鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)   作:魔人ボルボックス

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エピローグ 繋がれた手と手

 そこは、非常に絢爛豪華な空間だった。

 

 横幅が広く、奥まで長々と伸びた大空間。神殿を思わせるデザインの巨大な支柱が数本伸びており、高い天井からは美しい装飾がなされた巨大な照明器具がぶら下がっていた。

 

 出入り口である両開き扉から奥の玉座まで、高そうなエンジ色の絨毯が川のように敷かれている。

 

 整然と並んだ儀仗兵、華美なドレスや礼服に身を包んだ大勢の紳士淑女が、絨毯を両端から挟むように立っていた。

 

 尊敬や畏敬の念を帯びた彼らの視線は、一人の少年に集中していた。

 

 その少年、オルカ・ホロンコーンはその空間――玉座の間の中央に立っていた。

 

 その出で立ちはいつものようなジャケットとインナーというお粗末なものではなく、シワやシミ一つ無い白黒ツートーンの礼服だった。ちなみにこれは借り物だ。

 

 着慣れない服装、周囲から向けられる視線に、オルカは小さくもじもじとしていた。

 

 しかし、下を向いていてはいけない。とてつもなく偉い人の御前なのだ。しっかりと前を見なければ。

 

 オルカの目の前には、一人の男性が立っていた。

 

 年齢は見た感じ五〇前半。オールバックとなった金の頭髪、先端が鋭角気味に上を向いた金の口ひげを持ち、ところどころ皺が入ったその顔は、老いながらも衰えの無い力強さを感じさせる。鋭さと柔和さが同居したような浅葱色の双眸は、オルカの姿を真っ直ぐ捉えていた。

 

 このオブデシアン王国を統べる大人物――国王と、オルカは今まさに対面していた。

 

 その高貴な眼差しにさらされ、全身がかちこちになる。

 

 国王はそんなオルカの心境を見透かしたのか、ふっと微笑みかけ、

 

「そんなに緊張せずともよかろう。もう少し楽にして構わぬよ、救世主殿」

「は、はい陛下! 頑張りますです!」

 

 両足を揃えてビシッと立ち、上ずった声で返事をする。

 

 そんなオルカを見て、儀仗兵や紳士淑女が微笑ましげに笑った。

 

 顔が熱く火照る。は、恥ずかしい……。

 

 国王はそんなオルカに一度苦笑すると、表情を一転。厳粛かつ誠実な顔つきとなる。一国の王の顔だった。

 

 オルカもそれにつられて、否応なく心を引き締めさせられた。恥ずかしさなど綺麗さっぱり吹っ飛んでしまうほどに。

 

「では、本題に入るとしよう。オルカ・ホロンコーン、そなたはレッグルヴェルゼ家三男スターマン・レッグルヴェルゼによる、古代兵器を用いたテロ行為を見事阻止し、このオブデシアン王国だけでなく、この世界に存在する全ての国家に平和をもたらした。その偉大なる功績をたたえ、そなたに賞賜を与えることとする」

「はいっ」

 

 玉座の間が、膨大な歓声に包まれる。

 

 国王は満足げに頷くと、手に持っていた物を掲げた。

 

 黒い花を抽象的に象った意匠のメダル。だがその中心部にはカッティングされたダイヤモンドがはめられており、メダルの黒色と反比例した眩い輝きを放っている。

 

「そなたにはまず、この「黒天輝星章(こくてんきせいしょう)」を叙勲しよう。「暗闇の中で強く輝く光」を表現した勲章。まさしく世界の危機の中、一人勇敢に戦ったそなたにぴったりだな」

 

 国王は誇らしげに言うと、その「黒天輝星章」をオルカの胸ポケットに付けてくれた。

 

「よく似合っているぞ、オルカ・ホロンコーン。改めて礼を言おう。この国、そしてこの世界を救ってくれた事に深く感謝する」

「勿体無いお言葉、ありがとうございます。国王陛下」

 

 オルカが恭しく一礼した途端、玉座の間に拍手喝采が膨れ上がった。

 

 ……表面上冷静に振舞ってこそいるが、内心では腰が抜けそうなくらい驚いていた。

 

 「黒天輝星章」は、「自身の生命を顧みず、国家の著しい発展もしくは救済を成し遂げた者」にのみ与えられる。英雄と呼ばれた者たちが皆受け取ってきた、最も名誉ある勲章だ。

 

