あと、グリーンのキャラが本編と全く違いますが、15歳設定なので成長したんだと思ってやってください。彼も大人になったのさ……。
時刻はお昼時。トキワシティの商店街に建つ、若い女性から評判のパスタ屋は普段以上の賑わいを見せていた。
ランチの時間ということで混みあっているのも当然ながら、その日は客の視線を一挙に集める存在が居たのだ。
店内の奥まった席には、メニューを見ながらはしゃぐ女性が二人と、ふて腐れた表情でポケギアを弄る男性が一人。三人ともカントーでは名の知れたポケモントレーナーであり、内一人はこの町のジムリーダーである。
一般人からしたら芸能人に近い存在が身近にいたと考えてもらえれば分かりやすいだろうか。彼らの周囲でこそこそとかわされる声が浮き足立つのは愚問といえよう。しかし件の三人は注がれる視線など気にも留めず、堂々とした出で立ちであった。むしろ見る限りは普段通りのいたって和やかな雰囲気である。
「ボンゴレパスタにしようかなー」
「このお店はピザも人気ですよ」
「じゃあ一枚とって皆で分けよっか」
「ランチにはサラダとスープも付きます。そんなに食べれますか?」
「なんのために男子がいると思ってるのよ!」
女性陣の会話が弾んでいる傍らで、自身が話題に上がったその一言にようやく傍観に徹していたトキワジムリーダーことグリーンが動いた。ポケギアを置いて、視線を二人に合わせながらゆっくり口を開く。
「俺そのためだけに呼ばれたわけ?」
「定番のマルゲリータでいいよね!」
「無視かよ」
「ふふふ。じゃあ私はクリーム明太で」
「私やっぱりボンゴレー。グリーンは?」
「カルボナーラ大盛り」
「すいませーん、注文おねがいしまーす!」
注目されているにも関わらず、大きな声で店員を呼ぶ少女はリーフ。幼い外見とは裏腹に、前年度リーグTOP10入りの入賞者という戦績を持つ。
快活な彼女とは反対に、穏やかに二人のやりとりを見守る少女がブルー。こちらもリーフと同じく前年度のリーグTOP10入りを果たした、見た目にそぐわぬ力量の持ち主である。
そして三人のなかでも殊更強い視線を浴びているのが、あのオーキド博士の孫でカントーリーグ優勝経験あり、元チャンピオンながら現在はトキワジムリーダーを勤めているグリーンだ。
トレーナー暦も皆同じく同期のマサラタウン出身。なにかと共通点の多い三人は腐れ縁とでもいうのか、約束した訳でもないのにこの様な席が度々あり、頻繁に顔を合せている。
今回はブルーを連れてこの店にやってきたリーフが、せっかくだからとグリーンも誘って三人一緒のランチと相成った。
輪の中心を担っている彼女が率先して注文を終えると、店員が席から離れたところで再びリーフが先陣をきって口を開く。
「なんだかんだで私たち、結構会ってるから久しぶりって感じがしないね」
「ですね。前回はグリーンの大学受験合格祝いでしたから……一ヶ月半ぶりですか?」
「そんなもんだな」
「ジムリーダーと大学生の兼任ともなると、さすがに大変じゃない?」
「まあ、もう慣れたけど。今度は自分の研究も始めないといけないから、これからってところ」
「慌しいですね」
ブルーが「頑張ってください」と意気込んで応援する反面、リーフは眉を八の字に伏せていた。いつもなら一番に言葉をかける彼女の控えめな姿に、グリーンが珍しいなと様子を伺えば「あのさ……」と言いづらそうに切り出す。
「私たち邪魔だった……?」
「お前にそんな気遣いがあったら俺はここに居ない」
「ひっど!」
一転して憤慨した様子を見せるリーフに、グリーンは噴き出す。
「冗談だよ。どこかに連れ出されるのは勘弁だけど、こっちまで来てくれて飯食うくらいなら平気だし」
こういうお誘いなら気分転換にもなるし、忙しい時以外なら大歓迎。そう告げる彼の言葉に、二人はほっとした表情で胸を撫で下ろした。どうやらブルーも同じ考えだったらしい。
「俺のことより、そっちはどうなんだよ」
テーブルに肩肘をついたグリーンが、今度は二人の顔を見渡す。
「私は相変わらず修行中。ブルーは今、うちのお祖母ちゃん家にいるんだよ」
「確か、ハナダシティの育て屋だったか?」
「はい。住み込みで働きながら、ブリーダーの勉強をしています。再来年くらいには資格が取れるといいなって」
「へえー、凄いじゃん」
ここで徐にアイコンタクトをした女子二人が、机の上に身を乗り出してグリーンに迫る。ガタっと音を立てて詰め寄る二人に遠くから悲鳴が聞こえた気もしたが、今のグリーンにとってはそんな些細なことなど気にする余裕がなかった。突然の行動に驚いて背を反らしたものの、この状況は一体何だと脳が警鐘を鳴らしている。今の彼の心境はこうだ。
(俺なんかした……!?)
