鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)   作:魔人ボルボックス

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第三章 一つの再会、一つの決別 —3—

 その後、カシューの準備のために一度ケルサック工房へ戻って要件を済ませてから、オルカは久方ぶりの兄弟子とともに目的地へと向かった。

 

 アンディーラの最西端、ほぼ街外れと言っていい位置にある巨大なブロック型の建造物。迷宮(アンダーエリア)の入口だ。 

 

 その中に入り、地下深くへの階段を下り終えてすぐの所に二人は立っていた。

 

 街中の石畳のように、いくつものブロックが合わさったような溝の走る内壁の上に、おなじみの幾何学模様が広がっている。

 

「はぁ……シスカちゃん来なかったなあ」

 

 カシューがそう溜息をつきながら、爪先で床を鳴らす。

 

 ちなみにシスカはいない。一足先に「妖精の方舟」へと帰った。彼女曰く「せっかく兄貴に会えたんだから、水入らずで仲良くやんなさい」だそうだ。妙な所で気の利く娘だと思った。

 

「やれやれ、もっと見たかったのによぉ……」

「何を? シスカのクラムデリア兵器術を?」

「違う――太ももだよ」

「……は?」

 

 言っている意味が一瞬理解できなかった。

 

 カシューは両手の指をわきわきさせながら、夢見心地な表情で迷宮の天井を軽く見上げる。

 

「胸は少し残念だけど、肌出しまくりなあの軽装だぞ? うなじとか腋とか太ももとか、ある意味胸よか魅力的なパーツが外界に晒されてんだ。特にあの真っ白で細く、それでいて柔らかそうなあの太ももとか最高じゃんか! やべーよ俺、あの太ももの間でなら圧死してもいいって思っちまったよ。オルカはどうよ?」

「………………ノーコメントで。あと、それシスカの前では絶対に言わないでね。細切れにされちゃうよ」

 

 兄の事は慕っているが、昔からこういう猥談にはついていけない。

 

「あれ? 兄さん、エフェクターは?」

 

 オルカはそう問うた。

 

 カシューの装備はシールド装置の付いたベルトと、それにくくりつけられたアルネタイトと部品を入れる袋のみ。武器らしきものが見られない丸腰の状態だった。

 

「ああ、これだよ、これ」

 

 カシューは自分の首元をつんつん指差す。

 

 見ると、彼の太い首筋には、太めの金属のリングが巻かれていた。

 

 そういえば、工房に戻って準備をする前までこんなものは付いていなかった。

 

「それがエフェクター?」

「おうよ。こいつは『マグニファイヤ』ってエフェクターだ」

「どんな能力?」

「まあ、教えても構わないんだが――その話はまず敵さんをぶっ倒してからにしようぜ」

 

 そう言って、前の道の奥をチラリと睨めつけるカシュー。

 

 普段はおちゃらけた女好きであるからこそ、こういう目をされると否応なしに緊張させられる。オルカも同じ方を見た。

 

 「ブォォォォン……」という好戦的な羽音を立てて近づいて来るのは、スズメバチ型のゴーレムだった。

 

 無論、そのフォルムは本来のスズメバチよりもずっと巨大で、三十センチはある。余計におぞましく感じた。

 

 数は軽く目算して、十匹弱といったところか。

 

 スズメバチ型ゴーレムたちはこちらの存在に気づくと、その丸いドームのような双眸を赤熱させる。

 

 そして――弾丸のような速度で一斉に襲いかかってきた。

 

「うわ!」

 

 その勢いに気圧され、オルカは思わず腰が引けてしまった。

 

 スズメバチ型ゴーレムたちは、全員同じタイミングでお尻の刺針を伸ばす。その針はパチパチという音と、青い閃光の明滅を帯びていた。おそらく刺突とともに感電させるための武器だろう。

 

 あっという間にこちらへ急迫してきた蜂の軍勢。

 

 完全に避けるタイミングを逃してしまった。

 

 オルカはダメージ覚悟で横に飛び退こうとした、その瞬間だった。

 

 先頭を飛行していた蜂ゴーレム一匹が――突然弾け飛んだ。

 

「……えっ」

 

 オルカはぽかんとした。

 

 その後も次々と殺到してくるが、蜂ゴーレムたちはその刺針が自分やカシューに届く前に塵芥と化す。

 