 拳の勇者ガイゼル・クランクルス、剣の勇者トランシー・クラムデリア両名も、過去にこれを受け取っている。

 

 そんな英傑たちと同じ立場に、今、自分は立っている。その事実が未だに信じがたかった。

 

「では次に、二つ目の賞賜を与えよう」

 

 そう告げた国王の傍へ、正装の綺麗に着込んだ男性が歩み寄る。その男性は持っていた小さなケースを国王に手渡すと、静かに後ろへ下がった。

 

 国王は受け取ったケースを開き、その中に入っているものをオルカに見せる。

 

 それは――白銀の冒険者バッジ。

 

「オルカ・ホロンコーン。特例により、そなたの冒険者ランクを――アイアンクラスからシルバークラスに二階級特進させる!」

 

 玉座の間の歓声が一転、ざわめきへと変わる。

 

 ……オルカはある意味、「黒天輝星章」以上の驚きを見せていた。

 

 冒険者ランクはアイアンクラスから始まり、次はブロンズ、その次はシルバーと、きちんと一段ずつ上がるのが原則である。歴史上、ランクをまたいで昇格した冒険者は一人もいないのだ。

 

 そして今、自分がその始めての人物になろうとしている。

 

 国王はオルカにしか聞こえない声量で、からかうような口調で言った。

 

「そなたはこの国どころか、世界まるごと救い出すなどという大事を成し遂げたのだ。いわば大英雄。そんな人物を讃えるためなら、前例破りの一つくらいしてもバチは当たらんだろう?」

 

 オルカは何て言っていいか分からず、「は、はぁ……」としか返せなかった。

 

 国王はケースを閉じると、気を取り直したように続けた。

 

「ランクが上がれば、入ることのできる迷宮(アンダーエリア)は増えるだろう。これからもその素晴らしい才能を存分に発揮し、さらなる活躍を見せてくれることを期待する」

 

 その言葉が終わると、バッジの入ったケースを差し出される。

 

 オルカはそれを両手(・・)で受け取ると、

 

「ありがとうございます」

 

 二度目の一礼をした。

 

 途端、周囲に漂うざわめきが、再び大歓声へと変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――スターマンによる事件から、すでに一ヶ月が経過していた。

 

 国政を動かす有名貴族の男子がテロ行為を行ったというニュースは、人々の間にとてつもない波紋を呼んだ。どの新聞社でも、こぞって一面に取り上げたほどに。

 

 しかし、それをはるかに超える勢いで熱狂しているニュースが、もう一つあった。

 

 それは――オルカのことである。

 

 オブデシアン王国どころか世界の危機を、たった一人で救った若き冒険者。そんな英雄の登場に人々は歓喜した。

 

 おまけにマキーナの証言によって、オルカがエフェクター無しの丸腰でスターマンを倒したという事実まで知れ渡ることとなった。

 

 スターマンはその時、強力な力を持った古代の鎧を身にまとっていた。そんな相手を素手で倒したオルカに、人々は拳の勇者ガイゼル・クランクルスを連想させたのだろう。

 

 やがて、世間はオルカをこう呼ぶようになった――「拳の英雄」と。

 

 拳の英雄オルカ・ホロンコーンの名は、瞬く間に人々の話題の渦中に置かれた。

 

 また、セザンは戯曲や小説を書くという隠れた趣味を持っていた。そんな彼がオルカの自分語りを参考に書き記した本「ガイゼルを継ぐ者」を出版。売れ行きは竜巻に巻き上げられるがごとき凄まじいもので、現在でも重版を重ねている。

 

 本の帯に書かれた「ただ愛のために闘った少年の生き様が、ここにある」などという小っ恥ずかしいキャッチコピーを見るたび、燃えるように顔が熱くなった。マキーナは大層気に入っていたが。

 

 セザンは得た印税の半分以上を譲りたいと言ってきたが、オルカは丁重にお断りした。筆を取ったのは彼なのだから。

 

 さらに、クランクルス無手術道場の師範から手紙が届いた。文面には、入門希望者がここ最近で爆発的に増えた事実と、その事に対する感謝の言葉が書かれていた。オルカの影響であることは明らかだった。

 

 以上のように、オブデシアン王国各地ではオルカ旋風が吹き荒れていた。

 

 この熱狂ぶりはオルカ個人の影響だけでなく、王国政府によるプロパガンダ活動の成果でもあった。

 

 国を動かす貴族に名を連ねる者が、国家規模の犯罪行為に手を染めた――この事実から民衆の目を逸らさせるために、オルカという英雄の存在が必要だったのだ。

 

