鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)   作:魔人ボルボックス

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第四章 英雄への一歩 —6—

 そうして始まった二体目のラージゴーレムとの戦闘は、防戦一方の状態が長続きした。

 

 ラージゴーレムの周囲を取り巻くのは水。ゆえに当然ながら、その水を使って攻撃を仕掛けてきた。

 

 攻撃法は主に二つ。

 一つは、水でできた体の一部や水路の水を削り、それをものすごい勢いで飛ばしてくる水鉄砲だった。

 超水圧を得て速力を極端に強めた水はまさしく弾丸に同じ。金属を紙同然に穿ち、切り崩す。人間の体も言わずもがなだ。シールド装置がなければあっという間に死屍累々の出来上がりだっただろう。

 だが、この水鉄砲は速射性こそ高かったものの、さほど驚異ではなかった。セザンのバリアの裏に隠れれば、ソレが破壊されるまでの一分間はしのげたからだ。

 本当に恐ろしいのは、二つ目の攻撃法だった。

 

 そして、冒険者一行は現在――その攻撃法に頭を悩ませていた。

 

 今、オルカの目の前には大きな「水玉」が浮遊している。

 直径は二メートル弱。海の中の一部をボール状に切り取ったような水の塊が、ちょっと高めにジャンプした程度の高さで宙にとどまっているのだ。

 そして、その中には――冒険者の一人が閉じ込められていた。

 

『ゴボッ! ゴババゴゴガバゴゴ!! ゴバ! ゴバッ!!』

 

 閉じ込められた彼は水中でもがきながら、恐怖の形相で何事か喋っている。何と言っているかは分からない。だが助けを必死で求めているということは見てすぐに理解できる。

 

 彼はラージゴーレムが作り出し、そして飛ばしてきた水玉に当たった瞬間、こうなったのだ。

 この中に入ったら、自分から出ることは決してできない。そして、水中でゆっくりと溺死するのを待つのみ。そういう類の攻撃であると、他の冒険者たちはすぐに察することができた。

 シールド装置は人間にとって有害な衝撃や圧力、熱や化学物質などから装備者の体を守ってくれるスグレモノだ。しかしこの攻撃に用いられたのは、何も混じっていないただの水。水鉄砲はものすごい水圧がかかっていたためシールドが作動したが、この水玉に関してはそれがなかった。ゆえにシールドによる遮断が働かず、こうして閉じ込められてしまったのである。

 さすがのシールドも溺死までは防ぐことができない。シールド装置の盲点をついた非常にいやらしい攻撃なのである。

 

 その上――オルカは彼を助けようと必死に水玉を殴り、蹴り続けているが、全く壊れない。水玉はゴムのように波打つだけで、その中には一ミリも入ることができない。

 実はこの前にもマキーナが何度も斬りかかっている。しかし全く破れなかった。水玉は同じように弾んだ動きをするだけだった。

 この水玉には、どういうわけか物理攻撃が通用しないのだ。与えた衝撃は水玉を破壊どころか損傷一つ付けるには至らず、受けた衝撃を分散させて受け流すだけだ。オルカは「伏魔殿」で見たクラゲ型ゴーレムを思い出した。

 

 やがて閉じ込められた冒険者はしゃべらなくなっていた。空気が足りないのか、顔が少し青くなっている。

 

 マズイ。このままじゃ――

 

「どきなさいっ!!」

 

 その時、シスカが自分を横に押しのけ、水玉の前に立った。

 

 そして『アンチマテリアル』から光剣を伸ばしたかと思うと、気合の一喝とともにその剣尖を水玉めがけて突き放った。

 

 無理だと思ったが、なんと光剣は「ジジジジ……」という火花が散るような音を立てながら、水玉の中にゆっくりと挿入されていったのだ。

 

 オルカはハッとした。物理攻撃はダメだが、熱エネルギーの塊である『アンチマテリアル』の刀身は突き通すことができるようだ。

 

 シスカは中に閉じ込められている冒険者を傷つけない位置に、光の刀身をすべて差し入れると、

 

全出力開放(オーバーブースト)!!」

 

 柄尻にあるダイヤルを、一気に限界までひねった。

 

