鋼鉄の迷宮(アンダーエリア)   作:魔人ボルボックス

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プロローグ 決意

 よく見知った村の、よく見知った広場。

 

 そこは町の子供達がしょっちゅう足を運ぶ場所。遊び場。

 

 いろんな子供たちがやって来て、自分なりの楽しみを考え、そしてそれを本能のまま全力で行う。

 

 ボールを投げて遊んだり、追いかけっこをしたり、おもちゃを持ち寄り自慢し合ったり……内容は様々だった。

 

 だが今、そんなみんなの笑顔溢れる空間は――重なり合う数人分の非難の言葉と、たった一つの泣き声のみに支配されていた。

 

 一人の女の子と、その周りにいる数人の男の子。

 

 お世辞にも綺麗とは言えない泥まみれな服を着たその女の子は、乾いた地に膝を付き、震えながら嗚咽をあげていた。その両目からは涙滴がぼろぼろと流れ、押さえても押さえても止まらない。

 

 その女の子の周りを、数人の男の子がぐるぐる周回している。

 

 男の子たちは、まるで「ヒトではない何か」を見るような冷え切った瞳の中に女の子の姿を映しながら「魔女」「人もどき」「機械女」……あらゆる言葉を使って女の子の心を傷つけた。

 

 女の子はそれらを耳にし、さらに涙の流れる勢いを強め、しゃくりあげる。

 

 

 

 ――そんな様子を、木の陰から覗き込んでいる男の子が一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――オルカ・ホロンコーンはそこで目を覚ました。

 

「――――はっ…………!?」

 

 オルカは焦りに駆られてガバッと上半身を起こす。

 バクバクと鼓動を早める胸を強く押さえながら、外界の酸素を懸命に体内へ取り入れる。

 優しい亜麻色の髪の下にある、そこそこ整ってはいるがひ弱そうな顔を、汗が結露のようにびっしり覆っていた。

 

 必死で目をぐるぐる巡らせて、周囲の状況を確認する。

 自分が今体を預けているのは、薄暗い空間の端に位置する安っぽい木製のベッド。他にはワンパターンな種類の服のみが収まったタンス、小物を入れる背の低い棚、夜明け空の村が見通せる窓。それらは全て、狭い自室の中に収められていた。

 

 ――あの広場じゃ、ない。

 

 先ほどまでの映像が夢であったことを確信したオルカは、荒かった呼吸を落ち着け、安堵で胸を撫で下ろした。

 

 しかし、それからすぐに心に湧き出してくる。

 後悔。

 自罰感情。

 焦燥感。

 強迫観念。

 

 それらを生み出したのは、先ほどの夢――追憶だった。

 

 寝起きのはずのオルカの体に、自然と力がみなぎる。

 

「――ちくしょうっ!」 

 

 かぶっていた毛布を乱暴にどけて、オルカはベッドから下りた。

 

 着ているパジャマを脱ぎ捨て、タンスにしまってある服に着替える。

 慣れた動作でいつもの持ち物を用意し、自分ひとりしかいない家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆がまだ寝静まっている夜明けの村を、オルカは何かに追い立てられるような心境で走り抜け――『迷宮(アンダーエリア)』へ駆け込んだ。

 

 『迷宮』とは、世界のあちこちに、それも星の数ほど存在する地下遺跡の事である。

 太古の昔、今の自分たちの文明以前に存在していた『先史文明』の人間たちが残した建造物であり、内部には『ゴーレム』や、古代人の遺した財宝が数多く存在する、危険と夢が同居した空間。

 

 そして人類はその迷宮から、あらゆるパーツやエネルギー資源を持ち帰り、自分たちの文明を発達させてきた。

 

 だが迷宮は、誰もが気軽に入ることのできる空間ではない。

 危険が大きいからだ。

 それゆえこの世界には、そんな危険な迷宮に潜り、文明を支えるための資源を持ってくる担い手となる職業が存在する。

 

 その名は――『冒険者』。

 

 その冒険者の一人であるオルカは、この村――パライト村の南端部にある迷宮に潜っていた。

 

 まだ暗さを残す外と違って、迷宮内部は明るかった。天井が白く発光しているためである。この世界にあるほとんどの迷宮には、こういった内部を照らす照明が存在する。

 