 でも、そんな政府の意向など、オルカはどうでもよかった。

 

 自分とマキーナが生きて帰り、手をつないで一緒にいられる。その事実だけで十二分に満足だった。

 

 ――余談だが、今回の一件が原因で、名門レッグルヴェルゼ一族の権威は失墜。国政での発言力も失ってしまった。

 

 むべなるかな、と言わざるを得ない。血の繋がりが無いとはいえ、一族の者が今回の事件を起こしたのだから。

 

 おまけにかつての使用人たちの証言により、スターマンが度重なる虐待を受けていた事実まで明るみに出てしまった。

 

 人々はこぞってレッグルヴェルゼを非難した。お前たちがスターマンを虐待などしなければ、こんなことにはならなかったんだ、と。

 

 ……ある意味、スターマンの復讐は成功したのかもしれない。

 

 まあ、その話は今は置いておこう。

 

「き……緊張して死ぬかと思った……」

 

 叙勲式を終え、王宮の正門から出たオルカは、大きな溜息をついた。

 

 あの大観衆と国王という大物の視線にさらされ続けたせいで、未だに緊張が解けない。そのせいで体幹部ががちがちに固まり、背筋の伸びた姿勢がまだ治らない。

 

 やっと楽になれると思ったら、今度は周囲にいる一般人の注目にさらされることとなった。みんなこちらを指差しながら「オルカだ」「「拳の英雄」だ」などと口々にささやき合う。

 

 ここはオブデシアン王国の王都だ。この街では、自分の顔はすっかり割れてしまっているのだ。

 

 どこかに隠れたい、と思った。そもそも自分はこういう風に注目されることに慣れていないのだ。

 

 

 

「――オール君、お疲れ様♪」

 

 

 

 その時、声が届いた。

 

 とても聞き覚えのある、そして、一番大好きな声。

 

 声のした方向を見ると、そこにはワンピースタイプのドレスに身を包んだマキーナがニコニコしながら立っていた。

 

 ……オルカは思わず見とれてしまった。

 

 シルク生地の、つややかなワインレッドのパーティードレス。首から胸元にかけてうっすら花柄の刺繍が施されており、地味過ぎず、そして派手過ぎないデザイン。美しい黒髪と淑やかな美貌を持ったマキーナにはよく似合っていた。

 

 彼女はこちらへ歩み寄ると、中腰になってオルカの胸ポケットについた「黒天輝星章」を見た。

 

「へぇー、これが「黒天輝星章」なんだ! 私初めて見た!」

「う、うん、まあね。ボクにはちょっと不釣り合いかもしれないけど……」

 

 オルカの謙遜に、マキーナは頬をぷっくり膨らませて抗議してきた。

 

「えー、不釣り合いなんかじゃないよぉ。その服と一緒で良く似合ってるもん」

「あ、ありがとう……マキちゃんも、その……綺麗だよ」

「ふふふ、ありがとっ」

 

 ちゅっ、と頬にキスをされる。

 

 顔がかあっ、と熱くなった。叙勲式で微笑ましげに笑われた時とは、また違った恥ずかしさ。

 

「ところでオル君、"左腕"の調子はどう?」

 

 マキーナがふと話題の矛先を変えた。

 

「あ……うん。今のところ問題はないよ」

 

 オルカは気持ちを切り替えると、マキーナの前に"左手"を出し、それをぐっぱぐっぱと開閉させた。指の関節が動くたび、微かにだが、金属が擦れるような音が聞こえる。

 

 これは――義手だ。

 

 スターマンとの戦いで左腕を失ったオルカはその後、ケルサックに無理を言って義手を作ってもらったのだ。

 

 非常に高性能な機械義手だ。人間の生体電流を受けてその通りに動くため、まるで本物の手のような正確さで動作させられる。重さも右腕と大差がないため、義手の重さでバランスを崩すことはない。さらには抗菌・防水処理済み。動力はもちろんアルネタイトだ。

 

 おまけに普段は人工皮膚によって覆われているため、パッと見では義手をしていると分からない。

 

 ケルサックには何から何までお世話になりっぱなしだ。

 

 マキーナは突然胸の前で両手をつかみ合わせると、陶酔したように、

 

