原点にして頂点とか無理だから ~番外編置き場~   作:浮火兎

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久々すぎて書き方忘れちゃった……。
ネタ提供:kento様 ありがとうございました!


10.5話

「冷蔵庫がお腹を空かせています」

 

 昼食の席にて。唐突にそう告げれば、マサキは食器を持つ手を止めて怪訝な表情でこちらを見た。

 

「自分、言葉の使い方おかしいんとちゃう?」

「そっちこそ。洒落も通用しないなんて、仕事のし過ぎで脳みそ凝り固まってるんじゃない?」

「……ああ、そういうこと」

 

 手元の皿に視線を落として、ようやく納得してもらえた。ちなみに、今日の昼メニューは有り合わせ食材で作った炒飯です。

 

「道理で具材が寂しいと……」

「文句があるなら食うな」

「嫌や! お前の飯美味いもん!!」

 

 取り上げようと椅子から腰を浮かせれば、阻止せんとマサキが皿を抱えて込んでこちらを睨む。冗談だよ。言外にそう示せば、マサキから疑り深い目で見られたが渋々食事を再開してくれた。

 

「話を戻すけどさ。マサキっていつも買出しはどうしてるの?」

「契約して週に一回宅配が来るよう頼んどるけど。来んかったか?」

「いや、一昨日来たよ。ジャンボがちゃんと受け取ってた」

 

 勿論それは一人分だ。私たちがきてから数日立った今では、マサキ宅の物などほぼすっからかんな現状。何しろ居候が二人も増えては消費が倍である。

 

「あー……すまへんな、そいつは盲点やったわ」

「飛び込みで押しかけたのはこっちだ。気にすんな」

「後で連絡して追加注文しとくさかい」

「サンキュー。でもすぐに届く訳じゃないだろ?」

「まあな。早くて明後日の到着やと思う」

「なら生鮮物だけでも後で買出しに行ってくるよ。ついでに足りないものあったら買ってくるけど、何かある?」

「ワイはええで、自分の欲しいもん買うといで」

 

 とは言っても、荷物はすでにリーフに頼んでペリッパー便で送ってもらっているし。取り急ぎ必要な物は特に思いつかない。

 

「ジャンボ、欲しい物ある、っけ……っくしゅ!」

「風邪か?」

「そんなはずな……っくしゅん! ぅあー……はっくしゅん!」

「せや、お前さん今年健康診断行ったか?」

 

 相棒の差し出したティッシュで鼻を拭っていたため、首を横に振ることで答える。

 

「きちんと行かなあかんよ」

「引きこもりのお前に言われてもなー」

「ワイはちゃーんと行っとりますー。毎年健康診断書の提出義務があるんでな!」

「大人って面倒くさい」

「人間健康が第一や。わかったらこの機に行っとき」

「ういーっす」

 

 適当に返事をしてその場を流した私たちは、昼食を終えると早速買出しの準備を始めた。なんだかんだで久々の外出だ。先日の一件が落ち着くまで暫く家にこもる生活だったから、お日様の下を歩けることが純粋に嬉しいのもある。マサキと違って私はアウトドア派の研究員だからな!

 支度を終えて玄関へ向かう私たちに、マサキが一枚の紙を手渡してくる。それは私たち研究員がお世話になっている、かかりつけ医療施設のネット予約申し込み書だった。内容は、三日後の午後に検診予約を入れたというもの。それも、私たちの名前でだ。勝手に予約入れやがったな……くそう、ばっくれようと思ってたのに逃げ道を塞がれた!

 瞬く間に意気消沈した私たちは、重たい足取りで買出しに赴くのであった。

 

 

 

 

 

「ちょっとチクっとしますよー」

 

 看護士に言われた言葉にぎゅっと目を閉じて痛みに備える。すぐさま皮膚を刺す感触がして、じわじわとした痛みが続いていく。採血の時の時間って何でこんなに長く感じるのだろう。あと、血の勢いがないからってトントンするのやめてくれませんかね。振動が地味に痛いです。

 きっちり採血管三本分の血液を取られて、傷口をアルコール脱脂綿で強く抑えられる。

 

「はい、おしまい。暫く腕はそのままの状態にしていてくださいねー」

 

 てきぱきと片付けていく看護士さんにありがとうございましたと告げて、私は座っている丸椅子を回転させた。変わって正面には書類片手にこちらを見る担当医の姿が。

 

「お疲れ様。これで診断に必要な検診は全て終わりです。後は検査結果を送るだけだから」

「……お小言は無しですか?」

「珍しくこっちから急かさなくても来てくれたんだし、今回は多めに見てあげるわ」

 

 なんだと!? それなら毎回きちんと来ればいいのか!!

