原点にして頂点とか無理だから ~番外編置き場~   作:浮火兎

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いちゃつき注意報。嫌な人は回れ右して下さい。


IF 未来編⑤ 後編

 ジャンボが部屋に篭って早三日。食卓机に腰掛け、私は目の前のモンスターボールを見つめたままため息を吐いた。

 暖房が入っているはずなのに冷たさを感じる居間は、アナログ式の時計が針を刻む音だけが響いている。

 相棒が姿を消したこの三日間が途方もなく長い時間に思えた。

 

 初めて知る本物の孤独。

 いいや、その感情は矛盾している。誰もいない場所を自ら選んだのだから。それに他のポケモンたちだっている。完全に一人きりとは言えない。それほど彼の存在が大きい証拠なのだろう。

 

 そもそもピカチュウと人間の寿命が等しくないことからも、いつかは確実に一人になる時が来る。魔窟と呼ばれるシロガネ山に人が入ることは滅多にない。文字通りの一人、孤独がいつか私を待っている。それを了承して山頂に住処を置いたのだ。

 こんな私を訪ねる唯一は気遣い屋の友人くらいのもので。それだっていつかは絶対に終わりが来る。私が男の格好をし続けれるのも時間の問題だ。

 私の立場と、彼の立場。様々なことを考えると将来は笑って親友をやっていることなどできっこない。きっと相棒よりも彼との別れが来る方が先だ。

 それなら、今なら――少しくらい、頼ってもいいかな。

 

 

 ◇

 

 マンションのエントランスに入るなり、両手に持っていた紙袋をその場に落として私は膝をついた。

 ぜえぜえと乱れた呼吸を整えつつ隣を見れば、親友も肩で息をしながら眉間を揉んでいる。

 

「ねえ、グリーン……」

「……なんだ?」

「いつもこんな感じなの……?」

「…………まあ、大体は」

「……もう金輪際、君とは一緒に出かけない」

「何ぃ!?」

 

 すたすたと先に歩き出した私の後ろを、慌ててグリーンが追いかけてくる。エレベーターを待つ間、何度も謝り機嫌を伺う彼を私はひたすら無視し続けた。

 思い出すだけでも疲れてくる事の次第はこうだ。

 互いの相棒を部屋に残して出かけた私たちは、トキワシティの大型ショッピングセンターに向かった。

 思えばすでに最初からおかしかったのだろう。目的地に向かうにつれて、背中を刺すゾワゾワとした感覚が鋭くなっていくのだ。その時はまだ気のせいかと気には留めなかった。

 はっきりと視線を意識したのは、休憩のために座ったベンチでのこと。自販機に向かったグリーンを待っている間、なんとなく人並みを眺めていた私は違和感に気がついた。このベンチ周辺に人が集り始めている、と。

 次第に聞こえてくる囁き声から理由を特定することは容易かった。

 

「トキワジムリーダー」

「最近テレビに出ている」

「前チャンピオン」

「似てるけど本物?」

「オーキド博士の孫」

「まだ若い」

「どっちもイケメン」

 

 なるほど、お目当てはグリーンだったのか。遅ればせながら、私は出かけ際に施された変装の意味を理解した。といっても、帽子やサングラスなどの簡易なもの。こうもあからさまにじろじろと見られては、バレてしまうのも仕方がないお粗末な出来だ。

 そして戻ってきたグリーンによって更に周囲が湧き上がる。その様子に彼も表情を強張らせると、私の手を引いて足早にその場を去った。

 その後も何箇所か店を見て回ったが、余程熱心な者でもいるのか数人はしっかりと後を追ってきていて。さすがに耐え切れなくなった私たちは、予定を切り上げて食料品を買い込むと、視線を巻くため街中を走り回った。なんとか巻いたと思ったら今度は急いでタクシーを捕まえて、マンション近くで降りたらまたもや猛ダッシュ。

 こんなに心身ともに疲労する買い物なんて生まれて初めての経験だった。現チャンピオンの称号を持つ私ですらここまで騒がれたことはない。まあ私の場合、女装という反則的手段があるしね。

 

「芸能人って大変なんだな」

「俺は一般人!!」

「まさかその辺にパパラッチ潜んでたりしないよね?」

「…………さ、さあな」

 

 エレベーターの中で遠い目をする友人の背中を、私は励ますように叩いた。元気出せ。

 重い足取りの中、ようやく帰り着いた部屋の鍵を開けた私たちを迎えたのは、鼻につく甘ったるい香りだった。

 

「何事だ!?」

「あちゃー。これは大量の予感」

 