 次の瞬間、目が痛くなるほどの激しいフラッシュと同時に「ジュバァッ!!」という凄まじい焼け音が耳をつんざいた。

 

 水玉がとんでもない勢いで気化し、あっという間に濃厚な霞と化して消滅した。それとともに、閉じ込められていた冒険者が床に尻餅を付く。

 

「……壊せはしなかったけど、蒸発はさせられたみたいね」

 

 安堵した表情でシスカは呟いた。

 

 冒険者はしきりに息継ぎをしながら、

 

「はぁ……はぁ……はぁ…………ありがとう、助かったよ」

「そう思うなら、もう捕まるんじゃないわよ? 『アンチマテリアル』の全エネルギーを開放したおかげで、残量すっからかんになったんだから」

 

 そうぼやきをこぼすや、シスカはそのエネルギー切れになった『アンチマテリアル』をベルトのホルスターに納め、もう一本の『アンチマテリアル』を取り出した。どうやら二本持っているようだ。

 

 そして再び、ラージゴーレムを睨んだ。水でできた巨体の中にある大きな眼球が鋼鉄の冷たさを携え、冒険者たちを見下ろしていた。

 

 十中八九、奴の実体は眼のような球体だろう。そこがあのラージゴーレムの中で唯一機械的な部位だからだ。

 

 冒険者たちはそれを破壊しようと飛び道具をすでに撃ちまくっている。だが全弾はラージゴーレムの水の体へゴムのように深く食い込んだかと思うと、すべて跳ね返ってきたのだ。そのため、銃で安全圏から倒すのは不可能だ。

 

「気をつけて!! また水玉が飛んで来るわ!! セザン、バリアをお願い!!」

 

 先頭に立つマキーナが振り向かぬままそう叫ぶようにまくし立てた。クラムデリア兵器術お得意の攻撃予測能力で察知したのだろう。

 

 セザンはそれを聞くや、まるで脊髄反射のような手早さで巨大なバリアを先頭に作り出し、全員をその裏に隠した。

 

 それから約半秒後、彼女の言う通りラージゴーレムの目の前にいくつもの水玉が生成され、超水圧の水鉄砲と交えて一斉に撃ち出してきた。

 

 瀑布のような水の弾幕に激しく叩かれ、セザンの巨大バリアがビリビリと顕著に振動を見せる。細かい水しぶきが無数に飛び散り霧のようになり、全員の頭部をほのかに濡らす。

 

 ラージゴーレムは懲りずに何度も水玉を飛ばしてくる。しかもソレを作り出す時、水路から水は一切引いていない。これは推測だが、奴は大気中に含まれる水分すらコントロールし、水を作り出せるのかもしれない。

 

 だが、どんどん撃っては来るが、巨大バリアは未だ健在である。ここに隠れていればひとまず安心というわけだ。

 

 逃げ場所を見つけて安堵しかけた瞬間だった。

 

 

 

 一つの水玉が――バリアを飛び越えて来た。

 

 

 

 そして、その落下予定地点にはセザンが立っている。

 

「!」

 

 常時ポーカーフェイスなセザンが、若干だが表情をこわばらせたところを見るのは始めてだ――そう思った時には遅かった。

 

 セザンの巨体が、すっぽりと水玉の中に納められてしまった。

 

「セザンっ!!」

 

 だがすぐにシスカが駆け寄り、セザンが入った水玉に『アンチマテリアル』を差し込む。そして再び全エネルギーを開放。爆発音にも似た焼け音とともに、セザンを閉じ込めていた水が瞬く間に水蒸気と化した。

 

「平気っ?」

 

 シスカのその問いかけに、セザンは黙って頷いた。

 

 しかしそれだけでは終わらなかった。

 

 次の水玉がまたバリアを超えて次々と冒険者たちのいる場所へ落下してきた。

 

 セザンは再びバリアを作ろうと、真上に手を伸ばそうとした。

 

『うわあああぁぁぁぁ!!』

 

 だがその前に、蜘蛛の子を散らしたように他の冒険者たちが逃げ出す。

 

「あっ、バカ! 固まんなさい!」

 