 オルカは薄手のジャケットにゆったりとした長ズボンという、動きやすさに特化したいつもの服装だった。

 バックルにメーター付きの小型機械が仕込まれたベルトを巻き、そして両手には――手甲に五つの点滅灯が花びらのように並んだ、機械仕掛けのグローブがはまっていた。

 

 『ライジングストライカー』――それがオルカの持つグローブ型『エフェクター』の名だ。

 

 エフェクターとは、冒険者たちが必ず一つは所持している特殊武器のことだ。

 冒険者は迷宮に潜むゴーレムと戦うため、それなりの戦闘技術と、ゴーレムの強固な外殻を破るための武装が求められる。エフェクターはその後者に位置する存在である。

 

 オルカは正方形に綺麗にくり抜かれたような一本道を一人歩いていた。幾何学的な模様がツタのように彩っている迷宮の内壁は、極めて高い硬度と融点を持った金属で構成されている。爆薬程度では傷一つ付けられない。

 

 本来はまだ寝ている時間であるためか、周囲には他の冒険者はいなかった。

 

 誰もいない鋼鉄の地下空間に、自分の息遣いと足音だけが響く。

 

 冒険者になってもう一年経つが、最初はこの得体の知れない空間を一人で歩くことが心細くて仕方なかった。

 

 今ではすっかり慣れ、こうして普通に歩くことができるようになっている。

 

 しかしそれは、まだこの迷宮と呼ばれる魔境へ爪先を突っ込んだだけに等しい段階だ。

 

 冒険者としての仕事は、ここからが本番である。

 

 しばらく歩くと、オルカは大きく広がる部屋の端に出てきた。

 

 その奥には、先に続く道が一本伸びている。

 

 だが――その行く手を阻む「影」が四つ。

 

 体長は約二メートルほどで、姿形は地上に生息する昆虫「アリ」そのものだが、その全身は迷宮の内壁に似た幾何学模様で彩られた灰色の金属でできており、顔には赤い水晶のような単眼が埋まっている。全匹ともその特徴が共通していた。

 

(来たな……!) 

 

 オルカはゴクリと唾を飲み、気を引き締める。

 

 あのアリのような鉄の生き物は、迷宮に生息する機械生命体――『ゴーレム』。

 地上に存在する動物や昆虫を模した姿形をしており、人間を見ると容赦なく襲いかかってくる。おまけに戦闘力も高い。

 この生き物の存在ゆえ、冒険者は戦えるタイプであることを強く求められる。

 

 アリ型ゴーレムたちもオルカの存在に気づいたようで、赤い目を一層赤熱させた。「ここから出て行け」とでも威嚇するように。

 

 だが、残念ながら――立ち去るわけにはいかない。

 

 もっとお前たちと戦って、強くならなければいけないのだから――!

 

 そんなオルカの意思が伝わったのか、アリ型ゴーレムたちの目の前に、「キュゥゥゥン……!」という音とともに赤い光球が生み出される。

 

 来る――オルカは身構えた。

 

 やがてゴーレムたちは、その光球をオルカへ向けて撃ち出した。

 「ヒュンッ」という音とともに、高速で殺到する四つの熱エネルギーの塊。

 

「はぁっ――!」

 

 オルカはそれらを身のよじりだけで回避した。

 この攻撃はこの一年間に何回も見てきた。あの赤い目の向く方向と、撃ち出すタイミングさえ掴めば、避けるのは難しくない。 

 

 オルカは体勢を立て直し、まず壁の一番近くにいる一匹に狙いを定めた。

 拳を脇に構え、独特のフットワークで一気に肉薄する――クランクルス無手術『箭歩(スライダー)』。氷上を滑るような足さばきで一気に相手に近づく歩法。

 

 目の前のゴーレムは再度光球を作ろうとするが、もう遅い。

 

 脇に構えた拳を包む『ライジングストライカー』の点滅灯の一つが点灯する。オルカはその拳を一気に振り出した。

 

「クランクルス無手術第二招――『衝拳(マキシマムストライク)二倍(ライジング:ツー)』!!」

 