いくら考えども答えは導き出されない。二対の瞳に脅える自分のなんと弱きこと。とりあえず、下手な行動は起こさずにここは様子を見よう。そう結論づけた彼はじっと審判が下るのを待った。
「…………あのさ、私気になる噂を聞いたんだけど」
静寂を切ったのは、またもやリーフだった。ただし、その顔は仇でも見たかのように眉を吊り上げている。彼女は周囲を警戒しながら、手を口に添えて声を潜ませながら告げる。
「グリーンがレッドと連絡取り合ってるってホント?」
今度はそれを聞いたグリーンの眉間に皺が寄る。
そんなことで切羽詰まるんじゃねえ!! 色々と勘違いしそうになるだろうが!?
怒鳴りたい衝動を必死に抑えて、心底どうでもいいように棒読みで返す。
「ヘー、ソンナ噂ガアルンダー」
「今日はその真相を聞きたくて無理やり引っ張ってきたようなものですから」
「なるほど、あの強引さはそういうことか」
納得したとばかりにグリーンは肩の力を抜いた。
この二人が自分のライバルをいかに気にかけているかは、彼が一番よく知っているからだ。勿論、彼自身もその内の一人なのだが。
探し人こと『レッド』は、カントウNo.1のポケモントレーナーと言わしめるほどの実力を持つ、様々なポケモンリーグの覇者だ。
しかし、その実態は謎に包まれている。
詳しいプロフィールも判明しておらず、突然リーグに姿を現したと思えば消えるのもまた唐突で。報道陣は一時期取材のため躍起になって彼を探したが、昨年のホウエン大会を最後に消息は一切不明のまま、現在は伝説のポケモントレーナーとしての名前だけが残された。
そんな偉人と呼ばれる存在を彼女たちが大層好いていることも、グリーンは嫌と言うほど理解している。特にブルーなどは好意が崇拝の域に達していることも。
「それで、グリーンはレッドの居場所を知ってるの?」
懇願する二対の瞳に見つめられては、もはや何処にも逃げ場はない。仕方なく、彼は重たく長いため息を一つ吐いた。
「知らねえ」
「本当に?」
「俺からは知らないとしか言えないな」
否定の言葉を捨て吐くグリーンに、なおもブルーは詰め寄る。
「もしかして、口止めされてるとかじゃないですよね?」
「知らんもんは知らん」
「そっかー……」
完全否定されたリーフは、当てが外れちゃったなと残念そうに呟いた。同じく、隣のブルーも苦笑いでグリーンに謝罪する。その一方で、リーフは落胆していた。あからさまに期待外れだったと不貞腐れた顔が語っている。
「はぁーあー……また手がかり無しかぁー」
元の位置に座りなおした二人だったが、リーフだけは尚も不満を愚痴り続けた。
「別に家を出るのはいいんだけど、家族に何も告げないってのは有り得なくない!?」
「お前以外気にしてないから大丈夫だろ」
「あ、やっぱり交流あるんですね」
グリーンの言葉に目ざとく指摘するも、口を噤んだまま在らぬ方向を見て無言を貫く彼に、これ以上の言及は無理だとブルーは判断した。彼が義理硬く根が真面目なことは十分承知である。約束事など決して反故にしないことも。
万策つきたと諦めかけた中で、もしもの可能性にかけて最後に縋ってみたが結果はこの通り。またも振り出しに戻ったようなものだ。
仕方ない、また頑張ろう。そう切り替えて落ち着くブルーとは反対に、益々リーフの機嫌は降下していく一方だった。会話の節々に苛立ちが目立つようになる。
「そもそもうちの皆もおかしいのよ! なんで家族の、それも子供が音信不通で行方不明なのに誰一人気にしないの? それとも私がおかしいわけ!?」