 シスカは『アンチマテリアル』に新しいアルネタイトを装填する作業を止めぬまま、慌てた声で叫ぶ。バラバラに動かれたら、いくらセザンのバリアでだって守りきれない。

 

 その間にも、水玉は容赦なく無数飛来してくる。今のところは誰も捕まっていないが、この無秩序な逃げ様ではそんなマグレは長続きすまい。

 

 そして、水玉はやがて――シスカめがけて急接近してきた。

 

 マズイ。シスカは水玉を破ることのできる唯一の存在。そんな彼女が閉じ込められたら、以降は誰も助けられなくなる。

 

 そう考えた時には、オルカはすでに走り出し――彼女を突き飛ばしていた。

 

 床に尻餅を付くシスカ。

 

 そして自分の全身が水玉に捕われて一気に浸水し、浮力を得て軽くなった。

 

 水の中であるため息を吸うことが出来ず、「吐く」という一方通行な呼吸法しかできなくなる。

 

 とうとう自分が閉じ込められてしまった。

 

「オル君っ!!」

 

 哀切な表情で叫ぶマキーナの姿が揺らめいて見える。近い位置にいるはずなのに、その声はひどく遠く聞こえる。

 彼女を求めて水を掻くが、いくら手に力を入れても全く進まない。重々しい抵抗が絡みつくだけだ。

 シスカは今なお急いた手つきでアルネタイトの装填を続けている。ただでさえ手間がかかる作業であるのに、それを攻撃を避けながら行っているため、その進み具合はとても遅かった。

 

 オルカは息苦しさに耐えながらひたすら考えた。このままじゃ溺れ死ぬ。どうすればいい? 何か、何か出る方法はないのか?

 クランクルス無手術の技を使おうと思ったが、水の抵抗のせいでいつものように鋭く動けない。これでは強い力は出せない。

 なら万事休すか? いいや違う諦めるな。そうだ、それなら――四肢を動かさなくても使える技にすればいい。そんな技が一つだけある。

 

 オルカは右手を突き出し、その上に左手を重ねた。右手の『ライジングストライカー』の点滅灯が二つ光る。

 足底から右掌までの筋肉を意識の力によって連鎖稼働させ、ノーモーションで大きな力を作り出す。

 右掌に伝達されたその力を四倍に増大させ、なおかつソレを衝撃波として放出する。

 

 

 

 『冷擊掌(サイレントクラッシュ)四倍(ライジング:フォー)』――衝撃発射(シュート)

 

 

 

 転瞬、水玉が激しく爆散。

 周りを覆っていた水が四方八方に弾けたことで、全身が外界に露出される。欲して止まなかった空気がようやく吸い込めるようになった。

 そして重力に引かれるまま、オルカの体は前のめりに床に倒れた。

 

 膝を付きながら荒い呼吸を繰り返すオルカは、ある発見をした。

 

 あのラージゴーレムを取り巻く水は――内側からなら壊せるかもしれない。

 

 オルカはそう仮説を立てると、飛んで来る水玉をかいくぐりながら端の水路に近づき、しゃがみ込んでそこの水に拳を突っ込んだ。

 その拳は水玉の表面を叩いた時のように弾力で弾かれることなく、すんなりと水中に浸すことができた。

 

 やっぱりそうだ。

 ラージゴーレムの体や水玉の表面には強い弾力が働いているが、水路を流れる水はその限りじゃない。

 ラージゴーレムの水の巨体は、水路の表面から生えているような形で存在している。なら、その生えている根元近くに流れる水へ手を突っ込んでから、先程のように『冷擊掌(サイレントクラッシュ)』の衝撃波を撃ち込み、それを真下から奴の水の巨体の中へ流し込んでやればいい。そうすればラージゴーレムを取り巻く水をごっそりと削り取り、本体を露わにできるかもしれない。そこを叩けば――

 

「バカッ! 避けなさい!!」

 

 刹那、シスカの怒鳴り声とともに、自身の体が思い切り真後ろへ引っ張られた。

 それから半秒と立たぬ間に、先程しゃがんでいた位置に水玉が落下。大きな水しぶきを上げる。

 自身のジャケットの背中を掴んでいたシスカによって再び大きく引き寄せられ、床に仰臥した。見えるのは天井が発する光ではなく、半透明のフィルターのようなもの。セザンが新しい巨大バリアを、垂直に立って通路を塞いでいる古い巨大バリアと直角の関係になるよう生成していたのだ。周囲に視線を巡らすと、冒険者たちは全員すでにその中に入っていた。

