原点にして頂点とか無理だから ~番外編置き場~   作:浮火兎

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この小説は、活動報告4/21のものに加筆修正を加えたものです。


シロガネ山で豪雪をやり過ごすには?

『2月5日から6日にかけて冬型の気圧配置となり、「10年に1度」の強い寒波が日本列島に流れ込み全国的に寒い日が続くでしょう。また、低気圧が急速に発達を続けたため8日、14日と2週続けてカントー地方を中心に真冬日が――』

 

「やばいね……」

「ピッカー……」

 

 居間に置いてあるテレビから流れるお天気お姉さんの声に、私たちは互いに顔を渋らせた。

 

「こんな時は、あそこに限る!」

「ピッピカチュ!」

 

 顔をつき合わせてお互いに頷く。

 立ち上がって物置にレッツゴー。手分けして必要なものを取り出していく。

 テント、シェラフ、タープ、組み立て式軽量除雪スコップ、電池使用のカンテラ、ビーチパラソル、ビーチチェア、レジャーシート、保冷バッグ。まあこんなもんかな。

 他にも水着、プラスチックのトランプ、暇つぶし用の文庫、タオルと着替えは多めに、諸々エトセトラを用意していく。

 

「さーて、私は買出ししてくるからジャンボは冷蔵庫の掃除担当な」

「チャー!」

 

 

 ◇

 

 

 ピチョン……と水滴の落ちる音をBGMに、私は薄い蒸気の広がる洞窟の中、雪山とは思えない快適な温度に浸りながらビーチチェアに腰掛けていた。

 防水カバーを掛けた文庫のページをパラリと捲る。心地よい静けさが満ちる空間に、突如として騒がしい機械音が鳴り響いた。

 私は安息を妨害されたことにより眉を潜め、その元凶を睨み付ける。手の届く距離にある机の上に置かれていたポケギアが、盛大に自己主張していた。

 ぶっちゃけ、出るのが面倒くさい。

 そのうち留守電に切り替わるとわかっているので、私は手元の本に意識を戻した。暫くしておとなしくなったポケギアだったが、またもや読書の邪魔を始める始末。何度も繰り返される妨害に、無視するのもいい加減できなくなり、私は渋々ながら本を置いた。

 

「ぁーい、もしもーし?」

『何回も鳴らしてんだからさっさと出やがれ!!」

「ご用件なら留守電にどーぞ」

『お前はこの緊急事態に何を呑気な事言ってやがる!?」

「……深刻な事件でも起きたの?」

 

 それは不味いと相棒を手招きする。何かあった時のため、すぐに指示を出せるようにだ。

 現在、うちの子たちは自由行動中。勿論私と相棒の目が届く範囲でだが、各々が自由気ままに遊んでいる。すぐに山を立たねばならない場合は集合する必要が出てくるのだ。

 

『外に出て天気を見てみろ!! 都会でこんな豪雪なんだ、元から雪山のそっちじゃ比になんねーくらいにヤバいだろうが!?』

 

 ああ、そんなこと。

 なんだ、どこかで凶悪犯罪が起きたとか、レスキューが必要な事故なのかと思っちゃったじゃん。

 呼ばれた通り私の膝上に乗ってきた相棒が「なあに?」と首を傾げたが、ごめんなんでもない、と首を横に振って頭を撫でた。

 心配してわざわざ電話を掛けてくれた親友には悪いが、私だって伊達に雪山生活を何年も送っちゃいないさ、これくらい対処は心得ている。

 

「問題ない」

『馬ッ鹿野郎!! お前、今度という今度こそ死ぬぞ!? マサラに帰れとは言わん、俺のとこなり大学なり、何処でもいいからとっとと下山しろ!!』

「……グリーン、うるさい。もうちょっと声のトーンを下げて」

『だったら今すぐ下りて来い!!』

 

 『なんでお前はいつも危機感が足りてないんだ!?』と騒ぐ電話口から耳を離して、私は小さく溜息を吐いた。

 心配してくれるのは有難いが、この友人のは少々度が過ぎているのが難点である。

 

『聞いてるのか、レッド!?』

「……ちゃんと聞こえてる。グリーンが落ち着くまで話さない」

『ハァ!?』

 

