グリーンがカロスに留学していたというネタから発生したIF番外、ポケモンXYのネタバレが含まれますのでご注意を。
私は一点特化型の秀才だ。それも奇抜的な方面なので、勉強ができるという意味で言えば然程良くはなかったりする。義務教育課程は前世の知識ならぬインチキもあったからね。
つまり、なんちゃって研究者なのです。5歳の時に出した論文が受理された時は、世界の同業者に全力で謝罪したい気持ちでした。
何が言いたいかというと、目の前で行われているグリーンとプラターヌ博士の異国語会話にさっぱりついていけず、一人外野で疎外感を味わっています。
「――――、―――?」
「――! ―――!!」
何を言っているのか全くわからない。ただ突っ立っているだけなのも暇なので、私は不躾にも関わらず後ろを振り返り、先ほどからずっと突き刺さっていた視線の主と目を合わせた。
遠くからこちらを覗き込む少女がハッとした顔をして慌てて隠れるも、ジャンボが近づく方が早い。戸惑う少女に手招きでおいでおいでをすると、迷いながらもジャンボに手を引かれ、こちらに近づいてくれた。
「サナ!?」
驚いた博士が怒ったように声を張り上げると同時に、少女がビクっと萎縮する。
博士が次の言葉を発するより先に手を上げて制止させると、私は少女の前に行き屈んで視線を合わせた。
えーと、確か「こんにちは」をフランス語にすると――
「ボンジュール?」
だったはず。なんか語尾の発音がおかしくなって疑問系になっちゃったけど。
少女も上擦った声で「ボンジュール!」と返してくれた。よかったよかった、合ってたみたい。
私を指差しておそるおそる「チャンピオン? レッド?」とネイティブに訊ねた彼女に頷くことで返答とした。
途端にはしゃぐ彼女が捲くし立てる言葉は一文たりとも理解できないが、興奮している彼女の様子からなんとなく察することはできる。
片手を差し出されたので、握手だろうと素直に手を握れば少女がもう一方の手を被せ、何度も「メルシー!」と叫ぶ。
これは知ってるぞ。確か「ありがとう」だ。いやあ、こんなところでグリーンの中二病が役立とは思いもよるまい。
と考えていたら、当の本人から「お前、あの子の言ってる事わかんの?」とのお言葉が。
「雰囲気がファンの子達と似てるから、そんな感じかなって」
「大正解。ついでに言うと、こっちにもお前のファンだって豪語してる人がいる」
グリーンが呆れたように目線で隣を示した人物は、期待に満ちた瞳で手をもじもじとさせてこちらを見ていた。
先程までグリーンと真面目な会話をしていた博士とは別人の姿に驚きつつ、乙女か! と内心で突っ込む。そんなに握手したかったの?
営業用の笑顔を貼り付けて手を差し出せば、狂喜乱舞という言葉がぴったりな程大げさに喜ばれた。おかしいな……仕事で来た筈なのに、なんだこの展開?
◇
此処はカロス地方のミアレシティという大都市で、プラターヌ博士が統轄するポケモン研究所。オーキド博士のような個人研究所ではなく、企業オフィスのような仕組みの内装で私とグリーンは現在、三階にある博士の個人研究室に来ていた。
プラターヌ博士はポケモンの進化を研究している人物で、今回私たちが呼ばれた仕事はポケモン協会を通じて正式に要請された、博士の研究のお手伝いである。
なんでも最近発見された鉱石から特殊な波長が出ていることがわかり、それがポケモンの進化の際に出ている波長と同一だということが判明したとか。ならばこの鉱石を使えばポケモンを強制進化することができるのでは、と試したところ成果は上がらず失敗に終わる。しかし実験中、偶然にも参加していたホウエン地方元チャンピオンである
今は未だどのポケモンが進化できるのかもわかっていないどころか、トレーナーの資質が高くないとメガ進化はできないという根本に躓いているらしい。
そこで呼ばれたのが、なぜか世界最強の称号を手に入れてしまったワタクシことレッドです。要は、うちの子たちでメガ進化とやらを試したいと。
別にいいですよーと軽いノリで返事をしてしまったのだが、私が何気なくこの事をグリーンに話したら大目玉を食らいました。彼曰く、「外国の経験はあるのか」や「行き当たりばったりじゃ済まない」、仕舞いには「ただでさえ有名人の自覚が足りていないお前が外国なんて行ってみろ。ほいほい囲まれて押しに押されて身動きできなくなって潰れるだけだ」らしい。酷い言われ様だが、相棒が全て同意していることからも起こりえる事柄なんだと渋々認めることに。