 

 通路を塞ぐバリアと頭上を覆うバリアの二枚を、外側から水がひたすら叩き続ける。

 

「あんたこんな時に何しゃがみ込んでんのよ!? また捕まりたいわけ!?」

 

 そう責め立ててくるシスカを片手で制してから、オルカは自分がさっき発見したこと、そして、それを利用してラージゴーレムを倒せるかもしれない作戦を、全員にかいつまんで説明した。

 

「やってみましょう」

 

 それを聞き終えるや、マキーナは一度も逡巡することなくそう首肯した。

 

「お、お姉様!? それじゃあ、あの化け物に近づかなきゃいけないんですよ!?」

「飛び道具は効かないし、どのみちそうするしかないわ。オル君の策でラージゴーレムの本体を丸裸にできたら、そこで一斉射撃を放って本体を粉々にするの。でもそれを成立させるには、まずオル君をあそこまで送り届けなければいけないわ」

 

 あそこ――マキーナは半透明のバリアの向こう側に見える、ラージゴーレムの根元を示す。

 

「分かってる。だから今からボクがそこまで――」

「いいえオル君、私も一緒に行くわ」

 

 一人で行く、と続けようとするのを読んでいたかのように、マキーナがそう断じた。

 

「オル君の考えは分かってる。『瘋眼(ディファレントゾーン)』を使った上で攻撃を避けながら進む、って言いたいんだよね? でも『瘋眼』だと、避け方次第では一回目の回避が終わった直後に不安定な体勢になって、体が硬直しちゃうことがあるわ。そこであの水玉に当てられたら終わりよ。ラージゴーレムは普通のゴーレムより頭がいいから、相手の動作パターンを学習するのが早い。だからこそ、そういういやらしい攻撃を喜んでやって来る可能性は捨てきれないの」

 

 やってみないと分からない――なんて台詞は言えなかった。実際、彼女の方が冒険者としての経験が豊富なのだ。

 

「でも、クラムデリア兵器術の攻撃予測能力なら、攻撃が放たれる前からその通過軌道、着弾点を割り出し、その上でワンテンポ早く動いて躱すことができるわ。だから私も一緒に走って、攻撃を読んだ上で指示を出す。オル君はその通りに動いてラージゴーレムの攻撃を躱して欲しいの」

 

 そんなマキーナの提案に、オルカはしばし考える。

 本音を言うなら、マキーナを危険な目に合わせたくない。自分ひとりでなんとかしたい。

 だが、そんなことを言っていられる状況ではないということも同じく認識していた。エフェクターやシールドのエネルギーにも限りがあるし、何より今自分たちは閉じ込められているのだ。逃げ場なんてどこにもないし、おそらく、あのラージゴーレムを討たない限りは出られないだろう。

 それに、いつまでも守勢ではいられない。セザンの『コンバットシールド』にだってきちんとエネルギー残量が存在しており、そしてそれはすでに底を付きかけていた。大きなバリアを何度も作ったためだろう。

 

 何より、自分はついさっき約束したばかりなのだ――絶対に死なないと。

 

 ならば、その約束を守れる可能性を少しでも高めるべきなのではないか。

 

 ――答えは自ずと出た。

 

 ジャケットに染み込んだ水を絞ってから、オルカははっきりと言った。

 

「分かった。ボクと一緒に戦ってくれるかな」

「喜んで。未来の旦那様っ」

 

 マキーナは茶目っ気たっぷりにウインクしてくる。

 

 そして、前を覆う壁となっていた巨大バリアが――とうとう粉砕した。

 

「行こう、マキちゃん!」

「うん!」

 

 バリアが壊れたことでできた道から、オルカとマキーナがともに飛び出した。

 

 セザンは砕け散ったバリアを消滅させ、素早く新しい巨大バリアで壁を作った。

 

「……これが、最後の、エネルギー」

 