むきぃーっ!!と頭を掻き毟りながら喚くリーフを、ブルーがどうどうと落ち着かせる。傍目に見ていたグリーンが、水を一口含んで一息ついた後、面倒くさそうに口を開いた。
「家庭によりけりだろ。割り切れ」
「グリーン冷たい!」
これにはブルーも掛ける言葉が無い。リーフとグリーンの親はどちらも研究職のため、基本的に放任主義の傾向が強い、似たような家庭で育っている。片や自分はといえば、一般よりも裕福であれど比較的親の干渉が多い家庭で育った一人っ子。親と接することが常であるはずの前提が彼らに無い以上、この二人にとって成人前の子供だろうが何も告げず家を出ようと問題ではないらしい。
最初、レッドが行方不明だとブルーが聞いたときは錯乱するほど困惑したものだが。普通は捜索願いとか出したりするものじゃないのかな、と今更ながら意識の差に違和感を感じるブルーだった。
「もう年単位でジャンボに会ってないのよ~っ!」
「おいおい、双子の絆はどこにいったよ」
「だって私たち双子っぽくないし。どっちかと言うと、レッドよりジャンボと一緒に育ってきたから」
「間違いなく一風変わった家庭ですね」
「だな。ポケモンと兄妹、それもこいつの場合は本当の意味で言ってるのだろうし」
それからはリーフがジャンボとの昔話を語って、いかにジャンボが兄らしかったかを二人は知って驚くことになる。最終的にはジャンボがピカチュウの皮を被った何か、と結論着いたところで料理が運ばれてきた。
◇
会計時、三人は揃ってレジの前で順番を待っていた。当初は働いているのだからとグリーンが奢りを宣言したが、リーフが割り勘だと徹底的に譲らなかったからだ。ならばと食べた割合的にもピザ代をグリーンが受け持って、結局は個別会計となった訳である。
テーブルに座っている時にも浴びていた視線を、今は前後左右どこからでも感じるため誰もが一切口を開かず、ただひたすらお会計の番を待つのみ。そんな最中、グリーンのポケギアが鳴る。
「悪い、ちょっと出てくる」
財布から高額紙幣を一枚取り出したグリーンが、ブルーに札を押し付けて店の外へ出て行った。その額は三人の合計金額が余裕で足りてしまう。
「あぁー!?」
「……やられましたね」
「あんなのずるーい! 卑怯だ卑怯!」
「まったく、私たちに格好つけても意味ないのに」
「今度絶対高いもの送りつけてやるんだから!!」
「その時は私も半分持ちましょう」
女子二人の拳がガツンとぶつかり合う。そこへ水を差すように店員から呼ばれて、自分たちが会計の最中だったと思い出し赤面することになるのだが。
周囲の視線が殊更恥ずかしかったのもあり、グリーンの置いていった札を叩きつけて「おつりは全部募金でお願いしますーっ!!」と急いで店を飛び出した二人。羞恥を振り払うように先に出ていた友人の姿を追って探せば、その姿は簡単に見つけることができた。何やら大声で話しているようで、店を出てからも相変わらず注目されて目立っている。道の片隅で怒鳴るグリーンへと近づけば、あからさまに動揺した反応を見せられた。
「……あぁ!? ばっ、馬鹿野郎今はまずい! 俺の方から行く、だから戻れ。……いいから今すぐ引き返せ!!」
何やら悶着していたグリーンであったが、無理やり通話を切り慌てて二人に向き合った。「待たせてすまん」と告げる彼の顔には若干の焦りが見える。
「あ、切っちゃったの?」
「気にしなくてよかったのに」