 蜂ゴーレムの残骸がボロボロと降り積もる。

 

 そして、残った一匹も、

 

「――ふっ」

 

 カシューの細く鋭い吐気とともに、爆砕。

 

 その時、オルカの目にはほんの微かにだが確かに見えた。カシューの肩口から蜂ゴーレムに向けて――一筋の閃光が走ったのが。

 

 それを見て、オルカはその爆裂の謎が解けた。

 

 カシューは目にも留まらぬ疾さで拳を放ち、向かって来る蜂ゴーレムを全て叩き壊したのだ。

 

 クランクルス無手術第九招『一条鞭(スネイクバイト)』――極限まで脱力させた腕の末端に全身の力を集約させ、鞭のように疾く鋭い拳打を打ち出す技だ。

 

 この拳の速度は個人の練度に比例する。カシューの拳はほとんど見えなかった。つまりそれだけ拳士として優秀だということだ。

 

 それだけではない。『一条鞭(スネイクバイト)』はスピードが速い分、他の技より威力は低めだ。この技は攻撃というより、相手を牽制するために用いるのが主な使い方である。

 

 そんな技で、向かって来る全ての蜂ゴーレムを一撃で撃ち落としたのだ。

 

 間違いない。カシューは自分と違って――素手でゴーレムを破壊できるほどの力をつけている。

 

 久しく兄の拳を見れたこと。そしてその拳が全く衰えていなかったこと。オルカは懐かしさと尊敬の念を同時に抱いた。

 

「まだいるみたいだぜ。油断すんなよ」

 

 指摘通り、前方奥には他にもゴーレムが数体いた。

 

「走るぞ!」

「うん!」

 

 カシューの合図とともに、その赤く光る瞳の群れに向かって疾駆する。

 

 鍛えられた二人の脚力は、ゴーレムの集まりとの間隔をぐんぐんと狭めていく。

 

 遠く前方に立つサイ型ゴーレムの角が、光を発し始めた。

 

「オルカ、『箭歩(スライダー)』!」

「了解っ!」

 

 返事と同時に、二人は風となった。

 

 先ほどとは比べ物にならない速度で接近。

 

 サイ型ゴーレムの角から強烈な熱線が放たれるが、直撃した場所に二人はすでにいなかった。ただ床が激しく焼けただけである。

 

 カシューとアイコンタクトする。「俺が行く」そう伝わってきた。オルカは視線で了解の意を返す。

 

 カシューがサイ型ゴーレムに突っ込む。

 

 そして、胸を抱くように背中を向け、

 

「――クランクルス無手術第十招『硬貼(ムーブマウンテン)』!」

 

 その状態で勢いよく突進した。

 

 カシューの背部と、サイ型ゴーレムの角の側面が激突。

 

 ――普通ならば、カシューの激烈な体当たりを受けたサイ型ゴーレムは、後方へ吹っ飛ばされるはずだった。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 カシューの背部との接点から――サイ型ゴーレムの体が綺麗に真っ二つに切り別れたのだ。

 

 二つに別れたサイ型ゴーレムは火を吹き消したように赤い瞳から光をなくし、そのまま双方床に倒れた。

 

 その摩訶不思議な現象にオルカは目を大きく見開きそうになるが、今はゴーレムを倒すことが先だと思い、なんとか自制した。

 

 飛びかかってくる、自分の腰くらいの大きさの犬型ゴーレムを横に動いて回避。そのまま前方に見える同型のゴーレムへ突っ走って肉薄、『衝拳(マキシマムストライク)二倍(ライジング:ツー)』を叩き込んで粉砕する。

 

 続いて視界の右端にツル型ゴーレムの存在を確認。オルカはカシューに倣って右拳による『一条鞭(スネイクバイト)』を嘴に叩き込み、仰け反らせる。そのまま横歩きで距離を詰め『旋鑽拳(スパイラルビート)四倍(ライジング:フォー)』で胴体を貫き破壊。

 

 左側から四足歩行で突っ込んでくるクマ型ゴーレムを視認すると、オルカは回転しながらジャンプ。真下にやってきたその背中めがけて『墜穿脚(コメットスピア)』を蹴り下ろしてから着地。うつ伏せに這いつくばっている隙に、素早くクマ型ゴーレムの側面へ回り込んで掌を添え『冷擊掌(サイレントクラッシュ)六倍(ライジング:シックス)』を発動。掌の接点からクマ型ゴーレムの体が花開くように砕け散る。

