私の前世に存在したゲームの世界には、技マシンというものがあった。
ポケモンが成長過程で覚える技以外にも、適正があれば一度だけ覚えることが出来るという摩訶不思議な道具だ。
結論から言わせてもらおう。私が生まれたこの世界、ポケモンというゲームに似て非なる場所において、技マシンに該当するようなものは存在しなかった。ただし、限りなく近いものならばある。
それは、一部の人たちに伝わる秘伝の技。ディスク状とまではいかなくとも、道具という概念を持っていた私に取って、教育という精神的なものであったことは盲点だった。前世で言うところの秘伝マシンに該当するのだろうが、こちらでは厳しい修行の末に会得する技術扱いである。
そもそもこの世界、昔は魔法使いのような人間が山ほどいたらしい。よくよく考えれば、科学技術が発展していない人間にとってポケモンに対抗できる手段など無きに等しいのだ。魔法でもなければ共存なんて出来っこない。でなければ、昔の人間にとってポケモンは害獣にしか思えなかっただろう。そう考えると、今の世界にまで至った歴史がとても素晴らしい軌跡だと思える。ご先祖様万歳。今日もあなた達のおかげで、ジャンボとキャッキャウフフできます。本当にありがとうございました。
現代の人間にも超能力者とか波動使いがいるんだし、大昔はそういった能力者たちがポケモンに技を教えていたという話も聞いたことがある。この事からも、教育=技マシンと考えるのが妥当だ。
勿論、現代にも自然に覚える以外の技を持つポケモンはいる。強いトレーナーのポケモンなどは特にそうだ。覚えている技の数からしてまず違う。だがそれは一般の人から見てとても稀有なこと、普通ではあり得ないと思われている。
ぶっちゃけ、ゲームのようなお手軽道具があれば、誰でもポケモンマスターを名乗れると思うんだ。だからある意味これで当然というか、周知されている理由としては納得できる。
それでも、私は知っていた。
この世界のポケモンたちは、まだまだ解明されていない未知の宝庫だということ。
そして何よりも、前世の知識が知っている。
どんなポケモンでも技マシンさえあれば様々な技を習得できるということ。
つまり、私のような無能力者でもポケモンに
「次は天候技に挑戦しようと思います」
タマムシシティ郊外にあたる16番道路のはずれ。トレーナーたちが集まる修行の場から遠く離れた、人が寄り付かぬ森付近にて。私は久々に手持ちメンバーをフル出動して技練習を行っていた。
特訓とか私らしくない? よくわかってるじゃないか。実はこれも研究の内なのだ。
今日は珍しくまる一日オフが貰えたのだが、せっかく天気が晴れているのだからと外に出ても、遊びに行く場所が思いつかないワーカーホリックな私。
そこで私は考えた。普段はできない趣味の範囲で仕事をしよう。
言ってる意味がよくわからないって? 仰るとおり、無理やり己を納得させただけで深い理由はありません。そうでもしないと布団から出たくなかったんだよ。私は一歩も動かず一日を過ごせられる無精人間だからな。
今は左手にバインダー、右手にペンを持って記録をつけながら指導をしています。
「うちのメンバーで習得可能な天候技は《日本晴れ》《雨乞い》《霰》の三種類かな。天候がはっきり変化できたかを見るために、今日は晴れているので《雨乞い》《日本晴れ》《霰》の順番で練習していきます。まずは確実に適正がありそうな子からやっていくから、一通り見て自分もできそうだなと思った子は後からやってみよう。じゃあ、カロッサとメルからね」
呼ばれたカメックスとラプラスの二匹はその場に残り、他のポケモンたちは離れた場所に張られた大きめのタープへと移動する。私は二匹にデジカメで雨乞いを使用するポケモンのバトル動画を見せて、口頭で説明を行った。過去の偉人たちのように自分が技を使える訳ではないので、どういったものか詳しくは説明できないが、それでも精一杯調べたことを教える。トライ精神が大事だよね!