「ああ……叙勲された時のオル君、世界一かっこよかったなぁ……」

「いや、世界一は流石に言い過ぎな気が……というより、マキちゃんもやっぱり見てたの?」

「当たり前じゃないっ。夫の晴れ姿を見に行かない妻がいますか」

「や、まだ結婚してないでしょ」

「えー? 私たちの関係はお父様公認なんだよ? もう結婚したようなものじゃない」

 

 そうなのだ。

 

 自分とマキーナの結婚を前提とした交際は、すでにクラムデリア家公認なのである。

 

 何日か前、オルカはいわゆる「娘さんを僕にください!」的なことを、クラムデリア家当主に言ってきたのだ。

 

 当主は「構わない」と即答。即答すぎてびっくりするくらいに。そしてその日の夜には「お義父さん!」「息子よ!」と呼び合える仲にまでなった。

 

 オルカの礼服も、そのクラムデリア家から借りたものだ。

 

 ちなみに自分は今、マキーナと一緒に住んでいる。もちろんオルカの家に、だ。

 

 ゴーレムの襲撃によって、アンディーラの多くの建造物が壊れてしまったが、幸運にも冒険者協会は無事だった。なので、新しいバッジの発行は問題なく行えた。それを終えた後、マキーナと一緒にパライト村へ帰った。

 

 ……少々本筋から外れた話になるが、帰る間際にシスカが「文通したい」と真っ赤な顔で言ってきた。断る理由もなかったのでオルカは頷いたが、途端にマキーナが不機嫌になってしまった。わけを訊いても「知らないっ。自分で考えれば?」と怒り気味にそっぽを向かれた。女の子って謎である。

 

 とにかく、家族関係や生活環境的には、確実に外掘を埋められつつあるわけだが……

 

「でも、ボクがクリスタルクラスになるまで、籍は入れないよ」

「私はそんなの別にいいのになぁ。むしろ私がオル君の事養ってあげるのに」

「ヤダってば!」

 

 定期的にヒモの道へいざなおうとするのは勘弁して欲しいです。

 

 しかし、今回の二段階ランクアップによって、クリスタルクラスへの道が一気に近くなった。

 

 案外、そう遠くない時期に籍を入れられるかもしれない。

 

 まぁ、実際はそんなに甘くないだろうが、気負っていても仕方がない。

 

 今は異例のランクアップを喜び、これから先に良い未来が訪れると信じていよう。

 

 オルカはマキーナの手を握る。

 

「オル君……?」

「あ、あのさ、改めてこんなこと言うのも恥ずかしいんだけどさ…………愛してるよ、マキちゃん」

 

 マキーナは息を飲んだ。

 

「だから、その……ずっと一緒にいて欲しいんだ。何年かけてでも、絶対にクリスタルクラスになってみせるから……その時は絶対、マキちゃんに綺麗なドレスを着せてあげるから……それまでは、隣でボクを支えて欲しいんだ」

「……オル君」

「ボクは弱いけど、君が隣にいれば、どこまでも強くなれる気がするんだ。だから、この手をずっと離さず、握ってて欲しい。ダメ、かな?」

 

 我ながら、独りよがりで手前勝手な頼みだと思った。

 

 しかしマキーナはつないだ手を固く握り返すと、

 

「――いいに決まってるじゃない。というか、最初からそのつもりだもん」

 

 満面の笑みで頷いてくれた。

 

 オルカの胸に、ほのかな熱が宿る。

 

 ……本当に、自分は最高の女の子と巡り会えたと思う。

 

 感極まったオルカは、マキーナの顔に自分の顔を近づける。

 

 マキーナもまた、それに倣う。

 

「んっ……」

 

 やがて、二人は唇を重ね合わせた。

 

 触れ合ってもなお、深く、強く押し付け合い、求め合う。

 

 手を繋ぐ握力を痛いくらいに強める。

 

 もうすでに何度もしているキス。

 

 しかし、未だに当たり前のように思えない。慣れない。

 

 重ねるたび、よりかけがえのないもののように感じる。

 

 オルカはもう片方の腕を、マキーナの背中に回した。

 

 ――もう、絶対に離さない。捨てたりしない。

 

 この小さな肩を、ずっと守りたい。

 

「――オルカ・ホロンコーン! 返事をせんかっ!」

 

 その時、傍らから飛んできた一喝が耳朶を打った。

 

「わ!」

 

 オルカは驚き、思わずマキーナと唇を離す。マキーナは「あぁんっ」と不満そうな声をもらした。

 