 驚くグリーンとは対照的に、落ち着いて部屋に上がる私。リビングに向かえば、予想通り机の上には所狭しとお菓子が並べられていた。文字通り菓子の山から私は手近にあったマカロンを掴んで口に入れる。お、ピスタチオ味。

 美味しいと味わっている私の横で、唖然と開くグリーンの口にも一つ放り込む。租借しているため無言の圧力で「説明しろ」と訴える彼に、私は食べる手を止めて口を開いた。

 

「うちのジャンボ君、考え込んだり無心になりたい時は何か作業を平行してやりたがる癖がございまして」

 

 手持ち無沙汰になるのが嫌なのか、癖としかいいようがないのだ。黙々と考えているのに手を動かしたがるので、時々気づかずに話しかけて集中を乱してしまうことがある。これが本当にわかりにくいのよ。

 今回みたいに落ち込んだ時や凹んだ時は、高確率で趣味のお菓子作りをしたがると経験則で知っていた私は、相棒が復活した時を見越して出来るだけの用意をしておいたのだ。手土産を見てグリーンが顔を顰めていたのは全て材料だったから。

 こっちが本命の手土産でした! 出来立てをとくと味わうが良い!

 それにしても、机の端から端までずらりと並ぶ菓子の山は実に壮観である。

 

「材料置いておけば勝手にすると思ってたけど、まさか使い切るとは」

 

 大量のお菓子を見て、さすがジャンボの名に違わぬ規格外だなと関心する私とは違い、冷蔵庫までも制圧する菓子たちを見てグリーンが恐る恐る言う。

 

「うちにこんな高尚な菓子類を作れる機材なんかは無い筈……」

「持ち込みました!」

「ですよねー……って、これじゃあ晩飯の材料仕舞えないじゃねーか!!」

 

 どうすんだよ!? と怒る彼に対し、相棒に代わってひたすら謝る私。さっきと立場がまるっきり逆転である。

 結局この菓子たちは明日、グリーンがジムに持っていくことに決まった。つまり、おすそ分け。それまではこのままなので、夕飯は仕方なく材料をほとんど使いきれる鍋になりました。

 色々とぶち込んだおかげで一風変わった出来になったが、味はそこそこ美味しかったので良しとしよう。

 余談だが、私たちが菓子について話し合っている間、相棒たちはというとひたすら菓子を作っていたせいで疲れ果てて寝室で眠っていた。夕飯には二匹ともきちんと顔を出してくれたので、私は心底ホッとした。さすが駆け込み寺、ありがたやありがたや。

 まだ仲直りとまではいかなかったが、まともに口を聞いてくれるだけでも御の字である。なによりちゃんとご飯を食べてくれたのが嬉しい。胸を撫で下ろした私に、グリーンが小声で「よかったな」と肩を叩く。見抜かれた照れ隠しに膝を叩き返したのは内緒だ。

 

 

 

 寝る前には当然、入浴をしなければならない。それは勿論、友人の家に泊まりに来てもだ。普段から野宿に慣れているとはいえ、せっかく風呂があるのならば入るべきだと私は思っている。

 相棒たちは早々に晩御飯の後も寝室へ引きこもってしまったので、私たちはリビングに並んで雑魚寝である。まだまだ和解には時間を有するようだ。耐久戦どんとこい。

 私がゆっくり入りたい方なので、一番風呂はグリーンといつも決まっている。風呂をじっくりと楽しめることは、女になってよかったことの一つかもしれない。

 

「女、か……」

 

 湯船の中から胸元を見下ろす。そこには自分でもささやかとしか言えない膨らみがあった。

 決して大きさで悩んでいるわけではない。ここ重要。むしろ胸の内側が問題といえる。

 十数年間付き合ってきた体の胸部を躊躇い無く揉めば、余剰肉の柔らかさしか感じない。

 虚しいと感じる自分に、まだ()の存在を確認して安心してしまう。

 やめよう、考えても仕方のないことだ。私は頭を振って風呂場を出た。

 

 そこからは時間との勝負。急いで着替えを済ますのだが、最近は一つ工程が増えたせいで焦らざるを得ない。

 包帯より何倍も太い、所詮言うところの晒しを胸元にしっかりと巻きつけていく。旅の間は常につけているおかげで、この状態で寝るのにも慣れたものだ。

 寝巻き代わりのジャージを着たところで違和感を感じる。よく見れば、袖がいつもより余っているような。

 脱衣所から出てリビングに戻り訊ねれば、ソファに座る彼からの答えはあっけらかんとしたものだった。

 

「最近Mだと小さいからLに変えた」

 