 

 そして、先ほど躱した犬型ゴーレムが方向転換し、背中を見せているオルカめがけて駆けてきた。

 

 オルカは拳を握り締めてそれに応戦しようとした瞬間――突然犬型ゴーレムの体が横から真っ二つに斬れた。

 

 泣き別れた二つの部位の間には拳が一つ差し入れられていた――カシューのものだ。

 

 ――まただ。

 

 本来なら相手を砕くはずの拳なのに、まるで鋭い刃物で斬ったような結果となる。

 

 明らかに物理的におかしい。

 

 その後、他の犬型ゴーレムたちが四方からカシューに飛びかかるが、全匹神速の『一条鞭(スネイクバイト)』を打ち込まれ、綺麗に二等分となる。

 

 斬り分けられた犬の半身がガチャガチャと下に落ちる音とともに、群れの全滅を確認。

 

 周囲に敵がいない事を確かめてから、各自、自分の倒したゴーレムからアルネタイトを取り出す作業に入る。

 

 そしてそれも終わり、少しだけ大きくなった袋をぶら下げて迷宮の道を歩いている途中、オルカはとうとう切り出した。

 

「ねえ兄さん、そのエフェクターってどんな能力なの?」

「「荷重範囲のコントロール」だよ」

 

 カシューはやや得意げに説明し始めた。

 

「例えば、ハンマーで鉄板を殴ったとしよう。その時振り下ろした力は、ハンマーの口が接触した範囲に集中して伝わるだろ?」

「うん」

「そのように打撃ってのは、殴ってぶつけた範囲にしかその重さを伝えられないもんだ。そしてその打撃の重さが伝わる範囲、すなわち「荷重範囲」は、決してそれ以上広がることもないし、縮まることもない。それが物理的常識ってもんだ。だが――この「マグニファイヤ」の能力を使えばその限りじゃない」

 

 カシューは自身の首輪『マグニファイヤ』を指でコツコツ叩きながら、

 

「このエフェクターはさっき言った「荷重範囲」を自在に拡大、縮小させることで、その打撃の性質を変えることができる。それを使えば、さっき言ったハンマーの荷重範囲を極細の線状に変化させて鉄板を真っ二つにすることも、小さな点状に変化させて鉄板に穴を穿つこともできる。つまりただの打撃を、刀にも槍にも自在に変化させられる能力ってわけだ」

 

 それらの話を聞いてオルカは納得した。

 

 先ほどカシューの打撃を受けたゴーレムが真っ二つに斬れたのは、『マグニファイヤ』の能力で拳の荷重範囲を極限まで縮めたからだろう。あれはいわば「斬れ味を持った打撃」だ。

 

 そんな能力に、ゴーレムの外殻を素手で壊せるほどの練度を持ったカシューの技の力が加われば…………その拳はあらゆるものを断ずる名刀にも、あらゆるものを刺し貫く神槍にもなり得る。クランクルス無手術との相性は『ライジングストライカー』よりも遥かに良いかもしれない。

 

「これ、マスターが作ったんだぜ? スゲーだろ? ったく、こんなモン作れる腕があるんだし、あの性格さえどうにかなればお客も寄り付くと思うんだがね」 

 

 カシューはやれやれだとばかりに肩をすくめる。

 

 ……ケルサックの事を思い出すとともに、オルカの思考は当初の目的へと帰納した。

 

「そういえば、目的のゴーレムってどういうやつなの?」

「デカいトカゲ型のゴーレムだ。そいつが目的の部品を持ってる。装甲が結構硬い上に、分厚い鉄板を突き破るほどの高温の炎を吐く厄介者だから、用心してかかれよ」

 

 一流の武人たる彼をもってそう言わしめる存在に、オルカは一層の緊張感を心に秘めつつ、無言で頷いた。

 

 迷宮の道を歩き続ける。

 

 情けない話だが、一人では心細い迷宮も誰かと一緒なら怖くない。それが兄弟子ならなおさらだ。そのため、オルカは普段とは比べ物にならないくらい安心していた。こんな落ち着いた気持ちで迷宮を歩くのは初めてのような気がする。