 声のした方を見ると、そこには白い頭髪と口ひげを蓄えた初老の男性、ケルサック・トランバードが呆れたような顔で立っていた。その服装はいつもの薄汚れた作業着ではなく、きちんとした正装だった。

 

 予想外の人物にオルカは目を見張り、

 

「て、店長さん!? 来てたんですか!? というより、いつからそこにいたんですか!?」

「お主を祝ってやろうと思って、わざわざアンディーラくんだりからやって来たのだ。んでもって、お主が「愛してる」と口走った時からずっとここで呼びかけておったぞ。ま、お主は女に夢中だったようだから、聞こえんかったんだろうがのう」

 

 オルカは燃えそうなくらい顔を真っ赤にした。

 

 ダメだ。やっぱり自分はマキーナに似ている。好きな相手に夢中になると、周りが見えなくなってしまう。

 

 ケルサックはからかうような笑みを浮かべながら、

 

「くっくっくっ、久しいのう「拳の英雄」よ」

「そ、その呼び方は勘弁してください……」

「「黒天輝星章」の叙勲、ならびにアイアンクラスからシルバークラスへの異例の昇格おめでとう。これでお主は目標のクリスタルクラスまで一気に近づいたというわけだ」

「あ、ありがとうございます……」

「――じゃが」

 

 ケルサックは一度区切るや、ニヤリとあくどく笑い、

 

「水を差すような事は言いたくはないがの、お主の目指すべきことは、クリスタルクラスへの昇格だけではないぞ?」

 

 懐から一枚の紙を取り出し、その紙面を見せてきた。

 

「うっ……!!」

 

 それを見たオルカは、羞恥で真っ赤だった顔を一転、真っ青にした。

 

 初めて見るものではない。だがその書かれた内容の持つ破壊力は、何度目にしても凄まじいものだった。

 

 その紙は――請求書。

 

 スターマンとの戦いで壊してしまった『ライジングソルジャー』の開発費、そしてオルカが現在使っている義手の支払い、請求内容はその二つのみだ。

 

 しかし、両者ともに額がとんでもないもので、合計の請求額は――なんと一五〇万オプラ! 

 

 家が一件買える額である。

 

 つまりオルカは、ケルサックに多額の借金をしているのだ。

 

「忘れてはおらんだろうな? お主が派手にぶっ壊した『ライジングソルジャー』、そして徹底的に機能美を追求して完成させたその高性能機械義手、これらのツケは一生かかってでもきっちり返してもらおう。ロハで済むなどとは思わぬことだ」

「わ、忘れてませんよ……」

 

 オルカは怒られた子供のようにシュンとする。

 

 借金を背負っているという事実のせいで、まるで自分をダメ男のように思いそうだった。

 

「よしよし、オル君。借金してても愛してるからねー」

 

 一方、マキーナはこちらの頭を撫でながら、子供をあやすような口調でフォローしてくる。

 

 ……余計に情けない気持ちが助長された。正直泣きたい。

 

「ま、これからも冒険者稼業を続けて地道に返すがいいさ。物品を二束三文で差し押さえたりはせんから、払える範囲で払っていけ。頑張れよ、甲斐性なし」

 

 ケルサックはオルカの背中をバンッと叩くと、励ますような口調で言ってきた。

 

「そうだよオル君っ。私たちの人生はまだまだこれからなんだから。一緒にいろんなこと、頑張ろう!」

 

 マキーナは元気よく言うと、繋がれた手を引いて走り出した。

 

 オルカもそれに引っ張られ、駆け足になる。

 

 ――生き生きと走る彼女を見ていたら、なんだか気落ちしているのがバカバカしくなった。

 

 そうだ。自分たちの人生は、まだまだこれからなんだ。ゆっくりとやっていけばいい。

 

 自然と口元が笑みを作る。

 

 借金の返済。クリスタルクラスへの昇格。マキーナとの結婚。やるべきことは山積みだ。

 

 でも、きっと大丈夫。きっとなんとかなる。

 

 今の自分は、一人ぼっちだった以前とは違う。

 

 この子と、こうして手を繋いでいるのだから。

 

 マキーナは振り返り、太陽も霞んで見えるほどのとびきりの笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうオル君のこと、絶対逃がしてあげないんだから♪」

 

 

 

 




というわけで、「鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)」はこれにて完結です。

投稿期間は一年とちょっと。他の作品も一緒に書いていたため思ったよりかかりましたが、なんとか無事幕引きが出来ました……

ではいつか、他の作品でお会いしましょうー(=゚ω゚)ノシ

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