あれよあれよという間にグリーンが同行することが決まり、渡された飛行機のチケットと共にいつの間にか日程を組まされーの宿泊先も確保済みーの、トントン拍子に事が進んでしまったのだ。
「一応聞くけど、俺が一緒に行く前はお前どうやって行くつもりだった?」
「アルディナで飛んでいけばいいし、野宿は慣れてる」
「世界最強がそこらで野宿してるとか恐ろしすぎるだろ……!!」
頭を抱えるグリーンにジャンボが「友よ……!」とばかりに涙目で慰める。世話になっている手前で悪いけど、私は常に庶民でいたいのです。
そんなこんなで付いてきたグリーンだったが、これが結果的に大成功へ繋がることに。
早速メガ進化を試したところ、うちの御三家三匹がまず成功。そしてグリーンの手持ちとして連れてきていたフーディン、ギャラドス、プテラ、ハッサムのなんと4匹がメガ進化に成功。合計7匹の判明に博士と研究員たちのテンションが限界突破で発狂寸前……いや、あれは警察呼んでもおかしくないほどの騒動だった。外人って表現の仕方がオーバーすぎて怖い。
同じ研究畑に属する私でも、成功は祝えてもあのテンションの輪にはさすがに混ざれなかった。早々にギブアップしてグリーンの背中に隠れていましたとさ。そんな最中に可愛い少女、サナちゃんとの出会いはまさに癒しのひと時だった。プラターヌ博士からはサインまで強請られたが、丁重にお断りして私たちは研究所を後にした。
「あ~つっかれた……」
「チャァ~……」
勢いよくベッドに倒れ伏した私の横へ、並んで飛んできた相棒を手繰り寄せる。胸に抱いて無駄に広いベッドの端から端までゴロゴロと転がり遊んでいれば、隣のベッドに腰掛けたグリーンからお叱りの言葉が飛んできた。
「いーじゃん、こんな高級ホテルなんて滅多にこられないんだから。ちょっとくらい破目外させてよ」
「ピッカチュ」
「どっかの誰かさんは知らんが、何度も大会を制覇している世界チャンピオンなら、普通は住めるくらいなんだけどな」
「え、このホテル実は安かったりするの?」
グリーンが旅のあれこれを全て請け負ってくれたおかげで、私は何一つ前準備に関わってはいない。費用も一切知らないのだ。それに大会の賞金と比べられても、半分は寄付で受け取らないし残ったお金だって全部貯金用の口座に自動入金されてそのままだから、私は現在どのくらい残高があるのか把握していない。普段使う口座は別にあるので、手はつけないしね。
そんな私がいくら推測しようにも、まったく想像がつかないという訳だ。庶民感覚しか持ち合わせていないから相場とか全然わかんない!
外装もだけど玄関口とか、受付ホールも凄い煌びやかな内装だったんですけど。いかにもお金かけてる的な感じで、高級感が前面に出てましたよ。この部屋も物凄く広いし、さっきちらりと見たけどキッチンとか窓の向こうにプールまで付いてたから、真っ先にスイートルームが頭に浮かんだくらいだ。たかが仕事で一泊する程度だから、本来ならビジネスホテルでも十分なのにスイートなんてあり得ないよなって考え直したけど。外国のホテルの基準しらないし。
そんな腹のうちを知らない目の前のグリーンは、私の発言に鳩が豆鉄砲食らったかのような顔になっていた。
「お前……天下のグランドホテル『シュールリッシュ』を知らないとか、常識外れにも程があるぞ!?」
知らんがな。だから私は生粋の庶民だってば!
ジャンボを見れば、相棒も首を振る。ほらね、私だけじゃない。
表情を読んだのか、彼は私の目の前にVサインを翳してきた。何の真似だ?
「お前にはこの部屋がどう見える?」
「最初はスイートルームなのかなって思ったけど、まさかそんな訳ないよね」
「そうだな。一般のスイートが専用エレベーターで鍵も特殊、ただでさえ広いホテルの最上階ワンフロア丸々一室なはずないよな」
はい? つまり、どういうこと……?
彼はニヤリと笑うとVサインのまま私の額を小突いた。
「だからお前には自覚が足りないって言ってんだよ。そんなに珍しければ、俺が風呂に入ってる間にロイヤルスイートを堪能しておけ」
じゃあな、と立ち上がった彼は呆ける私に向けてさらに爆弾を投下していく。
「ちなみに、この部屋の値段はこれの後ろに7桁0をつけろ」
Vサインを強調していた意味をようやく理解した私は、相棒と共に絶叫することとなった。
ところで彼らはこの時点で一体何歳なのでしょう。
ソフトの発売年の差を10歳から上乗せすれば……+15で25歳!?
それもちょっとなあ……だって、大誤算とかきっと三十路越えしてそうだし。