 ポケギアをスピーカーモードにして、口煩い親友の大声を聞きながら私は立ち上がりストレッチを始めた。ちなみにジャンボは早々に戻っていて此処にはいない。数時間同じ体勢でいたため、凝り固まった筋肉をやんわりと解していく。

 実に体感時間で5分程だろうか、随分と一人で喋ってたなと思うくらいには長かった。私は静かになったポケギアを再び手に取り、通常に戻して耳に当てる。

 

「落ち着いた?」

『……心配した俺が馬鹿みたいじゃねーか』

「ごめんね。でも私の話も聞いて下さい」

 

 ちゃんと大丈夫って最初に言ったんだからね。聞く耳持たなかったのはそっち!

 それでも心配してくれた手前、怒るようなことはしない。善意で言ってくれてるのはわかってるしね。

 

「すでに避難はしている」

『どこにだよ』

「シロガネ山」

『お前ぶん殴るぞッ!?』

 

 電話越しにどうやって? なんて思う間もなく、『もういい、今から迎えに行くからな!!』と切られそうになるのを慌てて止める。

 本当は誰にも言いたくなかったんだけどなー……。仕方ないか。

 

「正確には、シロガネ山の中にある秘湯に来てる。だからグリーンが来る必要はない」

『……ひ、とう?』

「そう。温泉」

『……なんだそれ。うらやま』

 

 いいだろ~、へへへ。なんてったって知る人ぞ知る、秘境の湯だからな!

 まずここに辿り着ける人が滅多にいないという点が第一に、天候に支配されやすいシロガネ山の中でも、源泉の温度が高すぎるため野生ポケモンも近寄らない。

 此処は源泉から少々離れた場所に沸く、ちょうど良い温度の湯が溜まる場所だ。ここに住居を置くと決めたときに、建設するに当たってまず雨風を凌ぐ場を作ろうと外から岩壁を砕いた際、空洞が広がっていることに気づき奥まで行ったら偶然見つけた産物だ。

 

 つまり、私が作った!!

 

 元々、今回のように豪雪となった場合は家の中に閉じ篭ってはいけないとわかっていたので、この温泉が出来たのはまさに幸運であった。つもった雪のせいで外に出られなくなっちゃうからね、避難場所は必須なのです。

 家の屋根や外壁にはこの源泉を引いたパイプを張り巡らせているので、多少の雪がつもったところで溶けていく。しかし、今回のような天気ではそうもいくまい。ちゃんとスコップも持ってきているし、帰るときは皆で雪かきして凍ったパイプをアルディラの炎で溶かせば完璧!

 

「来週の第二波もここで過ごすから問題ナッシング」

『俺も行く』

「……なんか幻聴が聞こえたな。気のせいか」

『お れ も い く』

 

 来んなボケ!! お前がいたら私が温泉に入れないだろうが!?

 大体お前、ジムはどうした。仕事を放り出す気か。ただでさえ自然災害は町の警護団体筆頭であるお前の出番だろうに。

 そう言ったら、どうやらジムはそもそも予め休みになるらしく、雪かきなども政府から警察に指示があったようで、警官が炎ポケモンを連れて巡回をしてくれるそうだ。今回も事前対策が用意されており問題は起きなかったとの事。だから私を心配してこっちまで来るとか言ったんかい。

 

『今日は無理でも来週はそっち行くからな。いっそ有給とって連休にしてやる』

「ぜぇええええったい来るな!!」

『なんだよ。いいじゃん。俺も温泉行きたい』

「ここは私が作った秘湯なんだぞ!?」

『俺に教えた時点でお前の負け』

「うがあーっ! 塩撒いてやる!!」

 

 ぶちっと通話を切ってやるも、これくらいでは嫌がらせにもなりやしない。むしろ、私のほうが被害者だ。

 教えた時点で負けというのもその通りである。なぜならあいつは自力でこのシロガネ山を登れるのだ。くそう、実力があるやつに教えるとこうなるって判ってたから言いたくなかったんだ!!

 きっと来週はこの場に倍の数が増えているのだろう。次に来るときは足湯のみか、と嘆きながら私は温泉に飛び込んだ。

 




公共の場では迷惑になるから温泉に飛び込んじゃいけないよ。マナーは守ろうね。

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