見て呆然とするオルカ。

 

 だがその時、先ほどの失敗――落とし穴に落ちた記憶が脳裏をよぎった。

 

 もしかすると、これもトラップなのではないか――。

 

 それに気づいた時には遅かった。

 

 窪みが突然内側から浮き上がり、埋め尽くされる。

 

 そして、一瞬の大きな揺れとともに聞こえた「ガゴンッ!」という重い音。

 

 目の前の壁が――手前に「押し寄せて来た」。

 

「わ、わわっ」

 

 ゴゴゴゴゴーー、と迫り来る壁に危機感を抱いたオルカは、慌てて引き返す。

 

 だが向かい側の壁も、こちらへ緩やかに進行してきていた。

 

 ますます焦りを感じ、急いでシスカのいる一本道に出る場所へ戻ろうとしたが――虹色の光の障壁がそれを阻んでいた。

 

 唯一の出口が、塞がれてしまっている。

 

 オルカはその障壁を睨み、拳を脇に構えた――グローブの点滅灯が一つ光を放つ。

 

「『硬旋拳(スパイラルビート)二倍(ライジング:ツー)』!」

 

 螺旋運動を描きながら打ち出された剛拳が、音速で光の障壁に食らいつく。

 

 だが障壁は崩れるどころか亀裂一つ作らず、拳との接点からスパークするような輝きを発すると同時に、オルカの体をとんでもない勢いで真後ろの壁へ吹っ飛ばした。

 

「かはっ……!?」

 

 背中に硬いショックを受け、呼吸が一瞬止まる。

 

 スルスルと背を壁に擦りながら地面に尻餅を付き、数度咳き込んだ。

 

 慌てて左右を見回すと――両側の壁はもうすぐそこまで来ていた。

 

 戦慄。

 

 マズイ。このままじゃ――潰される。

 

 おそらく、あのオブジェを掠め取ろうとする泥棒を排除するためのトラップだろう。それにもっと早く気づかなかった自分の鈍感さが恨めしい。

 

 だがその時、「バチッ」という音とともに――障壁から一本の光の棒が飛び出した。

 

 その光の棒は火花が散るような音を立てながら、虹色の表面をあちこち駆け巡る。

 

 そして――溶けるように障壁は崩壊。

 

 姿を現したのは、奥へ伸びる一本道を背景にしたシスカだった。彼女は刃を伸ばした『アンチマテリアル』を片手に持っていた。

 

「早く来なさいっ!!」

 

 シスカの一喝を受けてハッとしたオルカは、自分の肩の数十センチ先まで迫っていた壁の間を飛び出し、一本道へと避難した。

 

 そして振り返る――両側の壁の間隔はあっという間に自分の胸板の厚さよりも狭まり、やがて「ゴゥン」と重々しい音を立てて密着した。

 

 ゴクリと喉を鳴らす。もしシスカが救い出してくれなければ、自分は圧死していただろう。

 

 オルカはシスカの方を向いて感謝を告げようとしたが――雷が飛んできた。

 

「どんだけ間抜けなら気が済むのよあんたはっ!!! 言ってるそばから罠に引っかかってんじゃないわよ!! さっきのバリアは物理攻撃を反射する性質を持ってて、あたいの『アンチマテリアル』みたいなエネルギー系のエフェクターじゃないと破れないの!! あたいがいなかったらあんた今頃目ん玉飛び出して死んでるわよ!!」

「ごめんなさい……クロップフェールさん」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいって――――あんたそれさえ言えばこともなしと思ってんじゃないでしょうね!? 迷宮探索では一人のヘマで他者が割を食う事だって少なくないのよ!? ソロでやる分には勝手だけど、集団でやる場合はそれを自覚して行動しなさい!! それができないなら冒険者バッチ捨てなさいよ!!!」

 

 容赦のない非難が、オルカの心を再度ズタズタにしてくる。

 

 だが、反論はしない。

 

 彼女の方が冒険者としては先輩だ。反論しても、彼女の言葉の方が何倍も重いだろう。だから甘んじて罵倒を受ける。経験不足の自分がどうして異を唱えられようか。

 

 そう。だからこそ、彼女の言葉を理解した上でオルカは返した。

 

「すみません……やっぱり、「ごめんなさい」としか言えないです。でも――「ありがとうございました」、助けてくれて。今度からは気をつけます」

 

 頭を下げる。

 

「っ…………ふんっ……」

 

 シスカは鼻を鳴らし、ぷいっとそっぽを向いた。相変わらず好意的反応は得られないが、それでもいい。言うべき事は言ったのだ。

 

「あ、そうだ。これ……いりますか?」

 

 オルカはそう言って、手に持っていた人面太陽のようなオブジェを差し出す。

 

「いらないわよっ、そんなキモイ物。それに助けたのはあたいだったとはいえ、取ったのはあんた。ならあんたの物よ。それが迷宮探索のマナーってもんよ」

「そういうものなんですか?」

「そうなのよっ。ほら、くだらない事言ってないで行くわよ」

「……ボクも一緒でいいんですか?」

「いいわよ別に…………本当は置いていってもいいんだけど、あんたが死んだらお姉様が悲しむでしょ。お姉様、あんたに随分懐いてるみたいだしっ」 

 