 

 だがそれでも念のため警戒心は残しておく。その証拠として、アルネタイトレーダーを片手に握りしめていた。画面には今のところ二つの青点――オルカとカシューの反応以外何もない。

 

 ちなみにアルネタイトレーダーは、袋の中に集めたアルネタイトには反応しない。この袋は冒険者協会から支給されたもので、生地にはアルネタイトレーダーの電波に反応しない素材が織り込まれているのだ。

 

 時々レーダーに視線を配せながら、黙々と歩を進める二人。

 

 だが不意に画面上で――新たな赤点が二つ輝いた。しかもラージゴーレムほどではないが、普通より少し大きい。

 

 レーダーの反応の大きさはアルネタイトのサイズに比例し、そしてアルネタイトのサイズはそのゴーレムの強さに比例する。この二つの反応は決して油断するべからざるものだった。

 

 オルカはカシューと顔を見合わせ、互いに頷いた。

 

 レーダーを懐にしまいながら、カシューと共に駆け出す。

 

 遥か奥には、レーダーと同じ色の二つの赤い点。

 

 それは走って近づくたびに大きくなっていき、やがてはっきりした姿かたちを現した。

 

「――いきなりおいでなすったな」

 

 カシューがその二体を見て、不敵に笑みを作りながら呟く。

 

 オオトカゲの形をとったそのボディーは、近くから見ると赤というより赤褐色に近かった。全長は八メートルほどで、全体的にずんぐりむっくりしていて膨張感と重量感を同時に醸し出している。

 むくむくとした短く太い四本足は、迷宮の床をしっかりと掴んでその巨体を支えていた。

 

「あれが探してたゴーレムなの……?」

 

 オルカは二体のオオトカゲを哨戒の眼差しで見ながら訊いた。

 

 その体長はレーダーの赤点同様、ラージゴーレムには及ばない。しかしながら中々のサイズだ。

 

「ああ。マスターご所望の部品を持ってる奴だ。とっととぶっ倒して帰ろうか。とはいえ、二体か……」

 

 カシューはそう言うと一度言葉を切り、少し難しい顔をしながらこう提案してきた。

 

「一人一体ずつ相手をしよう。オルカ、やれるか?」

 

 オルカは一瞬逡巡するが、やがてはっきり首肯した。確かに少し大きいが、ラージゴーレムに比べたらなんてことはない。

 

 それを見てカシューも「よし」と頷き返し、

 

「それじゃ、一、二の三で行くぞ? いーち、にーの……」

「「さんっ!!」」

 

 二人は全く同じタイミングで『箭歩(スライダー)』で前進した。

 

 オオトカゲとの間隔を冗談じみた早さで狭まっていき、敵の顔の細部まで目に映るほどまで接近。

 

 しかし、それでもオルカは眼前の敵に向けて足を止めない。むしろペースアップさせる。

 

 このままオオトカゲの懐へ飛び込んで『衝拳(マキシマムストライク)六倍(ライジング:シックス)』を叩き込もうと戦法を組み立てた――時だった。

 

 閉じかけたオオトカゲの(あぎと)の隙間から、赤白い光が木漏れ日のようにほとばしる。

 

「――!」

 

 マズイと思ったオルカは前進を中止し、右側へ迅速に飛び退いた。

 

 次の瞬間――まばゆい光と「ヴォウッ!!」という遠方の雷鳴が轟くような音が響いた。

 

 オルカが走行していた場所を、激しい炎が埋め尽くしていた。

 

 その炎はオオトカゲの口の中から轟々と放射されている。火炎放射器だ。

 

 オオトカゲはしばらく炎を吐き出し続け、やがてそれを引っ込めた。

 

 それをチャンスと見たオルカは体勢を立て直し、再びオオトカゲに突っ込んでいこうとした。

 

 しかし突如、オオトカゲの長く太い尻尾の先端がガシャッと音を立て、つぼみが花開くような形で真っ二つに開いた。

 

 中から現れたのは、レンコンのようにたくさん穴のあいた円筒状の物体――ガトリング砲だった。

 

 その銃口が、こちらへはっきりと狙いを定めた。

 