 衝突と同時に全身の力を開放して叩き込む強烈な一拳。その力をさらに倍化させ、アリ型ゴーレムを激しく殴りつけた。

 そのあまりの衝撃に、ゴーレムは拳の直撃箇所から真っ二つに千切れ、断面から内部を覗かせながら後方の壁に叩きつけられた。

 

 そのゴーレムは、煌々と輝かせていた単眼の光を暗くする。絶命したのだ。

 

 これが『ライジングストライカー』の能力だ。

 グローブに包まれた拳で相手に伝える衝撃力を、最大十倍まで倍化させることができる。先ほどの威力は、拳打が元々持っていた威力を二倍にしたものだ。

 ちなみにこの『ライジングストライカー』、かなり前に作られた旧型のエフェクターである。

 去年、冒険者登録をした日、村の『工房』の中古品を格安で購入したという経緯で手に入れたものだが、パンチ力をたった十倍までしか強化できず、おまけにその十倍を出したら故障してしまうという致命的な欠点ゆえ、冒険者たちからは「不良品」「ゴミ」とボロクソに酷評されている。

 だがオルカはこのエフェクターが気に入っていた。自身の嗜んでいる格闘術「クランクルス無手術」と非常に相性が良いからだ。

 腕力のみで出すパンチの威力を十倍したところで、ゴーレムの外殻にめり込む程度だろう。だが全身の力を一点に集約させて打つ、クランクルス無手術の強力な拳打を倍化すれば、それはたちまち凶悪な一撃と化す。倍化しないままでも、小ぶりな岩石を簡単に粉砕できるほどの威力があるのだから。

 

 オルカはすぐさま目標を変え、一番近くにいるアリ型ゴーレムの方へ目を向けた。

 相手は光球を生む単眼をこちらへ向けようとしているところだった。

 

 そうはさせない。オルカはすぐさま距離を詰め、床に根を張るように腰を落とした。

 脇に構えた拳の点滅灯が一つ光を発する。

 クランクルス無手術第一招。

 

「『硬旋拳(スパイラルビート)二倍(ライジング:ツー)』っ!」

 

 竜巻のような全身の螺旋運動とともに放たれた正拳は、その優れた貫通力でゴーレムの外殻をバキバキバキ! と抉っていき、大きな穴を穿った。

 そこから腕を引き抜くと、ゴーレムはまるで示し合わせたかのように瞳を暗くし、事切れる。

 

 だが息付く暇はまだなかった。遠く左のゴーレムが、作り出した光球をこちらへ撃ってきたのだ。

 

 オルカは迅速に全身をのけ反り、やって来たそれをスレスレで回避。

 それからすぐに体勢を整えて、そのゴーレムめがけてダッシュ。

 続けざまに何度も飛んでくる光球を軽やかに躱しながら、あっという間にゴーレムの至近距離へ接近。

 

 振り上げた手を虎の爪のような形にし、それをアリ型ゴーレムの腹部の節目めがけて鋭く振り下ろした。

 

「クランクルス無手術第三招――『剛爪手(アイアンネイル)二倍(ライジング:ツー)』!!」

 

 鋼鉄すら容易く破る凶爪と化した五本の指によって引き裂かれ、ゴーレムの体は上下に泣き別れる。

 そして、目から光を失った。

 

 順調だ。うまくいっている。一撃も食らっていない。オルカはその事実に内心得意になる。

 

 だが、そうして油断していたからだろう――その三匹目の影に隠れて攻撃の準備をしていた、四匹目の存在を読み遅れた。

 

 分割されたゴーレムの亡骸の間から見えた最後の一匹は、後ろを向き、楕円形に膨れたお尻の先端を自分に向けて突き出していた。

 そこには刺針の代わりに小さな発射口がある。

 そこから「プシュッ!」と勢いよく火を吹き出し、金属の飛翔体――小型ミサイルを撃ってきた。

 

「しまっ――!」

 

 た、と言い終える前に、ミサイルがオルカの土手っ腹に炸裂。

 

 小規模の爆発と同時に――自分の体表面に光の障壁が瞬いた。

 