 もうすぐ170cm超えるんだぜ、と嬉しそうに言う彼をまじまじと見た。入浴したことによりいつもはツンツンと目立っている髪が下りていて端正な顔立ちがよくわかる。

 ペタンコな髪型の状態で言われてもなあ……ちょっと信じられない。正直に告げれば、不信がる私を無理やり立たせて背比べまでして実証される始末。

 なるほど確かに私が見上げる形になっている。しかしそこまで拘らなくてもよくないか? 私は気にしないからわからないが、これが複雑なお年頃ってやつか。

 今の私が164cm。まだ成長は止まっていないとはいえ、これからはもっと身長や体格に差ができるのだろう。

 

「そっか……もう私たちも子供じゃなくなるんだね」

 

 なんとなしに言った言葉だったが、どうやら彼の機嫌を損ねるものだったらしい。顔を顰めたグリーンが反論する。

 

「嫌な言い方するなよ」

「ごめんごめん、悪気はないんだ」

「ったく、せめて成長してるって言えよな」

 

 拗ねるグリーンがなんだか昔を思い出すようで、つい微笑ましく見てしまう。しかし、私の中に燻るのは反面的なものばかりだ。

 視線が気になったのか、「なんだよ」と突っかかる彼に「なんでもないよ」と返して隣に座れば、珍しく強い力で腕を掴まれた。

 

「お前がそういう時は絶対何か隠してる」

 

 んな馬鹿な。どこの主人公の台詞だよ、クッサイなおい。

 反射的に罵詈雑言が内心で発せられるのは最早自動的なもので、嫌味ではありません悪しからず。

 そもそも私の表情ってば鋼鉄並だからね。そこんとこ、どう判断してるのか気になるわ。

 呆れる私を悩んでいるとても思ったのだろうか。彼は益々真剣味を帯びた表情で話しかける。

 

「言いたくないなら別にいい。でも、俺はお前が困ってるなら力になりたいし、悩みは打ち明けてほしいと思ってる」

 

 そういうことサラっと言えちゃうから女性ファンが増えるんだろ? くそう、イケメンに育ちやがって。ムカつくな! なのに彼女ができないヘタれ具合には同情するぜ!

 なんて思いつつ、正直嬉しかった。それなら、お言葉に甘えて愚痴ってしまおうか。

 

「くだらないことだよ?」

「くだらないかどうかは聞いてから判断する」

「………………いつまで友達でいられるかなって」

 

 口では言わないものの「はぁ?」といった顔をされる。だからくだらないって言ったのに。

 

「なんでそんなことを思ったのか言え」

「横暴だ」

「うるせえ、俺も関わってるなら拒否権は認ない」

 

 なんだそれ。つい呆けてしまい言葉につまった私だったが、それをどう解釈したのか彼は私を腕の中に引っ張り込むと優しく背を叩いた。

 こういうのはいつもする立場で、されることは滅多になかったりする。うん、これ結構恥ずかしい。

 離せと言えば嫌だと即答。ならばいっそもたれ掛かってしまえ。引いてだめなら押してみろだ。

 逃げようと込めていた力を急に抜いたため、逆に引っ張っていたグリーンの力により私の頭部がすごい勢いで彼の鳩尾へシュート。ドゴンという鈍い音と共に「ぅがッ……!?」という呻き声を上げて彼は咽た。

 そんな状態に遠慮なく寄りかかったまま私はニヤニヤと彼を覗き込む。はっはっは、痛いだろう重いだろう。絶賛成長期の体重が今の君に耐えられるかな? 後悔して突き放すなら今のうちだぞ!

 更に攻撃すべくうりうりと頭を擦り付ければ、ポンポンと背中を撫でられる。くそう、効果が無いだと……!?

 更にもうどうにでもなれーとばかりに、私は諸々投げ出すつもりでゆっくりと真情を吐露する。

 

「……グリーンはさ、最初に会ったときからすごく一生懸命で、常に前へ向かって進んでいたよね。あっという間にジムリーダーになっちゃうし、兼業で大学にも入って将来はオーキド博士を越えるのも夢じゃない。最近はテレビとか雑誌の取材も受けてメディアに顔出ししてるから有名人になっちゃってるし」

 

 どんどん遠い人になっていくなって、思ったんだ。小さく零したその言葉が、なぜかストンと心に落ちた。

 瞬間、脳裏に黄色い姿が浮かんで遠くに消える。

 ああ、そうか。私は一人になる寂しさを知ってしまったから。大事な人が消えていく悲しさに怯えているのか。

 ジャンボが閉じこもった三日間。あの山で一人過ごした時間は、私が気づかないだけで相当堪えるものだったらしい。

 グリーンにこんなことを言ったってどうしようもないのに。弱音が零れるなんて、どうかしている。

 なんとか誤魔化すように口を開くも、出てきた言葉もしどろもどろで……。 

 