 円筒状の砲身が「キュルルルル……」と回転を開始。

 

 オルカは戦慄し、慌ててその場から駆け出した。

 

 それから一秒もかからぬうちに、オオトカゲの尻尾の先端が激しくフラッシュ。

 

 「ドババババババッ!!」という破裂音の連なりが耳をつんざくとともに、無数の弾丸が豪雨のごとく放たれた。

 

 オルカは直撃をまぬがれたが、オオトカゲが銃口を自分に合わせようと動かしてくるため、殺人スコールが激しい音を立てながら逃げる自分に迫って来る。

 

「う、うわーーー!」

 

 チュインビスビスビスビスッ!! という凶悪な着弾音の嵐から、なおも必死に逃げるオルカ。

 

 しばらく走ると、ようやく乱射がストップ。

 

 見ると、先ほどよりもオオトカゲとの距離が離れていた。

 

 だが安心するのも束の間、オオトカゲは再び口に種火を携えていた。

 

「くっ!」

 

 オルカが素早く横へ飛び込むと同時に、爆炎の槍が一閃。かすりもしなかったものの、炎との間隔は二十センチ未満というわずかなものだった。

 

 床を数回転がってからしゃがみの姿勢となり、オルカはオオトカゲを睨んだ。

 

 遠距離の敵は火炎放射器で応戦し、接近してきた敵はガトリング砲で穴だらけにする。おそらくオオトカゲはそのように兵装を使い分けているのだろう。

 

 近距離戦一辺倒な自分には面倒な相手だ。

 

 『瘋眼(ディファレントゾーン)』を使おうかという考えが一瞬脳裏を通過したが、かぶりを振った。あれを使えば確かに勝てるだろうが、襲ってくる体への副作用が凄まじい。それを考えると二の足を踏んでしまう。副作用で苦しんでいる所を新たに現れたゴーレムに狙われたらたまらない。ラージゴーレムの時は本当に非常事態だったから使ったのだ。

 

 ならどうするっていうんだ――オルカは責めるように自問自答した。

 

 こうしている間にも、オオトカゲは口に再び炎を蓄えながらこちらを向こうとしていた。

 

 今のように距離を離していれば、何度もあの炎に襲われる。かといって炎を避けて接近しても、今度はあのガトリング砲が飛んでくる。あの弾幕に入ったら凄まじい勢いでシールドエネルギーが削られるに違いない。

 

 近づきたいけど近づけない。そのことにもどかしさを感じた。

 

 だがそこで、ある考えが閃光のように舞い降りた。

 

 近づけないなら――遠距離から倒せばいいじゃないか。

 

 今の自分にはその方法がある事をすっかり忘れていた。

 

 そうと分かれば善は急げ。オルカは腰を落とし、拳を脇に構えた。

 

 オオトカゲはすでにこちらへ口を向けており、今まさに爆炎を放たん状態だった。

 

 構えた拳を包む『ライジングストライカー』の点滅灯が四つ輝く。

 

 全身を足底から渦潮のように旋回させる。

 

 拳を遥か彼方へ飛ばすイメージを浮かべながら、オルカは繰り出した。

 

「『旋鑽拳(スパイラルビート)八倍(ライジング:エイト)』――――衝撃発射(シュート)っ!!」

 

 オオトカゲが炎を放ったのと、突き伸ばされたオルカの拳から衝撃波が「ゴウッ!!」と放出されたのは、同時だった。

 

 渦状の力の塊と爆炎の槍が拮抗――することはなかった。オルカの放った衝撃波は炎を一方的にかき分けていき、やがて空中分解させて無数の火の粉に変えた。

 

 渦状の衝撃波は勢いを衰えさせる事なく、そのままオオトカゲを抉るように捉える。

 

 そして――爆裂した。

 

 その重鈍そうな巨体は見る影もなく四方八方へと弾け飛び、暴風雨のような勢いで細かい鉄屑が舞う。

 

「あいたっ」

 

 オルカのお腹に何かが飛んできて当たった。取って見ると、それは赤い結晶――アルネタイトだった。しかも普通のゴーレムに比べて結構大きい。

 

 細かい鉄屑の嵐が止む。

 

 見ると、目の前には元々オオトカゲだった無数のガラクタや金属片が散乱していて、ひどい有様だった。

 