 オルカは爆風によって吹っ飛ばされるが、受身を取って素早く立ち上がる。火薬臭い匂いが鼻についた。

 小さいながらも、まともに当たれば人体を簡単にバラバラにできるであろう威力の爆発だった。

 だがオルカの体はどこも欠損しておらず、痛みもない。受けたのは爆風の勢いだけ。

 

 オルカは機械化されたベルトのバックルを見た――メーターの針が先ほどよりも少し下に下がっていた。

 

 バックルの正体は『携帯用エネルギーシールド発生装置』。通称、シールド装置。

 人体にとって危険な衝撃力や熱エネルギーなどの接近をセンサーが感知すると、内蔵された「エネルギー源」からエネルギーを適量消費し、自動でエネルギーシールドを形成して防御してくれる。

 迷宮探索をなるべく安全なものにするため、登録した冒険者に必ず支給されるアイテムだ。

 この機械がまだ存在しなかった大昔の冒険者たちは、生身を晒したまま探索をしていた。そのため、その時代の冒険者の殉職率は、現在よりもバカみたいに高かったそうだ。

 

 ゴーレムを見た。お尻を突き出した状態のまま微動だにしない。

 あのミサイルランチャーは奴らの攻撃の中で最も強力だが、それを撃った後はしばらく動かなくなる。

 迷わず攻め時と感じたオルカは歩法『箭歩(スライダー)』で一気に近づき、アリ型ゴーレムの真横を取った。

 

 鉄の外殻に片手を添える――その手を包む『ライジングストライカー』の点滅灯が二つ輝く。

 

「クランクルス無手術第六招――!」

 

 手足を一切動かさず、全身の筋肉だけを効率よく働かせ、それによって生まれた力を触れた掌に流し込んだ。

 

「『冷擊掌(サイレントクラッシュ)四倍(ライジング:フォー)』っ!!」

 

 ノーモーションで放たれる猛烈な衝撃。掌の触れている箇所が「ボンッ!」と大きく破裂した。辺りにパラパラと金属片が飛散する。

 重要な体内器官が破損したのか、アリ型ゴーレムは床に体を伏せ、そして二度と動くことはなくなった。

 

 全てのゴーレムを倒し切った事を確認すると、オルカは片腕で汗を拭い、

 

「ふぅ…………」

 

 一度一安心してため息をついた。

 

 最後のミサイルは避けられなかったが、それ以外は一度も当たらなかった。

 冒険者になりたてだった一年前はあの光球すら避けられず、何度も当てられ、シールド残量があっという間に減って何度も地上へ逃げていた。

 そんな時期に比べれば、自分は明らかに成長したと、独りよがり抜きで思える。

 

 では、いつもの作業に入るとしよう。

 

 オルカはゴーレムの亡骸に歩み寄り、剥き出しになったゴーレムの体内を覗き込んだ。

 機械生命体という呼称の通り、ゴーレムの体内器官は機械で構成されている。

 そして人類はそれらを地上に持ち帰り、使い方を独自で研究、そして応用することで、新しい機械を自分たちの手で次々と作り出し、文明を成長させていった。

 大地を早く走行する機械、空を飛ぶ機械、遠方の相手との会話を可能にする通信機械…………あらゆるモノを作った。

 だが機械に疎いオルカには、これらはただの鉄くずにしか見えない。役に立つ部品かどうかを判断できるのは、機械工学の知識を持った者だけだ。

 

 オルカが今探しているのはたった一つ――『()』という器官だ。

 

 やがて、ゴーレムの下半身辺りに『炉』を見つけたオルカは、その機械仕掛けの臓器にはめ込まれた「モノ」へ手を伸ばし、それを強引に抜き取った。

 

 体内から出てきたオルカの手に握られていたのは――小さな赤い結晶。

 

 これは『アルネタイト』。この世界の文明を支えるエネルギー鉱石だ。

 強い圧力を加えるとエネルギーを発散させる性質を持っており、そのエネルギーは人類が使う全ての機械の動力となる。エフェクターもシールド装置もまた然りだ。

 この石は同時に、ゴーレムの活動エネルギーでもある。冒険者の主な稼ぎは、ゴーレムを倒して体内のアルネタイトを取り出し、それを冒険者協会で換金することだ。

 