 最後の方を面白くなさそうに吐き捨て、歩くペースを早めるシスカ。

 

 オルカはオブジェをジャケットの内ポケットに納めると、そんなシスカに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、迷宮の通路を進み始めて数分後。

 

「……いる?」

 

 臨戦態勢を取りながら先頭を歩くシスカが、その後ろにつくオルカにそう手短に尋ねた。

 

「今のところ、ゴーレムの反応はありません」

 

 オルカは手元にあるアルネタイトレーダーとにらめっこしながら、シスカにそう報告する。

 

 パーティではセザンに索敵を任せっきりだったため、シスカはレーダーを持っていなかった。なので今はレーダーを持つ自分が代わりに索敵をしている。彼女曰く「うろちょろされると迷惑だから、後ろでレーダーでも見てなさい」とのこと。

 

 だが、ここへ来て一度もゴーレムの姿を見ていない。レーダーの反応もまたしかりだ。

 

 分かれ道がない一定ルートのため、道に迷ってもいない。

 

 今のところ、問題という問題はなかった。

 

 だが、

 

「あの落とし穴って、一体何のためにあったんだろう……」

 

 オルカが思わずそうこぼす

 落下の最中、針山みたいな場所に落とされて串刺しにされるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、そういうわけではなかった。

 落とされても生きている。

 ならば、あの落とし穴の真の存在理由とは一体なんなのか。

 

「知らないわよ。無駄口叩いてる暇があったらレーダーに目を通してなさい。はぁ…………お姉様に早く落ち合えればいいんだけど」

 

 うんざりしたように言うシスカ。

 

 マキーナに会いたいのか。それとも、自分といるのがイヤなのか。

 

「あの、クロップフェールさん」

「なによっ」

 

 投げやりに返事をされる。

 

「クロップフェールさんって…………ボクの事が嫌いなんですか?」

 

 ピタリ――シスカの足が止まる。

 

 自分も立ち止まった。

 

「別に……嫌いってわけじゃないわよ。ただ――気に食わないだけ」

 

 少し間を置いてからシスカは答えた。

 

「気に食わない……?」

 

 オルカの呟きからしばしの間、二人に沈黙が生まれた。

 

 だが、やがてシスカがそれを破った。

 

「あたいは小さい頃……すごく気弱で、泣き虫で、近所の子供達によくいじめられてたのよ。悔しくても反抗する勇気がなくて、それが原因でますますエスカレートしていって……泣きべそかきながら家の玄関に戻るのが日課みたいになってたわね」

 

 オルカは目を見張った。

 

 気弱で泣き虫――今の彼女には似ても似つかぬ言葉に思えた。

 

 ここに至るまで、彼女はどんな人生を歩いたのだろうか。

 

「だから、強くなりたかった。あたいはそのためにクラムデリア兵器術に入門したの。そう、「強くなりたかった」、それだけしか最初は考えてなかったのよ」

 

 ぽつり、ぽつりと語る。

 

「でも、そんな時、道場でマキーナお姉様に出会ったの。お姉様は門下生の誰よりも強くて、美しくて、でも決してそれを鼻にかけたりしない。だからみんなに好かれて、慕われていた。そしてあたいも、そんなお姉様が大好きで、とても尊敬してた。ううん、しているのよ」

 

 シスカは胸をそっと押さえて続ける。

 

「だからあたいは、そんなお姉様の「特別」になりたかった。だから努力したわ。他の門下生の誰よりも多く修行して、他の誰よりも接する機会を多くした。そしていつしか、あたいはお姉様を除く門下生の中で筆頭の実力を身につけていたわ。そんなあたいに、お姉様は笑いながら言ってくれたのよ。「もし冒険者になるなら、一緒にパーティ組もうね」って。すごく嬉しかったわ。嬉しすぎて二日間一睡もできなかったくらい。認められたんだ、って思えた」

 

 「でもっ」と突然語気を強め、自分を睨めつけるシスカ。

 

「あんたは違う。あんたはただお姉様の後ろについて歩いてただけ。あたいみたいに何の努力もしてない。ただ金魚の糞よろしくしてただけ。それなのに、どうしてあんたは――お姉様にあんな無邪気な顔を向けられるのっ!? どうしてあんな甘えた声をかけられるのっ!? あんなお姉様、今まで見たことない! そんなあたいの知らないお姉様を、ただ幼馴染ってだけのあんたがどうして欲しいままにしてんのよっ!?」

 

 後半の部分は、微妙に涙声が混じっていた気がする。

 

 だが、それを聞いたおかげで、シスカが自分に向ける感情の正体が分かった気がした。

 

『嫉妬する気持ちは分かるけど、迷宮探索でソレ先行はいかんぜ?』

 

 パルカロの言葉が、頭の中で再生された。

 

 そう――嫉妬だ。

 