「……おいおい、もうちょっと綺麗に倒せないかな?」

 

 離れた所に立つカシューは体についた細かい鉄屑を払いながら、苦笑混じりで言った。

 

 彼の足元には、綺麗にぶつ切りとなったオオトカゲの残骸が転がっていた。

 

「いやー、俺は手っ取り早く終わったんだけど、お前は苦戦してるっぽかったし……かといって邪魔するのは良くないかと思って、黙って観戦してたぜ」

 

 ははは、と声を出して笑うカシュー。

 

 手伝ってくれてもいいのに……と一瞬恨めしく思ったが、自分に経験を積ませるためにわざと放置したのだとすぐに確信もした。本当に危なかったら、この人は迷わず助けに入ってくれていたはずだ。

 

「さ、部品探しスタートといくか」

 

 その一言とともに、カシューはオオトカゲの残骸をあさり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的の部品を回収した後、二人はついでにもうしばらく迷宮を探索し、いくつかのアルネタイトを稼いだ。

 

 そして探索を止めて脱出し、現在は入口付近で外の空気と光を存分に満喫していた。

 

 二人の肌を照りつける日光は入る前とは勢いを増していた。すでに正午になっているのだろう。

 

「いやー、働いた働いた。さて、さっさとブツをマスターに届けますかね」

 

 傍らのカシューはやり遂げたように背伸びをしながらそう口にする。

 

 そして、今度はこちら側へ視線を向けると、ニッと微笑んで、

 

「久しぶりに見たけど、なかなか良かったぜ、お前の戦い方。使うべきである技とそうでない技の取捨選択が要所要所でしっかりできてた。昔道場で「隙の多い技はポンポン使うな」って口を酸っぱくして教えてやった通りだったよ」

「あ、ありがとう……兄さん」

「ただ、技を出す直前とか、そういうところに無駄な動作がいくつかあったなぁ。無駄な動作ってのは隙だけじゃなくて余計な体力の浪費も招くから、なるべく省くようにしな。見るものを魅了する彫刻も、無駄な部分を徹底的に削ぎ落とした先に生まれるもんだ」

「うん……わかった」

 

 オルカは欠点を指摘されて多少しょんぼりするが、それ以上に感嘆していた。

 

 彼はあの息もつかせぬ戦いの中でも、こちらの動きをしっかりと観察していたのだ。

 

 強力な武器をこれでもかと撃ってくるゴーレムと戦いながら余所の様子にも気を配るなど、実力に裏付けされた余裕がなければできない。その事実から、彼の力が本物であると改めて確信した。

 

 カシューはさらにこう問うてきた。

 

「それと――どうして『瘋眼』を使わなかったんだ? あのトカゲと戦ってた時、『瘋眼』を使えば楽勝だっただろ」

 

 ――本当に、よく見ている。

 

 オルカはおずおずと答えた。

 

「その……襲ってくる副作用の事を考えると…………尻込みしちゃうというか」

 

 我ながら情けない理由だった。

 

 『瘋眼』は使用者を相対的に最速にするという破格の技術だが、体の強烈な不調に襲われるという代償もある。オルカはその副作用が怖かった。

 

 初めて『瘋眼』を使った時、たまらず道場の敷地に朝食を吐き戻したことは今でも忘れない。その頃よりはマシになったと思うが、それでもまだ受け入れられない自分がいた。

 

「……まあ、気持ちは分かる。お前が今思い出してるであろう記憶はおそらく俺も経験済みだ。だけど『瘋眼』はなるべくしょっちゅう使って慣らした方がいい。そうすれば、体に出る負担もある程度少なくなる。苦しいかもしれないけど、レベルを上げるにはある程度の苦しみや努力も必要だからな」

「うん……」

 

 消沈するようにうなだれるオルカ。

 

 するとカシューはさっきまでの真剣な表情を一転、にこやかに笑ってオルカの肩に手を置いた。

 

「――さてと、お説教はここまで。俺、これからマスターんとこに部品を届けに行って、その後どっかで昼飯にするつもりだけど、お前も来るかい?」

「……うん。喜んで」

 

 昔からの仲なのだ。是非もない。

 

 その後、二人は各々のエフェクターを外し、そのままケルサック工房へと足を進め始めた。

 


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