 オルカは他のゴーレムの死骸からもアルネタイトを取るため、そこへ近づこうとしたが――奥に続く道から聞こえた金属音を耳にし、一気に緊張感を取り戻す。

 

 音源を振り向くと、そこには新たに二匹のアリ型ゴーレムが目を光らせて立っていた。

 

 オルカは手に持っていたアルネタイトを懐へしまう。

 

 眼光を強くし、『ライジングストライカー』に包まれた両拳を脇に構えながら、

 

「ああああぁぁぁーーーー!!」

 

 裂ぱくの気合とともに、ゴーレムめがけて走り出した。

 

 ――冒険者は、十五歳からでないとなることはできない。

 オルカは子供の頃の「あの日」から、ずっと冒険者になりたいと思い、十五歳の誕生日を心待ちにしてきた。

 そしてそれが叶い、今日で一年。

 

 そんな自分を見て、周りの大人たちは問う――まだ子供のお前が、どうして冒険者なんて危険な職に就きたがるのか、と。

 

 お金のためではない。

 確かに自分はすでに親を失っており、一人で生きていかねばならない身だが、探そうと思えば冒険者以外にも働き口はあった。

 

 それでも冒険者を選んだのには、理由がある。

 

 地上のどの猛獣よりも危険な『ゴーレム』という存在に立ち向かうこと――それが、最も勇気ある行動だと思ったからだ。

 

 だから戦う。

 

 そしていつか弱虫な自分を徹底的に抹殺し、欲しかった「勇気」を手に入れる。

 

 勇気を手に入れ――もう二度とあんな「無様な姿」を晒さないこと。

 

 それが「あの娘」に対する―――せめてもの償いだと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――オルカが迷宮を出たのは、それから数時間後の事だった。

 

 太陽が大きく顔を出して、すっかり朝空となっており、村人の活動も活発化してきている。

 

 オルカが潜っていた迷宮は、このパライト村で唯一にして、最大規模を誇る迷宮だ。

 だが「最大規模」という評価は、他に秤にかける迷宮が村に一つも無いため付いたものであり、実際はそれほど広くはない。

 入り組んでおらず、単純な通路のみで構成されており、トラップもない。

 おまけにゴーレムの戦闘力も低く、危険なラージゴーレムが出てくる可能性も皆無である。

 アルネタイトの大きさはゴーレムの強さに比例するため、採れるアルネタイトの大きさこそちっぽけなものだが、見習い冒険者の経験値稼ぎには絶好のスポットだ。

 出現するゴーレムは全てアリの姿をしているため、ついたアダ名が「蟻塚」。

 

 オルカはその「蟻塚」から帰還し、冒険者協会のパライト村支部に来ていた。

 

 冒険者の登録、ランク管理、処分などを担当する機関。それが冒険者協会だ。

 それだけではない。迷宮で集めたアルネタイトの換金も行っている。冒険者たちはその日の戦果をここへ持ち寄り、自分たちの食い扶持に変えているのだ。

 

 ゴーレムから取り出したアルネタイトは、そのままでは使うことができない。加工が必要だ。

 冒険者協会は、冒険者から買い取ったアルネタイトを『補給所』と呼ばれる組織に売る。

 そして『補給所』は受け取ったアルネタイトを独自の技術で加工し、それを人々に売って利益を得るのだ。

 

「あの、これ、お願いします」

 

 オルカはそう言ってカウンターの「換金窓口」に、集めたアルネタイトの入った袋を置く。

 この袋は、ゴーレムの筋繊維を構成する素材を加工して作られたものである。伸縮性と耐久性にずば抜けており、なおかつ劣化しにくい優れた素材だ。人間大の大きさに膨れ上がっても破れない。回収したアルネタイトを少しでも多く入れられるようにと、組合から冒険者へ無償で提供されるものだ。

 だがオルカの袋はそれほど膨らみを見せていない。

 「蟻塚」のアリ型ゴーレムは比較的戦闘力が低く戦い易い分、内包しているアルネタイトも小さいため、たくさん集まってもそれほど大きくはならない。

 

「はい、ご苦労様。こんな朝早くから精が出るわねぇ」

 