 担当医、通称酒井女医はとても良い先生だ。それはもう、私の主な仕事がフィールドワークと知った時からこまめに診察に来いと連絡をくれるほど患者想いで、あれこれとお世話になっている。腕のほうも確かで評判は常に鰻上り。だが如何せん私はこの人と粗利が合わない。故に、恩はあれど苦手としている人物でもある。女医の方は私のことを好いていてくれているようだが申し訳ない。

 普段なら適当な言い訳で回避するのだが、今回はマサキに先回りされたことにより、強制的に私たちは健康診断へ行かなければならなくなったのだ。行かなければ連絡が来るだろうし、キャンセルの電話を入れれば担当医から説教されるのは目に見えていた。手の打ちようがないよ。

 

「次もこの調子で間を空けずに来てくれると嬉しいんだけどな」

「あはは……善処します」

 

 何事もなく終わったことにほっとしながら、私は診察室を後にした。そのままの足で隣の棟に向かう。ジャンボを迎えにいくためだ。いくら総合医療施設と言えど、ポケモンと人間では診察が全く違うので私たちは別行動を取っていた。

 受付に訊ねれば、先生が呼んでいると別室に案内される。この場合の先生とは、ジャンボの担当医のことだ。迎えにくることは多々あれど、呼び出しなんて今までは一度も無かった……一体何を伝えるために私を呼んだのか。

 あれ、これってなんかドラマとかでよく見る最終通告みたいじゃね? え、ちょ、急に怖くなってきたよ!? どどどどうしようお母さあああんっ!!

 心臓が早鐘を打つが、熱を生むどころか頭の天辺に冷水をかけられた様に背筋がぞぞっと震える始末。ヤバイ、奥歯がガタガタいってる。

 悪いことばかり頭の中に浮かぶせいか、目線が徐々に足元へと落ちていく。目的地に着いても目の前を歩く看護師さんが止まったことに気づかず、頭を背中にぶつけてしまった。慌ててすみませんと一言謝って、案内のお礼を告げると私は急いで室内へと逃げ込んだ。考え事しながら歩いてぶつかるとか……あー、恥ずかしい。

 思考を切り替えて、今度こそしっかりと前を見据えればジャンボの担当医が眉を潜ませて書類を穴が開くほど見つめていた。入室する時に一応声はかけたはずだが、どうやらこちらに気づいていない様子。

 

「先生、呼ばれて来ました。日下部です」

「…………」

「先生? 陣内先生!」

「っ?! び、びっくりしたー……」

 

 微塵も気づかない担当医に、仕方なく近づいて肩を叩けば飛び上がる勢いで振り向かれた。

 

「すみません、何度呼んでも返事がなかったので」

「こちらこそ、ごめんなさいね。ちょっと集中しちゃってたみたい」

 

 はにかみながら眼鏡をくいっと上げる動作をするこちらの女医は、ジャンボの担当医である陣内先生。ゲームではお馴染み、ジョーイさんと呼ばれる一族の出身だが現実はさほどそっくりということもなく、どことなく雰囲気が似ているだけで全員が全員同じ顔という訳ではない。当然、女性なのだから髪型とかお洒落は当たり前にするだろうし、なにより個性があるもんね。

 向かい合うように置かれたイスへ促されると、私は意を決して口を開いた。

 

「それで、先生……うちのジャンボに何か問題でも?」

 

 こちらから問いただせば、普段はほんわかとした雰囲気を醸し出す陣内女医が一変して真面目な顔に変わった。その落差が、更に不安を駆り立てる。

 もはやドキドキではない、バクバクとうるさいほどに体中へ悲鳴を上げる中心部分に、落ち着けと必死に宥めながら先生の言葉を待った。

 こういう時ほど時間の流れが緩やかに感じてしまう。体感時間ではすでに1分が経ったのではなかろうかと、待ち構え続けてること数秒。書類を睨みながら躊躇いがちに口を開いた先生が発したのは――。

 

「虫歯です」

「……は?」

「そうです。歯です」

 

 いや、そういうつもりで言ったのでは……まあいっか。

 虫歯とは、これまた意外な方面の答えが出てきたものだ。とんでもない病名が告げられるかと思いきや、拍子抜けである。いや、この程度で済んでよかったと思うべきか。心配が杞憂に終わったところで、私はもう一度確認のために繰り返した。

 

「虫歯だけですか?」

「そうです! そこなんです!」

 

 いきなり大声で指摘した陣内女医に呆気に取られた私は、その後熱く語りだした先生の勢いに飲まれて驚き固まることとなった。

 言っていることは専門すぎてよくわからないが、とにかくうちのジャンボが異常なのはわかった。昔から解りきっていることだが、この場合それが良い意味か悪い意味なのかはわからない。

 捲くし立てる先生に一言断りを入れて、要約を頼めば結果は後者だった。

 

「このままでは糖尿病になりますよ」

「あの、そもそもポケモンって糖尿病になるんですか?」

 

 成人病の一種と言われる人間にとっては身近な病名だが、ポケモンの症例としては耳に入ったことがない。自らが糖尿病と診断した陣内女医自身も顔を顰めている始末だ。

 

「……聞いたことはないわね」

 

 ですよね。自分もありません。二人して顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。お互い研究畑に所属する人間だからか、こういう場合の気持ちはよくわかる。そして次に言い出す先生の言葉も簡単に予想はついた。

 

「この際、データ取らせてもらっていいかしら? 検診料、これでどう?」

 

 陣内女医が親指と人差し指をくっつけて輪を作った。なん、だと……!?

 

「徹底的にお調べください! ええもう、隅々までどうぞ!」

 

 何も言わずともお互い手を差し出して堅い握手が交わされた。この瞬間、交渉成立である。

 ごめんなジャンボ、データ取るだけだから悪いようにはされないはず。決してお前を売ったとか、医療費が浮くとかそんな打算的な考えではないからな! 本当だよ!


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