「なんでもないから大丈夫。それより、あっちにオープンしたばっかりのドーナツ屋があるんだが」
懐から取り出した優待券を翳してニヤリと笑うグリーン。あからさまな話題転換だったが、嬉々たる悲鳴を上げる二人にとっては先ほどまでの懸念など、とうにどこ吹く風である。
ついさっきまで食事をしていたというのにきゃいきゃいとはしゃぐ女子を見て、彼が内心ホッとしていたのは誰も知らない。女性には可愛い物と甘いものと高額品、年の離れた姉を持つ彼が自らの経験に基づいて出した持論だ。適用範囲は一部を除いて有効である。
それほど時間をかけず辿り着いたドーナル屋ではテイクアウトで注文。せっかくだから使い切ってほしいと大量の優待券を渡された二名により、商品の半分以上が今や彼女らが持つ両手の中だ。大きな箱を持ってほくほくと笑顔を浮かべる二人もだが、そこまで甘味を食さないグリーンまでも、数は及ばないものの結構な量を買い上げていた。
「それ七海さんに?」
「……まあ、そんなところ」
「グリーンは成長してもシスコンだけは治りませんでしたね」
「うるせえよ」
「照れなくてもいいのにー」
「ウゼエ」
「まあまあ。奢ってくださったんですから、ここは素直にお礼を言いましょう」
「だね。グリーンの太っ腹ー!」
「ふざける位なら代金徴収すっぞコラ」
「冗談冗談! ごめんて、ありがとう!!」
「ありがとうございましたー!」と三人を見送った店員の大声は喜悦か憤怒か果てさて。
店を出た三人の足取りは、誰が言うまでもなく自然とジムへと向かっていた。
「……さっさと帰れよ」
「まあグリーンたら、つれないお言葉」
「こんなに可愛い女の子はべらせておいて、何その反応?」
両手に花なのに。もっと嬉しがりなさいよ。そう言われてもこの状況では意味を成さない。ましてやこの二人をそういった対象でなど絶対に見れるはずもなく。いつものおふざけで言ってると理解している彼は、「寝言は寝て言え」とばっさり斬り捨てた。それによって外野から苦情の声があがるのだが、これもまた恒例である。
結局ジムの入り口まで差し掛かるところまで三人は連れ立って歩くことに。さすがにジムリーダーがこのまま表立って入ろうものなら、後からいらない噂が立ちかねない。先ほどよりも殊更強い口調でグリーンは二人に帰宅を促す。
「ほら、とっとと帰った帰った」
「えー……」
「仕方ありませんね。ここに居ても他の利用者の迷惑になるだけですし」
「どうせグリーンは裏口とか専用口から入るんでしょ。せっかくだから、ちょっとジムの中見せてよ」
「あ、こら!」
宣言と同時にジムの裏手へ回りこむように一人で走り出したリーフ。背後からはいつもなら有り得ないくらいに動転したグリーンの叫び声が迫ってくる。二人が追いかけてきているのだろうことは最初からわかっていた。だがそんなのお構いなしとばかりに足を進めた彼女が見たのは、関係者専用入り口に佇む赤い帽子に、同じく赤いジャケットのシルエット。その傍らには黄色い存在が。
まさか――っ!!
その瞬間、こちらを見遣った人影がリーフ達から逃げるように走り去った。
呆けたのは一瞬で、すぐさまこちらも負けじと追いかける。三人の様々な叫び声を轟かせて、盛大な鬼ごっこが始まった。
その日の出来事は、翌日の新聞に載るほどのちょっとした事件となったそうな。
リーフとジャンボは年齢こそリーフが上ですが、成長はジャンボの方が早かったのでジャンボがお兄さんポジションです。
中に誰もいませんよ……?(着ぐるみ的な意味で)