 カウンターの向こうの女性職員が、ねぎらいの笑みを浮かべて袋を受け取る。

 外見的には三十前半くらいだろうか。ふわふわした長い茶髪と、ほんわかした美貌が特徴の女性だった。オルカが冒険者デビューしてすぐに仲良くなった職員である。

 

「オルカ君、冒険者がなかなか板についてきたんじゃないのぉ?」

 

 からかうようにそう言う女性職員に、オルカは苦笑して頬を指で掻きながら、

 

「まぁ……相変わらず量は少ないですけどね」

「謙遜しないの。去年、冒険者を始めたばっかりの頃なんか、一日に一個二個取れるかどうかくらいだったじゃないの。私、「あの子大丈夫かなぁ」って内心思ってたけど、あの頃に比べると、今の君は随分たくましくなったわ」

「そ……そんな。あはは……」

 

 オルカは照れくさそうに笑う。

 

「この調子でガンバガンバ、だよっ」

 

 両拳で気合を入れる仕草で鼓舞する女性職員に、オルカは「はいっ」と頷くと、しばらくその場で換金を待つ。

 

 やがて、まとまったお金を渡されたオルカは、女性職員に軽く会釈し、カウンターを後にした。

 

 確かに、自分は昔と比べて成長した――お金で膨らんだ袋を見ながら、オルカはふとそう思った。

 

 最初は、無機物の塊であるゴーレムが動いて自分を襲ってくるという事実そのものに恐怖を感じていたし、アリ型ゴーレムの攻撃に被弾する回数もずっと多かった。

 

 だが今は違う。前と比べてゴーレムも怖くなくなってきたし、動きも良くなった。

 

 だが、自分が今まで潜った迷宮は「蟻塚」だけだ。

 もう一年経ったのだ。

 いい加減「蟻塚」だけでくすぶっているのはやめにして――次のステップに進むべきではないのか?

 

 現状に満足せず、上を目指し、色々なゴーレムと戦い、そして「勇気」を手に入れるべきではないのか。

 

「……ん?」

 

 ふと、あるものに目が留まり、オルカは思わず足を止めた。

 

 右側の壁には、紙がいくつも貼られた横長の掲示板がある。重要事項の連絡などに使われる場所だ。

 

 オルカの視線は、その多くの紙の中で、たった一枚にのみ照射されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《急募!!》 

 

 迷宮都市アンディーラ北部の山岳地帯に新迷宮を発見! 

 

 この未踏査迷宮の探索を希望する冒険者を募集中!

 

 獲得アルネタイト、出土品の所有権は獲得者本人に発生!

 

 ランク制限無し! 宿泊施設、食事付き!

 

 ふるってご参加下さい!!

 

 

 

 依頼者:スターマン・レッグルヴェルゼ

 

 

 

 

 

 

 

 

 祭りの知らせのような派手な書体で、そう書かれていた。

 

 入口から入って来た他の冒険者たちが、棒立ちしているオルカを邪魔くさそうな顔で避けて通り過ぎる。

 

 だが、オルカはそんなことは気にも留めず、自分の世界に入っていた。

 

 これは――未踏査迷宮の調査依頼だ。

 

 この世界に存在する迷宮は、全て暴かれているわけではない。

 まだ古代人以外の人の手が付けられていない、未知の迷宮も数多存在する。

 これは、そういった迷宮を新たに見つけ、それを調査するための冒険者を募集する知らせである。

 

 この依頼には、メリットとデメリットが同居している。 

 メリットは、まだ誰も手をつけていない迷宮へ一番乗りで入ることができ、お宝があれば一足先に頂けるという点。

 デメリットは、そういった未知の迷宮である分、何が起こるか分からないという点。トラップだらけかもしれないし、強力なゴーレムがうじゃうじゃいるかもしれない。「未知」という名の、小さいようで大きなリスクが存在する。

 

 オルカには――その依頼がとてもタイムリーなもののように思えた。

 

 「蟻塚」以外の、別の迷宮へ入ることのできるまたとないチャンスだ。おまけに食住を保証してくれるというのはありがたい。

 

「――あのっ! コレってまだ募集受け付けてますかっ!?」

 

 気がつくと、オルカはその紙を持って、はやる気持ちで奥のカウンターまで戻っていた。


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