 自分が慕う相手の知らない一面を知っている事に対する嫉妬。

 

 元々の性格もあるだろうが、自分に対する彼女の攻撃的な態度は、その嫉妬心によるものが大きかったのだろう。

 

 気持ちは分からないでもない。

 

 だが――

 

「クロップフェールさんは……勘違いしてますよ」

「……勘違い?」

 

 首をかしげるシスカ。

 

「ボクがクラムデリアさんと過ごした時間は、そんなにいいものじゃないです。あなたのように向上心に満ちた素敵なものじゃありません。多分、あなたの方があの人の「特別」に相応しいと思いますよ」

 

 そう自嘲して見せるオルカ。

 

 シスカがマキーナと過ごした時間を、自分はくだらないものだとは断じて思わない。むしろシスカの真摯な姿勢を尊敬したくらいだ。

 

 だからこそ――自分がマキーナにした「行い」が醜いことであるという認識がさらに強まってしまった。 

 

 そんな自分に比べれば、シスカの過ごした時間はずっとずっと有意義で、そして美しいものであったと思う。

 

 だがシスカはそんなこちらの意図とは全く別の捉え方をしたのか、瞳を鋭角的に吊り上げて掴みかかってきた。

 

「何よそれ…………あたいをナメてんのっ!!!」

 

 今にも殴りかかってきそうな形相だ。

 

 どう弁解しようか内心困惑していた時だった。

 

 手に持っていたアルネタイトレーダーに――――赤い点が映った。

 

「クロップフェールさん……近くにゴーレムがいるみたいです」 

 

 話を切り上げる意図も含めて、シスカにその事を伝える。

 

 シスカは渋々ながら掴むのをやめ、オルカのレーダーに目を向けた。こういう所は流石プロフェッショナルだと思った。

 

「な……何これ…………デカい」

 

 だが、レーダーを見て驚愕に満ちた表情を浮かべるシスカを見て、すぐに呑気な考えは捨てた。

 

 そう。レーダーには確かにゴーレムの反応を示す赤い点が映っている。それだけなら、シスカはこれほど驚かなかっただろう。

 

 問題は、その赤い点が――――とてつもなく大きかったことだ。

 

 その赤い点――いや、もはや赤い「丸印」が、こちらへ向けて徐々に接近しているのだ。まだ距離に余裕はあるが、じっとしていればここにやって来るだろう。

 

 レーダーの赤い点の大きさは、そのゴーレムの持つアルネタイトの大きさに比例する。そして、強いゴーレムほど――大きなアルネタイトを内包している。

 

 そして先ほどから微かにだが、一定のリズムを刻んで――地響きのような音が聞こえる。

 

「まさか――――ラージゴーレム!?」

 

 シスカは考えうる最悪の予想を口にした。

 

 ――ラージゴーレム。

 

 ゴーレムの中でも破格の強さ、そして巨大さを併せ持った危険なゴーレム。

 内包アルネタイトはとても大きいが、それに比して倒すのも困難であり、一攫千金を狙って死んでいった者たちも数多い。

 

 そんな怪物が、今、こちらへ近づいているというのだ。

 

 オルカは身震いがしてきた。

 

 実際に見たことはないが、その恐ろしさは人づてによく聞いていた。自分のような半人前が敵う訳が無い。マキーナたちがいればまた話は違ったかもしれないが、今はたったの二人だ。

 

「クロップフェールさん、早く逃げよう!」

「無理よ! 奴らは普通のゴーレムを超える優れた索敵能力があるの。同じ階層内に留まり続けている限りどこまでも追って来るわ! それに…………」

 

 シスカが苦々しい顔をして言葉を切る。

 

 その先の言葉を、オルカは分かっていた。

 

 今まで通った道には分かれ道がない。つまり、逃げるにしろ、隠れるにしろ――目の前に伸びた道を通るしかない。

 

 しかもこうして話している間にも、リズミカルな地響き――足音は、もうすぐ近くまで来ていた。

 

 追い詰められるのも時間の問題だろう。

 

 まさかあの落とし穴は、ラージゴーレムのいる最悪の戦場に誘い出すための――!?

 

 オルカは初めて、迷宮の持つ嫌らしさを知った気がした。

 

 ほんの少しの間の沈黙の後、シスカが口を開いた。

 

「……あんたはここにいなさい」

「えっ?」

「――あのゴーレムはあたいが倒す。あんたはそれまでここで待ってなさい」

 

 一瞬、シスカの言っている意味が分からなかった。

 

「む、無茶です! 危険過ぎます! それならせめてボクも一緒に戦――」

「あんたの手なんか誰が借りるかっ!!!」

 

 拒絶する言葉。

 

 自分と彼女との間に、見えない壁ができた気がした。

 

「あんたは所詮アイアンの未熟者! おまけに経験不足! 足でまといにしかならないわよっ!!」

 

 そう言い捨てると、シスカは走り去ってしまった。

 

 オルカはそんな彼女の後について走ることもできず、呆然としていた。

 


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