 バリアの影からそう静かに告げてきたセザンの言葉に、二人は背中を向けて走りながらコクリと頷いた。

 

 そして、ラージゴーレムめがけて弾丸よろしく疾駆した。ずっと保っていた長い長い距離を、とうとう詰める時がきたのだ。

 

「オル君、後ろから回避の指示を出すから、その通りに動いて!」

「分かった!」

 

 そう受答すると、マキーナはオルカの真後ろへ移動し、付き従う形で走行し始めた。

 

 彼女は背後から、やけに落ち着き払った声で言ってきた。

 

「オル君、私はあなたを信じてる。だから、あなたも私を信じて」

「うん。信じる」

「今、私たちはお互いを信じ合い始めたわ。これで私とオル君は一心同体。二人で一人の人間と同じ。ある意味、そこいらの夫婦より深い関係だよ」

「そうだね」

「だから、大丈夫。絶対にどっちか片方が欠けたりなんてしない。二人とも無事に地上に戻るの。私たちの愛の力――あのラージゴーレムに思い知らせてあげましょ!!」

「――うん!!」

 

 強い意思をもって返事をした。

 一言二言交わしただけなのに、何でもできそうな気がしてきた。何でもしようと頑張れる気がしてきた。

 一度は捨てたものがこれほどの力を持っていることに気づいたオルカは、それを取捨した過去の自分を心底殴ってやりたくなった。

 でも、愚かな過去の自分を嫌悪するのはもうやめよう。

 彼女と手を繋ぎ、未来へ歩いていく自分を愛するんだ。

 

「来るわ! オル君、大きく右にズレて!!」

 

 言われた通り、オルカは弾かれるような勢いで横へ移動した。マキーナも、まるで紐で繋がれているかのようにしっかり後ろを保ちながら付いてくる。

 瞬間、先程まで二人が走っていた位置へ、無数の水鉄砲の筋が格子を張るように突き刺さった。

 

 初撃は避けた。だがまだ距離が長いため安心は決してできない。

 見ると、ラージゴーレムは自身の目の前に水玉を数個発生させていた。

 

「水鉄砲と水玉がセットで飛んでくるわ! 一度右に控えめにズレて水玉を避けて! 水玉とすれ違ったら今度は左に大きく移動して!」

 

 走る足を保ったまま少し右に詰める。それから半秒と経たずに左耳と薄皮一枚の間隔で水玉が通り過ぎた。それを確認次第、マキーナとともに迅速に左側へ飛び退いた。床を勢いよく転がりながら、先程いた場所へ滝のごとく降り注ぐ豪水を目に映した。

 

 素早く立ち上がり、また走り出す。まだ距離はあるが、さっきよりはラージゴーレムの全容がはっきり見えてきた。一気に詰めてやる。

 

 それからも、オルカは走りながら、マキーナからの指示通りに回避を続けた。

 

 ある時は横へ飛び、ある時は斜め後ろへ下がり、ある時は前方へ飛び込んで躱しながら、着々と距離を近づけていく。

 

 その最中、オルカはマキーナに動かされているというイメージを超越して、感覚を共有しているような錯覚を覚えた。

 

 そのためだろうか。オルカの眼には――ラージゴーレムから発せられた無数の光の線が、自分たちを指しているように見えなくもなかった。

 その光の線が集中した場所から素早く離脱すると、その位置めがけて水鉄砲や水玉がスコールよろしく照射される。

 そして、それ以降も似たような場面を繰り返した。

 もしかするとこれは、マキーナの見ている世界なのかもしれない。彼女と本当に感覚を共有してしまったのかもしれない。

 もちろん、自分にクラムデリア兵器術を学んだ記憶はない。ゆえにこれは錯覚であると理解できる。でもオルカは、マキーナと本当に心が一つになり、感覚までシンクロしたのだというメルヘンチックな話の方を信じたかった。

 

 二人は一切離れることなく、まるで情熱的なダンスでも踊るかのように回避と進行を繰り返していき――とうとうその場所まで来た。

 

 ラージゴーレムの根元のすぐ近く。

 

「一気に水路まで近づいてオル君!!」

 

 オルカはそこから高速移動の歩法『箭歩(スライダー)』を用いてマキーナを切り離し、ラージゴーレムの生えた根元に一番近い水路の岸まで急迫した。

 