「ほら、私はシロガネ山なんて辺鄙な所に隠れ住む変わり者だからさ。こんな私が友達でいられるのも、グリーンがいつも会いに来てくれてるから辛うじて交流が続いてるようなものだし。かといって今回みたいに私が降りてくることは滅多にないことで――」

 

 両頬をベチンと強く両手で挟み込まれる。驚いて顔を上げれば、真剣な顔をしたグリーンそこにいた。

 

「お前はもう十分すぎるほど持ってるだろ。足りないのは俺の方だ」

 

 意味がわからない。表情で語ったつもりはないのだが、どうやら彼は私の感情を正確に読み取ったようだ。今度は言い聞かせるように強く声を張り上げる。

 

「俺はお前に追いつこうと必死に頑張ってきたんだ。なのに肝心のお前が逃げるなんて本末転倒にもほどがある!」

 

 かっこよく決めてもらったところ悪いが、今の発言によって私の腹筋は崩壊した。

 逃げるって、そんなつもりで言った訳じゃないのに。なんだかなあ。

 でも、おかげで気分は大分晴れやかだ。

 

「これ以上グリーンがかっこよくなっちゃったら私の方が見劣りしちゃうよ」

「抜かせ。昼間は『偉くなったら教えてあげる』って言ったくせに」

「あはは」

 

 そういえばそんなことも言ったっけ。でもまあ、あの子については機密事項なのでこれに関しては一生私が墓に行くまで責任を取らなくてはいけない。親友に余計なリスクを負わす訳にもいくまい、許せグリーン。

 一転して私とは裏腹に、機嫌悪く私の頭上に顎を乗せてすることで報復するグリーン。先程笑ってしまった手前、ゴリゴリとした振動が頭蓋を穿つ痛みには我慢するしかない。

 

「まあ実際、俺が世界最強のとなりに立つにはまだまだ遠いからな」

「そんなことないさ。グリーンならあっと言う間だよ」

 

 照れ隠しだろうか、今度は旋毛を狙って思いっきり顎を打ち付ける彼に耐えられなくなり、私はいい加減にしろとばかりに頭突きをかました。

 仰け反り顎を押さえてじと目で睨む彼に、ビシっと指を突きつけて私は宣言する。

 

「なんてったって、世界最強が認める友達なんだから」

 

 本心からの言葉である。

 痛みを忘れたかのようにポカンと口を開けるグリーンだったが、次第に肩を落としてため息を吐いた。

 

「………………でっかい太鼓判を押されてしまった」

「プレッシャー?」

「…………これしきで押し潰されるほど柔じゃないんでね!」

 

 「ガキの頃から七光りだなんだと言われ続けた俺を舐めんなよ」と開き直る親友の姿に「そうこなくっちゃ」と私は笑う。

 彼は生まれてからずっとオーキド博士の孫という看板(ビッグネーム)を背負い続けてきた。どうやらその十数年の歳月はとんでもない下積みとなって彼の経験値と成り果てたようだ。

 この親友は世間では天才やら遺伝やら言われ続けているが、とんでもない努力の男である。 

 

「いいからお前は頂点(そこ)に座って待ってろ。わかったか?」

 

 頷きながら、きっとそう遠くない未来のこと、すぐに彼は約束を果たすのだろう、私は確信する。

 だから、これはほんの少しの意地悪だ。

 私は思いきりよくグリーンに抱きつくと耳元で囁く。 

 

「あんまり待たせすぎると旅に出ちゃうから」

 

 瞬間、勢いよく離された時に見えた親友の顔は真っ赤だった。

 おやまあ、可愛い反応ですこと。思わず顔がにやつくも、余計に彼の怒りを買うだけで。渾身の力が篭った拳を放った彼には悪いが、あっさりと掌で受け止める。

 ちなみに耳が弱いのは彼の姉である七海さん経由で教えてもらった弱点だったりする。

 

「その放浪癖いい加減治せよ」

「性分だし、無理かな」

「研究者ならおとなしく部屋に篭ってろってんだ」

「自分、アウトドア派なんで?」

「この野郎ッ!!」

 

 またもや拘束しようとする彼に、今度はそうはいくまいと逃げる私。こんなじゃれつきは茶飯事で、いつも延々繰り返してしまう。そのうち煩いとジャンボが怒鳴り込むまで私たちの騒々しさは続いた。




最近の男子高校生って平気で人前でも密着してるよね。
ものすごいイチャイチャしてるよね。
だからこのくらい、いいよね……?(不安)

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