二匹とも同じタイプ相性の技だからか、すんなりと説明を受け入れてくれた。これは期待が高まる。私は「頑張れ!」と応援して皆が待っているタープへと向かった。到着して、腕を大きく振り二匹に合図を送る。しばらく見守っていると、先ほどまで明るかった天気が段々と暗くなってきた。タープから少しだけ顔を出して空を見れば、雨雲ができている。いける、と思った途端に水滴が頬を打ちつけた。すぐに雨粒は増えて豪雨となっていく。
見事な大成功に、幸先のよいスタートを切れたと一安心する。それからもフシギバナのバーナードと、リザードンのアルディナがなんとか日本晴れを成功、先ほどの二匹がさらに霰も成功させて順風満帆に事は進んだ。
「皆お疲れ様。ちょっと休憩にしよう」
ジャンボと一緒においしい水をそれぞれに配っていく。皆が休んでいる間に記録していたものを少しでも纏めようと筆を動かしていたら、相棒が袖を引っ張ってきた。
「どうかした?」
「ピカチュ」
自分とカビゴンを指す相棒に、もしかしてと推測する。
「使えそうな技あった?」
「チャー!」
「どれ?」
カビゴンが左手で指を一本、右手で指を二本立てる。そして相棒がサムズアップ。うん、きっと指一本てことなんだろうけど、それ意味がちょっと違う。
彼らが示しているのは先ほどの天候技の順番だろう。それから推測すると、おそらくこうだ。
「ジャンボが《雨乞い》で、職人が《雨乞い》と《日本晴れ》の二つか。流石だな職人!」
職人が照れ隠しのように頭をかいた。休憩が終わり次第やってみようと言えば、二匹は頷いて皆のもとへと歩いていった。
これは思っていたよりもいいデータが取れるかもしれない。ジャンボが天候技を使えれば、それだけで詳しい記録が取れるからだ。根掘り葉掘り感想や体感を直接言葉で聞ける。これって研究者にとっては垂涎ものなんだよね。持つべきはやはり、最高のパートナーだな!
期待しながら二匹の天候技を試してみれば、こちらも無事に成功を修めることができた。でかしたぞジャンボ!
溢れ出る好奇心を抑えきれず、早速私はジャンボに突撃した。
「ねえねえ、天候技ってどんな感じ? 雨乞いだとどうやって雨降らせてるかわかる?」
「ピー……」
少し悩んだ様子を見せた相棒は、ポケギアに答えを打ち込んで見せてくれた。
『水を呼んで集める感じ?』
ほほお、水鉄砲みたいに自分から水を出す訳ではないんだな。逆に言えば、自身から水を出す必要性がないから水タイプ以外でも使えるということか。成る程。
そこで私は閃いた。
前に一度、前世で読んだポケモン漫画の『なみのりピカチュウ』を試してみたくて《身代わり》を練習していたことがある。この世界の身代わりは漫画のような意思はなく、ただの等身大人形が出来るのだが、そこは相棒が頑張ってくれた。《身代わり》は自分の代わりとイメージするから等身大人形が出てくるのであって、最初から別のものにしようと考えればいいのではないか。そう考えた結果、《身代わり:サーフボード》は長い時間をかけて成功に至った。だが、そこまでだ。《身代わり:サーフボード》では水に浮くことはできても動くことはなかった。当たり前だよな、元はただの人形もどきなんだし。
その時はそこで諦めて終わったのだが、今回《雨乞い》が使えて、それが水を呼んで集める感覚と聞いたからには再起をはかる他あるまい。いや、今度こそやってみせようぞ相棒!
《身代わり》は一度使えば分身を置きっぱなしにしてまた技が使える。ならば《身代わり:サーフボード》を作って乗り、その後サーフボードの後方水面に《雨乞い》で水を呼び集めて波を作れば水上移動が可能ではなかろうか。
居ても立ってもいられず、練習をその場で切り上げた私たちはアルディラに海岸まで飛んでもらって、早速仮説の実証を行った。
かくして、結果はハナダジム戦の通りである。
ジャンボはやれば出来る子。
この小説は、本編09-1と一部リンクしています。
カビゴンの愛称、職人については本編で語りますので現時点では詳細を秘匿します。