 水の巨人は間近から目にすると余計に大きく、まるで巨木のようであった。そして巨人はその大きな片腕を振り上げた。

 

 オルカは素早く水路の岸にしゃがみ込み、そして左手を水の中へ突っ込んだ。

 

 水の巨人が上げた腕を振り下ろし、そしてそれが到達する寸前――起爆した。

 

 

 

「『冷擊掌(サイレントクラッシュ)八倍(ライジング:エイト)』――――衝撃発射(シュート)ッ!!!」

 

 

 

 「ボバァァァッ!!!」という荒波が叩くような轟音とともに、ラージゴーレムを包んでいた水の巨人が内部から尋常外の勢いで炸裂した。

 

 水の巨人は無様にその有様を崩し、姿を作っていた膨大な量の水をあちこちに噴水よろしく撒き散らす。オルカはそれを浴びせられて再びずぶ濡れになった。

 

 そして、外界に露となった――ラージゴーレムの本体たる大きな鉄の眼球。

 

「――今、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 オルカの雄叫びとともに、いつの間にかセザンのバリアの外に出ていた冒険者たちが一斉砲撃を開始。無数の砲声が鼓膜を叩いた。

 熱線、ロケット弾、火球、レーザー、多弾頭ミサイル…………種々雑多な飛び道具が魚群のごとく飛来。

 オルカはとばっちりを受けないよう頭を伏せてしゃがみ込みながら、それらを一身に浴びる鉄の眼球を見る。被弾し、傷こそ付いているものの、その形はあまり崩れを見せていなかった。やはりラージゴーレムだ。簡単には壊せない。普通のゴーレムならコレを受ければほぼ確実に木っ端微塵であろうに。

 

 その間にも、水が再び本体を包み込もうと水路から伸びて来ていた。マズイ。このままじゃ間に合わない。

 

 その時だった。

 

「セヤァッ!!」

 

 マキーナが鋭い一喝とともに『ファントムエッジ』の刀身を振り抜いた。

 

 その一振によって発生させた斬撃のコピーによって、鉄の眼球の上に切り傷ができる。だが、まだ浅い。

 

 しかし、彼女はそれで止まらなかった。

 

「ッサアアアァァァァァァ!!」

 

 目で追えないほどの雷光のような剣速をもって、何度も太刀筋を往復させ続ける。

 

 それによって生み出された無数の斬撃のコピーが、先程と同じ切り傷に集中してキツツキよろしく間断なく叩き込まれる。それによって傷口はより深くなったが、まだ両断するには至らない。

 

 それでも彼女は執拗に剣光を躍らせ続ける。

 執拗に。ただただ執拗に。

 

 絶えず与えられる斬撃のコピーの猛攻。傷口の深さはあっという間に球体の半分近くにまで達した。

 

 そして、

 

「ハァァァァァァァァッ!!!」

 

 今までの剣戟の中で輪をかけた気合とともに、マキーナは垂直に刀身を斬り下ろした。

 

 そして、同時に聞こえてきたのは「バキィン!!」という金属音。

 

 音のした方向を見ると――そこには真っ二つに割られた状態で虚空を舞っている鉄の眼球があった。

 

 浮遊能力を失って自由落下を続けていたその二つはゆっくりと床に近づき、やがて水路の岸近くに落ちる。

 

 鉄の眼球だった二つのモノは、コロコロとそれぞれ別々の方向へと転がり、やがて断面を晒して止まった。

 

 オルカは恐る恐るその二つの残骸のうちの一つへ近づき、断面から内部を覗き込む。以前戦ったラージゴーレムのソレよりも大きなアルネタイトの存在はひとまず置いておいて、部品を調べる――どれも作動していなかった。

 

 もう片方の残骸を調べていたマキーナの方を向くが、彼女も「動いてないよ」と目で伝えてきた。

 

 ――倒した。

 

 

 

 そう結論づけた瞬間、先程閉じられていた扉がゆっくりと開かれた。

 

 それと同時に、扉と対面する形で存在していた壁が文字通り「消滅」し――その先に続く道を明らかにしたのであった。

 


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